伸ばした手は誰のもとへアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 10人
サポート 0人
期間 07/15〜07/19

●本文

 パシャ。
 静かに流れるインストゥルメンタルの中、フラッシュが瞬く。
 パシャ。
 被写体が肩の角度を変えれば、そのたびにまた、フラッシュが瞬く。
 パシャ。
 今度は正面。被写体の姿勢はあくまでも自然体。けれどその瞳は、澄んだ海の色でありながら、己の映す全ての者の心を捉える事にとても貪欲だった。

 ◆

 撮影終了後、天王寺焔は着替えるよりも先にまず、折りたたみ携帯をぱかっと開けた。友人や仕事仲間からのメールがいくつか入っている。かちかちかちかち。優先度の高いメールを判断して、自分の判断で返せるものにはすぐさま返信する。
 と、指の動きが止まる。書きかけのメールを一旦保存して、次にスケジュールの画面を開く。
「‥‥ちょっとギリギリ。移動に時間がかかると危険域」
 この時間帯は混んでるんだよねぇ――思考を整理する為に口にも出しつつ、どうしたものかと焔は首を傾げた。
 そうして無防備に露出した首元へ、自販機から出てきたばかりのミネラルウォーターのボトルが、ぴたりと。
「うわあああああああっ!!!!?」
 焔は叫んだ。その勢いで、座っていた折りたたみ椅子から立ち上がり、ぐるんと体ごと振り向いた。モデル仲間の青年が、ボトルを手にニヤニヤしながら立っていた。
「何するんだよっ」
「いやぁ、モテ期突入の誰かさんが、デートの算段つけるのに一生懸命だったからさぁ。何て言うのかなあ、‥‥つい?」
 そう言いながら、彼は焔にボトルを手渡す。くれるらしい。
「‥‥デートじゃないよ。仕事。打ち合わせしたいって、契約先が――って、誰がモテ期なのかな」
 一応感謝して、キャップを開ける。長時間照明に晒された体は火照っていて、冷たい水は心地よい。あまり冷えすぎているものを体内に取り込むのはいけないと聞くが、この際そんな事はどうでもよくなるほどに。
「お前だよお前。この前の特番見たぜ? 一人で何人もの女の子からアタック受けやがったくせにそれを全部棒に振るなんざ、男の所業じゃないね」
「見られてたか‥‥。‥‥別に、ふったわけじゃ」
「俺にしてみりゃ、ふったのと同義なんだよ」
 次は自分の分のボトルで焔の頭をぐりぐりと押してくるモデル仲間。焔は圧迫感と痛みを覚えるが、仲間の言に反論ができないので黙りこむ。
 手の中の携帯をじっと見つめて、焔は自分自身に問いかける。

 ――君は、どうしたい?

●今回の参加者

 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa0921 笹木 詠子(29歳・♀・パンダ)
 fa1737 Chizuru(50歳・♀・亀)
 fa1780 山田夏侯惇(10歳・♀・豚)
 fa3092 阿野次 のもじ(15歳・♀・猫)
 fa3547 蕪木メル(27歳・♂・ハムスター)
 fa4040 蕪木薫(29歳・♀・熊)
 fa4396 葉桜リカコ(16歳・♀・狸)
 fa5245 キム・ヘヨン(20歳・♀・小鳥)
 fa5442 瑛椰 翼(17歳・♂・犬)

●リプレイ本文


 Chizuru(fa1737)は覚えのある顔がスタジオに入っていくのを追った。撮影の片づけが始まる中、椅子でうなだれている天王寺焔その人に、彼女は声をかけた。
「PSFの番組で少しご一緒してますが、覚えていらっしゃらないと思いますので」
 自己紹介する彼女に、しかし焔は微笑んで「もふもふしたよね」と返した。疲れた笑顔だった。
「これ、どうぞ」
 ケーキ屋等で使われる紙製の箱。開けてみると、特大シュークリームがこんにちは。瞬時に焔の目が輝いて、Chizuruはくすくす笑う。
「先日の特番‥‥恋の悩みのようですね」
 一口頬張り堪能するのを見届けてから、本題に入る。図星だったので、二口目にいこうとして口を大きく開いたまま、焔の動きが止まった。
「一目ぼれならいざ知らず、その場で好き嫌いを出せる人は少ないでしょう。二〜三回会ってから決めてもいいのではないでしょうか」
「‥‥」
「大事なのは相手の気持ちを真摯に受け止め考える事‥‥その様子だともうわかっているのでしょう? あなたがそこまで悩んで出す結論なら、お相手も納得するのではないかしら」
 どんな答を出すにしろ、近道はない。悩むしかないのだ。
 二口目に行けないまま、焔は口を閉ざしてしまう。シューを一旦箱に戻すという行動にも移れないのは、思考回路がパンク状態だからだろうか。
「私はもう行きますが、よろしければどうぞ。悩みは溜め込まずに吐き出す方が楽になりますよ」
 Chizuruは自身のメアドと携帯番号を書いたメモを焔の手に持たせた。いざという時の逃げ道があるというだけで、人は安心感を得られるものだ。
 立ち去りかけて、彼女は足を止めて振り返る。焔がもやのかかったような瞳でこちらを見ている。
「参考までにですけど、天王寺さんの理想の恋人像ってどんな方ですか?」
 それは焔の恋愛観を探ろうとしての質問だった。
「‥‥俺と一緒に色々食べて、色々してくれる人、かな」
「ありがとうございます。では、これで」
 理想の恋人に厳しい条件を幾つも求める人もいれば、漠然としたイメージのみを抱いている人もいる。焔は後者だった。

