想い出噛みしめその先へヨーロッパ

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 8.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/21〜08/25

●本文

 葛原徹は、ホテル内のバーで酒を飲んでいた。カウンターの隅の席に腰掛け、一人気ままな時間を過ごしているように、傍目からは見える。
 しかし彼の胸中では様々な事柄が混ざり合い、濁流と化している。この頃よく見る、今は亡き親友との想い出の夢。その親友を思い出させる、娘の恋人。引退したと言っているのに調査を強要してくる、WEF。なかでも一番彼を悩ませているのは、娘、みちるの今後だ。
「あー‥‥美味い酒を飲ませてほしいもんだよなあ‥‥」
 単なる愚痴なのだが、聞きようによってはバーに喧嘩を売っているのではないかと思われるだろう。だがこのバーには悪意ある解釈をする者どころか、日本語を正確に理解できる者もいない。故に徹は、少々声を落とすほかは、誰に気兼ねする事なく独り言に没頭した。
 はずだったのだが。
「わたしが隣に座れば、お酒も美味しくなるかしら」
「母さん」
 徹の隣席に、彼の妻、霞が静かに座る。
「やぁね、みちるも今はいないのよ。名前で呼んでくれる?」
「――はっ」
 鼻で笑ってから、徹はバーテンダーを呼び、霞のために注文した。
「で、霞。みちるは?」
「部屋にいるわ。鍵はわたしが持ってきたし、絶対に部屋から出るなとも言ってきたわよ」
「大人しく篭ってる性分か、あいつが。暇を持て余して出歩くかもしれないぞ」
「言いつけを守れなければ、罰として携帯を没収、解約するだけね」
 くすくすと、いたずらっぽく。そんな霞に、よく思いつくものだと徹はつい感心してしまう。
 霞の言っている携帯とは、女優をしているみちるの仕事用の携帯ではなく、葛原みちる個人としての私用の携帯の事だ。つまり彼女の恋人との連絡用でもある。
「あいつにとってはこれ以上ないくらいの罰だろうな」
「あら、これくらいの罰は当然よ。それくらい大事に思われているのだと、仕方なく本でも読んでるんじゃないかしら」
 娘を肴に、葛原夫妻はグラスを傾ける。
 いつのまにやら徹の気分も、いくばくかは晴れていた。

 ◆

「遺跡?」
 次の日の朝。みちるが「今度はどこへ行くの?」と尋ねると、徹からは「郊外の遺跡に行く」という答が返ってきた。
「そう、遺跡だ」
「そこも想い出の場所なの?」
「しかもとびきりだ。なんてったって翔壱と霧が初めて会った場所だからな」
 みちるの実の両親、翔壱と霧。彼らの馴れ初めの場所とあっては、みちるの目も燦然と輝くのも無理はない。おまけに育ての親である徹と霞にとっても馴れ初めの場所だとくれば、まだ一日が始まったばかりだというのにみちるのテンションは最高潮に達する。
「まだチームが俺と翔壱だけだった頃の話さ。あの遺跡は通路が狭くなってて、俺はともかく、獣化すれば翼の生える翔壱は動きがとりづらくてな‥‥。運悪く出会っちまったナイトウォーカーとの戦闘でいつもの戦法が使えなくて、二人して傷だらけになって、どうにか外に出てみれば、仕事で偶然そこを訪れていた霧と遭遇。数秒後には霧を追いかけてきた母さんも登場ってわけだ」
「という事は‥‥ケガをしたお父さん達をお母さん達が看病して、二つの愛が芽生えたんだね!」
 みちるの脳内で繰り広げられる、少女漫画的な想像という名の妄想。徹の顔が引きつっている事に彼女は気づかない。

 ともあれ彼らは遺跡へ向かう。想い出を共有するために。

●今回の参加者

 fa0227 高遠弓弦(21歳・♀・兎)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa1169 翡翠(22歳・♂・狐)
 fa1242 小野田有馬(37歳・♂・猫)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa2670 群青・青磁(40歳・♂・狼)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3255 御子神沙耶(16歳・♀・鴉)

