無償の友情、壊れた愛情アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 3.1万円
参加人数 9人
サポート 1人
期間 04/22〜04/26

●本文

 光が入らないように暗幕で仕切られた部屋の中、蠢く影。液に浸していた一枚の紙を、慣れた動きですくい上げる。
 体格はよいが、青白く凍てついた顔。成人しているようにも見えるが、実際には成人まであと1、2年ほどかかる。
「‥‥増えてる」
 いくらか時間が経つと、その少年はもう暗室にはいなかった。コンクリート打ちっぱなしの自室で、自分が撮影し、自分が現像した写真を手に取り眺めていた。数十枚の写真でできた束、そのどれもに同一の少女の姿が焼きついている。制服姿の時もあれば明らかに私服と思われる姿の時もある。腹を抱えて大笑いしているものもあれば、厳しい表情で自分の出演するドラマの台本を穴があくほど見つめているものもある。
 写真の少女の名前は葛原みちる。現在大売出し中の現役女子高生女優である。デビューしてからまださほど過ぎていないが、その演技力の高さから人々の注目を集めつつある。
 ――そして、この少年がすべてを注ぎ捧げる対象でもある。
「おかしい‥‥携帯をいじる回数が急に増えてるな‥‥僕の目が届かないところで何かあったか‥‥」
 シャッシャッとトランプのカードをきるが如く、少年は写真を素早く、一枚ずつ確認していく。どの写真にも写っているみちる。どのみちるも首から下げている、片翼を模したチャームの揺れるネックレス。友人達と楽しそうに会話する一瞬の合間にも、愛しそうにネックレスへと視線を送る様子が、しっかりと残されている。
 舌打ちをするでもなく、歯噛みするでもなく、少年がとった行動は微笑だった。赤子のいたずらに困りながらも愛らしさに許してしまう母親のような、そんな微笑だった。
「しょうがないなぁ、君は‥‥何度言えばわかるのかな」
 ガラスのミニテーブルに写真の束を置き、くすんだ色のソファから立ち上がる。
「何度でも思い知らせてあげなきゃね。君が、僕のものだって事を」

 主が去った部屋はとても静かなものだった。無駄な物は一切無い。机と椅子と、ベッドと棚と、ミニテーブルとふたりがけのソファと。
 およそ生活臭の漂わない部屋。だがそんな部屋の中でただひとつ、異質な物がある。ミニテーブル上の写真束の隣には、桜色をした女性もののハンカチが、几帳面に折り畳まれていた。

 ◆

「何度でも言ってあげようじゃないの。――なんであんなのがいいのかわかんないわ」
「咲ってばひどい! いくら咲の趣味じゃないからってそんな言い方ないと思う! ねぇ、洋子もそう思うでしょ!?」
「う〜ん‥‥異性の趣味ってまさに十人十色だから」
「何それ、フォローになってない!」
 女三人寄れば何とやら。みちるの自室にはみちる本人と、彼女の古くからの友人、いわゆる幼なじみである咲と洋子が、お茶とお菓子を囲んで話に花を咲かせていた。
 みちるの仕事が更に忙しくなってきたこの頃、オフの日にこうしてとことんまでお喋りするのが、彼女達の絆を深めるものでもあり、それを確かめるためのものでもあった。

