モラトリアムアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/27〜10/01

●本文

 ざわつくファーストフード店の一角に、制服姿の女の子が三人、ジュースを片手に談笑していた。あまりに当たり前すぎる光景で、その三人の中に人気上昇中の女子高生女優、葛原みちるが混ざっている事には、周囲の誰も気がついてはいない。変に隠すから気になるのであって、オープンにしてしまえば、行き交う多くの人の顔をいちいち確認でもしない限りは、結構どうにかなるものだ。
「‥‥ちょい待ち、みちる。今、何て言った?」
 みちるの親友の一人、東雲咲がふるふると肩を震わせた。
「チームを組もうって言ったんだけど」
 対してみちるは、実にあっけらかんと、同じフレーズを繰り返す。実に素直なリアクションである。
「メンバーはどうするのさ」
「とりあえずは咲と洋子かな」
「そんな勝手に――」
「だからこうして確認とってるのよ。‥‥ダメ?」
 ことん、と首を傾げるみちるに、咲も強く出れず言葉に詰まる。
 そのまま見詰め合う事数十秒。肩の力を抜いた洋子が、みちると咲の間を取り持つように柔らかく語りだした。
「ねえ、みちる。みちるが色々と頑張ろうとしているって事は、わたしも咲も知っているわ。大好きな親友の望む事だもの、できれば応援したいとも思う。けど‥‥」
 みちるを傷つけないように言葉を選びながら、それでも彼女は、最後には口ごもった。気持ちがうまく言葉にならないのだ。

「考えさせてほしい」
 咲と洋子、二人がその日出した結論。

 ◆

 別の日、みちるは仕事中だった。スタジオ内でのドラマ撮影だ。時代考証に基づいて製作された衣装に身を包み、髪を結い上げメイクの施された彼女は、明治時代を生きた女性の姿となっていた。
 何かを演じる場合にはその何かを実際に体験できれば最も理解しやすいのだが、そうもいかない時は、多少なりとも知識を得る事が理解への近道となるのではないだろうか。現にみちるは、学校で使っている日本史の便覧とにらめっこをして、当時がどのような時代だったかを知り、演技への架け橋としようとしていた。
 椅子に腰掛けひたすら便覧を見つめるみちるの横では、マネージャーがちらりと腕時計を確認する。もうすぐ休憩時間が終了し、撮影が再開される。
「葛原さん」
 呼び声にマネージャーは顔を上げたが、みちるの意識は便覧の中、明治の世界。
「‥‥『涼乃さん』?」
「ええ、ここにおりますわ。何か御用でしょうか、愛しいわたくしのお兄様」
 もう一度、今度は異なる名で呼ばれてようやく、みちるは立ち上がり振り返って好戦的な微笑を浮かべる。『涼乃』という勝気な女性の役柄通りに。
「わ、笑わないでください! 水元さんっ」
 肩を震わせている共演者水元良に、みちるも『葛原みちる』へ戻る。同年代ゆえか、笑う良にもそれを諌めるみちるにも、学校の教室にいるかのような気さくさが感じられる。
 二人とも多分に演技が混じっているだろうが――マネージャーは胸の内で独り言を述べる。水元良は以前、みちるとの熱愛報道で世間を騒がせた人物だ。報道自体は虚偽のものだったのだが、その前後の良とみちるの態度からして、良がみちるに好意を抱いていた事、良がその想いをみちるに伝えた事は火を見るより明らかだ。三流ゴシップ誌に見当違いな内容の記事を面白おかしく書かれる事はあれど、世間はそんなものを信じない。二人はごく普通に友人として仲がいいだけだと思っている。
 しかし‥‥良の中でみちるへの想いが消えていないのだとしたら?
 みちるには精神的に弱い部分がある。良のせいでみちるの演技ががたがたに崩れた前例もある。
「水元さん、そろそろ集合がかかりますよ。ご用事でしたらお早めに」
 雑談する二人の間にマネージャーが割って入ると、そもそもみちるに声をかけた理由を思い出したらしく、良は右の拳で左の掌をぽんと打った。
「何をしに来たか忘れるところだった。‥‥葛原さんってさ、大学受けるの?」
「え?」
「僕と学年同じだから、今年で高校卒業だよね。よければ参考までに、進路どうするのかを聞かせてもらいたいんだ」
 同じ大学に進む気か、と邪推するマネージャーの横で、みちるは微笑んだ。
「私、大学には行きませんよ」
 胸元に手を添える。その手の下、更に衣装の下には、隠れて見えないペンダントが。

