太陽と雨の精アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
10.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/10〜06/16
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●本文
「という脚本です」
「うん、面白そうだね。どちらかと言うと子供向けな感じになるのかな?」
劇団『gathering star』の稽古場で主宰の円井と団員の女性、吉田 唯麻が話しているのは、次回の吉田が初演出を務める舞台について。
『gathering star』は、主宰の円井がまだ30歳と若いこともあるのか団員も皆若く、皆に平等に機会が与えられる。少し前に舞台で初演出を務めた副代表の川上 雄吾も、吉田もまだ26歳。二人とも演劇経験がまだ短いが、情熱が認められればそんなこと関係無しに抜擢される。そのこともまた団員たちの情熱を高める。
「ただ‥‥ちょっと裏方陣が不安かな? この前の演劇習慣でウチから結構な人数あっちに回ってたから。今フリーなのは、裏方は松下君くらいだろ?」
「そうですね。役者は必要な人数以上にしっかりいるんですけど‥‥小杉君を裏にまわしてみますか?」
「いや、小杉君はもうしばらく舞台に立たせてみたいんだ。本当の適正とか気持ちを見るには、一公演じゃ足りないよ」
他の団員と共に筋トレに励む小杉 厚志を見ながら円井が言う。
「じゃあ、手伝ってくれる方を募集するのがいいですかね」
「そうだね」
●裏方募集
・あらすじ
ここ何日か降り続く雨。そのせいで外に出て遊べない少年は、雨に降り止んでほしい、雨なんか嫌いだと思う。
そこに現れたのは太陽の精と雨の精。二人の精霊は少年の思いを全て聞いた後、それでも自分たちは人間たちのために、人間たちのことを思って時に雨を降らし、時に空を晴れさせているのだと教える。
・募集内容
脚本の脚色や、必要な道具類の製作、音響・照明プラン作成から操作、衣装・メイクプラン、広報・制作など。
●事前説明
「一つだけ、注意してほしい事があるんだ」
集まった面々に、円井が少しだけトーンを落とした声で言う。
「僕の劇団では、入団する者を人間か獣人かで選んでいないんだ。まず、気持ちありき。今回演出を務める吉田君は獣人じゃない。彼女の前では獣人化しての作業は避けてほしい」
●リプレイ本文
●公演準備
客席の一角を使用し、瀬名 優月(fa2820)が吉田と話している。二人ともがかなりの量の書き込みがされた台本を持って、それにさらに多くの字と図を書き込んでいく。
瀬名は今回脚本の脚色に名乗りをあげた。普段は役者として人前に立つ彼女だが、今回は今までと別の視点で舞台の出来上がるまでを学びたいとのことだった。吉田はそんな瀬名の姿勢を歓迎し、いろいろなことを教え、また学ぼうとしていた。
瀬名たちが脚本の最後の詰めを行っている目の前、舞台上には、様々な物が運び込まれてきた。場面として用意される部屋や砂漠などの背景や、勉強机などの大道具。
舞台装置については、打ち合わせの結果をアディラ・エイト(fa3701)が舞台の平面図などに書き起こした。同時に完成した各装置類の設計図に基づき、実際の製作作業を行ったのは彼女に加え、藤田 武(fa3161)、七氏(fa3916)に多々納義昭(fa3917)。今回の舞台は子供向けということで、分かりやすく、強い印象を与えるための装置や大道具がかなりの量が用意される。その製作作業を本番までにこなすための布陣だ。
藤田は主に背景の絵全般を担当した。乾燥した砂漠の情景は多々納の提案もあり全体的に白っぽく、そして少年の部屋は憂鬱な雰囲気が出るような色合いに。自宅の暖かみを残しながらもそこに別の感情色を混ぜるのは、照明との兼ね合いもあり非常に難しい作業だったが、何とか完成に漕ぎ着けた。
