香りはじめた花を守れアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/30〜12/04

●本文

「みちるちゃん、はい、ファンレター」
「わぁっ‥‥ありがとう、マネージャーさん!」
 つい数ヶ月前にデビューしたばかりの女優、葛原みちる。彼女は現役ばりばりの女子高生である。
 使い古された表現をあえて使うならば、清純派。セミロングの黒髪と、メイクが最低限で済んでしまう張りの良い肌。演劇部所属経験は伊達ではない、確かな演技力。
 様々な理由から、みちるの人気は上昇中である。しかもヒロインを演じた恋愛ドラマが先日放送されたことが、それに拍車をかけた。取材や出演の申し込みが増えたし、所属するプロダクションにはファンレターやプレゼントが届くようになった。
「同い年の女の子からだぁ。‥‥えーっと‥‥『ドラマを見ていたら彼氏に会いたくなっちゃったので、電話しちゃいました。そしたら彼氏もドラマ見てたみたいで、向こうもあたしに会いたくなったらしくて、そのまますぐ会うことに♪』‥‥うわーうわー、いいなぁ、いいなぁこの子! 彼氏いるんだぁ!」
 きゃいきゃいはしゃぐ姿は、まだあどけなさが残っている。年齢相応に喜ぶ彼女の様子を眺め、マネージャーも嬉しそうに微笑む。ドラマを録る時には多少のごたごたがあったものの、彼女はそれを乗り越えて、一回り大きく育ってくれたのだ。
 しかし、唐突にみちるの表情が変わった。彼女は同い年の女の子からの手紙を読み終え、次の封筒を開けていた。
「マ‥‥マネージャーさん‥‥これ‥‥」
 青ざめて、小動物のように震えるみちる。マネージャーは差し出された便箋と、一枚の写真を受け取った。

 ――みちるちゃん。僕はいつも見てるから。

 写真には、制服姿のみちるが写っている。ファーストフード店で学校の友人と談笑している、みちるが。角度からして隠し撮りであることは明白だ。
 慌ててマネージャーがみちるから封筒を取り上げる。写真はまだまだ入っていた。登校のために家を出るみちる。学校のグラウンドで体操服を着て立っているみちる。授業中に教室の窓から外を眺めているみちる。竹箒で裏庭を掃除しているみちる。放課後、裏門まで車で迎えに来たマネージャーの元へ駆け寄るみちる。
「何‥‥? 気持ち悪い‥‥‥‥」
 ファン、と呼ぶには度を越している。いわゆるストーカーが、彼女にもできてしまったのだ。
 マネージャーは考えた。ストーカーの存在はマイナスイメージに繋がる。そして何よりも、みちるの精神衛生上、非常によくない。これは早々にストーカーが誰であるかを特定し、やめさせなければならない。さもなくば行為はエスカレートし、近いうちに必ず写真では飽き足らなくなり、みちる自身を欲するようになるだろう。
「気持ち悪い‥‥嫌ぁ‥‥」
「大丈夫。大丈夫だからね、みちるちゃん」
 写真の中のみちるはどれも制服姿。多くは学校施設内で撮られたもの。――ということはおそらく、ストーカーは学校関係者であろう。
 芸能科のある学校というものはあれど、みちるはデビュー前から通っているごく普通の高校に、今も通っている。彼女の姿と名前が始めてテレビに映った日には、学校中が沸いていた。同じ学校に所属している事を理由に、自分とみちるは特別な関係にあると思い込んでしまっている者がいるのだ。
 マネージャーは胸ポケットから携帯を取り出した。
「――あ、社長。重大なお話があります。大至急で」

●今回の参加者

 fa0045 (16歳・♀・鴉)
 fa0280 森村・葵(17歳・♀・竜)
 fa0386 狐森夏樹(18歳・♀・狐)
 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa1376 ラシア・エルミナール(17歳・♀・蝙蝠)
 fa1514 嶺雅(20歳・♂・蝙蝠)
 fa2365 各務 零司(26歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●初日の驚き
 朝。担任が教室に入ってきてHRが始まる事にも気づかず、ここ数日常日頃そうであるように、みちるは自分の世界に閉じこもっていた。どこから見られているかわからないという恐怖。もしかしたら盗聴されているかもしれない。何しろみちるの日常の姿を写真におさめる事ができるのだ、この息遣いも、鼓動も、全て相手に筒抜けだったとしたら。
 視線が、怖い。
「よろしく」
 閉じていた感覚に割り込んできた声に、沈んでいく思考を引き上げられる。みちるは思わず立ち上がっていた。
 教壇。担任の隣に立つ、この高校の制服を着た、見覚えのある顔。鷹見 仁(fa0911)。
「ジン君!?」
「よぉ」
 片手を挙げて挨拶するジンを、自分の目を疑いながらも凝視する。間抜けに口を開きっぱなしにしていると、担任から「いいから座れ」との指示が飛んだ。

