【神魂の一族】灼熱の夜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 8.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/11〜09/15

●本文

 床に広がる桃色の髪の海。冷たく黒い石の感触を味わいながら、人間に恐怖される人間型の魔物シュティフタは、豊満な体を小さく丸めていた。
 その頬は透き通るように滑らかだが、くっきりと、一筋の傷跡が刻まれている。血は随分前に止まっているが、痕だけはどうやっても消えず、ゆえに彼女の心はきつくきつく締め付けられていた。
「信じらんなぁい‥‥再生が及ばなくてぇ‥‥お薬使ってもダメだなんてぇ‥‥」
 締め付けられながらも、ふつふつと煮えたぎる彼女の心。憎い。憎い。憎くて憎くて仕方がない。あんなたかだか数人の人間なんかにアタシの美貌を台無しにされるなんて許さないし、許されない。そう、許されるはずがない。人間なんて、どうせアタシ達に搾取されるか、おもちゃになるかしか能がないくせに‥‥っ!
 必ず、必ず殺してやる。滅ぼしてやる。滅してやる。この傷にかけて――
「おやおや。眠るのならベッドに行かなくてはなりませんよ?」
 頭痛がしてくるほどに奥歯を噛みしめていたシュティフタだったが、柔らかく降り注ぐ声に、がばっと勢いつけて起き上がった。
「パパぁ!」
「ただいま、私の可愛いシュティフタ」
 幼さを残す彼女の顔が、一瞬で明るくほころんだ。彼女の前で膝を折り、白い仮面で顔の上半分を隠しながらも口元を見れば優しく微笑んでいるとわかるその男に、彼女は早速抱きついた。
 男は仮面だけ見れば道化師のようだったが、服装はどちらかというと奇術師に近い。純白の襟付きシャツに、漆黒の上着とズボン。両手には白い手袋。そして1本の銀の杖。炎の色をした逆立つ髪が、やけに際立って見える。
「ん? どうしましたか、この傷は」
「そうなのよぉ、パパぁ、聞いてくれるぅ?」
 普段からシュティフタは甘く蕩ける口調で喋っているが、この男に対しては尚更甘えるようにベタベタと張り付いている。男のほうも嫌そうな素振りは一切ない。
「‥‥そうですか、人間にやられてしまいましたか‥‥」
「アタシぃ、こんなんじゃ恥ずかしくってぇ‥‥もぉ一生お外に出られないよぉ〜」
「ふむ」
 男は何かを思いついたらしく、シュティフタの頭をそっと撫でると、立ち上がった。そして不思議そうに首を傾げるシュティフタへ、にこやかにこう告げる。
「ならば、人間に責任を取ってもらいましょうね」

 とても残酷で無慈悲な、けれどよく利く薬。材料は、大きな街ひとつ分の人間の血と生命力。作り方は、まるごと滅ぼすと同時に材料を抽出、その場で精製。はい、できあがり。

「何度も言わせるな。俺もあれも、結婚するつもりなどまだ欠片もない」
 木製の円卓、その最も上座に位置する席で、精悍な体つきの青年が冷静に言ってのけた。残りの席に座す老人達は、揃って、青年の言葉に疑問と訂正要求を投げかけた。
「しかし我らは、なるべく早いうちに次代の長が誕生される事を望んでいるのです」
「最近は魔物の勢いも増していくばかり。若い者には積極的に子を成してもらわねば‥‥お二方も例外ではありませぬ」
「建前ばかり並べたところで、俺達の気持ちは変わらん!」
 ダンッ!! 固く握り締められた拳が、円卓に叩きつけられる。
「一族のためにも結婚はする。子も成してやろうではないか。だが、相手は自分達で決める。お前達の勧める者は、皆、お前達の息のかかった者ばかりではないかっ」
 青年は立ち上がり、振り向く事なく部屋を出て行く。閉まった扉の向こうでは、老人達が言いたい事を言い続けているだろう。
 ――言わせておくさ。所詮戯言だ。
 とにかくあの老人達から早く遠ざかりたくて、青年は一歩を踏み出した。けれど。
「兄上様」
 青年の背中に、両目を閉じた少女が呼びかけた。
「‥‥長殿」
「まあ。何度言えばわかってもらえるのですか。兄上様までわたしにそのような言葉遣いをなさる必要はありません。違いますか」
「‥‥‥‥‥‥そう、そうだな‥‥」
 少女の毅然とした態度に、青年は苦笑いを浮かべる。色々なものがない交ぜになって、他にどうすればいいのかも思い浮かばず、そっと少女の髪を撫でる。
「兄上様の手の感触‥‥懐かしい‥‥。けれど、今は残念ながらこのような事をしていられる時ではありません」
 少女は指先で宙に紋様を描く。同時に少女の額に第三の瞳が開き、アイスブルーに輝いた。
「選別を。独立都市サレガに、巨大な力が近付いています。何か‥‥悪い予感がするのです」

