【神魂の一族】OVA2アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 言の羽
芸能 4Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 21.7万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 10/01〜10/05

●本文

 小さな村だった。
 近くの山の細々とした鉱脈を掘る事でかろうじて食いつなぐ、貧しい村だった。外部の者が訪れる事もなく、鉱石を売るにも生活必需品を買うにも、痩せた馬の引く馬車で数日かけて町へ出るしかなかった。
 ゆえに、だろうか。その娘が現れた時、村人達は歓迎するでもなく排除するでもなく、何が起きたかを理解しきれていない様子で、きょとんとしていた。
「おなかすいちゃったぁー。喉も渇いたしぃー」
 鈴蘭の花を連想させる白いワンピース。細い手足。一旦目をやればすぐにわかる胸のふくらみの大きさと、腰のくびれ加減。
「食事、させてもらえないかなぁ〜?」
 大人の女性たる身体とは裏腹に、幼い造詣の顔。そして笑み。腰まで伸びる桃色グラデーションの髪よりも、その笑顔が何より人々の目を惹いた。
「お嬢さん、道に迷ったのかい? それにしても旅をしているようには見えない格好だが――まあいい、たいした物はなくて悪いけど、多少なら分けてあげるよ。次に馬車が出る日まで、うちに泊まるといい」
「あはっ、いいの? やったぁー♪ 貴方ってば、優しいのねぇ〜」
 やがて一人の男が提案し、娘はそれにのった。男に下心がないはずもないが、若い娘の絶対数も少ないこの村にあって、彼を責められる者もいない。

「‥‥綺麗だ」
 娘に馬乗りになった格好で、男が言う。娘は、寝台で仰向けになり、ワンピースの胸元の紐を解かれ裾をたくし上げられていても、変わらぬ笑顔を保っていた。すぐ横の壁にある窓から注ぐ月光が、彼女の笑顔を照らし出す。
「ふふっ、ありがとう♪ ‥‥ねぇ、来て?」
 妖艶に歪む唇が囁いて、男を誘う。とっくの昔に思考を放棄していた男は、誘われるまま、彼女の唇をむさぼった。

 ちりーん。

 娘の瞼が勢いよく見開かれる。

 ちりーん。

 聞こえてくるのは鈴の音。その音色に、彼女は覚えがあった。
「‥‥パパ」
 まどろみながら、聞いていた。彼女に名前をつけてくれた人が、腕に抱く幼子に、彼女の名前を教えるのを。幼子の持つ鞠の内側に在る鈴がころころ動き、彼女の記憶にその音を刻み付けるのを。
 自分の上にいた男を押しのけて、彼女は外へ出た。明るいと形容できるほどの月光を浴びながら、ぐるりと周囲を見渡した。
「ふぅん。やっぱり覚えているものなのね。お父様から聞いていた通りだわ」
 また鈴の音が聞こえて、彼女は身体ごとそちらへ向きを変えた。鞠を持った少女が立っていた。
「貴女‥‥」
「探したわ、セティ。二人目のシュティフタ。お父様に弄られた魔物」
 少女がくすりと笑って、鞠が揺れ、また鈴が鳴る。
「どうしたんだ、いきなり飛び出して」
 娘の豹変に驚いて追ってきたのだろ。男もまた、外に出てきた。
「嫌ぁね。早速? そういうところはシュティフタと変わらないのね。もう少し恥じらいと誇りを持ったらどうなのかしら。このわたしのように」
 少女の黒髪が揺れて、黒い瞳も汚い物を見る目になる。そして、ふん、と鼻を鳴らしたかと思うと、小さくも鋭いナイフを複数、娘めがけて投げつけた。
 できる限り少ない動作で投擲されたナイフは信じられないスピードで飛んでいったが、それらを跳んでかわした娘の瞬発力も信じられないほどだった。かといってナイフの行き先は変わらない。ただまっすぐ‥‥眼前で繰り広げられる光景に呆然としている男へ。
 ところが、ナイフはひとつとして男には突き刺さらなかった。男の前に、青年が立っていた。薄汚れたロングコートを着たもう青年の額には不可思議な紋様が輝いており、伸ばした右手の先には透き通った氷の盾が出現していた。ナイフは全て、この盾によって弾かれ、地に落ちていた。
「‥‥エリス。周囲には気を配れと、いつも言っているだろう」
「ごめんなさいねぇ、クロード。でも悪いのはわたしではないわ、大人しく受けなかったセティが悪いのよ。それに、その人‥‥もう呑まれていてよ?」
 男が、青年を背後から羽交い絞めにする。青年はちっという舌打ちと共にロングコートをはためかせ、自分を戒める腕の片方をつかみ、背負い投げた。男は衝撃で気を失った。
「くろーど‥‥? あ、頭が‥‥」
 娘の瞳が青年の姿を捉えると同時に、彼女の頭部を鈍い痛みが押そう。甘いようで、切ないようで、それでいてとても苦い痛みが。
「あなたの事も覚えているみたいよ、クロード? データはきちんと受け継がれているみたいね?」
「‥‥」
 氷の盾を消す青年が何とも言えない表情を浮かべた次の瞬間。娘の姿は、追いつけそうもないほど小さく、空に在った。山へと向かっているようだった。

