大事に厳重に隠されてアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 2.5万円
参加人数 9人
サポート 1人
期間 05/17〜05/21

●本文

 風を切って飛ぶ。
 ――正確には、風を切って飛ぶ誰かに抱かれている。
 力強いぬくもり、二本の腕がこの体を支えていて、私はとても安心してその人に身を任せている。この目に映るのはどこまでも続く青い空。白い雲。そして私を抱く人の背中から生えている一対の翼。私の頬がその人の胸につくように抱かれているのだ。
 私が見ている事に気がつくと、その人は柔らかく微笑んだ。なぜか顔は見えないのだけれど、確かに微笑んでいるのだと断言できる。私は微笑みに微笑みを返し、その人もますます微笑んで、二人は確かな繋がりを感じ合っていた。

 ◆

「――っていう夢を見たんだけど、どう思う?」
 東雲咲と染谷洋子が入院している病室で、葛原みちるは昨晩見た夢を彼女達に話していた。
 なぜ咲と洋子が入院しているのかというと、ストーカーに負わされた怪我はみちるのマネージャーが治療したものの、一応は各身体機能の検査を行っておいたほうがいいという判断からだ。安静にしていれば精神的にも落ち着くだろうとも。
「どう思うって言われてもねぇ‥‥空飛んでたんでしょ? 彼氏に抱かれて空飛んでる夢だったんじゃないの?」
 しかし表面上はまったく何の問題もない彼女達。特に咲はいつも通りの強い口調を取り戻している。
「それがね、彼じゃないんだ」
「どうして断言できるの?」
 みちるがきっぱりはっきりと答えたので、隣のベッドの上で洋子が首を傾げた。
「だって彼の翼は銀色だもの。私の夢に出てきた人の翼は、濃くて深い茶色だったの。まさしく野生の鷹! みたいな感じの」
「という事は、他の男に抱かれてる夢だって事になるじゃない。さすがに浮気するには早すぎると思うんだけど」
「うっ‥‥浮気なんてするはずないじゃない! 何言うの、咲ってば!」
 ここが病院である事も忘れて、みちるは声を荒げた。二人部屋なので室内には三人の他には誰もいないが、空気の入れ替えをしているので窓もドアも開けてある。ちょうど通りかかった看護士が何か言いたそうに頬の筋肉を引きつらせながら、そのまま通り過ぎていく。いつの間にか立ち上がっていたみちるも、バツが悪そうに再び椅子に座った。
「もう、どうして咲はいつもそうなの、そんなに彼が気に入らない? 彼ってば咲にも洋子にも嫌われてるって思ってるんだよ」
 今度は少し声を落として、話を続ける。
「あっそ。そう思いたい奴はそう思わせとけば? あたしは一度だって嫌いだなんて言った事ないけどね」
 呆れたような怒ったような口ぶりで、咲は窓の外に目を向けてしまった。そんな咲をみちるがもう一度たしなめようとすると、洋子がくすくす笑い出した。
「咲はね、みちるを彼にとられて悔しいだけなのよ。彼を嫌ってなんかいないわ。わたしだってそうよ」
「悔しい?」
「洋子、何を――」
「3人でいても彼の話がほとんどだし、携帯もしょっちゅう気にしてるしで、彼にやきもちやいてるだけなの。ね、咲」
「‥‥‥‥っ、もういい!」
 洋子の言っている事は正しいのだろう。咲は反論するのもやめて、布団に潜ってしまった。みちると洋子も顔を見合わせて、堪えきれずに笑いを漏らした。

 ◆

 みちるが見舞いの品として持ってきたのは、手作りのクッキーと、小ぶりの花束だった。その花束を、わざわざ持参した花瓶に生けようと、席を中座した。
 ――その帰り、彼女の耳に気になる会話が聞こえてきて、どうしても病室に入れなくなってしまった。