「‥‥あの、監督。今‥‥踊れ‥‥って言いました?」
「おぅ、言ったぞ」
 撮影再会の時間が来て、スタジオに戻ったみちると良は、監督の急な提案に狼狽を隠せなかった。演出に幅が出るからと、予定にない踊る事を要求されたのだ。
「水元さん、踊れます‥‥?」
「さすがに社交ダンスのような踊りは‥‥」
 ドラマのストーリーとして考えるに、踊ったほうが厚みが出る事は二人にもわかった。しかしできないものを無理にやっても、いいものはできやしない。
「少しだけ、猶予をもらえますか」
「その間に、きっと踊れるようになってみせます」
 無茶を言う監督も監督だが、それに対して時間さえくれれば可能だと言い切ってしまう二人も二人だ。とにかくマネージャーには頭が痛い事だらけなのだが、その時二人は確かに、役者魂というものでひとつになっているように見えた。

●今回の参加者

 fa0361 白鳥沢 優雅(18歳・♂・小鳥)
 fa0371 小桧山・秋怜(17歳・♀・小鳥)
 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa2269 オーレリア(17歳・♀・一角獣)
 fa3081 チェリー・ブロッサム(20歳・♀・兎)
 fa4157 理緒(19歳・♀・狐)
 fa4559 (24歳・♂・豹)

●リプレイ本文

●暗躍
「ご存知かと思いますが、彼も参加してるんですよね」
 微笑をたたえた二人が、人気のない通路で声を潜めて会話を始めた。
「ええ、わかっていますよ。報酬の支払いのためにも、その辺りの管理に不備はありません。それが?」
 その二人はとても柔和な雰囲気をまとっていた。けれども見る者が見れば、彼らの中に激しいものが潜んでいるのがわかっただろう。
「ひとつ提案させていただこうかと」
 二人のうちの一人、狭霧 雷(fa0510)が人差し指を立てた。もう一人は葛原みちるのマネージャーであり、ひとまず聞く態度にはなっているものの、その心の内は計り知れない。‥‥いや、それは雷も同じか。
「そちらのほうで、今回のドラマの監督の作品をできる限り集めてもらいたいんです。集めたものは彼に見せてあげる――そうすれば彼は事務所で缶詰にできるでしょう?」
「まるで私が彼を缶詰にしたがっているような物言いですね。まあ、あなたには隠して意味がないようですから、あえて認めさせていただきますが」
 彼らは仲間ではない。だが同一対象を守ろうとする限り、完全な敵でもない。
「実際に活躍している監督の作品を見るのは彼にとっても有意義ですし、恐らくのってくるでしょう。ただし勿論、監視役を置いて」
「‥‥わかりました。やりましょう。監視役には私が」
 雷はマネージャーに長考の猶予を与えないよう、あくまで穏やかな口調ながら、畳み掛けていった。反対する口実を考え付かせない為だったのが、それは杞憂だったようだ。マネージャーも穏やかな口調を崩さずに、雷に背を向けて歩き出そうとした。
「あなたが監視役を?」
「私以外に誰がいます? 向こうには水元さんのマネージャーがいますし、心配は無用です。では」
 軽く一礼した後、リノリウムの床を、足音が遠ざかっていく。
 肩の力を抜いた雷だったが、まだやる事が残っている。彼はポケットから携帯を取り出した。

