モラトリアムver.2アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/04〜04/08

●本文

 それは、お涙ちょうだいストーリーを好む日本人に対し、一定期間ワイドショーを賑わせるくらいには衝撃を与えた。――若くして実力派の女優とされている葛原みちるの、隠されていた生い立ちについてである。
 通っていた高校の卒業式への出席後にそのまま記者会見をおこなった事もあって、それの公開は、彼女なりの子供時代からの脱却なのだろうと評された。
 不慮の事故で両親を喪い、母親の妹夫婦に引き取られた。今は進学しない事を決め、母親が若き日に志半ばで諦めた女優の道をひた走ろうとしている。そんな「可哀想」な生い立ちを抜きにしても、惜しまれながらつい先日終了した彼女の出演していたドラマからして、彼女がこの道に向いているのは明らかだった。

 さすがはワイドショーである。どれだけの時間を倉庫探索に費やしたのか、スタジオ中央に設置されているモニターにはみちるのアップの静止映像の隣に、彼女の母親、霧の女優時代の姿が映し出されている。無名だった霧を探し出すのはずいぶん手間だったろうに、コメンテーターは本当にそっくりですね、と適当な感想を述べるだけだった。
「お隣の奥さんに妙な感心をされちゃったわ。てっきりあなたの娘さんだと思っていたのに、って」
 ソファにもたれたまま、みちるの義母である霞が、片手を頬に添えながら言った。
「お母さん達もそっくりだからね」
 ガラスのコップに麦茶を注ぎつつ、みちるは応えた。新しいドラマの撮影は始まっているのだが、どちらかというと先日のドラマのようなメインの役ではないので、高校を修了した事もあり、比較的落ち着いた日々を過ごしている。
 霧とみちるがそっくりで、霧と霞もそっくりで、つまりはみちると霞もそっくりだ。だから、これまで誰も‥‥少し前まではみちる自身でさえも、みちるが養女である事には気づかなかったのだ。
「そういえば、咲ちゃんと洋子ちゃんの引越しっていつだったかしら」
「二人の前に住んでる人の都合で、月末ぎりぎりなんだってさ。‥‥いいなぁ、私も混ぜてほしいよ」
 みちるの親友である咲と洋子は、同じ専門学校の違うコースに見事合格した。四月からはその学校に通ってスタイリストとメイクアップアーティストを目指すわけだが、自宅通学では少々時間がかかりすぎるという事で、近くに部屋を借りて二人一緒の生活を始める。三人は幼馴染でもあるし、みちるがその生活に混ざりたいと思うのも不思議ではない。
「ダメよ」
 けれど、霞は冷静に、みちるの想いを却下した。
「この前も脅迫されてたっていうじゃないの。あなたとあの子達だけの時、また何かあったら‥‥。それに芸能界は時間が不規則だから、あの子達の勉強の妨げになってしまうわよ」
「うん、わかってる。わかってるよ、お母さん‥‥」
 霞の言葉は正論である。
 みちるを脅迫していた近藤零夜は、テレビ局の廊下ですれ違ってもなぜか普通に挨拶してくる。彼に従っていた水元良はどこかよそよそしいような感じもしたが、その感じも「なんとなくそう思う」くらいのものでしかない。脅迫材料だった生い立ちを公表してしまったから、次の手を考えているのだろうか。そもそも零夜が何を目的としてみちるを脅迫したのかがわからないので、彼の次の動向を予測できないでいる。
 わざわざ狙われやすくなるような状況を作るわけにはいかない。

 ところが、荷物の整理に飽きたと葛原家にやってきた咲は、みちるの心配を無に帰すようにあっけらかんと言ってのけた。
「引越しの片づけが済んだら、学校が始まるまでは時間が空くわけよ。だからあのキャンプ場に行こうよ。みちるのお父さんとお母さんが寝てる所。それでさ、プロモ撮るの、みちるの。衣装はあたし、メイクは洋子が担当してさ。タイトルは『18歳、子供以上大人未満』」
 もしかすると咲なりの気遣いなのかもしれないが――
「そのタイトル‥‥なんか、アヤシイよ」
「え? そう?」
 ネーミングセンスの悪さは素のようだ。

●今回の参加者

 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa2614 鶸・檜皮(36歳・♂・鷹)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa4135 高遠・聖(28歳・♂・鷹)
 fa4643 夕波綾佳(20歳・♀・犬)