 後姿を見送ったままぼんやりしていると、焔の視界にちらちら動くものがあった。我に返りシューを完食した後、小走りでそちらに向かう。動いていたのは彼もコピーを持っている甘味処マップ。動かしていたのは笹木 詠子(fa0921)。
 詠子は飛んできた焔ににこりとすると、彼を外へ連れ出した。
「小倉にクリームに栗あんに抹茶、好きなの選んでね?」
 向かった先は近くの通り。マップにも記されているタイヤキ屋だった。
「今日もお疲れ様ー」
 焼き立てのタイヤキ片手に、焼き立てを食べられるように置かれた椅子へ、並んで腰を下ろす。自販機で買った缶烏龍茶で乾杯して、喉を潤す。
「お祭りの勢いとは言ってたけど。多分あの子も君と同じ位悩んでる。こんなに悩ませるなら言わなきゃ良かったって」
 でもね、と詠子は続ける。
「好きでもない人と仕方なくお付き合いするのは、相手に失礼だと思う。試しに‥‥とか、そういうの、ダメなんでしょう?」
 焔が小さく頷くと、詠子の肩が大きく下がる。深く息をついたのだ。
「無理に恋愛する必要はないわよ。友達から始めればいいじゃない」
「でも」
 友達から。それは焔がとった道。モデル仲間に振ったと同義と言われた道。だが詠子は、そういうやり方もあるのだと、肯定した。
「友達からって言葉は逃げ道じゃないと思う。良い所を見つける為の準備期間ね。それを見つけないと、恋ってできないもの」
 その結果どうなるかは、神のみぞ知る。とはいえ前向きであるのだから恥じる事はない。少し心の軽くなった焔は、奢ってもらったタイヤキをあっという間に平らげた。

 その日の仕事はもう終わりだった。家に帰ったらまた沈みそうな気がして、モールをただ歩く。すると荷物を抱えてメロンパンをくわえた湯ノ花 ゆくる(fa0640)が店から出てきた。焔が呆気にとられていると向こうも焔に気づき、頭を下げた。
「相手の事を‥‥良く知る為にも‥‥、先ずは‥‥お友達からが‥‥基本ですよ‥‥」
「キミもそう思う?」
 これも何かの縁と、焔はゆくるからも意見を聞こうとして適当な段差に座りこんでいた。つられて、ゆくるも。
「はい‥‥。でも‥‥友達は‥‥何人いても‥‥いいですけど‥‥本当に好きな人は‥‥一人に絞っておいた方が‥‥」
「それが出来ないから悩んでるんだけど――」
「‥‥流されて‥‥付き合うのは‥‥あまり‥‥良い事とは‥‥思えないです。相手の方にも‥‥失礼です‥‥」
 失礼だ。そう言われて、焔の表情が凍りつく。
「好きな人が‥‥いないのなら‥‥無理して‥‥今すぐ‥‥決める‥‥必要は無いです‥‥よ?」
 凍りついた焔を溶かすように、ゆくるは暖かい笑みを浮かべる。大好きなメロンパンを抱きしめて彼女は言う。中途半端な優しさは、時に残酷なのだと。
「本当に‥‥好きな人が‥‥できたら‥‥迷う必要なんて‥‥無いです‥‥」
 焔も自分の胸に手を当てて、静かに目を閉じてみる。自分の気持ちに問いかけて、自分の気持ちを確かめる為に。
 ゆくるは立ち上がった。荷物を抱えて、ぺこりと一礼する。
「‥‥それでは‥‥明日の‥‥メロンパンの‥‥仕込みが‥‥ありますから」
「ごめんね。引き止めちゃって。仕込み、頑張って」
「あなたも‥‥頑張ってください‥‥」
 ポケットから新たなメロンパンを取り出し、焔に渡す。勿論、ポケットサイズ。
「‥‥パン屋さんなのかな」
 遠ざかるゆくるの背中に、焔は思った事を呟いた。携帯にメールが届いて震えたのを感じながら。


