わかれるということアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 5Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 27万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/21〜10/23

●本文

☆★☆★『gathering star』主宰、円井 晋プロデュース『わかれるということ』☆★☆★

 劇団『gathering star』主宰の円井 晋が演出・総合プロデュースする新作舞台『わかれるということ』が、21日(日)より一週間、東京○○ホールにて上演開始。チケットは全席指定で5000円(未就学児入場不可)。

●あらすじ
 広いマンションの一室に1人で住んでいる女性、中村 千恵子。彼女の過ごすこの空間は世界の時の流れとは切り離され、停滞していた。
 白い壁紙、白いテーブル、白い椅子、白いソファ、白いコップに白い皿。部屋の大部分を埋め尽くす白の中ところどころに、迷い込んだような黒い皮手袋や黒いベルト、黒いペン、黒い携帯電話、黒いスーツ。それらは、千恵子の時間を過去に繋ぎ止めている楔。

 千恵子には、7年近く交際していた恋人がいた。この部屋に一緒に住んでいた玉置 秋一は、半年前に仕事で一週間の海外出張に出たきり、行方が知れない。何か事件に巻き込まれたとも死んだとも連絡は無く、仕事用に持っていった携帯には繋がらず、しかし出張の期間の終わり際に勤めていた会社には辞意を伝えており、警察に訴え出ても単なる家出と取り合ってもらえなかった。今、部屋にいるのは秋一の置いていった品と、彼の私生活用携帯電話に残されている通話記録とメールのメモリーだけ。

 初めは、仕事に嫌気がさしてふらりと旅に出たりでもしたのではないかと思った。次第に、自分は捨てられたのだろうと思いはじめた。今となっては徐々に理由はどうでもよくなって、秋一のメモリーにすがって毎日を繰り返す。生活費はバイトを掛け持ちして何とか工面しながら、今日が終わればまた今日へ、ひたすら終わらぬ幸せな空想の中で。

 ある日、秋一の黒いペンがどこかへ無くなった。必死になってバイトも休んで3日探し回ったが、ついに見つかることはなく。仕方なく同じペンを買ってきて元あった場所に置いてみるが、何か違った。

 ある日、秋一の黒いベルトがどこかへ無くなった。必死になってバイトも休んで寝ずに5日探し回ったが、ついに見つかることはなく。やはり同じベルトを飾ってみても、違う。

 ある日の千恵子は、バイトを辞めて部屋にこもっていた。視線の先には、秋一の黒いスーツと、秋一の黒い皮手袋と、秋一の黒い携帯電話。ずっと見張っていれば無くなることはない。盗まれることもない。万が一、秋一がこれらの品を必要になって持っていっていたのだとしたら、待っていれば会えるかもしれない。そう思って。

 ふと物音に気付いて、千恵子は頭を上げた。うっかり眠ってしまっていたようだ。秋一の物は無くなっていないか確かめようとしたその瞳に映ったのは、半年ぶりに見た秋一の姿だった。
 秋一の語る事情に、千恵子は興味は無かった。ただ、すがって泣いた。

 そして、二人の生活は再び始まった。
 何か違った。

●出演
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●お問い合わせ先
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●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa0914 キャンベル・公星(21歳・♀・ハムスター)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2340 河田 柾也(28歳・♂・熊)
 fa2341 桐尾 人志(25歳・♂・トカゲ)
 fa5556 (21歳・♀・犬)

●リプレイ本文

●パンフレット
中村 千恵子‥‥虹(fa5556)
玉置 秋一‥‥桐尾 人志(fa2341)
中村 百恵‥‥稲森・梢(fa1435)
三ツ屋 康介‥‥河田 柾也(fa2340)
篠原 綾子‥‥キャンベル・公星(fa0914)
伝法寺 彰‥‥伝ノ助(fa0430)
桂城 真也‥‥巻 長治(fa2021)
真崎 花梨‥‥月見里 神楽(fa2122)

●斑の部屋

 そう、だからね、今度一緒にデートに行くことになって‥‥
 半年ぶりだよ? ‥‥うん。うん。‥‥分かってる。
 あ、じゃあ切るね。そろそろバイトに行く準備しなきゃ。
 じゃあね。

