【神魂の一族】神魂アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 言の羽
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 8.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/08〜06/12

●本文

 祭壇の前には、特別な紋様が織り込まれた円形の敷物が広げられている。中央には一族の長である少女シェラ。円周上には複数名の、多少なりとも結界を張る事のできる者達が並ぶ。
 神魂にとって脅威であると認定された一組の父娘、ディエルとエリス。彼らをこちらから討伐しにいく為には彼らの所在を特定せねばならず、その為にはシェラが結界の他に持つもう一つの能力を使用せねばならない。シェラがもう一つの能力に意識を傾ければ、彼女が張っている里を覆う結界は弱体化してしまう可能性があり、その隙を魔物に攻め込まれてしまうかもしれない。
 故に、補助の結界を張る役目が、円周上の者達には課せられている。
「大丈夫なのですか」
 始めようとしたシェラは、自分を案じてくれる声を聞き、顔をそちらへ向けた。
「兄上様」
「長殿は先日お倒れになられたのですよ。回復なされたとはいえ、このように負担のかかる術‥‥せめてもうしばらく静養を」
 人前だからだろう。兄ルベールの口調はシェラと二人だけでいる時のものとは異なる。それを寂しいと思う事はやめられないが、一方で、それが自分を守ってくれようとしての事だともわかっている。
 ルベール個人は誰からも一目置かれている。結界を張っているとはいえか弱き少女にしか過ぎないシェラを軽く見る者もいる中で、そんな妹にルベールが頭を垂れる事には意味があった。
「禍魂の長の娘が育つ前に討伐を。そうおっしゃったのは兄上様だという話ですが?」
「しかし――」
 首を傾げた長に近づこうと、ルベールは足を踏み出す。だが円周上の者達が動き、ルベールの行く手を阻んだ。敷物を踏んで乱されては困るようだ。
 焦ったルベールが円周上の者達から長へと視線を戻すと、彼女は両の瞼を閉じたまま、微笑んでいた。
「‥‥兄上様は、里を――わたしを、その身を賭して守ってくれる。ならばわたしも、この身を賭して、里を――兄上様を、守りましょう」
 開かない両目の代わりに、彼女の額に浮かび上がる第三の瞳。全てを見透かす凍てつく蒼い瞳がきろりと動く。
 元の位置で直立する円周上の者達は、長が指先で宙をなぞったのに続き、自らも指先で宙をなぞる。
「皆さん、お願いします」
 全員の紋様が発言した事を額の瞳で確認すると、長はそう言った。そして、自分の紋様を第二段階へと移行させる。

「いやあああああああっ!!」
「エリス!? エリス、どうしたんですか!?」
「いやぁっ、痛い、痛いっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいっっ!!」
 柔らかな寝台に埋もれ、慕う父の膝を枕にして、黒い髪を指で梳かれながら、すやすやと眠っていた幼女エリス。彼女は突然起き上がると、頭を押さえ、両手を押さえ、とにかく叫び声を上げた。
 彼女に膝を貸していた禍魂の長ディエルは、娘の様子に唖然とした。とはいえそれもほんの一瞬だけであり、すぐに娘の変貌の理由を察した。
「お父様、お父様ぁっ! これは何!? 痛いの、体の内側、いいえ外側から? もしかしたらその両方からとても強い痛みが、あああああああっ!!」
「よく聞いてください、エリス。その痛みは恐らく神魂の仕業です。先日貴女には神魂の里を探ってもらいましたが‥‥どうやらやり返されているのでしょう」
 ぽたりと滴が落ちて、寝台に紅の染みができる。
 痛みに歯を食いしばったエリスが、己の唇さえも噛み破って流れた血だった。
「‥‥お父様‥‥一緒に、来て、くださる‥‥っ? あの人達を、消すから‥‥。‥‥お父様との‥‥時間を、二度と、邪魔されないように‥‥っ」
「ええ。ええ、もちろんですよ。私の可愛いエリス」
 暴れる自分を押さえ込むエリスの小さい手は、ぎちぎちと間接ごとにきしんでいる。
 その手を優しく包み込んで、ディエルは、苦しむ娘を抱き寄せた。

 ◆

 アニメ【神魂の一族】

 剣と魔法のオーソドックスな西洋ファンタジー。あまり目立つと魔物に狙われるのではないかという考えから、また、対魔物で精一杯であり他国と争うほどの余力はないため、幾つかの国家は存在しているものの、他国を占領して大きくなろうという元首はいない。武器防具や建築等、戦いに関する文化はある程度の水準があるが、全体的な文化レベルは低い。大陸間移動の出来る航海術もない(このため、和風テイストは基本的に無し)。