 ◆

 アニメ【神魂の一族】

 剣と魔法のオーソドックスな西洋ファンタジー。あまり目立つと魔物に狙われるのではないかという考えから、また、対魔物で精一杯であり他国と争うほどの余力はないため、幾つかの国家は存在しているものの、他国を占領して大きくなろうという元首はいない。武器防具や建築等、戦いに関する文化はある程度の水準があるが、全体的な文化レベルは低い。大陸間移動の出来る航海術もない(このため、和風テイストは基本的に無し)。

【神魂(みたま)の一族】
 古き時代に神々と交わった人間達の子孫。個々に持つ紋様を指で宙に描く事で、額にその紋様が発現する。発現と同時に、生まれ持っての力を使えるようになる。弱く力を持たない人間達のためにのみ力を振るう事を絶対の掟としており、逆に言えば、この一族の持つ力こそ人間達が魔物に対抗する唯一の手段でもある。
【シェラ】
 神魂の一族の長。里を魔物や禍魂から守る為の結界を張る能力を持つ。
【ルベール】
 シェラの実兄。一族のナンバー2であると同時に、里と長を守る最後の砦。雷使い。
【クロード】
 ルベールに期待されながらも、己の信念を貫いて里を出た青年。エリスを連れて独自に魔物を狩る日々。氷使い。

【禍魂(まがたま)の一族】
 古き時代、神魂の一族とは異なり、魔物と交わった者達の子孫。紋様は額に常時発現しており、力も常時使用できる。己の快楽追及や弱肉強食などを行動理念としており、個体数は少ない。
【ディエル】
 禍魂の一族の長と呼ぶべき存在だった男。既に死亡。
【エリス】
 ディエルの実娘。力は父に奪われて失ったが、高い身体能力は変わらない。クロードには一応感謝してやっている。
【シュティフタ】
 虫や動物に似た姿の魔物よりも更に強力だとされている、人間型の魔物。既に死亡。ディエルによって色々と弄られていた。
【セティ】
 シュティフタ同様、ディエルに弄られた魔物。エリスいわく、シュティフタから採取された記憶や情報が刻み込まれているらしい。

・第一段階と第二段階
 神魂の一族の紋様の発現には、一族の者なら誰でも可能な第一段階と、死線を経験して己の力を引き出す事に成功した者のみが使用可能な第二段階とがある。第二段階になると力が飛躍的にアップする。

●今回の参加者

 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2832 ウォンサマー淳平(15歳・♂・猫)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa3786 藤井 和泉(23歳・♂・鴉)
 fa5394 高柳 徹平(20歳・♂・犬)

●リプレイ本文


「あなたがたに、伝えておかなければならない事があります」
 選別によって集められた者達を前にして、神魂の一族の若く美しい長、シェラはこう切り出した。
「二年前。一人の若者がこの里を出ていった事、覚えていますか」
 集められた者達、つまり長に対し片膝を折って礼を尽くしていたのは5人。そのうちの実に4人が、顔の筋肉を引きつらせた。特に今回の選別におけるリーダー格であるカミオンは一瞬で全身をこわばらせ、彼の師匠であり里のナンバー2でもある、長の横に控えるルベールから「やはりな」という目で見られていた。
「その者は、魔物を倒すという神魂の使命に疑問を抱き、自分なりの答を見つけ、結果として相反する存在であるはずの禍魂の一族の子を連れて、旅立っていきました」
「ふむ‥‥して、長殿。その話と今回の討伐、何か関係があるのかな」
 若い者達ばかりの面々においてその2倍、下手をすると3倍は齢を重ねていそうなダインが尋ねる。長い年月をかけて鍛え抜かれた彼の肉体には大小幾つもの傷が刻まれており、それと同様に彼の思考にも深みを持たせている。彼は既に、長が何故この話を始めたのかという理由に察しがついていた。
「あなたにはかないませんね。‥‥お察しの通り、今回あなたがたに向かってもらう先に、その者がいるのです」
「クロードさんが!?」
 赤毛のポニーテールを揺らして叫んだのはミリア。だが直後に、カミオンの顔色を気にして自らの口を両手で塞いだ。もう遅いのだが。
「彼が独自に魔物退治を続けている事は、風の噂で私の耳にも届いています。今も禍魂の子を連れているのだとしたらきっと、私達の知りえない情報でもって、魔物の位置を特定しているのでしょう。今までかち合わなかったのは彼らによる退治が迅速に行われた為でしょうが、今回は恐らくそうはいきません」
(「強いんですか? 今回の魔物」)
 説明をする長が息をついたのを見計らい、リュートの心の声が皆に届いた。魔物という単語には大きな憎しみが滲み出ていて、彼女自身もそれを隠そうとはしていない。
「強いでしょうね。一般的な魔物よりは。――覚えがあるでしょう? 人間型の魔物、見目麗しき女性の姿をした、かの魔物の事は」
 皆の視線が、改めてカミオンに向かう。石のように俯き続けていた彼だったが、長に名指しされてようやく、それでもたっぷりと時間をかけて、答えた。
「シュティフタ‥‥」