●リプレイ本文

●掃除の前に
「以前に遭遇したというナイトウォーカーの種類や数、遺跡の形状を教えてほしいんだけど」
「ああ、それはだな――」
「見取り図を描いてもらえると助かるかな」
 折れた十字架。穴のあいた屋根。腐食して二度と閉まる事のない扉。それでもどこか威厳のようなものを感じるのは、どれだけ朽ちていてもやはり教会、神に近い場所であるからか。
 地下にあるという遺跡へ入る前に、翡翠(fa1169)と佐渡川ススム(fa3134)が、様子を見にやってきた葛原徹から詳しい説明を受けていた。広くも深くもない遺跡だという話だが、ナイトウォーカーが過去に実際出没しているのだから油断はできない。
 事前に情報を得るのは重要だと考える鷹見 仁(fa0911)もその輪に加わろうとしたのだが。
「‥‥俺、睨まれてる?」
 徹の視線が時折鋭く突き刺さるのを感じて、加われずにいた。
「認められてないんと違うか」
 仁と徹の娘であるみちるとの関係を知るゼフィリア(fa2648)がぽつりと正解っぽい事を呟き、仁の膝が地につく。
 そしてそんな仁の姿を横目で盗み見て、ススムはニヤニヤするのだった。

●掃除 〜色々な意味で〜
 地下遺跡への入口は、礼拝堂の壇上にあった。雨が染み込み風に晒された床板には小さな穴があいており、その穴に指を引っ掛ければ、開くようになっていた。ただし錆びた蝶番はなかなか言う事を聞いてくれず、獣化した群青・青磁(fa2670)が力任せに引っ張って、ようやく進めるようになった。
 石造りの急な階段は、染み出してきた雨水でしっとりと濡れていて、一歩進むたびに音を立てた。大事な妻が滑って転ばないよう、翡翠は高遠弓弦(fa0227)の手をとり、導いていく。
「想像以上に狭いな」
 小野田有馬(fa1242)が思わず苦笑いするのも無理はない。彼の隣で、2m近い身長の青磁が窮屈そうに肩を丸めているのだ。有馬自身も、手を伸ばせばその掌がぺったり天井に張り付くくらいだった。
 懐中電灯やヘッドランプで足元と奥を照らし、それでも尚残る闇に目を凝らし、ちょっとした物音も聞き逃すまいと耳をすます。歩けばひっかかる位置にある蜘蛛の巣を取り除くも、埃を払うのはためらわれた。湿った埃は水の流れに沿って移動しているようで、所々でビーバーの作るダムのように山となり、水を一部せき止めている。埃のダムを取り払う事は簡単だが、そうすると明らかに人の手が入ったとわかってしまいそうな気がした。
「誰かいたのではと思われてはいけませんからね」
 さらさらと壁際の溝を流れていく水の音を聞きながら弓弦は、より一層、身体を縮こまらせる。
「罠もあるらしいですし、みなさんでゆっくり調べていきましょう。罠のあった場所は、一応私がマッピングしておきますから」
 徹に描いてもらった見取り図をススムから受け取って、御子神沙耶(fa3255)も準備万端。
 そのススムといえば尻尾を器用に操って懐中電灯を振り回しているので、皆が眩しそうにしている――のも、気づいているのかいないのか。「まさに遺跡を歩くために生まれた存在!」と軽口を叩いては、青磁から「猿獣人なら普通だろう?」とツッコミを入れられている。というか、同じ猿獣人であるゼフィリアのようにヘッドランプにしておけば、両手だけでなく尻尾もあくのだが。

 壁を触ってみたり、叩いてみたり。徹からは足元に気をつけろと言われた。外で拾っておいた小石を、有馬が前方に向かって投げつける。
 コーンッ。床に命中した石は小気味よい音を立てて跳ね返った。
「大丈夫そうね、行きましょう」
 有馬はそのまま進んでいく。念のため、石同様に外で拾ってきた木の枝で床をつつき、何の変化もない事を確認してから更なる一歩を踏み出した。
 がっこん。
「ああああ有馬さんんっ!?」
 驚いた沙耶が震えた声で有馬を呼ぶ。突如、有馬が足を置いた部分の床が下向きに開いたのだ。穴に吸い込まれた彼を心配してその穴を覗き込むと、有馬は必死で穴の淵を掴んでいた。完全獣化の状態でなければそうする事もできず、穴の底で全身を強打していたかもしれない。
「石にも木の枝にも反応しなかったのに、どうしてよ‥‥」
 男性陣の助けを得て這い上がってきた有馬は悔しがっていた。
「おかしいですね‥‥」
 首を傾げる沙耶。穴の幅自体は楽にまたげる程度のもので、あると知ってさえいればやり過ごせるものだった。
 ただし落とし穴はひとつではなく、皆が落ち着いたと思われる頃にまた仕掛けられていた。二つ目の落とし穴の反応も鑑みて、一定以上の重さに反応して作動するのでは、というのが一同の見解となった。設置の間隔等にも、特に規則性があるわけではない。倉庫部屋を発見した彼らは、盗人を捕らえる事を目的とした罠なのだろうという結論に落ち着いた。

