甘味食い倒れツアーアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/02〜08/04

●本文

 天王寺焔。職業はモデル。一部では、売店の人とかショッピングモールの人とかキャンペーンボーイなんて呼ばれているけれども、それは間違いである。少なくとも本人が間違いだと主張している。主張している限りは、ほんのちょっとでもいいから認めてあげてほしい。あまりいじめてしまうと、部屋の隅で膝を抱えてのの字を書き続けるようになってしまうかもしれない。
 まあ、職業についてはひとまず置いておこう。今回重要なのは、彼の嗜好、それも特に飲食物における好みなのだから。

 彼は一枚の地図を手に入れていた。とある人物から半ば強引かもしれないくらいの勢いで譲ってもらった、「スィーツ食べ歩きマップ(赤ペンチェック入り)」だ。名前の通りにオススメなスィーツが食べられる店にチェックがつけられた地図である。
 そして焔は、多くの人が途中でギブアップするバケツプリンという強敵でさえも容易く撃破してしまう、真の甘党だ。食べ歩きマップを譲ってもらったのも、ひとえに自分がその店を巡ってみたいからなのだ。
 しかし一人で行くのもなんとなく味気ない。「美味しいよねー!」と語り合いながら食べればこそ、より美味しく感じられるというもの。
 というわけで。
「一緒に行ってくれる人、募ってみようかな?」
 食べ歩きどころか食い倒れになるかもしれないツアー、参加者募集と相成った。

 ちなみに焔は、これを今回行われた一大イベントの個人的な打ち上げにする気満々である。

●今回の参加者

 fa0213 一角 砂凪(17歳・♀・一角獣)
 fa0379 星野 宇海(26歳・♀・竜)
 fa1339 亜真音ひろみ(24歳・♀・狼)
 fa1406 麻倉 千尋(15歳・♀・狸)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa2814 月影 愛(15歳・♀・兎)
 fa3092 阿野次 のもじ(15歳・♀・猫)

●リプレイ本文


 集合時刻、約束の場所。集まった者達の中に麻倉 千尋(fa1406)の姿もなければ、このツアーのホストであるはずの天王寺焔の姿もない。
「んー、場所か時間、間違えたカナ?」
「間違えてはいないと思いますわ。そこにあるのが、目印の青いワゴンでしょう?」
 首を傾げる椿(fa2495)に、星野 宇海(fa0379)が意見を述べた。ここは駅前の時間制駐車場の一角なのだが、その隅に大きなワゴンが停められている。ナンバーはレンタカー用のものだし、窓から中をのぞけば事前に教えられていた通りの定員だ。
「お手洗いに行ってるのかも。さなぎも寄ってからここに来たし」
 一角 砂凪(fa0213)は自分の食べ歩きマップを携えたまま、周囲を見回した。確かに駅構内や駅ビルの中にはお手洗いが設置されている。行っていても不思議ではないが‥‥
 そんな砂凪の視線とは少しずれた方角から、じきに二つの人影が小走りでやってきた。
「もう皆来てたんだ。ごめん、コンビニに行ってたんだ」
「焔さんが悪いんだよ、地図返してくれないからー」
 どうやら焔が持っていた食べ歩きマップをコピーしていたらしい。それは元々千尋によって作成された物で、彼女は焔に貸し出しただけ。要するに、譲ってもらったというのは焔の都合のいい勘違いだったわけだ。カラーコピーは焔が手元に残し、原本はようやく千尋に返却された。
「全員揃った事だし、出発するか」
「楽しいツアーになるといいですねっ」
 甘味を心行くまで堪能するためにも、時間は一秒たりとて無駄にはしていられない。亜真音ひろみ(fa1339)がつかつかと車のサイドに回り、月居ヤエル(fa2680)も嬉しそうに両手を合わせながら後に続く。鍵を開けようと焔も車に向かう。
「ついに来た来たついに来た今日と言う約束された日まさにパーフェクトスイートでぇいっ!!」
 そこへ高らかに叫んだのは阿野次 のもじ(fa3092)。清純派を名乗っているらしいアイドルの彼女は、ビシッと両手を天にかざした。
「42.195Kmのスイカ割の疲れを癒す勢いで、でぇいとじゃないのが残念だけど朝から雲一つない青空! お天気快晴! うん素敵☆」
 怒涛の台詞を撒き散らしながら、今まさに運転席のドアを開けようとしていた焔へと突撃する。助手席に乗せてくれと進言するつもりだったのか。しかし無情にも、ミュールが小石を踏んでしまった。
 のもじの体が焔の体に倒れこみ、焔のおでこが車体にぶつかる。巻き込み事故発生、共倒れである。
「大丈夫?」
 のぞきこんだ月影 愛(fa2814)は涙ぐむ焔をしっかりと見てしまった。


