待ち人は来ず・役者編アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
4.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/02〜05/08
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●本文
●『待ち人は来ず』舞台
舞台、下手側にバーのセット。上手側に喫茶店のセット。明かりの切り替えで場面の転換を表現する。デハケ口は両袖と中央上手寄り奥の計3箇所。
バーはカウンターと幾つかの椅子で構成。バラード調のBGM。喫茶店にはテーブル3つと椅子9つ。
●『待ち人は来ず』あらすじ
パソコンに向かう茶色い髪の男。上下ジャージの彼の職はシナリオライター。幽霊に関する特番を書くため、彼はネットの掲示板で知り合った「幽霊が見える」という女性に取材を申し込む。
一応よそ行きのカジュアルシャツで待ち合わせ場所へ向かう男は、道中で事故に遭い死亡した。しかし彼は自分の死に気付かず、待ち合わせの時間が迫っているとバーへ急ぐ。
女性から指定されたバーに到着した男は、マスターと軽い世間話を交わす。その後時間通りに来た、髪の色と同じ暗い雰囲気を纏う白ワンピースの妖しげな女性は、男に様々な霊体験を話し始める。
女性は男に『幽霊が見えるのではなく、見た対象が幽霊であると気付く』という能力について話した。
自分が死んだ事を理解できず生活を続ける幽霊もおり、普通の人間たちに混じって『この世』に存在しているという。
女性の話を信じられない男に、女性は例を挙げて話し始める。
女性は、事故に遭って死亡したことに気付かず、自分の仕事をしていた男の幽霊の話を語り始める。その話に男は質問を重ね、女性は一つ一つ淀み無く答える。
取材を終えると、女性はすぐ帰ってしまった。男は帰途に着く。
すると、バーの電話が鳴り響いた。警察。ある事故で死んだ男のメモに、店の名前と電話番号があったと。男の名や特徴は帰った男と同じだった。
電話で男の死を知ったマスターは、その事を予期していたような女性と共に男を捜すことになった。
女性との話から着想を得た男は喫茶店でシナリオを書く。その完成直前に、女性とマスターは男を発見した。
シナリオのラストを書きながら、原稿を取りに来るはずの担当者を待つ男。しかし男は既に死んでいる。担当は来ない。
とうとうシナリオを書き上げた男は、女性とマスターの目の前で消えてゆく。
警察からの電話で聞いた、男の最期の様子。その様は、バーで男が女性と交わしていた問いかけの答えのままだということに、マスターは気付いた。
「私の霊体験、また一つ増えたようね」
消えた男。女性は去っていく。待ち人(の肉体)は、来なかった。
男が、自分が死んだ事にさえ気づかず書き上げたシナリオは、世に出ることはない。
男とシナリオが待つ待ち人は、来なかった。
●人員募集
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現在、私円井 晋は新作の上演に向けて活動しております。今回は、広く演劇を愛する皆様と共に舞台を作り上げたいと、役者として出演してくださる方を募集したいと思っております。また、本番の音響や照明を操作するスタッフも募集したいと思います。
参加資格はただ一つ、演劇をこよなく愛していることが条件です。
詳細についてはロゴをクリック、リンク先をご覧下さい。皆様のご参加、お待ちしております。
●リプレイ本文
●こだわりの音楽
舞台本番前日まで、音響を担当する織石 フルア(fa2683)は選別に編集に忙しく働き続けた。本番の直前まで調整、というのは役者との合わせなどに大きな影響を及ぼすため円井が許可しなかったが、ゲネ(本番と全く同じ行程で一通り通すこと)が前日の遅い時間に組まれたため、前日にやるも当日にやるもあまり変わらないことになった。
彼女の仕事の一つ目が、バーの歌姫役、ラム・クレイグ(fa3060)の歌に合わせてのBGMの変更だ。これは既成の曲の流用でないため、キーボードでの自作となった。
二つ目は、前回の円井の募集に応じた際に出た注文の消化だ。中盤シーンでの効果音として走る靴の音、車の急ブレーキ音、悲鳴などが用意された。
そして、全ての準備が整い。本番当日。
「フロー」
前日までの仕事と本番ギリギリまでの照明・舞台監督との打ち合わせに疲れた目をしている織石に、兄の伝ノ助(fa0430)が声をかけた。
「兄さん。無いとは思うけど、本番中コケないように」
すっと片手を挙げる織石。いつか兄妹で一つの作品に携わるのが彼女の密かな夢だったため、普段では見られない微妙に嬉しそうな表情。
伝ノ助も同じく片手を挙げ、パン! とタッチ。その音は周囲にいたメンバーにも本番への力を与えて。
企画。裏方。そして役者達。たくさんの人の思いが込められた舞台が、幕を開ける。