●初心者
 壁一面が鏡張りになっているその部屋は、踊っている最中の自身の姿を確認するにはうってつけだった。窓はあるものの、しっかり閉じられるブラインドのおかげで外からの視線を遮る事ができる。曲を流しても騒音とならないよう、部屋全体が防音仕様だ。
 床は板張り。まずはマットを敷いて、その上で柔軟をする事から訓練は始まった。
「んー‥‥っ」
「息は止めるな。吐きながら、痛く感じずに気持ちよく感じるギリギリのところまでいくんだ」
 座り、足を開き、上半身を前に倒す。それだけなのだが、みちるの出来は60%くらいか。チェリー・ブロッサム(fa3081)の補助を受けて70〜80%になる。固くはないが、柔らかいとも言えない。
 一方、隣で同じ柔軟に挑戦している水元良は、胸までぺったりと床についている。
「ほう‥‥」
「こういうのは得意なんだ」
 それは笙(fa4559)の予想よりも良い状態だったのだろう、特に言う事はないようだ。
「ちゃんと体をほぐさないと、つっちゃうからね〜」
 また、理緒(fa4157)はみちると一緒にレッスンを受ける立場に回っていた。ダンスの先輩としての自分がいい刺激になればと考えたからだ。良ほどではないが、みちるよりは柔らかい。柔軟のやり方をきちんと理解できているようだ。
 ――が、前方では白鳥沢 優雅(fa0361)が変なポージングをしながら体を伸ばしているため、理緒は明らかに目のやり場に困っていた。ジャージ姿なのにキラキラと輝いて見えるのは目の錯覚以外の何ものでもない。
「そうそう、ちゃんとほぐさないとね〜♪」
「‥‥その格好でいるほうが、筋肉に負担をかけているような気がするぞ」
 呆れたチェリーの生暖かい視線が優雅へと投げかけられる。しかし優雅はまったく気にしていない。それどころか、「恥ずかしがらずにもっと見てくれてかまわないんだよ〜?」と更にキラキラする始末。チェリーの頬が引きつった。
「うわぁ‥‥すごーいっ」
 みちるが歓声を上げる。オーレリア(fa2269)が手本を見せているのだが、彼女の柔らかさは良よりも遥か上を行っていた。左足を前、右足を後ろへ一直線に開き、その左足を抱くように上体を倒している。勿論、苦しそうな様子もない。幼少時よりクラシックバレエを習っていた賜物だろう。
 きっとお二人もできるようになりますよと言うオーレリアに、場も盛り上がる。体もほぐれた事だし、次は試しに踊ってみようと、マットを隅に片付ける。用意されたコンポと、小桧山・秋怜(fa0371)所有のノートパソコン及びキーボードをセットして。
「本当ならもっとちゃんとしたシーケンサとかも用意できたらよかったんだけど‥‥」
 コードをつなぎ、音量調整。どこかすっきりした笑顔の雷が部屋へ静かに入ってきたのは、落ち着いた曲が流れ始めた頃だった。

「明治期の社交ダンスと言えばワルツか」
「古式ゆかしい三拍子ですね」
 笙の言葉にオーレリアが同意する。みちると良に踊った事があるかと尋ねてみると、やはり首を横に振った。
 手本を見せる為、差し出された笙の手にチェリーが自分の手を乗せた。部屋の設備として、半獣化してもその姿が外に漏れる事はなさそうだったが、やはり人間としての姿のほうが手足の動きがわかりやすいと思う、との事だった。
 秋怜がコンポのスイッチを入れ、曲が流れ出す。手と腕を組み、下半身をほぼ密着させた状態で、滑るようにステップを踏む。あまりにスムーズに移動していくので目が追いつかないのか、みちるが首を傾げている。一方良は、実際に自分が踊る姿を想像してか、照れた様子でわずかに視線を逸らす――そんな彼に気づいたのは、手本の二人ではなく良を注視していた雷だけだったが。 

