新春ドラマSPアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/13〜01/17

●本文

 学校近くにある神社は、毎年、初詣客で賑わっている。境内では青年団による甘酒の振る舞いや炊き出しがあるし、かと思えば、敷地の外でも神社を囲むようにしてずらりと屋台が並んでいる。屋台で売っている物は新年とは何ら関係のないものばかりだが、それでも暇つぶしに眺めていると、ひっきりなしに客が来るんだからすごいもんだ。
 俺は空いた時間を持て余していた。薄情な友人どもが俺をおいて遊びに行っちまったからだ――しかも彼女となぁっ!!
 ふふふふふ‥‥つらかった‥‥いたたまれなかったぞ、あの時間は‥‥。
 薄情な友人どもは、あろうことか、いまだ独り身の俺のすぐ真横で、振袖着た彼女としっかり手を繋いで、慣れない下駄に苦労してる彼女のエスコートをしていやがった。高い所におみくじを結びたがる彼女からそのおみくじを受け取って、颯爽と木の枝に結び付けていやがった。
 俺は忘れねぇ。忘れねぇからな‥‥。「じゃ、俺らこれからダブルデートだから♪」なんてぬかしたてめぇらの、輝く笑顔を俺は絶対に忘れねぇっ!!

 とまあ、そんなこんなで、俺は神社に居座り続けている。初詣に集まるのは野郎だけだと思い込んでいたもんだから、参拝が終わったらそのまま遊びに行くつもりで親に「遅くなる」と言って家を出てきたわけで、なのにまだ昼過ぎのこんな時間に帰るわけにもいかず、かといってひとりで街へ繰り出す気分にもなれず。
 適当に人間観察をして、無為に時間を過ごしていると言うわけだ。
 ――いや。無為に、というのは違うか。時々通る知り合いと新年の挨拶を交わしてるし、炊き出しで昼メシは済ませたし、複雑な関係っぽい雰囲気を醸し出す家族に体が緊張した時もあった。
 それでもやっぱり、所詮は暇つぶしという目的のための行動でしかなかった。

 観察をしていてよかったのと思ったのは、あいつを見たからだ。ほんの数秒手を合わせるだけの他の初詣客とは違い、ずいぶん熱心に何かを願っていた。
 あいつっていうのは、同じクラスの女子だ。良くも悪くも平凡、というのが、俺があいつに持っているイメージで、俺の友人どもに聞いてみても大人しくて目立たない奴だと答えてくれるだろう。あいつが他の女子とつるんで騒いでいるところを見た事はなく、いつも自分の席に座って何かの本を読んでいた。
 合わせた手に下がっていたのはたぶん‥‥首輪だったろうか。犬の、首輪。

 新年あけましておめでとうなはずなのに、どこか沈んだ表情をされて、気にならないわけがない。俺はこれから、あいつに声をかけてみようと思う。

●今回の参加者

 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0542 森澤泉美(7歳・♂・ハムスター)
 fa0587 猫美(13歳・♀・猫)
 fa1889 青雷(17歳・♂・竜)
 fa1979 木庭 鋭司(16歳・♂・狼)
 fa2102 西園寺 紫(14歳・♀・蝙蝠)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2672 白蓮(17歳・♀・兎)

●リプレイ本文

●キャスト
高槻真‥‥木庭 鋭司(fa1979)
蓮崎アヤメ‥‥白蓮(fa2672)
蓮崎ユリ‥‥愛瀬りな(fa0244)
水野美子‥‥猫美(fa0587)
水野美樹‥‥森澤泉美(fa0542)
青木太郎‥‥青雷(fa1889)
片桐千春‥‥月見里 神楽(fa2122)
西園寺紫‥‥西園寺 紫(fa2102)

