遅くなったけど、初詣アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/17〜01/19

●本文

「あけましておめでとうございます、マネージャーさん」
「はい、あけましておめでとうございます、みちるちゃん」
 それは仕事始めの日だった。
 芸能人にお正月というものはあまり関係ない。しかし葛原みちるの場合は家族の意向もあって、元旦のみでも丸一日オフになったというわけだ。
「でね、お願いがあるんですけど‥‥」
「ダメです」
 その日、みちるは珍しく我侭を言い始めようとしていた。
「‥‥まだ何も言ってないじゃないですか」
「何を言おうとしてるのかはわかってます。だからダメだと言ったんです」
 葛原みちるの職業は女子高生であり、女優でもある。現在人気急上昇中の彼女は、多くの女性がそうであるように、占い好きである。そして、お正月につきものの占いと言えば――そう、おみくじである。
 一年のあれこれを占う事のできるおみくじ。吉が出るか凶が出るか、心臓を高鳴らせながら開くあの瞬間。結果がよければ財布などに潜め、よくなければ境内の木など高い所に結びつける。
 イベントとも呼べるこの一連の行動を、みちるはやりたくて仕方がないのだ。
「おみくじ引きたいんです!」
「あのねぇ、みちるちゃん。自分の顔がどれだけ一般の人に知れ渡り始めているか、考えてごらん。『葛原みちる』がいるなんて知れたら‥‥神社に迷惑がかかるでしょう?」
「それはっ、変装してこっそり行けば!」
「どんな変装をする気ですか?」
「‥‥帽子とサングラスとマフラー」
「むしろ怪しすぎて丸わかりですね」
 昨年中から何度も繰り返された問答を懲りずにまた繰り返して、最後にはみちるの目に涙が滲む。
「あー‥‥もう‥‥泣くのはずるいですよ、みちるちゃーん‥‥」
 このままダメだと言い続ければ、みちるとて反論のしようがなくなるだろう。渋々ながらも仕事に専念するようになるだろう。
 だが、とマネージャーはとある一件を思い出す。芸能人にとってはもはや有名税であるストーカー、それがみちるにもできてしまっていた事が発覚したあの一件。事は何とか沈静化したものの、ストーカー本人と出会った時、みちるが心に受けた傷はいかばかりか。
 ようやく上昇してきたテンションをまた下降させるわけにはいかない。まだまだ磨き足りない、磨けば磨くだけ光る石。みちるがどこまで輝けるのか、マネージャーとしても一個人としても、非常に楽しみにしているのだ。
「‥‥‥‥仕方ないですね。少しだけですよ? 付き添いもつけますからね?」
「やったー!! ありがとう、マネージャーさん! 大好きーっ!!」
 現役女子高生の成熟途中の体で抱きつかれて、ちょっと困った笑顔になりながら、マネージャーは社長に電話をかけるため携帯を取り出すのだった。

●今回の参加者

 fa0074 大海 結(14歳・♂・兎)
 fa0142 氷咲 華唯(15歳・♂・猫)
 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0696 ボルティオ・コブラ(28歳・♂・蛇)
 fa1291 御神村小夜(17歳・♀・一角獣)
 fa1396 三月姫 千紗(14歳・♀・兎)
 fa1810 蘭童珠子(20歳・♀・パンダ)
 fa2617 リチャード高成(22歳・♂・猫)