●リプレイ本文


「ええ、はい。‥‥では失礼します」
 コテージの台所で電話先の相手に礼をして、狭霧 雷(fa0510)は携帯での通話を終わらせた。それから、栄養を考えて野菜中心に揃えてきた食材の整理にとりかかる。すると、電話が終わるのを待っていたのだろう、鷹見 仁(fa0911)がタイミングよく顔をのぞかせた。
「誰に電話してたんだ?」
「仁さんの想像通りですよ。みちるさんのマネージャーに電話していました」
 言いながら、雷は仁にキャベツを手渡した。
「あの会見のおかげか、今のところは大きな動きはないようですが‥‥」
「逆に動きがないのが気にかかる、か?」
 仁はよい野菜の見分け方に自信があるわけではないが、持たされたキャベツは見た目と重さから、よいキャベツであるように思われた。さすがというか、些細なところにも雷は気を配っている。
「あれだけの事をしておいて、簡単に引き下がるとは思えませんから。とはいえあちらを刺激しないよう、こちらも出来うる限り目立たないようにしないといけませんね」
「そうだな‥‥探るしかないか。あくまでも目立たないように」
 窓から外の様子をうかがうと、大きな荷物を担いだ九条・運(fa0378)を先頭に、皆が林に向かっていた。車から降ろしたのだろう、運は腰に刀を差している。賑やかな彼の性格を考えると自分達も行ったほうがよさそうだと判断して、雷と仁は野菜整理の速度を上げる。
「そういえばお前、なんでこの前の事を知ってるんだ?」
「妹から聞きました」
 にっこりといつもの笑顔を浮かべた雷だった。

 先に林に向かった者達は、運以外、皆あんぐりと口を開けて固まっていた。運が担いでいた大きな荷物はなんと、丸々一頭分のラム肉、しかも骨つきで子羊の形状がそのまま残っている状態の物だった。
 12人もいるのだから、それだけの量の肉を提供してくれるのは喜ばしい。だが枝肉の状態で持ってきたのには別の理由があった。
「俺の刀を貸してやる。今の実力を見せてもらおうか!」
 木の枝に肉を吊るし、その下にビニールシートを敷いた後で、運はみちるに刀を突きつけた。
「葛原みちる18歳子供以上大人未満よ!」
「え? あ、はい」
「刃筋が通ってなかったり、太刀筋が甘かったり、迷いが有ったり、覚悟が足らなかったら失敗し、結構痛い思いをする事になるので存分に覚悟を決めてやってくれ! ちなみに俺は13の時に挑戦して失敗し自分の足斬っちまったがな!」
 つまりはラム肉を敵に見立て、真剣を振るってみろというのだ。すかさず徹の拳が飛んできた。
「痛いじゃないか親父さん!」
「危ないだろうが、どう考えてもっ」
 骨とは硬いものである。肉も場合によっては分厚い壁と同じ。それらを斬ってみろと言うのは容易いが、力の入れ具合などで下手をすれば幼い頃の運がそうだったように斬った側が傷つく可能性もある。みちるは女優だ、怪我は大敵である。それ以前に、娘が怪我する可能性を示唆されて黙っていられる徹でもない。
 それともうひとつ。みちるが剣を振るうような事情を知らない鶸・檜皮(fa2614)と夕波綾佳(fa4643)は、先程からずっと不思議そうな顔をしている。
「もう少しばかり時と場合を考えろっ。大体お前はいつも物持ちすぎだ、何だそのぬいぐるみ!」
「後半関係ないだろそれ! それにもし本当に怪我した時はポーションを贈呈するし!」
「そういう問題じゃないっ」
 白熱する二人と、二人の言い争いを止めようとしつつも割り込めないみちる。そしてそんなみちるの手から咲が刀をもぎ取ったかと思うと、さっさと鞘を放り出して肉に斬りつけた。
「おー、本物だ」
 はがれてシートの上に落ちた肉の切れ端を見て、咲は感嘆を漏らす。
「ダメよ。調理しやすいように切らないと」
「OK、まかせて」
 どこかずれている気がしないでもない洋子の忠告に従って、咲に振るわれる刀は薄く食べやすいサイズの肉片を次々と作り出していく。
 この雰囲気に慣れたゼフィリア(fa2648)は傍観を決め込んでいたが、スモーキー巻(fa3211)はそうでもなかった。
「今日使う分だけ切ったら終わりにしよう。明日の分は明日に切ったほうが新鮮さが保たれると思うし」
 もはや実力の確認だとか腕試しだとかの目的はどこかへ消え去っている。スモーキーの意見は、肉を本当にただの食材としてしか見ていない。
 パシャ、とシャッターを切る音がしてフラッシュが光る。高遠・聖(fa4135)だ。この混沌具合もこのメンバーの味なので写真を撮ったのだが、間違いなく表には出せないと感じていた。
「‥‥なんなんだ、この状況」
「えーと‥‥お皿持ってきたほうがいいですかね」
 やってきた仁と雷が顔を引きつらせる。見ての通りだ、と聖は肩をすくめた。
「でも皆、楽しそうだよ」
 女優ではない、素の葛原みちるがそこにいる。みちるだけではない。誰もが仕事ではなく好意で集まった。素の表情を引き出すのは難易度が高いのだが、これなら比較的容易に目的の映像を撮り終える事が出来るだろう。