●神社
「えっと、確か蓮崎‥‥だったよな」
 お参りに向かう流れと去る流れとをかきわけて、真はアヤメの隣に辿り着き、声をかけた。
 しかしあまりにも熱心に祈っていたため、最初彼女は自分が話しかけられたのだとは気づかなかった。「聞こえてるか、蓮崎アヤメ」とフルネームでもう一度呼びかけられてようやく、顔を上げたくらいだ。
「俺、同じクラスの高槻真。少しは見覚えあるだろ?」
「‥‥いつも、友達に囲まれてる‥‥」
 それだけ言って、アヤメは視線を地面に落とした。折角の長身は背中が丸まっているために魅力が半減しており、長めの前髪とごつい眼鏡が表情を隠しているせいで、見る者に陰鬱な印象を与える。口調もおどおどしていて、まるで真に怯えているようにも感じられる。ふたりが立っているのはざわざわと賑わう賽銭箱の前で、ただでさえ小さな声はざわめきにかき消されるというのに。
 仕方なく、真はアヤメの腕を引いて隅の方へ誘導した。触れる瞬間にアヤメがびくりと震えたが、ちょうど初詣客の集団がやってきた事もあり、気にしている暇はなかった。
「暇でぶらぶらしてたらお前を見かけてさ。その首輪、どうしたんだ?」
「え‥‥あ‥‥」
 真冬の日陰はさすがの初詣客も寄り付かない。込み入った話をするにはちょうどいい。
「答えたくないならいいけど」
「ちっ‥‥違う‥‥んです。この、首輪は‥‥その‥‥」
 要領を得なかった。会話を苦手としているように見受けられた。
 それでも本人が答えたくないわけではないと言うのだからと真は腰を据え、時間をかけて、首輪を持っての長時間の願い事、その理由を聞き出すことに成功した。
 ――大切な家族が、帰ってこないの。行方がわからなくなってしまったの。
 要するに愛犬がいなくなってしまったそうだ。よほど大切な犬なのだろう。彼女が握り締めているその犬の首輪は、長年使い込まれてはいるがしっかり手入れが施された、皮製の上等な品だ。
 アヤメの声が震えているのに気づいた真の胸に、決意が生まれる。こんな状態になっている人を放っておけるわけがないだろう。都合のいい事に俺は時間を持て余しているのだ。ならばやるべき事は決まっている。
「高槻君‥‥見て、ないかな‥‥」
「迷い犬っぽいのは覚えがないな」
「そう‥‥ありがとう‥‥」
 ぺこりと礼をして、アヤメは真の前から立ち去ろうとした。だがそんな彼女に、真は「待てよ」と告げた。
「俺も行く」
「‥‥?」
「これからまた探しに行くつもりだろ? 一緒に探してやるよ、おまえの家族」
 今度は、いきなりアヤメに触れる事はしなかった。手を差し伸べて、彼女の反応を待った。
 アヤメはしばらくその手をじっと見つめていたが、じきに恐る恐る、応えたのだった。

●捜索中
 神社を出た後、真とアヤメは、いつもの散歩コースを中心に歩き回った。
 アヤメが言うには、彼女の愛犬は散歩中にいなくなったらしい。何かに気を惹かれたのか急に走り出した上に、その犬はかなりの大型犬であるため彼女の細腕では止める事ができず、リードから手を離さざるをえなかったのだそうだ。そのリードも、リードの付けられていた首輪も、近くの公園で見つかっており、植木に引っかかって取れたのだと想像がついた。
 首輪さえ取れていなければ、発見した人がその裏に書かれた電話番号を見て、アヤメの家に連絡を入れてくれただろうに――。
「そういや、どんな犬なんだ?」
「大きくて‥‥白くて‥‥犬種は――」
「あー、悪い。種類は言われてもわからねえ。他にはないのか、模様とか仕草とか、ひと目でこいつだってわかる特徴は」
「‥‥」
「ないならないで、おまえ達の絆を信じるしかないんだけど」
「‥‥お手とおかわりを、逆に覚えてるの‥‥」
「マジか。そりゃぜひ見てみたいな」
 件の公園をのぞき、仲良しの犬がいる家を訪問し、お気に入りだという河原を見渡し‥‥それでも、アヤメの愛犬らしき姿はない。散歩中の犬とその飼い主とすれ違うたび、特徴を述べて尋ねてみるものの、これといった収穫は得られなかった。
 ふたりはもう一度公園に戻り、空いていたベンチに並んで座った。アヤメができる限り離れて座ろうとしたのが、真の気にかかった。
(「‥‥アレ? 真先輩と‥‥誰だろ」)
 そんな彼らの様子を察しもせず、近寄ってくる者がいた。
「せーんぱいっ♪ もしかしてデートですかぁ?」
「げっ、西園寺! なんでこんな所に!?」
 それは真の部活の後輩、西園寺紫だった。明るく可愛らしい外見と振る舞いから男子に人気だが、真はなぜか苦手意識を抱いていた。
「げっ、とはご挨拶ですね。初詣に行く途中で先輩を見かけたから、挨拶しようと思っただけなのに」
「‥‥謝るよ。でもって俺は、いなくなったこいつの犬を一緒に探してるだけだ。デートじゃねえ」
「ふーん‥‥頑張ってくださいね。皆には内緒にしますからっ♪」
「お前勘違いしてるだろ――って、おい、待てぇっ!!」
 真が立ち上がって止める間もなく、軽やかに身を翻して紫は逃げていく。アヤメをひとり残すわけにはいかず、嫌な予感がしつつも、真は紫を放置するしかなかった。

