だってあなたが頼むからアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/15〜12/19

●本文

「‥‥お前の弁当って、いつ見てもうまそうだよな」
 学ラン姿の少年はそう言って、隣に座る恋人の弁当箱を覗き込む。
 赤色の小ぶりな弁当箱のうち、半分は桜色のでんぶが振り掛けられたご飯で埋まっているが、もう半分には可愛らしいおかずが何種類も少量ずつ詰まっている。主なものを挙げれば、串に刺さったうずらの卵、タコさんカニさんウインナー、そしてプチトマトとレタスで野菜も忘れずに。
 もうひとつ、もっと小さな入れ物があって、こちらには食後のデザートである林檎が、しかもウサギさんの姿で出番を待っている。
「そ、そうかな?」
「ああ。少なくとも、俺の昼飯に比べればかなり豪華だ」
 彼の手にあるのは、定番中の定番、焼きそばパン。傍らに置かれた購買の袋の中には、まだコロッケパンやらサンドイッチやらがいたりする。栄養バランスを考えなかったとしても、味気のない食事であることは間違いない。
「頼みがある」
「何?」
「弁当作ってきてくれ」
 少年は涼しげな顔で汚れた指先をぺろりと舐めた。
「――え?」
「男としては多少恥ずかしい気もするカラフル加減だが、購買のパンはもう飽きた。中身はお前のと同じでいい。というか、ソレが食いたい。だから、俺の分も弁当作ってきてくれ」
 この口ぶりでは、頼みごとと表現するよりも命令と表現したほうがしっくり来るだろう。かわいそうな少女は、恋人から『俺のために弁当を作ってこい』と命令されたのだ。
 なぜ少女がかわいそうなのか?
 実は彼女が毎日持ってきているお弁当は、彼女の母親の手によるものなのだ。彼女自身は、料理なんぞほとんどしたことがない。せいぜい、バレンタインの時に湯煎で溶かしたチョコレートを型に入れて固めたことがあるくらいだ。
 だが、少年は楽しみにしている。見るからに、早くも明日の昼休みを待ち望んでいる。この期待を裏切るわけにはいかない。とは言っても、まさか母親に頼んでもうひとつ作ってもらうわけにもいかない。
 ではどうするか。

 根性。気合。あとは愛があれば!

 ◆

 停止ボタンを押すと、画面はぷつんと黒くなった。
「今の映像が、オープニングの場面です。皆さんには、この少女が作ることになるお弁当を、実際に作っていただきます。もちろんメニューから考えてもらいますからねー」
 ビデオデッキの電源を落とした後、解説をしつつADは部屋の電気をつけるため、壁面のスイッチに手を伸ばす。
「皆さんに作っていただいたものの中から、ひとつ選んで、実際にドラマで使用します。選ばれたお弁当の作成者には上乗せで報酬をお支払いしますから。賞金みたいなものですかねぇ。あ、そうそう‥‥高校生の少女が、彼氏のため、初めて作るお弁当ですからね。その辺のところを考慮してくださいよー?」
 では解散、と、拍手のように手が鳴らされた。

●今回の参加者

 fa0115 縞りす(12歳・♀・リス)
 fa0525 アカネ・コトミヤ(16歳・♀・猫)
 fa0629 トシハキク(18歳・♂・熊)
 fa0833 黒澤鉄平(38歳・♂・トカゲ)
 fa0954 白河・瑞穂(17歳・♀・一角獣)
 fa0968 シャウロ・リィン(16歳・♀・猫)
 fa2112 酉家 悠介(35歳・♂・鷹)
 fa2475 神代アゲハ(20歳・♂・猫)