●缶詰
 別の部屋、視聴覚機器のある所で、鷹見 仁(fa0911)は文字通り缶詰になっていた。
 リモコン片手にヘッドホンを装着し、延々と画面を見つめ続ける。既に幾つか見終わっており、ビデオやDVDのケースが机の上に詰まれている。雷に仕組まれた事とはいえ、仁本人もはじめからそうしようと考えていたらしく、恋人に逢えないまま連れてこられたのに大人しく従って、今に至る。
「いかがですか」
 区切りのよいところで停止ボタンが押されたのをきっかけとして、離れた位置で雑務をこなしていたみちるのマネージャーが口火を切った。
「‥‥最近のものを中心に集めてくれたおかげで、段々つかめてきた」
 それまで前のめりになっていた身体を椅子の背もたれに預け、仁は答える。少々目が疲れたのか、眉間を揉んでいる。
「いいものを作る為には妥協しないタイプだな。時代考証には厳しめで、演技にもこだわりが見える。特に視線や指先なんかの、細かい部分での表現を重要視してるよ」
 さすが、土壇場で踊れと言い出しただけの事はある監督だった。役者としては挑戦しがいのある相手だろう。だからこそみちると良は受けて立ったのだ。
 そこまで考えて、仁はまだ良に会っていない事を思い出した。どんなヤツなのか、この目で見ておきたい――頭では演技だからと理解していても、恋人の相手役がどんな人物なのかはどうしても気にかかる。
「そろそろ向こうに移動したいんだが‥‥いいかな」
 そう簡単にOKは出ないだろうと予想していたのだが、意外にもすんなりと、マネージャーは扉の鍵を開けてくれた。

●解釈
 家の存続がまだまだ重要視されていた時代。長らく子のできなかった資産家の夫婦は、跡取りとして男児を養子にもらった。しかし一年後には待望の実子が‥‥ただし、女児。血の繋がりのない男児と血の繋がりのある女児、どちらを真の跡取りとするのか。両親がそれを決められぬ間にも二人は育ち、やがて年頃に。男であり女であるという違いを意識し始めた時にはもう、二人の想いはひとつだった。
 ――というのが、今回みちると良が出演するドラマのあらすじである。
「要するに、義理の兄妹の恋愛ものなんですね」
 流れる汗を拭き拭き、理緒がまとめを述べた。
「はい。私の演じる『涼乃』は家を大事に思っているので、なかなか素直になれないんですけど‥‥やっぱり自分の気持ちには嘘がつけないんですよね」
 微笑みながらみちるは胸元に手を添える。運動をするのだからと今は外しているが、いつもはそこにペンダントがある。
 ドラマの監督は、恋人としては触れる事のできない涼乃と兄が心を通い合わせる数少ない手段の一つに、踊りを据えたいのだという。公然と寄り添い、体温を感じられる、短い時間‥‥そこに深く熱い愛情、情熱を表現したいのだと。
「涼乃さんは社交界のダンスが好きだったのでしょうか?」
「そうですねぇ‥‥好きになったのは、お兄さんと踊る事のみだったと思います。他の男性と踊る事は社交界におけるただの義務、全ては家のためだったのではないかと」
「なるほど。特訓開始前に軽く脚本を読ませてもらったが、共感できる部分がある」
 オーレリアが尋ねればみちるが答え、その答にチェリーが頷きを見せる。チェリーはそのまま立ち上がり、良に厳しく指導していた笙を呼んだ。
「私なら一見クールなイメージの『涼乃』になりそうだが、実際に見てもらうのが一番か。最初に踊ったのはあくまで基本のみだったからな。役の解釈を踊りにどのように入れるか、今から踊るから参考になればと思う。笙殿、頼めるか」
「ああ。――水元さん、クールダウンも忘れるなよ」
 良への指導を一休みしていた笙は、雷から受け取ったペットボトルに口をつけている最中だった。もう一本受け取るとそれを良に投げ渡す。それから秋怜へと視線を移した。
「何か弾けるか?」
「一応、みちるの練習の具合にあわせていくつかパターンは作ってきたから大丈夫だとは思うけど‥‥」
 やっとキーボードの出番が回ってきた。秋怜の指先が奏で始めたのは、懐古的なワルツのリズムながら、聞く者の心をかき立ててやまないメロディ。
 チェリーの動きは固く、笙と組んだ上半身もぎこちない。瞳は自身の二の腕の辺りを映していたが、ターンの時、ふと笙と視線が絡んだ瞬間に、瞬きをして大げさな程に顔を背けてみせた。

