劇団計画、阻止アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/30〜04/03

●本文

「夢を持って、それに向かって突き進むというのは良いことなのだが‥‥少々、現実を甘く見ているところがあってね」
「はぁ‥‥」
 偶然スタジオ内で会って、立ち話が長話になる。そんな事例は珍しいのか珍しくないのか一般的なことは分からないが、ディレクター1年生の俺が局プロデューサーの織石に出会うとそうなる確率は、限りなく100%に近いようだ。
「そんな話を持ちかけた子も見通しが甘いと言うか、考えが浅いと言うか。ウチの娘が悪くないと言うつもりはないのだがね。結局、参加したいと決めたのは娘の意思だったわけだし」
「そうですか‥‥」
 さっきから聞かされ続けて、既に30分は経つだろう。だが、要約すれば話の内容は単純、一行で表せる。

『娘が劇団の立ち上げに関わろうとしている。心配なので親としては止めさせたい』、 以上。

 高校のときの知り合いが集まって、アマチュアの劇団を立ち上げよう。そういう計画のお誘いが、織石Pの娘、薫に来たらしい。
 舞台演劇の楽しさは、一度嵌ると抜け出るのは難しい。そのことは学生時代に関わっていた俺にはよくわかる。演劇がやりたいから。それだけを理由に劇団を作ろうと決めたのだろう。
 しかし、織石Pも言うよう現実は思うほどに簡単ではない。計画の参加者は皆、高校演劇や大学の演劇サークルの経験者らしい。ある一定のレベルの演技力や技術、知識は持っているとのこと。だが、現実の壁はその一定のレベルで乗り越えられる程度のものかどうか。

(「でも、楽しいんだよなぁ‥‥気持ちは分かるんだけどさ」)
「ということでね、現実にそういうものに携わるという事がどういうことなのか、教えてやってほしいのだよ。‥‥小関くん?」
 不意に名前を呼ばれて、思考の海から引き上げられる俺。
「え、えぇ、でもどうしましょうね。俺ひとりが何か言ったところで‥‥」
「手伝ってもいいという芸能関係者を探して、頼んでみてくれ。私の名前を使ってくれて構わん。少ないが、礼も出そう」
 頼んだよ、と俺の肩を叩いて去っていく織石P。
(「現実って厳しいんだけどさ‥‥でも、こういう夢、嫌いじゃないんだよなぁ」)
 若者の夢潰しを手伝ってくれる物好きな人なんているのかな、俺はそんなことを思いながら、とりあえずの帰路につく。

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0182 青田ぱとす(32歳・♀・豚)
 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa1610 七瀬・聖夜(19歳・♂・猫)
 fa2989 稲川ジュンコ(24歳・♀・ハムスター)
 fa3004 ラム・セリアディア(14歳・♀・リス)
 fa3307 CIENA.Q(22歳・♀・牛)
 fa3308 ヴァールハイト・S(27歳・♂・竜)

●リプレイ本文

●青空稽古
 春近い日の午後。設立予定劇団AVANCEZの役者達が、旗揚げ公演に使用予定の台本『LA MORT DE ENFANTN』のワンシーンを演じていた。
(「若いねぇ‥‥」)
 派手な殺陣シーンから終盤へ移る舞台をニヤニヤしながら見ているのは青田ぱとす(fa0182)。彼らの力がどの程度か見てみたいと、青空稽古をさせたのだ。その後ろの方ではラム・セリアディア(fa3004)が自分のデジカメで練習風景を撮影している。
 本物の芸能人が見ているという事でテンションが上がっているからか、団員達の演技は学生の部活動レベルという基準で見れば驚くほど良い。
「よし、一旦そこで切ろか。レンツとユキノの子、ちょっとええかな?」
 ぱとすが先まで動いていた役者の内二人を呼ぶ。ユキノ役を演じていたのは薫であった。
「緊張してるからか分からんけど、客に感情が見えへんのよ。体のサバキとか甘いな。あと下半身が演技できてへんのよ。根っこ生えとんねん。例えば‥‥ホン貸してな」
 薫から台本を借りると、ぱとすは実演しつつ演技指導を始めた。体を動かすのが好きなぱとす流の教え方だ。
 実演しながらの指導は分かりやすい。が、自分達より実力が上の人からの実演指導は『自分の演技』を持っていない役者にとって危険である。その演技こそ正解であると思い込み、演技の幅が狭まったり個性が潰れてしまう恐れがあるからだ。
 ぱとすの指導がプラスに働いたかは、もう暫らくしてみないと分からないだろう。

