約束の日の、その前にアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/04〜03/08

●本文

 ここ数日、みちるは浮かれていた。不思議に思う者もいるかもしれないが、浮かれていた。
 彼女は先日、ちょっとした賭けに出た。現在は賭けの結果待ちの状態である。普通ならばどきどきして、結果が気になって、心配で、何も手につかなくなりそうなのだが、意外にもそうはならなかった。
 靄が晴れたのだ。彼女は開けた世界に興奮しているのだ。どんな結果がこようと悔いはない――そんなすがすがしい気分なのだ。
 ところがこんな彼女の様子は、マネージャーにとっては胃痛の元となっていた。
「みちるちゃん。ちょっとこっちに来てくれる?」
 所属するプロダクションの一室。窓辺に向かうマネージャーに、みちるは意味もわからずついていく。
 きっちりと閉じられたオフホワイトのブラインドのおかげで、外からこちらを見る事は勿論、こちらから外をうかがう事もできない。マネージャーは横の壁にぴったりと張り付くようにして指先を伸ばし、ブラインドを押し下げてわずかな隙間を作った。
「ああ、やっぱりいますね」
「マネージャーさん‥‥?」
「みちるちゃんも見てごらん。気づかれないよう、そっとね」
 言って、彼女のために場所を空ける。
 みちるがマネージャーの真似をしてブラインドを押し下げてみると、外の賑やかな通りを覗く事が出来た。
「自販機の横に、電柱が立っているでしょう? その横‥‥いや、後ろって言ったほうがわかりやすいかな」
 視線を動かす。
 するとそこには。目深に帽子を被り、火のついていない煙草をくわえ、体型を隠してしまうロングコートのポケットに片手を突っ込んだ、おそらく男性――
「ゴシップ記者ですよ」
 体を強張らせたみちるの肩に、安心させようとしてかマネージャーが手を置いた。
「ポケットに入れていないほうの手、何をしているかわかりますか。体と電柱に隠れていますが、小型カメラを隠し持って、シャッターチャンスを狙っているはずです」
 そのまま窓からみちるを引き剥がす。まず彼女をソファに座らせ、次に自分が彼女と向かい合うように座る。前のめりになって膝の上で手指を組み、ふぅ‥‥と息を吐き出した。
「ああいう手合いに狙われると、ちょっとの油断がまさに命取りになります。それで潰された人の数は計り知れません。マネージャーとして、みちるちゃんをそんな目に合わせるわけにはいかないんです。そして――彼らのような人種が最も好むゴシップは、男女関係です」
「男女関係って‥‥」
「私の言っている事、わかりますね?」
「そ、そんなっ、でもっ、ちゃんと気をつければ!」
 途端にしどろもどろになるみちる。急にそんな話題になった事と、マネージャーに自分の恋がバレていたという事に、慌てふためいているようだ。
 だがマネージャーは手加減などせず、話を続ける。
「気をつけたからといって、100%大丈夫かというと、そんなわけないでしょう」
「大丈夫です! きっと、大丈夫ですから!!」
「根拠のない自信は危険を増すだけです。それに、相手の人はどうするんですか」
「相手って――」
「まさかみちるちゃんひとりだけで済ませてくれるとでも? みちるちゃんだけでなく相手まで、取材と称する執拗なインタビューや勝手な撮影、虚偽の混じった報道の的にされるんですよ。相手にも進みたい道があるんです、その邪魔をしたくはないでしょう?」
「‥‥‥‥‥‥」
 二の句が告げなくなったみちるは、唇をぎゅっと噛みしめた。きつく固めた拳が小刻みに震えている。
 マネージャーも彼女が少しかわいそうになるが、ここは彼としても譲れないところ。厳しくならざるをえない。ぐっとこらえて、上着の内ポケットで震える携帯を取り出した。
「はい、もしもし――ああ、社長。どうしたんですか? ‥‥は? いや、そんな、まさか‥‥最近は私も特に気をつけて、ひとりにはさせないようにしていたんですが‥‥」
 電話をかけてきたのは、プロダクションの社長のようだ。今度はマネージャーが慌てふためき、テレビのリモコンをあたふたと手に取った。
 ピッ‥‥ブゥゥン‥‥
 社長から指定されたのだろう、テレビの電源が入るとすぐに、マネージャーはチャンネルを変更した。興奮したレポーターの声が室内に響く。画面いっぱいに映し出されていたのは、若い男女の密会写真。どうやら週刊誌のスクープらしく、少しカメラが引いたのか、次の瞬間には見出しも映った。
 ――『主婦のアイドル』水元良、『現役女子高生女優』葛原みちるとの熱愛発覚!!
「マネージャーさん、私、水元さんと外でふたりっきりになった事なんてありません!」
「わかってます‥‥誰かに、はめられたんです」
 嫌な予感はしていたが――行動にうつすのが早いな。マネージャーは心の中でそう呟いて、ひそかに舌打ちした。
「もしもし、社長。至急、調査をしましょう‥‥信頼できる人手の確保を」

