サマーキャンプアジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 呼夢
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 なし
参加人数 10人
サポート 0人
期間 07/28〜07/31

●本文

 今年もまた夏がやってきた。
 学校の夏休みやお盆などの長期休暇に合わせ、各地で野外ライブや全国縦断ツアーなどが企画される季節でもある。
 御多分に漏れずアイベックスの社内でも昨年に続き『MusicFesta 2007』を開催すべく日程などの調整が進んでいる――そんな中、事務局の仕事を分担している本間に上司からのお呼びがかかった。
「っと言うことで、特に『MusicFesta 2007』の参加者限定とか、社員限定と言う条件はないそうだ。このシーズンを乗り切るための準備と言うことになってるが、期間も限られているし、実質シビアなトレーニングと言うよりは充電の要素が強いんで、懇親も兼ねてスタッフ関連の参加も歓迎ということらしい」
 にこやかに説明を終える上司にふと湧いた疑問を投げかけてみる。
「スタッフ‥‥ですか? もしかして、漏れなく社長がついてくるとか‥‥?」
 一瞬、笑いが引きつるが何事もなかったような様子で、
「‥‥ああ、差し入れやら激励を兼ねて同行するということみたいだね」
 案の定である。
「そうそう、行先についてはある程度参加者が纏まった所で海にするか山にするかアンケートでもとって決めてくれということだった。そのあたりも含めて現地での雑務のほうもよろしく頼むよ」
 どうやら設備などの関係で既に何箇所かの施設がピックアップされているらしい。
 楽器の練習やら、新曲のお披露目などを行うことも考えると、普通の旅館や民宿では騒音問題に発展しかねないということもあるのだろう。
「解りました。とりあえず参加者の希望を募って行き先も希望を取る‥‥と。それでは早速」
 社長の意図を深く追求するのは諦めて復命すると連絡を取るため自分の席へと戻る。

●今回の参加者

 fa1170 小鳥遊真白(20歳・♀・鴉)
 fa1339 亜真音ひろみ(24歳・♀・狼)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa1478 諫早 清見(20歳・♂・狼)
 fa4339 ジュディス・アドゥーベ(16歳・♀・牛)
 fa4790 (18歳・♂・小鳥)
 fa5475 日向葵(21歳・♀・蝙蝠)
 fa5483 春野幸香(21歳・♀・狸)
 fa5538 クロナ(13歳・♂・犬)
 fa5642 宇藤原イリス(13歳・♀・猫)