●3日目のミーティング
 昼休みが騒がしいのは最早自然の摂理である。だが学校というのは狭いようで広いもの、喧騒が届かない場所もある。教師用の会議室もそのひとつだ。校長室と職員室の奥にあるのが、その最たる理由だろう。
「じゃあここ数日の調査結果を報告しよう。まずは俺から‥‥女子トイレと女子更衣室に、盗撮用のカメラが仕掛けられてた。って、なんだその目は!?」
 用務員として潜入した各務 零司(fa2365)は、仲間から疑いの眼差しを向けられ、たじろいだ。
「掃除するって言って、生徒は閉め出してから中に入ったんだからな、誤解するなよ!?」
「でも、それって私が調べればよかったんじゃないですカ?」
「おまえじゃ他の奴を閉め出せないだろうが。衆人環視で調べるわけにもいかないんだぞ」
 メロンパンをくわえる森村・葵(fa0280)のツッコミにも、零司は肩をすくめながらそう答えたのだった。
 では、次は私の番ですね、と狭霧 雷(fa0510)が持っていた封筒から複数枚の写真を取り出した。みちるのマネージャーに借りてきた、ストーカーが送りつけてきた写真だ。
「画質やアングル、現像の具合などがわかれば、使ったカメラの種類や現像方法がわかると思ったんです。特殊なカメラを使っていたり自分で現像しているなどの場合、それ相応の知識と場所が必要になりますしね。ストーカーはそれを行える人物であると、的を絞れます」
 撮影につけては詳しいようで、雷はトレードマークとも言える柔和な微笑を保ったまま、すらすらと説明する。音楽の非常勤講師となった彼には、その外見から、既に取り巻きが出来上がっている。恐るべし、天使の微笑。
 結論として雷が出したのは、それなりに品質の高いカメラで、しかもある程度の技術をもって現像がなされている、という事。となれば、一番怪しいのはやはり写真部員だ。
「ただし、ストーカーが生徒であるとは限りませんからね。それとなく調べていきませんと」
「あたしは生徒である確率が高いと思うなー」
 おにぎりを頬張りながら、織(fa0045)が自分の意見を述べる。
「ほら、あたしは1年のクラスに編入したじゃない? 事前に勉強教えてもらったけど、結構レベル高くて‥‥同じクラスの子に教えてもらいながら、みちるさんについての話を幾つか聞いたんだよね」
「俺も女の子カラ噂話聞いたヨ。やっぱり噂は女の子が一番知ってるっていうのは常識だからネ!」
 潜入前の作戦会議の時とは打って変わった服装の嶺雅(fa1514)も後に続く。自分らしさがなくなると嘆きながらも、ピアスをはずし、スーツに伊達眼鏡姿の教育実習生に変身したのだ。口調も真面目にして、雷に負けず劣らず女生徒にウケている。
 さて、織と嶺雅の報告を纏めてみる。
 みちるに近寄ろうとする男子は少なくないようだが、下心丸見えの不届き者は、彼女の古くからの友人によってシャットアウトされているという。机やロッカーや下駄箱に何か入っていたとしても、みちるひとりでは開封せず、友人達立会いのもとになされるらしい。
 一方教師陣は、一般生徒が暴走しないように目を光らせるという意味でも、一歩引いて見守っているようだ。
「なるほど。でなきゃ、こんな普通の学校に人気上昇中の芸能人がいられるはずもない、か」
 ファンクラブのようなものはまだ出来ておらず、校内にいるファンが無秩序状態である事は否めない。
 黒板にメモを取りつつ、零司が呟いた後、今度は狐森夏樹(fa0386)が手を挙げた。
「でも騒がしいのが嫌だからって、遠巻きにしてる人もいるのよ。‥‥まあ、そういう態度が演技で、本当は激しい感情を隠しているだけなのかもしれないけど」
 場合によっては第2第3のストーカーが生まれるかもしれない可能性を、夏樹は示唆する。確かに一理ある。そしてだからこそ、一同は、みちるの親衛隊的組織の設立を学校側に提案するつもりでいる。みちるに対する情熱を管理し、良い方向に昇華させると同時に、相互監視による抜け駆け抑止の構造を作って彼女の安全を確保するのが目的だ。
 みちるの友人にも相談しなければならないだろうが、ストーカーを特定した暁には、その人物を親衛隊の隊長に据えるべきというのが一同の見解だ。責任ある立場に置いて、感謝されるようになれば変わるだろう、と。
「まずは学校側と話すためにも、簡単でいいので、早々に文書化しましょう。マネージャーさんにも確認しないといけませんしね」
 のんびりとした動きながら、てきぱきと決めていく雷。それに呼応するように、零司も黒板に草案を綴っていく。
 ここでようやくラシア・エルミナール(fa1376)が耳元から携帯を離した。彼女は少し前にかかってきた電話を受け、今はここにいないジンと連絡を取っていたのだ。
「何だって?」
 シキが覗き込んだが、ラシアはそのままスカートのポケットへ、携帯を乱暴に突っ込んだ。
「友達がついてるから鷹見だけ置いてきたけど、逆にそれがダメだったみたいだ。みちるとどういう関係なんだって詰め寄られてるんで、助けてくれってさ」
 しょうがないから行ってくる、と学校指定の鞄を肩に担ぐ。彼女の外見と態度がいかにも問題児然としているので、みちるの友人達も彼女には強く出られないようだ。

