治してあげる、5月病アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/11〜05/17
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●本文
●5月病と劇団員
「川上さん‥‥なんか俺、やる気でねぇっす」
「じゃ帰れ」
劇団『gathering star』の稽古場の片隅で。自身演出の舞台を終えた直後の副代表、川上 雄吾は、後輩の劇団員の弱音というかなんと言うかをバッサリと切って捨てた。
「いや、芝居はやりたいっすよ! でも、なんかこう、やろうと思って立ち上がると、そのまままた座り込んでしまうっていうか‥‥」
「初舞台で疲れきったか? そんなんじゃこれからやってけねぇぞ」
「5月病、じゃないかな?」
川上と後輩が振り向いた先には、先日新作の公演を終えたばかりの代表、円井 晋。
「5月病。新しい環境に適応できないことに起因する精神的な病状の総称。抑うつ症、無気力、不安感、焦りなどが特徴的な症状、だね」
「適当に言えば、ホームシックみたいなもんですか」
そう言って川上は後輩を見る。そういえば、この男は今年の春劇団に入団したばかりだった。円井の作る舞台に出ることだけを夢見て、わざと難関にしているオーディションを意地と努力と根性と少しの才能で突き破り、地方から上京してきたのだ。周囲に迷惑をかけぬよう新人にしては凄まじい努力をしてきた男だが、さすがにそう保つものではない。初舞台という緊張の糸が切れた今となってはなおさら。
「何か、考えてみようか」
「何かって、何をっすか? 円井さん」
「5月病対策だよ。といってもカウンセリングなんか出来ないけどね。ここは劇団だ。やることといったら1つだろう?」
円井が言うには、簡単な脚本案と今手が空いてる何人かのスタッフ、そして外部から募集する何人かで、5月病対策になる舞台を1つやろうということだった。
「ボランティア風味になるから、報酬は期待しないでほしいところだけどね。あ、今回は久しぶりに僕も舞台に立とうと思うよ」
「は?」
「いやいや、懐かしくてさ。演出は‥‥誰かに委託かな? 誰もいなかったら、川上君頼んだよ」
☆★☆★ 円井晋主宰ボランティア公演 参加者募集のお知らせ ☆★☆★
この度私は、『5月病対策』と銘打ってボランティア公演を行おうと考えております。今回は、役者と演出者の募集です。脚本の作成は参加者全員で行いたいと思います。
参加資格はただ一つ、演劇をこよなく愛していることが条件です。
詳細についてはロゴをクリック、リンク先をご覧下さい。皆様のご参加、お待ちしております。
●脚本案
1場:
主人公が新しい環境下で何かに失敗する。それに重なって公私共に幾つか失敗や不都合が起きる。項垂れる主人公。
昔(学生時代でも、実家暮らしだった時、でも)を思い出し、楽しかった、幸せだった昔に戻りたいと願う。
2場:
そんな時、ふと昔の友人(恩師、親戚でも)に再会する。自分の失敗や不安感について話す主人公。それを聞いて友人は、その悩みは誰にでもあるものだと言う。どうしても、人にとって過去の思い出というものは金色なのだと。未来のことは無色透明なのだと。
しかし、今現在のことというのは、自分次第なのだと。
常に『現在』に流れ込み続ける透明な『未来』は、『現在』というフィルターを通り抜けて金色の『過去』になるのだ。人は時を経ていくごとに成長し、過去の辛い記憶も自身の糧であったと笑顔で振り返ることが出来る生き物なのだ。
透明な『未来』が金色の『過去』に、どういう過程を経て変化するのか。現在を何色だと捉えるか。それは自分の思い次第なのだと。
3場:
友人から話を聞いた主人公は、翌日‥‥
●リプレイ本文
「凄く頑張っていた事が終わってしまうと、一時的に気が抜けた状態になる事はありますよね。きっと、神様が「今まで頑張ったのだから少し休みなさい」と仰っているのですよ」
円井への挨拶から5月病へ話題が移ると、姫乃 舞(fa0634)のその言葉に川上が笑った。
「どうしたんだい? 川上君」
「いえね、だったら円井さんは神様から見放されてるんだろうなって思ったんす。ろくに休みも無く公演を立て続けに打ちまくるってのは、毎回の頑張りを認められてないからじゃないっすか?」
