見つめる者と孤高の鴉ヨーロッパ

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 フリー
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 9.4万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/12〜08/16

●本文

「やぁ。月島 夜恵琉」
 呼びかけられた女性は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、その声の主が誰であるか悟り歯噛みした。その黒髪の男は、出来ることなら二度と、そう、死んでから後ですらも会いたくない相手だった。
「その名はもう使っていない」
「じゃあ、ミレーヌかな? うん、よくこんな可愛い名前を探したものだと思うよ」
「何の用だ」
 女性はかけている黒いサングラスの奥からでも分かる視線を男に刺し、言い放つ。
「実はね、面白い話が」
「ジェリコ、代わりに聞いておけ」
 男の言葉を最後まで聞かず、女性が背後に控える巨体の男に指示する。背を向け歩いていく女性と入れ替わるように、巨体の男が黒髪の男の前に立つ。
 と、思われた瞬間。
「僕は君に話があるんだよ、ミレーヌ」
 女性の前に一瞬にして回り込んだ黒髪の男。その直後、巨体の男が腹部を抑えて膝をつく。小さく舌打ちする女性。
「ちょっと、骨のある奴を探してる。少し前に見つかった遺跡の近くで、NWが大量発生してるのは知ってるだろう? そこに、僕ちょっと遊びに行きたくてね」
「で?」
「うん、雑魚を一匹、君がよく通ってる劇場に流したから。それを‥‥」
 ブン! と風を切る音。女性の拳は空を切り、黒髪の男は笑みを崩さず、口調を変えず続ける。
「退治するって名目で、人を呼んでくれないかな。僕が直接見て、審査したくてね」
 女性が拳を元の位置に戻し、男を睨みつける。と、そこにはもう男の姿は無く。
「君の愛する人の建物だ。傷、つけたくないだろ?」
 背後から聞こえる声。振り返らずともニヤニヤ笑っている姿が想像できて、女性はあえて振り返らない。
「ひとつだけ言っておくが。私はミレーヌなどという名は一度も名乗ったことはない」
「じゃあ、今は?」
 男の問いに、女性は答えて。しまった、と今日何度目か知れぬ歯噛み。
「そう。じゃ、これからはその名で呼ぶよ。少しの間だけど、よろしく頼むよ」
「御免被りたいがな」
 女性がそう言った時には、男の姿も気配も消え。

 ・ ・ ・

「NWが潜伏している劇場は、ここだ。この中のレッスンルーム1に閉じ込めてある。出来るだけ目立たず中へ入り、これを処分してもらいたい。中の人払いは済んでいる」
 街の地図を指しながら、集まった一同へシャルロが話す。
「NWの詳細については不明だ。だが、嫌らしい奴だろうとは推測できる」
 あがる「何だそりゃ」という声。それを「単なる戯言さ」とシャルロは笑って。
「今回の依頼主は私ではない。訳あって依頼人の名や素性は明かせないが、とりあえず不審人物だ。NWの殲滅は遂行してもらいたいが、やる気のある所を見せる必要は無い。適度に手を抜いてくれ」
 自身を嘲るように、シャルロは口を閉じた。

●今回の参加者

 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2446 カイン・フォルネウス(25歳・♂・蝙蝠)
 fa2661 ユリウス・ハート(14歳・♂・猫)
 fa3017 葵・サンロード(20歳・♂・猫)
 fa3453 天目一個(26歳・♀・熊)
 fa3782 祥子(24歳・♀・獅子)
 fa4042 蕪木ラシェイル熊三郎萌(27歳・♂・アライグマ)

●リプレイ本文

 一行が各々の方法で劇場へと入ると、中ではシャルロが待機していた。
「‥‥仰りたくないのであれば結構ですが‥‥」
 と前置きして、シャノー・アヴェリン(fa1412)がシャルロに尋ねる。「手を抜いてくれ」発言についてだ。他の皆も不思議に思っていたため、視線が集まる。
「何か裏があるから、そう言っているのよね?」
 天目一個(fa3453)が重ねる問いにシャルロは軽く笑って、
「そうだな。君達のために言っている。だが、あまり深くは聞かないほうがいい。踏み込んでしまうとここで手を抜く意味が無くなる」
「ということは‥‥依頼主に対する私事でそういったことを言ったわけではない‥‥という事ですね」
「そうだ。信じる信じないは勝手だが」
 シャルロはそう言うと、カイン・フォルネウス(fa2446)に一瞬だけ視線を送る。
 カインは、一行のうち一番初めに劇場に到着し、シャルロに問いかけをしていた。
「この依頼主に依頼後に会いたいんだけど、駄目かい?」
 と。この問いに関してシャルロは「命が惜しければ止めておくのが身のためだ」とだけ答えた。カインへの視線は再度釘を刺す意味だろう。どう受け取るかはカイン次第だが。
「さて、問題のNWを掃除しに行きましょか」
 蕪木ラシェイル熊三郎萌(fa4042)が劇場に入ってきた時の清掃員の服装のままで、モップを掲げ先頭を歩き出す。