 そうして存分に楽しんだ後、門扉で見送るみちるの姿が見えなくなったあたりで、洋子がふと眉を曇らせた。
「おば様‥‥みちるが成人するまで隠しておくつもりみたいよ」
 対して咲は、歩みを緩める事もせずに、ただ肩をすくめた。洋子の呟きが大体予想の範囲内の話だったからだ。
「あたし達が向こうの世界に行くまで、まだかかるからね‥‥。ちゃんと守ってやれるようになるまで待たないと、みちるの事だ、何をしでかすかわかったもんじゃないよ」
「思いついたが吉日、思い込んだら一直線、なところがあるものねぇ」
 ほぅ、と息を吐く洋子。彼女と咲は高校を卒業後、専門学校へ進学するつもりでいる。
 咲はスタイリストに。洋子はメイクアップアーティストに。みちると同じプロダクションに所属して、みちるを公私両面からサポートするために。誰に強制されたわけでもない、大切な人のために自分のできる事を――ふたりが熟慮して出した結論だ。
「とにかくあたし達も注意しないと。みちるにあんな秘密があるなんて知られたら、マスコミに何を書かれるか」
「そうね‥‥格好のネタだもの」
「へぇ。なんだか興味深い話をしてるみたいじゃないか。みちるに関する事だろう? 僕にも聞かせてくれよ」
 ぎくりと体を強張らせたふたりの前に立ちはだかる、ひとつの影。歪んだ笑顔を浮かべた、顔色の悪い青年のような少年。その風貌と漂わせている異様な雰囲気から、ふたりはその者があの時学校で騒動を起こしたストーカーだと察しがついた。影が濃くなってはいるが、顔には覚えがある。
「東雲咲に染谷洋子‥‥僕と一緒に来てほしいんだ」
「そう言われて誰がついていくもんですか!」
 拳を握り締めて前に出ようとする咲を、洋子が微かに首を振って止める。そこにいるのはただの人間。間違っても獣化するわけにはいかないのだ。たとえ、獣化しないままではひ弱な女子高生でしかなくとも。
 事情を知るはずもない少年は、彼女達の様子を無駄な足掻きとして、ますます笑みを深めていく。
「ついてきてもらうさ。無傷でいられるかどうかは約束できないけどね」
 ぱちんと少年の指が鳴る。少年の立つ交差点の左右からひとりずつ、屈強な男達が姿を現した。

 ◆

 その数時間後だろうか。葛原家の郵便受けに一通の封筒が届けられていた。宛名はみちる。差出人は未記入。切手はなし。中には一枚の写真とメモ用紙。
 写真に写っているのは、あくまで死なない程度にぼろぼろにされた咲と洋子が横たわる姿。
 メモ用紙に書かれているのは、おそらく咲と洋子が捕らわれている場所の住所そして神経質そうな角ばった文字で一言、「待っているよ、みちる」――と。

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa0728 SIGMA(27歳・♂・猫)
 fa1308 リュアン・ナイトエッジ(21歳・♂・竜)
 fa1338 富垣 美恵利(20歳・♀・狐)
 fa1522 ゼクスト・リヴァン(17歳・♂・狼)
 fa2475 神代アゲハ(20歳・♂・猫)
 fa2539 マリアーノ・ファリアス(11歳・♂・猿)
 fa2910 イルゼ・クヴァンツ(24歳・♀・狼)

●リプレイ本文


 遠くで船の汽笛が聞こえる。穏やかな海の奏でる波の音も。けれどそれは嵐の前の静けさでしかなく、使われていない古い倉庫群の一角に集まった者達の表情は、一様に険しかった。
「大丈夫だよ、ジン君。みんながいてくれるから」
 葛原みちるの胸元で、片翼を模したペンダントが揺れる。彼女が語りかけている鷹見仁の胸元には、それと対になるペンダントが。
「みちるの大事な友達なら俺にとっても大切な人だ。だから――」
 みちるが友人のために己の身をかけるなら、自分はみちるを守るためにこの身をかける。やんわりと彼の同行を拒否したみちるに、仁は食い下がり、しかしそこで完全に引き際を感じ取らされた。彼の唇に、みちるの人差し指が添えられていた。
「仁さんや雷さんの想い‥‥無駄にはしないよ」
 決意の込められた熱い言葉が、みちるの肩に手を置いたアジ・テネブラ(fa0160)から発せられる。視線を一巡させれば、他の誰もが力強く頷き、アジの言葉への同意を示す。
 ひと時、仁は唇を引き絞っていた。だがやがて、みちるを囲む一行に頭を下げた。


