学生の本分アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 普通
報酬 0.5万円
参加人数 8人
サポート 2人
期間 12/15〜12/17

●本文

 葛原みちると水元良が共演するドラマの撮影も、そろそろ終盤に差し掛かろうとしていた。
「みちるちゃんの家族の写真、ですか‥‥?」
 楽屋で支度をしていた良はつい、聞き返してしまった。事務所の先輩である近藤零夜。彼がなぜ、みちるの家族が写った写真がほしいと言い出したのかが理解できなかったから。
 対して零夜は、優美な笑みをたたえて、頷いた。
「彼女を見ていて、どうしても気になってね。彼女が誰か俺の知人に似ている気がするんだ」
「はあ‥‥」
「勿論、彼女のような年齢の子が知人だってわけじゃなくてね。俺と同じか、俺よりも年上か‥‥つまり彼女の兄姉や両親が俺の知人である可能性が高いなって思ったのさ」
「彼女は一人っ子らしいですけど」
「ああ、それじゃあご両親かな?」
 この世界は上下関係に厳しい。良のように、相手に尊敬の念を抱いているのなら尚更、頼みという名の命令を断る事はできない。
 零夜の笑顔を前に、良は承諾するしかなかった。

 ◆

「ただいまー」
 ある日の夜、帰宅したみちるが玄関で靴を脱いでいると、リビングから談笑に混じって聞き覚えのない声が漏れ聞こえてきた。
 いや正確には、聞いた事があるのだと思う。どこか懐かしい‥‥以前、父に抱かれて空を飛ぶ夢を見た時のような懐かしさが胸の内から溢れてきて、彼女はスリッパを履く事も忘れて、リビングのドアを開けた。
「お帰り」
「お帰り、みちるちゃん」
 ソファに座っていた人達が一斉に振り向いて、彼女を出迎えた。みちるの養父・徹、養母・霞、そして‥‥
「洋子のおじさん!? どうしたの!?」
「‥‥うん、あのね、いつも言ってるんだけどその呼び方されると僕がまるで洋子の父親じゃないかのように聞こえるからね」
「っあ、それよりも声! さっきの声の主はっ!?」
 お帰りと言ってくれた両親どころか、親友である染谷洋子の父にもろくな挨拶を返さずに、みちるはテレビにかじりついた。背後で洋子の父が眼鏡を外して眉間を押さえているが気にしない。そんな心の余裕は残っていなかった。
『なんでカメラ回してるの?』
『徹君がね、キミの動きを研究したいんだってさ』
『待て。誰がいつそんな事を言った』
『へー、そうなんだぁ♪ 徹ってば、そんなに僕に負けるのが悔しいんだー♪』
『違う! 俺は自分の動きを研究したいだけだ!』
『それはついでで、本命は翔壱君の動きだろう?』
『うわー、どうしようどうしよう。僕、恥ずかしいなぁー♪』
『違うって言ってるだろうがぁっ!!』
 画面に映っているのは男性が2人と撮影者の、じゃれ合いだった。若い姿なので一瞬判別ができなかったが、容貌や口調と声から、一人は徹、一人は洋子の父であると知れた。では残る一人は‥‥恥ずかしいと言いつつ頬に手を添えるその青年は‥‥
『ほらほら、早く始めて。テープは無限じゃないんだよ』
『わかってるってー。僕のかっこいい姿、後で霧に見せるんだから撮り逃さないでよねっ』
 画面の中の雰囲気が一変する。ばさりと広がる茶の翼は野生の色。頬から離した手をひと振るいすれば、指先に構えるは翼から抜き取った数枚の羽。地を蹴って間合いを詰めようとする徹にその羽を投げつけたかと思うと、翼をはためかせ、高速ですれ違う。
 振り向きざまに、腰の捻りを利用した裏拳。しかしその思惑は相手も同じで、引き締まった一の腕と一の腕が、真っ向からぶつかった。
「いつ見ても無茶な戦い方しているよね、二人とも」
「うるせぇ」
 徹と洋子の父のやり取りに霞がくすくすと笑う。そこへようやく、みちるがゆっくりと振り向いた。
「‥‥この、人‥‥まさか‥‥」
 人差し指が画面を示している。徹は、ああ、と肯定した。
「お前の本当の父親、佐々峰翔壱だ」
 こくり。みちるの喉が鳴る。
「写真でしか見た事なかったんだろう? 動いている姿を見せてあげたいと思ってね。倉庫を探してみたら出てきたんだ」
 洋子の父が付け足して、8ミリのビデオテープを鞄から取り出した。
「結局その試合が長引いて、途中でビデオが切れてしまったんだ。霧さん‥‥お母さんの姿は、こちらのビデオに映っているよ」
「おじさん‥‥私に見せるためにわざわざ?」
 何とお礼を言っていいのかわからない。そんな表情のみちるに微笑で応え、洋子の父は更に続ける。
「このビデオと、今流れているビデオ。二つとも、みちるちゃんにプレゼントしよう。クリスマスも近い事だし」
「本当!?」
「うん、本当。ただし――はい徹。続きをどうぞ」
「今度の期末試験。俺の出す条件がクリアできたらな」
「え」
 その時みちるが固まったのは、比喩でも何でもない。
 微笑をたたえたまま紅茶をすする洋子の父。みちるの分として新たなカップに紅茶を注ぐ霞。火のついていない煙草をくわえながら見据えてくる徹。
「お前、二学期の期末は散々だっただろ」
「うっ‥‥」
「なんで散々だったかはわかる。――が、それとこれとは話が別でな」
 二学期の期末試験が行われた頃といえば、みちるが養女であると発覚した後のあたりだ。気持ちがまるきり別の方向に向いていたのだろう。赤点がひいふうみい‥‥いや、これ以上はみちるの名誉の為にも言うまい。
 葛原家の教育方針としてテストの点数が重視されているわけではないが、親としてある程度の学力は備えてほしいらしい。それだけでなく、『ラスト・ファンタズム』を継ぎ、翔壱の遺志を継ぐというのなら、せめて英語と世界史はどうにかしろ、というのが徹の言い分だ。旧『ラスト・ファンタズム』のメイン活動地はイギリスだった。新生『ラスト・ファンタズム』も同様にイギリスでの遺跡探索をしていくならば、どうしても英語と世界史(主としてイギリス史)は必要となってくるだろう。
「目の前に餌ぶら下げられてるんだ、やりやすいだろ?」
 ビデオを見やる徹に、みちるは様々な考えを巡らせる。もしかしてまた試されているのだろうか。チームを継ぐという心構えを。どんなに忙しくても他をおろそかにしないという宣言を。
「‥‥わかった。やってみせる」
 テレビ画面では丁度、翔壱が若き日の徹を叩きのめしたところだった。