「まずいね。どう考えてもあの夢、小さい時の記憶だよ。親から聞いてる特徴そのままだ」
「濃い茶色をした、鷹の翼‥‥そうね。わたしも聞いてるけど、確かにみちるのお父さんの特徴そのままだわ。赤ちゃんのみちるを抱いて、よく空の散歩をしてたっていうし」
「‥‥今ならまだ、夢の話だって笑って済ませられるけど‥‥早めに対処しておかないと。写真とか戸籍なんかを調べられると、誤魔化すのも難しくなる」

 二人は何を言っているのだろう。みちるには理解できなかった。
 彼女が夢に見た鷹の翼が、彼女の父親の特徴? そんなはずはない。彼女の父親は狼獣人だ。二人もその事は知っているはずなのに。

「ともかく、この事は連絡しておかないと。他の誰に話しても夢で終わらせてもらえば、忙しいみちるの事だから、その忙しさにかまけてすぐに忘れてくれるかもしれない」
「そうね。あまり執拗に否定しても、逆に気になってしまうだろうし」

 もう遅い。気になってしまって仕方がない。忘れもするものか。
 夢に出てきたあの翼の人は、自分に関わりのある人なのだ。しかもおそらく、深い関わりのある――

 いつのまにやらきつく引き締めていた口元を笑みの形に整えると、みちるは数歩後ろに下がった。そしてわざと大きな音を立てながら、もう一度部屋に近付いていった。

●今回の参加者

 fa0288 水無瀬霖(21歳・♀・猫)
 fa0371 小桧山・秋怜(17歳・♀・小鳥)
 fa0374 (19歳・♂・熊)
 fa0475 LUCIFEL(21歳・♂・狼)
 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa0918 霞 燐(25歳・♀・竜)
 fa1385 リネット・ハウンド(25歳・♀・狼)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3709 明日羅 誠士郎(20歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●下準備
「‥‥え‥‥委任状‥‥?」
 葛原みちるの住む地域の役所にて、夏姫・シュトラウス(fa0761)は早速壁にぶつかった。戸籍謄本を第三者が請求する場合には、委任状もしくは正当な理由が必要となるのである。今の父親が実の父親なのかを確認するためだなどとは、みちるの社会的身分を考えれば口が避けても言えるわけがなく。かといって委任状などもらっていない。
 仕方なく、夏姫は一旦戻る事にした。ひとまずは、戸籍謄本が請求できる事からして本籍が現在の住所である事が確認できたので、それでよしとする。
 ――しかし本籍というものは、届さえ出せば自由に移動可能なのであるのだが、彼女はそれも知らなかった。

