泣くべき時に泣けるようアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 6.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/13〜07/17

●本文

「母親似だな、みちるは」
 あれはみちるが産まれて、少し経った頃の事だった。
「あー、やっぱり徹もそう思う? 黒々とした髪とか、鼻すじとか、笑った時の目元なんて特に、生き写しなんだよねえ」
 準備運動をしながらの世間話。平和な時間。平和だった時間。
 片足ずつ充分に伸ばすあいつと、肩をほぐしている俺と。
「でもさあ、女の子って父親に似たほうが幸せになれるっていうよね」
「いや、お前に似なくてよかったんじゃないか。お前の太い眉があの子に遺伝していたらと思うとかわいそうだ」
「ひどいなあ。目つきの悪い徹には言われたくないよー」
 意地の悪い事を言った俺に、あいつは頬を膨らませて反論してきた。子供っぽいところの残る奴で、父親となれば落ち着くだろうと予想していたのに、まったく何も変わりはしなかった。
 ――いや、変わっている部分もあるにはあった。
「しかし本当にみちるがかわいいんだな、お前は。嫁にはやらないってごねるタイプだ」
「当然! 僕が認めた、僕に勝てるような人じゃなければ、みちるをやるわけにはいかないね!」
「‥‥お前なぁ。自分がどれだけ強いのか、考えた事あるか?」
 守るものが増えて、あいつは強くなった。守りたい。守らなければならない。想いはあいつを強くした。

 一方で、想いは足枷でもあった。守る事をあいつに強制した。だからあいつは死んだんだ。

「あはは、ここのところ、ずっと僕が勝ってばかりだもんね。今日も勝つよ?」
「ほざくな。お前の連勝記録は今日で止めてやる」
「ふふーん? じゃあ、いっくよー!!」
 ばさり。
 青い空に広がる茶色い翼。まさしく野生の鷹の色。大空を翔る、今は亡き、俺の無二の親友‥‥

 ◆

 葛原家の大黒柱は、リビングのソファに寝転がって昼寝をしていた。久しぶりに遠い日の夢を見ていた。ところが顔に何かが飛んできて、眠りを妨害されてしまった。
「‥‥おいこら、みちる」
「お父さん!? ごめんね、そんな所にいたなんて気づかなくて」
 飛んできた何かはクッションだった。上半身を起こせば、娘のみちるがまた別のクッションを持って、立っていた。
「何やってるんだ?」
「えーと‥‥あ、そうだ。お父さん、そのクッションを殴ってみて」
「は?」
「こういう風に軽く浮かせた後、壁に向かってグーで一発」
「一発ねぇ‥‥」
 彼には、みちるが何をさせたいのかがまったくわからなかった。わからないのであればやってみるしかないと判断した。
 一辺が40センチほどの、正方形のクッション。ソファに座ったままで、それを片手で数回、タイミングを計りながら弾ませて――狙いを定めたら、素早く拳を繰り出した。
 ぼすんっ!
 鈍い音とともに壁にぶつかると、クッションはそのまま床に落ちた。中身である綿を床にこぼしながら。
「力を入れすぎたか。‥‥まずいな、母さんに怒られる」
 歩いて拾いにいくと、クッションは綺麗に裂けていた。結局何がしたかったのかとみちるに尋ねようとして、彼は、みちるの目が輝いている事に少々驚いた。そして彼が何かを言う前に、みちるのほうから彼の腕をがっしりとつかんできた。
「お父さん、お願いがあるの!!」
 真面目というよりも切羽詰まった表情のみちるには、くっつくな、といつものようには言えない雰囲気があった。
「お願い、お父さん‥‥戦い方を教えて」
 彼は、彼の妻が買い物に出かけていた事を思い出した。そしてそれを良かったと思った。この場に彼女がいたら、みちるの事をひどく心配して大騒ぎし、宥めるのが大変になっただろうから。
「そんなものを知ってどうする気だ」
「戦う」
「何と」
「ナイトウォーカー」
「仕事は」
「頑張る」
「‥‥何のためだ」
「守られるだけなのは、いやだから」
 きっぱりと言い放つ娘の姿に、彼はどこか寂しさを感じた。