【神魂(みたま)の一族】
 古き時代に神々と交わった人間達の子孫。個々に持つ紋様を指で宙に描く事で、額にその紋様が発現する。発現と同時に、生まれ持っての力を使えるようになる。弱く力を持たない人間達のためにのみ力を振るう事を絶対の掟としており、逆に言えば、この一族の持つ力こそ人間達が魔物に対抗する唯一の手段でもある。
【シェラ】
 神魂の一族の長。里を魔物や禍魂から守る為の結界を張る能力を持つ。
【ルベール】
 シェラの実兄。一族のナンバー2であると同時に、里と長を守る最後の砦。雷使い。

【禍魂(まがたま)の一族】
 古き時代、神魂の一族とは異なり、魔物と交わった者達の子孫。紋様は額に常時発現しており、力も常時使用できる。己の快楽追及や弱肉強食などを行動理念としており、個体数は少ない。
【ディエル】
 禍魂の一族の長と呼ぶべき存在の男。30cmほどの銀の杖を携え、炎を自在に操る。
【エリス】
 ディエルの実娘。父親をかなり慕っている。父の能力を受け継ぎ、炎(ただし黒い)を操る事ができる。

・第一段階と第二段階
 神魂の一族の紋様の発現には、一族の者なら誰でも可能な第一段階と、死線を経験して己の力を引き出す事に成功した者のみが使用可能な第二段階とがある。第二段階になると力が飛躍的にアップする。

●今回の参加者

 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa0531 緋河 来栖(15歳・♀・猫)
 fa2738 (23歳・♀・猫)
 fa2832 ウォンサマー淳平(15歳・♂・猫)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa3090 辰巳 空(18歳・♂・竜)
 fa3786 藤井 和泉(23歳・♂・鴉)
 fa5196 羽生丹(17歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文


 不肖の弟子の部屋で、ルベールは眉間に皺を寄せていた。馬鹿で無茶な訓練を反省しろと、扉に鍵をかけて閉じ込めていたはずなのに‥‥扉は無残にも破壊されていた。
「黙って事の成り行きを見守ってはいるまいと、思ってはいたがな」
 あの状態のままで戦いに赴いたなら足手まといになりかねないと判断した。選抜の枠にも入れなかった。
 追いかけようにも、気づくのがやや遅かった。正式に選抜された者達と合流している頃合だろう。
「自分から向かったんだ。しっかりこなしてこい、カミオン‥‥」
 師としてルベールがしてやれる事といえば、無事の帰還を祈る事だけだった。

「敗戦続きの俺じゃ勝てないかもしれない。けど、俺は戦いたいんだ! 力を持ってるのにこのまま何もしない、できないなんて‥‥そっちのほうが嫌なんだっ、頼む!」
 冷静に厳しい様子で腕を組んでいるクロードに、カミオンは頭を下げた。自分も戦いに加わらせてほしいと。
「ふむ。ボーイは負けず嫌いなのだな」
「あ、確かに師匠の言う通りかも」
 髭を撫でながらうむうむと頷くダインの隣では、ミリアがポニーテールを縛り直している。
「来ちゃったものはしょうがないよ」
「単純に手が増えるだけではなく、討伐対象との戦闘経験があるわけですし」
「ダメだと言ったところで勝手についてきそうだしな」
 その辺の石に腰掛けて足をぷらぷらさせているクルス。至極真面目な表情でメリットを述べるフレドリック。とどめの一言を放つシュアリー。
 これだけ皆から口を挟まれても暫しの沈黙を続けた後、クロードはようやく口を開いた。
「それだけ一途なら、何も迷わないだろう。一緒に行きたいのなら来ればいい」
 お前の馬力は半端じゃないからな、とクロードが自身の言葉に付け加えると、カミオンの表情がぱっと明るくなった。クルスには、落ち着いて息を吐いたクロードのほうこそ、迷いがないように、見えた。
「あ‥‥っ」
 里を出発した時から第二段階を発動し続けていたフェリオが声を漏らし、皆が一斉に彼へ視線を向ける。だぶだぶの白いマントの隙間から見える肌には、光を放つ紋様が浮かび上がっている。
「皆さん、戦闘準備を‥‥来ます」
 来る。つまり、ディエルとエリスが。急激に高まる緊張感。熱を帯びる体に自然と喉も渇きを訴え、それを潤す為に唾液を飲み込む音ですら、痛いほど耳に響く。
 すらりと刃が鞘を滑る音。じゃらりと鉄球についた鎖が揺れる音。ぱしんと右の拳で左の手のひらを打つ音。
 自分達には里の未来がかかっているのだという責任感。重責だ。
「‥‥ただ、少し厄介な点が」
 ここではないどこかを見るようなフェリオの眼差しが険しくなった。
「力の大きさはさほどではありませんが、数が半端ではないんです。沢山の力に埋もれて、これは‥‥多分エリス? でも、あれ? ディエルが見当たらない‥‥?」
 フェリオは自身の能力で感じとったものに対し、首を傾げて困惑しだした。どうかしたのかというシュアリーの問いかけにも応えず、フェリオ独自の感覚に意識を向けている。
 ディエルが見当たらない。その一言に、ディエルと何度も対峙している者達は顔を見合わせた。
「フェリオ、探知の範囲を広げられるか!?」
「あと少しくらいなら――」
「急いでやってくれ! ディエルは恐らく、エリスとは別ルートだ!!」
 向こうのほうが一枚上手だった。ディエルとエリスは必ずセットで来ると思い込んでいたが、そうではなかったのだ。
「見つけました! ここから東を移動中みたいです、あまり離れてはいませんね」
「わかった、先回りする。エリスは頼んだからな」
 たっ、と走り始めたのはクロードだけだった。無数の力を引き連れたエリスと、単体のディエル。割ける人数の割合は自ずと決まってしまう。禍魂にひとりで立ち向かうなど自殺行為であるとも言えるが、クロードならばと、皆が彼の力を信じていた。
 心配ならば、なるべく早くエリスを倒して、合流すればいいのだ。