 公園を飛び出すと、紫は早速携帯を取り出した。
「もしもし‥‥あ、青木先輩ですかぁ!? 凄いの発見しました☆」
 電話の相手は、真の友人、青木太郎。独り身の真を尻目にダブルデートをしている最中のはずだ。
『何だよ、凄いのって』
「女の子とふたりでいるんです。犬を探してるって言ってたけど‥‥珍しいですよね!」
『犬? あいつも暇だなぁ』
『ねぇ、たろくん。探すの手伝ってあげようよ』
 太郎の声に、少女の声が重なって聞こえてくる。太郎をたろくんと呼ぶのはひとりしかいない。彼の恋人である片桐千春のみだ。
『千春がそう言うなら‥‥真に電話するか。じゃあな、西園寺』
 サンキュ、の一言を最後に電話が切れた。紫はいい事をしたと上機嫌だった。

●蓮崎邸
「張り紙はしたんだけど、見つからないのよね‥‥」
 お盆を胸に抱いたまま、アヤメの姉であるユリは、ほう、とため息をついた。
 何か連絡が入っていないかとアヤメが気にしたため、彼女と真は一旦蓮崎家に立ち寄る事にした。日が傾くにつれて一層厳しくなる寒気への対策をとるため、着替えてくるとアヤメが席をはずすと、それを待っていたかのようにユリは話し始めた。紅茶よりも茶菓子に目を奪われながらも、真の耳はユリの話を聞き漏らすまいとしていた。
「あの子が男の子を連れてくるなんてね。前に連れてきたのはいつの事だったかしら」
「そうなんですか‥‥?」
「‥‥アヤメね‥‥男の子が苦手なのよ」
 パキッ。真の口の中でクッキーが割れた。
 昔はあたし以上に元気で、よく笑う子だったのに、とユリは悲しそうな笑顔を浮かべた。
「あの子、背が高いのを男の子にからかわれた事があってね。その時からよ、あんな風に背中を丸めて、人の顔を見ないようになったのは。あたしも同じくらいの身長なんだけど‥‥接した男の子が悪かったのね。今じゃあたしにコンプレックスを持ってるくらいよ」
 アヤメが階段を下りてくる音が聞こえる。ユリの表情が、妹を心配する姉のものから、飼い犬を心配をする飼い主のものに戻った。
「どうか、よろしく頼むわね‥‥」
 真は紅茶を飲み干した。

●公園
 真とアヤメはまた公園に来た。太郎が犬探しを手伝うと連絡してきたので、そこで落ち合う事にしたためだ。
「よ、真。――まさか本当に女連れとはな」
「ありがとな、太郎。――今のセリフは聞かなかった事にしてやるな」
 デートを邪魔して悪かったと真は言うが、まったく悪びれていない。いや気にするなと返した太郎も、デートならいつでもできるからなと付け加えるのを忘れなかった。
 後で覚えてろよ――互いの胸の内は言わずと知れていたが、とりあえず真は千春にだけは普通に謝った。午前中に会った時は確かに振袖だった千春が、普段着になっていたからだ。アヤメのように一旦帰って着替えてきてくれたのだろう。
 その千春だが、アヤメをじっと見上げていた。
「‥‥何か‥‥?」
「背が高いんだね。羨ましい」
 素直な感想だったのだろう。けれどユリの話を聞いていた真には、前髪に隠されたアヤメの表情がますます曇っていくのがわかってしまった。
「あーあ、わたしもあと1センチあれば、ちっちゃいって言われないのに!」
「でも‥‥高すぎても、いい事なんてないんだよ‥‥?」
 しまったと思っても後の祭り。強引に話題を転換するのもあまりに不自然で、ユリから話を聞いた事がアヤメにばれる可能性もある。真は太郎に目で合図を送った。
「身長なんてしゃがめばいくらでも小さくなるじゃん。背伸びしたっていくらでも大きくなれるわけじゃないんだよ。小さい方がいいなんて、贅沢過ぎるよね」
「そ、それは‥‥」
「そもそも身長や外見なんて関係ないんだから。人間、心が大事、外見は後からついてくるのにさ。みんな見た目ばかりを気にしすぎなんだよ」
「千春、その辺にしとけ」
 太郎が千春の頭に手を乗せる。千春はまだ言い足りなさそうだったが、恋人に止められたので渋々黙った。
「あ、せんぱーいっ、犬探しはまだ続いてますかー?」
 そこへ、初詣から戻ってきた紫が現れた。黙ってると言ったくせにとの真の非難をさらりと受け流し、アヤメに向き合った。
「ちょっと思い出した事があって。写真とかあります?」
「張り紙の残りなら‥‥」
 帰宅時に持ち出した物をアヤメから受けとると、紫はやっぱり、と呟いた。
「隣の家の子が拾ってきた犬とそっくりです」
「何ぃ!?」
 爆弾発言。そして真が通行人が驚いて振り返るほどの声をあげた。

