演劇習慣始めよう・月曜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/23〜05/29

●本文

●空港にて
 5月某日。一人の女性を連れた中年の男が、機嫌良く歌を歌いながら来日した。
「『くーろがねの〜♪』」
「先生。日本語で、しかもその歌を歌うのは恥ずかしいので止めてください」
「ふむ、これはまずかったか‥‥『たった一曲のロックン‥‥』」
「先生。曲目は何であれ空港の人ごみの中で歌うのは恥ずかしいので止めてください。ホテルにチェックインして、用事が済んでから思う存分カラオケに行ってください」
 女性‥‥エミリアが黙らせた男はヘラルト・リヒタ。ドイツを中心に活動する劇作家で、演出家である。最近ジャパニメーション、特にロボットにはまっている彼が来日した理由はというと‥‥
「まずはアキバに行って、」
「行きません。円井先生の事務所に行きます」
 彼が来日した理由は、日本人にとっての舞台演劇を、もっとポピュラーな物にするためである。日本にも有名な劇団が多数あり、その公演を見に行く者も数多くいるが、地域によって大きく斑があったり、年代によってバラつきがあったりするのが実情だ。
「円井君ならきっと僕の考えを理解してくれるはずだ。舞台演劇というものを、日本人の娯楽としてより定着させる。そして芝居に携わる人が増えてくれれば喜ばしいことだ」
「そういえば、何故日本からスタートなんですか?」
「もちろん、舞台演劇に夢の溢れるロボットを登場させてもら‥‥」
「そうですね、日本の善良な方々は新たな文化を舞台演劇に作り出してくれますよ!」

●劇作家、円井晋事務所にて
「なるほど、それは楽しそうな企画ですね! 僕も協力させて頂きますよ」
 劇団『gathering star』主宰の円井は、ヘラルトとエミリアの申し出に手を叩いて賛同した。その企画とは『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。一週間(平日)を通し連続して、それぞれ別テーマで公演を行い、芝居を見る習慣をつけてもらおうというものである。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
「企画や主宰はヘラルト先生で、足りない人手についてや稽古場の確保は共催として僕らが務める形になりますね。よろしくお願いします」
 ヘラルトと円井が固い握手を交わし、企画は走り出した。

●演劇習慣始めよう・月曜
 テーマは『治癒』。テーマを元に舞台を作ろう!

ストーリー例:
 大学に進学し、初めてやって来た街を歩く女性。いつしか道に迷い、薄暗い路地裏へと。そこは、不良たちの溜まり場だった。逃げるも捕まってしまう女性だが、そこに一人の男がやって来た。男は不良たちを蹴散らすと、女性を通りへ案内してくれる。
 女性は思った。あの裏の世界にいる男を、表の世界に連れ出せないだろうか。それは自分のエゴかもしれない。しかし、女性は見てしまったのだ。通りへ出た瞬間、男の表情が一瞬悲しげに曇ったことを。
 再び路地裏へと来た女性を男は一喝する。が、女性との会話で次第に心の傷が癒されていく。
 男は何故裏に篭ることになったのか。女性の思いの結末は。

●今回の参加者

 fa0010 葉月・アイゼンベルク(16歳・♀・獅子)
 fa0179 ケイ・蛇原(56歳・♂・蛇)
 fa0213 一角 砂凪(17歳・♀・一角獣)
 fa1024 天霧 浮谷(21歳・♂・兎)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa3516 春雨サラダ(19歳・♀・兎)
 fa3662 白狐・レオナ(25歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●パンフレット
キャスト
道化師(葉月・アイゼンベルク(fa0010))
角倉日向(一角 砂凪(fa0213))
霧峰和人(天霧 浮谷(fa1024))
春野カオリ(春雨サラダ(fa3516))
狐影・玲於奈(白狐・レオナ(fa3662))
親父(ケイ・蛇原(fa0179))

演出
弥栄三十朗(fa1323)
「団員ごとに違った照明・音響を割り振ることで、その心情の違いを表現しました。それらの変化や調和によって舞踏団の心の移り変わりを表現しています。表に見える表現だけでなく、内側の変化にも注目してほしい舞台ですね」

脚本
巻 長治(fa2021)
「この脚本の主なコンセプトは『人は癒し、癒されながら生きていく』『人を癒すことに、特別な素養は必要ない』という二点です。舞台を見た人が「自分も誰かを癒してあげることができるんだな」と思ってくれるような、周りの人達へ優しい気持ちを持てるような、そんな舞台になればいいなと思っています」