「あら、待ち伏せ?」
 太陽に雲がかかったかのごとく、急激にあたりが暗くなった。見上げれば、黒い羽の鳥が、空を埋め尽くしていた。
 声がしたので目を凝らしてみると、中央あたりを飛ぶひときわ大きな鳥の背に、幼女が乗っている。
「まあいいわ。どうせ神魂は全部潰すのだから。さあ‥‥わたしにあんな思いをさせてくれたお礼をしてあげましょう。感謝の気持ちを込めて、2倍、3倍、4倍5倍6倍‥‥いいえ。いくらでも。貴方達が塵となっても。わたしの気が済むまで、ね」
 ふふん、とエリスが鼻を鳴らした。それを合図とするように、彼女の周囲にずらりと並んでいた無数の鳥が、一斉に羽ばたいた。それだけの数が一度に、というだけでは説明できない風の渦が生じ、空気を切り刻みながらこちらへと向かってくる。
「やはりあの鳥も魔物ですか」
 フレドリックが足場を固めて剣を構える。
 皆、一斉にそれぞれの紋様を宙に描いた。
「鉄球粉砕っ!」
「棘付き大鉄球!!」
 巨大な鉄球と、それよりはわずかに小ぶりだが棘付きの鉄球。ダインとミリア、師弟揃っての攻撃が、風の渦をなぎ払い、そのまま鳥達を翼ごと叩きのめしていく。
 だがそれで怯む鳥達でもない。今度は鋼のような翼を煌かせて集団で急降下をしてきた。
「こうなりゃ俺の、出番だぜえっ!!」
 自分の中でいまだ燻る不安を吹き飛ばそうと、カミオンが気合を入れて拳を振るう。雷の弾が次々に鳥達を撃ち落していく。残った鳥達もカミオンに到達したかと思うと、彼の纏う雷に焼かれて息絶え――たかと、思いきや。
 羽が焦げた鳥の腹。剥き出しになった肉が、ぎゅるんっ、とめくれ、中から現れた女の顔がにたぁっと笑った。
「ひっ」
 反射的にカミオンは拳で鳥に止めを刺した。現れた顔――以前死んだはずの人間型の魔物、シュティフタと同じ顔を潰すように。
 はっはっはっ、と短く息をする。カミオンの目は血走っていた。
「え‥‥何? 何なのっ、これぇっ!?」
 刃のついた二つのブーメランで鳥を落としていたクルスの周囲でも、それは起こった。ぎゅるん、ぎゅるんぎゅるん、と、次々に鳥の腹がめくれてはシュティフタが笑いかけてきた。
 背中を寒気が走るが速いか、クルスは呼吸の続く限り叫んでいた。
「あはははははっ! どう!? お父様が戯れに作ったおもちゃよ! あれの死を悼んでいた貴方達のお相手にはぴったりでしょうっ」
 対して、エリスの愉快そうな笑い声が響く。無防備になったカミオンやクルスに、鳥の羽が降り注ぐ。泣いて握力の緩むミリアをダインが急かして、鉄球を振るわせる。
 笑い続けるエリス。馬鹿だと、愚かだと、心を痛める者達を嘲りながら。
 その鼻先を、子供の頭ほどの石が通り過ぎていった。
「今度は、はずさないっ!」
 シュアリーだった。
「‥‥そう。動じない人もいるのね。なら、わたしが直接、殺してあげる!!」
 黒い炎が長く伸び、蛇のようにのた打ち回る。蠢く舌をちらつかせて、シュアリーの体に巻きついていく。実体のないその炎を引き剥がすには、本体であるエリスをどうにかするしかない。
 エリスが顔をしかめた。耳障りな音を聞いた時のような。その隙を突いて、クルスの能力が発動される。浮いたフレドリック、唸る剣。勿論エリスは避けるが、それは囮。もう片方の手で、エリスの額を鷲掴みにした。手からエリスの中へと送り込まれる音の波。今度はエリスが叫ぶ番だった。
 バランスを失って落ちたエリスは、目から血を流しながら、駆け寄ってきたクルスを見上げた。
「‥‥こんなちっちゃい子が」
 この戦闘がエリスとの初見となるクルスの目尻には涙がたまっていた。
 ぐっと歯を食いしばったエリスが片手を挙げると、鳥達がその手の先に集まった。何かしらの奇策で反撃に出るつもりなのだろう。だがそれも無惨に終わる。雷雲が突如発生したかのような轟音と共に、鳥達は吹き飛んだ。文字通り、散り散りになって。
「ふざけんな‥‥死んだ奴を愚弄してんじゃねぇぞ‥‥」
 カミオンはそのままの足でエリスに突撃してくる。拳に乗せた雷を叩き込もうとして。
 怒りにまみれたカミオンはどんな形相をしていただろう。少なくとも、エリスは怯えた。怯えていた。
 幼き彼女のその様子に、振りかぶった拳の動きがつい、ぴたりと止まる。
「あっち行ってえええええっっ!!」
 エリスを取り巻く黒い炎の壁。思わず一歩ひいてしまった神魂の者達とは逆に飛び込んでいった鳥の生き残りが、エリスを背に乗せて颯爽と空に舞い上がる。
「しまった‥‥!」
「フェリオさん、お願い! 早く追わないとっ」
「は、はいっ‥‥うわぁっ」
 いっそこうしたほうが早いと、フェリオの小柄な体はシュアリーに抱えられてしまった。フェリオは下ろしてほしいと思ったが、自分のせいで遅れをとるわけにはいかないと思い直し、探知に集中する事にした。