●今回の参加者

 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa1718 緑川メグミ(24歳・♀・小鳥)
 fa2361 中松百合子(33歳・♀・アライグマ)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa3658 雨宮慶(12歳・♀・アライグマ)
 fa4135 高遠・聖(28歳・♂・鷹)
 fa4254 氷桜(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文


 皆が葛原邸にやってきたのは、15日の夕方だった。丁度帰宅直後だったようで、制服姿のみちるが出迎えてくれた。
「聞いたわよ。お父さんの姿、見つかったんだって?」
 笑顔で言ったのは緑川メグミ(fa1718)。けれどみちるは困ったような顔をした。
「いえ、姿自体は写真があるので知っていたんですけど」
「あらそうなの? まあそれでも、みちるちゃんにとっては、初めての宝探しよね。宝はお父さんのビデオ、課題は試験の成績。手伝うから頑張ってね。頑張ったら、私からもプレゼントあげるわ」
 ウインクするメグミには、なぜかどうしても勢いで負けるみちるだった。
「はじめまして、高校一年の雨宮慶(fa3658)です。これ、お土産です」
 「あれ、あなた小‥‥」と言いかけたみちるを遮って、「高校」の部分を強調しての挨拶と共に、慶はビニール袋をふたつ差し出した。覗かなくても見えているそれは、房ごとバナナ。
「5房あります」
「5房もか!?」
 DarkUnicorn(fa3622)ことヒノトはくわっと目を見開いた。一方、袋を受け取ったみちるは中身を注視し、それから呟いた。
「こんなにあるのは‥‥私が猿獣人だからですか?」
「え? あ、いえ、そんなつもりは‥‥というか、みちるさんが猿獣人だなんて知りませんでしたし」
 みちるの表情に影が差す。しかもその影はみちると同じ猿獣人であるゼフィリア(fa2648)にもちょっと伝染した。慶は慌てる慌てる。
「ほら、後がつかえてるぞ。進んでくれ。で、これは俺からのお土産」
 うまく場を促したのは高遠・聖(fa4135)。彼もまた、両手に大きなケーキの箱を下げていた。