 ・ ・ ・

「って感じでね。心配してたのよ。私、秋一君を忘れさせようとして、ペンとかベルトとか処分したから。いつものバイト先にいなくなってた時は心臓が止まるかと思ったわよ」
『ああ、俺も驚いたよ。あのまま放っておくのは危険だとは思っていたけど、まさかあそこまで執着しているとは思わなかった。秋一君が帰ってきて良かったよ』
 千恵子の姉の百恵は、妹のために、秋一の残した品を処分していた。数日前の千恵子の豹変振りには、百恵も、処分の提案をした百恵の友人康介も驚いた。まあ、それは解決した話だ。
 そして、もう一つの処分による弊害は。
「そういえば康介くん、私の泥棒疑惑は無事に晴れた?」
 百恵の問いに康介は笑い。
「大丈夫、自分で止めておいた。注意して見ておくって、あの子には。そりゃ見慣れない女がお隣の部屋を出入りしてるの見たら、泥棒って思うよな」

 ・ ・ ・

 姉との通話を切ると、千恵子はバイトへ出発する。玄関の扉を開けマンションの廊下に出ると、よく出会う可愛い隣人に出くわす。
「お姉ちゃん、今からお仕事?」
「そうよ。花梨ちゃんもお出かけ?」
 ううん、今帰ってきたとこ。笑顔で答えるのはマンションのお隣り、真崎家の娘さん。こうして話す機会がよくある。
「お兄ちゃんが帰ってきたと思ったら、今度はお姉ちゃんが忙しいね」
「そうね。なかなか遊んであげられなくてごめんね」
「うん。でもね、秋一お兄ちゃんはこの前一緒に遊んでくれたの。お仕事忙しくなる前にした約束覚えててくれたの」
 そう、良かったわね。言いつつ、千恵子の脳裏を過ぎるのは秋一が消えた時のこと。そして、何となく違和感を覚える今の秋一。
 たまらなく、聞いてしまう。
「ねえ、秋一お兄ちゃん、どこかおかしくなかった? 遊んでる時に」
「うーん、いつも笑ってるけど‥‥時々怖い顔になるの。まだお仕事が一杯で疲れてるの? 花梨は遊ぶのお願いしない方がいい?」
「今のお仕事は少し簡単って言ってたから、きっと大丈夫よ」
 じゃあねと頭を一度撫でて、千恵子は階段を下りる。その途中でふと足を止めて。
「気のせいだよね」
 呟く。自身の内側に埋没した千恵子は気づかない。いつもは階段の途中まで追いかけてきて見送ってくれる花梨が、今日は着いてきていないことに。
 千恵子の顔は、無意識に強張っていた。その表情は、花梨と遊んでいる合間の秋一の『怖い顔』と同じだということを、花梨は感じ取っていた。

 ・ ・ ・

 その頃。
 新しい仕事の休憩時間に、秋一は前の会社で同じ職場だった桂城と落ち合った。話す内容は千恵子のこと。桂城としてはそんな惚気どうでもよかったが、当人の秋一は惚気ているつもりは全く無く。
「大変だったんですよ。いきなり違う部署、しかも海外に飛ばされて。中国語なんか喋れませんし」
「で、忙しくてケータイ放っておいたんだな?」
「いや、仕事アレもコレもで。スケジュールなんか分刻みで、俺はどこの売れっ子アイドルかって」
「で、忙しくてケータイ放っておいたのな?」
「‥‥ええ」
 やっと認めた秋一に、桂城はやれやれと行儀など気にせずテーブルに肩肘ついて。
「半年もほったらかしておいてもずっと待っててくれるなんて、一途な良い子じゃないか?」
「ええ」
 秋一が持ち込んだ相談。半年間のブランクと違和感。どのツラ提げてと思いながらも帰った秋一を迎えたのは、千恵子の昔のままのような笑顔と出迎え。それに覚えた違和感。
「今はそこそこ暇だろ? 半年待たせたんだ、そのぶん構ってやったらどうだ?」
 桂城は独り身の寂しさと投げやり加減を言葉の節々に滲ませながら、また前みたいに惚気てみせろと促すが。
「ええ、そうですね。分かりました。長く、待たせましたしね」
「全く、パッとしない受け答えだな。お前のどこにそんなに夢中にさせるような魅力があるのか、俺にはどうもわからないな」
 結局、始終こんな調子だった。
 昼休みが終わる。

●わかれるということ

 しかし、残念だなぁ。うちに戻って来ればよかったのに。
 でも仕方ないかな。あんな唐突に辞めたんだ、店長とかに顔合わせ辛いだろうし。

 秋一さん‥‥彼氏さんは、何となくイメージ違いだったかな。
 聞いてた感じ、もうちょっと彼女煩悩の人だと思ってたんだけど。
 この前2人で来てた時も、千恵子さんが空回ってるような感じだったし‥‥
 もし僕だったら‥‥待て待て、それはダメだって。

 あ、はい、いらっしゃいませー!
 ‥‥え? あ?

