楽士たちの歌・第1楽章ヨーロッパ

種類 シリーズ
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 4.6万円
参加人数 8人
サポート 1人
期間 08/21〜08/27

●本文

●静寂と音楽の満ちる世界
 そこは街から遠く離れた、自然の奏でる音以外存在しない、雑音の無い世界。
 マリアンネ音楽学院。創設者の名が冠されたこの学院には、クラシック音楽の道の先頭を歩きたいと願う若者が集う。

 学院は全寮制で、学院の生徒達は親元を、都会の喧騒を離れて、仲間と、ライバルと切磋琢磨しながら己の腕を磨いていくのだ。

 音楽学院の敷地の一角、弦楽器科では‥‥

「クラウス! あんたの辞書には『学習』って言葉はないの!?」
「悪い、くしゃみが出そうになってさ」
「この僕、エルハルトの記憶によれば、その言い訳は2時間前にも使ったね」
「アウレリア、今日の昼食代貸してー」
 学院は6年制。生徒は4年に進級すると、学院側の決定した他の3人の生徒とカルテットを結成し、練習に勤しむことになる。
 結成されたカルテットにはランクがつけられ、それは毎月の演奏会の結果によって変動していく。その変動していくはずのランク制の中で、全くランクの変動の無いカルテット。
 カルテット『Z』。クラウス、リーゼロッテ、エルハルト、アウレリアの4人で構成される、学院の落ちこぼれカルテット。

 カルテット『Z』のリーダーを押し付けられた、いやリーダーを務めているのがクラウス。4年進級時に父親が倒れ、学院を辞めて就職すべきか悩んでいる。その悩みのせいで精彩を欠く彼の演奏に檄を飛ばすのは、良家のお嬢様リーゼロッテ。両親の奨めで学院に入ったものの、音楽に大きな興味を持ってはいなかった彼女には少々退屈なよう。
 傍から見るとインテリっぽい、自称『未来の大音楽家』、雰囲気だけは知的なエルハルト。本番での失敗癖がある彼は、クラウスの幼馴染で家の事情を知る唯一のメンバー。アウレリアは自信家のエルハルトと対照的に極度の上がり症。家庭的な雰囲気の女性で真面目で勤勉だが、演奏中のミス回数は学院一。

 そんな4人の、マリアンネ音楽学院での日常を描く舞台演劇『楽士たちの歌』。
 第1楽章。

●出逢いの記憶・あらすじ
 ある晴れた昼下がり。昼食の次の時間の授業をとっていないクラウスは、いつもの場所でいつものように昼寝をしようと寝転がる。
 穏やかに流れていく雲。そんな空をぼんやりと眺めながら、クラウスの脳裏にふと蘇るのは過去の思い出。
 弦楽器科、4年に進級した時期。カルテットを結成したクラウスたち4人。そういえば、何がきっかけで出会ったのだったか。

 いつの間にか、クラウスは眠ってしまっていた。響く鐘の音。次の時間はカルテットでの自主練習の時間。
 自分の名を呼ぶ声にクラウスが目を覚ますと、そこにはクラウスを探しに来たカルテットの皆。

●『楽士たちの歌』キャスト募集
 舞台演劇『楽士たちの歌』へ出演する役者を募集します。募集する役は、以下の通りです。
・カルテット『Z』‥‥クラウス・リーゼロッテ・エルハルト・アウレリア
・マリアンネ音楽学院の関係者

 劇中カルテットメンバーによる演奏がありますが、楽器演奏が出来なければならない等の制限はありません。演奏が出来ない場合でも録音などで対応します。

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0542 森澤泉美(7歳・♂・ハムスター)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2661 ユリウス・ハート(14歳・♂・猫)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa3764 エマ・ゴールドウィン(56歳・♀・ハムスター)
 fa3960 ジェイムズ・クランプ(22歳・♂・犬)

●リプレイ本文

●パンフレット
クラウス‥‥ジェイムズ・クランプ(fa3960)
リーゼロッテ‥‥月居ヤエル(fa2680)
エルハルト‥‥ユリウス・ハート(fa2661)
アウレリア‥‥エルヴィア(fa0095)
クラリッサ‥‥マリーカ・フォルケン(fa2457)
ロザリンド‥‥羽曳野ハツ子(fa1032)
カトリーネ学院長‥‥エマ・ゴールドウィン(fa3764)

<カルテット制>
 創立者の意思を踏襲した、競い合う事により互いを意識し、補いあい、高めあうためのシステム。単身で精神と技術を研磨するのとは違う、切磋琢磨による『ハーモニー』を追求。
 定期的に行われる演奏会にて順位は変動し、上位カルテットには学費や寮費免除、質の高い設備の優先使用権等を提供されるなど恵まれた環境が用意される。