●演技
 チェリーなりの解釈を交えた「涼乃の踊り」に、みちるは俄然やる気が出たようだ。足がもつれて転ぶ事もあれど、そこは気合と雷によるテーピングで乗り切った。オーレリアの補助を受けながら笙の指導を身体に叩き込み、理緒と同タイミングで動いてみる事でうまく動けない原因を追究する。
 実年齢よりも年上の役を演じる良には、みちるをリードする技量が求められた。元々リズム感があり体の動きも軽やかな為、チェリーを相手に、正確さと余裕を身につけていく。情け容赦ない笙に散々鍛えられたおかげで、今や良の動きはチェリーも感嘆するくらいになっていた。

 レッスンルームに仁が入ってきたのは、理緒の配った飴を皆が舐め終わる頃。すぐさまみちるの元へ行った仁に、雷は仁と一緒に来たみちるのマネージャーの表情を確認したが、至極涼しげなものだった。敵ではなくとも、味方でもない‥‥そんな再認識をする。
 みちるは仁を見てわずかに目を丸くした。しかしすぐさまいつもの笑顔を取り戻し、頭を下げた。
「この短期間で二人に教えられる事は、すべて教えきった。後はそれを演技にできるかどうか、だな。どこまでできるようになったのか、見せてもらおう」
 教えきったと断言できるほど、確かに笙の指導は半端ではなかった。重箱の隅をつつくような指摘がなければ、今頃二人は自信を喪失して泣き崩れていたかもしれない。
「でしたらショート劇をしましょうか。私は外国から来ている名家令嬢。親の仕事の関係で知り合った異国のお友達と、連れ立ってダンスパーティーへ出かけるんです」
「じゃあ私は、お目付け役を兼ねての付き添いという事で♪」
 練習の疲れもどこへやら、女性陣は立ち上がる。

 いそいそと空想の中の舞踏会会場へ向かう令嬢達。床につきそうなドレスを少し持ち上げて、ゆっくりと進んでいき――
「カット」
 黙って眺めていた仁が、一言で空想の世界を切り捨てた。
「義兄の立ち位置が中途半端だ。舞踏会に没頭してるのか、それとも飽き飽きして出入り口を気にしてるのか、わからない」
 演出の知識を持つ優雅が頷いて同意を示す。彼らは良の頭が踊りでいっぱいだったのを見抜いていた。
 やり直し。良の雰囲気ががらりと変わる。
「よいのですかお兄様。妹などと踊っている暇はないのではありません?」
「心の伴わない方と踊る時間に意味はありませんよ」
 友人達の輪の中から涼乃を連れ出す義兄、その手はとても温かく――
「カット。みちる、もっと自分の視線を意識したほうがいい」
「あ、はい。こう‥‥でしょうか」
「うんうん、ぐぐっと恋する乙女になったんじゃないかな〜?」
 まるで監督と助監督のような仁と優雅に、みちると良だけでなく他の全員、力が入る。踊る場面では他にも踊っている人がいるのだとわかっていても、避けきれず、肩や腕がぶつかってしまう。そうなると、途端にカットの声が飛んでくる。他の人を意識しすぎれば踊り方がおろそかになり、今度は笙の怒声が響く。
 全員が己の立場に誇りを抱いている故に起こった、壮絶な戦い。それは期日ギリギリまで続けられた。

●暗躍2
 なぜかむくれている仁を、みちるが必死に宥めすかしている時。
 雷は、先日アポをとっておいた咲と洋子に会っていた。彼女達はチームを組むというみちるの提案を雷にだけ、話した。雷だけ‥‥その理由は、わざわざ連絡をしてきたというだけでなく、いい相談相手が思いつかなかったというのもある。肝心な時に、葛原徹は出張中だった。