はじめての恋物語アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/05〜11/09

●本文

 恋愛、とりわけ純愛をテーマにドラマを作るのが大好きな監督がいた。名前は‥‥まあ置いておくとしよう。
 その監督は、ある日、スタジオに伸びる無数のコードに足を引っ掛けてわたわたしたり、大物俳優に挨拶しようとして緊張のために頭が真っ白になったりしている新人さん達を見て、こう思った。
「はじめて恋愛した時の初々しさや純粋さって、新人さんのそれと似てるよね」
 とうに過ぎ去った自らの初恋の記憶を掘り返し、自分がとっていた行動を思い出して、ひとりで頷く。
 そして続けてこう考えた。
「ってことは、新人さんで恋愛ものを撮ったら、相乗効果ですっごくイイモノになるんじゃないか!?」
 思い立ったが吉日、これがその監督の座右の銘。行動力が売りのひとつであるだけに、腰は重くはない。
 早速企画書を書き、局にアピールし、見事、撮影にゴーサインを出させた。

「‥‥せっかくだから、BGMも新人に頼んでみようかなあ」

 ◆

ドラマ『はじめての恋物語』

主演:未定(新人を起用)

ストーリー:
幼馴染である男女が、いつしか互いを恋愛対象として意識し、その想いを打ち明けて結ばれるまでを描く。

募集人員:
 ・主演を男女一名ずつ
 ・サブキャスト
 ・雰囲気を盛り上げる音楽担当

●今回の参加者

 fa0237 野村 承継(56歳・♂・鴉)
 fa0637 鞘師 朱彦(21歳・♂・鷹)
 fa0677 高邑雅嵩(22歳・♂・一角獣)
 fa0943 雪凪 灑沙羅(18歳・♀・猫)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1500 風光 明媚(24歳・♂・狐)
 fa1514 嶺雅(20歳・♂・蝙蝠)
 fa1796 セーヴァ・アレクセイ(20歳・♂・小鳥)

●リプレイ本文

●キャスト
羽村啓‥‥玖條響(fa1276)
白波朱里‥‥雪凪灑沙羅(fa0943)
羽村戒‥‥風光明媚(fa1500)
神崎将人‥‥鞘師朱彦(fa0637)
涼原雅‥‥高邑雅嵩(fa0677)

BGM監修‥‥野村承継(fa0237)
挿入歌‥‥嶺雅(fa1514)、セーヴァ・アレクセイ(fa1796)

●はじめての恋物語
 ピアノの独奏。高音の調べはどこか物悲しく、聞く者の心を震わせる。
 人で賑わう、週末の街頭。巨大なスクリーンに映っているのは、ゴシック系の青年と、その後ろでピアノを弾く青年。

 想いと共に色彩が溢れる
 全てが大切なモノのように思えて
 君も同じモノを見てる?
 ねぇ、今何を考えてる?

 澄んだ声で歌われる、切ない想い。どことなく中性的で、故に男女双方から支持を集めつつある売り出し中の歌手だ。上辺だけ取り繕っているのではなく確かな実力に裏打ちされたバラードは、通行人の足すら止める。
「あ‥‥嶺雅だ」
 彼女、白波朱里も足を止めた一人である。スクリーンで歌う青年のファンを自認する彼女は、じっと、痛くなる程に首を上向けて青年を見つめている。
「朱里? どうかしましたか?」
 そのままスクリーンに吸い込まれてしまいそうな彼女に声をかけたのは、羽村啓‥‥朱里よりも幾らか年は下だが、二人の間柄は幼馴染である。家が隣である為、いつの間にやら家族ぐるみの付き合いになっていた。今日も朱里が服を買いに出かけるというから、啓が荷物持ちにと自発的に同伴を申し出たのだ。
 呼ばれて振り向いた朱里の手を、すかさず啓は握り締めた。迷子になってはいけないからと、親が幼子にするように。
「ふふっ」
「‥‥何ですか」
「あんなにちっちゃかった啓君も、いつの間にかしっかりした男の子になってるのね。ごつごつしてて、大きな手‥‥」
 幼馴染の手を愛しそうに握り返す朱里。そういう彼女の手も、大人の女性らしく丸みを帯び、それでいてほっそりとしている。整えられた爪先にも、さりげない心配りが垣間見られる。ごく自然な笑顔を向けられて、啓は焦った。そして慌てて、歩き出した。
 耳が赤く、熱くなっているのを隠そうとして。