●劇団設立シミュレート
「じゃあまず、財務関係から聞かせてもらおうかな」
 ヴァールハイト・S(fa3308)が聞くと、代表の弥はファイルから資料を幾つか取り出して言った。
「まず旗揚げ公演までの支出ですが、本番の施設使用料が2日間で6万円、機材借用料が1万円、練習場所は日数75日の内48日は市の体育館で2万4千円‥‥」
(「ほう‥‥子供のお遊びじゃないようだな」)
 人間何事もマイナスからは目を逸らしプラスへの期待を大きく持つものだが、聞く限り支出に関しては楽観的観測は見られない。逆に雨天時の稽古等を考慮して支出を多めに見積もっていた。
「収入についてはどう考えてるっすか?」
 伝ノ助(fa0430)が問うと、弥は資料の別ページを捲る。
「商店街の方から、1口1万円で12店、14口の協力を頂きます。不足分は俺達で自腹を切っておいて、公演後チケット収益で補填、残りは劇団にプールです。団員への給料は、学生のうちは無報酬でいこうということで合意してます」
「チケットは幾ら位にしようと考えてるっすか? 有名劇団とかいうわけじゃないっすから、高過ぎると誰も買ってくれないっすよ」
「そうね。それに、客足を増やそうとすればそれなりに宣伝費も嵩むわ。一応支出には計上されていたけど、オーバーした時とか考えてる?」
 伝ノ助の質問にエルヴィア(fa0095)も同意する。自分の劇団運営の経験を元にしたエルヴィアの言葉には強い説得力がある。
「チケットは400円程度に抑えようと思っています。旗揚げ公演では劇団を知ってもらう事が大事です。会場は550席あるので、60%入れば元は取れます。宣伝はポスター・チラシに加え、TV番組のPRコーナーなども利用しようと思ってます。費用は多めに見積もってありますし、超過しても予備費から出せる範囲に収まると思います」
「スポンサーに頼る割合が多い気はするけど、旗揚げ時は仕方ないかしらね」
「二度目からはどうしようと考えてる? 劇団経営ってのはまず興行として成り立たなきゃいかん。商店街の寄付も単発の公演ならいざ知らず、いつまでも寄生してるつもりでもないだろ」
 ヴァールハイトの言葉に、弥が一瞬言いよどむ。
「‥‥そうですね。スポンサーに頼る割合は徐々に減らしていこうとは考えてますが、まだ劇団の興行だけで採算を取れるようになるまでの道筋は見えてません」
「劇団の他に仕事を持つにも、公演のために長期休暇を頻繁にとるからそうそう雇ってくれん。それに長く続けていくなら、練習場所も体育館を転々としてるわけにもいかなくなるし、大道具やら衣装やらを保管する場所も確保しなくちゃならん。聞いた感じだと仲間内で劇団ごっこをやるには十分だが、それで食っていくには危ないな」
 指摘に弥が言葉を無くすと、重い空気がそこに流れた。
「まあ、ある程度の計画性はあったって事は分かったっすから、問題点とかメンバーに言ってみてどうするか聞いてみやしょう」
 伝ノ助が促し、劇団基盤チェックの面々は稽古の続く団員達の所へ向かった。

