滅亡記念祭ヨーロッパ

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 10.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/28〜09/03

●本文

●ただ真白い闇
 ひらひら、ひらひらと雪が舞う。‥‥いや、舞っているのは雪ではない。
 白く、細かい灰。
 真夏にもかかわらず暗い雲が空を覆い、薄暗い世界は季節がひとつ分早まってやって来たかのように肌寒い。

 人類は前世紀よりのエネルギー危機への打開策として、地球の核の熱エネルギーを利用する方法を考案した。地球という星の、人間にとって見ればまるで無尽蔵のエネルギー。その利用は発案時の技術力では到底成しえなかったが、人間の代が数世代替わるほどの時を経て、その力を手にした。
 化石燃料が完全に枯渇する直前の時期に登場した星のエネルギー。その莫大な量は燃料資源の節約を強いられていた人類に初めての(21世紀の栄華を生きた人類はもう既に亡く)豊かな生活をもたらした。
 自動車が街を埋め、海上を大型船が行き交い、航空機が世界を狭める。人類は生き延びることを目的としていた過去の『生活』から、より高みを目指す、自由を生きる『生活』へとその生き方をシフトしていった。

 しかし。人類の新たな『楽園』は永くは続かなかった。
 地球の内側へ掘り進み、核より熱エネルギーを採取する機械。その機械が一時のシステムエラーによって規定位置より内部へと掘削を進め、エネルギー採取装置が地球の核へと突入してしまったのだ。
 当然エネルギー採取装置は溶解し、世界のエネルギー供給は一瞬にして過去へと逆戻りした。昔よりも圧倒的に多くのエネルギーを必要とする世界はそれまで通りに回るはずもなく。
 それだけではなかった。エネルギー採取装置があった場所に大きな地割れが発生したのだ。その原因は解明されず定かではないが、装置が核へと到達してしまったことと関係がありそうだということだけは何と無しに通説となった。その地割れからは、火山灰のような白い灰が空へと終始噴き出し続けられ。
 吹き上げられた灰は空を覆い、太陽の光を遮断した。頼りにしていた膨大なエネルギーは無く、太陽の恵みである温かさと作物が姿を消し、動物達も次第にその数を減らしていった。
 だんだんと下がっていく気温。氷の天体への道。
 延々と降り続け積もる白い灰。灰の天体への道。
 次第に拡大していく地割れ。砕け消え行く天体への道。
 どの道を辿るにしても、地球という星が、人類という種が終わることだけは明確な事として霞む未来に見えていた。

 ひらひら、ひらひらと舞い、積もっていく白い灰。
 世界は今、ゆっくりと終わりに向かっていた。

●滅亡記念祭
 白い灰の舞い散る世界。黒い雲。白い道。モノトーンの街並み。
 そんな、人通りも遠ざかって久しい一角に張り巡らされた色とりどりの万国旗。一様に閉められた商店のドアの中で、ただ二つ開け放っている店舗。
 その片方‥‥酒屋と思しき店の中から出てきたのは中年の男。周囲を見渡し、空を見上げ、溜め息をひとつ。
 季節を埋める灰。長く動かぬ雲。人の歩みの軌跡すら埋められるこの世界は、既に月日や時間を忘れていた。
 男は鼻歌を歌いながら青いシートを店の中から引きずり出す。錘で固定した脚立に乗って店の入り口の屋根の部分まで登ると、シートを張って灰除けにする。
 誰もが忘れてしまった日。いや、忘れていなくても、誰もが参加する気力を失くしてしまった日。
 折りたたみ式のテーブルと椅子を広げ始める男。シートによって灰がかからなくなったエリアに、テーブル二つと椅子8脚を用意し。
 人のいない静かな通り。今日この日は商店街で毎年行われていた祭の日。
「よう、やってるな」
 もう一方の店から顔を覗かせ、声をかけるのは白髪の男。置かれたばかりの椅子にどっかと座ると、ビール、とだけ。
「この旗は、お前さんかい?」
 少ししてビールを持ってきた男が、白髪の男に尋ねる。すると、おう、と短い答え。
「まったく、寂しい祭になっちまったもんだな。去年はもっとこう、ワケわかんねえ位に喧しかったもんだが」
「街出て田舎に帰っちまったか、家の中に閉じこもってるか。こんな時期だから当たり前なのかも知れんが、こんな時期だからこそ大騒ぎして楽しんでもいいと思うんだがね」
 白髪の男の向かいに座り、自分もアルコールを呷る男。中ジョッキを一度に飲み乾して。
「そうだな。どうせ今年でこの祭も最後なんだろうからな。その記念にパーッと、小さくても大騒ぎがしたいよ」
「地球滅亡記念、か。それも面白いな。ビデオ、撮っとけ。そのうち誰かが見るかもしれん」