●待ちわびる男
カタカタ‥‥
カタカタカタ‥‥
静かに静かに響く、キーボードを叩く音。そこに、すっと流れ込む別の音。ラジオ。
『それでは、次にお届けする曲は『辿りつく場所』です。この曲は‥‥』
流れるバラードの中で、パソコンに向かう男。伝ノ助の演じるシナリオライターの男、河渡は、しばらくの沈黙のあと頭を抱える。
「何かが足りないんだよなぁ‥‥」
気分転換にネットサーフィンを始める河渡。思わぬところに転がっている資料を集めるためという理由もある。
「‥‥幽霊が、見える?」
とある雑談掲示板。そこで偶然見かけた発言の主はO(オー)。Oは、自分には幽霊が見えるという旨の書き込みを、そこにしていた。
「これは‥‥ネタになるかな」
河渡は書き込みに併記されていたアドレスにメールを送り、取材を申し込む。すると、驚くほどの速さでメールが返信されてきた。
『取材、お受けいたします』
「よっしゃ!」
椅子から立ち上がり、ガッツポーズの河渡。それが、これから始まる奇妙な物語の始まりとなった。
「事故だ!」
大きく鳴り響いたブレーキ音。何かにぶつかり、弾き飛ばしたような音。その『何か』にぶつかっただけでは消えなかった勢いは、その後コンクリートの建造物に突っ込み一瞬の静寂を呼ぶ。そして、声。
上月 一夜 (fa0048)が、音のした場所へ駆け寄る。海風 礼二郎(fa2396)はその場からゆっくりと後ずさる。日常、こんな事態に出くわす可能性は少ない。見たくはない、子どもには受け止めきれないだろう惨状が、そこに広がっているのだ。
トラック事故。そのトラックは歩道で人間を撥ね、ビルに突っ込み止まった。
その事故に河渡は一瞬気を取られ呆然としたが、ふと気付いて腕時計を見る。
「おっと、もうこんな時間だ、少し急がないと」
その事故に多少の興味はあったが、河渡にとって今最も優先すべきは取材だった。彼は駆け足でその場を離れる。事故に皆が気を取られたせいか、走り去る彼を気に留める者は一人もいなかった。
●待ち合わせはBar
ドアを開けると、カラン、カラランという音が控えめに鳴った。BAR『primrose』。女性との待ち合わせの場所だ。
ドアを開けた瞬間、河渡は『歌』に強く気を引かれた。その歌の聞こえる方を見ると、黒のドレスに長い黒髪、黒ずくめの中に一点の紅い髪飾り。店の片隅に、ヴォーカリストが居た。
「いらっしゃい‥‥初めての方ですね。お約束ですか?」
「え? あ、はい、そうです」
田中 雪舟(fa1257)演じるマスターが、河渡に声をかけた。カウンターへ向かい、時計を見る河渡。約束の時間まで、まだ数分あった。
「シャトー・ラ・ベルティーヌをもらえますか」
「分かりました‥‥‥おっと」
マスターが店の奥を覗き込み、「おーい、ベルティーヌ持ってきてくれ」と声をかける。どうやら、ちょうど切らしていたようだった。
「すいませんね」
「いえ。それより、生のヴォーカルが聴けるなんて珍しいですね」
河渡は店に入ったときに聴いた歌について尋ねた。しかし、マスターは怪訝な表情を一瞬浮かべ。その返答に、河渡も同じ表情をすることになった。
「そう、ですね‥‥以前はそうだったのですが」
「?」
と、店の奥からワインボトルを持った太めの女性が出てきた。青田ぱとす(fa0182)が演じるマスターの妻である。
「ああ、ありがとう。‥‥お客様、何か料理もお出ししましょうか?」
「じゃ、何かオススメがあったら‥‥」
「サムゲタンがあるんだけど、どうかしら。普段は出してないスペシャルメニューよ」
妻の思いがけない言葉に、マスターは「なっ‥‥」と絶句。ちなみに、サムゲタンとは韓国のスタミナ料理である。
「お前、こういう店でサムゲタンなんか」
「何言ってるの、裏から店を支えてるのは私なんだから、私が勧める物に間違いがあるわけないでしょ」
反論を続けるも勝ち目の全く見えないマスターと怒涛の連続攻撃を仕掛ける妻に、河渡は苦笑を浮かべるしかなかった。
●待たせない女
何となしに時計を見上げると、待ち合わせの時間まで数秒というところだった。もしやOは来ないのでは、と河渡が心配した瞬間、カラン、カラランという音が鳴った。
暗い色の長い髪、サングラスに帽子。暗闇の中では白いワンピースだけが浮かび上がって見えるのではと思える出で立ちで、全く時間通りに、一人の女性が現れた。大曽根カノン(fa1431)が演じている。
「もし、霊が見えるという女性が身近にいたりしたらいやでしょう?」
唐突に、女性は見透かしたように河渡にそう言った。河渡は驚いたが、この女性がOなのだろうと、隣の席を勧めた。
「早速で申し訳ないんですが、幽霊が見える、というのは本当なのですか?」
河渡が尋ねると、Oは一瞬何を聞かれたのか分からなかったような表情を浮かべ、しかしすぐにもとの無表情に戻って、言った。
「幽霊が見えるというのはおかしな聞き方ですね‥‥すぐそこにいるじゃないですか」