●リプレイ本文

● 出発
 駐車場の一角では、真っ白なグランドピアノ『フェインゲーフル』が専用車両に積み込まれている。
「杉原社長、輸送に我侭言ってごめんなさい、それとありがとうございます。これを機に練習してMusicFestaでもお披露目できたらなと‥‥」
 ピアノの持ち主である慧(fa4790)が作業の様子を見守りながら杉原にぺこりと頭を下げ礼を言う。
 自前の中型トラックで運ぶつもりだったらしいのだが、舗装の行き届いた都内ならいざ知らずこれから向おうとする山道ではさすがに振動に耐えられないだろうと言うことで、専用の車両が用意された。
「ああ、別に気にしなくてもいいよ。仕事が仕事だから、コンサート会場にピアノを持ち込んだりするのに時々お世話になってるんだ。やはり、手に馴染んだ楽器に拘るアーティストも多いからね」
「うきゅ〜、なんかすごい車です〜」
 コンテナ部分が載った車輪の特殊なエアーサスペンションなどを覗き込みながらクロナ(fa5538)が子犬のように目を丸くする。
 内部には輸送中の温度や湿度を演奏環境と同様に保つ為のエアーコンディショナーも装備されていた。
「こんな車もあるんですね」
 クロと同じ年頃に見える宇藤原イリス(fa5642)もしきりに感心している。
 事務所サロンでの微妙なドッキリ発言に「中学生くらいだよね」と思わず尋ねた杉原に、「私、今年で16ですから、中学生じゃないのです。えっへん」っと胸を張っていたのだが――中々微妙なお年頃のようだ。
 上は身体にぴったりフィットするレザー系の生地を纏っているが、杉原が中学生と間違えたくらいの外見故、胸の谷間が強調されると言うほどでもない。
 代わりに胸元には彼女の長かった闘病生活を物語るかのような傷痕が垣間見え。
 ボトムは足首まで隠れる、レースの入った長いフレアスカート。首にはチョーカーを巻いている。
「杉原社長、お久しぶりです。また、お世話になります」
 花見のあと事務所へも何度か顔を出していた小鳥遊真白(fa1170)も杉原の姿を見つけると、先頃の一大恋愛イベントでめでたくカップルになった諫早 清見(fa1478)と連れ立って挨拶に赴く。
「やあ、よく来てくれたね。こちらこそよろしく」
「ところで、これから向かうところなのだが、温泉とか、あったりしないだろうか? 湧き出てたりとか。もしくは足を伸ばして入れるお風呂」
「一応権利を買ってお湯を引いてるから、温泉は温泉だね。もっとも露天風呂とか岩風呂ってわけにはいかないけど、まあ一度に5〜6人までならとりあえず手足は伸ばせるよ」
 唐突に尋ねる真白に杉原も笑いながら答える。
 続いて現れた星野・巽(fa1359)は変装と紫外線対策を兼ねたサングラスを外し、Tシャツにジーンズにパーカーを羽織るというカジュアルなスタイルながら、口調の方はすっかり営業モードで名刺と供に自己紹介。
「音楽事務所ブルーム所長の星野巽と申します。たまにアイベックスさんのお仕事を受けさせて貰っていますので参加しました」
「これはどうもご丁寧に、杉原真樹です。星野君と言うと確かあの‥‥お噂はかねがねお姉さんから‥‥」
 名刺を交換しながらにこやかに挨拶を返す杉原の表情に別の微妙な笑いが含まれているのは、姉がタツミを評したあんまりな言い様をふと思い出してしまったためらしい。
 亜真音ひろみ(fa1339)も世話役の本間と話しながら姿を現し。
 ひろみは杉原と、タツミも何度か顔を合わせている本間とそれぞれ挨拶を交わす。
 新人ユニット『Twilight』の二人、日向葵(fa5475)と春野幸香(fa5483)も、この機会を生かそうと先輩ミュージシャンやスタッフ達に挨拶をして回っている。
「アイベックスのキャンプに参加できるなんて光栄ですね〜」
 一通り挨拶を終えたジュディス・アドゥーベ(fa4339)がのんびりした声を出しながら辺りを見回す。
 それぞれの持参した楽器や三泊四日分の身の回り品なども積み終わると一同は用意されたサロンバスに乗り込む。


● 合宿の始まり
 持ってきた荷物を各々の部屋に放り込んだ面々は、さっそく持参した楽器を抱えてレッスンルームに顔を出していた。
 小ホールに運び込まれたフェインゲーフルの調律を見守るケイの周りでは、年少組の三人が興味深げに様子を見守っている。
 調律を終えたピアノに向いケイが短いフレーズを奏でつつ軽く発声練習を始めると、お披露目で演奏を手伝うことになっているクロも、スタッフに用意してもらった胡弓を取り出しこれに和す。
(さすがに歌の上手な人もいっぱいいるようですし、一人前のアイドルになれるよう、いろいろとお勉強させてもらいたいところですね)
 おっとりとした性格のジュディーも参加した面々の中では頭一つ抜け出た技量を持つケイに刺激されたか、一緒に発声練習に混ぜてもらう。
 さらに歌唱力ではケイに次ぐ実力を持つタツミも加わり、ジュディーはいろいろ教えを請うたり、じっと耳を澄ませてコツを盗んだりと歌唱力の向上のため余念がない。
 しばらくそんな様子を持参したビデオカメラに収めていたイリスだが、他のメンバーの様子を見るためその場を離れた。

 レッスンルームでは真白とキヨミのカップルとひろみ、それに葵とゆきかのユニットがそれぞれに持ち込んだ楽器の練習を始めている。
 最近使うようになったばかりのショルダーキーボードがまだ練習中で、把握できていない機能もあるというひろみや、入手して以来遊ばせたままだった『Try−Once−More』の練習を自己流でなくやりたいと言うキヨミのために、講師経験のあるスタッフにも声が掛けられキャンプに同行していた。
 余談ではあるがキヨミの持ち込んだギターはどうやらオーパーツでもあるらしい。

