【神魂の一族】倒錯の想アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 8.2万円
参加人数 7人
サポート 0人
期間 01/15〜01/19

●本文

 神魂の一族の里。その広場。一族が一堂に集められ、長の言葉を今か今かと待っていた。
「皆に、伝えなければならない事があります」
 ようやく発された鈴のような声が、重く一族の上にのしかかる。
「わたし達は古き時代に神々と交わった者達の子孫であると、皆は存じていますね。勿論、役目も。わたし達は力を持たない者達の盾となり剣となり、魔物と戦う定めにあります。とてもつらい定めです。けれど皆はよくやってくれている、その事にまずは感謝します」
 線の細い少女である長が深々と頭を垂れれば、足元に溜まるほどの銀の髪が静かに揺れる。民はどよめいた。
「本題に入ります」
 一際澄んだ声が、そのどよめきを瞬時に静める。
「わたし達の祖先が神との交わりを選択したように、魔物との交わりを選択した者もいました。彼らの子孫はわたし達と同じく、額に紋様を持っている‥‥」
 長の瞳は閉じたままだ。それなのに一族の誰もが、包み込むような彼女の視線を感じている。
「わたし達は紋様により神の力を行使する事ができます。彼らもまた、紋様によって魔物の力を行使する事ができるのです。そして彼らはわたし達のように秩序があるわけでもなければ、道徳にのっとった行動をとるわけでもありません。彼らは己の欲に従い、己の欲するままに力を振るう――代々の長は、彼らを禍魂(まがたま)の一族と呼んできました。一族と呼ぶにはあまりにも自由奔放すぎる者達ですが、彼らにもまた、長と呼ぶべき者がいるのです」
 長の指が宙をなぞり、長の滑らかな額に紋様が浮かぶ。紋様の中央に亀裂が走り、瞼が開くように皮膚がめくれ、下からアイスブルーの瞳が現れた。
「思うままに破壊し、思い描くモノを創造する。禍々しき炎の力を持つ者‥‥っ!!」

「やあディエル。また研究に没頭かい」
 名を呼ばれ、紅の髪を持つ男が振り向いた。
「レイチャー。私に何か用事でもおありですか」
 純白のシャツに漆黒の上下、銀の杖を持つ手には白い手袋――額に紋様を光らせるディエル。彼を呼んだのは、白銀の髪をかき上げる彼と同年齢ほどの男だった。
 踵を鳴らしてディアに近寄ったレイチャーは、彼が呼ぶまでディエルが見ていたモノに視線を移した。
 中央部が抉れた巨大な樹。石造建築物の内部であるはずなのに広く根を張るその揺り篭に抱かれて眠るのは、自身の桃色の髪に埋もれた美しい女性。豊満な体は髪に遮られているが、無垢な造りの顔は丸見えであり、頬に走る一筋の傷跡も存在を主張している。
「あの傷を治す為にサレガに行ったんじゃなかったっけ」
「胸にもっとひどい傷を負いましたからね。得られた生命力も予定より少なくて、命を繋ぎ、傷口を塞ぐだけで精一杯でした」
 嘆息したディエルは、その場を離れようと上着の裾を翻した。
「彼女をほったらかしてどこ行くのさ。僕がもらっちゃうよ」
 悪戯っぽくレイチャーが言う。けれどディエルは背を向けたまま。
「ご自由に。言う事を聞かせる為に依存度を上げたものの、どうやら上げすぎたようでね。動かしやすくはありますが、余りにも短絡的過ぎます。私は私の役に立たないモノなど要りません」
 特に感情を含めない返答を残して、暗闇に消えていく。
 ディエルの姿が完全になくなったのを確認してから、レイチャーは改めて巨大樹を視界に入れ、跳躍力を生かして身軽に登っていく。目指すは揺り篭、そこで眠るモノ。
「ディエルにいじられただけあって、可愛い顔してるよね、ほんとに」
 揺り篭の淵に立った彼は、中を覗き込み篭内部に足を下ろした。眠る女の髪を一房手に取ると、もう片方の手から空気の刃を生み出し、瞬時に切り落としてしまった。
「やめ、て‥‥」
「あ、起きた?」
 レイチャーに馬乗りになられながら、女性が苦しそうに薄く目を開ける。
「やめて‥‥パパが、褒めてくれたのに‥‥」
「そっか。けど、シュティフタ。キミはパパに捨てられたんだよ」
「‥‥嘘‥‥パパが、あたしを捨てるはずは‥‥」
「役立たずは要らないってさ。だから僕がもらってあげる。まずはこの髪を切りそろえないとね。僕は短いほうが好みなんだ」
「嫌‥‥パパ、パパぁ‥‥」
「――うるさいな。キミは捨てられたんだって言っただろ」
 泣き出したシュティフタの顎は容赦ない力で掴まれ、上向かされる。強引な、奪うだけのくちづけ。体力の消耗激しいシュティフタには、口内に侵入してきた生温い舌に噛み付く以外、抗う術はなかった。
「へぇ、逆らうんだ。その体で」
 舌から流れる己の血すらも味わって、レイチャーの指が宙をなぞり、額が輝きだす。
 だが次には桃色の髪が大きくうねった。思うように動かない体の代わりに自身を支え、シュティフタを揺り篭の外へ放り投げた。
「あーあー」
 レイチャーはのんびりと体を起こし、首を鳴らす。彼女はもうどこにもいない。
「これからって時に逃げられちゃった。ディエルが甘やかしてきたせいだな。‥‥教育しなおさないとね、僕好みに。あははははっっ!!」
 楽しげな、それはもう楽しくて仕方ないという風の、笑い声。レイチャーの足元から、風が唸り渦を巻き、彼の体を空に浮かせた。