●レッスンルーム前
「これから戦うNWって、どんな相手なの?」
 廊下にて各々が準備する中。ユリウス・ハート(fa2661)がシャルロに尋ねた。天目も監視カメラにNWの姿が映っていないか確認しようと思っていたため、話を聞こうとやって来る。
「残念だが、その情報は私にも入っていない」
 そう、と今度は周囲を確認する天目。今回の仕事には不審な点が多すぎる。ユリウスはというと、レッスンルームの鏡を壊したらどうなるか、室内の通信設備は殺してあるのかなど質問を重ねる。
「室内のダメージに関しては気を遣わなくても構わない。修復にかかる費用は依頼主に負担させる。通信設備は問題無い、もともと無いからな」
「ま、気楽に行こう。いざと言う時はユリウス君は守ってあげるよ?」
 カインがユリウスを背後から抱きしめ、NW戦が初の彼を励ます。

「出入口はここだけのようですね」
 御堂 葵(fa2141)がレッスンルーム付近の確認を終え、再び合流する。年期物の建物が好きな祥子(fa3782)も同行し、確認作業のついでに見物もしていた。後にシャルロから聞くにはこの劇場はだいぶ古い物で、世界的に有名な社長が数年前買い取り改修したのだという。
「まず、NWの特徴を掴むところからですね」
 葵・サンロード(fa3017)は半獣化して、メイン武器とするソードを握り締める。部屋への突入直前に鋭敏視覚の能力を使用し、弱点を探そうと考えていた。
「大きくて攻撃力の高そうな奴か、小さめで素早い敵か‥‥どちらであっても対応できるようにしなくてはね」
「嫌なやつと言えば、きっと蚊やろーな!」
 祥子の言葉に蕪木が思っていた事を述べる。
「ゴキ・蜂・芋虫・蜘蛛‥‥挙げれるには例に困らないですけどね」
 苦手な人が多そうなものを列挙していく御堂。

●突入
「‥‥御武運を‥‥いざという場合は私も突入します‥‥」
 部屋の外で待機し、見張りの役目を務めるシャノーの言葉を背に、天目がドアを開ける。それと同時に、ユリウスが瞬速縮地の能力を使用して室内に入り込む。続いてカインが、サンロードが、祥子が、蕪木が突入する。御堂と天目は最後に室内へ入り、それぞれNWの逃走を阻むための壁となる。
 鋭敏視覚の能力で逸早くNWの姿を捉えたサンロード。と共に、驚きの声があがる。
「何だ、コイツ‥‥」
 レッスンルームの中心に座していたのは、体長4mはあろうかという巨大な亀のようなNW。
「とにかく、作戦通りに戦うで!」
 蕪木がNWと壁の隙間を走り抜け、向こう側へ。それにサンロードも続く。
 巨大なNWが、ゆっくりとその巨体を動かし始める。

 ・ ・ ・

「退屈じゃないか?」
「いえ‥‥これも重要な役目でしょうから」
 レッスンルームの前で、シャルロがシャノーに話しかけた。
「手を抜く事に、どういう意味があるのです? もし手抜きをせず‥‥全力で戦ったら」
「地獄か牢獄行きの片道切符を受け取る可能性がある」
 言葉を遮り、シャルロが言う。
「お前位の力があれば、感じないか? 違和感を」
 言われて周囲の気配を確認するシャノー。レッスンルーム1の中からは戦闘が始まっただろう音。その反対側、レッスンルーム2からは何の音も無い。が。
「居るだろう? さっき入ってきたようだが。‥‥ふざけた奴だ」
 感じた違和感はさらに強くなり。廊下での話を聞き、挑発しているのか。