 ◆

 ナイトウォーカーと戦いたい。両親の仇をとりたい。
 ‥‥真実を知れば、やがて言い出すだろうとわかっていた。わかっていたからこそ、そういう訓練は全くしてこなかったというのに。
 それでもみちるは、戦う道を選んだ。女優としての道も捨てる事なく。ふたつの道を歩むなど、どんなに大変か。つらいぞと言えば、大した事はないと答えてくる。昔から、つらいのを口に出さない子供だったが‥‥
 ああ、そうか。
 喜べ親友。みちるがお前に似た部分、見つけたぞ。

●今回の参加者

 fa0374 (19歳・♂・熊)
 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa1137 ジーン(24歳・♂・狼)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa2775 闇黒慈夜光(40歳・♂・鴉)

●リプレイ本文


 今は夜。男性用コテージで一番大きな部屋に全員が集まっていた。ソファで未点火の煙草をくわえているのは、葛原みちるの養父、徹。娘の訓練を担当するシヴェル・マクスウェル(fa0898)と闇黒慈夜光(fa2775)から、訓練内容の説明を受けている。
 真面目な会話が夜の静寂を支配していた、はずだったのだが。
 ぽこん。
「ひゃっ」
 間抜けな音と悲鳴が、張り詰めた空気を一瞬で払拭した。
「それじゃ駄目だ、逆に力を抜けるくらいじゃなきゃ」
 悲鳴はみちるが発したもので、そうさせたのは鷹見 仁(fa0911)。丸めた新聞紙でみちるの頭や肩を軽く叩いている。
「でも、目を瞑らないようにするのって難しいよ」
「だから慣れるためにこうしてるんだろ」
 効果のありそうな訓練であり、戦闘初心者もいいところのみちるには丁度いいくらいなのだろうが‥‥
「あそこだけ雰囲気が違いますね」
 用意してきた飲み物や薬等の仕分けをしつつ、狭霧 雷(fa0510)が苦笑いした。
 人数が多いので嵩張る上に重いのだが、それでも一度で運んでしまおうと、雷は両手に複数の袋を抱えた。玄関付近に置いておけば明日が楽になるからだ。しかしどうしても腰にくる。
 買ってきた湿布は自分の腰に使うはめになるだろうかと考えた時、片方の手が軽くなった。
「咲さん。お久しぶりです」
「元気そうね、若白髪」
 袋のうちの幾つかを、東雲咲が持ってくれていた。
「‥‥誰に聞きましたか、その呼び方」
「それはあなたのほうがよく知ってるんじゃない?」
 後で女性陣が自分達のコテージに帰る際邪魔にならないよう、袋は綺麗に廊下の脇へ並べられた。
「ともかく、よろしくお願いしますね」
「ふふん、あたしの強さに驚くといいわ」
「心強いですね。――でもまずは、あそこの二人を止めてもらえますか? そろそろ徹さんが限界のようなので」
 ふんぞり返る咲の視線を、雷の言葉が誘導する。煙草を噛み切る勢いで、徹が仁を睨んでいた。九条・運(fa0378)が生暖かい眼差しを送っているのも見間違いではなかった。