 ◆

「あらあら、だぁれも気づかないのねぇ。あの写真が合成だなんて」
 テレビを見て腹部の贅肉を揺らす、その女性。40代くらいだろうか、化粧が濃いのでよくわからない。服装や身に付けている装飾品から、贅沢を好む類の人種であると知れる。
「気づいているのはおそらく本人とその周囲くらいだろうね。疑われなければ検証もされない、つまり、世間的には本物だ」
 革張りのソファに沈んでいる女性の斜め後ろで控えていた男性が淡々と述べる。
 いや、男性と呼ぶにはまだ早い。少年と呼ぶべきだ。体格がよく、また顔色が悪いので本来の年齢よりも上に感じてしまうのだが、よく見れば幼さが残っている。
「既成事実として認知されれば、あの娘だって反論しようがないでしょう。期待してるわよ。うちの良ちゃんが望むようにしてあげてちょうだい」
「‥‥」
 少年は答えない。テレビに映る、自分の作った合成写真――笑顔のみちるをじっと見つめ続けている。

 誰にも渡さない‥‥これはみちると僕が会うための段取りのひとつに過ぎない。
 そう。みちるは僕のもの。僕だけのものなんだから‥‥

●今回の参加者

 fa0142 氷咲 華唯(15歳・♂・猫)
 fa0329 西村・千佳(10歳・♀・猫)
 fa0402 横田新子(26歳・♀・狸)
 fa0918 霞 燐(25歳・♀・竜)
 fa1587 choco(12歳・♀・ハムスター)
 fa1718 緑川メグミ(24歳・♀・小鳥)
 fa2903 鬼道 幻妖斎(28歳・♂・亀)
 fa3028 小日向 環生(20歳・♀・兎)

●リプレイ本文

●困惑と反発
「検査入院?」
 霞 燐(fa0918)の提案を聞いて、葛原みちるはおうむ返しに言った。
「現状で仕事を続ければ心労で倒れるのが目に見えている。そうなれば1週間どころの騒ぎではすまんだろう?」
「私、そんなに弱いつもりはありません。それに一週間後に何があるっていうんですか」
 ソファから腰を浮かせてまでみちるが口答えしたので、燐は壁にかかっているカレンダーを一瞥した。一週間が一行で示されているタイプだ。燐の視線は今日の日付を探し出すと、そのまま一行分だけ下方に移動した。
 3月14日。ホワイトデー。
 みちるも気づいたようで、ぐっと口を閉じ息を飲み込んだ。
「そうですね‥‥ここを探り当てられるのも時間の問題でしょうし」
 窓の外を用心深く確認しながら、マネージャーが頷く。彼と、みちると、彼らからの依頼を受けた者達が今いる場所は、彼の自宅である。みちるの所属プロダクションも自宅も、あのスクープが公開された後、あっという間に取材陣で囲まれてしまったからだ。みちるの親友の家に匿ってもらうという案も出たようだが、マスコミが来た時の迷惑を考えてみると、実行にうつす事は出来なかった。
 どこも悪くない。隠れなければならない事をしたわけでもない。学校も仕事も休むしかなくなる。みちるの表情からして彼女が入院に賛成しかねているのは明白だった。
「この機会に、本当に検査するのもいいですね。健康診断を受けるんですよ。いっその事、隅から隅までね」
「マネージャーさん、その言い方はちょっとアヤシイです」
「そうですか?」
 choco(fa1587)にツッコミを入れられて頭をかくマネージャーにはどいてもらって、西村・千佳(fa0329)が幼い顔つきの笑顔をみちるに向ける。
「みちるお姉ちゃん、初めまして♪ そんなに心配しなくても大丈夫だよ、チカがついてるからねっ」
 さりげなく、ぎゅっとみちるの手を握る千佳。みちるもそれで諦めて、千佳と一緒におとなしく車へ乗った。