 葵とゆきかは今回披露する予定の『Goodbye Undead』をそれぞれの使用するエレキギターとキーボードの合奏用にアレンジしている。
「やっぱり難しいね。まだまだ借りてきたイメージが強すぎて、あたしらのものになるにはもう少し練習が必要だよね」
 一曲を通しで演奏してみた葵がゆきかに向かって首を傾げる。
 もともとキーボードの弾き語り形式で歌われていたこの曲を、イメージを壊さないようにデュオ用にアレンジするのはなかなか難しいようだ。
 キーボード奏者のゆきかは先輩格の真白やひろみに、ギター奏者の葵は個人レッスンを受けるキヨミに、できるだけ多くのものを吸収しようと積極的に話しかける。
 一方、今回のお披露目でキヨミの曲に伴奏を務めることになった真白は、コード進行を心の内から取り出して歌に乗せていくため、っということでまずはキヨミに今回歌う歌をきかせて貰ったり。
 練習の合間には全員が集まってそれぞれ音楽談義に花を咲かせる。
 新人ユニットの二人は、ここでも今後の曲作りのヒントを得ようと熱心に耳を傾けていた。

 移動に時間がかかったこともあり、初日の練習は軽くウオーミングアップ程度に済ませ、一同は三々五々連れだって周辺の散策に出かける。
 ロッジのある丘から幾本かの小道が周辺へと続き、そのうちの何本は林の中を突っ切って近くにある湖の畔へと通じていた。


● 夏の風物詩
 夕食の片付けを終えると一行はそろって湖への道を下る。
「杉原社長、花火やりましょうよー」
 杉原も、夜と言うことで上着を一枚重ねたイリスに手をひかれ。
「ここ数年花火なんてやってないけどきれいだろうな」
 本間と肩をならべながらひろみも楽しげに後に続く。
「線香花火が好きなんですよね‥‥これでけっこう奥が深いんですよ‥‥」
 どうやら線香花火に一家言あるらしく、バケツと紙包みを手にして歩くタツミは、老舗の箱入り線香花火セット――贈答用の桐箱入りなどもあるらしいのだが――をいくつか持参してきたらしい。
「花火はいいですね〜。クロ、線香花火は大好きなのです♪」
「線香花火ですか、一度やってみたかったんですよね〜。風情とかはあまりよくわかりませんけど、何となくかわいらしくて好きなんです。最後に落ちちゃうのが、ちょっと寂しいですけど」
 バケツをぶら下げたクロがうれしそうにはしゃぐと、線香花火が初めてらしいジュディーも笑顔で応じた。
「線香花火もいろんな種類あるそうだし楽しみ♪」
 タツミから事前に多少聞いていたらしいキヨミも並んで歩く真白に向かって楽しげに話しかけ。
 湖畔に着くと持参した幾つかのバケツに浅く水を張りロウソクを立てた木片を浮かべる。
「東日本『長手牡丹』と西日本の『すぼて牡丹』の差も楽しいです。長手は火薬部分を下45度に向けて持ち、すぼては上45度に向けると玉が落ち難いそうですよ」
 持ってきた包みを開き、タツミが線香花火の種類や火玉を長持ちさせるコツなどを伝授しながらみんなに配る。
「なるほどね。これはすぼてっていう名前で西日本で主流なんだ‥‥どちらもやったことはあるんだけど全然知らなかったよ。おまけに両方とも垂直にぶら下げて遊んでたしね」
 タツミの解説を聞いて受け取った花火を眺めながら杉原が頭を掻く。
「俺もしばらく前に知ったんですけど、東日本出の人間には新鮮でした‥‥」
 タツミも笑顔で応じながら、赤、黄、青、緑、等今風の色違い線香花火も広げている。
 二〜三人が一つのバケツを囲み思い思いに線香花火を楽しむ、当然のようにあちこちで時間を競い合う「勝った」「負けた」という声もちらほらと湧き上がり。
 しばらくするとイリスは例によってみんなの様子を撮影し始め、真白も少し離れて花火と夜空の星を交互に眺める。
「さすがに星が良く見えるな。天の川か。私の想い人も来るだろうか」
 真白のつぶやきが聞こえたわけでもないだろうが、キヨミが近づいてきて声をかけ。
「星がきれいだよね。少しその辺を歩かない?」
 真白が頷くと、キヨミは仲間達に声をかけ、並んで林の中の小道へと消える。

