史上最悪のかくれんぼアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
フリー
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/14〜06/17
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●本文
「じゃあ、ここのところで音をフェードインして‥‥入れ方はセンスに任せるよ。微調整は通しながら」
「あぁ、分かった。詰めとくぜ」
「先輩! 3場の明かりのプラン、こんな感じでどうですか?」
「却下して欲しいんだけど。それ俺が3人いないと無理だから」
新設の劇団『AVANCEZ』の団員たちが、今日の稽古を終え次の練習に向けて打ち合わせを行う。その場にいるのは主宰で演出の窪田 弥に、音響のチーフを務める崎野 丈二、その彼女でメイクの専門学校に通う倉篠 アキ、照明のチーフを拝命した葉中 有芽奈、彼女の親友島谷 千恵、ピンスポットライトを担当する弥の弟窪田 京の6人。役者たちは稽古後早めに帰した。
打ち合わせもいつもよりは早く終了し、各々自分の荷物をまとめ帰ろうとしたその時。練習場所に借りていた劇場の小ホール(団員織石 薫の知人がおり、少し安くしてもらえた)の客席に一人の男が入ってきた。
「あ、ホールの方ですか? すいません、もう解散しますんで」
「窪田。明かり屋たち連れて帰れ」
男に会釈する弥を、崎野が制する。困惑する一同に、緊張した表情の崎野、倉篠。
「アレ、いわゆる不審者だ。とりあえずスタッフ通路から出て川上か富士さんに連絡取れ。捕まらなけりゃ織石でもいい」
「不審者だったら警さ‥‥」
「さっさと行けッてんだよボケ!」
崎野の一喝に、弥は葉中、島谷、京を連れてスタッフ通路へ向かう。それを見送ってから、崎野は男に向き直って。漆黒の蝙蝠の翼を広げた。
「つまんねェな‥‥アキ。撒けなかったか?」
「ごめん、丈二」
視線は男に向けたまま問う崎野に謝る倉篠。その倉篠の両腕は徐々に鱗に覆われていく。
完全獣化。戦闘体制に入った二人に対し、虚ろな視線で低く小さく唸っているだけだった男にも変化が生じた。
グシャ! と右手の皮膚が裂け、その中から現れる巨大な鉤爪。
「アキ、人間が入ってこないような細工をしとけ。バリケードでも張り紙でもなんでもいい。こいつは俺が何とかする」
翼をはためかせ飛翔する崎野。ここから逃げることは容易いだろうが、すぐ外には人間がいる。ここでNWを留めておかなければならない。空中からの攻撃で時間を稼いでいれば、そのうち手配した助けが来る。
思考を終え崎野が地上のNWに再び意識を向けた時。そこには何もいなかった。
「なっ‥‥」
物音に気付いた時は遅かった。天井すれすれを飛ぶ崎野を、NWは壁と天井を『走って』捕捉した。
崎野は獣人ではあるが、戦闘に長けているわけでも、慣れているわけでもない。突然の襲撃には対応することが出来ず。
NWの鉤爪が崎野を切り裂く。
「丈二ぃぃぃっ!」
・ ・ ・
「小関くん、出来るだけ早急に人を集めてくれ。NWだ」
「え? そういうのはWEAが手配してくれるんじゃないんですか?」
「緊急なのだ。一分、一秒も待っていられない」
弥の携帯は就活中の先輩富士 孝明を捕まえられず、兄の劇団の公演の見学に行っている川上 由太にも繋がらなかった。結果、織石 薫を通じて局プロデューサー織石へ遠回りで連絡が届く。
「来られると答えてくれた者には順次向かってもらってくれ。周辺を人払いしたりは出来ていない。獣化など戦闘準備は劇場内に入ってからするようにとも言っておいてくれ」
「わ、わかりましたっ!」
●リプレイ本文
「バイク、置いてっちゃっていいわよ。あたしが停めとくから急いで」
天音(fa0204)が乗り捨てたバイクを、天音より数秒早く着いたAAA(fa1761)が引き受ける。天音は小ホールへの重い扉を押し開け、防音用の二枚目の扉を開けると共に半獣化した。
鋭敏視覚を使用する天音。視界に映る範囲内には動く物体は見当たらない。ただ、舞台上に血痕が見える程度。
「誰かおるか!?」