●作業開始
 見送りが済むと横田新子(fa0402)は持参したノートパソコンを取り出した。
「写真が合成だという事はわかっているんです。まずは不自然なところがないかどうか、影や背景をじっくり見てみます」
「じゃあ私は、マネージャーさんが置いていってくれた写真をチェックしてみるわね」
 小日向 環生(fa3028)によってテーブルに広げられたのは、数多くの雑誌や写真だ。みちるのインタビュー記事を始めとして、出演したドラマの一場面や、以前ストーカーから送られてきた盗撮写真まである。すべて、元になった写真はあるだろうかと新子に尋ねられたマネージャーが、倉庫と貸している一室から持ち出してきた物だ。
 多少狭いとはいえ、セキュリティの整ったマンションに一人暮らしをしているマネージャー‥‥数少ない部屋の一室をマネージャー業に関する資料で埋めているのには、誰もが感服した。
「仕事に情熱を注いでるって事よね」
「好きだっていう証拠ですよ、仕事も、みちるさんの事も。でなければあそこまではできませんからね」
 天井まである本棚ぎっしりの資料を思い出しながら、新子と環生は作業を開始する。
 その横を、すっと手が伸びて一枚の写真を取っていく。取られたのは制服姿のみちるが笑っている盗撮写真。取ったのは氷咲 華唯(fa0142)。
「俺はストーカーの時の事は直接は知らないが、写真絡みってコトはその辺も関係ありそうだよな。完全には諦めてないだろうし、その事件で学校辞めてるんだから、合成写真作る時間だっていくらでもあるだろうし」
 華唯がテーブルに写真を戻しながら言うと、時計を見ていた燐が頷いた。
「そうだな。私もやはりあやつが関係しているような気がするのだ」
「俺はそいつの方当たってみるよ。顔と名前、住所とかわかると便利なんだが」
「マネージャーに頼めば、学校に連絡してくれるだろう。退学したとはいえ、名簿は残っているだろうからな」
 わかった、と早速華唯は携帯電話を取り出した。

「どうしてこんな反応ばかりなのよ!」
 こちらもノートパソコンを持参していた緑川メグミ(fa1718)、彼女はモニターに向かって突然怒声を張り上げたのだった。
 モニターに表示されているのは匿名掲示板。彼女は先程、世論操作作戦と称してこの掲示板に書き込みをした。みちると良の熱愛写真は偽物であり、週刊誌の記者は恐らく合成だとわかっていながらネタが欲しくてやったのだ、こんな記事を書く出版社に抗議メールを送りつけて断固抗議しよう、みちるちゃんを守るためにみんながんばろう――こんな内容の書き込みを。ただしマネージャーからストップのかかった、みちるの本当の恋愛については渋々諦めたけれども。
 そしてメグミの書き込みに対する反応は以下の通りである。
 ――何だよ、ネタかよ。
 ――ガセネタ。
 ――いるんだよね、こういう奴。
「信用されていませんねえ」
 メグミの様子に、飲み物が入っているカップをさりげなく横にどかしながら、鬼道 幻妖斎(fa2903)が思った事を述べる。
「なぜよ、今注目の話題じゃないっ。乗ってくると思ったのに!」
「ソースが示されていないからでしょうね。写真を認めたくないファンの、戯言だと思われているんですよ。ほら」
 更新ボタンをぽちりと押すと、短時間の間に新しい書き込みが増えていた。
 ――現実を認めたくないお子様なんだ、そっとしとけ。
「んなっ!?」
「これはしばらく書き込みを続けてもらうしかありませんね。確かなソースはあるが、迷惑がかかるので公開できないとか何とか。まあ十中八九、言い訳と受け取られてしまうでしょうけども」
「もうっ! みちるちゃんの護衛に行けないじゃないの!」
 憤慨するメグミだが、それでもキーボードに指を走らせる。周囲のせいで本命と結ばれる事ができないとしたら辛すぎる。自分の抱える痛みをみちるに味あわせないために、彼女の恋を応援するために、メグミはパソコンへ張り付いた。
 一方の幻妖斎も、表明した行動案をマネージャーに却下されたひとりだ。
 いっそ色々な男性との合成写真を作成して雑誌に掲載したりビラをまいたりすれば、どれがガセだとか真実だとかいう気も起こらないはず‥‥自分がその写真を撮ろうと言い出して獣化までしようとしたのだが、マネージャーにしてみれば騒動が起こる事自体に問題があるのだ。
 撮影の技術と知識があるのなら、むしろ合成写真の合成たる証拠部分を見つけるのに尽力してほしい。そう言ってマネージャーは頭を下げていた。故に彼は、亀の甲羅を重そうに背負いながら、新子と環生の手伝いに向かった。