●リプレイ本文

●仲良しさんへの道
 集合場所は葛原みちるの自宅だった。
「皆さんも芸能関係者なのでおわかりかとは思いますが、この家の住所は内密にお願いしますね」
 まずはみちるのマネージャーが告げて、次にみちるからの挨拶となる。
「あのっ、引き受けてもらってありがとうございます。これでおみくじが引けますっ♪」
 みちるの左右には、彼女の古くからの友人である咲と洋子がいる。生憎と今日は平日だが、放課後なので彼女達も参加する事になった。呼んだほうがいいと主張したのは、狭霧 雷(fa0510)だ。木を隠すなら森というでしょ、とにっこり笑う彼にマネージャーも納得し、何より彼女達がそれを望んだのだ。みちると一緒にお参りできるなら、と。
 そして先日の騒動以後、学校で変わった様子はなかったかを聞いておくためでもある。
「えと、みーちゃんて呼んで良いかな」
「うん、いいよー♪」
 大海 結(fa0074)と楽しそうに会話するみちるに気づかれないよう、雷と咲、洋子は目配せをしあった。
「それでね、手とか繋いでもいいかな?」
「もちろんOK♪」
「ちょっと待った。――おい、ユイは男だぞ。手を繋いでるところを万が一見つかったら大変なんじゃないのか」
 早速手を繋ごうとする結とみちるの間に、氷咲 華唯(fa0142)割り込んだ。目の前の子が男だと宣告されて、みちるは少なからず驚いている。
「えぇっ、こんなに可愛いのに!? ‥‥あ、ごめん。失礼だったかな‥‥」
「あはは、大丈夫。気にしないで」
 結は笑顔を崩さず、みちるもほっと胸を撫で下ろす。
「アイドルって大変ねぇ。みちるちゃんは可愛いからファンの気持ちも分かるけどもー、初詣ぐらいゆっくりしたいわよねぇ」
 ひとりでうんうん頷いているのは蘭童珠子(fa1810)。普段は腹話術師をしている彼女だが、今日は相棒を留守番に任命して、ひとりでやってきた。目立たないようにしないと、という発想から、相棒を連れて歩くわけにもいかないと思ったようだ。
「じゃあそろそろ着替えましょうか、みっちゃん」
 しばらくして場が落ち着いたのを見計らうと、御神村小夜(fa1291)がぱんぱんと手を叩きながら、みちるを促した。

●先行班
「あくまでプライベートの参拝ですので、特に騒がないようお願いいたします。こちらとしても、出来うる限り騒ぎにならないよう努めますので」
「わかりました。皆にもそう伝えておきましょう。わざわざご足労いただきありがとうございます」
 社の前で、箒を持った神主と雷が頭を下げあっていた。
 と、雷の携帯が震える。もう一度礼をしてその場を辞し、電話を受けると、リチャード高成(fa2617)だった。
『説明は済んだかな?』
「ええ、快諾をもらいました。そちらはどうですか」
『鳥居の周囲はそれほど混んではいないよ。だがやはり私の容姿が気になるのか、通行人の視線が痛いね』
 日英ハーフのリチャードの髪は金色をしている。昨今は髪を染めている人が珍しくないとはいえ、やはり本物の金髪は輝きが違う。どうしても見られる事になってしまうのだが、日本人は外国人に不慣れだからと、本人はあまり気に留めていないようだ。
「仕事とはいえ、すみません」
『いや、か弱き乙女のためだ。むしろ嬉しいくらいだね』
「ありがとうございます。そろそろ来ますので、打ち合わせどおりに‥‥それと、例の件ですが」
『わかっているさ。私はここからなるべく動かず、十二分に注意を払うとするよ』
 ストーカーの外見的特徴は雷から聞いて知っている。現在は特に怪しい姿はないが、リチャードは引き続き目を光らせておく事にした。

 境内にはもうひとり、ボルティオ・コブラ(fa0696)がいた。冬の穏やかな日差しを受けながらベンチに腰を下ろしている。三輪車に乗った男の子が、母親と昼食の献立について話しながら去っていくのに気づき、革ジャンのポケットから携帯を取り出した。事前に聞いておいた小夜の携帯番号を入力する。
 呼び出し音が2度ほど鳴って、小夜が電話口に出た。
「そろそろ人影がまばらになってきたな。頃合だろう」
『わかりました、出発しますね。どんな様子でしょう?』
「ああ、遠巻きに注目されている。女子高生が俺のマスクを指差してこそこそと内緒話をしてるさ」
 人前では決して覆面を脱ごうとしないコブラは、今も勿論、自分の名と同じコブラの覆面を装着している。その覆面があまりにも神社の雰囲気とかけ離れているため、ある種の近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
 さりげなくコブラが辺りを見回すと、女子高生のひとりと目が合った。すると彼女たちは慌ててそっぽを向き、鳥居のほうへと駆け出した。
「もう少し有名になれば、ファンに囲まれる事もあるのかね」
 やれやれと肩をすくめながら、コブラは携帯を折り畳んだ。

