想い出眠るその地にてヨーロッパ

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/13〜08/17

●本文

 プルルルル、プルルルル。
 携帯電話から流れ出す、標準装備の無機質な呼び出し音。
「葛原さーん、仕事中っすよー?」
「悪い、マナーモードにすんの忘れてた。ちょっと席はずすからよろしくな」
 なおも鳴り続ける携帯をポケットから取り出して、葛原徹は、スタジオから廊下へ、そしてそのまま休憩コーナーへと向かう。軽く周囲を見渡す。誰もいない。
「‥‥もしもし」
 ようやく通話ボタンを押す。電話の相手は特に怒っている様子もなかったので、とりあえず話を聞いてみる。怒っていたところで、それに気を配ってやるような義理もないのだが。
 相手から淡々と告げられる連絡事項。そう、連絡事項だ――つまりそれは既に決定事項であるという事。しかもWEAという組織の。
「勘弁してくれよ。俺はもう現役退いてんだぜ? ‥‥あ? だから、俺は家族養うのに大変なんだって。仕事もプライベートも忙しいんだ、年頃の娘なんてな、これが取り扱い難しくて‥‥‥‥」
 徹は似合わない軽口を叩く。決定事項を何とかして覆すために。
 けれど相手のほうが上手だった。徹の事情など知った事かと、いや、その事情ですらも利用して、徹が決して断れないようにまわりを固めてしまう。
「わかった‥‥行けばいいんだろ、行けば!!」
 捨てゼリフを言い放った瞬間、ボタンを押して通話を終了させる。
「‥‥どうするか‥‥あそこに近づけさせなければどうにか‥‥?」
 そうして彼は長考に入る。あまりにも遅い徹を心配して、同僚が呼びに来る時まで。

 ◆

「ほら、お前の分だ」
 そう言って徹が娘のみちるに差し出したのは、一般旅券発給申請書だった。簡単に言うとパスポートを申請するための書類である。
「後で写真も撮りに行くから、それまでに書いておけよ」
「えっ、ちょっ‥‥お父さん!?」
 背中を向けた父をみちるは慌てて呼び止めた。何の説明もなく、いきなり書類に記入しろと言われても、何がなんだかわからない。パスポートが必要な仕事は今まで受けた事がないので持っていないのだが、今受けている仕事にもパスポートが必要なものはない。
 では仕事ではなく私事のために必要だという事になる。
「ああ、旅行といえば旅行だな」
 もしや旅行に行くのかと尋ねてみると、こんな答が返ってきた。もっと詳しく聞いてみると、どうも家族旅行らしく、目的地はイギリスだという。
 なぜイギリスに行くのかと続けて問えば、徹は真顔でじっとみちるの顔を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「想い出の地なのさ。俺達のチームのな」
「お父さん達の‥‥」
 徹の言うチームとは、みちるの実父である佐々峰翔壱をリーダーとし、遺跡を探索していた者達の集まりの事だ。チーム結成時のメンバーは翔壱と徹の二人だけだったが、後にみちるの実母である霧、徹の妻であり霧の妹である霞、みちるの親友である東雲咲と染谷洋子の其々の両親が加わり、最終的には八名で構成されていた。
 その名も、『ラスト・ファンタズム』。
「ありがとう、お父さん‥‥そんな大事な所に連れて行ってくれるなんて」
「礼を言うのはまだ早いだろ。いいからそれ、書いちまえ」
「はーい」
 と、こんな可愛らしい返事をしてしまうほど、みちるはただ、嬉しかった。生みの親と、育ての親と。彼らの若かりし頃に触れられるのが嬉しくて仕方がなかった。
「大英博物館ってのがあるのは知ってるよな。折角だから見に行くか?」
「うんっ、見てみたい!」
 たとえ血を分けていなくとも、たった一人きりの大事な娘。それも自分を含めて四人にとっての、一人娘なのだ。みちるのためならば徹は、どんな苦労も惜しまないだろう。
 一度は退いた道を、また進む事すら厭わないくらいに。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0227 高遠弓弦(21歳・♀・兎)
 fa1169 翡翠(22歳・♂・狐)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa2670 群青・青磁(40歳・♂・狼)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa3255 御子神沙耶(16歳・♀・鴉)