 氷は炎の前に露と消える。
 炎は氷の前に霧散する。
 一進一退。禍魂の長に一人で立ち向かっているというこの状況は、だがしかし、長たるディエルの手加減によるものだった。
 クロードは悔しさに舌打ちしながらも考える。ディエルは何かを待っているのか? と。だとしたら何を待っているというのか。ディエルの目的は神魂の里ではなかったのか。
(「いや、違うか‥‥こいつなら、こいつの考える事は――」)
「お父様あああああああ!!」
 クロードの思考は、飛んできた幼女の泣き声によって遮断された。
 それまで杖でクロードの剣を受けていたディエルが、くっと腰を落としたかと思うと、下から上へ蹴り上げた。クロードが咄嗟に対処できないでいる間に、ディエルはさっと杖を振る。エリスの乗っているものと同じ鳥が現れるさまは、まさしく手品だった。ディエルはそれに乗り、泣きじゃくるエリスを迎えに行って、優しく抱きしめた。
 ずきんと痛んだのはクロードの胸だけではなかった。追いかけてきた他の皆も、父に泣きすがる幼女の姿を見上げていた。
「やれやれ。貴女もダメでしたか」
 そして冷たく響き渡った、落胆を示す一言。
「お、とぉ、さま‥‥?」
 かふっ、とエリスの喉から苦しそうに息が漏れる。彼女の白く細い首には、ディエルの左手ががっちりと食い込んでいる。
「大丈夫、命までは奪いませんよ。奪うのは、貴女の力だけです」
 ディエルの顔に浮かぶのはいつもの笑み。食い込ませた手に一層の力を込めた。
 だらり。首よりも更に細い四肢が垂れ下がる。不要物を廃棄する感覚で、ディエルはエリスから手を離した。鳥の背を離れ落ちていくエリスの体。
 しかしディエルの興味は既にエリスにはない。自分の中に移ってきたものを確認するようにゆっくりと、何度も指先を動かし、それからぽつりと言った。
「ああ、やはり‥‥同じ血を引いているだけあって、馴染みがいい‥‥」
 至極、満足そうに。嘆息するディエルの額が裂けて浮き出る、第三の瞳。
 神魂の者達の間に戦慄が走った。額の瞳は神魂の長シェラも持つもの、つまりは千里眼の能力の証。ディエルにはなく、エリスにはあったはずの能力の証が、ディエルに現れたという事は。
「‥‥何、どういう事‥‥? まさか自分の力を強くする為に、この子を‥‥?」
 力を用いてエリスの落下速度を落とした後、抱きとめたクルスが、震えながら言った。エリスの額には、禍魂ならば常時発動しているはずの紋様が、どこにも見当たらなかった。
「恐らく貴女の予想通りですよ、三つ編みのお嬢さん。――欲しかった能力を持つ女性に産んでもらったんです。実験の一環ではありましたがね、実に素晴らしい結果です」
 ディエルの足元から炎。彼を包むように螺旋を描いて紅黒い炎が。
 見るだけでその圧迫感に誰の心臓も早鐘を打つのに、他者の力を感じとる事が出来てしまうフェリオには、一体どれだけの重圧がかかっているのだろう。シュアリーに支えられながら、痛む頭を抑え、しかしそれでもフェリオはディエルから目を離そうとしない。
 ディエルの炎が空気をはらんだかのように膨れ上がる。そしてその勢いのまま、弾けた炎が、飛び散った。
「危ない!!」
 叫んだのは誰だったか。
 己の足で立てる者は対処もできるが、立てない者はそうも行かない。エリスを抱いたクルス。フェリオを支えるシュアリー。あ、という間にも無数の炎の弾は彼らに迫り――