●芸能界の裏側
 稽古場の青空劇場では、アクション俳優の七瀬・聖夜(fa1610)とタレントのCIENA.Q(fa3307)が殺陣シーンの直しやアドバイスをしている最中だった。
「アルが一歩踏み込むのと同時にレンツが面に飛べばタイミングが合うな」
「じゃあ、休憩を挟んでから試しましょう。向こうの話も終わったみたいだし。織石さん、こっちは休憩にしましょう」
「わかりました」「休憩っすか?」
 CIENAの言葉に同時に二つの答えが返る。
「や、何でもないっす、休憩っすね」
 慌てて言う伝ノ助。そこに団員が温かいお茶の入った紙コップを持ってくる。団員達が用意していたものだった。
「稽古の様子はどう?」
「全然見られないわけじゃないわね。公演まで日があるからか、危機感って言うか覇気って言うかが足りない気はするけど」
 エルヴィアの問いに、稲川ジュンコ(fa2989)は率直に答えた。
「現実を知らないって言うのには、こういう意味もあったのかもね。舞台の良いところばかり見える部活と、裏側の辛いところがよく見えるプロの違い。見た感じ、まだ部活の延長でやってるように感じるわ」
 一方、程よい疲れの中仲間と談笑する薫を、ラムがデジカメで撮影していた。
「ねえ薫ちゃん、大学では演劇やってないって聞いたけど、どうして入らなかったの?」
 そうラムが聞いた。薫は少し考えてから答える。
「うん、何て言うか‥‥合わなかったのかな。私のやりたい演劇と、サークルがやりたい演劇が違ったって感じかな。窪田先輩の演劇は、何年か一緒にやったから分かってるし、私のやりたい方向と同じだし」
「その考え方は、少し甘いかもしれないね」
 言葉の主は両手にコップを持った聖夜。片方のコップをラムに渡すと、続ける。
「演劇がやりたいっていうその気持ちは応援してあげたいけどね、スポンサーを付けたり見に来てくれる観客からお金を取るなら、プロとしての自覚を持たなくちゃならない。自分達がやりたい事をやりたいようにやる。それじゃ、自分達は満足できても観客は満足しない。観客がお金を払ってまで来るって事は、何かを期待して来るって事だ。その期待がどういうものか考えて、それを裏切らないように、期待以上のものを提供できるようにしなくちゃならない。そのためには、自分のポリシーを曲げなきゃならない時だってある」
「そうよ」
 聖夜の言葉を、ジュンコが引き継いだ。
「あたしが今請けてる仕事は、焚き火の上で丸焼きにされるっていうものなの。客には受けるけど、怖がったり痛がったりする仕草は殆ど演技じゃない。すごく辛い仕事だけど、あたしは若手だし演技も上手い方じゃないから仕事も多くない。仕事を選べないのよ。‥‥織石さん、悪役は殴られて幾ら、蹴飛ばされて幾ら。モルモット役はねえ、テストされて幾らなの。舞台は楽しく華やかに見えるかもしれないけど、色々と辛い事が多いのよ」
 まあ、と聖夜が一息吐く。
「まずは、どれだけ観客にアピールできるかかな。劇団だけでなく、芸能で生きていくっていうのは辛いって事だけ、しっかり心に留めておくべきだね」

「皆さんの計画にはそういった問題があるわけなんだけど、どう? それでも諦めない?」
 集まった劇団員に対し、CIENAが問う。伝ノ助達に問題点や未熟さについて言われた後である。すぐ声を大に答えられる者はいなかったが、それでも諦めたくないという声は上がった。
「まだ、計画を練り直す時間はあります。弱点をたくさん指摘されたわけですけど、それは指摘された事によって解決する機会を貰ったのと同じです」
「これも甘い考えかもしれないですけど、まず一度、やってみるべきだと思うんです。やってみて、やっていけるのかどうか考える。無理だと分かっても、やらずに諦めるより後悔は無いと思うんです。私は、挑戦してみたいです」
 弥と薫が自分の意見を言う。他の団員達も、口々に自分の言葉で意志を明かした。
「なら、もう止められないわね。私にできることがあったら言って頂戴。手伝うわ」
 ジュンコの言葉が、自分達の請けた仕事の失敗を告げた。

●前へ進むこと
 ラムの撮った写真を眺めながら、織石プロデューサーは顎鬚を撫でる。
「劇団、認めてあげたらどうでしょう。せめて、一度挑戦させるべきだと思います」
「失敗したっていいじゃないの。一度きりの人生なんだし」
 CIENAとラムが言うその言葉を切って、織石が呟く。
「薫のこういう表情を見るのは久しぶりな気がするよ」
 織石の見る写真。それは稽古後仲間と話す薫の写真。
「明日、薫さんと弥くんが詳細なプランを持って来ると思います。それを見て、彼女達の言葉を聞いてそれから判断してみて下さい。では、失礼します」
 エルヴィアがそう言って、3人は立ち去った。口元に笑みを浮かべる織石。
「どれ。明日が楽しみだ」