演劇WS舞台裏を覗け!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 2.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/17〜05/21

●本文

「舞台の見学?」
「ええ。近くの中学校に新しく演劇部が出来たそうで、そこの生徒が舞台について色々知りたいと」
 ホールスタッフの男は、事務から届いた話について詳細を聞く。
「人数が、生徒13人と顧問の先生が1人ですね。全員素人とはいえ本とかを読んで勉強はしているでしょうから、舞台上で暴れまわるなんてことは無いと思います」
「なるほど」
「しかし、面倒ですね。学校の教育活動に関することでの使用だと、使用料とか取れないじゃないですか。ただでさえこのホール赤字なのに」
「馬鹿野郎! 興味や熱意の手助けに損得勘定なんて入れてんじゃねぇ! 知りたい、やってみたいって奴らがいて、それに応える奴らがいて、最終的に結果がどうなろうともそいつらの生きたうちの経験の一つになりゃ、それで大成功なんだよ!」
「すっ、すいません‥‥」
 シュンとなる事務の男を尻目に、ホールスタッフの男は何事かをぶつぶつ考え始める。
「とはいえ、俺らが知ってることを教えるだけじゃ少し偏る気がするな‥‥舞台を管理する奴の視点だけじゃなく、芝居で装置や機材を使う奴、実際に舞台上で動き回る奴の視点も欲しいな」
 しばらく腕を組んで思案すると、ふいにホールスタッフの男は事務を呼んだ。
「おい、誰か他から人を呼んで解説とかやらせられないか?」
「そんなまたお金のかかりそうなことを‥‥」
「芸能人がやって来たホールってなれば、知名度が上がって少しは仕事が増えるだろ。それで帳消しってことにしとけ」
「‥‥どうなっても知りませんよ〜」

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa1244 安部彩乃(16歳・♀・アライグマ)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1401 ポム・ザ・クラウン(23歳・♀・狸)
 fa2361 中松百合子(33歳・♀・アライグマ)
 fa3233 金剛(23歳・♂・熊)
 fa3701 アディラ・エイト(18歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

「新設の演劇部、かぁ。なんだか懐かしいわね」
「初々しくて眩しいです〜。此方も張り切らせてもらうのですっ!」
 ホールの客席の間を歩きながら、中松百合子(fa2361)と安部彩乃(fa1244)が話す。
 そろそろ、件の部員達がやって来る時間である。ポム・ザ・クラウン(fa1401)が中松から指示された衣装への着替えを終えて戻って来、スタッフからこの舞台にある道具や装置について確認をし終わった金剛(fa3233)が、客席に向けて声を上げた。
「そろそろ時間ですが、伝ノ助さんと弥栄さんはどこでしょう?」
「弥栄さんは上だよ。ピンスポットの所。伝ノ助さんは‥‥何か忘れたって」
 アディラ・エイト(fa3701)がそう答える。弥栄三十朗(fa1323)は今回照明や音響について教えるため、一足先に来て仕込みを行っていたのだ。舞台上で装置が組まれたりしてしまえば照明が吊られているバトンは下ろせない。全体の進行をスムーズにするための作業である。
「すいません、遅れたっす!」
 中松から指示された白のトップスの伝ノ助(fa0430)が、軽く息を切らせて到着する。彼の手には何かが握られていた。
「伝ノ助さん、それは何?」
「ああ、全体の流れを見せるときに、この旗振って誘導しようかなって思ったんす」
 エルヴィア(fa0095)の問いへの答えに、伝ノ助は旗をひらひらと振ってみせる。
「‥‥‥‥」
 皆思っていた。旗は別に無くてもよかったのでは。
 皆思っていた。ガイドさんは女性がデフォルトじゃないのか。
 皆思っていたが、言わないのが優しさだと、皆分かっていた。
「なんか、あっし何も言われてないのに悔しくなってきやしたよ?」

●大道具・装置作り
 生徒達に今回のワークショップの内容について流れを説明すると、早速各々が準備を開始した。
「この舞台裏には職人さんが精魂こめて作った大道具・小道具がたくさんありますから、きっと良い勉強になると思います」
 金剛とアディラが大道具や装置を作り始める前にどういう過程を踏むか説明している間に、安部は舞台上手に開き足、下手各所に箱足を持ってきては散らす。
「平台を持ってきてから、場所を決めて、箱足を待つのは効率が悪いのですっ。だからまず、大体の位置に箱足を置いておいて、平台を持ってくるのですっ」
 生徒にも体験させながらということで、金剛と生徒の一人が平台を1つ運んでくる。それが大体の位置に来ると、アディラがさっと箱足を下に配置。
「こういう連携が、時間のかかる装置の設営をスピーディにするですっ」
「ここのホールは上手側に平台が積まれていますから、装置の設営は下手側からしていきます。上手に先に作ってしまうと、平台が通れなくなりますからね」
「大会とかでたくさんの団体が物を出し入れする時は、片方から物を運んで仕込み、反対側に物を持っていってバラシ、って、スムーズな転換を心がける必要があるのよ」
 安部の言葉に、金剛とアディラが補足で説明を付け足していく。3人をはじめ舞台人には基本的な事項だが、新人はゼロからのスタートだ。いくら本で勉強しても、実際に見たり行ったりしなければ分からないこともある。
「さて、一段落ついたところでこれをプレゼントです〜。演劇部で使えそうな装置全般の秘伝書ですっ!」
 どこからともなく安部が取り出す一冊の書。
「えっと、ザ・スタ‥‥」
「そんなもの知らないですっ! 別物ですっ!」
「とりあえず、装置を組む手順とかはこんな感じだよ。この次は照明さんたちと連携をとって、装置の位置とかを調整したりするんだ。続いて、照明・音響編に移るよ」