「ボクはまだ学生だから学校に行きたくな〜いって思ったことはあるけどね〜」
「私は、落ち込んだり何もしたくない時はとにかく踊って踊って踊りまくるな。後は疲れて全部忘れて眠るだけ〜みたいな」
稽古の合間に、大曽根カノン(fa1431)と春雨サラダ(fa3516)は『gathering star』新人の小杉と話をしていた。
「ダンスですかぁ。俺には縁遠いかな‥‥?」
「別にダンスでなくとも、何でも構わないと思いますよ」
そう声をかけてきたのは巻 長治(fa2021)。今回は脚本のまとめを主に担当している。
「何かに夢中になることができれば、鬱な気分をいつしか忘れてしまえる。没頭している何かから、今の状況の打開策が掴めることもあり得ます。‥‥実は私も似たような経験がありましてね」
巻には七年前に重度のスランプに陥り、当時の恋人に立ち直らせてもらったと言う過去があった。
「『迷ってもいい。遠回りでもいい。立ち止まらなければ、いつかきっとたどり着けるから』か‥‥」
「そう、迷っても遠回りでも、結局正解だと思える生き方を歩めるんですわ。立ち止まりさえしなけりゃ」
巻の小さな呟きにのってきたのは雪野 孝(fa3196)である。
「実は僕、昔劇団に入っとったんですわ。大学を卒業したものの、職に就かず無気力な日々‥‥そんな時『劇団員募集』って張り紙を偶然見つけましてね。何だかビビっときて。大変やったけど、仲間たちもいて楽しかったですわ」
「とにかく、何でもいいから「コレかな?」って思ったことに打ち込んでみるのが良いんじゃないかな?」
春雨の言葉に、小杉は「なるほど、分かりました」と笑顔を見せた。
「必要な材料はこれで揃ったな」
セット製作に関わる資材を集めに行っていた森屋和仁(fa2315)が人を集めにやって来た。作業場に物を運び込むためだ。
今回用意される装置はグラウンドが分かるような背景と、主人公カールと円井演ずる角田が出会う場所のセット。この他必要に応じて小物類を急ピッチで製作しなければならない。
また、森屋は今回照明関係の仕事を受け持つ他、まだ芝居が不得手な役者陣へ指導を行うなど非常に多忙なスケジュールになっている。
「力仕事手伝いまっせ! まだ体力自信ありますさかい」
雪野がそう声を上げると、かけられる巻の声。
「すいませんが雪野さん、3場の頭から始めたいので残っていてもらえますか」
「あちゃ! わかりました〜」
●5月病
仕事に行きたがらない夫を会社に行かせようとするあれこれ。子どもを学校へ追い出すあれこれ。風間雫(fa2721)の演じる主婦は今日も戦う。
「あなた達が5月病だったら、私なんか年中病気よっ!」
5月病を言い訳にする子どもへ、若干ヒステリックに言う風間。彼女は彼女で、ある意味5月病なのかもしれない。普段はもっと優しい‥‥はず。
黄金週間を終え、憂鬱な気分。そんな気分で仕事でミス、上司に怒られ、ストレスが溜まり、仕事でミス。上司に怒られ、そんな感じにエンドレス。大曽根カノン演じる入社したばかりのOLである。
彼女は休日を利用して良い音楽を聴いたり絵を見に行き、何とかストレスを発散しようと試みていた。彼女自身、このままじゃ駄目だと気付いているのだ。だが、気付いていても上手く解消できない時だってある。
この公演は、まだ新しい環境に適応できていない貴方に捧げる舞台。
●過去は金色で
「ダメだな‥‥」
巻の演ずる監督がストップウォッチ片手に呟く。その視線の先には大きく息を吐く青年。
カール・リベラ。高校時代にアメリカから日本へ留学し、そのまま実業団で陸上長距離走をしている19歳だ。演じているのはエミリオ・カルマ(fa3066)。
「全くタイムが伸びんな‥‥やる気が無いなら辞めてもらってもいいんだぞ」
資質を認められ日本にやって来たカールだが、学生時代は活躍したものの実業団レベルの選手とすぐ肩を並べることは叶わず、その実力差に自信を無くしていた。
「ねぇ、カール。監督の言葉なんて気にしちゃダメだよ」
カールにタオルを手渡す葉月さとみ。春雨演じるこの女性は、カールの恋人である。
「うるさい‥‥放っておいてくれ!」
そう叫んでさとみと別れた後、カールは酷く後悔した。さとみが自分のことを心配してああ言ってくれたのだと分かっているだけに、苛立ちは治まらない。足元にタオルを思い切り投げつけて。