●水野邸
 果たして、西園寺邸の隣家、水野邸の庭にその犬はいた。ある程度近付いた時点でアヤメのにおいを嗅ぎ取ったのだろう、大きくて白い犬が、門に張り付いて何度も吠えていた。静かにさせようと四苦八苦している少女と少年がこちらに気づくまで、そう時間はかからなかった。
 自己紹介の後、アヤメが犬について説明すると、姉の美子は意外にもあっさりと受け渡しを承諾してくれた。犬の尻尾の振り具合からして、本当の飼い主に間違いないと思ったからだ。
 問題なのは弟の美樹だった。
「残念だけど、ワンちゃん返してあげましょうですぅ」
「いやだっ、ジルは僕のだもん! ジルだって僕の方が好きだもん!!」
 美子に肩を抱かれ諭されても、美樹は首を縦には振らない。それどころか幼いながらの純真な敵意を、自分の大切なものを奪っていこうとするアヤメにぶつけていく。
「そうだよ、きっとこのお姉ちゃんは嘘をついてるんだ! ジルが可愛いから、ジルがほしくなっちゃったんでしょ! そんなのダメだよ、渡さないんだからっ」
「違う‥‥その子は私の大切な家族なの‥‥」
 これを見てと差し出したのはずっと持っていた、首輪。懐かしげに鼻を寄せる犬に、彼女は目を細めた。
「誕生日の時に、我侭言って、買ってもらったの‥‥あのときから、ずっと一緒に育ってきた‥‥」
 共に過ごした時間と想い出が染み込んだ首輪を犬にあてがうと、まさしくぴったりだ。
「なぁ、もし坊主とそこのお姉ちゃんが逆だったらどう思う? 返してもらえないととても悲しいんじゃないか?」
「‥‥あたしも美樹がいなくなったら悲しいですぅ。それと同じ事ですぅ」
 アヤメの話でぐっと言葉を詰まらせた美樹を、真と美子が優しく後押しする。美樹はアヤメを視界に入れないようにしながら、鼻をすすった。
「ジル、本当は何ていうの?」
「ウィル‥‥っていうの」
「‥‥ウィル?」
 うぉん、とウィルがひと鳴きして、美樹の小さな手に自分の頭を擦り付けた。「楽しかったよ」と伝えるように。
 美樹の目にはぶわっと大粒の涙が浮かぶ。そのままウィルの首に両腕を回して、きつくきつく、別れの抱擁をなした。
「ウィル、ウィル‥‥また遊びに来てねっ、絶対だよ。絶対だからねっ!?」
 それから騒ぎを聞きつけた美子と美樹の母親が出てきて、ウィルは正式に蓮崎家へ――アヤメのもとへ、戻る事になった。

「高槻君‥‥今日はありがとう」
 蓮崎邸の前で、アヤメはほんの少しだけ微笑んだ。
「礼なんかいらねえよ。犬が戻ってきてよかったな――そんな風に笑うんだな。やっぱり笑ったほうが可愛いな、お前」
 同意するようにウィルが吠えたので、真はウィルを撫でた。祈るアヤメが持っていた首輪、その金具が夕日を受けてきらりと光る。
「よーしよし、もう逃げるなよ」
「あの、今の‥‥」
「寒いからもう中に入れよ。じゃ、また新学期に学校でな!」
 そしてアヤメの呼びかけも聞かずに走り去る。耳が赤いのは、寒さのせいばかりではなさそうだった。

●新学期
「お姉ちゃん、変じゃない?」
「大丈夫、ちゃんとできてるわ。可愛いわよ、アヤメ」
 ユリからヘアピンを借りて、前髪を留める。さっと視界が開ける。
 ひんやりとした、だがどこか心地よい朝の空気の中を、アヤメは駆け足で学校へ向かう。途中、お目当ての人物を発見、心を決めて、話しかける。
「おはよう、高槻くん」
「おぅ、おは――」
 覚えのある声に振り向いた真の顔が、一瞬呆けた。
「‥‥変かな?」
 頬を赤らめながらも不安そうなアヤメに、真は我に返ると、歯を見せて笑ったのだった。
「すっげぇ似合ってる!」