「でね、ちょうど通りかかったところに嶺雅の新曲がかかったの♪ あんな大画面でプロモ見ちゃったわ♪」
 興奮冷めやらぬ様子で、朱里は昨日の事を話している。ダイニングのテーブルセットに座り、優雅なティータイムを過ごしながら。
 会話の相手は啓の兄、戒。朱里にとってはもう一人の幼馴染である。
「それはよかったねぇ‥‥ところで嶺雅ってそんなにカッコいい?」
「うん♪」
 ティーカップ片手に朱里特製のクッキーをつまみながら戒が尋ねると、間髪入れずに朱里は答えた。当然でしょ、というニュアンスが言葉の端から感じ取れる。
「俺より?」
「んー、そうかも。‥‥なんちゃって」
「はいはい、そうですかー」
 ぱきっ。口に放り込んだクッキーが音を立てて割れた。
 白波家に流れる、落ち着いたのどかな音楽。朱里の母親の趣味で、ほぼ常にコンポから流れてくるものだ。のんびりとしたティータイムにはふさわしく、会話を邪魔する事はなく、会話のない時は見事に場を保ってくれる。
「‥‥って事は、啓の奴よりもカッコいいって事だよな」
「えっ?」
 戒の呟きに朱里は思いのほか反応し、カップを落としそうになった。幸いにも多少中身がこぼれた程度で済んだが、彼女はわたわたとテーブルを拭き始める。何かをごまかすように。
「だってそうだろ。俺のほうが啓よりカッコいいのに、その俺よりも嶺雅はカッコいいっていうんだから」
「そんなっ、啓君は嶺雅より‥‥」
「嶺雅より、何かな?」
「‥‥あぅ」
 言いかけて、口ごもる。
 だが時既に遅し。戒はニヤニヤと朱里の赤面を眺め、面白そうに紅茶をすすった。
「戒君のばかっ」
 恥ずかしさと場の圧力に耐えかね、朱里はテーブルに両手をつき、勢いよく立ち上がった。
「あれ、どこ行くの?」
「図書館! 啓君、そこで勉強するって言ってたから、お弁当届けに行くの!」
 先程からテーブルの隅にあった紙袋の中身は、手作り弁当と紅茶入りの水筒だったようだ。自分と話していたのは、体のいい時間つぶしだったのかと思い当たり、戒が苦笑する。彼の冗談はかすりもしなかったのに、啓が関わると俄然態度が変化する。何だこの差は、と。
 その間にも朱里は上着をはおり、紙袋を持ち、家の外へ飛び出していった。
「って、ええっ!? この家って今他に誰もいないんだよね、誰か帰ってくるまで留守番してなきゃなんないの!?」
 どこまでも貧乏くじを引かされる戒だった。

