バレンタインドラマSPアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/14〜02/18

●本文

 その日は、女の子にとって、決戦の日であると言っても過言ではなかろう。
 胸に秘めていた想いをここぞとばかりに伝えようと、女の子達は想い人へ贈り物をする。基本はチョコレートであり、時に手作りされる。溶かして固めただけでも「手作り」と称されるのはご愛嬌。

 さて、ここにもひとりの女の子がいる。手にはリボンのかけられた水色の包みが、しっかりと握られている。顔の筋肉は緊張で強張り、髪の生え際はじっとりと汗ばんで、見開かれた瞳は先ほどからただ一点を見つめている。
 包みの中身は「手作り」のチョコレート。
 見つめているのは公園の出入り口。
 待っているのは想い人。彼が学校の行き帰りに必ず通るこの公園で、彼にチョコレートを渡し、一世一代の告白をするために。

 ◆

 果たして彼は、現れた。
 だがしかし、彼があんな事を言うなんて誰が予測できただろうか。
「それ‥‥チョコだろ。受け取れないよ」
 女の子は自分が何を言われたのか、一瞬理解することができなかった。――それほどまでに唐突だったのだ。包みを持って駆け寄ってきた彼女に、その言葉が投げかけられたのは。
「どうして受け取ってもらえないの!?」
「俺さ、甘いのダメなんだよね。勿論チョコもダメ」
「そんなぁ‥‥」
 言うだけ言って、彼は女の子に背を向ける。しかし良心が咎めたのか、2、3歩進んだところで振り向いた。すると女の子はなんと、顔をくしゃくしゃにしてその場にしゃがみこんでしまっていた。
 彼は考える。このまま帰ったのでは後味が悪すぎる。最悪の場合として、後日彼女から話を聞いた女の子に囲まれるかもしれない。いやそれ以前に、彼女は自分に好意を抱いているからこそチョコをくれるのであって、しかしだからといって素直に受け取れるはずもない。なぜならチョコが大嫌いだからだ。
「‥‥くっ‥‥」
 考えて考えて考えて出した結論は――
「鬼ごっこしようぜ」
「え?」
 思いがけず余りにも懐かしい単語を聞いて、半べそをかいていた女の子が顔を上げる。
「お前が鬼な。俺は逃げる。範囲はこの公園内。遊具の利用はOK、トイレはNG」
「えっ? ええっ!?」
「時間は30分。これがお前の体力的にも限界だと思う。その間に逃げ切れたら俺の勝ち。捕まえられたらお前の勝ち。でもって、これが一番重要」
 まだうまく事情を飲み込めない女の子。その手にいまだ大事そうに抱かれている包みを、男の子は指差した。
「お前が勝ったら、そのチョコ、受け取ってやる!!」

●今回の参加者

 fa0316 雲隠・壱鴎(25歳・♂・狐)
 fa1010 霧隠・孤影(17歳・♀・兎)
 fa1299 春日 春菜(16歳・♀・虎)
 fa1590 七式 クロノ(24歳・♂・狼)
 fa1592 藤宮 光海(23歳・♀・蝙蝠)
 fa2539 マリアーノ・ファリアス(11歳・♂・猿)
 fa2759 稲荷 華歌(14歳・♀・狐)
 fa2925 陽守 由良(24歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

●キャスト
矢代鈴鹿‥‥春日 春菜(fa1299)
間宮絵里奈‥‥稲荷 華歌(fa2759)
藤堂弘樹‥‥陽守 由良(fa2925)

いっちゃん‥‥雲隠・壱鴎(fa0316)
孤影ちゃん‥‥霧隠・孤影(fa1010)
練習中のミュージシャン(サクソフォーン)‥‥七式 クロノ(fa1590)
練習中のミュージシャン(ギター)‥‥藤宮 光海(fa1592)
イタズラ小僧‥‥マリアーノ・ファリアス(fa2539)