 視線。

「勧める事は出来ないが。扉を開けるか否か、好きにするといい」
 厚い壁越しにぶつかる視線。

 ・ ・ ・

「痛ったぁ‥‥」
 一瞬にしてNWとの間合いを取ったユリウスが、軽く手首を振る。硬い。NWの体は異様に硬く、殴った衝撃がそのまま自身の手に返ってくる。拳はともかく、手首へのダメージが大きい。
「確かに、これは嫌な敵だわ」
 祥子は敵の甲羅の隙間を狙い攻撃する。鞭で相手の動きを封じるにも敵の力は強過ぎ振り回され、爪で引き裂こうにも甲羅が相手では逆にこちらが危険だ。
「アライグマパンチ! アライグマキック!」
 しょうもない名前だが当人は手を抜いていない蕪木の攻撃。だが、手を抜かずとも高い防御力のNWにはあまり効いてはいないようだ。少しでもダメージが入っているように見えるのはカインの打撃とサンロードのソード。
「連続で行くぜ」
 翼を用いた高速移動で撹乱しながら、ひたすら殴る、殴る、殴る。しかしその一撃の度にNWの動きが一瞬止まる程度。
 ひたすら殴り続けられるのも鬱陶しいと感じたか、NWが吼える。そして振り回される巨体に比例して巨大な腕。
「うおっとっ!」
「アライグマの舞い!」
 NWに接近していたカインと蕪木が身体を翻しその攻撃を避ける。当たれば一撃でダウンしそうなシロモノだが、その速度は速くなく回避は難しくない。
「このままでは埒が明かないですね。やっぱり、早くコアを見つけ出してそこを潰さないと」
 NWの攻撃の隙を突いて一撃を見舞ったサンロードが言う。確かに、十分は戦ったにも拘らず未だ相手には変化が無い。
「これだけ探してもコアが見つからないなんて‥‥」
 天目と御堂は戦闘には直接加わらずNWの逃亡等を警戒しながらコアを探していたが、そのコアも見つからない。
 と、ふいに外から開かれる扉。入ってきたのはシャノー。
「そのNWのコアは、喉のあたりです!」

 ・ ・ ・

 少し時間は遡る。

「‥‥覗きとは‥‥随分悪趣味ですね‥‥」
 扉を開けたシャノーの前に居たのは、金色の瞳をした黒い髪の男。
「いらっしゃい。楽しんでるかい?」
 微笑む男の瞳は金色から黒へ変化し、彼がそれまで能力を使っていたのだということを教える。
「便利だよね。ナイフが無くても爪がある。銃が無くても光線が出る。カメラなんか無くても壁の向こうが見える」
「あなたは‥‥一体何を考えているのです?」
「色々だよ。‥‥そろそろ飽きたから、僕は帰るよ。シャルロから何言われたのか知らないけど、見ていてなかなか面白かった」
 立ち上がり、部屋から出ようとする男。入り口で振り返って。
「お嬢さん、一緒に来てみるかい? 君も彼らもまだまだだけど、面白い人材だ」
「‥‥私は」
「扉を開けたのは、どこかにそういう欲求があるんじゃないかい? 人間の中に紛れて細々生きるより楽しい、見た事の無い世界への憧れなんか」
 そこまで言って、男は言葉を止める。見るとシャルロが男の額に銃を突きつけていた。
「今日は諦めよう。怖いお姉さんに怒られてしまう。縁があればまた会うこともあると思うけど、その時はよろしく。あと、彼らにもそう伝えておいて」
 シャルロの視線も表情も無視し、男はシャノーの前から姿を消した。最後の最後に「喉の見え辛いあたり、探してごらん」と残し。

 ・ ・ ・

 全員が完全獣化し、戦闘は再開された。
 シャノーやユリウスが素早い立ち回りでNWを撹乱すると、御堂とサンロードがNWの身体と床の間に挟まれるように隠れていたコアを露出させるため組み付く。
 生存本能に突き動かされたか、暴れ始めるNW。その両腕を、祥子と蕪木が全力で力尽くで押さえつける。
 完全に動きを封じられ弱点であるコアをさらけ出したNWに、拳を握り締めたカインと金剛力増の能力で力を増幅した天目が殺到する。
「悪いが、覚悟しろ!」
「これでトドメよ!」
 二人が連続で何発もの攻撃を叩き込む。一、二、三、四、五‥‥合わせて9発の打撃が入ったところでNWのコアはひび割れ砕け散り、その存在をこの世界から永久に消した。

●事後
 仕事の終了後、天目の誘いで一行は飲みに行くことになった(一名未成年のためジュース、一名誘いを断ったため黒サングラスの人は不在)。そこで話題に挙がったのはやはり不審な依頼主について。
「私たちは、依頼主に試されていたということでしょうか」
 御堂が言う。
「でも、試すっていっても何のために?」
「見た事の無い世界‥‥それが何かの鍵なのかも知れません‥‥」
 考えても答えは出ない。ただ、尋常でない事件に触れたのだろうという事だけは、把握できた。