ただいま、いってきますアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/12〜06/14

●本文

 現役女子高生女優、葛原みちる――それが彼女の社会的身分。純粋で素朴な彼女は、演技力の高さもあって、なかなかの人気を誇っている。何事もなければ、これからも人気は上昇していくだろう。
 けれど、ひとりで自分の家の自分の部屋に座り込む彼女は、ただの女の子だった。両手で持って、穴があきそうな程に見つめているのは、一枚の古ぼけた写真。若い夫婦が生まれたばかりの赤ん坊を抱いている写真。
 あなたは両親の実の娘ではない、と彼女は先日聞かされた。教えてくれたのは、友人から話を聞き出してくれた人達だったのだが、その友人達から両親に話がいっていたのだろう‥‥自宅に戻ってから、彼女は両親に詳しい説明を受けた。その時に手渡されたのが、今、彼女の持っている写真だ。
 私が撮ったのよ、と、母と信じてきた人が言った。
 仲のいい夫婦だった、と、父と信じてきた人が言った。
 愛されて、祝福されて、生まれてきた赤ん坊――それが自分。

 この感謝の気持ちを、伝えるべきではないのだろうか?

 ◆

「車を出してほしいって?」
 あくる日、みちるは仕事から帰ってきた養父をつかまえた。実の父ではないと知った事で、何も知らなかった頃のように無条件で甘えるには少々の抵抗を感じるが、あまりにも極端な変化は養父母を悲しませるであろう事くらいはわかる。だから彼女は持ち前の演技力で、以前の自分を演じた。
 両親が亡くなった地に行きたいのだと伝えると、養父は何とも形容しがたい顔をした。ネクタイを緩めてから、改めてみちるを見つめた。
「お前があそこへ行くのは、色々な意味で危険だ。それはわかってるのか」
「お父さんの親友だった人と、お母さんのお姉さんに会いに行くのに、危険も何もないよね?」
「あのなぁ‥‥」
「大丈夫、わかってる。わかってるから」
 見つめ返してくる瞳は、養父に何かを彷彿とさせた。決して譲らず、退かない‥‥そんな決意の込められた瞳だった。
 誰に似たのやら。ため息をつき、養父は肩を落とした。
「咲ちゃんと洋子ちゃんも一緒に行くなら許可。あと、他についてきてくれそうな奴も誘え。あそこはキャンプ場だ。お前は友達とキャンプに来た、お父さんはその引率。――そういう事にしておけば、万が一何か探られても言い訳ができる。マネージャーにはお父さんから話をつけておいてやるから。ちょうど調整つけられそうな日程があっただろ」
「え? 咲と洋子はともかく、何で他の人まで?」
「あのふたりだけじゃあ、な‥‥まだ退院したばかりだし。て事だから、適当な奴を見繕って声かけとけ」
 シュルッと音を立ててネクタイを抜き取り、今度はYシャツの首元を緩める。上着はソファに放り出したままだ。そして、さーて風呂風呂、とみちるに背中を向けた途端、彼は彼女の急襲を受ける事になった。
「お父さん、ありがとーっ!」
「17にもなって父親に抱きつくのはやめろ! ――母さん、笑ってる暇があったら、みちるを何とかしてくれ!」
 何とも平和な葛原家。
 この平和がいつまで続くのか、それはまだ、誰にもわからない。

●今回の参加者

 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1396 三月姫 千紗(14歳・♀・兎)
 fa2370 佐々峰 菜月(17歳・♀・パンダ)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3392 各務 神無(18歳・♀・狼)
 fa3739 レイリン・ホンフゥ(15歳・♀・猿)