「まずは現状確認の為、私と組み手をしてもらう」
 次の日から、訓練は本格的に始まった。学校指定の体操服を着たみちるを前に、シヴェルが腕を組む。
「私の腹をナイトウォーカーのコアに見立て、そこへ一撃入れればよし。こちらは受けしかしないし、おまえが接近してこない限りその場を動かない。簡単だろう?」
「はい、よろしくお願いします」
「それから、仇討ちを闘う理由にするのはやめておけ」
 丁寧に頭を下げるみちる。そこへシヴェルはきっぱりと忠告を送った。続けて忠告の理由が述べられる。曰く、ナイトウォーカーの個体識別はまず無理で、憎しみは目を曇らせるからだと。
 唇を噛みしめて反論すらしないみちるの様子を、シヴェルは承諾と受け取った。更なる忠告「一人で戦うな」「コアを狙え」の二つを踏まえ、二人は適当な距離をあける。みちるには武器の使用が認められたが、そもそもこういう訓練事態が初めての経験であるみちるには、自分の武器という物がない。必然的に徒手空拳となる。
 みちるは利き手である右手をグーにして、シヴェルにぶつけようとした。しかし下半身の安定していないへろへろパンチが当たるわけもなく、シヴェルが軽く身体の位置をずらしただけで最初のターンは終了した。
「‥‥先は長そうだ」
 肩を落とすシヴェルの後方では、夜光が珂珂珂と笑っていた。

 徹はブリッツ・アスカ(fa2321)への訓練を開始していた。プロレスの試合にも参加するアスカには、戦う為の基本的なものがきちんと備わっているように思われた。
「思い出すな、親父と修行してた頃を」
 対人戦よりも対ナイトウォーカー戦で役に立つ技術を学びたいと言う彼女には、やってみろという指示が出された。相手の攻撃を回避しつつ、懐に飛び込び、ナックルをはめた拳でコアを叩き割る――これが彼女の基本戦術だという。その通りにアスカは徹の隙を誘う攻撃を仕掛けてくる。時折くる反撃は容易に避けられるものの、徹にはなかなか隙ができないので、踏み込めないでいる。
「成る程。お前の訓練相手は父親か。なかなかのようだな」
「ま、六、七年は前の話だけどな。今はどこで何してるのやら」
 アスカの動きは綺麗なものだ。次の行動にうつりやすいよう、前の行動を終わらせている。しかしそれは長所であると同時に欠点でもある。相手が想定外の動きをすると、対応に遅れが生じてしまうのだ。
 この事実が浮き彫りになったのは、徹がそれまでとは違う動きでアスカの後頭部に裏拳をくらわせた時だった。アスカの瞳に惑いの色が浮かび、次の瞬間には地面に倒れていた。
「痛ー!?」
「手加減はしてるぞ。これで、お前の学ぶものが見つかったわけだ」
 徹の言葉もそっちのけで、アスカは後頭部を押さえたまま暫しごろごろと転がった。

「私は食事の支度がありますので、どうぞお先に」
「‥‥いや、俺は後でもいい」
 雷と焔(fa0374)は互いに譲り合っていた。何をと問えば、咲に訓練の相手をしてもらう順番である。
「ちょっと、早く決めてよね」
 二人同時でもいいのよ、と言い出す咲は見るからに苛立っていた。譲り合いが十数分も続けばさもあらん。
「では咲さんもああ仰っている事ですし、二人で行きましょう。‥‥獣化します?」
「どっちでも」
「あー、もう! こっちから行くわよ!」
 三歩進んで二歩下がる状態に、とうとう咲が動いた。獣化はしていない。拳の一撃は焔に向かうが、焔はすんなりと腕で受け止めた。
 だが咲は止まらない。受け止められた利き腕を支えにして、焔の隣に立つ雷に回し蹴りを――
「咲さん、スカートでそれはまずいですって!」
「下にスパッツ履いてるから大丈夫よっ」
 うろたえる雷。その顔面に咲の左足がめり込む。現役女子高生の魅惑の生足だが、雷がどんな思いを抱いたかは、本人に尋ねなければわかるまい。後で組み手を申し出た仁も同じ目にあった為、結局咲はみちるに怒られた。