●本隊
 それから30分ほど経って、みちるを含め総勢8人の女の子の集団(約一名の例外を含む)が神社に到着した。
「鳥居をくぐる時って緊張しない?」
 もう嬉しくて仕方がないという様子のみちるは、男物の黄色いパーカーを着ている。彼女には少々大きすぎるサイズなのだが、今の姿は一部の男性には大うけするだろう。間違いなく。
 提案したのは三月姫 千紗(fa1396)だ。自分も同じ服装になれば、体型や遠見からの判断をつけづらく、みちるだと特定しにくくなるという事で、その案に賛成したマネージャーが車を飛ばして購入してきた。みちると千紗とでは身長差があるけれども、ぴったりくっついて並ばない限りはさほど感じない。彼女達の間に咲と洋子が入れば、後姿からはどちらがみちるかなんて、一般人にはわかりっこないだろう。深すぎない程度で目深に帽子をかぶれば、ボーイッシュな女の子の完成というわけだ。
「ねぇねぇ、ケイちゃんもおみくじ引くでしょ? いいのがでるといいよねー♪」
 ボーイッシュな女の子どころか、本物の男の子である結が楽しそうに華唯の腕を引く。だが華唯は渋い表情で首を傾げた。
「俺はおみくじとか占いとかあんまり信じてないんだが‥‥」
 みちるの耳に入らないよう、小声で言う彼。ジト目になった結の無言の攻撃に負けて、ため息をつく。
「色々大変だったみたいだし、こういう時くらい楽しんでもらわないととは思ってるさ。おみくじは、みんながやるようなら俺もやるから」
「何言ってるの。勿論全員やるに決まってるでしょ。それで見せ合いっこするのよ?」
 ふたりの話に割り込んできた咲は、意地悪げな笑みを浮かべている。隠し事は許されない――そんな雰囲気だ。背中がぞくりと震える感覚に、こいつは只者ではないと華唯の勘が告げている。
 しかしそれが日常茶飯事程度である事は、みちると洋子の反応を見れば明らかだ。実に華麗にスルーして、財布を取り出しながらすたすたと賽銭箱に向かっている。
「洋子ー、いくら入れるー?」
「そうねえ‥‥ご縁があるように5円かな」
「5円!? あたしは10円だけ入れようって思ってたのに‥‥5円でいいの!?」
 家が裕福ではない千紗の持つ小銭入れは、かなり年季が入っている。中を漁るも5円玉は見つからない。残念そうに「うー‥‥」と呻く千紗の手に、洋子が5円玉を乗せた。ふたつあったから、と。
 そして相棒への土産なのだろう、珠子はこの神社ではどんな御守を売ってるのかしら、とみちるに尋ねている。
「あらあら、まっすぐ賽銭箱に向かっちゃダメよ。まずは手を清めないと」
 風が冷たいのかカーディガンの前を合わせながら、小夜は一行を引率する。

●その頃
 8人という大人数は、それだけで人目を集めてしまうものである。存在感自体が賑やかなのだ。手水鉢を囲んで手を清めてから、神が通るという中央を避けて参道の右と左に分かれ、きゃいきゃいと浮き足立ちながら社に向かうのだから、尚更だ。
 だが、実際に集まる視線はさほどでもなかった。8人の存在感に、コブラひとりの存在感が勝っているためだ。服装が普通であるだけに、引き締まった体と特徴的なマスクが引き立つのだろう。しかもそんな風体の人間が、のんびりと神社のベンチで小説を読んでいるのだから、いっそ不思議でさえある。
「ふむ‥‥カモフラージュにと借りた本だが‥‥なかなかどうして、面白い。あのマネージャーとは趣味が合うのかもしれないな」
 ひとりごちながら、足を組みなおす。
 その姿に、マスクの下はきっとハンサムなのだと勝手に想像して、これから夕食の買い物に行くはずの奥様方が足を止め、妄想を開始していた。子供を意識の外へと置き去りにして。

「なあ、さっきの集団見たか?」
「何だよ、どうかしたか?」
「ちらっと見ただけだけど‥‥葛原みちるっぽい子がいたような‥‥」
「うっそ、マジ!? 行こうぜ、写メ撮らなきゃ! 頼んだらサインくれねえかなっ」
 ブレザーを着た男子高校生ふたり組が、鳥居の前でにわかに活気づく。興奮して声を荒げ、意気揚々と境内に乗り込もうとして‥‥進行方向をリチャードによって阻まれた。
 リチャードは首からデジタルカメラを下げ、手にはビデオカメラを持っている。そのビデオカメラで鳥居を示しながら、彼は男子高校生達に話しかけた。
「Excuse me.Dont you know the name of this shrine?」
 すみません、この神社の名前をご存知ありませんか――そんな意味だが、文法的には決して難しくない。それでも彼らは英語で話しかけられたというだけで身構えてしまい、細部まで聞き取るどころではなかったようだ。
「え、えくすきゅーずみー!?」
「Could you tell me what kind of God is enshrined?」
 うろたえて、何とか理解した部分を繰り返すだけの彼らに、リチャードは続けて畳み掛ける。
 すると、ふたりで顔を見合わせるが早いか、彼らはくるりと振り向いてダッシュで逃走した。
「‥‥Yes,Im a winner.」
 人知れず拳を握り締めるリチャードだが、まだ気を緩めてはならない。みちるが無事に神社を後にするまで、初詣は終わったとは言えないのだから。