●リプレイ本文


「冷た〜いっ」
「この水、飲めるかなあ」
 入梅の報はあったものの、その日は太陽が顔を見せていた。川で遊ぶのだと意気込んでいた富士川・千春(fa0847)は、三月姫 千紗(fa1396)を引き連れ、せせらぎに手を突っ込んだ。手のひらから零れ落ちる透き通った水に、二人は我慢しきれずズボンの裾をまくり、裸足になって川への突入を開始した。
「こらこらー! 川底って意外と滑るんだから、気をつけるのよー!?」
 バーベキュー用のコンロを組み立てる羽曳野ハツ子(fa1032)が、すかさず注意を飛ばす。だが少し遅かった。
「きゃぁっ」
 二人を追いかけ川へと侵入した佐々峰 菜月(fa2370)、その半身が濡れ鼠となった。
「言ってるそばからまったくもう。今タオルを持ってくるから」
「す、すみません、ハツ子さん‥‥」
 濡れた服は体に張り付き、菜月の豊満さを声高に主張する。
「いい眺めだ。なあ少年」
「‥‥なんで俺に聞くんですか」
 一応気にはなるが、極力視界に入れないように努めながら、鷹見 仁(fa0911)はタオルを取りに行ったハツ子の作業を引き継いでいた。慣れない丁寧語を使っているのは、話している相手が恋人である葛原みちるの父親だからだ。自分とみちるの関係を知っているかどうかはわからないが、どうしても萎縮してしまう。
「他に聞く奴がいないせいだな。よくもまあ、こんなに女ばっかり揃えたもんだ」
「は‥‥はは‥‥」
 そう、みちるが一緒にキャンプへ行かないかと声をかけたのは、見事に女性ばかりだった――仁をのぞいて。何か感づかれていてもおかしくないし、探りを入れられているのではとも思えてくる。養父が口にくわえている火のついていない煙草が、妙に威圧感を放っているのは気のせいだろうか。
 藪蛇になりそうな会話から逃れるために、作業に熱中している振りをする。おかげで、東雲咲と染谷洋子が側に来ているのも気づかなかった。
「こっちは野菜全部切ってきたっていうのに、まだコンロは完成してないわけ?」
 大きなボウルに山盛りの野菜を抱えたまま、咲は仁王立ちして仁を睨みつける。
「さすがにこんな大人数用のはいじった事ないんだよ」
 負けじと睨み返す仁。横では洋子がくすくす笑っている。
 と、そんな洋子にゼフィリア(fa2648)が声をかけた。
「もう大丈夫なんか?」
「心配してくれてありがとう、検査の結果は問題なかったわ。咲なんて元気すぎるくらいだったのよ。病室で筋トレ始めちゃって、看護士さんに見つからないうちにやめさせるの、大変だったんだから」
「そうやなぁ‥‥確かに元気や。まあそのくらいのほうが咲さんらしいんと違うか?」
 ゼフィリアと洋子は、喧々諤々としながらももいつのまにやら共同で作業している二人を、微笑ましく見守る。見守るだけで手伝わない。
 そうこうしているうちに、みちるが肉を、レイリン・ホンフゥ(fa3739)が自作の小分け可能な中華料理を運んできた。この頃にはようやくコンロにも火がついていて、川で遊んでいた者達も集まってくる。着替えるために一旦コテージへ戻っていた菜月も戻ってきた。
「タバコはダメネ! 料理ににおいがついてしまうヨ!」
「すっ、すみませんっ」
 料理人から言われては従うしかない。ヘビースモーカーである各務 神無(fa3392)は食事が始まっても喫煙を続けていたが、仕方なく携帯灰皿を取り出し、火をもみ消した。ちなみに養父のくわえ煙草は火がついてないため、ぎりぎりでOKらしい。
「ジュースのおかわりある?」
「次のを持ってこないと足りないかな」
「じゃあ私が持ってきます」
 立ち上がったみちるに、紙コップを差し出していた千春が礼を述べる。
「‥‥ちょっと、ジュースなんて重い物運ぶのに、みちる一人で行かせる気?」
「は?」
「あら、パパさんのビールも足りないかしら。よろしくね鷹見くん」
「荷物持ちかよ!?」
 最初は咲の、次はハツ子の言葉を受けて、投げやりながらも仁は立ち上がった。そして小走りでみちるを追いかけていく。
「はふぅ、若いっていいネ〜」
「こっちまで照れちゃいますぅ」
「羨ましいなぁ‥‥」
 女の子達はしみじみと特定の誰かやまだ見ぬ誰かに想いを馳せる。何の事だと養父が尋ねようとしたが、そこはゼフィリアと洋子があくまでさりげなく話題転換を試みる。
「のんびりしてるとお肉がなくなりますよー?」
「神無さん、千紗さん、野菜も食わんと」
 色気よりも食い気の二人は、皆が他事に気をとられている隙に、鉄板上の肉を食い尽くそうとしていた。
「いやその、普段は適当に済ませてるものだから、こういうのにはつい箸が伸びて」
「平気。食べ過ぎには注意するし」
 其々にそれなりの理由があって食い尽くしを試みていたわけだが、そうは問屋が卸さない。涼しい顔のレイリンが焼けている肉をかき集めた後、空いた所に春巻を投入、隙間を野菜で埋め尽くした。肉は各自の皿へ平等に分けられ‥‥いや、みちると仁の皿にだけは肉が乗らなかった。
「二人が帰ってくる前に冷めちゃうネ。冷めたのは美味しくないヨ」
 レイリンの言うとおりで、しばらくの間、二人は戻っては来ないだろう。人目のない場所で二人きり、しかと抱き合って充電中だったのだから。