 その村へ行ってくれる馬車などなかった。
 一族の命を受けて里の外に出る者達には、宿泊費などの為に必要な経費として、少々の金が出発前に手渡される。個人の金を持ってくるものもいるだろう。しかしそれでも、5人の乗れる馬車を数日間借りるには到底足りない。
 仕方なく彼らは終始歩く事になっているのだが‥‥緊迫した空気がこうも続いては、誰の神経も磨り減っていた。ただ一人、トーマス以外は。
「だからー、俺はジジイの派閥争いの巻き添えをくらって今回の討伐に参加させられたわけッスよ。いい迷惑ッスよね、こっちはそーいうのに興味ないってのに。マジで本当にさっさと寿命迎えろって言いたいッス」
 普段から軽い口調なのだし、その調子で世間話や笑い話でもしてくれれば、わずかなりとも場の空気が和んだだろう。だが彼からもたらされる話は、彼を権力争いのダシにする祖父への恨み言だった。
「‥‥黙れ」
「うちのジジイは口うるさいッスから、ルベール様も逆らえなかったんッスよ。親父だってお袋だってあのジジイには――」
「黙れって言ってんだよ!!」
 トーマスのすぐ前を歩いていたカミオンが急に立ち止まり、かと思うと、硬く握り締めた拳でもってトーマスの横っ面を殴った。あまりにも急で、彼はどんな防御姿勢も取れないまま、後方に吹っ飛んだ。
「いってぇ‥‥何するんッスか!」
「黙れって言ったのにお前が黙らないからだろ!」
「なんでそれだけでこんな痛い思いしなきゃならなのかって事ッスよ!?」
 激昂した彼らは互いの胸倉をつかみ合い、場は一気に険悪な雰囲気へ突入する。リュートが二人を止めようとして、けれど間に入るタイミングが見計らえずに、おろおろとしている。
「ミリア」
「はい、お師匠様」
 べりっ、という音が聞こえてきそうな様だった。怪力を自慢としているダインとミリアがいがみ合う二人の後方から彼らの肩に手を乗せ、そのまま引き剥がしたのだ。
 力任せに引き剥がしたのだから、二人の肩には、一瞬ながらも相当の痛みを感じるくらいには指が食い込んでいた。
「ワシらが争って何になる。リーダーたる者がそのザマでは、あのボーイに笑われてしまうぞ」
「‥‥っ」
 ダインの言葉で、カミオンの顔が今度は羞恥で赤くなる。けれど言い返す事はせず、黙って進行方向への歩みを再開した。ただしそれはかなりの大股で、女性では小走りでないと追いつけない程だった。
 トーマスはそんな女性二人の更に後ろを、不満たらたらな様子でついてくる。
「これは本当に笑われてしまうかもしれんな」
 真白い豊かな髭を撫でつけながらダインが漏らす。
 前方に建物らしき影は見えない。集落までまだかなりの距離がありそうだった。