●鬼ごっこ開始
「お前が勝ったら、そのチョコ、受け取ってやる!!」
 宣言するが早いか、その男の子、藤堂弘樹は女の子、矢代鈴鹿に背を向け、全力ダッシュを開始した。
「ちょっ‥‥藤堂君!?」
 鈴鹿が呼んでも彼は止まらない。そのまま子供向けの遊具が並ぶほうへと駆けていく。
 彼が本気なのだとわかると、鈴鹿も水色の包みを抱いて立ち上がった。折角、指を数本火傷してまで「手作り」したチョコを渡せなくて、けれど彼はチャンスをくれたのだ。このチャンスをむざむざと見逃すのももったいない。
「絶対絶対、渡すんだからーっ!」
 大好きな彼の背中を追う。本気だけあって彼の逃走スピードはかなりのものだが、鈴鹿とて運動神経にはまあまあの自信を持っている。学校帰りなので制服のままなので、極力汚さないようにしなくてはならない。スカートの下にショートパンツを履いていてよかったという思いが彼女の脳をよぎる。
 鈴鹿が近付いていくと、弘樹は一段飛ばしで滑り台の階段を駆け上っていく。そのまま追いかけても、滑り降りて、再び離れていってしまう事は簡単に予想できた。なので、彼女はその滑り降りる側にまわった。本来は降りていくものである斜面を、淵を掴みながら昇っていく。
「お前っ、子供が見て真似したら危ないだろうが!」
「今はそんな事考えられる余裕はないのっ」
 仕方なく、今通ってきた階段から逃げようと、鈴鹿は体の向きを変え‥‥そして、驚愕した。階段の下にはもうひとりの女の子が、腰に両手を当てて立っていたのだ。
「絵里奈!? なんでお前ここに――」
「どーいうことよ、弘樹。チョコなんて絶対いらないって、いつも言ってたくせに‥‥」
 どうやら、追いかけっこ開始前の会話を聞いていたようだ。放たれる言葉には怒気が含まれている。
「え、嘘、間宮さんっ!?」
 斜面で足を踏ん張りつつ、鈴鹿がもうひとりの女の子の姿を確認してみると、それはクラスメイトの間宮絵里奈だった。特に親しいというわけではないが、想い人である弘樹の幼なじみだという事で、名前と顔は知っていた。
 互いに恋愛感情などないと明言していたために、ライバルだとはちらりとも考えた事などなかったのだが――
「まさか‥‥あなたも?」
「矢代さん、あんたは黙っててくれる!??」
 問いかけた鈴鹿を、一喝して黙らせる絵里奈。たじろいでいる弘樹を睨みつけると、一層激しい剣幕でにじり寄っていく。
「矢代さんのチョコを受け取るっていうんなら、私のチョコも受け取ってくれるわよねぇ!?」
「ぐっ‥‥」
 弘樹は返答をためらい、あとずさろうとした。しかし背後には鈴鹿がいる。前方に絵里奈。後方に鈴鹿。逃げ道はなく、観念するしかない――と思いきや。
 転落防止用の柵を乗り越え、その柵の外側から数瞬前まで自分が立っていた床、というか鉄板に、ぶらりぶら下がる。子供用なので高度はさほどではない。そのまま勢いをつけて着地してしまう。
「「あーっ!!」」
 鈴鹿と絵里奈の声がシンクロする合間にも、弘樹は逃走を再開する。その目線の先は、ジャングルジム。
 恥も外聞もなく、ふたりの女の子は弘樹を追いかける。ジャングルジムの頂上によじ登る弘樹と同じように、鉄の棒に手をかけた。
「お姉ちゃん達、何やってんの?」
「きゃっ! 落ちっ――」
「矢代さん!?」
 ぬっと鈴鹿の目と鼻の先に現れた、逆さまの少年。生首登場かと思わずのけぞった鈴鹿の手は、鉄の棒から離れていた。重力に従って、ぐらりと体が傾いていく。
 このジャングルジムも滑り台と同じで高度はさほどではない。だが頭から落ちたのでは、話は変わってくる。
 とっさに絵里奈が片手を伸ばして鈴鹿の腰辺りを捕まえたために事なきを得たが、少年は申し訳なさそうに頭を下げた。
「私は平気だからっ。お姉ちゃん達、ちょっと急いでるんだ、ごめんねっ」
 弘樹は既に向こうにある広場をつっきっている。鈴鹿と絵里奈はあたふたとジャングルジムから降りて、彼を追った。