 ちゅ、ちゅっ、と夜のサレガに響くのは、吸血音。
 絶命してまだ間もない男が仰向けに倒れている。はだけた胸元。蕩けた表情の男の首筋に噛みつくシュティフタ。自分の着衣も乱れている事を忘れ、血液ごと男の生命力を吸い上げる。
「あたしが元気になれば、パパはまたあたしを撫でてくれる‥‥いい子だねって褒めてくれる‥‥パパ‥‥パパ‥‥」
 吸うものの無くなった亡骸を捨て、彼女は次の獲物を求めて彷徨う。

 ◆

 アニメ【神魂の一族】

 剣と魔法のオーソドックスな西洋ファンタジー。あまり目立つと魔物に狙われるのではないかという考えから、また、対魔物で精一杯であり他国と争うほどの余力はないため、幾つかの国家は存在しているものの、他国を占領して大きくなろうという元首はいない。武器防具や建築等、戦いに関する文化はある程度の水準があるが、全体的な文化レベルは低い。大陸間移動の出来る航海術もない(このため、和風テイストは基本的に無し)。

【神魂(みたま)の一族】
 古き時代に神々と交わった人間達の子孫。個々に持つ紋様を指で宙に描く事で、額にその紋様が発現する。発現と同時に、生まれ持っての力を使えるようになる。弱く力を持たない人間達のためにのみ力を振るう事を絶対の掟としており、逆に言えば、この一族の持つ力こそ人間達が魔物に対抗する唯一の手段でもある。
【シュティフタ】
 人間型の魔物。傷は塞がったように見えるが‥‥。己の回復を狙い、サレガにて人を襲う。
【ディエル】
 シュティフタが「パパ」と呼び慕う男。仮面は既に壊されている。禍魂の一族の長と呼ぶべき存在。今回は登場せず。
【レイチャー】
 禍魂の一族。感情が喜楽に偏っており、悪意なく命を弄べる。

●今回の参加者

 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa0182 青田ぱとす(32歳・♀・豚)
 fa0531 緋河 来栖(15歳・♀・猫)
 fa2738 (23歳・♀・猫)
 fa2832 ウォンサマー淳平(15歳・♂・猫)
 fa3090 辰巳 空(18歳・♂・竜)
 fa3786 藤井 和泉(23歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●製作開始前に
 声優として集まった者達から提出されたキャラクター案を見て、監督は熊のような髭面を何度も撫でた。
「こりゃあ、ちょっと調整かけたほうがいいかもな‥‥」
「支障ありますか?」
 0話の時から共に仕事をしているADが、テーブルにコーヒーカップを置きながら尋ねる。
「強いのはかまわないんだよ。前回でパワーアップしてるんだしね。けど‥‥」
 神魂の一族は神の血と力を引き継ぐ者達である。しかしだからといって、万能であるわけではない。血と魂によって引き継がれる故に、とても限定的なものだ。第一段階と第二段階での能力に繋がりを見出す事が難しければ、その点についての世界観が破綻しかねない為、調整をかけなければならない。文化レベルから鑑みてやはり作成が難しいと思われる武器防具についても同様だ。
「でも、事前に調整をかける場合もあるとは言ってありますから」
「能力の方向性としては面白いから、大幅な変更にはするつもりないがね。悩みどころさ」
 髭面の彼にできる事は、より良い作品を共に生み出せるよう、監督として采配を振るう事。それを彼らが受け入れてくれればいいのだが――