「何を考えているのかしら?」
 一晩の宿として借り受けた納屋の中。毛布に包まる横たわるエリスは、じっと何もない壁を眺めているクロードの横顔を見上げていた。
「いや、別に‥‥」
「隠さなくていいわ。セティの事でしょう?」
 随分と探してやっと見つけた者の名を出しても、クロードは別段何の反応も示さない。しかしエリスにはその態度にこそ彼の胸の内が表されているという確信があり、ゆえにくすりと笑った。
「そうね、あなたはシュティフタの時もそうだった。魔物なのに。魔物でしかないのに。すっかり心を乱されてしまって」
「‥‥」
「でもセティは、シュティフタとは別物なのよ」
 ぴしゃりと鼻先で扉を閉めるかのような物言いだったが、これでようやくクロードは初めて反応らしい反応を見せた。どういう事だ、と聞き返したのだ。
「命令には確実に従わせる為、あれはお父様という存在にとても強く依存するように設定されていたわ。それはもう、娘のわたしでもイライラするほど」
「依存‥‥そうか、それで、ディエルに捨てられまいとあんな――」
 クロードの脳裏に浮かび上がってきたのは、『パパ』の為に多くの命を奪ったり身を清めたりする、子供の心を持つ彼女の痛々しい笑顔だった。
 ふん、と面白くなさそうにエリスが鼻を鳴らす。
「高依存ゆえに身動きが取れなくなっていたあれを、お父様は捨てた。そして、依存度を下げた個体を新たに作ったわ。それがセティ。感情の起伏も随分と抑えられているはずよ」
「成る程ね‥‥」
 一時間ほど前、クロードとエリスはセティの『食事』の邪魔をした。にもかかわらず、彼女は二人に冷ややかな眼差しを送っただけで、目を離した隙に撤退していた。これがシュティフタだったなら、「ひっどーい!」から始まって、しばし騒ぎに騒いでいた事だろう。
「何を笑っているの」
「‥‥笑ってない」
「嘘。頬が緩んでるわよ」
 身体は寝かせたまま、エリスはクロードの頬に手を伸ばし、その肉をむにっとつまんだ。
「気のせいだろう」
「‥‥まあ、別にいいのよ? あなたが笑おうが泣こうが、わたしには関係がないのだし。でも、これだけは心に留めておいてくれるかしら」
 夜の闇と同じ色を持つ瞳が、彼女に向いた。彼女は手を離した。
「セティにはシュティフタの記憶が確かにあるわ。でも――それに流されないで」
 入れ替わりに、今度はクロードがエリスに手を伸ばす。彼女の毛布を首元まで引っ張り上げてから、安心させるように、親が子にするように、彼女の頭を軽くぽんぽんと叩いた。


 次の日。集落にたどり着いた神魂の面々は、各戸をまわって情報を集めた。だがそうする事で再び彼らの空気が張り詰めてしまうのは、避けようがなかった。坑道で働く者を取りまとめている中年男が胡散臭そうに面々の顔を見定めつつ、男と少女の二人連れについて話し出したのだから。
「昨晩、納屋を貸したんだよ。あの女を捕まえなきゃならないとかで、今朝がた山のほうに向かっていった。まあ最低限の礼儀は持ち合わせていたようだがな」
 棘のある物言いなのはその二人に対してか、今彼の前にいる面々に対してか、はたまたその両方か。外部の人間への警戒が感じとれた。
「あの女?」
「突然やってきて、腹が減ったと騒いだのさ。それを若い奴が家に連れてってな。‥‥何をどうしたのかはわからんが、ただでさえ少ない働き手を一人、使い物にならなくしてくれたよ。それなのに仕事場まで荒らしやがるのか、あの女はっ」
 彼の言う女というのが今回の退治目標である事は会話の内容から察せられた。
「行くぞ」
 男に軽く頭を下げてからカミオンはそう言い、足早に退出した。他の者もそれに続いた。