●天使
 広場の中央には噴水がある。その傍らでは男女ふたり組のミュージシャンが練習をしていた。ひとりはサクソフォーンを、もうひとりはギターとヴォーカルを。彼らは自分達の前を全力疾走していった弘樹を見て不思議に思い、次に彼を必死の形相で追いかけてきた鈴鹿と絵里奈に、つい演奏の手を止めた。
「おいおい、こんな大事な日にどうしたの?」
 サクソフォーンを持つ男性が、サングラスの奥から青い双眸を覗かせながらふたりの女の子に呼びかける。呼びかけられたのでは止まらないわけにもいかず、ふたりは肩で息をしながら男性にぺこりと頭を下げた。
 礼儀を忘れていないふたりに、ギターを抱えた女性が微笑んだ。
「恋する乙女のいい顔ね〜」
「‥‥そうか? ほら、これやるから少し落ち着きなって」
 男性からスポーツドリンク入り未開封のペットボトルを渡されて、喉が渇ききっていたふたりは遠慮なくそれを飲ませてもらった。その間に男性が彼女達の持つ包みに気がついたので、チョコを渡すために相手を追いかけているのだと説明する。
「私の言った通りじゃない。恋する乙女」
「みたいだねぇ‥‥まっ、俺達ミュージシャンは音楽で人を元気付けるのが仕事、ゴキゲンなサウンドで応援するさね!」
 音合わせなのか、サクソフォーンで一定の音程を少々長めに響かせる。
「応援‥‥?」
「なんで見ず知らずの私達を‥‥?」
 ふたりが理由を尋ねるのももっともな事だろう。そしてそれにはちゃんと答が用意されていた。
「Is it a reason? We are angels、頑張ってる女の子は応援するってのは当然の事さ」
「一生懸命頑張ってる女の子は必ず天使が助けてくれるって事よ」
 笑顔でびしりとキメる、自称天使達。程なくして始められた演奏と、清涼感のある澄んだ歌声は、天使の名に恥じないものだと、女の子達は暫し聞き惚れる。

 The young girl who is in love does not stop
 Run straight to send feeling

「頑張れ女の子っ」
 体力を回復した女の子達の背中に、声援がぶつけられる。「お前はもう女の子ってトシじゃないもんなぁ‥‥痛っ!?」なんていうのも聞こえたけれど。

●その頃
 弘樹は、突然倒れてきたくずかごから転がり出た空き缶に足を取られ、うつ伏せになって地面に倒れていた。
 ちなみに転んだのはこれが初めてではない。脇の茂みからスケボーやボールが飛び出してきたり、並木の間をショートカットしようとして縄跳びで作られたスネアトラップに引っかかったり。子供っぽいが地味に効果のあるこれらの悪戯に引っかかっては地面と抱擁する羽目に陥っていた。
 おかげで弘樹の鼻は赤くすりむけ、明日も着なくてはならない制服は土で汚れてしまっている。
「あれぇ〜‥‥もっと避けられるかと思ったんだけど。お兄ちゃんってば結構ドジでしょう?」
「――全部お前の仕業か、このクソガキ」
 しゃがみこんで話しかけてきた赤毛の少年に、弘樹はつい口悪く反応した。正直なところ、うんざりしていたのだ。
「さっきからことごとく先回りしやがって‥‥」
「お兄ちゃんは通れなくても、僕くらいなら通れる抜け道はいっぱいあるからね」
 少年は屈託のない笑顔を撒き散らす。
 頭痛がするのか頭を抱える弘樹。
「あ、お姉ちゃん達が来たよ」
「‥‥‥‥」
 無言で立ち上がると、弘樹はまた走り出した。だいぶ疲れていたが、逃げなくてはならなかった。チョコなどもはやどうでもよくなってきていたが、それでも、追いかけられるからには逃げなくてはならなかった。

