演劇習慣始めよう・水曜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
香月ショウコ
|
芸能 |
2Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
3.9万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
05/25〜05/31
|
●本文
●空港にて
5月某日。一人の女性を連れた中年の男が、機嫌良く歌を歌いながら来日した。
「『くーろがねの〜♪』」
「先生。日本語で、しかもその歌を歌うのは恥ずかしいので止めてください」
「ふむ、これはまずかったか‥‥『たった一曲のロックン‥‥』」
「先生。曲目は何であれ空港の人ごみの中で歌うのは恥ずかしいので止めてください。ホテルにチェックインして、用事が済んでから思う存分カラオケに行ってください」
女性‥‥エミリアが黙らせた男はヘラルト・リヒタ。ドイツを中心に活動する劇作家で、演出家である。最近ジャパニメーション、特にロボットにはまっている彼が来日した理由はというと‥‥
「まずはアキバに行って、」
「行きません。円井先生の事務所に行きます」
彼が来日した理由は、日本人にとっての舞台演劇を、もっとポピュラーな物にするためである。日本にも有名な劇団が多数あり、その公演を見に行く者も数多くいるが、地域によって大きく斑があったり、年代によってバラつきがあったりするのが実情だ。
「円井君ならきっと僕の考えを理解してくれるはずだ。舞台演劇というものを、日本人の娯楽としてより定着させる。そして芝居に携わる人が増えてくれれば喜ばしいことだ」
「そういえば、何故日本からスタートなんですか?」
「もちろん、舞台演劇に夢の溢れるロボットを登場させてもら‥‥」
「そうですね、日本の善良な方々は新たな文化を舞台演劇に作り出してくれますよ!」
●劇作家、円井晋事務所にて
「なるほど、それは楽しそうな企画ですね! 僕も協力させて頂きますよ」
劇団『gathering star』主宰の円井は、ヘラルトとエミリアの申し出に手を叩いて賛同した。その企画とは『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。一週間(平日)を通し連続して、それぞれ別テーマで公演を行い、芝居を見る習慣をつけてもらおうというものである。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
「企画や主宰はヘラルト先生で、足りない人手についてや稽古場の確保は共催として僕らが務める形になりますね。よろしくお願いします」
ヘラルトと円井が固い握手を交わし、企画は走り出した。
●演劇習慣始めよう・水曜
テーマは『狂気』。テーマを元に舞台を作ろう!
ストーリー例:
太古の昔。奴隷というものが全世界的に認められていた時代、彼らは人として認められていなかった。アウグスティンという人物が戦争から帰った後自分の所有していた奴隷を皆殺しにしたという話はあるが、それで咎められたという話は無い。
人の価値観や社会の常識というものは、時代によって移り変わり、国や地域によっても異なるものだ。
人々が、自分が普通だと思ってやっている事は、言っている事は、本当に普通なのか。他人がやっている事、言っている事をおかしいと思っても、それは本当におかしいことなのか。
肉を食べること、野菜を食べること。日本語を話すこと、英語を話すこと。犬を飼うこと、馬を飼うこと。靴を履くこと、服を着ること。身の回りにはたくさんの普通が存在している。しかし‥‥
あなたは自分が本当に正気だと言い切れますか?
●リプレイ本文
絵画。イーゼル。机。椅子。セットが全て準備された舞台で。ゆっくりと白い幕が閉じられる。青白いライトが幻想的な、不気味な、静かな、空間を作り出す。
開演前の客席は、ある意味で異次元である。客が過ごしていた現実世界ではない。これから始まる舞台の世界でもない。そこは、世界と世界の間を繋ぐゲート。
開場時間から数十分、開演時間が目の前となった。Kanade(fa2084)はゆっくりと音響操作卓のフェーダーを下げる。緩やかに音が溶けていき、沈黙と共に光も消える。
開演ブザーは静寂。チェロとハープの不協和音が別世界の門が開いたことを客に告げる。