●最終日の結末
「へぇ、制服姿のほうが逆に目立たないんだ」
「同じ格好の子がたくさんいるもの。道を歩いてる時やお店の中にいる時に、周りにいる人ひとりひとりの顔をまじまじと見るなんて事、しないでしょ?」
「だから学校周辺でしか使えない技だけど‥‥その分効果は絶大よ」
「そんなもんかねぇ」
 みちるの仕事がない日には堂々と、友人同士で街に繰り出すという彼女達。騒ぎにならないかと尋ねたラシアに、友人達は笑いながら答えてくれた。ここ数日の間にラシアの人となりが伝わったようで、だいぶ打ち解けている。
 放課後。昇降口に向かう彼らだったが話に夢中になっていて、いつの間にかみちるとジンがいなくなっている事に誰も気づいていなかった。

 空き教室で、窓からオレンジ色が差し込む中、彼らは向かい合っていた。
 急に袖を引っ張ってここへ連れ込んだみちるに、ジンは首を傾げた。袖を掴む手は離れず、しかしそれ以上は決して触れようとはしない。何とも微妙な距離。
「‥‥あのな、みちる」
 口火を切ったのはジンだった。俯いていたみちるは弾かれたように顔を上げ、ジンの表情を確認する――いまいち煮え切らない決意を持て余し、みちるが立つ側とは反対の、何があるでもない場所へ、不自然に視線を向けている。
 不安になったみちるが情けなく唇をへの字に曲げた時、ジンの言葉は次に続いた。
「言っとくけどな、俺だってアレは初めてだったんだからな」
「え‥‥」
 瞬間、呆けるみちる。だがみるみるうちに眉根が寄せられ、真に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、ジン君‥‥私、自分の事でいっぱいいっぱいになってて、そこまで考えてなかった‥‥」
「なんで謝る」
「だって、初めての相手はちゃんとした相手とちゃんとしたかっただろうなって。私なんかじゃなくて」
「‥‥誰もそんな事言ってないだろう」
 大きなため息。みちるの様子に、ようやく観念したのか。ジンは正面からみちるを見つめる。
 そして、
「本当に嫌な相手だったら、避けるくらいは出来たよ」
 聞き漏らす事のないよう、はっきりと告げる。
 ――無言。互いの瞳に映る互いの姿がわかるほどに近付いていき――
 ヴーヴーヴー
 ジンの携帯が震えだした。
「もしもし‥‥夏樹か。どうした」
『犯人がわかったわ!』
「本当か!?」
 突然の吉報に、ジンは携帯にくらいつく。しかし続く夏樹の言葉は‥‥
『雷さんと嶺雅さんの名前で、怪しい人達を音楽準備室に呼び出したのね。例の写真を見せて、反応をうかがって‥‥大抵の人はその写真をくれって言ってきたんだけど、ひとりだけ、逃げた人がいたのよ!』
「逃げたって、どこへ!」
『それがわからないのよっ。雷さんが放送かけるって職員室に行ったけど、他の人はとりあえずペアで散らばって――仁くん、みちるちゃんと一緒よね、今どこにいるの!?』
 携帯を耳に添えたまま、ジンは教室を出て、頭上を見上げる。空き教室なので名前はない。隣の教室を見る。
「1−Dの隣だ、みちると二人で空き教室、に‥‥」
 改めて袖に掴まってきたみちるに気づき、彼女が視線を投げているほうを見やる。
『仁くん!?』
 夏樹の呼びかけにジンは応えない、いや応えられない。それほどに視線の先の人物が与えてくるプレッシャーは大きかった。
 血走った目。激しく上下する肩。荒い息。握り締められた拳。
「アンテナでもついてんのかよ‥‥くそ、行くぞみちる!」
 ジンはみちるの手をとると、一目散に階段を目指した。