大声を上げても反応は無かった。とすれば、自分が一番初めに到着したのだろう。助けるべき二人はNWから発見されないよう返事をしないか、それとも。
ゆっくりと客席の中を歩を進める天音。舞台の袖が覗ける位置まで歩いたところで、視界の端で何かが動いた。
「状況は?」
「分からないわ。多分あたしが一番乗り。天音が一人で中に入ってるわ」
バイクで駆けつけたリネット・ハウンド(fa1385)は、現状をエースから聞くと、小ホールへと向かった。リネットは現場周辺の人払いを行うつもりで来たが、ホール内に天音一人だけというなら加勢に行かなければならない。救助とNW戦を同時に行うのは絶対に不可能だ。
小ホールの扉を開けるリネット。まだ彼女らは気付いていなかった。起こり始めた異変に。
ほぼ同時に。マウンテンバイクで疾走中、伝ノ助(fa0430)は見知った顔を見つけた。
「弥さん、久しぶりっす!」
「伝ノ助さん! お久しぶりです」
伝ノ助は弥ら『AVANCEZ』メンバーと、この新設劇団結成時に関わり、知り合っていた。
「弥さんたちは、今?」
「練習終わって帰るところです。葉中と島谷を家の近くまで送ろうと」
「照明プランの修正がてらだけどな」
弥と京が答える。どうやら、この調子なら劇場へ戻ることは無さそうだ。薫がうまく言いくるめたのか。この調子だと、この4人は人間か。
「あ、それじゃあっしは急ぐんで、帰り道気をつけてくださいっす!」
わざわざ蒸し返す必要は無い。再びペダルを漕ぐ伝ノ助。それから2分程度で劇場に到着する。
エースと協力し、関係者以外立ち入り禁止の張り紙を各入り口に張っていく伝ノ助。周囲の異変の微妙な高まりに、まだ彼らは気付かない。
鋭敏視覚の何度目かの掛け直し。天音はNWの動きを初動で読み、二刀流の特殊警棒で紙一重で防いでいく。はじめの数分は自分がやられないようにするので精一杯だったが、リネットが参戦してからは敵の注意が分散し、周囲を気遣う余裕も少し出来てきた。
「コアの位置は?」
「額じゃ! すばしっこくて狙えぬが」
障害物だらけの床で挟み撃ちは不利と思ったか、NWは一度大きく退き、二本の足で壁を駆ける。
その変則的な動きに翻弄されながらも、天音は翼を広げ空中戦に、リネットは俊敏脚足を使用しての半空中戦闘で対抗する。
「皆無事か!?」
「怪我した人はいない? 大丈夫!?」
客席後部の扉からシヴェル・マクスウェル(fa0898)、舞台側スタッフ通路から泉 彩佳(fa1890)が現れる。二人とも到着と同時に駆けつけた。
戦力差が互角以上に変わる。このまま戦えば勝つのは間違いなく獣人たちだが。彼女達には別の目的がある。
「私は崎野君たちを探す方にまわるね」
泉が戦線から離れ、また発見と同時に外へ運び出すためリネットも抜ける。
「ハーフタイム、一度交代だ」
長時間NWと一人で渡り合い疲労の激しい天音を少し休ませるため、シヴェルが前に出る。その姿は不敵にも人間状態。状況が状況だが、試してみたいことがあった。
「ぐっ‥‥さすがに重いな」
NWの鉤爪を受ける瞬間半獣化して防ぐ。そしてすぐさま半獣化を解く。
「戦闘中の出し入れはあまり問題無い‥‥か?」
半獣化、受ける、戻る、半獣化、受ける、戻る、半獣化、受け‥‥られない。
鉤爪の一撃を受け損ない弾き飛ばされるシヴェル。半獣化や解除に意識を割かれ、例えるなら電話しながら料理をしている状態になっていたのだ。見切りが甘くなる。
「あまり無理をするな。時間稼ぎさえ出来ればそれでいいんだ」
到着した陸 琢磨(fa0760)が、シヴェルに追い討ちをかけようとするNWの前に立ち塞がる。ギターケースから刀を取り出し、ケースを投げ捨てる。
「見つけたよ! エースさんたちに連絡して、運んでもらう手伝いをしてもらうよ!」
泉の大きな声が響く。その方向にはリネットに肩を借りる崎野と、腕に軽傷を負っている以外無事な倉篠の姿。うろつくNWから発見されないよう居場所を変えながら隠れていたが、崎野の出血が酷いため途中から身動きが取れなくなっていたのだった。
リネットがホールの外に運び出そうとしたその瞬間、響く声。
「ダメだ! 外に出しちゃいけない!!」