●【神魂の一族】第5話
 ロングコートがトレードマークの青年クロードが、頭痛を幾ばくかでも和らげようと、己のこめかみを指圧している。苦虫を噛み潰したような表情。その視線の先には一通の手紙‥‥そう、彼は手紙を読んでいて頭が痛くなったのだ。
「なあなあなあ、何て書いてあった? 師匠、俺の事書いてた?」
 その手紙を渡してくれたのが、逆立てた黒髪を横から突っ込んできた少年カミオンだ。袖のない作りの衣服は彼の肌を外気に晒し、おしゃべりで軽口を叩く彼は、まるでクロードとは逆。こんないちいち自分を苛々させる奴が一族のナンバー2であり長の実兄であるルベールの一番弟子だとは思いたくもないし、できれば関わりたくもない(頭が痛くなるから)――というのが、クロードの本音であったりする。
 だがルベールがそれを許してはくれない。
『不肖の弟子だが、力はある。うまく使えば役に立つだろう。経験の豊富なお前を見込んでの事だ、里の将来の為にも、場慣れさせてやってほしい。よろしく頼む』
 以上が手紙の内容である。うまく使えば‥‥のくだりからして、ルベールもカミオンの扱いには苦労しているのだと予測がつく。
「いいじゃんかー、教えてくれよ、手紙なんて減るもんでもなし」
「信頼は減るぞ」
 痛む頭を押さえながら、クロードはカミオンに手紙を突きつけた。カミオンは唇を尖らせて不平の意を表したが、クロードの目が極度に冷たくなっている事に気づき、即紋様発動、雷で手紙を炭にした。
 ――こんなやり取りをしている間にも、彼らの歩みは止まる事を知らない。太陽の下、街道を進み、向かうは独立都市サレガだ。
「あははは♪ クロードくんに冗談は通じないでしょ?」
 抗議の意を込めて紋様の発動を解除しないカミオンを、同じ年頃のクルスが笑い飛ばす。悪意があるわけではない。腰まである長く太い茶の三つ編みをぴょこぴょこ跳ねさせて、カミオンの周囲をうろついている。いつもは自分がクロードに怒られているものだから、別の人が怒られているのを見て気分爽快、の可能性がある。
 カミオンは、初めは赤くなって黙っていたものの、やはりずっと黙っていられる性分でもなく。奇声を上げたかと思うと、驚いて逃げるクルスを追いかけ回し始めた。
「何だかのどかねえ」
「‥‥そうですね。これから戦地に赴くというのに」
 追いかけっこを繰り広げる自分よりもやや年下の二人を眺めながら、赤いポニーテールを揺らして少女ミリアが呟き、隣を歩いていた剣士風の青年フレドリックが同意をする。
 彼らが向かっているサレガは、自治を守る商業都市として繁栄していたが、先日、魔物を連れた禍魂の一族の一人によって丸ごと消し飛ぶはずだった。そうはならなかったのは、事前に察知した長の命により、クロードやクルス、クロードの斜め後ろをとことこと歩くフェリオらが赴き、事なきを得たからだ。その折に崩れてしまった外壁などを修理しつつ、街の活気はとどまるところを知らない――はずだった。
 長は再び、サレガを襲う危機を感じ取った。故に彼らはこうして派遣されているというわけだ。
「んん〜‥‥」
「どうかしましたか、ミリアさん」
「‥‥私も、あれに混ざってみたいかな、って」
 落ち着きに乏しいミリアは、追いかけっこに魅力を感じていた。そわそわとして、しかも目がきらきらしている。フレドリックは暫し、そんな彼女を見下ろしていたが、やがて追いかけっこ二人組を示して尋ねた。
「ああなりたいんですか?」
 二人組は、冷たくも熱いクロードの握り拳によって、頭頂に大きなこぶを作られていた。痛そうだった。
「‥‥いえ‥‥やっぱり、戦いの前に浮わついていてはいけないわよね」
「そうですね」
 クルスなどは、ミリアにとっては実戦経験における先輩のはずなのだが、どうしてもそうは思えないのはなぜなのだろうか。
「何やってんだい、あんた達。そろそろ着くんだ、気を引き締めな!」
 自分達に暴力を振るったクロードに、カミオンとクルスは大声で抗議していた。その抗議よりも更に大きな声を腹の奥底から出して、ペイシェントは二人を黙らせた。二人はそれぞれ、大柄な中年女性であるペイシェントに片手で首根っこを掴み上げられていた。彼女は能力を使っているわけではない。純粋に肉体を鍛えた事による成果だ。彼女の体はどこも、筋肉が盛り上がって見える。
 問題児二人の情けない姿を見て一息ついたクロードは、ふと横を見た。フェリオがやや遠くに視線を投げて、立ち止まっている。だぶだぶのマントをつけているフェリオだが、その下はタンクトップと半ズボンにサンダルと、クルスほどではなくとも肌の露出が多い。露出部分にはどこも、鈍く輝く紋様が刺青のように広がっていて、彼の紋様が現在、第二段階発動中であるという事を表していた。
「‥‥淀んでいます」
 ぽつりと、フェリオは呟いた。
「サレガを包み込むように‥‥いえ、まとわりつくように。澄んだ闇とでも表現すればいいのでしょうか、そんなものに、サレガは蝕まれています‥‥」
 悲しそうに。苦々しげに。潤んだ黒目を細め、これから討伐すべき対象を感じ取る。
 そして様子がおかしい事を感じ取ったのは、もう一人、フレドリックも。
「‥‥誰かが、泣いている‥‥?」
 まだ紋様を発動しておらずとも、耳のいい彼。何かを察知したように思い、改めて耳を澄ましてみたが、今度は何も聞こえなかった。