 染谷洋子を迎えに行った雷だったが、みちるの母を独りにはできないと断られた。代わりに彼女達からみちるへのプレゼントと、ケーキ等の食料、酒類を持って帰ってきた。みちるの誕生日会、開催である。
 料理には不揃いな野菜も入っていたが、折角の祝い事なので気にしない。自主的に失踪しようとした焔が、簀巻きにされた挙句にケーキ等の代金を支払わされたのも気にしない。勿論、間違っても未成年が酒に手を伸ばさぬよう、徹が目を光らせている。
 全てが作戦のうちだったのか。宴もたけなわの頃には二名の姿がなくなっていた。
「後の事は若い二人にお任せして我々は月見酒と洒落込もうや」
 黙っておけばいいものを、運が徹の肩を叩いたので騒動が起きた。そっとしておくつもりだったシヴェルや空気を読んでいたアスカ、二人が抜け出す手引きをした雷の努力もむなしく、徹どころか咲まで二人を探しに行くと言い出したのだ。必死で引き止め説得を試みても落ち着いてくれず、仕方なく実力行使となった。
「みちるに香水プレゼントしたんだって? 時間が経ったらどんな香りになるんだろうって、すごく嬉しそうにしてたわよ」
 増えた簀巻き、咲が、アスカにぼやいた。自分はみちるの親友であるのに、そこまで気が及ばなかったのが悔しいのだろう。
「早くやろうぜ、親父さんよぉっ!」
「‥‥」
 一方、不機嫌極まりない徹は運との模擬戦闘で鬱憤を晴らそうとしていた。徹を前にした運は既に興奮しており、一秒でも早く木刀を振るいたくて仕方がなかった。だが徹は半獣化もせず運に歩み寄ると、彼の脳天にチョップをくらわせた。
「ジャラジャラと色んな物つけやがって。見るからに重そうだぞ」
「別にいいだろう、獣化すれば平気だし‥‥いてっ」
 チョップ第二撃。俺とやりたければ身軽になれ、そう言われては運も従うしかなかった。
 そして月光の下、彼らのぶつかり合う音が聞こえるようになった。互いの動きの観察は猛襲のさなかに行われ、もとより回避など思考の外。‥‥否、思考すら行われていなかったかもしれない。傷つき傷つける事さえ楽しんでいるかの如き運の表情。雄叫びを上げて震える金の翼に、徹も昔の勘を急激に取り戻していく。
 みちると同じく武器を持ってこなかった徹と木刀を携えた運とでは、レンジに差がある。軽快な足運びに迅速な動きで距離を詰める徹。すかさず翼をはためかせて己にとっての最適な距離を保とうとする運。かと思えば双方地を蹴り――牙が運の表層の肉を裂き、木刀が徹の肩口に鈍い音を発させた。
 これが訓練であると、果たして二人は覚えているだろうか。今も二人でもつれ合い、高所から地面に落下した。上空に飛び退った運を徹が跳躍で追い越し、両の手を組み合わせ運の脳天に振り下ろして叩き落とそうとしたのを、運が徹の襟元を掴んで道連れにしたのだ。
「ヤバイ、マジで楽しい」
 投げ捨てられる木刀。代わりに運は、腰に差していた模造刀に手を伸ばす。深く沈んだ下半身を見て、徹も口元の血を拭う。
 今まで以上に速度を出して、運は迫る。猛然と向かってくる拳を一旦距離をあけてやり過ごし、もう一度踏み込んだ勢いでそのまま刀を抜き、斬りつけた。
「‥‥模造品とはいえ、なかなか威力が大きいな」
 脇から腹にかけてを手で押さえ、眉をしかめて徹が呟く。未完の技だと刀を鞘に収めながら運が言う通り、彼の仕掛けた技には足りない点があるというのが徹の見解だった。一点は速度が足りない事。もう一点は対象からの攻撃を避けた後、体がぐらつく事。達人の技は達人の業なりに高度な技能を要するという事だ。
「さっきの荷物の件もそうだが、俺達が獣化できないような場所でも、的確な判断や行動が求められる場合がある事を忘れるな。特にお前のような突撃型はそのあたりを忘れかねない」
「‥‥それはいいんだけどさ、親父さん。俺の腕がぱっくり切れてるんだが」
 鮮血滴る運の腕、原因は徹の放った青白い光の円盤である。
「お互いに楽しんだって事だ」
 応急セットを持った雷に連れて行かれていく徹。運は持参したポーションを飲み干して手当てを終わらせた。