 狭霧 雷(fa0510)とゼフィリアが共謀した為、葛原邸にはみちるの親友である東雲咲と染谷洋子も来ていた。咲の携帯番号を獲得済みの雷は、この手の行動はとにかく素早い。一人でやるよりは、という文句で誘われた咲と洋子だが、実のところはどうなのか。洋子は心配するのが失礼な程だし、咲も‥‥いや咲は一夜漬けの帝王であって、ある意味心配どころは尽きないのだが。
「すみません、先日は少々過保護すぎました。慣れない事はしない方がいいですね」
 台所で人数分の紅茶を淹れる傍ら、雷は小声で咲に謝罪した。咲はもう少しで折角のケーキを床に落とすところだった。
「いっ、いきなりしおらしい事言わないでくれるっ!? 調子狂うのよ!」
「でも私のせいで怪我をさせてしまいましたから」
「怪我はその場で治してもらったんだから平気よ!」
 ファミレスでバイトしているという咲は、トレイを腕にふたつずつ乗せて、逃げるようにリビングへ出て行った。

「‥‥一人一つ‥‥か?」
「当たり前だ。ボーナス出たからとはいえ、俺を破産させるつもりか」
 多くの甘味処から出禁をくらっている氷桜(fa4254)は、見るからに美味しそうな、但しその分値の張りそうなケーキを前につい本音を漏らしかけ、聖から苦笑いをもらう事になった。
「これを食べるとなると、夕食はカロリーを抑えたほうがいいかしら。お母様、献立について相談が」
 中松百合子(fa2361)が今回の合宿で担うのは、みちるの体調管理。みちるの母・霞と二人でチラシを見ながら、早速冷蔵庫内の確認を開始した。ああでもないこうでもないと、美容と健康、ついでに財布まで気にかけて、台所的戦いを繰り広げている。
「では食事その他についてはあちらにお任せするとして。私達は今日から3日間についての打ち合わせをしてしまいましょう」
「そうね、そういう話なら食べながら飲みながらでもできるわ。時間は惜しいものね」
「‥‥確認しておきたいのだが‥‥今回出された条件は、英語と世界史だけでよかっただろうか」
「‥‥ぇっ!? あ、はい、そうです!」
 急に話しかけられて、みちるは飛び上がった。なにせヒノトが持ってきた、山のような量の世界史解説漫画に心奪われていたのだから。
「他のはいいのか? せっかくのクリスマスを補習で潰すわけにはいかないだろう」
 勉強する意欲を持ってくれるならと小言は飲み込み、代わりの言葉を聖は述べた。そしてその言葉に、ゼフィリアがぱしんとテーブルを叩いた。
「それや!」
「え?」
「英語と世界史はこれからの活動に必要やから点数をとらせる。そやけど他の教科では、今回に関しては思う存分補修になればいいと徹さんは考えとるって事や」
「‥‥まさか」
 ゼフィリアと同じく訳知りのメグミが、心底嫌そうに眉を引きつらせる。
「徹さんは、みちるさんに『恋人と二人っきりのドキドキなクリスマス♪』を過ごさせる気はないんや!!」
 ざっぱーん。荒々しく波が岩を打つ冬の日本海を背負い、ゼフィリアはぶっちゃける。やりかねない、と徹を知る者は心中で思った。
「それは冗談としてもや。成績が落ちた原因が、彼氏が出来ていちゃいちゃしてばかりで色ボケしたからだーなんて言われなくてよかったなぁ。もしそうなら、今度も駄目なら付き合うのは禁止とか言われてたかもしれへんでぇ」
 それもやりかねない、とも徹を知る者はまた心中で思った。ゼフィリアもみちるの気分転換になればとからかっただけなのだが、口に出したらやはり彼女も徹ならやりかねないと思うようになってきて、額にうっすら冷や汗をかいている。
「‥‥マズイのではないか?」
「マズイですよね‥‥」
 こうしちゃいられない。試験の日程を確認し、簡単に教科ごとの予定を組み上げ、その頃には空になったカップと皿を片付け、勉強の態勢を整えた。
「夕食の材料を買い出しに行くわ。荷物持ちについてきてくれるかしら」
 比較的体力のありそうな雷と氷桜は、互いの情熱と能力を認め合った百合子と霞によって、近所のスーパーへと買い出しに連れ出されていったが。