 もう何人、殺られているのだろう。
 あんなに人通りが多く、店が立ち並び、賑やかで華やかだった街が。
「ここ‥‥同じ街? 本当にあのサレガなの‥‥?」
 自分の目に映るものを信じられないのはクルスだけではなかった。家に立てこもっているのだろう、人の姿は見えない。全ての店で雨戸が閉められている。笑い声や話し声が充満していた大通りも、今はただの空き地。魔物に狙われた街として、サレガは凄惨な姿に変貌していた。
「マジかよ‥‥何だよこれ。なんでこんな‥‥くそっ」
 信じられない故に生じた怒りを込めて、カミオンが足を踏み鳴らす。強すぎる感情をもてあまして、フェリオに敵の居場所を問いただした。
「この前と同じ、街の中心‥‥広場です。鐘塔と噴水のある、広場で‥‥魔物と‥‥もう一人‥‥」
「もう一人‥‥?」
「‥‥今、今まさに――」
 ――消えようとしている、命が。
 たまらず、誰もが駆け出した。この街に来た事のある者を先導に、全力で。ただ一人を除いて。
 残ったのは、力のおかげで他の者には見えないものを見てしまったフェリオ。思わず手で両目を覆ってしまった。力の質や命の質、その流れや灯火の強さすらも視えるようになってしまったのだ、若干12歳の少年には重過ぎる。もっと皆の役に立てる力が自分にも欲しいと願った。大きすぎる力は、時に己をも滅ぼすのだと、頭ではわかっていても。
「う‥‥」
 心にのしかかってくる重圧に体が悲鳴を上げて、膝をつく。
「立て!!」
 声が飛んできた。走りながらも振り向いて、皆が彼を呼んでいた。待ちはしない。手を差し伸べもしない。ただ、来い、と。
 いつも以上に潤んでいる目元を力任せに拭う。置いていかれたくないのなら、自分から行くしかないのだ。
 勢いをつけて顔を上げる。前へ。前へ。
 振り抜く腕には木の杖が。その先端の水晶球が、彼を後押しするように煌いていた。