●再び本隊
 既にお参りは終わり、8人は赤い袴の巫女姿の女性が売り子をしている所へかぶりつきになっていた。破魔矢に札、絵馬に御守と、まだまだ品揃えは豊富だ。
「無難に家内安全がいいかしらぁ‥‥」
 呟く珠子がなぜか安産祈願の御守を持って悩んでいたり、
「うう‥‥折角合格祈願したんだから、確実にするためにもこれを使いたいところだけど‥‥」
 受験生だという千紗が絵馬の値札とにらめっこをしている横で、みちるはもうおみくじを引き終わっていた。
 覗きこもうとする咲と洋子からおみくじを隠し、気に結び付けることなくポケットに突っ込んだ。友人達は口を尖らせて不平を言ったが、みちるは「大吉だから!」と頑として見せようとしない。
「そういえば、みっちゃんはどんなお願いをしたの? あたしは『今年も子供を喜ばせるお仕事が出来ますように』ってお願いしたのよ〜♪」
 怪しい事に、支払いを済ませた珠子の言葉に対しても、慌てた様子で「仕事がうまくいくようにですっ」と返したのみ。
「僕は中吉だったよー。ケイちゃん、これ、木に結んでー♪」
「あんまり騒ぐなよ。やってやるからさ」
「みっちゃん‥‥もしかして大凶だった? でもね、悪い結果が出たからといって何度も引いちゃ駄目よ。ご利益がなくなってしまうから」
 おみくじを木の高い位置に結びつける華唯と結。頑として自分の引いたおみくじを結び付けようとしないみちるは、小夜がどんなに優しく語りかけても、首を左右に振るばかり。咲と洋子はその姿をただ黙って眺めていた。

●今後に向けて
 こうして無事にみちるの初詣を終える事ができた一行は、そのままゲームセンターに向かった。と言っても人がたくさんいる立派な店ではなく、時代遅れの筐体と、申し訳程度に古いタイプのプリクラが設置されているだけの場末の店だ。咲と洋子に出店でおやつを買ってきてもらって、皆で食べながらプリクラを撮った。ぎゅうぎゅうに折り重なっている姿が納まった小さな写真は、全員の良き思い出になる事だろう。
 日が沈みかけた頃にみちるの家へ到着すると、待機していたマネージャーが上司へ報告しに戻るというので、女性陣はついでに彼の車で送り届けてもらう事になった。他の者も怪しまれないようにひとりずつ、表口から裏口から、順番に出て行く。
 ただし雷だけは残った。もう少しこの紅茶の味を楽しみたいと言って。
「あの‥‥すみません、なんだか色々と心配してもらったみたいで」
 ふとみちるが雷に話しかけてきた。苦笑しているあたり、皆が先日の騒動に触れないようにしている事をわかっていたのだろう。
「いえ、お気になさらず。それよりも、ぜひお話しておきたい事があるのですが。今朝はマネージャーさんがいたので切り出せなくて」
「何でしょう?」
 雷はいつもの微笑みを保ったままみちるを手招きし、近付いてきた彼女の耳元でこそりと囁いた。
「エスコート役が『彼』でなくて、申しわけありませんでした」
「か、彼って‥‥彼って、ええ!?」
 一気に飛びのいたみちるの顔は、耳まで赤く染まりきっていた。

 雷も帰って、自室に戻ったみちるは、ベッドの淵に腰掛けて今日引いたおみくじを眺めた。『待ち人』の欄には「腰を据えて待て」、『恋愛』の欄には「積極的に行動せよ」と書かれている。
「もう‥‥どっちなのかはっきりしろー!」
 近所迷惑になりそうなほどの声量で叫ぶと、勢いに任せてベッドに倒れこんだのだった。