●三日間の状況をダイジェストでどうぞ
「人の歴史は面白いわ」
 人数が多い為、勉強はそのままリビングで行われる。
「例えば基本的に歴史を語る時は父系の血筋で語られるけど、母系の血筋で見ればヨーロッパの王族は親戚だったり兄弟だったりするの。だから国家規模の兄弟喧嘩とかともいえるわね」
 この人の実家とこの人の母親の実家、同じ家なのよ? メグミはヒノトの世界史解説漫画をめくり、兄弟喧嘩を繰り広げる人達の絵を示した。
「一つの国の歴史を追うのも面白いわ。でもテスト問題を解くには、複数の国の関係を見ていく必要があるのよね。世界大戦なんてその際たるもの、各国の思惑を理解すれば全体の理解もしやすいと思うわよ」
 皆がため息をついた。メグミの教師ぶりに感嘆したからだ。
「やればできるんですね」
「どういう意味よ」
「いえ、深い意味はありませんよ」
 くえない笑顔をふりまいて、雷は英語の朗読を録音してあるディスクを取り出した。知り合い二人に協力してもらって作ったものだ。静かに立ち上がると、そのディスクを再生できる機材の在りかを、霞に尋ねに行った。
「その漫画を貸してやるから、繰り返し読む事じゃな。連続した絵、大きなフキダシ、重要な事柄、年代には大文字、赤文字でバッチリ表示され目に入りやすく、連続した物語を読む感覚で世界の流れを把握できるのじゃ。下手な参考書よりも、よっぽど参考になるのじゃ」
 世には世界史だけでなく様々な分野を漫画で解説する本が出回っている。漫画じゃからと馬鹿にする事なかれとはヒノトの言だが、実際に教科書よりも図説のほうが好きだという人も多いのではないだろうか。

「おー、やってるな。結構結構」
 徹が帰宅するのは夜もだいぶ更けた頃。リビングを占拠している一団にニヤリと笑いかけた。何か用かと顔を上げてみれば、噂のブツらしきテープをこれ見よがしにちらつかせている。
「負けないよお父さん! そのテープは絶対にもらうんだから!」
「手が止まってますよ、みちるさん」
 すかさず食いついたみちるの意識を、雷がノートに連れ戻す。
「だってこの問題難しくて‥‥」
「パズルだと思ってくれればいいですよ。特に数学の場合、ピースはそろっているはずですからね」
「そのピースが多すぎるとは思いません?」
 眉間に皺を寄せまくりのみちる。隣では咲が煙を噴出して突っ伏している。涼しい顔してすらすら解いているのは洋子だけだ。
「あの、ここの意味がわからないんですけど」
「‥‥単語の意味なら辞書を引いて確認するのが一番だ」
 慶は明日が最後という自身の試験について勉強しているのだが、そのうちの英語で詰まったようだ。身を乗り出して、氷桜に助言を請う。実年齢以上の見た目のせいでそうは見えないが大学生だという氷桜は、みちるの今までの英語の試験における誤回答をリストアップしていた。
「違います。どうやら構文が含まれているみたいなんですが、どこからどこまでがその構文なのかがわからなくて」
「‥‥ああ‥‥そういう事か。‥‥そうだな‥‥まずは意味の切れ目だと思うところに印をつけてみるといい‥‥こういう感じで」
「あ、なるほど。見やすいですね、こうすると」
 無表情なせいで第一印象はとっつきにくそうな氷桜だが、親身になって慶に教える姿からするとそうでもないらしい。

 ちなみに就寝時の居場所は‥‥みちる、咲、洋子がみちるの部屋。メグミ、百合子、ゼフィリア、ヒノト、慶が客間で雑魚寝。雷と氷桜がソファ。聖が床、もといカーペットの上。百合子とヒノトはソファを希望したものの、男性と一緒だなんて、と霞に怒られたのだった。
 そして二日目以降は男性陣が鼻をすする場面が多々見受けられたのもこの時期では少々仕方なく。