 ◆

 アニメ【神魂の一族】

『設定』

【世界観】
 いまだ未開の地が多く残る大陸、ハウドラド。
 強大な力を持つ異形の化け物――魔物が跋扈し、人々はいつ襲われるかと怯えながら日々を過ごしていた。ただの人間に魔物と戦い退けるだけの力はなく、ひとたび目をつけられれば、一夜にしてひとつの街が壊滅させられてしまう。
 人々にできた事は、存在するかもわからない神に祈る事のみだった。

 剣と魔法のオーソドックスな西洋ファンタジー。あまり目立つと魔物に狙われるのではないかという考えから、また、対魔物で精一杯であり他国と争うほどの余力はないため、幾つかの国家は存在しているものの、他国を占領して大きくなろうという元首はいない。武器防具や建築等、戦いに関する文化はある程度の水準があるが、全体的な文化レベルは低い。大陸間移動の出来る航海術もない(このため、和風テイストは基本的に無し)。

【神魂の一族】
 フリガナは「みたまのいちぞく」。古き時代に神々と交わった人間達の子孫。個々に持つ紋様を指で宙に描く事で、額にその紋様が発現する。発現と同時に、生まれ持っての力を使えるようになる。弱く力を持たない人間達のためにのみ力を振るう事を絶対の掟としており、逆に言えば、この一族の持つ力こそ人間達が魔物に対抗する唯一の手段でもある。
 その存在は一般の人々には知られておらず、一族以外の者との婚姻も認められない。一族の里がある場所をはじめ、一族に関わるすべては、一族以外の者に話してはならないとされている。
 最近になって一族の長が代替わりし、積極的に魔物討伐を指示している事から、一族の存在は噂として徐々に一般の人々の間に広まりつつある。

【シュティフタ】
 虫や動物に似た姿の魔物よりも更に強力だとされている、人間型の魔物。誘惑の術に長けており、己の欲望を満足させるために人間を使役する。素早さを生かした速攻と、意のままに動かせる髪が、戦闘における特徴。

【仮面の奇術師】
 シュティフタが「パパ」と呼び慕う男。本当に血の繋がりがあるかどうかは不明。白い仮面で常に顔の上半分を覆っている。携えているのは30cmほどの銀の杖のみだが、他にも色々と攻撃手段を持っているように思われる。

●今回の参加者

 fa0330 大道寺イザベラ(15歳・♀・兎)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0494 エリア・スチール(16歳・♀・兎)
 fa0531 緋河 来栖(15歳・♀・猫)
 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa2738 (23歳・♀・猫)
 fa3319 カナン 澪野(12歳・♂・ハムスター)
 fa3786 藤井 和泉(23歳・♂・鴉)