 林のもっと奥には、みちるの実の両親の墓がある。墓といっても、小さな土山に木の板が刺さっているだけで、下に何が埋まっているわけでもない。それでもそこに墓と呼べるものがある事が重要なのだ。
「あ、お花忘れちゃった‥‥」
「これ使ってや」
 いざ墓へという段階になって手向けの花を忘れた事に気づいたみちるの前に、ゼフィリアが花束を差し出した。
「ありがとう‥‥綺麗な花だね。二人も喜んでくれると思う」
 実は既にプロモーションビデオ撮影用のカメラは回っている。近すぎず遠すぎない距離から撮影する檜皮の側には、アルミホイルで作った即席レフ板を持つ聖の姿もある。
「どうですか、監督さん」
 少しでも映りがよくなるように物の配置を調整していたスモーキーは、それを終えると今回の監督を務める仁に話しかけた。
「花も似合うよな、みちるには」
「そういう事じゃなくて」
「わかってるさ。‥‥他人に見せても困らない、恥ずかしくないモノにしないととは思ってる。個人的な想い出の映像とはいえ、今の時代、何かの手違いで流出しないとも限らないし」
「女優葛原みちるのイメージの為に?」
「かな。折角だから、ハプニングを装って咲や洋子も映像に入れてしまうのもいいかもしれないな」
 歩き出したみちる達に続き、彼らも歩き始める。すると一旦カメラを止めた檜皮が話しかけてきた。
「みちると監督が二人一緒に映っている画を撮りたいんだが‥‥。ああ、隠さなくてもいい。カメラマンの目は、そう簡単に誤魔化せるものではない‥‥」
 あてずっぽうだったのかもしれないが、仁を急に咳き込ませるだけの威力はある発言だった。
「あー‥‥主観だが、俺と一緒にいる時のみちるは可愛いと思っている」
 喉を何とか落ち着かせてから、間に咳払いひとつを挟んで、仁はぼそりと呟いた。元からそういう映像も撮る気でいたようだ。
「やはりな‥‥」
「顔が赤いよ?」
 こうして檜皮とスモーキーは青少年をからかいながら墓へ向かうのだった。


 夕食時。まだまだカメラは回る。食事する為に檜皮と聖の交代制となっているが。
「改めて、三人とも卒業おめでとう」
 スモーキーがみちる達三人にプレゼントした小さな包みは、最近人気のガーゼハンカチである。赤ん坊の世話に使うのが主目的だが、その肌触りと吸水性から、大人にも愛用者は多い。小花の散ったデザインも女性らしく、各自のこれからの生活に必ずや役立つだろう。
「じゃあ俺からも。卒業と、二人は進学もだな。おめでとう」
 聖が渡したのは長方形の小箱。名前入りの万年筆だ。みちる達は初めての万年筆に否が応でも胸が高鳴る。
「使う機会はあんまり無いかも知れんが、1本ぐらいは持っていて損はないからな」
 本人達の礼の後に、徹が続けて保護者としての礼を述べる。大人同士の会話が交わされるが、そこに混ざれないという時点でみちる達はまだ大人ではないという事だ。
「あの、私はナレーションをやらせてもらうつもりなのですが‥‥登場するのはみちるさんだけですか?」
 軽く手を挙げて問いかけてきた綾佳に、咲と洋子は頷いたのだが、その隣でみちるは首を左右に振った。
「あたし達が映る必要はないじゃない。みちるのプロモなんだし」
「でも私達の思い出だよ? 私だけじゃなくて、咲と洋子の今の姿も残しておきたいって思う」
「うーん‥‥わたしは表に出るタイプではないのだけれど」
 三人の意見が異なるので綾香は困ってしまう。そしてそんな彼女を見かねてか、それとも話を切り出す好機だととったのか。雷が咲を呼んだ。いつぞやのリベンジマッチのようだ。
「ここ最近、何かと物騒ですし‥‥何より、あんな形で負けたままではね」
 笑顔の向こうに黒いものが見えた気もするが、気のせいかもしれない。冷や汗を垂らす咲をよそに、雷は徹に審判とアドバイスを求めている。更には、徹と咲の意識が逸れているのをいい事に、仁がみちるの肩を指先でつついた。