●リプレイ本文


「わーいっ大英博物館だー♪ 凄いな、広いな、おっきいなっ!」
 やってきたのはグレートブリテンが世界に誇る大英博物館。所蔵されている品々は国家財産でありながら入館は無料、そうしたいと望むすべての人の入館を受け入れている。歴史ある博物館には、世界中から毎日多くの人が訪れ、その素晴らしさに感嘆のため息を漏らす。
 しかし紗綾(fa1851)のとった行動は別のものだった。足を肩幅に広げ、両手を頭上に伸ばし、そして現在の心境を冒頭の言葉で表したのだ。
「‥‥紗綾、周りを見てごらん」
「え?」
 すべての人を受け入れるとはいえ、騒いでもよい場所であるかどうかはまた別の話である。通り過ぎていく他の入館者からの視線を受けて、早河恭司(fa0124)が紗綾をこちらの世界に引き戻す。注意されたのだと気づいた紗綾は、「観光気分じゃダメだよね」と少々肩を落とした。
「よう、来たか」
 ゼフィリア(fa2648)が募金箱に献金していると、今回の依頼人である葛原徹が現れた。ここが博物館だからだろう、さすがにくわえ煙草はしていない。
「葛原さんとお逢いするのは、初めましてですね。高遠と申します。宜しくお願い致します」
 礼儀正しく頭を下げる高遠弓弦(fa0227)に、徹も軽く頭を下げる。続けて翡翠(fa1169)も手を差し出し、挨拶の握手を交わす。
「なあ徹さん。なんでこの依頼を出したんや?」
 結ばれた手と手が離れるよりも先に、ゼフィリアから質問が投げかけられる。今回のメンバーの中で唯一、徹との面識がある彼女だからこそ、どうしてもひっかかる部分があったのかもしれない。
 ゼフィリアはまだ子供のはずなのに、その視線の威力は、徹に口を開かせるには充分だった。
「『上』から話が来た。それだけだ」
「本当にそれだけなんか?」
「他に何がある」
「徹さんに来た話なら徹さんが動けば、それが一番よかったんと違うか?」
 それはそうだ、とやり取り中の二人以外の者は頷いた。イギリスまで足を運べなかったというのならともかく、徹は今現在、この地に立つ事ができている。ではなぜ、自分で調べようとはしないのか。そこには何か理由があるに違いない――と、ゼフィリアはふんでいた。
「‥‥引退したはずの俺がこっちの仕事を引き受けたなんざ、娘にばれたらうるさいからな」
 しばらくして、とうとう徹が折れた。ただしほんの少しばかりだが。これ以上はどんなに揺さぶっても何も言わないだろう。そういう雰囲気を、徹は纏い始めていた。
 引き際を察したゼフィリアが下がると、それを待っていたかのように、今度は白髪のオールバック(のカツラをかぶった)、モヒカン(fa2944)が挙手をした。
「仕事を引き受けておいてこう言うのもなんだが‥‥正直に話そう。悪いがロックとレスリングと拳闘に関連しない英国の知識は皆無だ」
「そうか。まあ気にするな。知識は問わないさ、結果さえ出してくれればな」
 モヒカンが懸念していた事柄も、徹にとっては特に咎める事ではなかった。


 大英博物館の中心部には、屋根つきの広場がある。この広場はグレートコートという名で、規模としてはサッカー場サイズ。かなりのものだ。カフェやレストランがあるだけでなく売店もあり、この売店ではガイドブックが販売されている。
「一度は来たいと思っていたんですよね☆」
 購入したばかりのガイドブックをぺらぺらとめくりながら、御子神沙耶(fa3255)が楽しそうに、隣で同じガイドブックを見始めた紗綾に話しかけた。地図を確認しただけで二人揃ってステレオに「「すごーいっ」」と騒ぎ始める。きゃいきゃいと1オクターブ高い声からして、やはり観光気分がぬぐえていないという事がうかがえる。
 どうにも放っておけなくてついてきた恭司は、そんな彼女達を眺めつつ、その意識をこちら側に引き戻そうと試みた。
「落ち着けよ二人とも。最初から飛ばしてると、後になってバテるぞ? まあ、楽しんでやった者勝ちだとは俺も思うけど」
「ならいいじゃない♪ さあ、さやさん、行こう行こう〜♪」
「はい、紗綾さん♪ 調査がはかどるといいですね」
 二人はテンションをハイにしたままの状態で、恭司の右腕と左腕をがっちりと掴んだ。いや、抱え込んだと表現したほうが正しいかもしれない。
 げに恐ろしきは異国の地かな。まさに非日常を体験中の女の子二人に挟まれて、恭司は、連行される宇宙人よろしく館内を引きずりまわされるという、羨ましいのか羨ましくないのかよくわからない経験をする事になったのだった。