 凍れる壁と衝突して、双方霧散した。
「‥‥おや、その顔‥‥ひょっとして怒っているのですか」
 ディエルが銀の杖を一振りすると、彼の周りを廻っていた炎は、杖の先へと移動した。
 見下ろす先には、全身に紋様を浮かび上がらせたクロードが、立っている。
「当然だ。娘一人では飽き足らず、二人目に手を出したんだからな」
「そうですか? どちらも私の役に立ってもらう為に生み出したものなので、これが普通‥‥いえ、必然、なんですけどね。それとも」
 うっすらと笑うも、動いたのは唇だけ。紅色の双眸にあるのは冷たさのみ。
「――何故娘に手を下せるのかと貴方は問うのですか? 私が動かずとも、シュティフタは魔物、エリスは禍魂。貴方がた神魂の討伐対象でしょうに」
 ディエルの言い分は「理解できない」ただこの一言に尽きる。
 狂っていると、ディエルを評するのは簡単だ。だが狂気を制定する為の規準となる正常をどこに定めるのか。
「貴方がたとて魔物と禍魂を殺すでしょうに。貴方がたが奪う予定の命を私が奪って何がいけないんです?」
 それは‥‥と口ごもったのはクルス。魔物と禍魂の討伐は、神魂が掲げる正義である。ディエルは神魂の正義と同じ事を実行しただけに過ぎないのだ。
 他の者も戸惑っている様子がうかがえた。自分が邪と信じていた相手が自分の正義と同じ行為に及んだならば、果たして相手は真に邪なのか。己の正義は真に正義なのか。
「誰かを守りたいという心に魔物も神魂も人間も‥‥ない」
 終わりが見えないと思われた問いに、クロードが静かに、しかしはっきりと、彼なりの答を示した。
「‥‥‥‥‥‥はっ! 本当に不可解だ。不可解すぎて滑稽に感じられますよ」
 想定の範囲外ゆえ処理しきれず呆気にとられたのか。やや間を空けてから、ディエルはクロードの答を鼻で笑い飛ばした。
「殺すべき相手に情けをかけてどうなるんです? 神魂は貴方だけではない、貴方が殺さずとて、神魂の総意としてシュティフタもエリスも殺すべき対象であるはずでしょう?」
「確かに‥‥俺は甘いんだろうな。だが、俺は導き出したこの答を変えようとは思わない。守りたいから守る」
 クロードの手に力が篭る。愛用の短剣に彼の力が伝わっていく。パキパキと氷が刃を覆い、新たな刃を為していく。
「‥‥自身の所属など関係なく、自身がそう思い、そう感じたからこその行動。守りたいから守る‥‥ですか。これだから感情というものは!」
 杖が大きく振るわれる。杖の先に集っていた炎が雨となって降り注ぐ。
 再び氷の壁が発生したが、続々と落ちてくる炎を、いつまで防いでいられるだろうか。それにこのまま防御一辺倒では、攻撃に出る事ができない。足を地面にめり込ませるようにして踏ん張りをきかせ、クロードは氷の壁を厚くする。
「俺にもやらせろ。あいつは完全な敵だ。あいつにかける感情なんて、何もない」
 カミオンが隣に並んだ。
「そうだよ。絶対に、倒さなきゃ」
 エリスをフェリオに任せて、クルスも両手にブーメランを携える。フェリオの事はシュアリーが守ってくれる。
「‥‥師匠」
「うむ。ワシらの禁忌、ここで使わねばいつ使う」
 ミリアとダインの紋様が第二段階へ移行する。同時にミリアの中では制限時間のカウントダウンが始まり、ダインの肉体は過剰な負荷に悲鳴を上げ始める。
「援護します、皆さんは前へ!」
 フレドリックが宣言して、戦いは始まる。