 しばらくして戻ってきた二人も加わって花火の後片づけを終えると再び一行はロッジへと向かった。


● それぞれの時間
 早朝――散歩がてらに発声練習でもしようかと湖畔に足を延ばしたタツミは、ばったりとキヨミに出くわす。
「「おはようございます」」
 思わず挨拶がハモリ、次の瞬間同時に噴き出した。
「朝の散歩ですか?」
 どうにか笑いを収めたタツミの問いにキヨミも笑いをこらえながら答える。
「朝は湖のほとりに出ても気持ち良さそうだな、って思ってね」
「俺もですよ。ついでにここで発声練習でもしたら気持ちよさそうだな、っとか。近所迷惑かな?」
 続くタツミの問いにキヨミは周囲を見回す。
「所々に立ってる別荘みたいなのも結構遠そうだし、大丈夫だと思うが」
「それじゃご一緒にいかがです?」
 しばらくの間、二人の声が湖上の水鳥たちを驚かすことになった。

 一方二人とすれ違いに湖畔の散歩から戻ったひろみは、いつもの日課になっている剣の稽古と坐禅を終えロッジに入ったところで本間と出会う。
 ロッジでの賄いは参加したスタッフたちが順番にローテーションで担当していたが、どうやら今朝の朝食は本間たちが当番らしい。
「おはよう、早いのね?」
「おはよう、本間さん、今、手空いてるんだ、何か手伝うよ。こういう場でないとなかなか恩返し出来ないし

 挨拶をかわしながらひろみの手元に視線を送る本間に気付き、照れくさそうに笑いながら言葉を続ける。
「ああ、模造刀だよ。やっぱり毎日剣の稽古はしないとね。とりあえずこれ置いて来るから」
 言うが早いか自分の部屋へ駈け出して行った。

 朝食後、暫しの休憩を入れてそれぞれのトレーニングメニューに取り掛かる。
 取り立てて訓練することもないイリスはそんなみんなの光景をビデオに収めたりしながら時折ロッジの周りを散歩している。
 やはり特訓などとは縁のない杉原も一緒に一同を激励して回る。
 人生で初めてのキャンプということでドキドキでわくわくでうずうずっといった様子のイリスではあるが、健康を取り戻したとはいえはしゃぎすぎて倒れないように注意は必要らしい。
 山や湖畔と言うことで走り回ったりもしたいらしいが、さすがにたちまちダウンしかねないこともあって大人しくお嬢様っぽく振舞っている。
 なにやら仔細があるらしいイリスは杉原を散歩に誘い出す。
 二人きりになると暫く照れたようにもじもじしていたが、意を決したらしく。
「あの、胸の傷痕、杉原社長に見てほしいなって思いました。結構、大きいですけどびっくりしないで下さいね」
 杉原の正面に立ち、言うが早いか胸元を寛げる。
「‥‥頑張ったんだね」
 目を逸らす訳にもいかず心臓の手術跡を暫く見つめた杉原はそっとイリスの頭に手を伸ばした。

 充電も兼ねてということで、午後からは各自思い思いに湖畔などへ遊びに出る。
 真白はなにくれとなく年少組の世話も焼きつつ持参した釣竿を手に同行、湖畔にあるボート小屋の鍵を預かるのも忘れない。
「ゆっくりと身体の中の空気の入れ替え、かな」
 呟きながら、趣味は『昼寝』と自他ともに認めるケイとジュディーはクロも誘って湖畔の手ごろな木に持参したハンモックを吊るす。
「夜まで寝続けてしまっても困るので、ほどほどに起こしてもらえるでしょうか〜?」
 とのんびり尋ねるジュディーにタツミは笑顔で答える。
「その時は俺が起こしに行きますよ? 眠れる森の美女といった風情でしょうか?」
 ゆったりまったりとハンモックにゆられながら何か歌の依頼があった時に歌う歌詞でも考えようとしていたクロもいつしか夢の世界にさそわれ――午後の時間はゆっくりと過ぎて行った。


● 成果のほどは
 3日目の午前中の締めくくりに、幾人かが練習の成果を披露するということで一同は小ホールに集まった。
 最初にマイクを手に進み出たのはキヨミ、ショルダーキーボードを抱えた真白との即席ユニットでキヨミが作った『夏彩』を披露する。
 ギターの練習も重ねてきたキヨミだが、さすがに短期間で弾きながら歌うところまでは到達できなかったらしく、ヴォーカルに専念するようだ。
 もう少し慣れないと、やはりどちらかに注意が集中してしまって他方がお留守になるのだろう。

 二人が一礼すると真白のキーボードからミディアムスローの明るいサウンドが流れ出す。
 キヨミの「背伸びしない前向きな明るさを出したい」という想いを受け止めた真白なりの答え――。