「ところで、アーサー王関連の何について調べればいいのかな」
「そうですね‥‥翡翠さんでしたら、どのような事を思い出します?」
 こちらは大騒ぎの三人とは別働でガイドブックを購入した、翡翠と弓弦の夫婦である。そして三人と違って、観光ではなくデートを兼ねているらしい。一冊のガイドブックを覗き込む彼らの手は、さりげなくもしっかりと繋がっている。
「考えてはみたけど、浮かぶのは、円卓の騎士や聖杯、聖剣エクスカリバーあたりかな。そんなよく聞く名称ぐらいしか知らないんだよね」
「私もそれくらいしか‥‥。あとは宗教関連でしょうか」
「うーん、実際に遺跡を見に行ったほうが、何か発見がありそうだけど――今回の仕事は一応ここでの調査だし」
 翡翠はそれまで自分が持っていたガイドブックを弓弦に渡して持ってもらった。そうする事により空いた手で、上着のポケットにペンを準備した。どこに展示されている何を見たか、ガイドブックにチェックしていくためだ。また、後々の文献調査時に効率がよくなるよう、メモをしておくためでもある。
「まずは、イギリスをテーマにした展示やアーサー王関連の絵画などを中心に見て回ろうか。ガイドブックによると二階にあるみたいだ」
「ええ。ヒントとなるものが少しでも見つかりますように‥‥」
 祈るように囁いた弓弦に、翡翠は柔らかく微笑む。大丈夫だと言葉にする代わりに、手を握りなおす。
 そして弓弦も微笑んで、彼らはゆっくりと歩き出した。

 群青・青磁(fa2670)は、徹から渡された英和辞典を片手に、古い文体の物語を読み解いていく。しかしこれがまたなかなかの重労働だった。
 静かな閲覧室。専用の端末で大まかな検索をかけた後、次はその其々を深く調べていく。壁をずらりと埋める本棚は、そこに詰まっている情報量の多さを再認識させてくれる。それに比べて、今回の依頼を受けた彼らが拘束によってこの地に留まっていられる時間は、あまりにも短すぎやしないだろうか。
「‥‥ほんのさわり程度にしかならないかもな」
 慣れない読書をする青磁の顔は、狼の覆面で覆われている。入館当初からずっと警備員に目をつけられている事に、果たして彼は気づいているのだろうか。


「いっそ世界史の教科書でも持ってくるべきだったか?」
 係員に頼んで引っ張り出してきてもらった資料を確認しながら、モヒカンはこめかみをきつく押さえた。
 歴史を学ぶのは骨が折れる。その時代の文化を知らなくては理解できない面があるからだ。たかだか生まれが数年違っただけでもカルチャーショックを受ける事がよくあるのに、千年以上も過去の話を紐解くなど、かなりの根気を必要とする。
 しかもモヒカンの場合は、外国視点での資料をメインに調べているのだから一層大変だ。
「‥‥横文字に疲れました」
 モヒカンの隣に着席したかと思うと、沙耶はテーブルに突っ伏して力尽きた。
「展示品の横に解説文があるでしょ? それの解読だけで容量めいっぱいになっちゃうんだよねぇ」
 前方には紗綾と恭司が陣取って、よれよれになったガイドブックを今一度めくり始める。
「そっちはどんな感じ?」
「先人の残した研究を追うような感じで、広く浅く探っているんだが‥‥」
 なにぶん膨大な量だからな、とモヒカンは恭司の問いに答える。
「脚色されていないアーサー王伝説の原本が保存されてたりしないのかなあ」
 沙耶同様疲れているだろうに、紗綾は前向きに思考する。
 だが次に聞こえてきた声は、その希望を手早く取り上げてしまった。
「難しいと思うよ。元々アーサー王伝説は口伝されてきたものだったみたいだからね」
 声の主は、弓弦の手を引いた翡翠だった。彼らも休憩に来たのだろう。
「口伝?」
「そう、だから『原本』は存在しない。あるのは、長い間人々によって伝えられてきた伝説をまとめたもの、つまり『集大成』ってことになるね」
「それで物語にいくつかのパターンがあるのか‥‥」
 なるほどね、と恭司はガイドブックに視線を戻す。ちょうどエクスカリバーの描かれた絵画の写真が載っているページだった。このエクスカリバーという名称が意味する剣でさえ二種類あり、また、混同されている場合もあるくらいだ。
「まさかオーパーツだったりしてね。」
「エクスカリバーがオーパーツだとすれば、聖杯もその可能性がありますね‥‥。聖杯を手にした者が世界を手に入れる、と言われているのも、オーパーツとしてそれだけ強大な力があるからだとすれば――」
「という事は、アーサー王や円卓の騎士が俺達と同じ生き物だったって可能性も?」
 情報交換のための話し合いは、段々とブレインストーミングへ。盛り上がっていくなか、疲労からダウンしていた者も起き上がって加わる。
 声量を落としてはいるものの、誰の耳に届いてしまうかはわからない。彼らはあえて「獣人」という言葉は使わずに会話する。
「肯定できる証拠はないが、完全に否定できる証拠もないな」
「アーサー王伝説とケルト民族の伝承って関係があるみたいだけど、そのケルトのほうでもあたし達と同じ存在が活躍してたり?」
「アイルランド――古くはダーナ神族が住み、エリン島と呼ばれていた地。活躍した人物といえば‥‥クー・フーリンか」
 テーブルの上にどんどん増えていく資料の山。関わりのありそうな事柄については、その情報をとにかく片っ端から全員で共有していく。
「半神半人の英雄だそうですね。史実に名を残すアーサー王と違って、神話の中のみの存在ではあるようですが‥‥」
「ふむ‥‥そうなると、アーサー王の選定の剣、あれを叩き折ったというペリノア王の追っていた獣‥‥探究の獣と呼ばれていたか。あれが自分達の天敵であるという事も考えられるな」
 天敵。つまり、彼ら獣人を捕食する、ナイトウォーカー。
 ナイトウォーカーの起源は定かではないが、人や獣人が古くから存在してきたように、ナイトウォーカーも古くから存在してきたはずだ。歴史のどこかでその姿を垣間見られていたとしても、不思議ではない。
 とはいえ、すべて可能性があるというだけの、もしもの話でしかない。伝承、伝説、神話‥‥確実な情報は限りなく乏しい。この事を察した頃から、一旦は沸騰した熱も徐々に落ち着きを取り戻していった。遂には誰も言葉を発さずに、各自の心中での考え事に没頭し始めた。
 可能性だらけという結果が示すのは何なのか。可能性の提示によって何かが見えてくるというのだろうか。
 今回の調査は、結論を得るための調査ではなく、これから向かう方角を見極めるための前調査――なのかもしれない。