「で、会議室とやらはどこにあるんだ?」
 まっすぐ伸びた通路の突き当たりで、仁が首を傾げる。ここに来るまでの分岐で、他の部屋は普通に扉があってすぐに見付かったのだが、会議室だけが見付からない。徹の見取り図によれば扉があるはずのところにあるのは、壁のみ。
「隠し扉でしょうか」
「倉庫は普通の扉で、会議室は隠し扉? 普通は逆じゃない?」
「倉庫がダミーだったりして。本当に大事なものは会議室に隠してあるとか」
「そんなに大事なものがここにあるっていうんか?」
「そうは思えんが」
「でも罠があるくらいですし‥‥」
「まあ、聖像や燭台なんかは、売ればお金になりそうよね」
 教会にとって聖像は大切なもの。その聖像を盗人から守るためだったとすれば、なんとか合点が行く。
 やはり隠し扉だろうと、翡翠が後方を警戒する一方で、有馬が念入りに壁を調べる。一部分がへこむ事がわかり、そのまま押すと、回転扉のように壁がぐるっと動いた。
 少々急な動きだったのでたたらを踏みながら室内に入ると、古いながらもしっかりとした造りの椅子や机が置かれていて、正面の壁には聖像を置く場所と思われる空間があった。肝心の聖像が見当たらないのは、教会の主がここを去る時に持っていったのか、罠もむなしく盗まれたのか――わからないが、やはりこの部屋と聖像が大事にされていた事は確かなようだ。
「‥‥何もないですね」
 沙耶はそう言って、室内と見取り図を見比べる。翡翠が距離を測ってくれて、更なる隠し部屋の存在もなさそうだという事がわかった。
「敵はいないのか?」
 常に臨戦態勢でいた青磁は少々つまらなさそうだ。いないならいないほうがいいけど、と言おうとした翡翠の、表情が一気に険しくなる。ほぼ同時に、弓弦も何かの足音を聞き取った。
 有馬とススムの瞳に映ったのは、素早く動く小さな影。――ネズミが来た。ネズミに感染し、実体化したナイトウォーカーが。
 退路を断たれないよう、脚力を強化した翡翠がひとつしかない出入り口、隠し扉に向かう。と、そこに天井から降ってくる異形のネズミ。戦う事の得意でない彼がたじろぐと、空気の塊が飛んできて、ネズミを退けた。追いかけてきた弓弦の放ったものだ。次に沙耶もわたわたと逃げてきて、彼女のもといた所を見てみれば、別のネズミが大きな顎でテーブルの角を噛み砕いていた。
「ちょっと‥‥まだいるのっ!?」
「はっ、何匹いやがるかしらねぇが、ネズミなんかにびびってられるかってんだ!!」
 キイキイ鳴きながら動き回るネズミ達。そのうちの一匹を有馬と挟み撃ちにして、青磁はドスを振り回す。だが相手は素早い上に的が小さいのでなかなか当たらない。何度目かの挑戦でようやく、キックミットでネズミを床に叩き伏せる。続けざまに、青磁がドスを、有馬が伸ばした爪を、ネズミの体へ深々と突き刺した。
 そして向こうでは、壁面でネズミとススムが追いかけっこをしている。先程までとは別人としか思えないような無表情のススムの視覚は、ネズミの動きを正確に読み取ろうとする。弓弦の追い払ったネズミもやってきて、その鋭い牙がススムの頬を裂いたが、かまわずカウンターを叩き込む。
「‥‥ブラスト‥‥っ!」
 ナックルが唸り、爆発を起こす。反動で体がダメージを受け、のけぞる。まともに爆発をくらったネズミは黒焦げになり、ぼてぼてと弾みながら床に転がった。まだかすかに動いているが、コアの位置は確認した。あとはコアが砕けるまで拳を叩き込むのみ。
 ススムの起こした爆発は、石壁の一部を軽く削り取った。その破片を利用して、ゼフィリアが攻撃を開始する。対象は、仁が戦っているネズミ。ちょうど破片を投げつけたくらいで、ススムから逃げおおせたネズミが新たに参戦してきた。
「翼を広げられる場所で助かったな」
 それまでずっと感じていた窮屈さを振り払うかのように大きく広げた自らの翼から一本の羽を引き抜き、高速で飛ばす仁。その隙にゼフィリアは隠し扉のほうへ移動し、弓弦と並び、二人で仁の援護を続ける。
 だがやはりここでも対象の小ささが仇となり、なかなか命中しない。牽制にはなっているのでこちらもダメージを負う事はないのだが、このままでは埒が明かない。そう判断した仁の指先に、バチッと電気が走る。彼が何をするつもりなのかを察したゼフィリアは制止しようとしたが、間に合わない。
 発射される電気の帯。威力を増大させてあるらしく、傍目にもその強力さがわかる。くらったネズミは、ススムの起こした爆発で焦げたネズミよりももっとずっと黒焦げになった。――のはいいが、壁まで真っ黒になった。狭い室内。ちょこまか動き回るネズミとの乱戦が繰り広げられているなかで、こんな大技を使って、味方も無事で済むはずがない。有馬のフードや青磁の覆面、ススムの尻尾も、余波を受けて少々焦げ目がついていた。