●リプレイ本文


「街が焦土と化すだなんて、炎の術士でも現れるのですかしら」
 長に命じられ一行が到着したのは、この大陸では珍しく陽気に賑やかな独立都市サレガ。金髪の巻き毛お嬢様フィオは、長の言葉を思い出しながらずかずかと、しかしあくまでも優雅に大通りを進んでいく。その目立ち具合に誰もが彼女を注視せざるを得ない――となるはずだったのだがそうでもなかった。通りを行く人々の意識は別の所にあるようで、妙な一団の姿など眼中にない。
「あっははは、残念だったねぇ、フィ〜オ〜?」
 悔しがるフィオの肩越しに、黒髪のベラが嫌味を告げる。にんまり笑うベラは本来のサイズよりも一回り小さな服を着て、肉感的な体つきを誇示している。それがまた、フィオのプライドを刺激する。
「ふ、ふんっ! きっと炎の術士に対抗するためにわたくしが選ばれたのですわっ。せいぜいその体を張って私を守る盾となる事ね!」
「おお嫌だ、お子様は口だけは達者だこと」
 其々の属性からか、二人は所謂水と油であった。
 いくら往来の意識がこちらにないからといって、大通りでの口喧嘩は同行者にとっては恥ずかしいだけだ。ずきずきと痛んできたこめかみを指で揉み解しながら、ロングコートの青年クロードは傍らの美少年フェリオに、辛うじて聞き取れる程度の声量で問いかけた。
「どうだ」
 余計な言葉を省いた、たった一言の問い。それにフェリオはこくりと頷いた。
「場所はわかるか」
「街の人が向かってる方角ですね。恐らくは、街の中心」
「中心?」
 思わずクロードは問い返す。魔物がそんな所にいて、騒ぎにならないはずがない。しかも人々が一目散に向かう先になど‥‥
「いや待てよ。人型なら、群衆にまぎれているとも考えられるか」
「そういえば道中ですれ違った人たちが言ってたよね? 旅の奇術師が来てて、街の人に大人気だって」
 会話にひょっこりと口を挟んだのは、大きなブーメランを背負った、三つ編みの少女クルスだった。どうも先程からその事を言いたくて仕方なかったらしい。じっとクロードを見つめ、何やら無言で訴えかけている。
 クルスの意図をどうにも掴みかねるクロード。そこへ小柄なエリーゼが答を示す。
「クルスさんはぁ、奇術を見てみたいんだよねぇ♪」
「そうなのっ、ぜひぜひ見たいっ!」
 一芸を身につけているクルスだ、人気を集める芸に興味が沸くのもある種の必然である。
 しかしクロードは渋い顔をする。物見遊山に来たのではないんだぞ、と。だからといって大人しく引き下がるクルスでもないが。
「どうせ魔物がそっちにいるんでしょ、ほら行こ行こ♪ エリーゼさんもクロードくんの背中押して!」
「うん、りょーかいっ」
「何をするっ!?」
「ほらほら、シリルくんもぼけーっとしてないで押した押した!!」
「‥‥え‥‥お、押せばいいの‥‥?」
 女の子二人に挟まれる形で、シリルはフードをかぶった頭をクロードの背中に押し付けて、言われた通りにする。お前まで、とクロードが騒いでいるがもはや彼に拒否権などなくなっていた。
 結果として一行は、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、街の中心部である広場への移動を開始する。他人に、そして自分にも厳しいレイトリューグが肩を落としてため息を一つついたのも、致し方ない事だ。とはいえ彼も一族の者。フェリオが邪悪な力を感じるといった広場へと、彼もまた、白のマントを翻し向かう。


 ぐっと握った拳を開けば豪華な花束が現れ、帽子を杖でつつけば小鳥が飛び出し、初対面のはずの子供が選んだカードの絵柄をずばりと当てる。
 奇術が一つ披露される毎に、その奇術師を取り巻く観衆から拍手と歓声が沸き立つ。奇術としてはありふれたものばかりだったが、身のこなしに隙がなく完成されている上に、奇術師の顔の上半分を覆っている白い仮面が、不思議さを引き立てていた。
「‥‥あ、あれ?」
「どうしたのー、フェリオさん?」
「人ごみじゃなくて‥‥あの人から感じるんです」
 首を傾げたフェリオにエリーゼが声をかける。するとフェリオが視線で示したのは大人気の奇術師だった。
「じゃああたしが探り入れてくるっ」
 先程から人の多さにうずうずしていたのだろう。ここぞとばかりに、クルスが奇術師の前へ飛び出した。当然、奇術師とその観衆の視線が、一斉にクルスへと注がれる。
「ねっねっ、あたしの踊りも見てーっ♪」
 彼女の踊りは奇術に引けをとらない素晴らしさで、観衆からまたも拍手と歓声が上がる。奇術師さえ彼女のために場を開けて手を叩いている。
 おひねりも飛んでくるその様子を、クロードを筆頭とした他の者達は生暖かい目で見守っていた。奇術師から力を感じる以上、下手に目立つわけには行かず、そのためクルスの回収を目的として衆目の前に出るのは躊躇われたのだ。せいぜいが、場の空気にのってはしゃいでいるエリーゼを押さえつけるくらいだ。
「頭が痛いですわ」
「奇遇だな、私もだ」
 フィオとレイトリューグがそんなやり取りをする後ろで、やがて、フェリオが小刻みに震えだした。コートの袖口をつかまれたクロードがフェリオのほうを向いたその時。
「パパぁっ♪ おやつ買ってきたよぉ〜っ」
 人の波をかき分け、登場した女性。目深に帽子を被っているので顔はわかりにくいのだが、たゆたう桃色の髪は人の身ではありえない。
 ――人型の魔物、シュティフタ。
「‥‥あーーーーーー!!」
「え‥‥あ、ああああああ!!」
 くるくる回るクルスを指差し、シュティフタが大きな声を出す。一拍おいてようやく気づき踊りを止めたクルスも、シュティフタを指差して叫ぶ。
「お帰りなさい、シュティフタ。お目当ての物は見つかりましたか?」
「それよりパパぁっ、こいつ! こいつなのーっ!!」
 騒ぎ続けるシュティフタに、観衆も何事かと顔を見合わせ始めた。
「ちぃっ!」
 指を差したまま固まっているクルスの体にベラの鞭が巻きつく。棘が刺さる痛みで漏れる悲鳴は聞かなかった事にして、彼女を回収する。
「ちょっとぉっ! 待ちなさいよぉっ!」
 脱兎の如くその場を立ち去る彼らには、シュティフタの制止の言葉も届かない。分厚い観衆の壁がシュティフタの追尾から彼らを逃してくれた。