 水の流れ続ける音。噴き上げ、落ちる、透明な水。落ちた水の溜まりに立って、一人の女性が桃色の髪を洗っている。
 噴水の隣では、血を吸われ、真白い肌が生々しい、男の死体がごろりと転がる。女性に誰何の問いすらする事なく、駆けつけた彼らは各々の紋様を発動させた。
「なぁに‥‥? 何しに来たの‥‥?」
 気配で女性が一行の存在に気づく。小首をかしげた彼女はとても可愛らしく、可憐だ。水に濡れて張り付く衣服が、彼女の体の凹凸をくっきりと浮かび上がらせて、妖艶な雰囲気を醸し出す。
「‥‥シュティフタ、お前を倒しに来た」
 クロードは愛用の短剣を鞘から抜いた。ぱきぱきと音を立て氷がそれを覆い、剣と成す。
 だが臆しもせずに、彼女はどこか疲れたような笑顔を浮かべた。
「ダメよぅ‥‥今、忙しいんだからぁ‥‥。パパに会うのに汚れたままじゃ行けないからぁ‥‥綺麗にしてる最中なのぉ‥‥。だからぁ、貴方達と遊ぶのはぁ、その後ねぇ‥‥?」
 桃色の髪に水がかかる。微かに甘い香りが漂ったように思われたが、血のにおいのほうが強かった。
「シュティフタって確かクロードさんといい雰囲気なんだっけ?」
 こそこそと、場にそぐわない質問をミリアがクルスに投げかける。
「そんなわけないじゃない。あの堅物が魔物と、だなんてありえないよ」
「え、違うの?」
「‥‥多分、だけどね」
 背中からブーメランを取り出しつつ、クルスはシュティフタと初めて遭遇した時の事を思い出していた。自分の魅力に大層自信を持っていて、まるでお姫様か何かのように我侭放題で、他者の痛みなどどうでもいいようだった。
 改めて、濡れる彼女を確認する。‥‥あまりにも儚い。吹けば飛びそうで、虚ろな眼差しは彼女にとって恐ろしいものを見て見ぬ振りをしているかの如く。
 ちらり。今度はクロードを確認する。彼は、叫んだ。
「カミオン!」
「OK、いくぜっ!」
 前傾姿勢で、また走り出す。カミオンが指先で宙をなぞり、額に紋様を発動させる。続けて両手を合わせ、離すと、手と手の間にはバチバチと火花を散らす、球体の雷が。
「雷撃、撃ち貫け!!」
 彼は迷わずその塊をシュティフタに撃ち込んだ。ショット。彼の技のひとつである。
 シュティフタは動きが素早く、自在に動く髪が厄介だと、彼は事前に聞いていた。だから即座に第二撃を準備した。それなのに、それを放つ直前、粉塵が薄れてシュティフタの様子が垣間見えると‥‥彼女は早くも血に染まっていた。
「え‥‥? 何か、おかしくねぇか‥‥?」
 ゆっくりとした動作で、彼女は己の髪を手に取った。桃色のはずが、朱色に汚れた髪。
 ぎり、と、歯噛みの音がするのをフレデリックの耳が捉えた。
「‥‥パパに怒られちゃうじゃない」
 一部が崩れた噴水から尚も動かず、代わりに彼女は髪を伸ばし、躊躇していたカミオンの首に巻きついた。締め付け、呼吸を妨害する桃色の鎖をどうにかはずそうとカミオンはもがく。話が違うと何度も頭の中で繰り返しながら。
 シュティフタは、怒っているというよりも、恐れているように見えて仕方ない。
(「何なんだよっ!?」)
 徐々に塗りつぶされていく思考が完全に白に染まるよりは早く。
「はああああああっ!!」
 ペイシェントが吼えた。彼女が腕を振るえば、地面より作り出した土くれの人形が同じ動きをする。ほぼ真横からその人形に殴られて、シュティフタの体が軽々と飛んだ。髪で繋がっていたカミオンの体も飛びかける。すかさずクルスのブーメランが弧を描き、カミオンを解放したものの、勢いづいていた彼の体はシュティフタほどではなくともやはり吹っ飛び、ペイシェントに受け止められる事となった。
 反撃が来ると予測し、構える者。反撃が来る前に追撃をと、構える者。
 どちらにも属さないカミオンはクロードに違和感の正体に対する答を求めたが、得られなかった。クロードもまた、違和感を抱いていたからだ。そして代わりに答に近づいてくれたのは、シュティフタの言葉を『理解』したフレドリックだった。
「‥‥あなたは‥‥泣いているのですか‥‥?」
 まさか。
 そう、誰よりも否定したのは、他ならぬシュティフタ自身だった。
「パパは笑ってるアタシが可愛いって言ってくれたのよぅ? もっともっと可愛いって言ってもらえるようにぃ、アタシは笑わなきゃいけないんだからぁ!」
「‥‥っ!? そんな!」
 ミリアがぶつけてきた鉄球をシュティフタは全身を使って受け止める。棘付の鉄球だ。衝撃は軽くはないはずなのに、彼女はにんまりと唇を笑みの形に整えてから、ミリア本人に向けて投げ返した。ミリアも怪力を利用し、鎖を利用して受け止めたものの、手が痺れてすぐに動く事はできなかった。
「どうして邪魔するのぉ‥‥? アタシはぁ、パパに会いたいだけなのにぃ‥‥パパにいい子だって言ってもらいたいだけなのにぃ‥‥。どうしてぇ‥‥? どうして貴方達はアタシの邪魔するのおおぉぉぉっ!!」
 桃色の波がうねる。四方八方へ、シュティフタから溢れ出した感情を速度に変えて。
 毛先は鋭さを伴い、まるで槍のように周囲を遅い、建物を貫き、彼女を倒そうとする者達をも貫こうとする。けれどその速度は、対処できないレベルのものではなかった。以前に戦った事のある者ならわかる、あの時よりも彼女の力が落ちている、と。
「貴方達のせいでぇっ、アタシは笑えないのぉっ! だからパパがアタシを誉めてくれないのよぉっ! パパに会えなくなっちゃったらぁっ! 貴方達のせいなんだからぁっっ!」
 クルスの能力でふわふわと浮かぶシュティフタ。もがいてもその場から動けず、髪と口だけが彼女の意思に従っている。フレドリックは自身もクルスの能力で浮かびながら、こちらは次々と迫り来る髪を剣で切り裂き、思うがままに突き進んでいく。切り裂く音はすれど、その音が発生する地点は彼に操作され、本来の場所とはずれている。シュティフタの目が音のする方を向き、次に不思議そうな唇を少し動かす。
