演劇習慣始めよう・木曜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/26〜06/01
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●本文
●空港にて
5月某日。一人の女性を連れた中年の男が、機嫌良く歌を歌いながら来日した。
「『くーろがねの〜♪』」
「先生。日本語で、しかもその歌を歌うのは恥ずかしいので止めてください」
「ふむ、これはまずかったか‥‥『たった一曲のロックン‥‥』」
「先生。曲目は何であれ空港の人ごみの中で歌うのは恥ずかしいので止めてください。ホテルにチェックインして、用事が済んでから思う存分カラオケに行ってください」
女性‥‥エミリアが黙らせた男はヘラルト・リヒタ。ドイツを中心に活動する劇作家で、演出家である。最近ジャパニメーション、特にロボットにはまっている彼が来日した理由はというと‥‥
「まずはアキバに行って、」
「行きません。円井先生の事務所に行きます」
彼が来日した理由は、日本人にとっての舞台演劇を、もっとポピュラーな物にするためである。日本にも有名な劇団が多数あり、その公演を見に行く者も数多くいるが、地域によって大きく斑があったり、年代によってバラつきがあったりするのが実情だ。
「円井君ならきっと僕の考えを理解してくれるはずだ。舞台演劇というものを、日本人の娯楽としてより定着させる。そして芝居に携わる人が増えてくれれば喜ばしいことだ」
「そういえば、何故日本からスタートなんですか?」
「もちろん、舞台演劇に夢の溢れるロボットを登場させてもら‥‥」
「そうですね、日本の善良な方々は新たな文化を舞台演劇に作り出してくれますよ!」
●劇作家、円井晋事務所にて
「なるほど、それは楽しそうな企画ですね! 僕も協力させて頂きますよ」
劇団『gathering star』主宰の円井は、ヘラルトとエミリアの申し出に手を叩いて賛同した。その企画とは『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。一週間(平日)を通し連続して、それぞれ別テーマで公演を行い、芝居を見る習慣をつけてもらおうというものである。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
「企画や主宰はヘラルト先生で、足りない人手についてや稽古場の確保は共催として僕らが務める形になりますね。よろしくお願いします」
ヘラルトと円井が固い握手を交わし、企画は走り出した。
●演劇習慣始めよう・木曜
テーマは『卒業』。テーマを元に舞台を作ろう!
ストーリー例:
バーにやって来た、やや化粧の濃い女性。女性はある人を待っているのだと、マスターに話す。「恋人ですか?」と尋ねるマスターに、女性は「先生です」と答える。
女性は、高校の卒業式をボイコットしたのだという。欠席も多く、成績は悪く、素行も悪かった自分が無事卒業できたのか、不安で仕方ない。
今は考えを改め、一生懸命に生きていきたいと考えている。だから、当時お世話になった先生にその事を告げ、昔のことを謝り、自分のために走り回ってくれたことを感謝したいと。
やって来た先生。昔の思い出を語ったり、これからのことを話したり。積もる話も終盤に差し掛かった頃、先生は一枚の紙を取り出す。女性が受け取らなかった卒業証書。
客が2人だけのバーで、聴衆が1人だけの卒業式が行われる。
●リプレイ本文
「今回あたしは裏方メインで行くよ。音響と、時間があったら照明にも携わってみたいな」
風鳴リュリラム(fa3699)の発言に円井は大きく頷くと、
「じゃあ、お願いするよ。分からないことがあったらウチのスタッフもいるから聞いてみて。あ、それとパンフレット用の写真を何枚か、稽古中に撮っておいて貰えるとありがたいかな」