●旋律で満ちる世界
「先日の演奏会の最優秀カルテットはEとしたいと思います。演奏の完成度という観点で見ればAが他の追随を許さないのですが、それだけで毎回最優秀に据えるのも問題でしょうから‥‥」
 青空に浮かぶ太陽が頂上から少し傾き始め、部屋の4枚の大きな窓から暖かい日光が一杯に降り注ぐ。
「Eは、ここ数回で随分と順位を上げてきましたね」
「ええ。この結果により、ランクをCまで上昇させたいと思います。よろしいですか?」
 大きい椅子に腰掛け、話を聞いているのはカトリーネ・ドレフュス。マリアンネ音楽学院創設者、マリアンネ・ドレフュスの娘で現学院長である。
「構いません。妥当でしょう」
 分かりました、と手に持った用紙に何やら書き込むのはこの学院の教師、ロザリンド。彼女はカルテット制に関する事務を受け持ち、また学院最高のカルテット『A』の顧問教師でもある。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
 やって来たのは、ロザリンドと同じく学院の教師であるクラリッサ。何か口を開こうとするロザリンドを遮り、カトリーネが話を始める。
「二人に来てもらったのは、二人の意見が欲しかったからよ。今回も順位の変わらなかったZについて」
「解散させるべきです」
 即座に断言するロザリンド。カトリーネの柔和な微笑みは変わらず。対して、反論するクラリッサ。
「ロザリンド、もう少し彼らの可能性というものを信じてあげてもいいのではなくて?」
「もう充分に時間はとったわ。彼らは変わらない」
「機というものがあるはずよ。彼らの今までの努力だって、いつかは」
「彼らの努力? 私には欠片も見えてこないわ。技術不足はいくらでも挽回可能。でもやる気のない者に指導するのは、単なる時間の浪費よ」
「そこまで」
 パン、と手を叩いて論争を止めるカトリーネ。
「二人の意見、よく分かったわ。‥‥Zにはもう少し時間をあげてみましょう。尤も、わたくしも策を考えてあるけれど」
 会話を終え、一礼して退室するロザリンドとクラリッサ。カトリーネは立ち上がりテラスに出て。
 テラスの下から聞こえるのは音楽。ひとつひとつの音は充分聞くに堪えるが、“合わない”。
 落ち零れカルテット『Z』の物語、第1楽章。

●出逢いの記憶
 少しだけ傾いた太陽。和らいできた日光の中、学院の外庭を歩く青年。カルテットZのリーダー、クラウス。カルテットでは第1ヴァイオリンを担当する。
 学院の裏側、一番大きな樹の下へと腰を下ろすクラウス。午前中の授業と昼食を終え、午後初めの授業をとっていない彼は、この樹の下、お気に入りの場所でいつものように昼寝をしようとやって来たのだ。
 穏やかに流れていく雲。そういえば、あの時もこんな晴れた空だったような気がする。
 学院4年に進級したあの日。カルテットを結成した、まだZがZでなかったあの日。

 ・ ・ ・

「クラウス! クラウス! 全く、何故このタイミングでこの僕から離れるかな。カルテットを組むなら、まず声をかけるべき人間はこの僕をおいて他にいないだろうに」
 どかどかと態度大きく廊下を歩き回るエルハルト。演奏家である両親のレッスンにより学院入学以前から基礎は出来ており、また生まれつき持った高いポテンシャルでヴァイオリン演奏もピカイチの、本番失敗回数測定不能者。自称『未来の大音楽家』。そして、クラウスの幼馴染み。
「リーゼロッテ!」
 突然聞こえたクラウスの声。その方角へエルハルトが歩を進めると、人のいなくなった大ホールにただ2つ残った人影。
「私の事は放っておいてって言ったでしょ!」
 呼び止める声に言うリーゼロッテ。両親の薦めで学院に入学した良家のお嬢様。幼い頃から習っていたヴィオラを弾き、洗練された容姿とも相まって学院の男子学生の半分には絶大な人気を誇る。残りの半分、彼女以上の学年の生徒には、演奏に対して気持ちの入らない、やる気の無いことで有名だった。
「私は音楽には興味無いの。そんな私を誘ったって、貴方には良いことは何も無いわよ」
 そのリーゼロッテの言葉にクラウスは首を振って。
「それでもいいと思うよ。音楽以外の選択肢があっても。俺の場合は音楽をやりたいって親を説得したんだけどさ。人生、長いんだからさ。その長い人生を通してリーゼロッテがやりたい事を見つけるまで、一緒にチームを組まないか? ‥‥それに、そんなに音楽も悪くないよ」
 途惑うリーゼロッテに、クラウスは笑って。
「‥‥分かったわ。でも、私が抜けたいと思ったときには、抜けさせてもらうわよ」
「ああ。それで構わないよ」
「で、他のメンバーは? 誰がいるの?」
「それがま‥‥」
「この僕だ。天才的なこの僕の演奏に聞き惚れて、自分の演奏を忘れるなんて事はしないでくれよ?」
 突然割って入るエルハルト。はぁ? と唐突な乱入者に呆れるリーゼロッテ。そして苦笑いのクラウス。