●照明など舞台機器
 舞台上をゆっくりと闇が覆い、次第にまた朝がやってくる。弥栄が照明を操って、その利用法の一例としての時間経過を実演する。
 明かりの変化による演出は、視覚に訴える演出法である。見ているものに大きなインパクトを与え、舞台上の情景や役者の心境を表す。
「ですが、インパクトが大きい分使い方を間違えると芝居をぶち壊してしまいます。例えば‥‥」
 弥栄はマイクで生徒達に舞台上を見るように促してから、ホリゾントライトを一気に真っ赤にし、即暗転、再び赤く染め上げて見せた。
「目が痛くなるでしょう。このように、色の急激な変化は観客を芝居の世界から現実に引き戻し、観劇意欲を無くします。忙しいのも程々に、ということですね」
 そこまで言って、弥栄からの言葉が一度途切れた。どうやらインカムを使って指示を出しているようだ。
「今舞台上にいるのはポムさんですか。両手を高く掲げて、私の合図と共に両腕を上手の方に向けてください」
 再びのマイク指示に従って、ポムが両手を挙げる。と、その上にピンスポットライトの円い明かりが照らされる。そして、ポムが腕を上手に向ける。合わせて飛んでいく円い光。
「でんきだまー。‥‥さて、次は音響と照明の併用についてです」
「「「ええーっ!?」」」
「どこのホールにでもあるものではありませんが、このホールにはストロボマシンというものがあります。これと暗い明かり、雨音を使うことによって‥‥」
 雨音、暗い舞台に鋭い光の瞬き。すかさず続く雷の音。
「このように音響と照明をうまく使えば、いろいろな情景を再現出来ます。これに役者さん達の演技が加わるわけですから、舞台の上は一つの別世界になる訳です。面白いと思いませんか?」
「それよりさっきのでんきだまって‥‥」
「中松さん、エルヴィアさんたちを舞台上に呼んでください。次は役者の話の番です」
「でんきだまって‥‥」

●役者が舞台に立つまで
「まず、舞台上で表情を自在に作る練習からかな?」
 ポムの言葉に、生徒達、とりわけ役者志望らしき子達が聞く体勢に入る。
「表情の基本は、喜怒哀楽に、疑、驚、動、静の8つ。どれも別のものだよね。舞台上での表情の演技って、お客さんに見えないって思うかもしれないけどすごく重要なんだ」
 と、生徒達にも実際に取り組ませながら、一つ一つの表情を作っていく。8つの表情はそれぞれ単品でやる他組み合わせたものもあるため、簡単なようで難しい。
「『告白して断られた瞬間の表情』と『梅干を口の中に入れた瞬間の表情』って違うよね。もし間違われたら悲惨だし悲しいから、疎かにしないでしっかり頑張ろうね」

「大事なのは、まず台本を読むことっす。当たり前っすけど、これが最も大事だと思うっす」
 伝ノ助は、初めに『観客席からの舞台』と『舞台からの観客席』での視点の違いについて話してから、役作りに関して話し始めた。
「台本には、いろんなことが書いてあるっす。自分の台詞には役の感情が。他の役の台詞には自分の台詞や行動に乗せられた感情や想いが。ト書きにもキャストの心情を表すものが含まれていることがあるっす。その時々の感情の移り変わりを台本にメモしておくと、その役の気持ちがいつでもすぐに戻って来るっすよ。これをサブテキストとか言うっす」
「役者皆での台詞合わせも大事な練習ね。台本を渡されたら、皆それを読んで役のことを色々考えてくるわ。そして読み合わせの時に、考えたとおりに読んでみる。すると、他の世界観や人物観を知ることができて、自分の可能な解釈に幅ができたり、自分の中でのその役っていうものをより深く感じることができるの」
 伝ノ助の言葉に続けて、エルヴィアが言う。そして、ポム。
「人の心を動かす演技をするには、まずその役になりきるのが基本。演じる人物像を漠然と捉えるのでなく細分化してって。少しずつ必要な要素を引っ張り出して。それ専用の練習課題を作ってクリアする。続けると衝動や感情が自然に沸きあがってくるよ。リアリティーを持ちつつ演じている‥‥『なりきってる』という状態まで持っていこうね」
「舞台でお客さんとの一体感を得られたと思えた時は本当、最高っすよ!」
「お客さんとの一体感を感じるってことは、客席と舞台上が同じ世界観を共有してるってことだと思うの。その世界観の中には当然、役者さんも含まれる。役者さんが内に持ってる認識と、外に発する認識と、お客さんが受け取る認識が一致してるってこと。その時、ホールはまさに『別世界』になるの」