 ・ ・ ・

「あまりにも近すぎて、逆に何も見えなくなってしまう子もいるのよね。たぶん‥‥千恵子さんがそう」
 長い髪を軽くかき上げながら、綾子は言う。スーツの彼女はいかにも仕事中だが、秋一との打ち解けた気兼ねの無い空気は、今はプライベートタイムだと周囲に告げている。
 綾子は秋一とは大学の同期生で、秋一が以前働いていた会社で上役の秘書を務めている良き友人。こういった相談も、どこかの独身貴族と違い真剣に受けてくれる。
「何も見えなくなる?」
「ええ。この人が好きって思っちゃうと、相手の欠点とか自分への悪影響とか分からなくなっちゃうのよ。例えば、好きな人を射止めてお熱いままの状態でずっといると、彼のお腹周りも見て見ぬふり、またはそれも長所と脳内変換。メタボの危険も右から左に」
「俺、別に腹は出てないぞ」
「例え話よ。‥‥7年付き合ってみて、どうなの? 彼女のこと、秋一は理解出来てきた?」
 理解。秋一は、何が『理解出来た』ことなのかを考えつつ、記憶を辿る。千恵子との7年間。
「何については頼ってもいいのかとか、分かってると思う。苦手なことも知ってる。損害保険がどうのとか、難しい話は全部俺に任せて頼りっきりになる性格も。でもまだ、全部は分からない」
「他人を完全に理解することは不可能なことだとは思うけれど‥‥数ヶ月離れてみて、どう? 距離感が変わったことで見えたものもあったでしょう?」
「まあ‥‥。『倦怠期』ってヤツなのかね? 今まで好きだったものが、急に色褪せて見え始めて。あいつに支えられた日も確かにあった。でも」
「お互いに、相手を冷静に見つめてみる時期なのかもね。密着した状態から一歩引いてみて、相手の全部を見直してみる。相手を頭のてっぺんから爪先まで見て、知って、正しい距離感って言うか、位置って言うか‥‥そういうものを模索してみる。秋一は今は仕事の忙しさもそこまでじゃないだろうし、ちょうどいい機会じゃない?」
 思案に沈む秋一に、綾子は腕時計を見、コーヒーの最後の一口を飲み乾して。
「じゃあ、私はこれで。会計はしておくわね。秋一、転職したばかりでまだ余裕ないでしょ」
 秋一に浮上して反応する暇を与えず、綾子は伝票を持ってさっと席を立つ。若い男性店員を相手に会計を済ませると、出際に一度手を振り消える。

 腕時計を見て。
「少し遅くなったかな」

 ・ ・ ・

「あ、千恵子さ‥‥じゃない、いらっしゃいませ、お客様」
 彰が笑顔で迎えてくれるいつもの喫茶店。彼の笑顔と色々な想い出があるこの喫茶店は静かに落ち着いて考え事をするには丁度いい場所のはずだったが、バイトの同僚から客と店員の関係になったことを示す彰のちょっとした言葉遣いの変化が、千恵子には疎外感を与える。


「秋一さんが! 秋一さんが帰って来ないの!!」
 自室で電話に向かって叫ぶ千恵子。携帯の向こうで宥める姉の声など全く聞こえない。
「また私は一人ぼっちになるの!? そんなの嫌!!」
「千恵子!」
 電話を片手に、部屋に駆け入って来る百恵。電話口での千恵子の第一声を聞いた時から、嫌な予感がしていた。偶然一緒にいた康介を引っ張って、千恵子を落ち着かせようと話しながら急ぎここへ向かって来たのだ。
「大丈夫よ、千恵子。秋一さんは少し用が長引いてるだけよ、きっと。すぐ帰ってくるわ」
「そうだ、千恵子さん。ここに来る途中、秋一君らしい人が歩いて来るのを見た。秋一君はいなくなってなんかない」
 千恵子の正面に立って、目線を合わせてから話す康介。パニックに陥っている千恵子の意識を一点に集中させてから、心配は杞憂なんだと諭す。咄嗟の嘘だったが。
「だ、大丈夫? 大丈夫、なの?」
「ああ。あと十秒で帰ってくるのか十分か一時間かは分からない。だが、夜にはならない。帰って来ないなんてことは絶対無い」
「無い‥‥大丈夫、秋一さんは帰ってくる‥‥?」
「大丈夫だ。保障する」
 康介は姉の友人で、自身もよく知る人物。彼が責任ある立場にいる人物であることも知っている。そんな彼の言葉。だから。信用出来るはず。そう思い込める。
「‥‥すいません。ありがとうございます。大丈夫。大丈夫。‥‥ちょっと、気分を変えに散歩に、行きます。姉さんもありがとう。ごめんね」
 小さい声でそう告げ、部屋を出るために上着を取る千恵子。百恵と康介は彼女と一緒に部屋を出て、マンションの入り口から見送り。足取りがしっかりしていることに、一先ずの安堵を。