 その日の夜、委任状を書いてもらおうと夏姫がみちるの家に行くと、既に多くの先客が集っていた。水無瀬霖(fa0288)、霞 燐(fa0918)、リネット・ハウンド(fa1385)、ゼフィリア(fa2648)――この四名に夏姫とみちる本人が加わった計六名が肩を寄せ合って座る。
「ごめんなさい、この実験レポート、明日には提出しないといけなくて」
 宿題を片付けるため、机に向かっているみちる。他の者はベッドの上やローテーブルの周りに陣取っている。みちるが用意してくれた飲物で喉を潤しつつ、そのみちるの宿題進行状況を考慮しながら、質問タイムは始まった。
「改めて確認しておく。何があろうと真実を知りたいか。真実を知っても後悔しないか」
 口火を切ったのは燐だった。ぴしりと正した姿勢の彼女に、みちるの持つシャーペンの動きも止まった。
「うちもみちるさんに確認したい。皆が秘密にしているのはみちるさんを気遣っての事だと思うんよ。つまりこれから調べる事はみちるさんにとってつらい事実が判明するという可能性があるという事や。それでも知りたいんやな?」
 ゼフィリアも身を乗り出して問いかける。誰もが息をのみ静寂が広がったが、じきに何事もなかったかのようにシャーペンは再び動き出した。
「何があろうと‥‥かどうかは、私自身、よくわかっていないんです。でも誰だって自分のルーツは気になるものじゃないですか? もしかしたら後悔するかもしれませんし、泣きたくなるほどつらいものが待っているかもしれない。けど、そうなったらそうなったで仕方がないかなって」
 レポート用紙に視線を落とすみちるの表情は、困り顔だった。それが本物なのか偽物なのかはわからないが。
 この回答に、燐は暫し考え込み、ゼフィリアは肩を落とした。代わりに霖が次の質問に移る。
「みちるさんは、ずっと以前から‥‥ええと、生まれた時からここに住んでらっしゃるのかな?」
「少なくとも、物心がついてからはずっとここですけど」
「そうですか‥‥」
 しかし霖も眉を八の字にする事になった。さすがに生まれた当時の記憶などあるはずがない。
「みちる、はっきりとした記憶があるのは幾つ頃からだ?」
 決心したのだろう、これが本題だとばかりに燐が切り出すと、しばらく後に答が返ってきた。三歳保育で幼稚園に入園し、咲や洋子と一緒にいるのが、鮮明に思い出せる最も古い記憶だと。咲と些細な事で取っ組み合いの喧嘩をしていて、横で洋子が泣いている――この記憶よりも以前の記憶は、思い出そうとしても自力で思い出せるものではないようだ。
 なら、とゼフィリアが提案したのはアルバムの確認だった。入園前の写真に範囲を限定し、更に男性が写っている物を選び、その男性に覚えがあるかをみちるに見てもらおうというのだ。みちるの知らない男性が幼い彼女と一緒に写っていれば、そこから攻めていける。
「小さい頃のアルバムは、確か両親の部屋に置いてあったと思います」
「できればその部屋も調べさせてほしいんやけど――」
「‥‥さすがにちょっと‥‥それに母は専業主婦ですから、なかなか家を空ける事がなくて。アルバムは私がとってきますね」
 こうしてみちるが出て行った後、部屋に残された者達は、声を潜めて話し合った。
「正直なところ、わかりやすい写真が残されているとは思えないのですが」
「そやな。そのものズバリなものは、隠されとると考えていいやろ」
 リネットが懸念を口にすると、ゼフィリアはなんと肯定した。
「けど、幼い頃の写真がまったくないっちゅうのもおかしいし、多少はあるはずや。残されとる物から手がかりを探す、今はそれしかない」
 年齢に見合わぬ冷静さをもつゼフィリアに、一同は感心した。
 そして。みちるが持ってきたアルバムの中には、予想通り、見知らぬ男性が写った写真はなかった。ただし、生まれた直後に病室で撮られたらしい写真はあった。赤ん坊のみちるが寝ているベッドには「みちるちゃん」と書かれたプレートがついていて、そのプレートには病院名も書かれていた。

●調査、そして
「ビデオカメラはOKっと。リネット、このマイクつけてくれるか?」
 小道具の準備をしながら、LUCIFEL(fa0475)とリネットは葛原家の近所の路地にいた。ふたりでご近所さんに昔の葛原家について聞き込むつもりである。小道具は怪しまれないためのカモフラージュであり、今度みちるが出演する番組の取材だと見せかけるのだ。
 これがもし団地やマンションだったら難しかっただろうが、この辺りは一軒家が並ぶ地域だ。よほど最近越してきたというのでもない限り、町内の皆さんは互いに面識があると予測できる。眼鏡とスーツで人当たりのよさを演出したリネットは、ハンドバッグから携帯を取り出した。ぽちぽちと操作すると、画面には昨夜撮った、みちるとリネットのツーショット写真が表示された。
「これを見せれば、安心して話をしてもらえるでしょう」
「用意がいいな。‥‥ああ、丁度いい事にあそこで井戸端会議中だな。行ってみよう」
 カメラを持ち直したLUCIFELが小走りで歩き出すと、リネットも眼鏡のずれを直しながら後を追った。