「この顔に見覚えはあるか」
 燐とchocoが訪れたのは某TV局の控え室。みちるに良との面会をとりつけてもらい、指定された場所がここだった。
 良に見せたのはクラスごとの集合写真を拡大した物だ。例のストーカーが写っている。そして見た瞬間に良は驚いたような顔をした。
「スクープについては知ってるよ。TVで見たし、マスコミが張り付いてきてるし。偽物だって事もわかる。葛原さんが僕とふたりのときにあんな表情をしたことは一度もないからな」
「覚えはあるかと聞いているのだが」
「‥‥こいつが黒幕なのか」
「多分その人が偽スクープ写真を作った人ですね。証拠は皆が今、力を合わせて探しています」
「写真を雑誌社に持ち込んだ者の見当もついているし、証拠を世間に示せば、その者とてただでは済まんだろうな」
 ピンと張り詰めた雰囲気の燐と、ちまりと正座するchocoのふたりから遠まわしに言及されて、青ざめた良は頭を抱えてしまった。良心の呵責と肉親への情とみちるへの恋心とに挟まれて。だが全てが明るみに出るのは時間の問題でしかないのだ。
「貴殿は今後どうする? 今のままの籠の鳥ではいずれ同じ事を繰り返すぞ?」
 燐のこの一言が決め手となった。良は手帳に何やら書き込むとそのページを破り取り、燐に渡した。
「僕の家への地図だ。中に入れるように連絡しておくから、お手伝いさんにその地図を見せてくれ。僕は体が空かないけど、家にいるって言ってたよ‥‥母さんは」
「そうか、協力感謝する」
「chocoはしばらく良さんの側にいさせてもらいます。連絡係兼護衛という事で」
 礼儀正しく頭を下げた後、燐だけ立ち上がる。その背中に良の声がかかった。
「‥‥葛原さんに、謝っておいてくれないか」
 悲しげな声に、燐は一言告げて、控え室を出た。「自分で謝るのだな」と。

 基地と化したマネージャー宅に戻る途中、燐の携帯に華唯から連絡が入った。
「だめだ、まかれた! 発車直前でバスに乗ったんだアイツ!」
 特に訓練を受けているわけでもない。尾行は相手にばれていた。
 停留所の時刻表から、そのバスの行き先のひとつに、みちるのいる病院がある事が判明した。