 フレドリックはシュティフタの背中に斬りつけた。
「うぐっ‥‥」
 避けもせず、――いや避けられず、彼女は落ちた。地面に這い蹲ってから、がくがくと震える四肢を踏ん張って、上半身を起こす。起こしたら、今度はペイシェントとペイシェントの人形とに左右から蹴り飛ばされた。
 噴水の淵にぶつかって、うなだれて。だらりと垂れた手足。それでもシュティフタの唇は止まらない。
「パパぁ‥‥パパぁ‥‥どこにいるのぉ‥‥パパぁ‥‥アタシ、頑張るからぁ‥‥パパの言う事きくからぁ‥‥」
「もう‥‥もうやめようよ‥‥何でそこまでするの‥‥」
 クルスは流れてきた涙を拭うと、戦いを続けようとするシュティフタを止める為、彼女の動きを封じる。
 哀れな彼女の姿に、ミリアとフレドリックは攻撃続行を躊躇する。カミオンは混乱したままクロードの腕を掴んで揺さぶるも、クロードも戸惑いを隠せずにいる。
 戦う力のない自分はどうすればいいのか。フェリオが、シュティフタを突き動かすものの正体を多少なりとも察する事はできないかと両目をみはった時。
 さほど高い位置には浮いていなかったシュティフタは、鳩尾にペイシェントの拳を差し込まれて、数種の体液を吐き出しながら、地に叩きつけられた。
「人を餌としか見ない肉食獣に何を思う?」
 呆然とする仲間達に、ペイシェントは背中を向けたまま、落ち着き払った声を発した。
「害なら排除する。それはあたしらだけじゃなく、ニンゲンの生き方だろう?」
 シュティフタは魔物。魔物は人間の敵。人間の敵は神魂の一族の敵。故に神魂の一族は魔物を倒す。故に彼らはシュティフタを倒さなければならない。掲げた拳を振り下ろさず止める事に、何の意味がある?
 ペイシェントは己の属する神魂の一族の役割に忠実だ。彼女の行動を鏡の如く映しとる土くれの人形が、彼女と同じように、シュティフタへとどめをさそうと、頭部を破壊しようと、容赦など微塵もなく、鍛え抜かれた拳を、勢いに乗せた。
「待ってくれ!!」
 叫んだのはクロードだった。拳はぴたりと止まった。ペイシェントが肩越しに睨みつけ、クロードに理由を問うた。
「‥‥シュティフタがパパと呼んでいる男こそ、長の言っていた禍魂の一族だ。その男の情報が欲しい」
「そうかい」
 特に変わらない語調で返事をすると、ペイシェントは了解の証として一歩引いた。
 クロードがコートを翻す。逡巡したが探検は鞘に収めず携えたまま、シュティフタの隣にしゃがみこむ。
「シュティフタ、聞きたい事がある」
 ぼんやりと空を見上げていた瞳が、クロードに向けられた。
「お前のパパ‥‥この前、お前と一緒にいた奇術師。あいつが禍魂の一族の長なのか」
「パパ‥‥‥‥パパ、パパ、パパぁ‥‥っ」
 そして、一瞬でシュティフタの顔がくしゃくしゃになった。泣きじゃくる様は幼子そのもので、クロードは思わずうろたえてしまう。照れくさいのと恥ずかしいのとで頬を朱に染めつつ、ローブの袖で顔を綺麗にしてやりながら、苦し紛れに質問を続ける。
「何なんだ、さっきから! 奇術師と仲間割れでもしたのか!?」
「‥‥パパが‥‥パパが‥‥アタシを、捨てたんだ、って‥‥役に立たない子はいらないんだ、って‥‥ア、アタシがっ、ケガばっかりで、パパの、お手伝いっ、できなくて、足、ひっ‥‥引っ張ってる、からぁっ‥‥」
「捨てた、って――だから泣くな! 泣くより先に話せ!」
 あんなに仲がよさそうに見えたのに。
 目の前で泣かれて気が動転しているクロードは気づいていないが、少し離れた所に立つクルスには、思い至る節があった。
 一方的。そう、一方的だった。シュティフタは、あの奇術師の背中を、一方的に追っていた。奇術師は、追いかけてくるシュティフタを、言葉巧みに自分の盾としていた。シュティフタの気持ちを利用して――いや、もしかしたら。
「気持ちさえ、思いのままに‥‥?」
 あの男は奇術師だから、もしかしたらそれすらも可能なのかもしれない。
 だとしたら。あまりにも、報われない。
「‥‥っ!」
 こみ上げてくる嗚咽を、クルスは両手で口を塞いで押しとどめた。
 その後方で。フェリオが一際大きな力の襲来を感じ取っていた。
「クロード様、気をつけて!!」
「風の音が変わりました‥‥何か禍々しいものが来ます!」
 フレドリックも、ほぼ同時に。
 各自が周囲を見渡したが、誰もいない。それともまだ距離があるのかと、もう一度見渡そうとした時の事だった。
「いけないなぁ、僕以外の男になつくなんて」
 クロードの傍らに倒れていたはずのシュティフタは、上空に連れ去られていた。
 連れ去ったのは風を纏った男。
「レ‥‥レイチャー‥‥」
「キミは僕がもらったんだ。キミはもう僕のものなんだよ? 僕の事だけを気にして、僕にだけ従えばいいものを。――キミを捨てた奴なんかをいつまでも追いかけてたって、仕方ないのにねえ」
 白銀の髪をたなびかせ、レイチャーと呼ばれたその男はシュティフタの胸倉を掴んでいる。彼女の、だいぶ血の色のなくなった手足も、風にあおられて揺れる。
「ああ、でも‥‥」
 頭のてっぺんから足の先まで。シュティフタの体を余すところなく点検すると、レイチャーはことんと首を傾げ、わずかに思考した風だった。
「こんなに傷だらけなっちゃったんだなぁ‥‥ディエルに頭下げて治してもらうのも癪だし、僕ももう、」
 ざしゅり。
「いーらないっと」
 シュティフタの胸を、額に紋様を輝かせたレイチャーの右腕が、肘ほどまでずっぽりと、貫いていて。彼が刺した時と同じくらいに素早く腕を引き抜くと。シュティフタは崩れ落ちて、転がって、今度こそ、動かなくなった。
 衝撃的な光景に、暫し我を忘れるほどで。
「あなたも‥‥壊れて捨てられたんですね‥‥」
 その中で一人。目を細めたフレドリックが、消え入るような声で、ぽつりと呟いた。