●リプレイ本文

●定番ゆえに文句ナシ?
「じゃあそろそろ審査を始めますよー」
 ぱんぱんと手を鳴らしたADの隣には、監督の他に少女役と彼氏役の役者達も並んでいる。どんなお弁当が出てくるのか、誰もが楽しみにしている事は明らかだ。
 味がどうこうというのではない。どれだけ設定に沿って考えられているかが焦点となる。一見しただけでも参加者各自、様々な色と形の弁当箱を用意している事からして、この点については理解してくれているようだ。人当たりのいい監督はニコニコ笑っており、早速一人目を呼んだ。
「では最初の方どうぞー」
 まず前に出ることになったのはアカネ・コトミヤ(fa0525)。家事が得意だと胸を張っていた彼女、差し出したお弁当箱は水色をした、大きめの物だ。
「きゃぁっ、かわいいー♪」
 少女役が飛びついたのは、串に刺さった鶉の卵。黒ゴマの目が付き、雪だるま風に仕上げられている。今の季節にぴったりのその装飾はいかにも女の子受けしそうであり、彼氏役も串を持ってしげしげと眺めている。
 ――いや、彼氏役はご飯部分を見たくなかっただけかもしれない。桜色のでんぶで形作られた綺麗なハートから、不自然に視線を逸らしているのだ。やはり年頃の男の子にとって、こういった装飾は苦手らしい。
「おや、こちらの入れ物は?」
「どうぞ、開けてみてください。見せてもらったビデオと同じように、デザートを入れてあります」
 アカネに言われたとおり、お弁当箱とは別の入れ物の蓋を開けた監督は‥‥そこに、林檎とオレンジを発見した。しかも林檎はお約束のウサギさん姿になっている。
「甘い!?」
 驚いたような声にADが振り向くと、ほうれん草のお浸しを口にした彼氏役がその口を手で押さえていた。茹でたほうれん草に削り節がまぶされ、醤油がちょろっと垂らされているのだが、なぜか甘いらしい。甘いほうれん草のお浸しなど今までに食べた事のない彼氏役は、それでも何とか咀嚼して飲み込み、納得顔で頷いた。
「成る程ね。こういう失敗をしかねないわけだ、俺の彼女は」
 じー、と少女役の顔を見つめて、「何よ!」と怒られていた。

●自論を語れ
「ヒロインの立場で考え、どういうお弁当がいいかを熟慮してみた」
 お弁当作りとはあまり縁のなさそうなトシハキク(fa0629)がずいっと前に出てくる。仏頂面とも言える表情で差し出されたお弁当箱を開けるとじゃがいもがごろりと姿を現した。彼の作ったお弁当のメインは肉じゃがなのだ。
「ほう、おいしそうじゃないか」
 相変わらずニコニコ笑う監督はもとより、彼氏役はとっくの昔にじゃがいもをぱくついていた。役柄に関係なく、役者本人がじゃがいも好きのようだ。そしてそんな人は放っておいて、少女役が質問を投げかける。
「熟慮したとの事ですが、どういう結論に達しましたか?」
「弁当を作る事になって、ヒロインは悩んだはずだ。まともに料理をした事もないため、材料を買うのも四苦八苦。本屋で料理の作り方の本は買ってみたものの、気合で乗り切るしかない世界」
「‥‥はい?」
 瞼を閉じ、静かに語り始めるトシハキク。少女役は思わず箸の動きを止めた。
「台所で、野菜を切ろうとしていたところで母親に声をかけられる。最初は、黙ってうつむいていたヒロイン。でも意を決して母に相談を持ちかける。母親は、ヒロインも成長したんだなと時間の流れを実感しつつ、こういうときは凝った料理よりも、素朴で思いが伝わる料理のほうが少年も喜ぶに違いないとアドバイス。おいしい肉じゃがの作り方を娘に教えるのであった‥‥」
 どうも、この語りが彼の作ったお弁当のコンセプトであるらしい。
「けどさ、ちょっとしょっぱくないか?」
 ジャガイモを刺した箸をかざしながら彼氏役が言った。ADから「行儀が悪いよー?」と苦笑交じりの注意が飛ぶ。
「それも計算のうち。だしをとり過ぎただけだ、そういう失敗もありだろう?」
「だねぇ、俺の彼女はだしとるのも初めてで、加減がわからないだろうし。けどこれ、なかなかいいかも。メシが進む」
「そうそう、お弁当ってどうしても冷えた状態のものを食べるから、多少濃い目の味付けにしたほうが美味しく食べられるみたいだよ?」
 本気で食べ始めている彼氏役と、同じようにじゃがいもを頬張り始めた少女役――彼らとて料理に詳しいわけではなさそうだが、自分の感性と少ないながらも持っている知識で真正面からこの審査に臨んでいる。
「このおしんこは?」
「自宅から持ってきました」
「そうか、いい味だね」
 パリポリといい音を鳴らしつつも、審査は次の人へ。