「 きっと探してるのは 自分とかそんなんじゃなくて
  この気持ちなんて言ったらいいか
  解らせてくれるコトバ
  きっと求めるものに 答えなんか決まってなくて
  鮮やかに イイ方に 裏切るのが最上級だね

  キミを一人なんかにさせとくのはもったいなくて
  夏だってまだ始まったばかり
  何しよう? どこへだって行こう 」

 リラックスした様子で楽しげに互いの音を合わせ――

「 未来は誰にも見えないけど だから楽しめるよ
  希望胸に現実(いま)から変えてこう
  待ってるから キミのリアクション!

  もしも求めているのが キミも同じなら
  鮮やかな夏をイイ様に 飾っちゃおう最上級にね 」

 楽しい気持ちになれるよう、元気になれるようにとの想いをこめて演奏する真白の演奏はラストに向かってアップテンポに変調し、

「 キミと一緒なら 何処だって きっと最上級 」

 最後に真白は自分のフレーズでキヨミに答えた。

 拍手に交じって冷やかしの声も飛び交う中、ショルダーキーボードを掛けたひろみが拍手をしながら入れ替わる。
「中々暑いねぇ。あたしが披露する新曲は本間さんといつも支えてくれている裏方さんに向けたこの曲『感謝』だよ。まだ、歌詞の追加とか必要なんだけどね。青空POPsはあたしが初めて自分の唄を唄った番組だから」
 そう言うと観客席の本間に軽く会釈を送る。
 抱えたショルダーキーボードから緩やかなポップス調のメロディが流れ。

「 出会いはホントの偶然
  もしもあの時あなたに声を掛けてもらえなかったら
  きっと今ここにあたしはいない

  先の見えない霧の中も
  あなたの笑顔が光になってくれた
  だから幾度も迷い躓きながらも歩んで来れたんだ

  ここにいられるのはあなたのおかげ
  あなたの笑顔がここにはあるから
  あたしはここにいられる
  いつもそっと支えてくれてありがとう
  なかなか言えない感謝の言葉
  今伝えるよ
  『ありがとう』 」

 最後の言葉を強調してひろみは歌を締めくくった。

 替って進み出たケイがホールの中央に鎮座するフェインゲーフルの前に座る。
 傍らに置かれた椅子にちょこんと腰かけたクロも胡弓を手にぺこりとお辞儀をし。
「まだ未完成で‥‥編曲はこれから。簡単なメロディラインしか作ってないんだ。今回はクロナ君との即興セッションで演奏するよ。曲は『Starlight Wish』」
 ケイは簡単に曲の説明を終えると鍵盤に指を添える。
 ミドルテンポのロックバラード調のメロディが流れ、クロの胡弓の音が重なる。

「 Under the name of a star,
  if I wish upon your eyes,
  would my dream come true?

  starry silent night
  まぶたにそっと溶けた 星屑は頬を濡らす
  満天の空冴え冴えと 瑠璃色の夜は鳴る

  starry secret night
  さざめくため息ひとつ 暗闇に包まれても
  瞳の奥に秘められる 星辰の輝きよ

  泣かなくていいからさあここへおいで

  You can’t forget my star,can you?
  きっと君の肩に頬うずめ
  僕は見たことのないような夢に焦がれるのだろう
  星に祈り捧げ希(こいねが)う
  重ねた手のひらいつまでも放さないよ わかるかい

  ふたりの背に 星が降る 」

 仲間達の拍手を浴びながらケイとクロが元の席に戻ると、エレキギターを肩に掛けた葵と共に前に出たゆきかがあらかじめセッティングしておいたキーボードの前に座る。
 自分たちの歌う『Goodbye Undead』の由来などを葵が簡単に説明すると、軽く顔を見合わせ、合図とともに曲が始まる。

「”いつだって世界には、
  辛いこととか、悲しいこととか、汚いものとかが満ち合われている
  ただ、前だけを見つめるなんて難しい”
  死人のようにうずくまって、物知り顔でそんな文句ばかり吐いて
  それで貴方は満足なの? 」

