散るは朝顔 刻むは永久アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
香月ショウコ
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
1.3万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
04/04〜04/10
|
●本文
部屋の明かりが落とされ、窓は暗幕で覆われ射す光も無い。
暗闇の部屋の中で、ヴン、と音が鳴る。
「一夜と話していると、なんて言うか、背中に負ぶわれて、少し高い場所から世界を見渡しているような、そんな気持ちになるの」
天井に吊るされた照明。暗闇のただ一つの明かりに照らし出されるは寝台に身体を横たえた女性。
「この狭い部屋の中に閉じ込められて、新しいものなんて何も見られない私には、一夜の話はとても楽しかった」
寝台の女性は、すぐ傍の椅子に腰掛ける一夜に言った。照明の光が1つ追加され、目に見える空間、表情が増えてゆく。
「じゃあ、どうして会わないなんて……」
驚きを隠さずに、戸惑いの溢れた声で、一夜が聞く。その問いに女性――香夏子は、自分の本心を隠して答えた。
「……楽しかったよ。本当に。でも、苦しくもあった。一夜が見せてくれるもの、聞かせてくれること、みんな私には新しいことで、私が知らないことで。中には見るだけじゃ、聞くだけじゃ理解できないものもあった。楽しい反面、私には、それらが、直に見たり触れたりすることはできないものなんだって、実感させられて」
私と一夜の間に、埋められない差があるようで。辛いの。そう、香夏子は言った。
―――舞台演劇『散るは朝顔 刻むは永久』キャスト募集―――
・あらすじ
香夏子は生まれつき体が弱く、部屋から外に出ることを許されなかった。四角い窓から見える、切り取られた風景だけが、彼女にとっての世界だった。
だが、一夜と出会ったちょうど一年前から、彼女の世界は広がった。
一夜は香夏子が外に出られないということを知ると、それから毎日欠かさずに彼女の元にやって来ては、彼女に外の世界のことを語ったのだ。
一夜との日々は、沈みがちだった香夏子を元気づけた。
だが、彼女は偶然聞いてしまったのだ。自分の命がもう残り少ないことを。
ある日、香夏子は一夜に告げた。もう会わないことにしよう、と。先が見えた人間に縛られて、一夜が前に進めなくなることを恐れて。
・登場人物
山崎 香夏子‥‥22歳、女性。
倉島 一夜 ‥‥21歳、男性。
その他、二人の家族や友人、医師など若干名。
●リプレイ本文
●開幕前〜パンフレット〜
キャスト
山崎 香夏子(楊・玲花(fa0642))
倉橋 一夜(ディノ・ストラーダ(fa0588))
山崎 未砂(シャミー(fa0858))
医師(緑川安則(fa1206))
看護師(チェリー・ブロッサム(fa3081)、鶴舞千早(fa3158))
天使(姫乃 舞(fa0634))
●第1場〜出会い〜
「あのぉ‥‥朝顔って置いてないんですか?」
商店街の一角にある花屋。両手にたくさんの花と荷物を抱えた未砂は、奥にいる店員に問いかけた。
「朝顔はね、まだ季節じゃないから置いてないんだ」
ややあって出てきたのは一夜。一夜は未砂の姿を見ると少し考えて、
「今日はこれでバイトが上がりだし‥‥荷物持ちを引き受けよっか?」
「え? でも‥‥悪いですよ‥‥」
確かに、さっきまで着ていた花屋のエプロンを一夜は身に着けておらず、代わりによく見る店長の姿が店頭にある。
「いいっていいって。荷物見た感じ、誰かにあげるものだろ? 落としたりしたら大変だしさ」
言いながら、花束以外の荷物を未砂の手から引き取る一夜。
「じゃあ、お願いします。着いたら紅茶でもご馳走しますね」
「ところで、どこまで持ってくの? この荷物」
「向こうの‥‥あの電気屋さんと教会の間に天辺が見えてる、あの家です」