 降り止まない炎の雨。一瞬で肌を焦がしていくその雨から彼らを守る役目は、クロードからカミオンに移った。雷の弾をぶつけて相殺し、それでも足りなければ己の体を盾にする。クルスのブーメランもカミオンの助けとなった。
 炎を操るディエルに最後の一撃を加えるには、クロードのもつ氷の能力でなければ――そう考えたからこそ、クロードが力の全てをディエルへ叩き込めるように、皆が一丸となっていた。ディエルは未だ鳥の背に立っている。
 ダインは自分の鉄球ではなくミリアの鉄球の鎖を持つと、その場で回転し、勢いをつけてディエルに向けて投げつけた。すかさず鉄球に飛び乗ったミリアは炎の雨に髪も服も焼かれながら、それでも能力のおかげで痛みを感じないまま、渾身の力を込めた鋼の篭手でディエルを殴りつけた。効かなくてもいい。効かないのはわかっている。ただ、鳥から落としたかった。制御を失った鳥の羽で切られても痛くない。己の血の流れるさまを他人事のように眺めつつ、彼女も落下する。
「カミオンさん、後ろです!」
「くっ!?」
 フレドリックの忠告に従い、振り向きざまに放った裏拳が、異様な熱を持った銀の杖に出迎えられる。噛み締めた奥歯がきしむ。
「超越っ! 大、粉、砕ぃぃぃぃっ!!」
 今度こそ自分の鉄球を振り回した後、放たれたダインからの一撃は、ディエルを纏った炎ごと殴り倒した。
 それでもディエルの笑みは絶えない。巨大な炎を仕返しとばかりにダインへぶつけ、四散させた。
「クロード殿! 貴殿に全てを託す!!」
 伏したダインは気力だけで意識を保つ。老体はとうに限界を超えていた。
 クロードの名が出てようやく、ディエルの表情が変化する。瞬間、今度はカミオンの雷がディエルに炸裂した。
 少ないダメージも、重なれば大きくなる。よろめくディエル。十分だった。
 純度の高い氷は透き通り、それはそのまま、迷いが全くないクロードの心を映し出していた。ディエルの放った炎により、刃を成していたその氷は刹那で溶けた。だが刃は残る。凍気そのものがすらりと美しい長剣は、ディエルの炎に包まれても美しさに陰りが生じる事もなく、