「すみませんでした!」
 焔をメールで呼び出したのは山田夏侯惇(fa1780)だった。名前こそ三国志に出てくる武将のそれだが、まだ10代前半の少女だ。その彼女が今、焔に対して深くお辞儀をして、謝罪している。焔のほうが恐縮してしまっているが、それでも彼女はやめない。
「よく考えるまでもなく、天王寺さんにとって自分は見ず知らずの女の子。突然一方的な好意を押し付けられても、戸惑うのは当然だと思います。それで、天王寺さんが責任を感じられる必要はありません」
 何を言おうか、幾度も考えてきたのだろう。すらすらと言葉を発し、焔が口を挟む隙を与えない。
「自分はまだ子供ですし、大人である天王寺さんとお付き合いするなんて、やはりどこか不自然です。それに子供だという事は恋愛の事や本当に天王寺さんの事が好きかどうかも、勘違いしている可能性があります。自分でもわかっていたはずでした。なのに‥‥」
 場所をカラオケにして正解だったと焔は思った。これが喫茶店だったなら今頃周囲の注目の的になっていただろう。
「もしかしたら選んでもらえるかもしれないって、ちょっとだけ、期待していたんです」
 ふっと夏侯惇の声のトーンが落ちた。
「ダメだった時は、やっぱり、と自分に言い聞かせました。けど本当は悲しかったんです。わかっていたはずなのに、悲しかったんです」
 芸能界に属する子供は、多くがどこか大人びている。彼女もそうだ、一人称が苗字である子供はそういない。
 しかし今、焔の前で泣きそうな顔をして必死に説明している彼女は、年齢相応だった。焔に庇護欲を抱かせるには十分なくらいに。
「ごめんね。悩んだのは、俺だけじゃなかったね」
 あやすように、焔は彼女の頭を撫でた。腰をかがめて視線を合わせ、また撫でる。
「キミに好きだって言ってもらえて、嬉しかったよ。まあ、年齢はちょっと‥‥下手したら犯罪になりかねないのが」
 素の夏侯惇を正直にぶつけられたお礼を兼ねて、焔も正直なところを返す。世の中には歳の差カップルも少なくないが、いい大人が小学生や中学生を、となると話は別だ。
 夏侯惇はふるふると首を振った。
「突然のアタックでしたが、あれをスタートと考えて頂いて、これから仲良くして欲しいです。10年後とは言わず、5年後には天王子さんの方から告白してもらえるよう、頑張ります」
 5年後でも微妙に危険かも、と焔は思ったが、言わないでおく。どれだけ自分が心動かされる素敵な女性へと成長するかが、純粋に楽しみだというのもある。
「覚悟しておいて下さいね」
 零れそうになった涙をぐっと引き止めて、ウィンクひとつ。女の子って強くて前向きだ。そう感じながら、楽しみにしてる、と焔は応えた。