声の主は竜華(fa1294)。半獣化して対NWに加わりながら、外の状況について話し始める。
「すいません、劇団のリハーサルなんで関係者以外立ち入り禁止なんっす」
劇場の入り口を塞ぐのは二人だけでは難しくなってきていた。プロレスラーのリネットが目撃された始めのうちは通行人の噂程度で済んでいたが、シヴェル、泉と続いたところで人が集まりだし、そしてとどめに陸の登場である。野次馬に来るなというほうが無理な話。しかも野次馬を押し留める人間もテレビで見かける芸能人。波は止まらない。
劇場の閉鎖を怪しまれぬように。武器が目立たぬように。それ以前に、皆まず自身の知名度を自覚すべきだったのだ。
エースの携帯にコールがかかり、事態を把握し戻ってきたリネットと入れ替わる、全体を見張りつつ人の波を操るリネット。
「はいはーい‥‥そうね、ちょーっとばかり大変なことになってますケド」
かかってきた電話はWEAの関連団体からだった。劇場の搬入搬出口にワゴンをまわしたから、そこから脱出するようにとの指示だった。エースが辺りを見渡すと、野次馬の向こうに電話を持った若い男が見えた。電話の相手は彼だろう。
劇場の奥から10人程の男達が現れ、野次馬整理に加わる。エースたち3人は彼らに入り口を任せ、小ホールへと向かう。
泉の上からの攻撃に、竜華のナックル。NWがやってきたような立体攻撃を、今度は彼女らがお見舞いする。しかし、NWは素早い。即席の連携に隙を見つけると壁の高い位置へと移動し、竜華の攻撃を無力化する。が、そのNWを泉と同じく空中の天音が放った破雷光撃が打ち据え、動きの鈍ったNWを、跳躍力を能力で増した陸の一撃が地に叩き落す。
「みんな、搬入口からWEAのワゴンに乗るわよ! 崎野くんは大丈夫?」
エースたちがホールへ合流し、リネットがまた崎野に手を貸す。伝ノ助が小走りで先行して搬入口への扉を開けて、リネットと崎野、倉篠がホールから脱出する。
「時間をかけ過ぎると、搬入口からも出られなくなっちゃうわ。NWのとどめはWEAに任せて、あたし達は出ましょう!」
エースの言葉で、残った面々も急ぎ脱出を始める。もともとNW退治ではなく崎野たちの救出が目的だ。それを終えた今、残る必要性は無い。
追いすがるNWを竜華が鉄山靠で一時黙らせると、全員がホールの外に。防音の重い扉が閉じられる。一行と入れ替わりにWEAの獣人たちが完全獣化で扉など配置につく。
「大丈夫か?」
シヴェルがいつもどおりの雰囲気に戻って、ワゴンの中の崎野に声をかける。WEA所属の一角獣の獣人であるワゴンの運転手の力で、崎野の怪我はほぼ治されていた。
「アンタこそ、NWに一発もらってるだろ」
「私は寝ていれば治るからな。問題無い」
「そういえば、伝ノ助殿はどこに行ったのじゃ?」
天音の問いに、そういえばと数人がワゴンの内外を見渡す。が、伝ノ助の姿は見当たらない。
「伝ノ助さんは、今劇場の別の出口です」
知友心話で伝ノ助からの伝言を受け取った泉が言う。もとは一角獣の男からの提案だが、表が芸能人見たさの野次馬だらけ、そして必死に止める関係者となれば、別の出入り口から入ろうとする者、出てくるところを抑えようとする者もいるはずという予測。そのため、より安全にワゴンを脱出させるために、半獣化してもバレにくく姿を隠せる伝ノ助に囮として一度表に姿を現してもらおうという作戦だった。
伝ノ助の合図を泉が受信し、ワゴンは走り出す。ここに、かくれんぼは鬼の敗北という形で幕を降ろした。
・ ・ ・
「ということで甘味屋、親睦を深めるってことで、一緒に行きましょ」
「や、俺は遠慮しとく」
竜華の誘いに倉篠は大喜びだが、崎野はあまりノリが良くないご様子。
「あら、じゃあ別の機会にあたしと飲みにでも行く?」
「それはもっと遠慮しとく」
エースに誘われる崎野。怪我をしていたときより顔色が悪く見えるのは気のせいだろう。
結局崎野が押し切られる形で、全員で甘味屋へ。思い思いのスイーツを注文し口に運びながら、会話も弾む。
「‥‥ん? 全員?」
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥あーっ!!」」」
「へっくし! ‥‥風邪ひいたっすかね?」