 ディエルの左胸を貫いた。

「‥‥お父様‥‥」
 傷口から凍りついていく父の姿を映す瞳からは、綺麗な涙が流れていた。


 楽士の奏でるテンポの速い曲に合わせ、クルスは舞う。踊る。跳んで、はねて、くるりと回る。腰まで届く太い三つ編みも、彼女の動きに伴って宙を泳ぐ。
 観客の間から歓声が沸いた。クルスがウインクをして見せたからだ。元気に愛嬌を振りまく彼女は、今日も里の人気者だ。
 笑顔が一番だから――そう考えているから、クルスは踊り続ける。生きている者は、過ぎ去ったものをいつまでも悲しんでいるわけにはいかない。進まなければならない。ならば笑って進みたいではないか。そのほうがきっと‥‥いや絶対に、過ぎ去ってしまった人達も喜んでくれるはず。
「みんなー! もう一曲いくよーっ!!」
 曲が終わっても、楽士の手が止まったのはほんのわずか。最高の盛り上がりを継続させる為、再び楽器を奏で始める‥‥

「ねえねえ、今度は私も連れてって!!」
「ぅごふっ!?」
 リーダーを勤めた討伐の報告書を提出しようとルベールの元へやってきたカミオンを待っていたのは、更にパワーアップしたミリアの突撃だった。
「ちょ‥‥横腹っ‥‥」
「いいよね!? いいって言って! カミオン君がいいって言えば、次の討伐についていってもいいってルベール様が言ったの!!」
 完全に不意をつかれて呻くカミオンの胸倉をゆさゆさ揺さぶって、ミリアはわめく。
「な、なんでそんなについてきたがる‥‥」
「ルベール様は強い女性が好みなの! だから私、もっともっと強くならなくちゃ! ルベール様に意中の人が他にできないうちにっ!」
「なんだよ、それ‥‥師匠! 師匠、こいつを止めてくれよ! 何笑ってんだよ!? 師匠のせいだろこいつの暴走!!」
「いいって言ってえええええっ!!」
 困った事にミリアは、怪力という能力を発動させている。カミオンであっても引き剥がせない。焦りに焦って困りきっている弟子の姿に、ミリアをそんな風にした張本人であるルベールは顔を背けて肩を震わせている。居合わせたルベールの右腕、双子も、背中を向けてはいるが笑いをこらえている真っ最中に違いない。
 カミオンは助けてくれそうな人を探して、どうにかこうにか首を回す。ダインがいた。だがダメだ、彼は楽しそうにミリアをますますけしかける言葉を発している。
「誰か助けろおおおっ! 俺は今すげぇ腹へってんだっつぅのおおおっ!!」
 叫べども、皆がこの状況を楽しんでいるので、誰も助けてくれない。
 カミオン自身でさえ、こういうのも悪くはないと心のどこかで思っているから、尚更。

「結婚? 貴方とわたしが?」
「はい‥‥」
 長とフェリオ。考えてみれば共通点は多い。髪は共に銀色。片や少女、片や少女顔。そして他者の力を感じとる能力。
 特にこの能力は、倒すべき敵の位置を見定める為に不可欠であるとして、神魂の中でも重要視されている。
「発案したのは、貴方の後ろにいるその方達ですか」
 瞼を閉ざしたまま、長は白く細い指で、正確にフェリオの後方を示した。そこに立っていたのは、神魂の指導者的立場にある老人達だった。長にばれていると彼らもわかっているのか、指を指されたところで特にこれといった反応は示さない。ただ切々と、結界と力の探知という能力を時代へ受け継ぐ事の必要性を語るのみ。
「‥‥フェリオ。貴方は今、幾つ?」
 一通り流し聞いた後、ため息と共に長が呟いた。
「年齢、ですか? 13ですが‥‥」
「そう‥‥では次の質問です。貴方は恋をした事がありますか?」
 ひとつめの質問には、首を傾げながらも普通に答えていたフェリオだったが、ふたつめの質問には目をぱちくりとさせた。何故そんな事を問われるのかがわからなかったからだ。老人達も怪訝そうな顔を互いに見合わせている。
 しかしそんな彼らの様子も何のその、長は楽しそうに、ふふっと笑った。
「わたしはまだ恋というものをした事がありません。結婚をするのは、恋を経験してからでも遅くはないとは思いませんか」
 老人達の表情はこれで一気に険しくなったが、長はまったく気にしていない様子。
「長として、次代を残す事が最重要課題のひとつである事は理解しています。ですが、わたしとて感情を持っています。大切にしあえる人とこそ、一生を共に過ごしたいのです。‥‥亡くなられた貴方のお姉さんとシュアリーのように」
 仲睦まじくて、羨ましかったですよ。そう言って微笑んだ長は、長ではなく、シェラという名のひとりの女の子だった。
「僕も、そうでした‥‥。幸せそうなふたりを見ていると、胸がとても暖かくなって‥‥」
 フェリオの目頭が熱くなる。亡き姉を今も想い続け、自分の事も大切にしてくれている、義理の兄となるはずだったシュアリーに思いを馳せて。
 戦いを続ける以上、いつ命がついえてもおかしくない。老人達はそれゆえにできるだけ早い時期での婚姻と次世代とを望んでいるのだろうが――。
「結婚して親となるよりも先にすべき事は、まだまだありますから」
「はいっ」
 老人達の渋面もなんのその。長とフェリオは手を取り合って笑い合った。