Oの返答に、河渡が今度は一瞬次の言葉に詰まった。
つまり。コーヒーを飲んでいる人に「貴方がコーヒーを飲めるというのは本当ですか」と聞いたことと同義だったというわけである。当人が今まさに行っていることについて聞かれても、当たり前、見ての通りとしか答えられないのだ。
「彼らは、亡くなってからしばらくの間はこの世界に留まっています。そして、一部を除いて旅立っていきます」
「一部?」
Oの言葉に、河渡はメモを取る用意をしながら問いを返す。
「あまりにも強い想いをこの世界に残している方。もしくは自分が死んだことに気付かない方」
「死んだことに気付かない‥‥」
「自分が死んだことに気付かなかった方々は、普通の人達に混じってこの世界で生活しています」
Oは、自分の話が信じられていないと河渡の表情から察した。そこで、例を挙げての話を始める。
「今日見かけたのは、交通事故で亡くなったのに気付いていない男の人」
「その人は、どうして事故に気づかなかったんです?」
「事故に気付く前に、肉体から抜け出てしまったの。即死ね。死んだことに気付かなかったのは、仕事で人に会うために急いでいたから」
河渡はメモを取りながら、何か違和感があった。頭をかく。気のせいだろう。
「その人は、いつ自分の状態に気付いたんです?」
「まだ気付いていません。今も、普段どおりに仕事をしようとしています」
頭をかく。気のせいだろう。
「何で、そんなに仕事に執着するんです?」
「生活がかかっていたように見えました」
頭をかく。気のせいだろう。
「そろそろ失礼します。また何かあれば、連絡を下さい」
すっと立ち上がると、Oは一人去っていった。先まで河渡が感じていた違和感は消えていた。
「幽霊ですか‥‥不思議な話ですね」
「幽霊ってことは、もうそれ以上死なないってことよね? その場に居られるなら、それはそれで幸せなんじゃない? ついでに働いてくれたらもう何も言うことないでしょう」
一人残された河渡に、マスターと妻が声をかける。
「幽霊が働いた結果って、どうなるんでしょうかね? 書類とか、作品とか‥‥一緒に消えてしまうんでしょうか」
河渡は疑問を口にしながらも、楽しそうな口調で立ち上がった。
「良い案が浮かびました。おかげで原稿が書けそうです」
会計を済ますと、河渡はBARを後にした。
直後。
「はい、『primrose』です」
電話がかかってきた。マスターが受けると、相手は警察だった。
「河渡さん、ですか? ええ、当店のお客様で‥‥いえ、常連のお客様では‥‥え? 亡くなられた? そんなバカな‥‥いえ、こちらの事で」
会話を終え、受話器を置く。電話で知らされた内容、それは、先ほどまでカウンターにいた河渡が交通事故で亡くなったという話だった。
2時間前に。
「幽霊‥‥だった?」
「そうです」
マスターらが声のほうを振り返ると、そこにはいつの間に戻ってきていたのか、Oが立っていた。
●待ち人は来ず
「契約している出版社に連絡して、よく彼が利用していた店を教えて頂きました。行ってみましょう」
全てを悟っていたような様子のOを伴い、マスターは河渡を探しに出た。彼が探し当てた喫茶店は、スーツを着た若い男もいればチェックの帽子の子どももいる、気取らない感じの入りやすい店だった。
そして、そこには。
河渡。
何かに急き立てられるように、パソコンを一心不乱に打っている河渡。彼を見つけたマスターは、店内に入り声をかけようとするが。Oは手でマスターを制した。
鬼気迫る表情だった河渡。しかし、その表情が満足そうな笑顔に変わる。シナリオが完成したのだ。河渡は消えていった。自らの死に最期まで気付かぬまま。
「Oさん、男さんに話されていた幽霊の話‥‥あれは‥‥」
目の前で起きた出来事に困惑しつつも、マスターは問いを発した。
「電話でお聞きになったとおりでしょう? 交通事故で即死。人に会うために急いでいた。まだ自分の死に気づいていない‥‥私の霊体験、また一つ増えたようね」
Oは一人喫茶店を後にした。結局、彼女の待ち合わせ相手は来なかった。‥‥いや、正確には、待ち人の肉体は、来なかった。
そして。
「彼の書き上げた原稿は存在しない幻。世に出ることはないでしょう。彼と原稿が待つ待ち人は、永遠に来る事はないのです。ですが、私たちは彼と会い、言葉を交し、原稿を書き上げるのを見届けました。私の手許にあるこの原稿は、幻なのでしょうか?」
マスターは客席を見渡し、続ける。
「そして彼は、私のバーに歌手がいると言っていました。うちで歌っていた歌手は、ずいぶん前に亡くなっています。この体験をあなたは、いかがお考えでしょうか?」
幕が下りる。その何とも言えない空気の中に、染み渡る歌声。
『それでは、次にお届けする曲は『辿りつく場所』です。この曲は‥‥』
――震える心でつむぐ 貴方への想いは
――青いインクと風へとのせて
――私の想い 最後に 辿りつくの
――貴方へと 辿りつく