●触れ合いは重要
「根性と気合と、愛に溢れる弁当を作ってみた!」
 アツイ漢風味の黒澤鉄平(fa0833)、ここが美術屋の腕の見せ所とばかりにステンレス製の二段型お弁当を披露した。
 彼のお弁当で最も目を引いたのは巻き寿司風おにぎり2種だ。白ゴマを混ぜたご飯を海苔の上に乗せ具材を包んで巻き、適当な大きさに輪切りにしたのだそうだ。中身は、刻んでおかかと混ぜたカリカリ梅と、市販の鮭フレークだ。
「これもかわいいかもー♪」
 少女役が手を合わせて喜ぶ。輪切りにした時にハートが浮かび上がるように具材の位置を調整してあるのだ。とはいえ微妙に型崩れしており、料理初心者という設定の少女による、手作りを表現している。
「‥‥あれ? 彼女用のも作ってあるわりには、デザートの容器はひとつなのか?」
 串に刺さりっぱなしのから揚げをくわえたまま、彼氏役は首を傾げた。ステンレス製のお弁当箱の隣に、女の子向けと思われるお弁当箱が、中身は同じに並んでいる。そしてそれとは別にもうひとつ、ヘタを取ってある苺の入った小さな容器まで。
 一緒になって首を傾げる少女役。鉄平は苺をひとつつまんで、彼女に向けた。
「こうするのさ。――ほら、あーん」
「え!? ‥‥あーんっ」
 ぱくっ。
 テレながらも彼女が開けた口の中、苺が放り込まれる。どことなく嬉しそうだ。
 一方彼氏役は、なおもから揚げをくわえて、頭を抱えていた。自分がその行為を実行にうつしている場面を想像して、耐え切れなくなったらしい。
「うんうん、いいねぇ、そういうシチュ。お、こういう卵焼き、僕は好きだなぁ」
 ほうれん草とチーズ入りの塩味卵焼きを狙って他の人の前にあるお弁当にまで箸を伸ばす監督だった。

●その話題は鬼門
 料理が趣味だという白河・瑞穂(fa0954)、微笑しながらひとつずつ、審査員のためにお弁当箱の蓋を開けていった。
「出来るだけ、失敗しても何とか食べれそうで、作り方も簡単な物になるようにしました。手の込んだ物は作れないけど、大好きな人に喜んで欲しいからという思いを込めてみたんです」
 多くの参加者が入れているタコさんウインナーが、彼女のお弁当にも入っている、が、彼女の作ったタコさんウインナーは一味違う。あくまでタコさん『もどき』なのだ。なぜかというと、足が4本しかない。しかもところどころ千切れている。焦げ目もついている。悲惨だ。
 とはいえ、その悲惨さこそが瑞穂の言う『失敗』なのだろう。確かに何とか食べられる範疇だ。むしろ適度な焦げ目が美味しさを後押ししている面もある。あくまで適度な部分だけだが。
 そしてごはんの上に広がるのはでんぶではなく、ふりかけ。彼女なりのこだわりがあるらしく、銘柄まで指定されている。
「へぇー、これだと野菜も食べやすいよね」
 薄切りハムで胡瓜を巻いて爪楊枝で止めて、マヨネーズをつけたものがサラダの役割を果たしている。
 だがここで少女役から注文が。
「このマヨネーズって、カロリーハーフ?」
「いえ、普通のものですが‥‥」
「マヨネーズって結構カロリー高いんだよねぇ。最近、生活が不規則だから、そういうところには今まで以上に気を配らないといけなくなっててさ」
 ため息まじりに、お茶の入った紙コップを煽る。この世界は長いようで、実際年齢よりもずいぶん大人びて、‥‥というか、おばさんくさい印象を受けてしまう。
 彼氏役はそんな少女役の二の腕をおもむろにつまんだ。
「‥‥うわ」
「ちょっと! 何すんのっ!?」
 まだオープニング他、少々のシーンしか撮り終えていないという話だが、既にかなり仲良くなっているようだ。じゃれあうふたりを傍目に、監督はもくもくと半熟卵に舌鼓を打っている。
「あんたはバナナでも食べてなさいよ!」
「何すんっ――んごっ」
「えーと‥‥審査は‥‥」
 おいしいお弁当を立て続けに食べているせいか、審査員のテンションが上がってきたようだ。