「そういえば、さっき彼氏さんを見ましたよ。ここで」
 コーヒーを出しながら、彰はふと千恵子に言う。ちょっとした意地悪のつもりだった。
「綺麗な女性と一緒でしたよ。スーツがびしっときまった」
「え‥‥?」
 瞬時に、失敗したと気付いた。深く考えずに自分のくだらない感情のままにくだらないことを言った。彰にそのことを一瞬で悟らせるほど、千恵子の表情の変わりぶりは大きかった。
「あ、でもきっと仕事の相手ですよ、スーツでしたし‥‥」
「ええ。私もそう思う。大丈夫よ、気遣ってくれなくても」
 大丈夫。そう何度か呟く千恵子。だが、その様子自体が既に大丈夫ではなかった。急いでコーヒーを飲み終えると、会計も手早く終えて急ぎ足で店を出る千恵子。彰はその様子に何も言えず、ただ心の内で自身を罵倒した。

 ・ ・ ・

 まだ何も起きてないから出番は無い? 何かあってからじゃ遅いだろう。
 彼女の様子や、2人の関係。痴話喧嘩と処理されても仕方ないとは思うが。
 だが、危険性は俺が自分の眼で見て理解した。
 それでも、上は、警察は動かない。

 百恵、俺だ。やっぱりダメだ、当てにならない。
 もうちょっとでも悪い方向に傾くようなら、俺達で何とかしよう。
 出来るだけ頻繁に、2人に会いに行って、様子を見よう。
 何かあってからじゃ、遅いんだ。

 ・ ・ ・

 千恵子が部屋に帰ると、秋一も既に帰ってきていた。
「「おかえり」」
 2人とも、どことなくぎこちなく。次の言葉をどう切り出そうか。互いに少し逡巡して。
「あ、あのね。いつもの喫茶店で聞いたんだけど‥‥会ってた女の人って?」
「綾子か? 彼女は大学の同期生で、前の会社に一緒にいた人で‥‥って、前にも話題に出したことあったよな?」
「うん‥‥何してたの?」
「ちょっと、新しい職場の人間関係についてさ。嫌な上司との付き合い方とか」
 一部、嘘を吐く。良かった、と壊れた笑顔で言う千恵子と、無言で頷く無表情な笑顔の秋一。
「‥‥なあ」
 秋一が話し始める言葉。千恵子は表情だけで「何?」と問い。
「俺達、付き合って7年だろ。そろそろ、お互いを冷静に見つめあうべきなんじゃないかと思う。これから先もずっと同じ距離感でいられるわけじゃないし、一度距離を置いて、お互い冷静になってみないか。今までずっと一緒に走ってばっかりでさ。一旦休憩をして、それからとりあえずの目標として結‥‥」
 秋一にとっては、それは2人の関係をより良くしていくための提案だった。だが、千恵子はそうは受け取らない。分かってはいたが、話すほどに彼女の目には涙が溜まり。
 最後の一言を、言おうとして。千恵子が秋一に抱きついた。ぶつかった衝撃か、秋一は少し腹が痛かった。
「置いていかないで」
 千恵子の身体を少し自分から離そうと、秋一が彼女の肩を押し。手を握ると。
 ぬるり。
「置いていかないで!」
 あかいもの。
「私の大好きな秋一さんを返して‥‥っ」
 もっと早く言葉で伝えておけば。そう思うが。少し遅くなったかな。
 千恵子は再び秋一の胸に飛び込んだ。
 何度も、何度も。

●楽園遠く

 痴話喧嘩の末に。KeepOutが解かれ、外見だけいつも通り。
 姉は気付いていた。妹の変化に。
 警察官は気付いていた。恋人の間の、事件の匂いに。
 彼は思っていた。事件の引き金は自分が引いたと。

 彼は、姿を消した。

 ・ ・ ・

「おじさん。ここのお部屋のお兄さん達のお友達? どこに行ったか知ってる?」
「おじさんは無いな」
 友人の部屋の前を訪れた桂城は、隣の部屋から出てきた少女の容赦ない一言に苦笑し。
「いなくなったよ」
「お仕事? いつ帰って来るの?」
「2人とも忙しいみたいだからね。しばらく帰って来ないんじゃないかな」
「そっか、お仕事って大変なんだね」
「ああ。大人って大変なんだ。子どものうちに、たくさん遊んどけ?」
 ぽん、と少女の頭に軽く触れて、桂城は階段を下りていく。少女はそれを見送り。
 姿が見えなくなって。
「ふーん」
 呟いた。