 その頃。啓はカメラ片手に、図書館前の公園に佇んでいた。デジカメではいまひとつ写真を撮っているという感覚を得られないものの、父親から譲り受けた大切な一眼レフを図書館まで持ってくるわけにもいかない。それでもとにかくカメラを持っていないと落ち着かないので、こうしてデジカメを持ち歩いている。
 カラフルな花壇。黄色く色づいた銀杏並木。飛沫を散らす噴水。追いかけっこをする子供達の、その楽しそうな笑い声でさえも、啓はフレームに収めようとしているようだ。
「‥‥ふぅ」
 やはり撮影をしている時のほうが、参考書と相対している時より何倍も有意義な時間を過ごせる。やはり自分はコレが好きなのだ。離れられるとは思わない。できれば一生の仕事にしたい‥‥しかし自分の将来に期待している両親や担任教師の事などを考えると、言えようはずがない。夢物語だと笑われ、反対されるのがおちだろう。信頼している兄にすら何も言っていない。
 だが、どうしても夢を諦められない。街灯とひとつになっているスピーカーから曲が流れてきて、啓の焦りや不安を煽る。
「羽村か?」
 名を呼ばれ、啓は現実世界に引き戻された。
「あ‥‥神崎先輩。何でここに」
「レポートに必要な資料を探しにな」
 長身に鋭い目つきを敬遠される事もあるが、根は優しい人だと啓は知っている。神崎将人――啓の所属する写真部の先輩で、今は大学生だ。
「受験勉強の息抜きか」
「いえ、その‥‥」
 将人が啓の持つデジカメを見てそう言うと、啓は言葉を濁して目を逸らした。その反応に、将人は啓を取り巻く状況がどんなものか、すぐさま理解した。いつだか自分が経験したものと同じだと。
 空いているベンチに誘導し、自販機で缶コーヒーを2本買うと、そのうちの1本を啓へ放り投げた。
「キツそうだな」
「‥‥そんな顔してますか」
「ああ、まさに現役らしい顔だ。羨ましいよ」
 自嘲を滲ませる台詞に啓がはっとして顔を上げる。将人は眉をしかめながらコーヒーを飲んでいた。
「好きな奴がいるだろう。そっちで悩んでる上に、受験でも悩んでる。苦しくて、写真に逃げてるんだ」
「っ!?」
 それはあまりにも的確な表現であり、啓は驚いて目を丸くした。
「なんでわかるんですか」
「わかるさ。‥‥俺もそうだったからな」
 啓を座らせて自分は立ちっぱなしだった将人は、ようやく腰を下ろした。しかし視線の先は自分を驚愕の目で見ている啓ではなく、正面にある何とはない景色だ。
「受験ってのは確かに厳しい物さ。だから俺は、他の事にかまっている余裕なんてないと思ってた――いや、思い込んでたと言ったほうが正しいか」
 実際に見ているのは、もう取り戻せない時間。すっかり諦めたはずの、なのに未だ燻っている想い。
「‥‥俺は、受験をとった。確かに受験には成功したが、あの時の選択が正しかったのかどうか、今でもわからない」
「先輩――」
「将来も恋愛も、どちらも大切な事だ。選ぶようなもんじゃない。いいか、お前は俺になるな」
 はっきりと、自身の後悔を将人は告げる。二の轍は踏むなと警告する。将人がどれだけ自分を心配してくれているか、啓には痛いほど伝わってくる。
 それで、誰にも言った事のない気持ちをぽつりと漏らした。
「あの人が、俺を弟のように思ってるのはわかってるんですけど‥‥」
 未開封のままの缶を強く握り締める。あまりに力を込めすぎたのか、手が白み、缶が凹んだ。
 ――やめてくださいっ! 離して!!
 突如、公園に女性の声が響き渡る。家族連れが訝しげに周囲を見渡す。
「なんだ、今のは――」
「‥‥朱里の声だ‥‥」
 将人が状況を理解していないというのに、啓の判断は早かった。女性の声を自分の大切な人の声であると瞬時に判定を下し、それが聞こえてきた方角へ体を向け、すぐさま走り出した。将人が何か言っているが、啓の耳には入らない。朱里の事ばかりが気がかりだった。

「白波さんって可愛いよね。そういう風に照れるとこも男心をそそるっていうかさ」
「照れてません! 怒ってるんですっ」
 朱里の手首を掴んで離さない、黒髪の青年。優しげな笑顔をしてはいるが、その笑顔が作り物のように胡散臭い。さわやかなのに、裏に何かあると感じずにはいられなくなるのだ。
 だからこそ朱里も抵抗している。同じ大学の涼原雅だと自己紹介されても、ここで会ったのも何かの縁だからとお茶に誘われても、素直に頷けなかった。
「ホント、見てて危なっかしいったらないよ。気付いてないの? 周囲の男連中がキミにどんな視線を向けてるかって」
「そんなの知りませ――きゃあ!?」
 反論しようとした朱里の隙をつき、雅は彼女の手首を引き寄せた。力で勝てるはずもなく、朱里はたたらを踏みながら、雅の胸に飛び込んでいく形になった。すかさず腰に腕が回され、逃げられないように囲われてしまう。離れようともがいても、密着した状態ではますます密着していくだけだ。