 ぎぎぃ‥‥
 大きな扉の横に設置されていた小さな通用口を通る。錆びた鉄が軋み、皆が顔をしかめた。
 高い天井に広がって消える効果音。打ち捨てられた荷が隅の方で山となり、白く埃を被っている。奥に階段があるのだろう、二階と呼べる位置に鉄の足場と手摺が、重圧感を持って彼らを見下ろしていた。
「‥‥暗い」
 イルゼ・クヴァンツ(fa2910)がぼやく。外はまだまだ昼間だとはいえ、ほとんど窓のない倉庫内は薄暗く、空気も冷えている。探せば電気を点けるスイッチがありそうだが、そんな悠長な事はしていられない。アジと共にみちるの両脇を固め、何があってもすぐ対処できるように構えながら、かつんかつんと歩いていく。
 ちょうど倉庫の中央、上に足場が無く吹き抜けになっている所で、彼女達は彼の声を聞いた。
「やあ、みちる。久しぶりだね」
 明かりとりから辛うじて入ってくる光を受けて、青白い顔の少年が、二階に立っていた。後方にはどこから連れてきたのか、屈強な男が二人も控えている。
「咲と洋子を返して!」
 男達の太い腕に捕らわれた友人の姿を見て、みちるは声を張り上げる。けれど少年は面白くなさそうに鼻を鳴らしただけで、刃剥き出しのナイフの煌めく先端を、みちるに向けた。いや、正確にはみちるの胸元を飾るペンダントに。察したみちるは、反射的に両手でペンダントを覆い隠す。
「‥‥それ、こっちに渡しなよ。壊してあげるからさ。こいつらみたいに」
 突き刺すような視線をみちるに向けたまま、少年は拳を横に突き出した。事も無げに繰り出されたそれは、抵抗できない咲の鼻柱に当たり、彼女から一層の力を失わせた。嫌な音が耳に届いたのか、気を失っていたはずの洋子が苦しげに咲の名を呼ぶ。そしてそんな洋子の汚れた頬に、冷たい刃がぴたりと当てられて――
 滴った赤い血が、みちるにも見えただろうか。
「咲! 洋子!」
「君の周りには何もいらない、何も在ってはならないんだ。そう、僕以外にはね‥‥。君がいけないんだよ、みちる。君がいつまでたっても理解しないから。僕の言う事を聞かないから。僕を見ないから。僕を愛していないフリをするから」
 淡々と述べながら、少年はナイフで空を切り、刃についた血を振り払った。
「‥‥一応、訳くらいは聞いておくよ‥‥なんでこんな事したの?」
「自分のしてる事がストーカー行為だってわかってる? ねえ、ストーカー」
 あくまで時間稼ぎにしかならないとわかっていても、説得を試みよう――そう考えてアジが優しく尋ねるそばから、少年の注意をみちるから自分達へひきつけようとイルゼがストーカーという単語を連呼する。少年はあからさまに片眉を上げて見せたが、彼女達の問いには意外にも素直に返答した。
「なぜかと問われれば、みちるには僕しかいないとわからせるため。そして僕はストーカーなんてそんな低俗なものじゃない。僕は、僕とみちるのさだめに従っているのだから」
 返答はしたが、意図した結果にはならなかった。説得は無駄。交渉などできるはずもない。彼が求めるものはみちるのみ。少年の注意もほんの一瞬彼女達に向けられただけで、すぐにみちるへと戻っていく。やっぱり錯乱してるか‥‥思った通りだとイルゼが内心で呆れる。
「あの時‥‥君は確かに、僕だけのために笑ってくれたのに。僕は君のものになったのに。君が貸してくれたハンカチ、今も大事にとってあるんだ、いつか君に返そうと思って――でも、それなのに君は‥‥」
「ハンカチ?」
 アジはみちるを見たが、みちるは左右に首を振る。少年がやれやれと肩を落とした。
「ああ、それすらも覚えていないんだね。出会うために生まれた僕達が、ようやく出会えたあの瞬間を。やはり排除しなくちゃならないな、君の目を曇らせる全てを」
 それは間違いなく慈愛の微笑、ただし対象者は一人だけ。他の存在は彼の前には等しく無意味なものでしかない。
 ――微細な空気の変化がイルゼの背中を撫でた。
 少年の右手にはナイフ。左手は上着の内側に差し込まれ、出てきた時には数本のダーツを持っていた。
 ――仕方ない。吐き出すように呟いて、アジがみちるを後ろに下がらせる。
「さあ、みちる‥‥二人きりになろうじゃないか!」
 イルゼとアジをめがけて、少年がダーツを投げる。投げ慣れているのか、妙にコントロールがいい。二人はみちるを庇いながら軽やかに避けてみせる。だがそこへ、何かが落ちる音。ひっ、とみちるが息を呑む。咲と洋子の体が二階から放り投げられていた。
 既に重症の身で、高所から受身も取らずに落下したらどうなるか。容易く想像できる惨状、しかし後方に下がってしまったイルゼ達では間に合わない。それに飛び道具を持つ少年の前でみちるから離れるわけにもいかない。