 その店は外装もさる事ながら、内装も落ち着いていて静かな和風の佇まい。『かふぇ・ド・ジャポネーゼ』、宇海オススメの喫茶店である。本日も着物姿の宇海らしい店だ。
 注文後、人数分運ばれてきたそれは一見するとパフェだった。ただし確実に何かが違った。細かく砕かれた氷、バニラアイス、生クリーム‥‥の上に、あんこ。それも北海道産小豆から作られた上質のあんこ。下には黒い液体、そして黄色っぽい何かが見え隠れしている。
「これでもアイス珈琲なんですのよ」
「嘘ぉっ!?」
 笑顔でスプーンを操る宇海。驚く砂凪などほったらかしで、慣れた手つきを披露する。
「上から食べても良いけれど、全部混ぜても美味しいですのよ♪」
 へぇーと他の者もスプーンを手に取る。焔はまず、乗っていた白玉とさくらんぼを口に放り込んだ。
 珈琲に沈んでいるのはぜんざいと甘栗だそうだ。どちらかというと上から下まで甘いものばかりのようだが、実は珈琲に苦味が利いているらしい。そこでバランスをとっているのだろう。全体的な甘さはさほどでもない。
 アイスだけ食べたり、混ぜ混ぜしたり。各人が思い思いに味わっていると、宇海がふっとこんな事を言った。
「欠点は早く上を食べないと沈んでしまう事かしら?」
「そういう事は最初に教えてヨ、宇海サン!?」
 つい焦って口の中にかき込む椿。そうでなくとも、彼の胃にパフェもどきが消えていくのは他の誰よりも速かったのだが。
「‥‥物足りないな」
 ぼそっと不満げに呟いたのは、珈琲を味わっていたひろみだった。

 おまけでついてきた和傘の飾りを弄びながら、次にやってきたのはひろみオススメの『ガナドール』。勝利者という名を冠した店は半地下になっていて、どこか秘密の隠れ家めいている。ひろみがライブの後、いつも立ち寄っている店だそうだ。
 足音の反響するレンガ造りの店内は硬派な感じがしなくもないのだが、隠れ甘党御用達なだけあって、出てきたメニューはとんでもなかった。主にボリュームが。これこそまさに規格外パフェと言えよう。
「これ‥‥金魚鉢だよね?」
 他の参加者(猛者とも言う)は「四次元胃袋」の異名をとる椿をはじめ、胃の大きさに自信を持っている人が多い。しかし少なくとも愛は違う。通常の大きさの胃しか持たない彼女は、目の色変えてサイドメニューを追加注文する者達をよそに、オススメの一品だけを食べてきた。口中をクリアに保つためにも、食後の一服を信条に。
 さて、果たして愛はこの巨大パフェを食べきれるだろうか?
「甘さは控えめだけど、これはちょっと‥‥」
 あまりにも大きい為、無作法ながら立ち上がって食べる愛。気づいた焔が顔を上げれば、千尋もヤエルものもじも、愛と同じような姿でパフェと格闘していた。これは負けていられるかと、他の者もスピードアップ。
 結局、愛は巨大パフェを半分ほど残した。残ったパフェは椿の胃袋へ綺麗に納まった。