●各講座
 一通りの流れをなぞった後は、生徒達の興味に合わせて分野ごとの指導となった。
「あれ? この衣装って‥‥」
 控え室を一室借りメイクと衣装について話す中松に、質問が飛ぶ。
「よく気付いたわね。衣装の色って、照明によって色を変えることがあるの。白が青っぽく見えたりね。だから衣装を考える時は、作品の時代や国、役の年齢の他にも、照明との兼ね合いも考えなきゃいけないの」
 エルヴィアが先ほど着ていたのと同じ水色のトップスを手にとりながら、続ける中松。
「現代物なら、自前で持ってくるのもいいかもね。手芸部があるなら、作って貰う手もあるわ。時間も手間もかかるけど、自作するのも楽しいし。役者の楽しみもあるけど、裏方の楽しみもあるのよ」

 装置を見に来た生徒には男子が多いかと思われたが、意外にも女子の方が多かった。
 装置は本番前に壊れたりしない限り作ってしまえばあとは微調整や設置、撤去しか出番がない。衣装・メイクの担当と近いが、表に顔の見えない仕事である。その話題では、
「僕たち自身は演劇に姿を出しませんが…その代わりに彼らが堂々と舞台に登場できるように尽くす。時には思うようにいかなかったり、手を焼かせられたりしますが‥‥本番を乗り切れば、誇らしく思えますね」
 そう金剛が道具係としての誇りを述べる。
「セット自体は、公演が終わると解体しちゃうことが多いよ。でも、舞台を一緒に作ったって記憶はあたし達に残る。お客さんの中にも残るかもしれない。一度しか登場しない物たちだからこそ、あたし達は毎回全力で作るんだ」
 アディラの言葉からも、自分の仕事に対する思いが滲み出る。舞台上に世界を創る、その基礎を支えているのは自分たちの作る装置たちだ。そんな強い気持ちが、いつも素晴らしい道具を創り出すのだ。

「特に舞監さんと顧問さんは耳をかっぽじって聞いてほしいですけどっ、次はタイムテーブル作りについてですっ」
 客席に降りて、そこで舞台図の描き方について説明を終えた安部は、一枚の紙を取り出した。
「こんなふうに、搬入と撤去の時間と順序、場所を予め書き込んでおくと迅速に動けるですっ。何かあってもわたわたしないで済むように、事前にしっかり計画を立てるですっ」

 役者も裏方陣に負けずに、これから舞台に立つ新人達にアドバイスを与える。
「舞台はただ自分の番がきたからってセリフを言えばいいってものじゃないわ。いかに与えられた役に声や仕草で感情を込めるか、そこにどうやって自分の色を加えるか。試行錯誤の連続ね。演劇は叱られる、ダメ出しをされる、その連続よ。それはプロになっても同じ」
 エルヴィアがこれまでの自身の舞台経験も踏まえてそう語る。役者は難しい。叱られる。完成品なんて存在しない。それでも。
「それでも頑張ろうと思えるのは、舞台が終わった後のお客さんの顔を見たいからかしら」

●最後に
 ワークショップも最後の時間が近づいて。生徒も講師陣も舞台上に集合した。
「こんな風に皆と連携していくのはとっても大事な事だよ。裏方だけでも役者だけでも舞台は出来ないんだ。皆が大事な仲間なんだよ。部活としてやる時もそれを絶対に忘れないで欲しいな」
「そうっすね。芝居は役者さんや、裏方さんや、お客さんと一緒に一つの物を作り上げる共同作業だと思いやす。それはその時・その人達にしか作れない唯一の物っす。皆さんもどうか皆さんにしか作れない良い芝居を作り上げてみてくださいやし」
 アディラと伝ノ助の言葉から読み取れるのは、大切な仲間達と共同作業で作り上げてきた、大事な経験と大切な思い出。
「はい、これ。今日のワークショップのことを忘れないように、お土産よ」
 そう言って中松が生徒達と顧問に手渡すのは、ポムの花のブローチと同じ花のひとかけらをストラップにしたものと、デニムのキーストラップ。それぞれ女の子用と男の子用だ。

 最後に舞台上を掃除し、荷物を確認して。もう一度、舞台上で。
「ありがとうございました、お疲れ様でしたー!!!」
 大きな声で最後の挨拶を終える生徒達。この体験は、中松のプレゼントしたストラップと共に、ずっと彼ら彼女らの中に残り続けるだろう。