●務め
 身軽に街中を飛び回り空中ダンスを披露し、その常人離れした技術とスピードに歓声の絶えない、仮面で顔の右半分を隠した道化師。
(「道化は笑わせるのが仕事です。でも、私は何時の日からか笑えなくなりました。笑う顔は作れますが、心からは‥‥」)
 静かな雰囲気の日本舞踊の中に時折見える激しさが見た者の視線を捕らえて離さない霧峰和人。
(「俺たち以外にこんな芸当、出来るはずがねぇ。でもなぁ‥‥」)
 同じ日舞でも優雅さと繊細さが突出した春野カオリの踊りは、観客の無意識に入っている肩の力をそっと抜いてやる。
(「‥‥そうだよね、私ももう疲れたし」)
 3人の踊りは確かに素晴らしかった。だが、そこに調和が無い。一人ひとりの踊りがそれぞれ離れていた。
 それを観客とは別の視線で見つめるのは角倉 日向。彼女は少し前に怪我をし、踊りを控えていた。
(「私はもう、前みたいには踊れないし」)
 4人の中の違和感、原因は少し前に遡る。

 4人は、踊りによって人々の心を癒していく旅の舞踏団である。癒しを作り出すことが出来るのは自分達だけである。そう思い、それを誇りに思い旅を続けてきたのだが、ある日、解散という言葉が出たのだ。
「正直もう疲れたんだよなぁ、俺は。いっそのこと解散して、ぱーっと遊ばないか?」
 言い出したのは霧峰だった。長い巡業のたびに疲れと飽きを感じ、彼はひとり悩み続けていたのだ。
「そうね、その方が良いかもしれない」
 春野も、旅に疲れを感じていた。他の仲間も疲れているだろう、そうは感じたが、自分たちは癒す側、そんなことを言ってはいけない。そう思っていた。
「私は、何のために踊っていたのか忘れてしまいました」
「私ももう思ったとおりに踊れないから‥‥」
 道化師も、角倉も。皆思うことは似ていて。今回の解散についても、もし霧峰が言い出さずとも、近いうちに他の誰かが言い出していただろう。
 彼らは疲れ、病んでいた。

 踊りが終わり、観衆から大きな拍手が送られる。その拍手の中、舞踏団の面々はそれぞれバラバラに広場を後にした。

●癒し
 街中で一人歩く春野。ぼんやり考え事をしながら歩いていたため、かけられていた声にしばらく気付かなかった。
 春野に声をかけてきたのは、狐影・玲於奈と名乗る女性だった。
「広場であなた達が踊っているのを見たわ。その時‥‥ずっと暗いと思っていた世界がぱっと明るくなったの」
 彼女は最近、婚約していた恋人を亡くして沈んでいたのだという。周囲が気遣っても「笑っても彼は帰ってこない、なら笑う必要なんて無い」と切り捨てていた。
 そんなある日舞踏団の踊りを見た。無視したくとも何故か惹きつけられた。そして、踊りを見るうちにいつの間にか表情に温かな笑顔が浮かんできたのだ。
「だから、これは感謝の印。ずっと思い出せなかった笑顔を思い出させてくれてありがとう」
 優しげな笑みで、狐影は。
「私はあの人を忘れない。でも、もう閉じ篭ったままは止めたわ」
 狐影が去って、春野は受け取った小さな花束を見て。自分の中に生まれた気持ちに気付いた。
「‥‥そうだ、皆の笑顔こそ私の源、旅の目的だったんだ」
「ええ、そうでした」
 ふとかけられた声に視線を向けると、そこには先ほど別れたはずの道化師がいた。
「私は、仕事だから、日常だから踊っていたのではありませんでした。私は、そんなこと関係なく、人の笑顔を見るのが好きだから踊ることを続けていたんでした」
 仮面を外し微笑む道化師。春野は、その笑顔を見たのはとても久しぶりのような気がした。

 街中で一人歩く角倉。歩く時に右足を軽く引きずるのはもう癖になってしまった。
 彼女は右足の怪我で踊ることを控えている。しかし、実は彼女の足はとうの昔に完治している。それでも彼女が踊らないのは、踊ることの理由を見失ってしまったからだ。
「お姉さん、舞踏団の人ですよね!?」
 ふいに声をかけられる。その声の方向には一人の少女。歩み寄ってくる彼女も、足を引きずりながら。
「確かお姉さんはさっきは踊ってなかったですよね。どうしたんですか?」
「私は足を怪我をしててね。踊れないんだ」
 そう答えるが、心の内では分かっている。私はもう踊れる。だが、踊ることの重圧が、それによる自分の思い描く踊りが出来ないだろうという恐怖が、次の一歩を踏み出させないでいた。
「そっか、私と同じなんだね。‥‥私ね、足が治ったら舞踏団の人みたいに踊りたいんです。体を動かすのが好きだから」
 そう言って、少女は引きずっていないほうの足を軸にくるりとターンしてみせる。が、バランスを上手くとれずよろける。
「危ない!」
 角倉はとっさに少女の体を支えた。
「あ、ありがとうございます。‥‥ねぇお姉さん、私の足はすぐには治らないって言われてるんだけど、いつかまたこの街に来て。その時までに私動けるようになってるから。そしたら、踊り方を教えて」
 少女がにこやかな笑みと共に言う。
「‥‥うん、分かった。教えてあげるから、しっかり治しておいてね」
 角倉も笑顔で答えを返す。昔引きずっていた、少女を支えるために彼女が踏み出した右足は、しっかりと地面を捉えて。重圧と恐怖を破った、次の一歩だった。