「次はさなぎのおススメのお店、スイーツはザッハトルテだよ」
 やってきました原宿。あまり大きな店ではないが、端にはイートインが設けられている。
「甘いので有名なんだけど、甘いものが好きな人が集まってるんだから大丈夫だよね‥‥?」
 小首を傾げるさなぎ。勿論何の心配もいらなかった。誰もが、運ばれてきたザッハトルテの上品な姿に釘付けになっていた。
「あー‥‥美味しくて泣きそう」
 一口食べてから、焔がぼそりと感想を述べる。確かに甘いのだが、くどくない甘さだ。小ぶりの割にはそこそこのお値段である事からも、いい材料を使っているとわかる。そう、どこをとっても上品なのだ、一緒に頼んだ紅茶も含めて。
「これなら毎日食べても飽きないけど、お財布には厳しいよねぇ」
 地図に赤ペンで印を書き込みつつ千尋が言う。
「特別な日に食べるのがいいかもしれませんね」
 ふふっと笑ったヤエルは、どんな「特別な日」を想像していたのか。
 夢を膨らませつつ、彼らは次の店に向かう。

 次もチョコだった。
「わたしがお勧めするのは、渋谷区青山表参道にある、ベルギーチョコ専門のお菓子屋さんがプロデュースする喫茶店♪ どうぞっ!」
 さなぎの紹介した店も上品だったが、愛の紹介した店『ドレ・ロウ』は格が違うという言葉がぴったりくるように思われた。仄かに甘い香りの漂う店内で、ショーケースに並んだ商品とその値段を見て、焔が段々不安になってきたほどだ。
 しかしオススメの一品を食べた途端、その不安もどこかへ吹き飛んでしまった。クレープとチョコとアイスの競演した一品、ドレ・ロウオリジナル、クレープロワイヤル。きめ細かいアイスのひんやり加減はこの季節にぴったりだし、クレープ生地は薄く滑らか、そしてチョコは専門店プロデュースなだけあって落ち着いた甘さ。値段分の価値がある、と誰もが納得する味だった。
「アイスが溶けないうちに食べないと‥‥あー、でも食べちゃうのがもったいないよぉ!」
 ふるふると頭を振って葛藤に耐えるのもじ。その横では、お土産を物色する椿に、愛がやはりいいお値段の準オススメ品を紹介しているところだった。
「‥‥やっぱり銀行に行ってこよう」
「え、そんな、追加で食べた分くらいは払いますからっ!?」
 食べ終わった焔の言葉を聞いて、砂凪は慌てて引き止める。それでも焔はにっこりと笑顔を見せて砂凪の申し出を断った。
「一度した約束は守らないとね。俺の言い出した事だし、皆のオススメも教えてもらって、それで楽しんでるんだから、気にしないで」

 場所は変わって六本木。焔と交代で運転手になった椿オススメの店である。高層ビルの中にあるという事で、エレベーターに乗って到着。入口には暖簾がかかっていた。
「京都の豆腐屋サンの無添加豆乳を使ったスイーツなんダヨ♪」
 椿が紹介した瞬間、女性陣の目の色が変わった。豆乳はヘルシーで美容にもよく、女性に嬉しい食品だ。このツアーで甘いものばかり食べているだけに、素晴らしいくいつきだった。宇海を除いては。
「私にはダイエットは必要有りませんわ♪ 日々鍛えておりますもの♪」
 雅な笑みと共に着物の袂が上げられる。登場したのはなんと重量感たっぷりのパワーリスト。しかも両腕に。
「それは、ダイエットというよりも筋力増強じゃ――」
「何か仰いまして?」
 ひろみの疑問を遮った宇海の口ぶりはきっぱりとしていて、しかもすがすがしすぎる笑顔に、ひろみも「いや何でもない」と引き下がり、何事もなくその場を収めた。
 さて椿のオススメの一品は『豆乳ワッフル+豆乳ソフトと季節フルーツのトッピング』。その名の通り見た目も華やかに盛り付けられた旬の果物が、一層女性の関心を引き寄せる。その代わり、砂糖の使用が抑えられているからだろうが、甘さはどうしても控えめである。
「天王寺サンには少し物足りないカナ?」
「そうだねえ‥‥俺もキミみたいに強力な消化器官がほしかったな」
 ワッフルをとうに食べ終え、レアチーズケーキ、シフォンケーキ、タルト、餡蜜、更には様々なドリンクまでも順に食していく椿には、誰もがため息を漏らしていた。