「分かった、面白い写真を用意して見せるわ」
風鳴はパチリと円井を不意打ちで撮影してから、音響や照明のオペレートルームである調整室へと向かう。
「さて、次は脚本についてなんだけど‥‥」
脚本の案としては二通り挙がっていた。どちらも『先生』と『ヒロイン』の会話を軸に展開する点では同じだが、片方はアドリブ劇、もう片方はヘラルト案を脚色したものを使用するというもの。
「十六夜さんには申し訳ないけど、今回は下地に脚本ありの方針で行かせてもらいたいと思うよ。理由は、まず役者全体のレベルが統一されていない上に、芝居が本職じゃない子もいること。そして音響・照明との顔合わせが今日ということで、お互いの癖や性格が掴めていないこと。大体の流れが決まっていても、どこでどういう音や光を出せばいいかっていうのは、役者と裏方で意思疎通が出来ていたとしても難しい。以上のことから、お客さんに安定した芝居を見せられる保証が無い」
十六夜 勇加理(fa3426)に、それから、と一言おいて円井は続ける。
「今回の演出は僕が受け持とうと思うよ。十六夜さんが立候補してくれているけど、学業との両立を考えると体力・精神力的にも辛いだろうし、時間的制約も大き過ぎる。役者としての力はあるから、学生時代のヒロイン役をお願いできればと思っているよ」
「ところで、ヒロイン役が不在じゃが、そこはどうするんじゃ?」
もうひとつの脚本案の提示者で、この場にいるものの中では最年長の西風(fa2467)が尋ねる。
「ウチの副代表の川上君の伝手で、外の『AVANCEZ』という劇団から安田さんという子をお願いしました。演技力や情熱については折り紙つきですよ」
「ふむ、ならば何とか形にはなるのう‥‥あとはわしらの努力次第じゃな」
と、そこまで話したところで上の方から声が降ってくる。
「円井さーん、写真結構撮れたよー!」
「風鳴さん、写真は役者を何枚か撮ってくれれば‥‥ま、いっか」
ゆっくりとではあったが、演劇習慣木曜はこうして動き出した。
●パンフレット
由香里(保田紬)
学生時代の由香里(十六夜 勇加理)
先生(西風)
奈緒子(七瀬・瀬名(fa1609))
由香里の弟・リュウ(相麻 了(fa0352))
リュウの彼女・ハニー(結城ハニー(fa2573))
●邂逅
バーの扉が開き、一人の男性が入ってくる。その姿を見て、
「先生!」
と、立ち上がって大きな声を上げてしまった由香里は、周囲の視線に気まずい思いをちょっと持ちながらも男性へ手招きをする。
「やあ、お久しぶりです」
自分よりずっと年下の相手にも丁寧な口調で話す男性は、由香里の高校時代の担任だった。由香里は学生時代成績や素行が悪く、そのことで先生にだいぶ迷惑をかけ、また世話になったのだった。
今日この日、由香里は先生から呼ばれてこのバーに来た。社会人となってからもたまに連絡を交わすことはあったが、それも最近はめっきり減っていた。直に会うなど何年ぶりか。
「永瀬さん‥‥いえ、今は結婚なさって田辺奈緒子さんですが、彼女からも少し話を聞きました。ずいぶんと、苦労したようですね」
先生が何のことについて話そうとしているのか。呼ばれた時から何となく感付いてはいたが、この時由香里は確信した。
由香里の弟が交通事故を起こしてしまった日。由香里が高校3年の頃の話だ。
●回想
「やべェよ、どうしよう姉さん、俺、俺‥‥」
戸惑い、慌てた様子で電話をかけるリュウ。何が彼を混乱させているのかと言えば、彼の後ろに止められた一台の車。へこんだボンネット。
『とにかく、まずは警察に行きなさい。そこでちゃんと説明するの』
「いやだよ、俺無免許だったし、学校辞めさせられるかもしんねぇだろ!?」
通話を切るリュウ。最後に何か姉が言ったような気がするがそんなものは知らない。