「俺も後でまぜてくれよー」
 英気を養うと言っていた運。しかし目の前で本気の戦いが繰り広げられれば、体の至る所がうずうずしてくるのは仕方ない。
「スカートなんかで油断するほうが悪いのよ!」
「咲さんは今ひとつ女性らしさが足りないと思いますがね!」
 戦う技術だけで見ると、雷より咲の方がひとつ上だ。ただし――
「咲は突撃する上に、女だてらに力ずくで来るからなー」
 徹の言うとおり、あまり周囲を気にしないで前だけ見るのがいけない。おまけに今は、器用な足捌きで攻撃を回避しながらカウンターを狙われている事にイライラしている。
「咲さんが根負けするね」
 そのうちスモーキーの予言が現実となるだろう。焦りから、咲の攻撃が正確さを欠いてきている。
 鍛え直しだな。独り言のように言って、徹は火をつけるつもりのない煙草を一本、口にくわえた。手合わせから意識の逸れた徹に、すかさず近寄っていったのはゼフィリアだった。
「なあなあ、徹さん。聞きたい事が幾つかあるんやけど」
「ん?」
「どうやって霞さんを説得したんや? みちるさんの事、えらい心配しとったみたいやけど」
 それは単なる疑問以外の何ものでもなかったが、徹は妙に渋い顔をした。
「俺が一緒だしなぁ‥‥」
 と、一応は答えてくれたが、どうにも言いにくそうだ。ゼフィリアはその様子が気になったので突っ込んで尋ねようとしたものの、後はお茶を濁すばかり。多分彼女が聞いてはいけない類の、恐らくは大人の事情が絡んでいるのだろう。だから彼女は別の質問に移る事にした。
「うちはみちるさんの親友のつもりやけど」
 前置きした上で始まった二つ目の質問は、何かと問題の絶えないみちるの、最近の様子についてだった。しかし答は「今までと大差ない」と、幾分拍子抜けするものだった。
 ‥‥なぜ大差ないのか。簡単だ。葛原みちるは笑顔を造れるのだ。周囲の者を心配させない為ならば、どんなにつらくても笑える。それだけの演技力を彼女は有している。
「まあ、さすがに違和感を覚えるけどな。もう親の前で泣き言言わないようになっちまったのさ」
 どことなく寂しそうな徹。みちるは既に子供ではない。親に支えてもらう事を望む時期は過ぎてしまっている。
「そんなら、仮に誰かがお嬢さんを僕にくださいって言ってきたらどないするつもりや? 徹さんを倒さないと認めないとか、何か難しい注文をつけるんか?」
 ――子供ではないのなら。ゼフィリアは軽い気持ちで、明るい話題を提供したつもりだった。お約束の返答があるものと思っていた。
 後悔した。

「あの場にいなくてよかったなぁ」
「は?」
 後程、みちると二人でどこからか帰還した仁は、可哀想なものを見る目をしたゼフィリアに肩を叩かれた。


 結局ビデオには咲と洋子もまざった。というか、聖が撮影のコツを二人に教えてカメラを預けたので、みちるのパジャマ姿もテープに収められた。寝顔と寝起きもばっちりだ。次々に着替えてのファッションショーの模様や、みちるが洋子にメイクを施される過程まで撮ってあった。おかげで編集に携わった男性陣はそこはかとなく頬を赤らめる事となったのだが。
 他にも魚を獲って、それを捌くのに大騒ぎしたり。檜皮の淹れてくれたモーニングコーヒーが大人の味過ぎて唇が痺れたり。ギタリスト2名によるセッションが始まったり。誰かさんと誰かさんが事あるたびに手合わせ始めたり。さすがにラム肉にも飽きが来たり。撮影するしないに関わらず、沢山の楽しい想い出が増えた、有意義なキャンプとなった。

 ちなみに。
「聞く者によっては誤解を招くな! 主に性的な意味で!」
「こういう事ですので、タイトルは変更する事をお勧めしますよ」
「僕も変えた方がいいと思う」
「監督の意見は」
「‥‥変更が必要だよなあ」
 提案者以外の満場一致で、タイトルは変更と相成った。変更後のタイトルがどんなものになったかは――みちるの机の引き出しに、大事にしまわれたビデオテープに書かれている。