●今回の参加者

 fa0427 チェダー千田(37歳・♂・リス)
 fa0542 森澤泉美(7歳・♂・ハムスター)
 fa1242 小野田有馬(37歳・♂・猫)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa1518 リュティス(14歳・♀・小鳥)
 fa1705 影刃(23歳・♂・猫)
 fa2993 冬織(22歳・♀・狼)
 fa3821 草薙 龍哉(29歳・♂・竜)

●リプレイ本文

●パンフレット
ブルワー‥‥草薙 龍哉(fa3821)
オズボーン‥‥小野田有馬(fa1242)
ハンス‥‥影刃(fa1705)
ソフィ‥‥リュティス(fa1518)
ダグ‥‥チェダー千田(fa0427)
ラシェル‥‥冬織(fa2993)
稲森コズエ‥‥稲森・梢(fa1435)
少年‥‥森澤泉美(fa0542)

●サラ祭
 娘の日の祭典。通称サラ祭。それはこの地で300年以上続く祭。商人の娘サラの伝説に基づき街の娘たちの健やかな成長を願うと同時に、娘たちを街ぐるみで育てようという大人たちの心意気の象徴。
 ‥‥だが。もうこの街には娘はほとんど残っていない。多くの住人は既に街を去った。

 そんな人通りの無い万国旗の通りに、白髪の男オズボーンが自分の店の中から引きずり出してくるのは蓄音機型のプレイヤー。パブの主人ブルワーが広げた青いシートの下の空間にプレイヤーを置くと、ポケットに入れて持ってきたテープを流し始める。
 古いテープなのか少し擦れたような音で、テンポのゆっくりな最近の若い世代には受けの悪いだろう古い音楽が辺りに広がっていく。
「お、こりゃまた随分と懐かしいものを引っ張り出してきたな」
 ブルワーが酒の肴になる食べ物を一皿持ち、顔を出す。流れる二人にとっては懐かしい音楽と、昔の祭の時の音を録音したものなのか在りし日の楽しそうな歓声や音。
 突然、座って音楽に耳を傾けていたオズボーンの視界が花で埋まる。んお、と驚くオズボーンと、苦笑するブルワー。
「おじ様方、祭りを彩る花はいかがかしら? 造花で悪いんだけど」
 街の花屋の娘ラシェルがお茶目にペロッと舌を出して言う。
「そうだな、今年はソフィしか祭の花がいないからな。造花でもあると明るくて良い」
「失礼ね、私だって街の娘よ」
 ブルワーに怒ったように見せると、勝手にパブの中に入っていって空き瓶を持ち出してくるラシェル。鼻歌を歌いながら空き瓶を並べて造花を飾り。
「湿っぽいのは嫌いよ、折角のお祭だもの」
 その後ろ姿を見ながら、オズボーンは。
(「ソフィといえば‥‥こんな状況になってもまだ、事実じゃなく形式上の式に拘る奴も多いんだな」)
 少し呆れ顔で、少し苦い笑みを浮かべて。テーブルの上に舞い込んできた灰をフッと吹き飛ばす。
(「ま、やりたいなら止めるでもないな。祭を盛り上げるものが心許なかったこったし、丁度いい」)
 一瞬だけ、オズボーンの脳裏をだいぶ昔に別れた妻の顔が過ぎって。