 気障な人だ、とみちるは思った。ちなみにこれでも誉めている。花をもらって嬉しくない女性はそうそういないだろうが、薔薇一輪なんて、買うのが恥ずかしくなかったのだろうか。
 仁からのプレゼントはもう一つあった。仕込み日傘である。彼はみちるの目の前で、細身の剣を抜いて見せた。
「戦う決意をしたみちるのために、こういうのもいいかなって」
「‥‥反対しないの?」
「ああ。俺は葛原みちるの戦う意志を尊重し尊敬する。‥‥変かな?」
「ううん、嬉しい。――ありがとう」
 微笑んだみちるを抱きしめて、鼻腔をくすぐる香りに気づく。甘く切なく、それでいてどこか安らぐような。これから先、どんな未来が待ちうけていようとも、このぬくもりだけは変わらないように――そう願わずには、いられなかった。


 香水は次の日から使えなくなった。湿布の自己主張が激しすぎるのだ。夜光がみちるに課した素振りの回数は、普段使わない筋肉を酷使する事と同意で、いかに休みをとろうとどうにもならなかった。
 けれどみちるは言われた通りに素振りを続けた。ナイトウォーカーを狩るという事は人を殺める事と同意である、例えその人間が「変わって」しまったのだとしても――夜光に教えられ、甘えは許されないと再確認させられて、彼女はスポンジのように吸収していった。
「あっしは、これからお前さんを殺しやす」
 真剣を持つ夜光にこう言われても戸惑わない程に。
 まさか早速日傘が役に立つとは贈った当人も想像していなかったろう。最初の一太刀で全てを決める、引き際を見誤るは怪我の元‥‥そう習った。体で覚えた引き際は青痣と共に染み付いた。
 もう一人の師であるシヴェルが見守る中、みちると夜光、二人の影が重なった。刹那、はらりと舞い落ちる夜光の黒髪の一部、みちるの喉元に突きつけられた鋭い切っ先。
「まだ遅うござんすよ」
 みちるの流した冷や汗が刀へと伝う前に、夜光は身を引いた。背を向けて、いつもの笑い方をした。

「金髪‥‥俺の戦闘スタイルばらしたな」
 明日は帰るという日の夜。また月が出ていた。此度の対峙は徹と仁。仁の直接戦闘能力は運に及ばない程度なのに、まるで徹がハンデを負っているかのようだ。
「何の事かな親父さん」
 とぼける運を怒鳴りつけようとした徹の足元に、月光を受けて銀に煌めく羽が突き刺さる。徹は即座に上空を見上げた。落下と言う名の仁の突撃。円盤を飛ばそうにも狙いが定まらない。徹の舌打ち、すかさずバックステップ。
 着地と同時に土埃が舞った。
「俺には守りたい人がいます」
 立ち上がりながら仁は言う。
「‥‥俺には不安がありました。俺はいざって時、大切な彼女自身よりも彼女にとって大切なモノを守る事を優先させるんじゃないかって。そしてそれは俺が彼女の悲しむ顔を見たくない為のエゴなんじゃないかって」
「でも俺決めました。全部守ります。俺は守るモノを選ばない、その為に強くなる」
「強くなる? お前がか」
「俺が‥‥いや、俺達が、です」
 見回せば、心配そうなみちるを始めとして、皆がいる。
「守るモノを選ぶという事は守らないモノを選ぶという事。俺達はそれを選ばなくていいように、その為に強くなる」
 必ずしも賛同する者ばかりではないだろうが、それが彼の選択した道だ。
 徹は声をあげて笑った。涙を滲ませながら。若い奴らは困難な道ばかり選ぶものだな、と、亡き友に思いをはせて。