●歓迎されざる者
 看護士によると、みちるが入院して程なく、病院の入り口付近には取材陣がたむろし始めたという。おかげで病院内もざわついているが、みちるの部屋の扉には面会謝絶の札が張られている。訪れるのは医師と看護士のみ。
 みちるの相手は千佳の仕事だ。会話で暇を潰し、たまにファッション雑誌を売店で購入してきてはそれをだしにして盛り上がる。女の子ならではの話もしたが、そんな楽しい時間は突然、破られた。
「はいはーい♪ ここから先は立ち入り禁止だよ♪」
 断りもなく扉が開くと、そこには顔色の悪い少年が立っていた。護衛でもある千佳は、こっそりナックルを手にはめつつ、彼の前へ進み出る。普通なら子供相手に強くは出られないだろう、しかし少年は顔色ひとつ変えず、千佳を突き飛ばした。
「みゃー!?」
「ひどい、こんな小さな女の子を突き飛ばすなんてっ」
「女の子‥‥?」
 悲鳴をあげた千佳にもかまわず、少年はまっすぐベッドに向かう。
「ははっ。僕にとって、女の子はこの世にただひとり――君だけだよ、みちる」
 歪んだ笑顔を向け、ベッドの上のみちるへ手を伸ばす。
 みちるは少年の顔に見覚えがあった。自分を盗撮していたストーカーだ。依然感じた恐怖を覚えているのだろう、彼の行動に怒りを覚えるも、体は固く動かない。
 このままではみちるが連れて行かれてしまう。千佳は転んだ拍子にぶつけた下半身に喝を入れ、起き上がると同時に少年の手に噛みついた。
「ぐ‥‥っ」
「誰か来てーーーーっ!! 変質者がいるのぉぉぉぉっ」
 思わず一歩退く少年、その隙に千佳が声を張り上げて、我に返ったみちるもナースコールのボタンを押した。
 不利を察知した少年は身を翻して病室を出て行く。しかし誰かの足を引っ掛けられて見事転倒する。作業が終了し、ちょうど到着した新子の仕業だった。
 続けて取り押さえようとする新子だったが、鋭い痛みを覚えて手を引っ込めた。手の甲に、まっすぐで鋭い傷跡。空気に触れて一度大きく脈打った後、じわじわ鮮血が滲んでいく。少年を確認すると、上着の内ポケットへナイフを元通りに隠すところだった。
「待ちなさい!」
 そう言われて待つ者などいない。見た目に反して意外とフットワークの軽い新子だが、山登りで鍛えられた少年の体力も侮れないもの。少年の姿は素早く階段の下方に消えていった。

●落着
「お邪魔しまーす」
「また来たのか、お嬢さんよぉ」
 スクープ写真を掲載した雑誌を刊行した出版社へ、環生はやってきていた。その出版社の名前は、ある程度芸能に詳しければ耳にした事がある。ゴシップを売り物にし、強引な取材をしている事で定評がある。
 そんな所へ環生が訪れたのは、実は二度目だ。アナウンサーとしての取材と称して、掲載した写真の現物や入手先等の情報を得るためだった。混沌とした編集部にあって一人小奇麗な環生を、十数人の編集部員が薄ら笑いを浮かべて見ていたのだが――
「何度来たって見せられないし、教えられないぜ。そういう約束でうちは写真を受け取ったんだからな」
「写真が偽物だとしても?」
 そう環生が言い放った途端、編集部が殺気立った。
「おいおい、何を証拠にそんな馬鹿な事を」
「証拠ならあるわ。合成もとの写真が」
 環生は手提げ鞄から写真を取り出すと、目の前の男に見せた。乱暴に奪い去られた写真は、そのまま復元不可能なくらいに破かれてゴミ箱に捨てられた。
「‥‥どこでこれを手に入れた」
「破っても無駄よ、カラーコピーだもの。あ、なんならもう一枚破く?」
 最終確認の代わりにカマをかけられたと男が気づくも、時は既に遅し。次に環生の鞄から出てきたのはテープレコーダー。再生ボタンを押すと、燐と良の母親とのやり取りが編集部内に流れ出した。
 ――さて、この合成写真を作った職人殿はどちらにいらっしゃるのかな。
 ――合成写真? 何の事かしら、良ちゃんの友達だっていうから家に入れたのに、妙な事を言うのなら出てってちょうだい。
 ――今回の黒幕が誰であるかを知られたら、大切な息子殿の名前に大きな傷がつくのではないのか?
 これ以降も、良の母親は散々しらを切りとおした。業を煮やした燐が、環生が男に見せた者を同じ物を母親に見せてようやく、自らの差し金であったと認めたくらいだ。
「合成の証拠となる写真も、今の会話のマスターテープも、私の仲間が持ってるわ。私に何かあれば全部警察へ提出するしかなくなるわね。そうなったらこの会社、どうなるかしら」
 今にも殴りかかってきそうな男へ、環生は最後通牒を叩きつける。
「訂正記事、出してもらえるわね?」

 マスコミ各社に訂正と謝罪のFAXが送られたのは、それから数時間後の事だった。