「さとみ姉さん、最近元気無いけど、どうしたの?」
姫乃が演じる、さとみの妹、舞は、普段と様子が違うさとみを心配しそう訪ねるが、返る答えは「大丈夫」「何でもないよ」。言葉の調子や姉の雰囲気から恋人のカールと何かあったのだろうと予測はついたが、追求することなど出来なかった。
●現在に迷った時は
ある日。カールは懐かしい人物に再会した。
「角田さん! お久しぶりです!」
角田昇。スポーツジャーナリストで、忙しく世界中を飛び回っている人物だ。カールの資質を見出し、日本に連れてきたのも彼である。円井が演じている。
「最近、伸び悩んでると聞いたよ」
近くの喫茶店で、二人は色々と話をした。出会った頃の思い出話や、実業団での練習。
「周りは記録を伸ばせと、そればかり言う。もう‥‥限界なのに」
カールはそう言葉を紡ぐ。夢と理想に溢れやって来た先で突きつけられるは現実。
「走る事が嫌いになりそう」
その言葉が、カールの悔しさや辛さを如実に物語っていた。角田はカールの話を最後まで静かに聞くと、ゆっくり口を開いた。
「カール。お前が一番に望むことは何だ? 何をおいても叶えたい、絶対逃したくない、そんなふうに考えている物があるかい?」
「‥‥俺は‥‥走りたい。もっと速く走れるようになりたい。誰よりも、速く。それが俺の夢」
「でも、嫌いになりそうだ」
角田の言葉に、カールはただ俯く。その様子に、角田はふっと口元を緩めて、優しい調子で言った。
「今、自分の目の前から夢が消えてしまいそうになっているなら、それを何故夢に見たのか、思い出してみると良い」
「何故夢に見たか‥‥」
「きっと、見えてくるものがある筈だよ」
角田は立ち上がると、カールに告げた。
「俺は夢‥‥未来を得るためにアメリカへ行く。だからお前も頑張れ」
最後にポン、とカールの肩を叩いて、角田は去っていった。
●未来に色を塗るのは自分
「嘘だ! だってあんなに元気そうだったじゃないか!」
角田と話した翌日。カールは学生時代の監督である幸田と再会した。幸田は褒めて伸ばすタイプの監督でカールを応援してきた。現在のスランプを聞き、彼に会いに来たのだ。幸田は、雪野が演じている。
「本人から聞いた話なんだ。今日、発つらしい」
カールの話す昨日の出来事について幸田がもたらしたのは、二人の共通の知人である角田の病についてだった。重い病気で、その治療のために渡米するのだと。
「病気なのに、角田さんはあんな笑顔で‥‥」
「病気だからこそ、だ。過去は楽しかったかもしれないが、戻る事は出来ない。未来はどこまで続くのか分からない。だからこそ、確実に自分自身が存在している『現在』『現実』に価値があると、頑張っているんだ」
その幸田の言葉に、カールははっとした。自分は過去ばかり気にしていなかったか。未来に甘い期待をしていなかったか。自分自身が存在している『現在』に、価値を与えようと惜しまぬ努力をしてきただろうか。
カールは走り出した。角田は今日、日本を発つ。
●過去から現在、未来へ
角田が空港へ向かうために利用する駅。懸命に走り続け、カールは駅へと辿り着いた。が、しかし。
プルルルルルルルル‥‥
非情にも鳴り響く発車の合図。動き出す電車。カールは駅舎の中に入ることは諦め、線路沿いに再び走り出す。
カールは偶然にも、電車の窓の1つからチラと自分を見る影を見つけた。角田だった。
「俺、頑張る‥‥頑張るから! だから‥‥!」
電車は速度を上げ、遠ざかっていく。カールは電車に大声で叫ぶ。
声が届いたのかは分からない。だがカールには、離れ行く窓から角田が微笑んだように見えた。
●君の瞳に映る色
「またタイムが縮んだな‥‥」
監督がストップウォッチ片手に呟く。その視線の先にはカール。周囲との実力差に自信を無くしていたカールだが、今は順調に記録を伸ばしていた。
「ねぇ、カール‥‥」
さとみが、タオルをカールに差し出す。カールがやる気を取り戻した事を舞から聞き、「会いに行ってあげて!」と背中を押されてやってきたのだった。
「この間はゴメン、本当はアンタの事信じてた」
「いや、俺の方こそゴメン。‥‥俺はもっと速くなりたい。角田さんの耳に俺の噂が届く程に。さとみ、一緒にいて、支えてくれないか」
カールは空を見上げ、思う。
現在の色は白。どんな色にも染められる。だから俺は、澄み渡った空の色を塗りたい。