「あのー」
 むやみに刺激しないよう、控えめを心がけているのだろう。山へ向かう道中、おずおずとミリアは切り出した。
「クロードさんと会ったら、どうするつもりなんですか‥‥?」
 それは誰もが思い、考えていた事だった。けれど口にするのを避けていた。話題に出せば昨日のように喧嘩が始まりそうだったし、そうすればチームワークが乱れて彼らの帯びている使命に支障が生じる事は明白だった。
 ならばなぜ、ミリアがあえて全員に明言させようとしたのか。その答もまた明白だった。
「ふむ。確かにそろそろはっきりさせておかねばならんな」
 掟を破って里を脱走した者には、上層部から追討令が出されている。なのに、長から出発前に下された命は、「良いようにしてください」という、ある種どうとでも取れる一言だけだった。
「長殿は事情を把握しておられる。ルベール殿もしかり。ゆえに、ワシらに一任されたのだろう」
「ジジイどもは権威とかそーいう建前にはうるさいッスからねー」
 つまるところはダインとトーマスの言うような事情があるからこその、言葉だったのだ。長と次席とはいえ、年長者達の意見を表立って無視するわけにはいかない。
「姿形など些細なもの、問題となるのは生き様。ワシはあのボーイの生き様に口出しをするつもりはない」
「あっ、オレもオレも。実害がないんだったらどうでもいいッスよ。わざわざ行動すんのなんて面倒じゃないッスか」
 深い考えあってのダインと、見るからに浅慮なトーマスは、実によい比較対照だった。
「私は、親子水入らずでそっとしてあげてもいいんじゃないかなって、思うんだけど」
 この話を始めた張本人であるミリアはこう述べたものの、リュートの片眉がぴくりと動いて異論がある事を示した。
(「‥‥魔物も、禍魂も、嫌いです」)
 親子だなんてとんでもないと、暗に述べる心の声。彼女の両親も魔物との戦いで力尽きているのだと思い出して、ミリアのなかに居たたまれなさが生まれる。
「討つのも、ほっとくのも、冗談じゃねぇ。意地でも連れ戻す」
 カミオンが右の拳で反対の手のひらを打つ。黒手袋のせいで非常に乾いた音が鳴る。その瞳が揺るぎなく見つめる先には――ロングコートの裾をわずかにたなびかせるクロード、そして彼と手を繋ぐ少女の姿があった。
 手袋をはめた手が素早い動きで宙に紋様を描く。連動して額で輝きを発し始める、同じ紋様。皆があ、と気づいた時には既に、彼は走り始めていた。バチバチと輝く雷をその手の中に生み出しながら。まっすぐに。
「クロードぉぉぉっ!!」
 咆哮が彼らの耳にも届いたのか、振り向いた。そして自分達に何が迫っているのかを瞬時に察知すると、エリスが繋いでいた手を離して後退すると同時に、クロードは慣れた手つきで紋様を宙に描いた。
 紋様の発動。能力の開放。前方三面に現れる、透き通った氷の壁。
 立ちはだかる壁にいつぞやの記憶が蘇り、カミオンが舌打ちする。わずかな傷ひとつつけられなかったあの頃と今とでは、違う。そう信じて、球状に圧縮した雷を壁にぶつけた。熱い鉄を打つ時にはじける火花に似たものが、両者の間に広がった。
「なんで里を出てったんだよ!?」
「エリスがいたからだ」
 カミオンが問いかけ、透明な壁の向こう側にいるクロードが答える。
「一族よりも優先するほど大事だったってのかっ」
「独りになった幼い子供を放っておけなかった」
「子供っていっても、禍魂なんだぞ!」
「禍魂としての能力は2年前にディエルに奪われたから、危険はない」
「だったらどうしてそれを皆に説明しなかった!?」
「‥‥」
 ピシリという小さな音がした。クロードが見てみると、氷の盾に亀裂が走っていた。
「事情を知ってて、お前の性格もわかってる仲間がいたのに、お前は何も言わずに出ていった! あんな紙切れ一枚だけ置いて‥‥だから俺は、お前が許せないんだよっ!!」
 ビシッビシッと音は繰り返される。亀裂の数も増え、より深く刻まれる。
「お前には力がある! 力のあるお前の言葉なら、いけ好かないジジイ達だって耳を傾けざるをえなかったはずだっ。それなのに――それなのに!!」
 雷の塊が一層輝きを増し、ついに、盾の耐久力が限界を超えた。きらきら煌めく氷の欠片となって、霧散した。相殺されて、雷も輝きを失ってしまったが。
「一人で抱えてんじゃねーよ!」
 遮る物がなくなったところへつかつかと歩み寄り、ぐいと胸元をつかむ。クロードはやや勢いにのまれた様子で、立て続けに叫んだ為に息の荒くなっているカミオンを見ていた。
「そこまでよ。その手を離しなさい」
 凛とした声が彼らの意識を彼らだけの世界から引きずり戻す。
「‥‥エリス、か?」
 幼い頃の2年間というものは、特に外見に大きな変化を及ぼす。幼女から少女へと成長したエリスもまた、カミオンにとっては一瞬戸惑ってしまうほどに変わっていた。
 カミオンとクロードの競り合いが時間をくったおかげで、神魂の面々が続々と到着する。けれどエリスの視線は、彼らの姿を認める為にほんの一瞬だけ、そちらへ向けられるのみに終わった。
「威勢のよさは相変わらずね。その手袋ごと、ナイフで刺してあげてもいいのよ」
「‥‥まさか、本当にナイフの扱いを覚えるとは思わなかったぜ。あの時の修行が役に立ちそうだ」
 そう言って、カミオンはクロードから手を離した。
 あの時とは何の事なのか。気にならなくもないエリスだったが、直後ぞわりと背筋を襲った殺気と呼んでも差し支えなさそうな気迫に、口元を引き締めた。
「まあいいわ。あなたがたは、どうぞそちらの坑道を探索してちょうだい」
 坑道は一本しかないわけではない。より良い採掘地点が探された結果として、山には幾つもの穴が開いている。エリスはそのうちのひとつである、すぐ横にある穴をピンと伸ばした人差し指で示し、自分は別の穴のあるほうへ歩き去ろうとする。
「あ、待てよ。一緒に――」
「お断りね。そんな目つきの人と並んで歩けるほど、わたしは寛大ではないのよ」
 言い放つ声には、あからさまな棘が含まれていた。リュートの事を言っているのだと、他の者にはすぐに知れた。
(「いつまでその娘と一緒にいるつもりなのですか」)
 神魂の一族にしか伝わらない彼女の心の声が負けず劣らず棘を含んでいたものだから、クロードは苦笑を浮かべた。
「さあ‥‥俺にもわからない」
 返答にならない返答を残して、彼は早足で遠ざかる少女を追っていった。