 ・ ・ ・

 小さな練習室。満ちる旋律。チェロの音色。
「不思議ね。わたくしとこうして二人っきりの時にはこんなに素晴らしい演奏が出来るのに」
「すいません‥‥」
「謝ることはないわ。まったく、天があなたの才能に嫉妬したのかしらね?」
 クラリッサの視線の先には、チェロを抱くアウレリア。アウレリアはロザリンドの妹である。ロザリンドの古い友人であるクラリッサは、アウレリアの才能を早い時期から知っていた。元はカルテットAのチェロ担当だったが、本番での失敗から生来の上がり症が悪化し、Aを離脱。現在はZに所属している。
「私では、進化させられない‥‥」
 思い出される言葉。「音楽は、一生進化するものだよ」「良かったら一緒に組まないかい?」Aを外れて以来どこにも所属していなかったアウレリアに声をかけてくれたクラウスの言葉。彼やZのメンバーに感謝の気持ちはあるが、自身の不甲斐なさが申し訳なかった。
「アウレリア‥‥努力は人を裏切りません。それだけは覚えておいてね」
「‥‥はい」

 ・ ・ ・

「クラウス!」
「クラウス、この愚か者め!」
「クラウス‥‥?」
 深い水の底から引き上げられる意識。目を開けると、まだぼうっとした視界の中よく見知った面々。
「クラウス、アンタ何考えてんのよ! もう4限始まってるわ!」
「全く、この僕が珍しく時間通り来てやったというのに」
 クラウスはゆっくりと上体を起こし、どうしてここが? と尋ねる。
「エルハルトさんが、裏の丘にお気に入りの場所があるから、きっとそこだろうって」
「そっか‥‥ごめん、すぐ戻らないとね」
 立ち上がったクラウスに、アウレリアが続ける。
「いい天気ですから、このまま外で練習しませんか?」
「この僕の案だ。この降り注ぐ太陽のエネルギーを浴びれば、少しでも僕の演奏のレベルに近づけるんじゃないかと思ってね」
「そう言ってまた逃げ出すつもりなんでしょ。‥‥どこで練習するにしても、まず楽器持ってきなさいよクラウス。ロッカー、鍵かかってて持って来れなかったんだから」
 分かった、と駆けていくクラウス。そこに残される3人。
「‥‥最近、クラウスおかしくない?」
「何となく、ぼんやりしていますよね」
 リーゼロッテの呟きに、アウレリアが答える。
(「クラウスは‥‥今」)
 クラウスは、演奏の腕は良く上位成績者だった。Aは買い被り過ぎだとしても、CやDのカルテットにいるべき人間だ。だが、4年進級とほぼ時期を同じくして、実家にいる彼の父親が倒れた。それ以来練習に身が入らず、技量は低下し、音楽への情熱さえも忘れかけている。6年で音楽家としてやっていけるレベルに達しなかったら家業の靴屋を継ぐという条件で学院に入学したクラウスだが、今彼は学院を辞め就職するべきだろうかと悩んでいた。
(「クラウス‥‥愚か者めっ」)
 クラウスの幼馴染みであるエルハルトは、そんなクラウスの事情をただ一人、知っていた。
 夏の日差し。学院裏の丘。一面に広がる、風に靡く丈の長い草。その筆のような先端が描く楽譜は、この先どのような旋律を用意しているのか。

 ・ ・ ・

「アウレリア。あなたは能力があるんだから、他の上位カルテットにあなたを入れる事だって‥‥」
「お姉さん‥‥私の演奏を褒めてくれるのは嬉しいんだけど‥‥」
「あんな落ち零れカルテットに義理立てする必要なんかないわ」
「ごめんなさい、お姉さん。でも私はこのままがいいの。私はZで、皆と一緒にやりたいの。だから‥‥ごめんなさい」
「気持ちは変わらないのね、アウレリア‥‥ならいいわ。好きになさい」
 床にヒールの硬質的な音を響かせながら、去っていくロザリンド。

「Zなんて、不要よ」




     ――第2楽章へ