 ところで、このブレインストーミングに加わっていなかった者が一人。ゼフィリアだ。
 彼女は立ち止まり、一枚の絵を見つめていた。天に掲げられた細身の剣、掲げるのは精悍な青年――エクスカリバーを携えたアーサー王の絵だ。
 彼女は考える。「上」から来た話だと、徹は言っていた。徹は「上」に対して思うところがありそうだった。徹と「上」の思惑はおそらく異なる。そして徹の思惑の根底にあるのがみちるの今後であるとすれば、徹にとっての今回の調査の目的は‥‥
「痛っ」
 小さな悲鳴が聞こえて、ゼフィリアは我に返った。聞き覚えのある声に周囲を見渡せば、向こうでみちるが自分の人差し指についた一筋の血を拭っていた。ガイドブックで切ったのだろうか。
 ともあれ、不自然に思われないよう、ゼフィリアは自分からみちるに声をかけた。みちるは驚いたが、偶然の出会いにとても喜んだ。
「お仕事にかこつけての観光かぁ。私はね、家族旅行なんだ。お父さんはどこかで煙草吸ってるみたいだけど」
 ゆっくり歩きながら、共に展示を見て回る。みちると一緒にいた彼女の母親は、気を遣って少し後方に下がってくれている。
「そういえばみちるさん、訓練は続けてるんか? 成果はどんなもんや?」
「お父さんに頼んで続けてるよ。成果はぼちぼちかなぁ」
 その母親には聞こえないように小声で、ゼフィリアはみちるに尋ねた。尋ねはしたが、彼女は答えを知りたかったのではない。
「うちは戦闘の事はよくわからへんから、大したアドバイスは出来へんけど‥‥これだけは言える。一番重要な事は何があっても生き残る事や」
 本当に大切な事は何なのか、よく考えたほうがいい――と、忠告したかったのだ。たとえみちるが仇討ちを果たしたところで、みちるが無事でなければ駄目なのだと。
 みちるは、困ったように笑った。
「わかってるよ。だから、以前よりもずっと、私は強くなりたいって思ってるの。守られるだけなのが嫌なのは相変わらずだけど、足手まといにならずに力を合わせて戦えるようになれたら、それが一番いいと思うんだ」

 私だって大切な人の悲しむ顔なんて見たくないもの。
 頃合を見計らい、仕事に戻ろうとしたゼフィリアに向けて、みちるはこう言いながら手を振った。その人差し指の先には血の跡も皮膚が切れた痕もなく、先ほど彼女が些細な怪我をしていた事などまるで嘘だったかのように、綺麗な指先だった。