「あーあ。手、汚れちゃった」
 レイチャーは噴水での水でシュティフタの血を洗い落としている。痛いほどの静寂の中で、パシャパシャという水音がやけに響く。
 凍ったように体の固くなったクロードの耳には、しかし、己の心臓が早く強く脈打つ音だけが届いていた。
「ん? あれ、何その目。‥‥怒ってるの? どうして? 僕が言うのも何だけどさ、シュティフタはキミ達の敵だったわけでしょ。それが死んで、どうして怒るのさ。どうせあのままほっとけばそのうち死んでたじゃない」
「ひどい‥‥ひどいよ! 女の子の気持ちを弄んで、あんた達って、ホントさいって〜ぃ!」
 怒り心頭に達したクルスのブーメランが、ぐるぐる回転しながらレイチャーに飛んでいく。それをレイチャーは、直接触れる事はせず、風の壁ですんなりと弾き落としてしまった。
「ガツンと一撃食らわせてあげるわ!」
 続けて、ミリアの鉄球が飛んでいく。彼女の怪力が操る鎖で上下左右に舞う鉄球。レイチャーもまた、踊るようにすいすい回避した。
「‥‥っ!? 早くて当たんない!?」
「なるほど、要するにシュティフタの感情に引きずられたって事か。僕には起こりえない現象だ」
 腕を一振り、それだけで無数の風の刃が降ってくる。大柄な武器では対処が難しい攻撃を、音を聞いて正確な位置を判断しながらフレドリックが片っ端から斬って落としていく。できた空間を縫って、ペイシェントが浮遊の能力を受けて宙を駆け上がる。肉薄。レイチャーは斜め後ろに反り返ってかわすと、ペイシェントの背中に肘を打ち込んだ。落ちるペイシェント。カミオンもショットを撃って本体を牽制しようとするが、腕のもう一振りで風の刃によって相殺されてしまう。
「くそっ‥‥!」
 風が鳴る。豪速で押し寄せてくる風の壁。押しつぶされるか、という時に。数倍の大きさになった土くれの人形がそれを防ぎ、同時に元の土に戻った。
「あたしの隠し玉さ! 盾くらいにはなるぜ!」
「ふーん。愚かだね、神魂は」
 レイチャーが至極普通に話す間にも、風の壁は何度も押し寄せる。その度に、腰まで地中に埋まったペイシェントが人形を作っては壊される。
「自分以外を案じてどうなる? 力があるのに、上位に在るのに、どうして下位に在るものを慮らなきゃならないのさ」
 レイチャーの背後を取ったのはミリア。今度こそと鎖を握り締め‥‥気づけば地面に押し付けられていた。首が絞まる。レイチャーが絞めている。
「‥‥ぐっ‥‥」
「キミ、結構可愛いね。どう、僕のところに来ない? あ、でもこんな無粋な物は置いていこうね」
 無邪気な笑顔の後に、ミリアの掠れた悲鳴が響き渡った。風の刃が彼女の手にめり込んでいた。
「その手を離しなさいよ!」
 ぐん、とレイチャーの背中に見えない力が重くのしかかる。どんどん重くなるその力に、ミリアの首を絞め続ける余裕はなくなっていく。今が好機とフレドリックが聞きがたい音を鳴らす。レイチャーの耳に直接響く、体を震え上がらせるほどの音を。
 確かに足止めにはなった。だが彼の神経を逆撫でした。滅多に怒の感情を抱く事のないレイチャーが、目を血走らせ、四肢の先端にまで紋様を行き渡らせる。
「そんなに死にたいんなら、殺してあげるさ!」
 両手に一つずつ竜巻を携え、暴風に乗って。己自身を風の刃と為して。接近。両手を交差。のちに振り払うようにして竜巻を投げつける。命中すればひとたまりもないだろう。
 結論を述べるなら、命中はした。
 ただし、解き放たれた凍気の刃に。
「迷いは捨てた。あとはお前を倒すだけだっ」
 風すら氷塊と化すその刃で、今度はレイチャー本体を凍らせようとするクロード。太刀筋は何度も標的を掠めるが、レイチャーの動きは更に素早くなっていて、髪の先に氷の粒を纏わせる程度にしかならない。
「あは、あははは、あははははははははっ! 倒せるもんか! 神魂なんかに僕を倒せるはず――」
「その笑い声、すっげームカツク」
 無為だと思われたクロードの攻撃の間には。
 自らの勝利を確信して疑わないレイチャーのこめかみに、全身を雷で武装したカミオンの照準が定められていた。黒手袋のはめられた右手に雷を収束させて。
「俺、師匠から力の制御が下手って言われてんだ。けど今だけは制御する気も起きねぇ‥‥塵にしてやるよ!!」
 レイチャーは体を捻った。足が動かないのだ。見れば、氷に囚われていた。
 一気に膨れ上がった雷は、竜巻や風の刃すらも飲み込んで、カミオンの宣言どおりにレイチャーを塵と化した。