ここまでの光と音の演出で、既に客は思い知らされている。
自分たちは別世界を求めてやって来た。しかし『この世界』は感じてはいけない。
だが、時は既に遅い。
「‥‥客の入りは上々。さて、『狂気』の世界へご案内だ」
狂気の世界の幕は、既に開かれてしまったのだ。
●パンフレット
キャスト
ジン(御堂 陣(fa1453))
ニイコ/ナレーション(横田新子(fa0402))
キョウコ(宝野鈴生(fa3579))
カオリ(稲川 華織(fa3269))
ハミル(伝ノ助(fa0430))
クリスティーヌ(和泉 姫那(fa3179))
悪魔(ユリウス・ハート(fa2661))
●オフ会にて
ハミルの元アトリエでのオフ会は開催から早二時間が経とうとしていたが、談話は留まるところを知らなかった。決して有名ではないが強烈なマニアがいる画家ハミルのファンサイトのオフ会。話の中心になるのは画家ハミルの絵やその描き方、モデルについてなど。だが、どの話題についても必ず語られるもの。それは色。
赤。
「赤が好きだからって先にモデルを赤く塗ってから描いてたかも知れないぞ。と言うか、そう思えるよな絵もあるよな」
ファンサイト主宰のジン。ハミルに関する知識は他メンバーより一回り多い彼が語るのは、ハミルの絵の狂気について。ハミルの絵は、特に中期から後期にかけて赤がメインに据えられた物が多い。というより、晩年の絵はほぼ赤一色なのだ。
「この鮮やかな赤は、辰砂、と呼ばれる顔料を使っていますが、これは水銀を含むために有毒なのです。画家が狂気に陥ったのは、水銀中毒、ということは考えられませんかね?」
ニイコ。服装は真面目なOLっぽいそれだが、狂気の画家と呼ばれるような画家のファンサイトにいること、オフ会に参加まですること、そして熱に当てられたかのように話し続けるその様は。
「水銀中毒、ですか‥‥私もあんな絵を描けたら、って思ってるんですけど。あれは狂える人にのみ描けた絵。描こうと思うなら、私も狂ってしまえば‥‥」
芸大に在籍しているというキョウコ。明るい感じの女子大生で、場所がここでなければ極々どこにでもいそうな子だ。がしかし、ぽつりとそう零した時に見せた無表情は。
「冗談ですよ」
皆の視線が集まってしまったのに気付き、すぐに笑顔で返すキョウコ。
「なんとか症候群って言った気がするんですけど、膝が震えて‥‥そんな風になったのはこの人の絵だけなんですよね」
キョウコが絵の一枚に目を向ける。ハミルが自身の恋人をモデルに描いたという一枚。
「『血』に魅せられたかい?」
「血!?」
「晩年の絵は、それまでの鮮やかな赤から赤黒い感じの赤になってるだろ。塗った時には鮮やかな赤、しかし時間が経つにつれて狂気が表面化するかのごとく黒ずんでいく絵。もしかしたら血でも使ってたんじゃないか!? ‥‥なんてな」
「ねぇー、私帰りたーい」
「我慢してな。ほら、お絵かきしてるといい。将来画家さんになれるかも知れないぞ」
「ケーキ屋さんが良いー!」
そう答えながらもクレヨンで絵を描き始めたのは、ジンの姪のカオリ。連れてくる予定は無かったのだが、都合で連れて来ざるを得なくなったのだ。
「で、だ。晩年の絵全般に言えることなんだが‥‥」
●伸びる影
「きれいな赤色よ。でもなんだかちょっと怖いわね」
「まだこれじゃ最高の絵じゃない‥‥もっと素晴らしい『赤』が必要なんだ‥‥」
アトリエで完成した絵を前に頭を抱える画家、ハミル。その彼の恋人クリスティーヌは思い悩むハミルを心配する。自分こそ、ハミルの一番の理解者である。その想いと共に。
「クリスティーヌ‥‥すまないが、今日は帰ってくれないか。少し、一人で考えたい」
「分かったわ。じゃ、また明日ね」
ハミルに別れを告げクリスティーヌが帰っていくと、ハミルは再び頭を抱えた。と。
ガタッ
「クリスティーヌ? ‥‥なんだ、猫か」
ハミルが見た窓の外、そこには木に飛び移った猫の影。窓から視線を外し、自身の絵を見るハミル。
「珍しく悩んだ振りなんかしちゃって。一流の芸術家のつもりなんだ」
突然の声に窓を再び見るハミル。そこには先と同じように猫が佇んでいるだけ。だが。
「情熱的な赤いバラも甘い香を放つリンゴも、あんたの手に掛かるとまるで腐ったみたいだ」
「‥‥お前は誰だ?」
「万物に命を与えるはずの太陽は、淀んだ黄土色。輝くべき虹は愚者の梯子」
「誰だって聞いてるんだ!」
ハミルの再三の問いにも声は答えず。
「あははっ、あははははは‥‥!」
ガシャン!