七氏が提案した砂漠の表現方法は、多くの議論を必要とせずに採用された。舞台上というのは本来、火気厳禁、水濡厳禁、そして片付けるのが難しい砂などのゴミは使用禁止である。それらを使いたい場合、相応の許可・届出や対策が必要となり、概してそれらは面倒だ。だが、布を使って砂漠の質感を表現する七氏の案ならば面倒が無い。その他にも七氏は少年の部屋にはスポーツ用具を置き、少年が外で遊びたいのに遊べないという気持ちを間接的に表現するなど、脚本をよく読み込んだ気配りを見せた。
亀の甲より年の功、多々納は雨の風景の湿度の高そうな感じを見事な色合いで表現した。また、不毛の地である砂漠をより印象深くするためのアイテムとして、動物の骨を発泡スチロールを元に作成するなどの小技も見せた。
アディラが仕事量の多い藤田に手を貸して完成させたのは、雨が降った後の晴れ上がった風景。生命を育む恵みの雨、雨が降ることで生命が蘇る場面の背景ということで、明るく、希望に満ちた色彩に仕上げられた。
AD(fa1766)は、今回音響と照明を一手に引き受けた。稽古中、舞台が使えるときは照明機器をいじり、稽古場ではBGMを流し、時間外には必要な効果音の選定に膨大な数のCDを聞きまくる。
今回は音響も照明も、子供向けということで複雑にすること無く、あくまでシンプルに。照明は場面の切り替わりに合わせた切り替え、音響も電気的・非自然的な感じの少ないアコースティック系のBGMと自然の音の効果音を揃えるなど、非常に細かいが舞台に大きな影響を与える部分をしっかり押さえた、文句のつけ難いものとなった。
また、ADは公演本番時には音響の操作を行うが、照明の操作には手が届かない。その照明の操作をする人のために、また不測の事態で自分が本番に来られないことまでも想定し、音響・照明の演出意図や使用のタイミングを記したシート(Qシートと呼ばれる)を作成したり、機材の方にも付箋をつけたりし、誰でも容易に操作が行えるように準備を行った。
準備は万端。まさにADの鑑と言える仕事ぶりである。
衣装、メイクのプランニングを行ったのは、以前円井の公演でその仕事に携わった中松百合子(fa2361)である。
中松のプランで最も目を引いたのは、精霊達の衣装とメイクである。子供向けの舞台で登場する精霊・妖精といえばカラフルなローブやマントを纏うといったところだが、彼女の提案する精霊達はより精霊らしかった。
太陽の精はオレンジ、雨の精は青などイメージカラーで用意された衣装は精霊達の性格を表すのか個性化がされており、その個性をさらにメイクや小物類が引き立てる。
さらに、中松の施した工夫のひとつが、今回吉田を救った。
実は、風の精を演じる予定だった役者が急病で出演できなくなったため代役が立てられることになったのだが、役者の性別が変わってしまったのだ。しかし、中松は予め男女問わずに使用できるプランを作成しており、それがまた舞台の世界観にマッチしていたため、キャストの変更により無駄な時間を割くことが無く済んだのだった。
キャスト変更の影響が大きく出たのは、鈴生 六連(fa0194)が担当した広報だった。
鈴生はポスターやパンフレットに出演者の写真を使用していたため、既に配布してしまったポスターはともかく、パンフレットは編集し直しとなってしまった。それでも、彼女は最後まで気持ちが抜ける事無く作業を続け、キャスト変更による構図の変更を行ったり、パンフメッセージ用のコメントを集めたり、終始稽古場と外部を走り回った。
オフィシャルホームページの開設は好評だった。それまで『gathering star』は公演の情報を劇団のサイトで流していたが、劇団サイトとは少し独立して作ったおかげで、見易さが格段に向上したのだ。『gathering star』のように複数の公演を並行して行ったりする劇団の場合、幾つかの公演情報を見るためにサイト内を行ったり来たりするのは面倒なのだ。また、メニュー『スタッフコメント』や『写真館』は、裏方さんの苦労が分かるボヤキがあったり、稽古中の珍場面が見られたりと、思いのほか好評だった。