●シッ、見ちゃいけません!
 追いつきそうで追いつけない。追いかける側であるところの鈴鹿と絵里奈も、ちらりと時計を見て、残り時間の少なさに焦り始めていた。
 広場は文字通り広く、ふたりが通り抜ける間にも様々な人達とすれ違った。例えば、ネタあわせ中のお笑い芸人コンビ。
「いっちゃん、僕ずっとバスケがしたかったのですよ」
「孤影ちゃんがバスケ? へぇ、どんなどんな?」
 いっちゃんと呼ばれる、気が弱そうで儚げな青年と、孤影ちゃんと呼ばれる、おっとりした感じのお嬢様っぽい少女の組み合わせは、お笑いコンビとしては異色であるようにも思われる。ゆえに、鈴鹿と絵里奈も、通り過ぎる際に彼らの様子はしっかりと目に留めていた。
「こう‥‥こう、こーう」
「口で説明しようよ、孤影ちゃ〜ん。動きがファンタスティックすぎてわかんないよ〜」
「だから、スーパーエキセントリックで、ハイパーファンタスティックな」
「どんなだよ!?」
(「「どんなだ!?」」)
 ぺしん。弱気な裏手ツッコミがいっちゃんから孤影ちゃんに入る。鈴鹿と絵里奈もしっかりと心の中でツッコミを入れていた。
「いっちゃん!! あんな所にお客さんが居るです!! 一発ネタかましてやるです!!」
「孤影ちゃん一応人の話聞いて!? できれば聞いて!?」
「そんな事は良いから、ほらお客さんです!! いっちゃん、いつものやったげて!!」
(「「見つかった!!」」)
 孤影ちゃんに指をさされたふたり、つっこみは入れても関わり合いにはなりたくないと、体に鞭打って走る速度をアップさせる。
「おう聞きたいか‥‥って聞いてよ止まってよおじょーさーん!!」
 ショックを受けるいっちゃん、半泣きになりながらもふたりを追う。なぜか笑っている孤影ちゃんも一緒に。
 ――だがやはりそこは線の細いいっちゃんの事、すぐにバテてしまい、膝をついた。
「いっちゃん! 遅いです!! 鮭ぐらい!!」
 そんないっちゃんを、孤影ちゃんが仁王立ちして叱り飛ばす。
「ご、ごめん孤影ちゃん。でも、鮭って速さの基準にならないような」
「頑張るです!! 走るです!! ラマの如く!!」
「ラマは遅いよ孤影ちゃん‥‥」
(「「ラマってどんなのだっけ‥‥?」」)
 逃げる逃げる女の子達。今この瞬間だけは、追いかける側ではなく追われる側になっていた。
「あ、後は任せたよ、孤影ちゃん‥‥」
 どしゃり。いっちゃんが力尽き、崩れ落ちる音が聞こえてくる。しかし女の子達はもはや振り向かない。すぐそこに弘樹がいるからだ。
「ねぇ、矢代さん」
「何、間宮さん」
「このままふたりともチョコ渡せなかったら間抜けでしょ? 協力しない?」
「‥‥そうだね」
 もう二言三言だけ交わして、彼女達は最後の決戦に赴いた。

●結末
「くそ、序盤に力入れすぎた‥‥」
 弘樹はやはりへこたれていた。人工的に造られた小高い丘の上、どっしりと立派な枝葉で日陰を作る一本の木。どことなく幻想的な雰囲気を持つその木の幹にもたれて、一際深く空気を吸い込むと、次にそれを思う存分吐き出した。だるい腕を無理やり引き上げて腕時計のデジタル表示を確認すれば、ストップウォッチ機能が働いている。残り時間はあと一分少々。
 ――このまま行けば勝つ。
 小高い故に、見晴らしがいい。見つけられやすく見つけやすいここならば、残り時間を無難に過ごす事が出来るだろう。そう考えたのだ。いざとなったら、自分が背にしているこの木に登ってしまうのもいい。
「‥‥これで、チョコを食わずに済むわけだが‥‥」
 嫌いな物を体内に取り込まなくていいのだから、ここは喜ぶべきところだ、しかし素直に喜べないのはなぜだろう。
「なんだよ‥‥俺、チョコがほしいのか‥‥?」
 思考に耽る弘樹。だがその隙が仇になる。
「「つっかまえたぁーーーっ」」
「のわぁあああっ!?」
 女の子ふたりに両脇から全身でのしかかられるという、至極羨ましい方法で、彼は捕まってしまった。残り時間は5秒だった。
「やったー! やったよー!」
「うんうん、長かったぁっ」
「‥‥重い」
 禁句を発した弘樹の頭を叩いたのは、チョコ入りの包みだった。
 そして数分後には、自分で言い出した事だからと男らしく、だが眉をしかめながら、口の中にチョコをつっこまれる事になるのだった。

 Love is happiness of a girl
 A day to obtain happiness today
 The chocolate which I loaded with a lot of love
 I send it to you right now

 Sweet sweet chocolate
 I want you to taste it
 Of you what want to taste it
 Taste of the kiss that is sweeter than chocolate

 Love is happiness of a girl
 A day to obtain happiness today
 A kiss of the love that is more optimistic than chocolate
 Because I send it to you right now