 人生に絶望した男の独白に、女性の愚痴が女性だけのユニットながらメリハリをつけて続く。

「”今日は昨日の続きで、明日は今日の繰り返し
  昨日と今日が同じように、明日も今日と何も変わらない”
  亡者の貴方にはお似合いのセリフ
  でも、あたしは真っ平ごめん!
  死んでいるみたいに生きるのはもうこりごり
  下を向いていても何も見つからないから
  思い切って、前に踏み出せば
  その一歩は小さくとも、何かが変わるから 」

「 生きながら、死人になった貴方は
  そこでお休みなさい
  あたしはあたしの道を行くよ
  立ち止まり続けた昨日に別れを告げて 」

 最後のフレーズは、既に生きることを放棄した男に決別を告げる女性の激情を叩きつけるような演奏の中にも、別れの寂しさを微かに滲ませて締めくくった。


● 打ち上げは賑やかに
 お披露目が終ると、皆一斉に打ち上げパーティの準備に取り掛かった。
 湖畔に道具を運んでバーベキューとキャンプファイヤーを行うことになっている。
 最年長のタツミを筆頭に料理好きな面々が張り切る。
「食べ盛りの方もいるから作り甲斐があるかもしれませんね」
 クロやジュディーも材料のカットや下拵えを手伝い、葵とゆきかも駆け出しの新人らしく率先して走りまわる。
 入院生活が長かったせいか、料理はまだ包丁を持たせては危ないレベルだと言うイリスも、軽い手伝い程度に手を出していた。
 ひろみはダッチオーブンで鶏の丸焼きを作ろうと下ごしらえの最中――下ごしらえをして仕込んでしまえば完成までは比較的手の空く調理法らしい。
 この間にもう一品プディングも拵えるつもりのようだ。
「飲み物は私がやる。やらせてくれ。氷を砕くのも果物をカットするのもやる。フレッシュジュースを作る」
 料理はそれなりにできるものの、盛り付けが下手なためもっぱら他の面々に任せていた真白も、こればかりは譲れないとロッジ内にあったバーカウンターから必要な酒類や道具をピックアップする。
 楽器の演奏とは関係のなさそうな場所にある掌のタコはどうやらスプーンダコやシェイカーダコであるらしい。
 相方のキヨミもハーブティーを作っったり、クーラーボックスに氷を用意したりと準備に手を貸す。
 料理に加わらなかったケイはほかのスタッフと一緒にバーベキューに使う炭やキャンプファイヤー用の薪を湖畔まで運ぶ。
 下拵えの終った材料やバーベキューコンロなども次々と運び出され、賑やかな声の中心は湖畔へと移った。
 据え付けられたコンロの炭に火がつけられる一方で、ひろみやジュディーなどがキャンプファイヤー用の薪が井桁に組上げられる。
 やがて昼を大分回ったころ、材料が焼き始められた。
 料理好きなタツミは鍋奉行よろしくバーベキューコンロに張り付き、焼け具合などをチェックしながら次々に料理を配り、テーブルの一つを即席のバーカウンターに仕立てた真白は自慢の腕で年長者には普通のカクテルを、未成年や酒が飲めない者にはノンアルコールの飲み物をふるまう。
 ひろみが蓋の上に炭を乗せてセットしておいた鶏の丸焼きも、ころ合いを見て取り出され切り分けられる。
 歓談を続けながら十分におなかが膨れるころには夕刻も近づいていた。
 夜のキャンプファイヤーの前にバーベキューの道具を片づけにかかる、とはいえ中にはそれなりにアルコールの回っている者もおり、葵とゆきかの新人コンビはここぞとばかり張り切る。
「あたしと幸香に任せておいてよ」
「こういうことは駆け出しのわたしたちが率先してするべきことですから」
 口々に言いながらテキパキと汚れものを片づけていく。

 暗くなってからでも持ち帰れる簡単な飲み物やツマミなどを残してあらかた片付く頃には陽もだいぶ傾き、やがて辺りが闇に包まれるころキャンプファイヤーに火がともされる。
 燃え上がる炎の中、杉原の短い挨拶から各自の感想などが述べられ、再び宴が始まる。
 クロは夕方とってきておいた胡弓で、中国の夏の夜空をイメージしたゆっくりとした感じの、ケイと一緒の昼間の演奏とは違った曲を披露する。
 キヨミと真白が寄り添いながら小声で何かを囁き、ひろみは本間と酒を酌み交わしながら熱い思いを語る一方で、宴の様子をビデオに撮っていたイリスは同好の士を募って怪談話などを始めた。

 星空の下、サマーキャンプ最後の夜は賑やかに過ぎて行った。