また、小中学校には公演のポスターを貼ってもらったり、生徒にチラシを配ってもらったりといった協力を取り付けることが出来た。子供向けの公演は案外と対象である子供達、そしてその親達に知られにくい。この協力取り付けは有意義だっただろう。
●公演本番
――雨が嫌いな少年、翔太。窓から外を見て、もう一度溜め息。
――雨。外で遊べない。
――雨なんか嫌いだ。
少年、翔太の服装は、すぐにそのまま外に遊びに出られる。それはそうだ、外に遊びに行きたいのだから。半袖姿の翔太は活発、だが今はただ落ち着きが無い。遊びに行きたい、遊びに行けない。雨音は強く、外は薄暗い。ADの音響と、Qシートをじっくり読み込んでの藤田の照明が世界を創る。
――そんな将太の前に雨の精と太陽の精が現れた。
――雨というのは、とても大切なものなんだよ。
――だが翔太は納得しない。だって、僕は外で遊べない。
――雨の精と太陽の精は、友達の風の精を呼び、将太をあるところへ連れて行く。
精霊達は空から現れた。アディラが役者を吊るして降ろせないかと聞いたが、安全性や精霊達の動き易さを考慮してそれはしないことになった。代わりに、舞台が奥のほうに向けて段々高くなっており、そこから降りてくる形をとった。
――そこは砂ばかりの世界。テレビでは見たことはあったけど。
――お米の草が無い。人参も、花も無い。それはそうだ、水が無い。
七氏の表現した布の砂漠は、舞台照明や背景とも相まって、確かに砂漠を表現していた。自分は作業中無愛想だっただろうかと自己嫌悪に陥りながら黙々と、与えられた時間を精一杯使って丁寧に作り上げた世界は、七氏の仕事への情熱を彼自身以上にしっかり物語っている。その出来を見た者は、七氏を「ただの無愛想な奴」とは思わないだろう。
――水が無くて、困っている人もいるんだ。
――そう。こういう人たちのために、雨を降らせているんだよ。
そういえば、と翔太少年が思い出す風景がある。それは、彼の自室の植物。毎日欠かさず水をやっている。そう、水をあげなければ植物は枯れてしまうのだ。
アディラが提案していた、少年の部屋の植物。それは少年の回想に強い説得力を与える。
――翔太は雨がとても大切なものなんだということに気付いた。
――僕、もう雨が嫌いだなんて言わないよ。
――将太の言葉に、精霊はニッコリ微笑んで。
――雨はね、人の心までも潤すものなんだ。雨降って地固まる、とか止まない雨はないとか言うでしょ。
――翔太が外の様子の変化に気付いて見てみると、雨が弱くなっていた。
――雨が止むと、外には綺麗な虹がかかった。
藤田が用意していた紙吹雪が振りまかれる。雪のように見えないかと不安の声は出たが、降らせてみると少しだけ混ぜられたアルミホイルが幻想的な情景を生み出した。だが多過ぎるとやはり雪だということで、本番では量を大分加減して降らせている。疎らになった雨の雫に太陽の光が反射して、キラキラと光り輝く様は観客の溜め息を誘った。
公演は、大盛況の内に幕を降ろした。
●公演の後で
「皆さん、お疲れ様でした。今回は本当にありがとうございました」
と、円井が礼を述べる。今回獣化は出来るだけしないようにとのことだったが、参加したメンバーは誰一人として、半獣化すらせずに全ての仕事をやり遂げた。
腕に自信が無くても、他の者と一緒に協力し合って一つの物を作れば、どんな物でも上手くできる。多々納のその言葉は、公演の大成功という形で証明された。
一人ひとりの努力と、仲間同士の信頼。それがあれば、困難な仕事であっても乗り越えられる。今回の仕事は、参加した彼らの心に大きな自信を与えた。