まず、逃げなければいけない気がした。遠くへ。捕まらない遠くへ。
振り返る。さっきまで乗っていた車がある。
首を幾度か振ると、リュウは暗闇の中へ駆けていった。
「あれ? 奈緒子今日来てないの」
翌日、弟のことが気になりはしたがいつも通りに登校した由香里。その視線は同級生の奈緒子を探す。
奈緒子は、教師や生徒たちから避けられている由香里にとっての数少ない友達の一人だった。無遅刻無欠席で皆勤賞を貰うような生徒だというのに、今日は席に姿が見えなかった。
「永瀬さんは昨日交通事故に遭われて、検査のために今日は欠席です。夕方暗くなるのが早くなってきていますから、皆さんも気をつけてください」
しばらくしてやって来た先生の言葉に、教室中がざわめく。
(「事故‥‥そういえば昨日‥‥」)
その日の授業が全て終わり、帰ろうとしていた矢先。由香里は先生に呼び止められた。そして、そのまま普段使われない応接室にて。
「実は、警察から電話がきていて‥‥弟さんが事故を起こしてしまった話は聞いているかな?」
「聞いてはいるけど‥‥」
「事故のあと、弟さんが警察に逮捕されたんだ。今日休んだ永瀬さんは、君の弟さんの事故に巻き込まれてしまったんだ」
「!? ‥‥そんな」
二人が話す応接室に、隣の職員室でつけられているテレビの音声が静かに漏れてくる。
『逮捕された高校生が取調べを受けている警察署前です。事故を起こした男子高校生と親しかった生徒に話を伺いました』
『こんな事件起こしておいて、逃げるなんてバカじゃないの? もう少しまともな人かと思ってたのに』
少し聞き覚えのあるその声。確か以前に見たことがある、リュウの彼女だとかいう女の声だったか。
「私、奈緒子に顔向けできませんね」
項垂れて呟く由香里。
そして翌日。検査を終え何ともなかった奈緒子は再び登校し。
そして数ヶ月。高校に籍のある間、ゆかりは一度も学校へ姿を現すことはなかった。
●卒業
「あの時、私はもっと貴女の視線に降りて、一緒になって考えるべきでした。そうすれば、あなたを皆と一緒に、笑顔で卒業させてあげることが出来たかもしれなかった」
「先生‥‥先生の責任じゃないです。私とリュウが悪かったんです」
「そのことなんですが、あなたに会ってもらいたい人がいるんです」
由香里が言葉と共に視線を落とすと、それを止めるように先生が口を開いた。
「会ってもらいたい人?」
「由香里ちゃん!」
由香里が顔を上げ、見る。その声の主は、年月が変えた多少の変化があっても誰なのかすぐに理解できた。
奈緒子。
「永瀬さん‥‥いえ、田辺さんですね。どうも染み付いてしまったのか間違えてしまいますね。田辺さんから頼まれたんですよ」
「由香里ちゃん、責任とか感じて学校来なくなったんだと思うけど、気にしなくて良かったんだよ。私、大丈夫だったから。だから、あの時に戻ることは出来ないけど、せめてもう、自分とリュウくんを許してあげて」
その奈緒子の言葉に、由香里の目に滲む涙。
「うん‥‥ありがとう。ごめんね」
「だから、もう謝らなくて良いんだってば」
互いの手を握って肩を叩き、気持ちを分かち合う由香里と奈緒子。その光景をやわらかい微笑で見ながら、先生はカバンから一枚の紙を取り出した。
「由香里さん。6年前、貴女に渡しそびれた物です」
言葉に振り向く由香里。先生は一枚のその紙を両手で持って。
「卒業証書。あなたが我が校を卒業したことを証する」
両手で差し出される卒業証書。それを由香里は両手で受け取って。
「卒業、おめでとう。6年前の貴女に。そして、現在の貴女にも‥‥」
時を越えた一人きりの卒業式と、過去を悔やむ自分からの卒業。
その儀式は、たった一人の先生とたった一人の生徒、たった一人の列席者の下で。
「ありがとうございます‥‥本当に、ありがとうございます」