 燐が向かったのはみちるの所属事務所だった。突然の事にマネージャーは驚いた様子だったが、それでも彼女を応接室に迎え入れてくれた。みちるが自分達に頼み事をしてきた経緯をかいつまんで話すと、彼のまとっている雰囲気と言えばいいのか、そういうものが途端に壁を作ったのが感じられた。
 だがここで踏みとどまるわけにはいかない。負けじと燐は核心に迫る。
「‥‥で、だ‥‥貴殿なら知っているのではないか? みちるの父親について」
「勿論知っていますよ。未成年者を保護者の同意なく働かせるわけにはいきませんから」
「そうではない。――本当の父親の事だ」
 声を潜めながら切り込んでいく燐。マネージャーは微動だにせず、表情すらも変わらなかったが、それこそ真実を知っているが故の態度だと、彼女には思えた。
「友人が知っている情報を貴殿が知らぬとは思えなかったのでな、こうして話を聞きに来たというわけだ。既に複数で調べを始めているし、どういう形であれ、本人に伝わるのは時間の問題だ。隠し立てしてもよい事はないぞ」
「さて、何の事やら?」
 あくまでもしらを切りとおすマネージャーに、仕方ないと燐も切り札を出す事に決めた。
「では、みちるには『マネージャー殿がすべて知っている』と伝えておこう」
 ようやくマネージャーの壁が崩れ落ちるのを感じる。表情を確認してみると、苦笑していた。
「‥‥やれやれ、困った人だ。それに誰かさんを思い出させてくれますね。いいでしょう、話しますよ。私の知っている事を全て。ただし条件がありますけどね」
 どんな条件が来るのかと身構える燐、その頬にマネージャーは指先を滑らせて、こう言った。
「あなたが一晩付き合ってくれればいいんですよ」
 直後、とてもよい平手打ちの音が響き渡り、交渉は見事に決裂した事を告げた。

 霖が降り立った駅には、あまり人がいなかった。
「切符代が高くついただけの事はありますね‥‥」
 彼女は、写真で見た名前から、みちるの生まれた病院の所在地を割り出した。郊外と言うよりも田舎と表現したほうがよく似合う場所だった。
 そして病院の構えはそんな土地によく似合うものだった。――いや、病院ではなく診療所だ。こぢんまりとした、個人経営の。
「ああ、覚えとるよ。若いご両親でなぁ、特に旦那さんのほうが大泣きして喜んじまって、皆で笑ったもんさ」
 かなりの高齢ではあったが、みちるを取り上げた医師も健在だった。霖がみちるの生まれた直後の写真を見せると、懐かしそうに話してくれた。
「あの、その旦那さんってこの人でしたか」
「ん? ‥‥いや、違うねぇ。もっとこう、人懐っこい感じだったよ」
「じゃ、じゃあ、隣の女性は? この人がお母さんですよね?」
「似てるけども‥‥そっちも違うねぇ。泣きボクロが印象的だったんだが、この写真の人にはないだろう?」
 もう一枚、借りてきたみちるの両親の写真を見せたが、結果は衝撃的なものだった。父親だけでなく母親まで、みちるが生まれた場にいた者ではなかったのだ。