 街中で一人座り空を見上げる霧峰。欠伸の最中に突然かけられた声に大げさに驚いた。
「そこの兄ちゃん。まだ若いのに、よくあんだけのことが出来るもんだ。感心したよ。ウチのガキとは大違いだ」
 話しかけてきた親父は何の遠慮もなく霧峰の隣に腰を下ろす。
「大して変わらねぇよ、俺も、アンタの息子さんも」
「いいや、大違いだ。家ほっぽりだして出てった」
「俺だって仲間放り出してきた」
 霧峰はそう言い捨てて立ち上がる。解散を言い出したのは彼だったが、懐かしい旅の日々のことを思い出すと何かが引っかかっていた。
「そりゃまたなんで」
「馬鹿らしいだろ。感謝もされないのに癒し続けるなんて。俺はそんなの真っ平ごめんだからさ。アンタの息子さんも責任ばっか押し付けられるから、出てったんじゃねぇの」
「ガキに俺が頭下げろってのか!? 子供は親のものなんだ! 逆らっちゃいけないことぐらい常識だろうが!!」
「ほら、それだ。自分なりに親の期待に応えようと思って頑張って、結果貰えるもんが怒声とゲンコツだったら、やる気も無くすぜ」
「‥‥それも、分かるんだよ。俺も親父が嫌いだった。酒ばっかり呑んで怒鳴って。でもこの歳になってわかる。他にやりようがないんだ。どうしようもなくな。分かっていても、何も分からないんだよ。どうすればいいのか‥‥」
「踊ってみろよ」
「?」
「頭ばっかり動かしてっから、やり方とか方法とか考えちまう。考えても上手くやれねぇなら、考えなきゃいい。頭の中真っ白にして、体動かしてみろよ」
 言って、霧峰はまた腰を下ろした。「添削、してやるぜ?」と軽口を叩いて。
 親父はフンと鼻を鳴らし、
「俺はこう見えて昔踊っていたんだぞ。目に物見せてやる。‥‥と、確か、こんな風に踊ってたかな、と、よ、おっとっとっとっと!」
 はじめ軽いステップを踏んだところまでは良かったが、バランスを崩して盛大に尻餅を就く親父。
「あっはっはっは、目に物見せつけられたぜ、あっはっはっは!!」
「はは、笑いやがったな! 何だ、結構簡単で、楽しいじゃねえの‥‥」
 それからしばらくステージは続き。一人の観客と一人のダンサーの笑い声は止まず。

●結成
 解散を決めた広場に戻ってきた春野。顔を上げると、そこには舞踏団の皆がいた。
「ねぇ、私旅を続けたい! 皆と一緒に踊って行きたい」
 春野の言葉に、皆が反応する。
「良いんじゃねぇ? 俺は付き合うぜ」
 霧峰の言葉に集まる視線。
「まぁ、あれだ‥‥俺も『癒された』ってことさっ」
 その言葉に続いて、道化師と角倉が口を開く。
「私も、また踊りたいと思います。私は、人の笑顔を見るのが好きだから、踊ることを続けていたんです。やっと、思い出しました」
「少し鈍っちゃってるかもしれないけど‥‥頑張ってすぐ前と同じくらい、ううん、前以上に踊れるようになる。‥‥解散は撤回ね」
「いや、撤回しない。再結成だ!」

 舞踏団が、街を出発する前にもう一度公演をするらしい。
 その話を聞いて狐影が広場へ向かうと、そこでは踊りが既に始まっていた。
「すごい‥‥」
 初め見た踊りとは違った。どちらも素晴らしかったのは確かだが、これは。
「やっぱり現役は違うねぇ。俺ももう何年か若けりゃゲスト出演も出来たんだけどな」
 踊りを見る慣習の輪の中で呟く親父。その顔には笑顔。

 舞踏団は思っていた。癒しとは我々だけが与えられる。
 しかし、本来は癒しというものは誰もが他人に分け与えられるものなのだ。癒し、癒され。癒され、癒し。
 舞踏団は思っている。癒しの循環のきっかけを我々が作り出しているのだ。我々自身もまた、癒される側の者である。癒されるから、癒すのだ。
 生まれ変わった彼らの「最初の舞台」。その踊りに最初のような迷いはもはやない。