 走りに走って、みちるが限界を訴えて、それでも励まして走らせて、辿り着いたのは裏庭だった。使われなくなって久しい焼却炉と寂れた花壇があるだけの場所で、普段は滅多に人など来ない。
 みちるを背中に庇いつつジンが振り向くと、当然のように、犯人である男子生徒が追いついてきていた。
「ちっ、意外と体力ありそうだな‥‥」
 犯人はやはり写真部員だった。ジンは知らないが、犯人が撮る対象は主に自然物であり、休日はよく近くの山に登っていた。そしてそんな犯人がファインダーを向ける唯一の人物が‥‥葛原みちる。
「おまえの顔、見た事あるぞ。みちるちゃんと共演してた奴だな」
 彼にとって、自分のものであるはずのみちるに近付く全てが敵。怒りと嫉妬と独占欲を剥き出しにして吼える。
「今すぐみちるちゃんから離れろ! 金輪際、僕のみちるちゃんに近付くな!」
「――っ、いい加減にしろ! お前のやっている事がどれだけみちるを怖がらせているか、わからないのか!?」
 芸能界という特殊な世界に入ったみちるにとって、学校はただの女の子でいられる何より大切な場所。そんな場所を守れるのだ。同じ学校に居合わせるなんて、非常に幸運な事ではないかとジンは返す。みちるの親衛隊を学校側に設立要請中で、その中でも位の高い立場にお前をつける予定だ、とも。
 しかし犯人はせせら笑う。つまらない冗談だと一蹴する。
「そんなものには興味ないね。みんなのものだからみんなで大事にしましょうっていう事だろ? はんっ、みちるちゃんは僕のものなんだ。他の誰のものでもない、僕だけのものだ!」
「そうか。ならば数々の証拠を元に、ご理解頂ける様、じっくりと将来についてご相談という事で」
「っ!?」
 ジン達と犯人を挟み撃ちする形で、葵を引き連れた零司が現れ、犯人の足元に写真の束を放り投げた。
「逃げたって事はやましい所があるって事だからな。マスターキーでロッカーを調べさせてもらった。ネガは没収済みだ」
「さ、みちるサンは向こうに行ってましょうねー」
 みちるをこの場から引き離そうと、葵はみちるに歩み寄る。だが犯人は葵の進行方向に足を出し、彼女のバランスを崩させた。短く上がる悲鳴に、一瞬、全員の意識が彼女に集中する。すると犯人は途端に身を翻した。
「くっ‥‥」
 対応の遅れる零司の横を犯人がすり抜けていく。だが折り良く嶺雅・織組とラシアが到着し、犯人の行く手を阻む。
「はぁ‥‥騒いで追い掛け回す前に、相手の事を思いやれよ!」
 人数の有利を盾に壁を作る。こうなれば逃げ場はない。
 改めて挟み撃ちにされた犯人は、程なくしてやってきた雷に羽交い絞めにされた後、飛んできたマネージャー立会いのもと、校長に突き出された。
「渡さないぞ! 渡すもんか! みちるちゃんは――みちるは、僕のものなんだからなぁっ!」
 狂ったようにみちるばかりを求める目と言動に、当のみちる本人が何を思ったか。それは震えて泣き崩れる彼女の様子から察するしかない。
「大丈夫、もう大丈夫だからね、みちるさん」
 背中をさする織の声も届かないのか、みちるはぽつりと呟いた。
「‥‥こんなの‥‥嫌だよ‥‥」

 ――数日後、保護者によって犯人の退学届が提出された事が判明した。
 警察に厄介になるなどの大事にはしたくないみちるのマネージャーと所属プロダクションは、あれ以降写真が届くこともないため、警戒しつつ様子を見ていくと方針を定めた。