未砂が言葉と共に指し示す家は、だいぶ街から外れたところに。
「紅茶一杯で引き受けるにしては‥‥ちょっと重いかもね」
「はい?」
「いや、なんでもないよ」
一夜は苦笑しながら、歩く未砂の横に並ぶ。
「面会できる時間は16時までですから、ちゃんと守ってくださいね」
山崎邸で紅茶をご馳走になりながら、未砂から彼女の姉である香夏子の話を聞いた一夜は、香夏子に一度会いたいと申し出た。
茶髪の、髪を後ろでアップした看護師に時間ついて重ねて注意を言われ、ようやく一夜は香夏子の部屋へ入ることを許された。
「香夏子姉さん、もう聞いたと思うけど、花屋さんでバイトしてる倉橋一夜さん」
「未砂の買い物を手伝ってくれたそうで、ありがとうございます」
寝台の上で上半身だけを起こした香夏子は、優しい笑みを一夜に向けた。その姿は病人のようには見えず、ただ儚く、光の通り道さえ遮らぬような透き通った雰囲気で。
「姉さん、私紅茶淹れてくるね。一夜さんにも」
未砂が言って部屋を出る。一夜は香夏子が知らないという山崎邸の外のことを話し、香夏子は時折微笑み、驚き、問いを重ねては、時間が過ぎていった。
未砂が紅茶を運んで戻ってきて話が盛り上がったり、若い医師が診察に来て病室から一夜が追い出されたり、そんな事を重ねるうち、
「時間です」
銀色の髪の看護師が面会の終わりを告げた。
「香夏子さんの身体ではこの時間が限界です。申し訳ありませんが、お引取りを」
看護師の碧眼は強い意志を秘め、一夜は部屋を後にした。未砂は残念そうな表情で、香夏子は「また」と短く口にした。
「良ければまた来てあげてください。香夏子さんも未砂さんも喜びます」
玄関まで一夜を送った茶髪の看護師は、若干きつめの表情を緩めて言った。
それから暫らく。一夜は毎日、時間を見つけては香夏子に会いに来た。
一夜と初めて会った頃と比べ、香夏子には笑顔と笑い声が増えた。
山崎家お抱えの医師や看護師達にも一夜は名前を覚えられ、看護師達には最早カップルと認定されたようだった。
未砂はと言えば、楽しそうに話す二人を見て「何時も仲良いねぇ」等と言いながら紅茶を運んで来ては話に加わり‥‥一夜への想いを必死で誤魔化す日々を送っていた。
「じゃあ香夏子、また明日」
「ええ、また。一夜」
恒例となった言葉を交わし、今日も一夜は帰っていく。銀の髪の看護師は、一夜が持ってきた花に水をやり、香夏子の部屋を出た。
「香夏子さんは楽しそうに一夜さんと話している‥‥けれど彼女の身体を思えば二人にあまり明るい未来はない事は明らか、このままでいいのかしら」
一人呟く。
陽が傾きだし、少しずつ暗くなる廊下。看護師の手にはカメラ。今日、香夏子と未砂、一夜の三人を写したものだった。
ある日。
「彼は貴女の事を好きなようですね」
一夜が帰った後、銀の髪の看護師は香夏子に言った。カップルの話題はそれまで冗談だったが、この時は本音だった。
「私は、一夜がくれた思い出があれば、残りの短い時間は幸せに過ごしていけます。でも、あの人には未来があります。素敵な人だからこそ、あの人には私の分まで幸せになって貰いたいんです」
香夏子が言う。
「香夏子さん‥‥?」
銀の髪の看護師は驚き、香夏子の方を振り返る。香夏子には、病気の詳細は知らされていないはずだった。それなのに香夏子は『残りの短い時間』と言った。そしてそれ以上に驚いたのは、彼女が言外に『一夜から遠ざかろうと思う』と告げたことだった。
「人はいつか死にます。誰でも。今日明日にでも。私の母は元気だったのに交通事故に遭い、半年後に亡くなりました。‥‥それは一夜さんも同じ事です。それでも別れを言うんですか」
「私の終わりは、もうはっきりと見えています。ですが、一夜のそれは、あくまで可能性です。このままの関係を続けて、一夜が私に縛られ続けるようなことになってはダメです。ですから‥‥」
香夏子の言葉に銀の髪の看護師が何か言おうとするのを、茶髪の看護師が止める。