 サレガの周囲には平原が広がっている。心安らげる風景。点在する花畑の一つに、クロードはシュティフタの亡骸をおろした。
「馬鹿げてるよ」
 吐き捨てる、とも形容できるくらいの語調で、ペイシェントが感想を述べる。
「ああ‥‥多くの人を殺した魔物だ。神魂の一族としてこの行為は間違っているんだと、思う」
 答えながらもクロードは、花畑の端のほうから一輪、摘んで、組ませたシュティフタの手に添える。白く、小さな花。彼女を象徴する、鈴蘭の花。
「だけどそれでも‥‥上手くは言えないがこうすべきだと思った‥‥それだけだ」
 あたりには甘い香りが漂い、彼らを柔らかく包み込んでいる。
「うん‥‥あたしも、弔ってあげたい‥‥。なんでかは、わからないけど‥‥」
「少なくとも、最期の彼女は‥‥とても、純粋でした」
 俯くクルス。フェリオは瞼を閉じて、一足先に黙祷を始める。
「ごめんなさいね、痛くして‥‥」
 目立つ傷跡に包帯を巻いてあげていたミリアが下がると、代わりにカミオンが進み出る。
「‥‥いくぜ」
 額で光る、神魂の一族の紋様。突き出した掌にカミオンは意識を集中し、生じた火花を立て続けにシュティフタへぶつけた。さほど経たないうちに、彼女の衣類に火がついた。火は確実に彼女の全身を覆っていく。整った顔立ちも。桃色の髪も。――手に添えた鈴蘭も。
 白い煙が、天に昇っていく。甘い香りは、なぜかますます強くなっているように感じる。
「あとどの位、悲しみの歌を歌えば‥‥いいのでしょうね」
 煙と、空を見上げながら。
 フレドリックの言葉は、皆の胸に重く響いた。

●CAST
ミリア:日下部・彩(fa0117)
ペイシェント:青田ぱとす(fa0182)
クルス:緋河 来栖(fa0531)
フェリオ:晨(fa2738)
カミオン:ウォンサマー淳平(fa2832)
フレドリック:辰巳 空(fa3090)
クロード:藤井 和泉(fa3786)