「恋したら女は綺麗になるって言うけど――俺に、恋してみない?」
 楽しそうに囁いてくる雅。
 先程までは遠巻きに様子をうかがう通行人もいたが、雅の様子から痴話げんかだと思ったようだ。足早に通り過ぎるか、もしくは『若いっていいな』という目で眺めてくる。
「いやぁっ‥‥」
 雅から離れようと、彼の胸に突き立てた腕に、紙袋の重みが伝わってくる。その時朱里の脳裏に浮かんだ姿は。
「離れてください!!」
 羽村啓。
 息を切らし、どちらかというと頼りなさげな風貌。しかし噛みしめた唇からは必死さが滲み出ている。
「啓君っ」
「‥‥誰? 白波さんの知り合い?」
「俺は朱里の幼馴染です! 貴方こそ誰ですかっ、朱里が嫌がってるんです、離してください!!」
「ふーん」
 首だけ回して啓に助けを求める朱里を、将人はこれ見よがしに自分へとさらに引き寄せる。そして低く押し殺した声でこう言った。
「‥‥『ただの』幼馴染なわけ?」
 挑発。持ち上げられた口角と、細められた眼差し。啓が怒りに任せて殴りかかってくれば自分の勝ちになるとでも考えたのだろう。
 だが、当ては外れた。
「『ただの』幼馴染じゃありません! 朱里は、俺にとって、かけがえのない、これ以上ないくらいに大切な人です!」
 啓が、高らかに宣言したのだ。
 これには将人も面食らった。公衆の面前で恥ずかしい台詞を、と。しかし朱里の反応は違った。
「啓君‥‥」
 宣言に胸を打たれたらしく、もがく事すら忘れて啓を見つめている。
「白けるなあ、もう。二人ともマジになっちゃってさ」
 将人はつまらなそうに朱里を離した。それどころか彼女を啓のほうに押しやった。
「今時すれてない白波さんをからかってただけだってのに――後は勝手にやってくれ」
 そしてふいっと二人に背を向けると、歩き出した。寂しげに笑っているように見えたのは、気のせいだったろうか。将人の心中を察して、啓の心がわずかに痛む。
 その啓の袖を、朱里がぎゅっと掴んだ。軽く寄った眉根を見て、啓は目を逸らした。
「朱里‥‥すみません」
「なんで、謝るの?」
「こんな形で言うつもりじゃなかったんです‥‥」
 改めて視線を合わせると、今度はその視線をはずす事無く、見つめる。朱里の瞳に映る自分を確認するように。
「‥‥好きです。今更言うのも恥ずかしいんですが‥‥俺を‥‥弟なんかじゃない、一人の男として見て欲しいです」
 息を整えつつ。言葉を選びながら。心臓は決して落ち着かないけれど。
 もはや周囲は存在しないと同じ。彼らの世界に居るのは、彼らだけ。
「啓君が、啓君じゃないみたい‥‥」
「‥‥こういう俺は、いやですか?」
 心配そうに顔を寄せる啓に、朱里はそっと微笑みかける。
「ううん‥‥‥‥どきどきするの」
 ほぅ、と胸に詰まっていた息を吐き出しながら。
 朱里が自分の発した言葉に照れて頬を赤らめると、啓は今にも泣き出しそうにくしゃくしゃの顔をして、彼女を強く抱きしめる。

 気がつけば、いつも君がそばにいた
 誰よりも大切な人になっていた 
 ねぇ、今何を考えてる?
 君も同じモノを見てる?

 どこからか、あの曲が流れてくる。まるでふたりの心を表現するかのように。

●完成
「承継先生、よかったよ」
 スタジオを出ようとした承継の肩を叩いたのは、このドラマの監督だった。
「自分が出した案とはいえ正直、新人さんばかりで不安だったんだけどさ。君が全体を見てまとめてくれたおかげで曲の統一感が出たし、役者さんもすんなり演技できたみたいだ」
「私は私の仕事をしたまで――いや、私も楽しめた。初々しさや純粋さは、私にはもう思い出す事も叶わないものだからな」
 承継の持つ台本には、何度も読み返された跡がある。それだけではない、撮影にはほとんど顔を出し、役者の演技を見つめていた。あくまでも引き立て役として、曲を作る。その姿勢が今回のドラマの完成度を高めた事に間違いはない。
「とにかく、僕は君が気に入った。また縁があればよろしく頼むよ」
 彼なりにランクの高い誉め言葉を告げて、監督は去っていった。