「ハイキングなんて何年ぶりだったでしょうか‥‥」
「服を脱いだら痣ができていそうです。あれでも手加減してもらえていたなんて」
 バーベキューで腹ごしらえをした後は、周囲の散策をした。千春の提案だ。川辺に残って釣りを楽しんだ者もいたが、多くは林の中での簡単な森林浴で、仕事の疲れを癒したのだった。ただし神無は武術の修練を始めたせいで、養父と手合わせをするハメになったのだが、これもまたいい経験である。
 今は日も落ちかけ、汗を流しに管理棟へ向かっている最中だ。
「それにしても仁さん‥‥失礼かもしれませんがちょっと笑ってしまいました」
「自信満々だったわりに、一匹も釣れてなかったもんねぇ」
「残念ネ。魚が釣れてればワタシが捌いたのに」
 お風呂道具がカタカタ鳴るなか、彼女達は歩いていく。夕焼けはとても綺麗なオレンジ色で、明日もまた晴れる事を教えてくれる。
 ――明日は、みちるが実の両親に会いに行く日だ。それについて考えてか、みちるはどこか歩みが遅い。ゼフィリアはわざと歩く速度を落とし、みちるの隣に並んだ。
「今まで信じていた事が違うと知って、戸惑ってるんか?」
「‥‥戸惑うっていうか‥‥戸惑ってるのかなぁ、やっぱり」
 なかなかに気心の知れたゼフィリアに対して、みちるは比較的すんなりと心情を吐露する。今まで両親はおろか、友人達にも、話す事はできなかったが。
「まあ仕方ないのやろうけど‥‥真実が明らかになったかて、過去の事実が変わるわけではないやろ? あの二人がみちるさんを本当の娘として大切に想い育ててきたのは事実やし、その事はみちるさん自身がようわかっているはずや」
「うん‥‥」
「今まで通りでいいと思うで。ただ焦らなければ、それでいいんやないかな」
「‥‥」
 無言になったみちるが立ち止まる。どこか虚ろな瞳。その瞳は、数歩先で振り返るゼフィリアを見ている。
「ゼフィリアさん、強いね‥‥」
 やはり空虚な微笑みを浮かべて、みちるは再び歩き出した。

 その頃、男性用コテージでは。
(「な‥‥なんか気まずい‥‥」)
 図らずも恋人の父親と二人きりという状況になってしまった仁が、妙な緊張感に縛られ、ただソファに座り続けていた。正面には同じく養父が座っていて、こちらは持参した雑誌をくわえ煙草で読んでいる。
 出発してから今まで、仁は養父からみちるとの交際について何も聞かれなかった。という事はやはり気づいていないのだろうとふんでいるのだが――気まずいものは気まずい。実際の気温以上に暑さを感じて、彼は上着を脱いだ。


「荷物頼むな」
「ええ、お任せくださいパパさん」
 次の日になって、本来の目的に向かうみちる達を、そんな風に胸張って送り出したのは少し前の事。
 残ったのはハツ子と菜月とレイリンであり、現在の彼女達はあからさまに怪しい男から質問攻めにあっていた。
「ねえねえ、ここに何しに来たの?」
「キャンプに決まってるわ」
「葛原みちるが一緒だったよね、今は彼女、どこにいるのかな?」
「散歩に行ってます‥‥」
「若い男の子がいたでしょう、彼はひょっとして――」
「友達ネ」
 ある程度の予測がついていたからか、彼女達は至って冷静に対処していた。男はしつこく食い下がったが、やがて、舌打ちと共に去っていった。みちるを狙ったゴシップ記者なのだろう。カメラやレコーダーも隠し持っていたに違いない。
「後程、お父様にご報告しないといけませんねぇ」
「そうね。まあまずは、蒸しタオル作っちゃわないとね」
 まだ近くにいるかもしれない記者を警戒しつつ、彼女達は作業を開始する。
 ――瞼を腫らして戻ってくるかもしれない、みちるのために。