 冠婚葬祭などの特別な折にしか鳴らされない、サレガの鐘。月の浮かぶ深夜、沈黙を守る鐘塔の屋根の上に、彼は立っていた。夜風に翻る漆黒の上着はマントのよう。銀の杖の先が屋根とぶつかり、導き手の誘いの如く、カツン、と鳴った。
 塔の下で桃色の髪がふわりとたゆたう。広場を覆いつくさん限りに。俯いていた顔が上向き、魅力的な光が月光を浮け、怪しく煌めいて。
「さあ始めますよ、シュティフタ。安らかなる彼らの眠りを永久のものに‥‥」
 杖は天頂を突く。そのまま文字のようなものを宙に描いていき、何かが発動して、空気が更に変化する。微笑む口元。仮面に邪魔されて、瞳も笑っているかどうかはわからない。
 杖が輝く。月光を受けてではなく、杖そのものが光り‥‥光が膨らんでいき‥‥
 その光が爆発する寸前。
 唸る風。凍える嵐。奇術師めがけて飛んできたそれに対し、彼は微笑んだまま杖を向け、受け止め、霧散させた。
「‥‥昼間の皆さんではないですか。どうかなさいましたか?」
 一瞬で瞳を血走らせたシュティフタを奇術師は手で制す。すぐにでも地を蹴ろうとしていた彼女だったが、その寸前の体勢のままで止まり、広場に現れた者達を睨んだ。
「光が導いてくれました。街の様々な場所に隠されていた邪悪な仕掛けは、ぼく達が壊しました」
 額を光らせたフェリオが一歩前に出る。
「諦めろ。お前達の企みは失敗した」
 同じく前に出たクロードと、フードを下ろしたシリルでフェリオの脇を固める。
「あの仕掛けが火の属性を持つ事もわたくしが調べましたわ」
「最初から壊滅させるつもりで、この街に来てたのね」
 その横で怒りに震えるフィオ。フィオの前でフィオを守るように、両手にブーメランを携えて立つクルス。
「仕掛けを壊した‥‥成る程成る程、あれを見つけるとは、この子が遅れをとっただけはありますね」
 しかし奇術師は表情も雰囲気も変える事なく、合点がいったと頷くばかり。
「ご苦労様でした。けれど無意味です。あの仕掛けは、私が不必要に疲れなくて済むように用意した、力の増幅装置でしかありません」
 奇術師もシュティフタもあまりに余裕がありすぎて、一同が不審に思い始めた頃だった。ちっちっち、と手袋をはめた指を左右に振りながら、奇術師はあっけらかんと述べた。
「疲れなくて済むように、だと‥‥」
「ええ。ですから、疲れる事さえ諦めてしまえばこんな街の一つや二つ、あっという間なんです」
 奇術師は目を丸くしたレイトリューグを見下ろして、大げさに肩を落とす。
 残念でしたね――と。
「街を壊すとか、そんな事しちゃダメなんだからっ!」
 耐えられなくなったエリーゼが短刀を鞘から抜くが、それよりも早く、ベラが鐘塔へと走りながら鞭をしならせる。
「どきなっ!」
 奇術師への道を、飛び上がったシュティフタが塞ぐ。ベラの両頬が膨らんだかと思うと、プッと音を立てて、紫の霧を吹き出した。霧に包まれたシュティフタの体勢は崩れ、がら空きの腹部に棘鞭を叩き込もうとベラが手首を返す。
「‥‥あは。なぁんちゃってぇ♪」
 逆回しで体勢を元に戻したシュティフタは悪戯っぽく笑っていた。
「ぐぅ‥‥っ」
 ベラの鼻腔をくすぐる鈴蘭の香り。回し蹴りを入れられた脇腹を押さえ、吹っ飛ばされた際に打ち身した体を奮い立たせる。石か何かで切れたのか、滲み始めた血を見てレイトリューグが回復に向かう。
「このアタシに毒で攻撃仕掛けようだなんて甘いのよぅ。きゃははははっ」
「いいですよ、シュティフタ。そのまま頑張ってくださいね」
「はぁーい、パパぁっ♪」
 鐘塔の上で再び杖を光らせている奇術師に声援を贈られて、シュティフタのテンションも天井知らずだ。両手をぶんぶん振って声援に応え、桃色の髪を蠢かせる。