「聞けなかった‥‥『クロードパパと仲良くやってる?』ってエリスちゃんに聞きたかったのに。反抗期を体感したかったのに」
 数分後、本気で残念がるミリアがいた。坑道に入り、壁に設置されてた蝋燭立ての様子から長年放置されている道だと判明して、とりあえず最奥に向かっているところだった。
 きっと可愛いのにと悔しげに続ける彼女へ、トーマスが不思議そうに問いかける。
「え? パパ? あの子のパパなんスか、あの人?」
「違う違う、パパ代わり、って事。あの様子だと、結構いいパパしてるみたいだしね。ああ‥‥クロードさんがあんなにいいパパになるのなら、ルベール様はもっと‥‥きゃーっ♪」
 瞬時に赤くなった頬に手を添えて彼女は身悶えする。どんな妄想をしているのかは、想像するに容易い。一方で、カミオンが嫌そうに眉根を寄せているのも理解できる。彼女が師匠の妻となるなんて冗談じゃない、という心境のはずだ。
 そうこうしているうちに、一行は行き止まりへと突き当たる。中央付近に苦労して穿たれたらしき小さな穴があるが、それだけだった。硬すぎる壁を前にして掘り進む事が出来ずに、この坑道を廃棄したのだろう。天井が低く道幅も狭いなか、ダインが鉄球をぶつけてみるも、びくともしない。しかし硬すぎるがゆえに、この壁の向こうには何かがあると思わされる。
「ふぅんっ!!」
 紋様の第一段階を発動させたダインによる、第二撃。衝撃は彼らのいる坑道のみならず山全体を揺るがし、天井からぱらぱらと砂を降らせる。全力が出せる地理的条件ではないのにそれだけの力を発揮できるのはさすがだと言えよう。
 これを二度三度と繰り返すと、最初は小さかった穴も何とか人が一人通れるくらいには大きくなった。ミリアが誇らしげに拍手を贈る。
 足を踏み入れると、何か硬いものを踏んだ。反射的に足を引いた後、灯をかざしてよく見てみると、育ちに育った木の根だった。坑道から続く土むき出しの床を全て覆いつくさん勢いで、無数の木の根が四方八方に伸びていた。
 木の根を頼りに中心へと辿っていく。そして次第に薬くささや生臭い匂いの発信源に近づいていく。鼻をつまむ者も出てきた。むせ返る不快な匂いはそのまま精神的な重圧となる。
(「‥‥血の匂い」)
 リュートの呟きが聞こえたのは、カミオンがまた足を止める直前だった。
「何だよ、これ‥‥」
 木に吊るされたソレから一定のリズムで垂れているのは、血液だった。
 ソレ――黒い羽の鳥は、一体ではなかった。揺り篭のようなうろを持つ太い幹の周囲に、軽く十を越える数が吊るされている。首がねじ切られていたり、中身がはみ出ていたり、あるいは外と中が裏返しになっていたり。なかには笑う女の顔を腹部に持つものもいて、かつて禍魂の長を倒す戦いに参加した者達に気味悪い記憶を呼び覚ました。
「おなかがすいてたの。邪魔されたせいで、最後までいけなかったから♪」
 揺り篭には人がいた。いや正確には人ではない。人型の、魔物。
「お前さんがセティだな」
「そうよぉ。ねぇ、どう? お爺ちゃんでも全然かまわないのよ? あたしのおなかをいっぱいにしてくれるなら。鳥じゃダメなのよぉ」
 集落に現れたセティは白いワンピース姿だったというが、今の彼女が身にまとうそれには紅い花が咲いている。
(「汚らわしい」)
 吐き捨てるリュートの声は、しかしセティには聞こえない声。カミオンから突付かれて、ため息ひとつついた後、別の坑道にいるはずのクロードへと声を飛ばす。
 注意深く辺りをうかがえば、肉塊と化しているのは鳥だけではなかった。多種多様な型の魔物が無惨な姿で揺り篭の栄養となっていた。ここが何なのか、ようやく彼らは理解する。――研究と実験の為の部屋だと。
「今まで、ずっと寝てたのか」
 嫌悪感にこめかみを振るわせながらも、カミオンがセティに問いかける。彼女は明るく頷いた。
「お山が揺れて目が覚めたのねぇ。そしたらすっごくおなかが減ってたから、近くの村に行ったのよぉ。超優しいお兄さんがいてね、もう少し、だったんだけどなぁ」