 先頭を進んでいた養父が「ここだ」と言うまで、結構な時間を歩かなければならなかった。大半が散策コースで道が整備されてたものの、一旦その道をはずれると落ち葉や草が自然のままに地面を覆い隠していた。
 その落ち葉を掻き分けるようにして、小さな土の山が、ぽつんとあった。小山の頂上には何も書かれていない木の板が差さっていて、小山の存在を主張していた。
「一応付き合いのある寺に墓はあるが、空っぽだ。‥‥見つからなかったからな。だからここに目印を作った。あいつらを置いていくしかできなかった俺達の、自戒の念を表すために。そして、みちる、いつかお前を連れてくるために」
 予定が狂っちまったけどな、と養父は自嘲した。傷つけないように隠してきたつもりが、余計に傷つける結果になったと。
 小山を見つめるみちるの、まっすぐな眼差し。きつく結ばれた口元は揺るぎなく、ゆっくりと近付いて。
「‥‥ただいま」
 跪き、小山に向かって呟いた一言が、彼女を囲む者達の胸を痛ませた。


 ハツ子は蒸しタオルを持って拍子抜けした。戻ってきたみちるには、泣いた様子などなかったからだ。ご心配をおかけしましたと頭を下げる彼女に対し、詳細を尋ねる言葉をかける事ができるはずもない。他の留守番組も気にはなったが、今夜のために、とりあえず焚き火の用意をするのだった。

 星空の下、橙色の炎の前、足を組んだ千春がギターをかき鳴らす。腕前は可もなく不可もなくといったところだが、こういう場面では腕前など関係ない。それに彼女の真髄は歌う事にあるのだから。
 彼女が唇を開くと、透明感のある力強い歌声が溢れてきた。

流れる白い雲 青空が羊よりも柔らかく抱く
舞い散る天使の銀翼(はね)が セピアに色をそえる
あの日の香りやぬくもりによく似ていて

優しい言葉なら 空にも溢れているけれど
もう一度 大きな肩に背中に 触れていたいよ

沢山の愛で育ったから あの日に負けないように笑っていたい
遠く空の向こうから見えなくても
信じる気持ちならここにあるから

 千春からみちるへ贈られたこの曲は、「羊雲」というのだそうだ。歌詞からして、みちるの現状を踏まえた上での応援歌である事が明白だった。「家族」というものを知りたいという千春は、ゼフィリアに頼んで大まかな説明をしてもらっていた。
 当然、みちるはありがたがった。手を叩いて喜んだ。笑った。
 そんな彼女を見て、彼女という人間を知っている者は、やはり胸が痛んだ。彼女の笑顔は演技であり、精一杯の強がりだからだ。周囲の人間に心配や迷惑をかけないための、彼女なりの優しさでもあるから、そこに触れるような事は言えなかったが。
「では次は、僭越ながら、私が占いを‥‥」
「菜月さんすごいです! 占いできるんですか!?」
 薄い金属性のタロットをきる音が、暗闇に吸い込まれていく。興味をひかれたのか――それともそういう「フリ」なのか――、みちるは身を乗り出した。
 仁はずっと、難しい顔で黙りこくっていた。けれどとうとう我慢できなくなって、みちるの手を掴み、ランタンも掴んだ。他の者には目もくれず、彼女の静止も聞かずに、林へ入っていく。
 咲と洋子が追いかけようとしたけれど、養父がそれを止めた。無言のまま。

「ジン君、どうしたの? ねえ、手、痛いよ」
 そう言われてようやく、仁はみちるの手を離した。皆のいる焚き火は随分遠くなってしまった。
「夜の林なんて危ないよ。戻ろう?」
「‥‥どうして我慢するんだ」
「我慢って――」
「育ててくれた両親に感謝している事も二人が大好きな事も、見ていればわかる。けど、泣きたい時は我慢しないで泣いてもいいんじゃないか」
 ランタンの頼りない灯が、恋人の言葉が、みちるを口篭らせる。自分の状態を看破された困惑から、良い言葉が思いつかないのだ。
 仁が息を吐き出した。それにみちるはびくりとしたが、彼はみちるに向けて両手を広げていた。
「今ならイイオトコの胸か背中を無料レンタル中なんだが、どうする?」
「‥‥両方」
「無茶言うなよ」
 結局、彼女は恋人の胸に飛び込んだ。
 ランタンが地面に置かれた直後、優しい翼がそっと、彼女を包み込んだ。

「気づいてたんですか、二人の事」
「同じペンダントをしていれば嫌でも気づくさ。あの野郎、上着の下に隠してやがった」
 そろそろ世代交代か、と養父はぼやき、千春からマシュマロを受け取る。
 きっと大丈夫ですよ、とハツ子が言う。蒸しタオルは後で使う事になるだろう。
 神無はなるべく大きな音がでるように、林にいる二人に届くように、バイオリンに弓を走らせる。

 タロットが示したのは、「運命の輪」。