「い、苛つくねぇ‥‥!」
「動くな、ベラ。‥‥癒しの光よ‥‥」
 レイトリューグはベラの傷に手をかざし、呪文を唱えた。額の紋様が一際輝き、手にも光りが灯る。灯った光は手から傷口に移り、切れた肉と破れた皮膚を修復していく。
 次なる攻撃に桃色の髪が伸びてくる。ベラの傷が治るまでの時間を稼ごうと、エリーゼが髪の動きを先読みしながら断ち切っていくが、どれだけ切っても後から後から伸びてくる。死角を狙った髪が彼女の首を絞めようとしたところを、クルスのブーメランが容赦なく切り裂く。
 同じく加勢しようとして額を輝かせたフィオに、そんな隙は与えないとシュティフタは裏拳を見舞う。フィオも両腕でガードはしたものの、反応が完全には追いつかなかった上に彼女の細腕では威力を殺しきれず、クロードのほうまで飛ばされ、彼を巻き込んで地面に伏した。
 ますます立ち込めていく鈴蘭の香り。覚えのある香りにフェリオが眉をしかめる。視界がぼやけ、頭も段々と働きが鈍くなる。他の者の目も霞んでいるように見える。
 このままでは皆、シュティフタの思い通りに操られてしまう――攻撃する術のないフェリオが、何もできない自分を悔しく思って歯噛みした。
「来い、エアリアル! 俺に更なる力を!」
 それまでシリルの上空に漂っていた限りなく透明に近い青色の女性が、シリルの体内に潜る。精霊との一体化、つまりは憑依だ。憑依によって精霊の力をダイレクトにふるえるようになったシリルの、振り上げた手が唸る。巻き起こった暴風で鈴蘭の香りは綺麗にかき消された。
 風邪が桃色の髪を裂き、防御の壁を作る。思い通りに事が運ばず、またも直接攻撃に来たシュティフタ、その拳をクリスがブーメランで受け止める。眉を吊り上げたシュティフタの横には、準備万端のクロードが。
「アイシクルコフィン!」
 咄嗟に避けるも、彼女の足は氷漬けとなる。動きを封じられた彼女の胸を、三本の光の矢が貫いた。左腕を前に差し出しているレティスリーグを恨めしそうに、彼女の体が傾く。
 とどめを。更なる一撃を放とうとした彼らの前に、しかし炎が立ち塞がる。
「炎を悪しき力として使用するなんて、許せませんわ!」
 すぐにフィオの力で炎は消滅。だがその時にはもう、奇術師がシュティフタを抱き上げていた。
「やる事はやりましたし、今回はここまでですかね」
 そう言って去ろうとする奇術師の動きが止まる。腕に鞭が巻きついていた。
「やられてばっかじゃいらんないんだよ!」
 ベラが唇尖らせ、奇術師めがけ何かを吐き出す。だが奇術師は腕に炎を纏わせ鞭を焼ききり、仮面のみがどろりと溶けるだけで終わった。
「ちぃ、外したか‥‥――何!?」
 仮面の下から現れたのは紅蓮の双眸。そして、額に浮かぶ光り輝く紋様。
 神魂の一族の証であり、神から受け継いできた力の証でもあるはずの、紋様が。
「いいんですか? そんなにぼーっとしていて」
 鐘塔の上に戻った奇術師は光る杖で屋根を突く。すると自然と鐘が鳴り始め、鐘の音に呼応して街のあちこちから爆発音が聞こえてきた。追って聞こえてくる人々の悲鳴。建物の崩れる音。
 思考している暇などない。一つでも多くの命を救おうと、一行は奇術師を見逃すしかなかった。

●CAST
ベラ:大道寺イザベラ(fa0330)
レイトリューグ:篠田裕貴(fa0441)
エリーゼ:エリア・スチール(fa0494)
クルス:緋河 来栖(fa0531)
フィオ:姫乃 舞(fa0634)
フェリオ:晨(fa2738)
シリル:カナン 澪野(fa3319)
クロード:藤井 和泉(fa3786)