永遠に鳴り響くかと思われた嘲笑は、ハミルが投げたパレットナイフが窓を破ると消え去った。
「ごめんなさいハミル、私忘れ物をしちゃって‥‥どうしたの?」
「いや‥‥何でもない」
・ ・ ・
「ねぇ、近頃のあなた何か変よ。何かあったの? 私で力になれるなら何でもするわ」
数日が経って。ハミルの異常さが徐々に際立ってきた。その執着はただ一つ『赤』のため。ハミルの周りで最近起こる事件に不審感を覚えたクリスティーヌが尋ねるも、
「大丈夫だ、構わないでくれ」
ハミルの描く何作目かの絵。それは丸テーブルとその上に置かれた食器。
真っ赤に、染められた。
「『赤』が、素晴らしい『赤』が足りないんだ‥‥」
●チマミレモデル
「いや、そんなはずはありません。私が調べたところでは、ハミルが殺人を犯したという記録はどこにも残されていません」
「ああ、彼の国にはね。でも、『ココ』だとどうだろう。ハミルの数あるアトリエのひとつ、彼の国から遠く離れたこの日本で起きる『神隠し』に、いちいち彼の国は反応するかな?」
ジンの仮説にニイコが反論すると、ジンが別の論を展開する。
「‥‥確かに、今のように情報が自由に瞬時に飛び交う世の中ではなかったですからね」
「まあ、これも仮説。予測の域を出ない論だけどね」
論議の後にさりげなくフォローを入れるジンの様子に、表面的にはどうとして内側ではニイコは胸を撫で下ろす。やっぱり私の目に狂いはなかった。ジンは思っていた通りの、サイトで初めて出会って掲示板で話を聞いてくれたあのジンだと。
「ところで、さすがにお腹が減ってきましたね」
「ああ、もう9時近いな。遅めの夕食といこうか。カップ麺しかないけど。カオリ、どれが食べたい?」
「今はいい。お腹減ってないから後で」
ジンが数種のカップ麺を提示するも、カオリはいつの間にかお絵かきに熱中してしまっていたようで興味を示さない。
「全く‥‥あとでワンタンヌードル塩辛味がよかったって言っても知らないぞ?」
「そんなのあるんですか?」
「冗談だよ」
・ ・ ・
「そういえば、この恋人を描いたって言う作品なんか赤が生々しいよな」
腹ごしらえを済ませた3人は、話に戻った。
「晩年の赤が赤黒いってのと、モデルを赤く塗ってたんじゃないかっていう仮説を重ねてこの絵を見ると‥‥恋人を血塗れにしてから、その血で色を塗ったって話になるんだよな」
「こ、恐いですね‥‥」
人並みのキョウコの反応に、しかしニイコは同調せず。
「でも、モデルがちゃんとポーズを取ってるんですよね。それなら、赤く塗られていたとしても、血塗れは考えられないですね」
「そうなんだよ。でも、何かこの絵から感じるんだよな‥‥」
●赤の探求
「あんたの描く人間は、まるで人形みたいだ」
「黙れ」
「ハミル、そろそろガラスを片付けないと」
「まるで血の通っていない蝋人形だ」
「黙れ」
「痛っ‥‥ハミル、きれいな布とか無いかしら? 指を切っちゃって」
「赤は命の象徴‥‥万物に力を与える」
「赤‥‥命の赤」
「ハミル?」
「赤」
クリスティーヌがハミルの方を見ると、そこには、握られているパレットナイフ。首から上だけをこちらに向けて凝視している二つの瞳。
「どうしたの、ハミル‥‥お願いだから目を覚まして! 一体あなたは何を見てるの?」
虚ろな目線で立ち上がったハミルに抱きつくクリスティーヌ。ふと視界の端に影が映る。
黒い、猫の、影?
それを認知すると共に、体がまるで金縛りに遭ったように硬直するクリスティーヌ。それでも何とか動く口を、喉を使って懸命に訴える。
「あなたが見ていたのはこれなの!? こんなのは幻影よ、お願いだから私を見て!」
「赤」
「それでいい‥‥赤を捧げろ」
「赤を」
「いやあぁぁぁぁぁっ!!」
・ ・ ・
ペタ
ペタペタ
ペタペタペタ
「‥‥足りない」
再び座って絵に向かうハミル。全身が血で赤く染まっているのは、モデルを壁に打ち付けた時付いたアカイモノのせいだ。
服に付いた『赤』も固まりだした。『赤』が足りない。絵を完成させられない。
「おいで」
ハミルの声に応じた彼の黒猫が足元に寄ってくる。その姿かたちはあの影に似ているような気がして。
「『赤』を捧げろ」
「ニャアァオオアオアォーーーー」
一度に腹を裂かれた猫は最早鳴き声とも分からない叫びをあげて絶えた。その『赤』が、ハミルの絵の糧となる。
「まだ‥‥足りない。『赤』が足りない。もう少しで、この絵が完成するのに」
ハミルが呟くと、長く曇っていた空が割れ、満月の月明かりがアトリエを照らす。
キラリ。その月明かりを反射する鏡。そこに映るのは、
「‥‥ああ、ここにも最高の絵の具があるじゃないか」
口元に浮かぶ笑み。胸元にナイフを垂直に当て、
「赤‥‥最高の『赤』を」
●狂気の現出
「ハミルは、この『恋人の絵』を描いてすぐ自殺したんだよな‥‥そのことについて、俺はこの上ない赤、『血』の探求だと推理するわけだが‥‥」
「も、もう止めませんか? 時間も遅いんですし‥‥」
「そうですね、ハミルの絵には中期以降でなくとも興味深いものはあります。例えば初期の『婦人』などは‥‥」
「ねえ」
キョウコが、ニイコが別の話を始めようとしたその時に。カオリがふと声を上げた。
「絵、描けたよ」
「へえ、何の絵を描いたんだ?」
「あそこにいたお兄ちゃん」
「お兄ちゃん?」
すっ、とカオリがスケッチブックを掲げる。描かれているのは、ジンたち3人。そして、そのスケッチブックの中で3人を見ているのは、
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
真っ赤な部屋の、真っ赤な画家。
手に持つパレットナイフが、今にも の首を裂こうと‥‥