 数時間後、焔は行きつけのジムで別の子との待ち合わせだった。汗を流しつつ時間を過ごしていると、携帯に相手からメールが届いた。
『これを読んで振り返ると死ぬ‥‥かも』
「‥‥」
 楽しそうな顔文字付だ。思わず焔は顔を引きつらせる。直後、彼は背後から衝撃を受けた。
「おっまたせぇー♪」
 阿野次 のもじ(fa3092)。わが道を行く彼女の突撃には、適度に鍛えてある焔も耐え切れず跪いた。
「最初に『勝負』ってメール送ったでしょ。身構えておかなきゃダメじゃない」
「うん‥‥そうだね‥‥」
「何、この前の事を気にしてるの? 私は気にしてないんだけどな。むしろ途中で乱入した私が謝らなきゃいけないくらいだし」
 焔は相槌を返しただけなのに、話は勝手にどんどん進んでいく。
「た・だ・し。プリンに現実逃避したのは−100万点ね。甘いものは頑張った自分に対するご褒美って位置ツケでないと!」
 鼻先に人差し指を突きつけられて更に怯む焔。のもじの勢いもさる事ながら、正論だと思えるので、何も言えない。
「選べないなら、まずは誰とでも釣り合う自分になればいいのよ。そうすれば女の子も頑張ろうって切磋琢磨して全員ハッピーなのに」
 タオルを振り回す彼女の姿は、確かにあまり、というか、全く気にしていないように見える。それは焔には救いとなった。
 そして彼女の言は、目から鱗が落ちる内容だった。誰とでも釣り合う、つまり誰に対しても自信をもって接せられるという事は、とても難しいが実に有意義であろう。
「そもそも焔君にはもっと精進してもらわないと」
「なんで‥‥」
「ふふ、この私、阿野次のもじと付き合うという事がどれほど困難であるかについて、語らなければならない時が来たみたいね!」
 別にいい、と言うには遅かった。彼女は熱意を込めてオフに起こった事件‥‥否、デート中の出来事を、切々と語り始めたのである。ぽかんとする焔そっちのけで。
「――じゃ、今日も一日頑張った我らにご褒美♪ いざ、甘味処巡りへ!」
 語り終えると、満足げに彼女は言い、そこでようやく、焔の隣に瑛椰 翼(fa5442)がいる事に気がついた。
「甘い物を食べるならとことん付き合うぜっ」
 ちなみに、翼は最初からそこにいた。
「誰?」
「焔兄貴の弟分。さっきそうなったんだよなー」
 翼の存在は、のもじにとっては邪魔だっただろう。だが焔にとっては、のもじのマシンガントークの矛先が向かう別口を確保できた事が、少し嬉しかった。
 その翼からは「自分の気持ちに正直なのが一番なんじゃない?」と甘味を食べながら言われ、焔はまた、苦悩から抜け出す一歩を踏みしめる事になる。


「‥‥その、先日はカオルが凄く恥ずかしい事を主張したみたいで」
「あなたは?」
 焔は、彼の右腕を掴んでいる男に問いかけた。男は蕪木メル(fa3547)と名乗り、LSPで焔を指名した一人である蕪木薫(fa4040)の夫だと告げた。妻から焔を連れてくるように言われているとも。水族館へ連れて行ってくれるそうで、他にもキム・ヘヨン(fa5245)という女性と、こちらもLSPで焔を指名した葉桜リカコ(fa4396)が、薫と一緒に待っているらしい。
 スタジオには忘れ物を取りに来ただけで、焔は今日一日オフだ。薫はともかくとしてリカコがいるのなら断る理由は無い。会わなくてはならないと焔は思っていた――思えるようになったのはこの数日だが。故に気を引き締めて、メルの手を借りずとも自分の足で歩き始めた。

 実際のところ、閉館後の水族館は一層幻想的で素晴らしいものだった。薫が手に入れたと招待状に感謝して、一行は韓国料理屋へ。
「天王寺君、なんや悩める少年の顔をしとらんかな〜?」
 薫の一言で焔は水を噴き出した。
「まあ、自分自身が欲する時まで気にせんでええんちゃうかな。恋愛は経緯であって目的やないし‥‥1人に縛られんでもええしな♪」
「経緯‥‥」
「あんまり一般的じゃない事を薦めないの!」
 メルが慌てて、飲みすぎの薫から酒の入ったグラスを奪う。その様子を、薫の言葉を噛み締めながらただ眺める焔の前に、ヘヨンが野菜で包んだ焼肉を置いた。
「ハンサムがそんな顔しては台無しです。美味しい物食べて元気になる。そうすると素敵な恋に逢えるかもなのですよ」
 ファイティン、と親指立てて激励してくれる彼女に、焔は笑顔で礼を述べた。

 帰り道、路線の関係で焔はリカコと二人になった。
「‥‥私も焔さんと同じ立場になったら、きっと同じような行動をとります」
 話しかけたのはリカコから。今日は一日ずっと、言葉を交わせずにいたのだが。
「自身の気持ちを大切に行動すればいいと思います」
「うん、いろんな人に言われたよ」
「焔さんが他の誰かを好きになっても、幸せになってくれればそれでいいです」
 自分は友達になれただけでも幸せだったからと、寂しそうに。
 彼女の言葉は本心かもしれない。けれど本当に「それでいい」で済むはずもない。
「‥‥本当に、難しいね。誰も傷つかないなんて、ありえないんだ」
 焔は空を見上げた。ネオンのせいで暗いながらも明るい夜空。それでも、幾つかの星の光が、瞬いて見えた。