 多くの出来事があった。
 多くの悲しみがあった。
 傷ついた者もいた。
 長き戦いの歴史には、しかし、多くの歓びがあり、幸福な者がいた事も、また事実。
「親玉を倒したのですから、当面は大丈夫‥‥でしょうか。――でも」
 見晴らしのいい山の上、よく晴れた青空の下、フレドリックは弓を弦に走らせる。回想に耽りながら、澄んだ音を響かせる。時折そよ風に髪を悪戯されるも、気に留める事なく。
「――ここからまた始まるのですよね‥‥きっと」
 激しい戦いだった。が、全てが片付いたわけではない。禍魂の一族は長を倒したとはいえ残っている者達がいるだろうし、元々個人主義の塊であるらしい彼らはディエルの死などほとんど気に留めていないだろうから、いつ動き出しても不思議ではない。魔物にいたってはまだまだそこらじゅうにいるはずだ。
 戦いは終わらない。少なくとも、彼の命あるうちには。
「となるとやはり、クロードさんが里を出てしまったのは神魂にとって大きな痛手ですかね‥‥」
 禍魂の娘エリスを連れ帰ったクロードを待っていたのは、里の者達からの批難の嵐だった。長とルベールはクロードの意を察してなんとか批難をおさめようとはしたが、魔物の血への反発は大きすぎた。
 数日後には、クロードとエリスの姿は消えていた。あくまでも自分の思う「神魂の生き方」を貫くという、書き置きを残して。
「今はどこで何をしているのでしょうか」
 せめてこの曲が届けばいい、と。
 神魂の里に古くからある子守唄を、彼は弾き続けた。





 シュッ。
 小さな刃が、小さな動物の息の根を止めた。瞬きほどの間の出来事だったので、その兎も苦しむ事なく逝けただろう。
 黒髪の幼女は兎の耳を掴んで持ち上げると、兎の首筋から無造作にナイフを引き抜いた。まだ固まらない血が彼女の手を汚したけれど、彼女はかまわずに来た道を戻っていった。
 少し歩いて、コートを纏った灰色の髪の青年の姿が見えてきた。青年にはあまり似つかわしくない、白い花畑の中に。
「何をしているの」
 幼女が声をかけると、青年は振り向いた。手にはちょうど出来上がったばかりの花冠を持っている。
「‥‥呆れるわ。いい年の男性が花の冠なんて。しかも何、そのみすぼらしい作りは」
「そう言うな。これでも必死で作ったんだ。ほら」
「きゃぁっ! 勝手にひとの頭に乗せないで!」
「要らないなら返せ」
「‥‥返したらどうするつもり?」
「俺の頭に乗せるだけだ」
 それはさすがにまずかろうと、予想図を脳裏に浮かべた幼女の頬が引きつった。仕方ありませんわね、と特に酷い部分を自分で手直ししてから、彼女は改めて花冠を自分の頭上に乗せた。
 その瞬間青年が微笑んだように見えたのは、彼女の気のせいだったろうか。
「後で一回凍らせてみるか。長持ちするようになるかもしれない」
「それはもういいですから、次はどこへ向かってどんな魔物を倒すのかを教えてくださる?」
「今回は自分から手伝ってくれるのか? 今まであんなに嫌がっていたくせに」
「手伝わなければ食事抜きにするからでしょう!? わたしはおいしい食事を望んでいるの! 例えばこの兎、ただ焼いただけではなくて、きちんとした調理を経た兎を!!」
 幼女の主張はわからなくもないが、焚き火と最低限の旅装のみでは、たいした事もできない。
 やれやれとぼやきながら、青年は手を伸ばした。幼女の前へ。幼女はぐっと息を呑んだ。だが諦めた様子で肩を落とすと、青年の手をとり、握り返した。
 兎を調理してくれる人がいそうな街に向かって、歩き始める。

 鈴蘭の花冠をいただいた幼女と、彼女を連れた青年と。人々を苦しめる魔物を討伐する二人の噂は、いつの日にか、神魂の一族の里にも伝わるだろう‥‥。





●CAST
ミリア:日下部・彩(fa0117)
クルス:緋河 来栖(fa0531)
フェリオ:晨(fa2738)
カミオン:ウォンサマー淳平(fa2832)
ダイン:モヒカン(fa2944)
フレドリック:辰巳 空(fa3090)
クロード:藤井 和泉(fa3786)
シュアリー:羽生丹(fa5196)