●恥ずかしい合わせ技でGo!
 昔好きだった男の子へ作るような気持ちで取り組んだというシャウロ・リィン(fa0968)のお弁当にもハートマークが。こちらは鮭フレークで作られている。そしてメインのおかずであるハンバーグもハート型なものだから、彼氏役が耳まで赤くなってテーブルに突っ伏している。
「初めてでもなんとか作れそうな範囲のものを選んであるよ」
 シャウロの言葉通りに、焼き目のついたマヨネーズとチーズ乗せブロッコリー、卵焼き、バターで炒めたベーコンと冷凍コーンが、カラフルなバランと串を使って盛り付けられている。
「やーんっ、ソースの入れ物が可愛いー♪ あ、でも手が滑って蓋が開かないぃ‥‥」
「‥‥はぁ。何やってんだよ、貸してみろ」
 ハンバーグ用のソースが入ったチューブにはくまさんが描かれており、それがまた女の子らしさを演出していて、なかなかの好印象だ。彼氏役には恥ずかしさアップのアイテムではあるが。
「ハートが少し歪んでいるあたり、わかってますねぇ」
 言いつつ、なぜだろうか、監督は箸でハンバーグをまっぷたつにした。

●ご飯は重要
「料理も出来ない無能男呼ばわりされるのにも飽きたんだ」
 面倒くさがって料理を敬遠していたという酉家 悠介(fa2112)だが、そろそろ彼女の説教に飽きたらしく、今回の審査に参加したのだという。彼女に仕込まれたレシピを再現したお弁当は、実は結構本格的な仕上がりになっている。
「美味しそうだけど‥‥これって料理初心者の子にも作れるの?」
「むしろ初心者のための料理だな。調理時間も1時間かからんし、材料費も手軽だから毎日作れる。ご飯は別容器でたくさん詰めても、おにぎりにしても良いだろう」
 少女役の質問にも頭をかきながら答える悠介。その様子を見る限り、彼がここまでまともなお弁当を完成させた事からして珍しい事なのだろうと思わずにはいられない。彼にここまで仕込んだ彼の恋人の苦労と苦悩がうかがえる。
 さてメニューのポイントはというとご飯だろう。白米の上に何かをふりかける参加者ばかりの中で、悠介は炙りワカメを混ぜ込んであるのだ。ご飯だけでも美味しく食べられるのは嬉しい。
「弁当の分とは別におにぎり作っておいて、早弁するのもいいかもなぁ」
 味気のないロケ弁よりこういうのが食いたいぜ。そう言うと、彼氏役はツナじゃがからじゃがいもを拾った。
「しめじと、アスパラと、プチトマトと‥‥あ、葱♪ 葱好きなんだぁ♪」
 少女役は少女役で、オリーブオイル焼きから葱を拾っている。
 そして監督はというと‥‥卵焼きを食べて、鉄平製作のものと味を比べていた。

●結果は‥‥
「では、結果を発表いたしますねー」
 審査の途中、しかも序盤から部屋の端に追いやられて一人寂しく試食していたADが、ここでようやく復帰した。用意してあったメガホンをようやく構えて、その必要もないのに声を大きくした。
「だらららららららららららららぁー、だだんっ!! 見事入賞したのは、白河・瑞穂さんですっ」
 自前のドラムロールから、発表へ。
 瑞穂の表情がぱぁっと華やいだ。
「決め手はタコさんウインナーですね。タコさんすらうまく作れない、そういうところに、まともな料理をするのが初めてだという少女らしさを感じました。よく理解してくれたと思います」
 ニコニコしながら監督がコメントをつける。少女役もそれに同意した。
「私はマヨネーズに難癖つけちゃいましたけど、私の演じる少女はそんな事考えていられないでしょうね。それに食べるのは運動部の男の子なんで、多少カロリー高くても平気ですし♪」
「だな、気にしない。気にしてつまんないもの食べるよりは、上手いもの食べたいと思うのが俺の演じる少年だな」
 実はまだじゃがいもをつまんでいる彼氏役も、彼らの意見を否定はしない。

 かくして、ドラマで使われるお弁当は決定した。