 放課後、学校から出てきたみちるを待っていたのは小桧山・秋怜(fa0371)と明日羅 誠士郎(fa3709)、それに用心棒代わりの焔(fa0374)だった。
「今から時間あるかな」
 秋怜に呼び止められて、みちるは腕時計を確認する。
「一時間くらいなら。その後は仕事が入ってるんです」
「気分転換にどこか遊びにでも行こうよ。あまり気にしすぎても仕方ないし」
 でも‥‥とみちるが渋るのも無理はない。みちるとしては自分にかまうよりも、早く真実を明らかにしてほしいのだ。秋怜のお土産であるCDとケーキにはかなり揺さぶられたようだが、ぐっと堪えている。
 と、急に誠士郎が「もう我慢できない!」と騒ぎ出した。
「テレビで見るよりもっと可愛いじゃん♪ ねっ、あいつやめてあたしにしない?」
「えええっ!?」
 みちるには秘密の恋人がいる。その恋人から話を聞いていたという誠士郎は、みちるに抱きつくとそのまま校門前から離れた。
「冗談よー、冗談っ。あたしはジンの近所の美人お姉さんっていうか、一般的に言う幼馴染みってやつ? だからあいつの子供の頃の事とかたくさん教えてあげられるんだけど‥‥知りたくない?」
「し、知りたいです‥‥けど‥‥」
「今はお姉さんと二人暮しなんだよね。それで――あ、その顔は気になってるね。気になって仕方ないんでしょ? さ、喫茶店にでも行こっか♪」
 強引に自分のペースへみちるを巻き込んだ結果、みちるは誠士郎に促されて歩き出した。
 ひとまずどうにかなったと息をついた秋怜だったが、携帯に電話がかかってきたのであわてて応答する。
『あの‥‥夏姫です‥‥。委任状いただいて‥‥謄本、とれたんですけど‥‥』
「どうかした? 声が震えてるけど――」
『みちるさんの続柄が‥‥続柄が、養女になってるんです‥‥っ』

 思わず硬直してしまった秋怜の意識が、焔によって遠い世界から呼び戻されている頃。LUCIFELとリネットも情報を得ていた。白髪の奥様によれば、葛原家は十数年前、みちるが赤ん坊の頃に引っ越してきたとの事だった。生後数ヶ月は経っていたようだったが、赤ん坊の抱き方が慣れていない人のそれだったのが、とても気になった、と。

●真実の露呈
 咲と洋子が入院している病室へ乗り込んだのは、秋怜、夏姫、燐の三人だった。他の者はみちるの側にいて、三人からの連絡を待っている。
「若白髪に頼まれてな、様子を見に来た。‥‥元気そうで何よりだ」
 まずは燐がケーキの入った箱を置いた。
「みちるの事が心配なのは僕も一緒なんだ。だから知っている事があれば教えて欲しいな」
 次に秋怜もケーキの箱を置いた。
「ここまで来てしまった以上、隠し立てするのはかえって逆効果だと思います‥‥」
 最後にどん、と存在感たっぷりの、フルーツの詰まった籠を夏姫が置いた。
 それら見舞いの品を一通り眺めた後で、咲と洋子は目を見合わせ、そして肩をすくめた。
「どこまで調べたの?」
「みちると今の両親は血が繋がっていないという事。みちるが赤ん坊の時に、今の家に越してきたという事。その頃にはもう、今の両親が『親』になってたという事」
 咲は燐の答を聞いて、惜しいね、と呟いた。そして白状した。
 ――みちると今の母親は、血の繋がりがある。ただし叔母と姪という関係だが。つまり今の母親の姉が、みちるの本当の母親なのだと。
「みちるの本当の親と今の親、それからあたしと洋子の親は、昔、チームを組んでたんだ。ナイトウォーカーを退治したり、遺跡に潜ったりしてたんだってさ。リーダーはあの子の本当の父親で‥‥強かったって聞いてる。けどある時、全員で遊びに出かけた先でナイトウォーカーに襲われて‥‥その頃にはみちるだけじゃなくてあたしや洋子も生まれててさ、あの子の父親が、あたしら全員を逃がすために、ひとりで囮になったんだ」
「お母様は、夫を見捨てるわけにはいかないと、みちるを妹‥‥つまり今のお母様に預けて、逃げてきた道を戻っていったそうです。必ずふたりで帰ってくるから、と」
 しかし、ふたりとも、二度と帰ってはこなかった。死体さえも見つからず、妹夫婦は子供がいなかった事もあり、姪を引き取って育てる事にしたのだった。

 話を伝えられたみちるは、泣かなかった。泣き出しそうになるのを堪えていた。上擦った声でありがとうございましたと礼を述べた彼女。その手にLUCIFELは幸福の宝石を握らせ、彼女がたった今心に受けた傷が早く癒えるようにと、強く願った。