 ぺろりと舌で唇を舐める仕草は妖艶で、彼女が何者であるかを知らなければ幼い顔立ちとのギャップで容易く陥落してしまうだろう。
 だがこれで判明した。彼女はまだ人を殺していない。
「で、倒すんッスか? 倒さないんッスか? 処分するなら手伝うッスけど、面倒事は嫌ッス」
 大欠伸と共にトーマスがぼやく。本当にどうでもよさそうだ。けれどセティには聞き捨てならない内容だった。
「あたしを倒しに来たの‥‥?」
「あ、いや――」
「じゃあ、あたしも倒さなきゃ」
 繕う隙もなく、セティから発される重圧。人型の魔物としての力。桃色の髪の質量が膨れ上がったかと思うと、ざわざわと蠢いた。そしてそれに呼応したのか、吊るされていた鳥達がギャアギャアと騒ぎ始め、揺り篭の木からも無傷のものがたっぷりと生み出される。
「パパが言ってたの。あたしの好きなようにしていいって。邪魔したりいじめたりするイケナイ子にはやり返してあげようねって」
 そう言ってセティは可愛らしく微笑み、槍状に鋭く尖らせた髪を唸らせる。
 お世辞にも広いとは言えないが、それでも坑道よりは幅がある室内に、全員が散らばった。彼らの間を縫って、鳥達が飛び交う。刃のような爪とくちばしで新鮮な肉を貪ろうと、服の上からでも容赦なく肌を狙う。
「しょーがないッスね‥‥害虫駆除ッス」
 始めに動いたのはなんとトーマスだった。細身で小ぶりのナイフを取り出して鳥に投げる。その瞬間、ナイフが消えて、彼の立つ側とは反対から鳥の胴にめり込んだ。鳥が鳴き声を上げる間に近づいて、ナイフを引き抜きがてら、その身を裂く。
「強‥‥っ」
「オレの能力のインチキ振りは半端無いッスよ」
 ミリアが鉄球を振るいながら驚くのも、彼の祖父が孫に期待をかけるのも無理はない。それほどまでに彼の普段の言動と戦闘中の様子とは差がありすぎる。
「彼女の処遇をどうする、リーダー」
「決まってる。――セティには手を出すな、リュート!」
 まさに巨大な鎌を振り下ろそうとしていた少女を、カミオンが制止する。鎌は狙っていたはずのセティの胴体ではなく、襲い来る髪を切り落とすだけに留まった。心の声で文句を言われるのは予想していたが仕方ない。シュティフタの再来たるセティに対するには、彼の到着を待つべきだと考えたから。
「もっと早く来いってんだ」
「悪かった」
 横を通り過ぎるロングコートが視界に入ればそれで十分。遮る鳥に雷をぶつけて、彼の進む道を作る。桃色の髪は彼自身が、生み出した氷の刃で退けている。役割分担。2年のブランクを感じさせない連携だった。
 補助にエリスが入れば、ダインもにやりとして多くの鳥を一度に屠る。それでも終わりが見えないほどに沸いてくるのは揺り篭の木があるからだと気づいたリュートが、第二段階に移行して鎌から衝撃波を飛ばす。彼女の行動からその意図を察したミリアとトーマスも、戦い方を変更する。鉄球を下ろしてミリアが篭手を装着した拳で鳥を殴りつけ、そうして吹っ飛んできたところをトーマスが『触れ』て、木に衝撃を与えるようにして転移させる。手に残る肉の破片の感触。
「頭、痛い‥‥貴方が来ると、頭が痛くなっちゃうのぉっ」
 髪と鳥でどんなに壁を作っても壊されてしまう。既に対処法が確立されているからだ。セティは痛む頭を押さえつつ、まっすぐ向かってくるクロードを見る。自分はこの人を知っている。会った事がないはずなのに知っている。操ったとはいえ、口づけてくれた感触、抱きしめてくれたぬくもり。
 操らなくても抱きしめてくれればいいのにと願った。
「‥‥違う、違うよぉ、そう願ったのはパパだけ‥‥ううん、あたしはそんな事願った覚えは‥‥あたしじゃない? でも記憶があるからあたし‥‥?」
 記憶の混濁。ディエルという調整者を失ったまま放置された結果の不備。
 伸びてうねっていた髪は勢いを失った。皆の加勢を受けたクロードは、今が好機とセティに迫る。
「やだ、来ないでぇっ」
 もがく腕をつかんで引き寄せ、叫ぶ彼女を、抱きしめた。