 歯をくいしばる二人の背中に護られながら、見たくなくて、みちるは両手で目を覆った。
「‥‥っ、誰だよお前達はぁ!!」
 次の瞬間、倉庫内に轟いたのは衝突音ではなく、驚愕からくる少年の叫び声だった。恐る恐る手をどけたみちるの瞳には、しっかりと咲を抱いて立つゼクスト・リヴァン(fa1522)、そして倒れこみながらも何とか洋子を受け止めた富垣 美恵利(fa1338)の姿が飛び込んできた。
「美恵利さん、大丈夫?」
 走ってやってきたマリアーノ・ファリアス(fa2539)が洋子の腕を自分の首に回し彼女の体重の半分を受け持つ事で、ようやく美恵利も立ち上がれた。このマリアーノ、彼しか通れないような入口から忍び込み、どこかしらに隠れていたのだ。
「二人とも動けるか。咲ちゃんと洋子ちゃんを連れて一旦下がるぞ」
「そうですわね、あちらを徹底的に懲らしめて差し上げる前に、こちらを安全なところへお連れしませんと」
「女の子の敵を叩きのめすのはその後ダネ!」
 其々、帽子や大きめサイズの服装で半獣化を隠している救出班。彼らはすたすたと出入り口に向かって歩いていく。
「みちるちゃんも一緒に来るか?」
「その方がいいかも。ストーカーは現れたんだから囮としての役目は終わったわけだし」
 すれ違いながらゼクストが言えば、イルゼが同意する。
 勿論、餌を奪われ、みちるとも引き離されようとしている少年が、黙っているわけがない。
「みちるを‥‥渡すものかあああっっ!!」
 思えば、彼がストーカーであると白日の下に晒された時には、彼は既に正気ではなかった。
 手すりに手をかけ、足をかけ――獣人ではない、ただのか弱い人間であるというのに、みちるを連れていかれまいとして、空中に身を躍らせる。
 しかしその刹那。少年の行動はせせらぎ 鉄騎(fa0027)によって遮られる。一段飛ばしに階段を駆け上ってきた鉄騎。鞘に収めたままの日本刀で、体を捻りつつ少年の背後から彼の腹部を引っ掛けた。
「かはっ‥‥」
 容赦なくめり込む、鈍器と化した日本刀。少年は二階の端まで吹き飛ばされていき、そんな少年への道を遮るように、屈強な男達が身構える。
「‥‥唯の阿呆なら可愛げもあるが、之は笑えねぇ。笑えねぇよ」
 見下ろせば、救出班が咲と洋子を建物内から連れ出すところだった。彼女達の力ない四肢と紅に染まった衣服から視線を戻すと、少年はぐらつきながらも立ち上がっていた。濁った瞳に、もはや救い様がない事を鉄騎は知る。哀れすぎて怒りすら湧かない。
「二人も拉致って如何こう何ぞという、脳みそが腐った小汚い手段を使かう野郎が、話し合いで解決などと殊勝な心構えで居るとは到底思えなかったが――まさしく俺の思ったとおりだったわけだ」
 手袋のはまった指先でサングラスのずれを直す。次に日本刀を握りなおす。足を肩幅に広げ、かと思うと男達へ突撃した。
「どうせ金で雇った連中だろう、まとめて張り倒すまでよ!!」
 狙うは急所、確実な撃破。刀の先端で鳩尾を突こうとするが、男の手がそれを許さない。刀を握り締められた。純粋な力の対決。肩の、腕の、筋肉が盛り上がって敵を威嚇する。
 しかし忘れてならないのは、敵は複数いるという事。鉄騎が動けないのをいい事に、もう一人の男のバタフライナイフが鉄騎に襲い掛かる。
「ちゃんと横も見るっすよ!」
 飛び込んできたリュアン・ナイトエッジ(fa1308)の突きがナイフを持った男の顎に、そして鳩尾に食い込んだ。痛みに渋面を浮かべながらもナイフを振りかざす男。その腕の下をぎりぎりまで状態を低くして潜り抜けた直後、高く伸ばしたリュアンの脚が男の米神を直撃した。
「おう、ありがと‥‥なぁっ!!」
 礼を述べると共に、鉄騎は更なる力を込める。男の手を振り解き、返す刀で男性の急所を砕く勢いをもって撃ちこんだ。さすがに膝をついた男の上から覆いかぶさるようにして、すかさず首を締め上げる。男が呻く、だが緩めない。ますます締め上げて‥‥
「一人完了! リュアン、そっちは任せたっ」
 泡を吹き、白目をむいた男を放り出した鉄騎の次なる目標は階下。小走りできるほどに回復した少年を追って、全力で駆け出す。
「ずるいっす、鉄騎さん! ――ああもう、邪魔っすよ!!」
 残ったもう一人の男は、執拗にナイフでリュアンを刻もうとする。手っ取り早く片付ける、そう決めたリュアンはナイフの一撃を受け流すと、軽く男の背を押した。バランスを崩す男の腕を取り、関節を捉える。捉えたまま、全体重をかけてのしかかり、顔面から鉄板の床に叩きつけた。
 鼻の骨でも折れただろうか。床の軋みがおさまる頃には、男は沈黙していた。