「人の別れというのは悲しいですけど‥‥本人が決心した物を無理矢理改めさせるつもりはありません。それが貴方にとって良いと思えることでしたら‥‥」
香夏子と看護師達の間に沈黙が過ぎった時、部屋のドアが開けられた。白衣の下にラフなシャツとジャージ、いつもの格好の医師がいた。
「そうか、余命の事を知ってしまったのか‥‥」
ドアの前で会話を聞いたらしい医師はジュラルミンのケースの中からカルテを取り出すと、香夏子に示して説明を始めた。
●第2場〜別れの告白〜
‥‥‥
‥‥
私と一夜の間に、埋められない差があるようで。辛いの。そう、香夏子は言った。
●第3場〜朝顔〜
「簡単に言えば内面的老化の進行が速過ぎるんだ。数少ない過去の例から考えて、殆どの臓器機能衰弱、白血球の能力低下等により、25歳の誕生日が限界だろう‥‥最もその前に自発神経系統がやられ、呼吸や心臓の鼓動も不安定となる。非常に苦しいことだろう」
香夏子は数日前医師から告げられた自分の病気の事を思い出していた。まだ漠然としていた自分の終わりが、明確な数字となって現れた瞬間。
「君はどのように生きるかね? 人の命とは何を成したか、何を成そうとしたのか、どのように生きようとしたのかで決まる」
一夜に別れを告げて数日。唐突に異常をきたし始めた自分の体に鞭を打ちながら、香夏子は一通の手紙を綴っていた。
「やりたいことをどのようにするのか。それは君の自由だ。死ぬまで、納得するように生きられるように‥‥私は尽力するよ」
そう香夏子に語った医師は、看護師達を伴って香夏子の部屋にいる。治療のために、いや、手紙を書き上げるまでの延命のために、彼らは必死に動いていた。
「ありがとうございます、先生。ずっと不安だったんです。いつまで自分はこうして閉じこめられていなくてはならないのか、って。苦しくとも、やっと終わりが来るんですね」
手紙を書きながら香夏子が言う。その声も最早か細く、聞き取るのは難しかった。
「先生、お願いがあります」
香夏子の言葉を聞き取ろうと、医師が顔を近づける。
「分かった‥‥彼にはそう伝える。そして君の思いのこもったこの手紙、約束どおり、取り扱うよ。‥‥せっかくの美女のお願いを無下にするほど私は馬鹿ではないからね」
書き上げられた手紙を医師はケースにしまうと、そっと香夏子から身を離した。
その夜。
香夏子の亡骸が残された暗い部屋に、美しい賛美歌が響く。否、染み渡る。その歌声は空気と同じように部屋に満ち、光のようにそこに在る。
白い翼の天使。
天使は香夏子をそっと抱き上げると、優しい笑みを向ける。
窓際にある、未砂が持ってきた朝顔の花が時に背いて大きく開く。一夜が大学で育てていた、世界にひとつしかない朝顔。
大きく、しかし儚い、透き通るような朝顔。
天使は白い翼をはためかせ、香夏子を抱き、天上へと登って行く。
朝顔は次の日の朝には散った。閉じるでも萎れるでも枯れるでもなく。
「残される方もつらいですよ。心にずっと刻み込まれるんです、ずっと…」
銀の髪の看護師は、それでも朝顔の鉢に水をやりながら、一人呟いた。
●第4場〜終わりから始まりへ〜
一年の時が過ぎた。
『先生、お願いがあります。私が死んだ後も彼には暫らく伝えないで下さい。ただ『療養の為に遠くへ行っている、場所は彼女から堅く口止めされている』とだけ伝えて下さい。そして、いつか彼が私を想い出の中だけの女性にした時に手紙を渡して下さいませんか』
未砂が、一夜に医師から受け取った手紙を渡した。手紙を読み終えると、一夜は三人で撮った写真を見つめ、誰にともなく言った。
「香夏子‥‥君が言いたかった事が分かったよ。君は、俺のために‥‥」
そしてさらに時は流れ、
「待たせたね未砂、俺はもう迷わないさ」
初めて会った花屋の前で待つ未砂に、一夜は声をかけた。香夏子への想い、しがらみを乗り越え、新たな出発を決意して。
「愛しているよ」
一夜はそう告げて、向き直った未砂を抱きしめてキスをした。
花屋の店先には、季節の来た朝顔が並んで。
高く上った陽。街に天使の歌声が響き渡る‥‥