 天井からぱらぱらと零れ落ちる砂に、最初に気づいたのは誰だったか。
 セティは力を込めてクロードを引き剥がすと、ひときわ質量を増やした髪で、全員まとめて押しのけた。押しのけて押しのけて、坑道の出口、外の見える所まで。
「セティ‥‥っ!」
 急いで戻ろうとして絡む髪を切り離した瞬間、足元がぐらりと揺れ、耳が痛くなるほどの地響きがした。天井から落ちるのはもはや砂どころではなく、支えていた梁ごと崩れて、すさまじい量の土砂と土煙が瞬く間に通路を埋めていく。
 落盤だった。


「落盤の前兆を感じ取って目覚めたのかしら」
 エリスの推測が事実なのかは、わからない。
 魔物とはいえ、あの規模の落盤では生きていられまい。ディエルの忌まわしい遺産ごと、再び眠りについただろう。
「クロードさんはこれからどうするの?」
「‥‥あの時セティは俺を、俺達を助けた」
 ミリアの問いかけに、クロードはそっと瞼を閉じた。あの時セティに押されていなかったら、彼らとて今頃土の中だった。想像してみると、ぞっとする。
「魔物や禍魂も、俺達と同じ心を持つ事は出来る。‥‥勿論、エリスも」
 そう思いたいから、だけではない。そうだと信じられるから、彼はエリスの頭を撫でてやれる。
(「貴方が強さも信念も持つのは知ってます。でも禍魂の一族や魔族が本当に人として生きていける? 貴方が死んだ時その子が暴走しないと言い切れる?」)
 そうくってかかるリュートにも同じように微笑みかけられるのは、断言できるから。そうならない為にも、今を共に歩むのだと。
「また、放浪する気か」
 カミオンの言葉は問いかけですらない。半ば呆れを含んだ確認だ。
「後悔は無いのであろう? ならば突き進むのみ、それが若さだ」
 ダインの後押しを受けて、一族の仲間に背を向ける。いつかまた巡り会えたなら、互いの成長を示そうと約束して。






「カミオンさん。オレ、ジジイの跡継ごうかと思うッス。で、うちのジジイ含め他のも全部引退させて、あの人の追討令を撤廃させるんッスよ」
「いいんじゃねぇ? 俺も一族ナンバー2の弟子としてバリバリ幅きかせっから。面倒だって途中で放り出されても困るし、手伝うぜ」
「じゃあ私は一族ナンバー2の妻に‥‥きゃ♪」
「となると、ワシもまだまだ長生きせんといかんな。ミリアの子を見るまでは、くたばるわけにはいかん」
(「その前に今回の報告書を‥‥‥‥人間型魔物は討伐完了、以上、でいいですか。いいですね」)

 長く続いてきた、人と魔物、神魂と禍魂の戦いは、ここに来て変化の時を迎えている。
 緩やかな変化は誰に強制されたものでもない、自発的に生じたもの。ゆえに、多少の反発はあれど、いずれは受け入れられていくだろう。きっかけとなった者の名は残らずとも、その信念は人々の胸に深く刻まれるものだからこそ。

「本当は帰りたかったのではないの?」
「お前を独りにできるわけないだろう」
「もうわたしひとりでもおいしい食事はできるのよ」
「ひとりきりの食事がうまいわけがない」
「‥‥馬鹿ね」

 人の歩みを物語と言うのなら、物語に終わりはない。






●CAST
ミリア:日下部・彩(fa0117)
リュート:美森翡翠(fa1521)
カミオン:ウォンサマー淳平(fa2832)
ダイン:モヒカン(fa2944)
クロード:藤井 和泉(fa3786)
トーマス:高柳 徹平(fa5394)