 肩で息をしながら、うまく酸素が行き渡らずに重たい足を引きずりながら、少年が目指すのは倉庫の裏口。そこにはバイクがつけてある。ここは一旦退いて、みちると自分の間を遮る奴らがいなくなった後、存分に彼女と二人になればいい。そう考えての事。
 けれど思い通りにはならない。
「退路は裏口。セオリーだな」
 鉄の扉は外に向かって開いている。だが光への道は、神代アゲハ(fa2475)によって塞がれていた。
「俺は無用な争いは好まない。――が、相手が堕ちる所まで落ちた奴ならば話は別だ」
「‥‥はっ、所詮お前達には何もできやしない。みちるが芸能界に属す以上、お前達は僕をどうする事もできないんだよぉっ!」
 少年はナイフを振りかざす。アゲハは固めていた拳を開き、再びゆっくりと小指から順に固めていく。
「おまえの自信のもとはこれか」
 ガシャガシャガシャ。突然の声と何かが落ちた音に、少年は肩越しに視線を背後に送る。SIGMA(fa0728)の声と、彼が見つけて破壊したカメラの残骸が床に散らばる音だった。
「そんな物まで仕掛けてたのか」
「ああ。この騒ぎ、世間にばれれば確実にみちるのイメージダウンに繋がる。脅しに使うつもりだったのか、それとも保険か‥‥どちらにしろ、盗撮から始まったストーカーだ。罠を張るならカメラを使うだろうと予測がついた」
 前後共に塞がれて、じきに二階からもう二人降りてくる。少年の体が震える。恐怖ではなく、後悔でもなく、自身の望みが叶えられない事に対する憤りのために。
 投擲されたダーツは避けるまでもなくアゲハの頬をただ掠める。そしてアゲハが踏み込む良い隙を生んだ。少年は咄嗟に胸の前に腕を持ってきてその衝撃を和らげたが、今度はこの行動がSIGMAの攻撃のための隙となる。
「少しは他人の気持ちを考えるんだな!」
 はっと振り向いた少年の頬へ、SIGMAがきつい平手打ちを入れる。宙に浮いた体は壁にぶつかり、そのまま床に這いつくばった。頭部を強打したか、技をかけようとしたSIGMAが近寄っても、少年の瞼は閉じられたままだった。


 凶器没収。猿轡。手足拘束。バンダナや上着等手持ちの道具で少年を無力化してから、アゲハとSIGMAはロープの一本でも用意しておくべきだったかと暗に思う。
「関節外しておく?」
「やめとけ」
 マリアーノが言うも、ゼクストは彼にあっちを見ろと促した。静かに涙を流しながら、みちるは昏倒する少年を眺めていた。何が起きるかわからないので近寄る事はイルゼとアジに止められているが、それさえなければ駆け寄りそうな雰囲気だ。
「友人を傷つけられた事は許せなくても、彼の行動は自分への好意から‥‥みちるさんの胸中は複雑なのですわね」
「ちっ、お灸を据えてやろうと思ってたんだがな」
 美恵利がため息をつけば、鉄騎がやりきれなさそうに頭をかく。
 ――連絡を受けてみちるのマネージャーが車でやってきたのは数十分後。少年と彼に雇われた男達は、その車に乗せられて警察に突き出された。