●掃除は終わったが 〜違和感〜
「ん‥‥これならいいだろ」
 あまり綺麗にし過ぎないように、という計らいは徹の意に沿ったようで、簡単な確認が済めばすんなりとOKが出た。血の跡を青磁がせっせと予備の褌で拭き取った事も、功を奏したのかもしれない。‥‥壁の焦げ目には徹も呆れていた様子だったが。
「ご苦労だったな、帰って休め」
 怪我をしている者に薬が配られ、解散の号令がかけられる。後でまたデートに来ようかと寄り添う翡翠と弓弦は、いったん宿泊先に戻るのは幸せそうな家族の姿を見てからでも遅くはないと、隠れるために付近の物陰を捜し始めた。他の者はぞろぞろとその場を離れ――ようとして、仁がもの凄く渋い顔をしているのがススムの目についた。
「会う必要はないよなー?」
「ぐ‥‥け、けど、逢えるなら逢っても、悪くないよなっ!?」
 羨ましくなんかないぞと自分に言い聞かせながら、ススムは悩む仁をつつく。仁は葛藤しているらしかった。そのために仕事を引き受けたわけではないのだと。
「徹さん。なんで昔、こんな何もない廃墟に来たんや?」
 漫才にすら見える彼らのやり取りは放っておいて、ゼフィリアは我が道を行く。疑問を率直に徹へとぶつけた。
「なんで、ってもなぁ‥‥あの頃は遺跡と呼ばれる所には片っ端から顔突っ込んでたからな」
「特に意味はなかったっちゅう事やな、それならそれでいいんや。‥‥けど、これからも依頼出すつもりやろ?」
「‥‥さて、どうだか」
「依頼を出すんなら、受けるつもりや。そしたらその過程でみちるさんの前に姿を現す必要があるかもしれん。あらかじめこちらがいると知ってもらっといたほうが、何かあったとしてもスムーズに対処できるはずや」
「成る程。あいつに会わせろってか」
 遠まわしの面会希望。自分と違って揺らぎのないゼフィリアの言動に、仁がはっとして顔を上げる。
 結局、仁の振り子は会うという選択肢に傾く。悩んでいるうちにみちると母親が到着して声が聞こえてくれば、理性より感情の勝ちだった。
「会いたきゃ会え。ただし余計な事は喋るなよ」
 仕方なさそうに徹が煙草をくわえる。今更顔を合わさないようにするのは難しすぎた。ジーンズ姿のみちるがこちらに気づき、走ってきている。
「みんなお仕事っ? すごい奇遇だよねっ!?」
 肩で息をして、頬を紅くして、嬉しそうに目を細めるみちる。きらきらと星が舞っているように見えるのは錯覚だろう。
 たまたま徹に会って、折角だからみちるの顔も見に来たというゼフィリアの説明に、仁とススムも便乗する。先日も大英博物館でゼフィリアと遭遇していたみちるはすんなりと信じ込み、わずか躊躇ってから、仁の腕に自分の腕を絡ませた。瞬間、徹の額に青筋が浮かび、ススムが「若いなぁ‥‥」とうなだれたのも些細な事。
 そう、些細な事だ。仁の腕に偶然とはいえ柔らかい感触が伝わった直後、正反対の硬い感触が伝わった事に比べれば。ペンダントトップかとも思われたが、それにしては大きすぎる。不自然な位置の、不自然な感触。――みちるに尋ねてみようにも、そんな所に腕が当たったと徹にばれたらどんな仕打ちを受けるかが容易く想像できたので、とりあえず記憶の片隅にとどめておく事にした。

「楽しそうだね。それに幸せそうだ」
「ええ、でも‥‥」
 遺跡に消えて行く彼らを木陰から見守る翡翠。隣の弓弦は、翡翠の感じたものとは裏腹に、眉を顰めていた。
「なぜでしょう、とても不安になるんです‥‥」