 少し動いて南麻布には、ヤエルオススメの店『precious』があった。
「一番のお気に入りは栃木県で、行きつけのお店は横浜なんですけど‥‥ちょっと遠いので今回はこのお店で」
 本格的な紅茶もオススメです、と言われて皆で頼んでみる。砂時計をひっくり返して待つ間に、今まで食べたスイーツやこれから出会うスイーツの話が広がる。紅茶の香りに包まれる頃には、ドーム型の一品『プラリネクリームとシナモンのババロア』がやってきた。
「ふむふむ。周囲のクリームが濃厚だから、紅茶はストレートがよさそうかな」
 千尋は自前のノートにチェック事項を逐一記入していく。このツアーだけでどれだけの書き込みが増えたのだろうか。
「最初はキャラメリゼされたナッツの香りが、次にババロア部分のシナモンの香りが広がるんです。風味付けにほんの少し、リキュールが入ってるようにも思うんですけど‥‥あ、皆さんシナモンは平気でしたか?」
 シナモンはその独特さを好む人もいれば、逆に苦手とする人もいる。そういう人が参加者の中にいないかどうかを確かめるのを忘れていたヤエルだったが、やはり心配は無用だった。一口ごと、刻一刻と変化していく味わいに、誰もが至福の表情を浮かべていた。


 のもじが案内してくれた店は銅鑼が響きそうな中華な外見、その名も『絃庵楼』。甜点心の店である。ちなみに甜点心とは、点心の中でも甘みのある物の事だ。
「冷たい系が多かったでしょ? だからお腹に優しいものを用意してみましたー! おじさーん、予約の9名さん入りますよーっ」
 からんころーん、と可愛らしい音を鳴らしながら扉を開く。のもじは店長と顔馴染みらしく、互いに片手を挙げて挨拶を交わしている。「アレをよろしくねっ」と言うのみで注文も済んでしまった。
「あぁぁ‥‥お腹にしみわたるぅ‥‥」
 温かい杜仲茶のカップを持ったまま、愛がしみじみと瞼を下ろした。一般的な胃しか持たない彼女にはとてもありがたい温かさだった。
 そして、満を持して登場した『桃饅頭』。お茶を飲みつつ点心を食べる――飲茶だ。
「はふはふ」
「んぐ‥‥もう一個♪」
 これまでとは毛色が違うからか、彼らは別腹としか表現できない勢いで桃饅頭を消費していく。しっとりとしたあんこと皮のハーモニーにお茶が寄り添い、皆のお腹に充足感を与えてくれる。店長も嬉しそうに、次から次へと桃饅頭を蒸しあげてくれた。

 と、ここまではよかった。まだオススメを紹介していない者が一人いる。千尋だ。
「私、もう食べられそうにないよぉ」
 前日の食事を抜き、ゆったりしたワンピースを着てきた愛だったが、さすがに限界が訪れたようだ。
「ううん、ちょうどいいよ」
 膨らんだお腹をさする愛にそう言って、千尋はノートパソコンを起動させた。「何処にいるかな?」と調べ物をしたかと思うと、再び運転席に座っていた焔に道順の指示を出す。一体何処へ連れて行かれるのかと一瞬不安が脳裏をよぎったが、すぐにその目が輝く事となった。
「こちら、ハンドルネーム『飴屋のオッサン』さん。あたしは普通に『飴屋さん』と呼んでます☆」
 提灯の灯が揺れる縁日、人の賑わい、目の前で繰り広げられる飴細工。瞬く間に出来上がった狸に歓声が沸く。我先に飴屋へ押し寄せる参加者達だったが、ホストである焔はそんな彼らの楽しそうな様子を眺めながら、あえて待つ事にした。お疲れさまー、と千尋が隣に並ぶ。
「あ、そだ。地図貸して」
 言われた通りに焔がコピーを渡すと、千尋はそこに赤丸を一つ増やした。
「行ったら感想文、原稿用紙五枚♪」
「え」
 彼女なりのペナルティなのだろう。美味しいスイーツを共有するという、素敵なペナルティ。
 焔は堪えきれずにふき出した。笑われてむくれた千尋の手をひいて、自分の分の飴細工を作ってもらいに向かうのだった。