「英語が‥‥頭の中を英語がぐるぐる回ってる‥‥」
 朝ともなれば、夜通し延々と流された英文の朗読が脳内でリピートされ続ける咲は何かに呪われたような顔つきで箸を握り締め、半分寝ているみちるがゼフィリアと並んでもしゃもしゃとバナナを食べ、普通に支度を調え終わっている洋子が朝からパソコンをいじって何かのデータをまとめているメグミを後ろから覗き込んでいる。

 長時間の勉強には、集中力維持の為の休憩が不可欠。
「量は少なめにしてみたわ。ゆっくりしっかりと噛んで食べてね」
 その日の夜食はピリ辛の味噌煮込みうどん。デザートは脳の健全な運行の為の糖分補給としてのヨーグルト。
 厚手のニットカーディガンを羽織ったみちるは、時々熱さに顔をしかめながらも美味しそうに食べている。途中、眼鏡の曇った洋子に笑いがこみ上げてくるのもお約束。

「徹さん、上からの頼まれ事って済んだんか?」
「なんで中学生のお前が来てんのかと思ったら、それが聞きたかったのか」
「応援がしたかったのはほんまの事やけどな。で、どうなん?」
「やりにくい奴だな‥‥頼まれ事っつーか、半ば命令だなあれは。うるさく言われるから多少は動いたが、終わってなんかねぇよ。終わらせてたまるか」
「‥‥頼まれ事って何なんや?」
「お子様は知らなくていい。お前も学校あるんだろ、さっさと寝ろ。さっきからそこの壁の影で出るに出られなくなってるお前もな」
「あ、聖はん!? いつの間に」
「一宿一飯の恩って事で、忙しいらしいお父さんを手伝えないかなーって‥‥あはは、まさか見つかってたなんてね。それに今の様子だと、手伝わせてはくれなさそうだ」
「そやな。けどその態度が逆に、みちるはんが関係してるって言ってるようなもんや」
「ほんとにやりにくい奴だなお前は。‥‥みちるを友と思うなら、用心しとけ。あいつはいつ狙われてもおかしくないものを、いくつも抱えてるからな」
「彼氏の事か?」
「それもある。が、それだけじゃない。ほら、怪しまれないうちにとっとと布団にもどれ」

「飲み終わったら、15分の仮眠をとりましょうね」
 甘めのコーヒーを飲むみちるに、雷が言う。
「ふむ、この点数ならいけるじゃろう」
 小テストの採点を終えたヒノトは満足気だ。それは世界史のものだったが、氷桜の作成した英語の小テストもなかなかの結果だった。元がそんなに悪くないのだからさもありなん。集中して勉強する時間を確保できればどうにかなるものだ。
「じゃあ、少し早いけど私からみちるちゃんにプレゼント」
 メグミがDVDと瓶、ラッピングされた紙袋を差し出した。
「ポーションは怪我したら使ってね。DVDには武器の使い方や戦い方のデータが入ってるわ」
「ありがとうございます。こっちの袋は‥‥?」
 出てきたのは、赤いレースを基調にした下着。LUNAブランド。一瞬リビングの時間が止まる。みちるが反射的にそれを紙袋に戻した音で、また動き出した。
「みちるに何させる気よ!」
「あら、備えあれば憂いなしって本当の事よ?」
 メグミにくってかかる咲。だが咲をもっと激昂させたのは男性陣の反応だった。
「みちるさんなら白のほうが似合うと思いますが」
「俺もそう思う」
「‥‥だな」
 何が起こったかは言えないが、少なくとも救急箱は出動した。


「「筆記用具は?」」
「入れました!」
「「腕時計は? ハンカチは? ティッシュは?」」
「OKです!」
 百合子と霞のユニゾンから持ち物チェックを受け、最後にお弁当を手渡され、みちると咲と洋子は元気に家を飛び出していった。やるべき事はやったという自信が、笑顔となって表れていた。

 ――試験の結果が全教科判明したのは数日後の話だが。
 数学70点。生物64点。現代文96点。古文72点。英語88点。世界史85点。
 以上により、みちるは徹からの課題を見事クリアして、2本のテープを獲得したのだった。物が絡むと普段できない事でもできてしまうようで、今回の結果はみちるの学生史上、最もすばらしい結果として葛原家にいつまでも残されるのであった。