 ・ ・ ・

 部屋の窓から街の通りを見る青年が一人。その視線は万国旗をなぞってから空瓶に刺さった花に、そして忙しくしかし楽しそうに走るまわる少女に止まる。
 愛する幼馴染みソフィの姿を視線で追いかけるハンス。
「無駄なことを‥‥どうせ世界はもう終わるのに」
 そのうちに、それもきっとすぐ目の前の未来において、世界は終わる。人々は皆死ぬ。悲しみと苦しみに包まれる。祭を騒いだところでそれは滅亡の痛みの中で心をより深く抉るだけ。
 あんなに楽しかったのに。どうしてもう終わるんだ。世界を壊した奴らのせいだ。そんな風に、絶望の穴を広げるだけ。
 どんなに愛したって。例え想い通じ共に歩めるとしても。世界は壊れる。
「‥‥あれ?」
 ふと気付くとソフィの姿が消えていた。少し内の世界での思考に没頭していたためか。
 と、ふと聞こえる足音。聞き慣れた、弾むような。
「ハンス! 祭に一緒に行こうよ!」
 飛び込んでくるソフィの声と笑顔。
「いや、いいよ。そんな気分じゃない」
 断るハンスに食い下がるソフィ。うっかり滑る口。
「そんなこと言わないで、行きましょ。今年は私、頑張って結婚式の用意を‥‥」
「結婚式?」
「あっ! ‥‥う、うん、そう。結婚式。16歳になったら結婚しようって、約束したよね、ハンス」
 今まで秘密裏に進めていた計画を自分の不注意で漏らしてしまい慌てながらも、ソフィはハンスに話す。ハンスは昔の約束のことは今言われるまで忘れていたが、しかしソフィのことを今も愛しているのは変わらない。
「ごめん。それは出来ない」
「‥‥え」
「どうせ、この世界はすぐに終わるんだ。結婚したって、すぐに引き裂かれる。不幸になるだけだ」
「‥‥‥‥」
「だから、結婚は出来な」
 パン! という音が部屋に響いた。続く沈黙、流れるソフィの涙。
「ハンスの馬鹿! あなたが好きだって言ってた言葉は、『たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はりんごの木を植える』はどうしたのよ!」
 ハンスの頬を叩き、涙を拭うこともせず出て行くソフィ。
「‥‥ソフィ‥‥」

●林檎の木
 サラ祭。日中は街の通りで楽隊が音楽を奏で、子供たちには焼き菓子や飴が振舞われる。商店街には店の前に出店が作られ主に娘向きの商品が特価で並び、街のパブには大人たちが集まり行き交う娘たちを暖かく見守りながら酒を酌み交わす。
 蓄音機型プレイヤーから過去の音楽が流れ、菓子や飴など無いが酒のつまみが広げられ、出店の代わりに造花の列。変わらないのは酒を飲む大人たち。

「珍しく人だかりがあると思ったら、お前さん等か」
「おう、あんたも飲め。今日は記念祭だ」
 オズボーンが煤けた牧師服の老人をテーブルに招く。ダグという名の、街では知られた生臭坊主。街がモノトーンでなくまだ色があったころ、この牧師は教会をしょっちゅう留守にしては酒を飲み、街の喧嘩を見物しては囃し立てていた。
 間違いなく後先考えていない酒と料理の大盤振る舞いをするブルワーや人が少なく規模も小さいながらも久しぶりの賑わいを見せる祭にはしゃぐ子供を見ながら、オズボーンとダグは話す。
「此処暫くは喧嘩も見ておらん。つまらん世の中になったもんじゃ」
「祭の騒ぎじゃ不足だってんなら、俺とあんたで喧嘩でもしてみるか?」
「それは遠慮しておくよ。喧嘩はやるものじゃない、見るものだ」
 牧師らしからぬ言葉をさらりと吐きながら、ダグは酒を呷った。時折咽るが、笑ってまた飲む。
「こんにちは。ここは賑やかですね」
 二人のテーブルにやって来て声をかけたのは東洋系の顔立ちの女性。稲森コズエと名乗る彼女は日本人で、世界の終末まで世界を見てまわろうと旅をしているのだという。
 既に車や二輪車すらほとんど走っていない世界で、母国に戻る手段など残っていない稲森。そのことを知ってか知らずか柔らかい笑みで待ち行く人達を眺める彼女に、今日は念に一度のサラ祭の日であることを教える。
「私、今までにあちこちを見てまわってきたのですが、祭を見たのは今日が初めてです。よろしければ、このお祭も見学させて頂けないでしょうか?」
「なに、許可なんて取らなくてもいいさ。見るだけじゃなく一緒になって騒げばいい。少しでも賑やかな方が、皆楽しいだろう」
 ブルワーが誰も注文していない料理の皿をテーブルに置いて言う。
「そういえば、ソフィ嬢ちゃんが結婚式をやるんだとか言って色々準備してたぞ。ダグ、あんた暇なら付き合ってやってくれよ」
「随分と久しぶりだな、結婚式なんぞ。こんなエセ牧師でソフィが良ければな」
 自分で言うなよ、などとツッコミが入りながらも誰もが認めていることなのか笑いが起こる。

 ・ ・ ・

――お城を夢見るサンドリヨン カボチャにネズミ ガラスの靴も準備OK
――時計なんて気にしなくても きっと王子様は手を取ってくれるわ

 この星を灰だらけの娘サンドリヨンに見立て歌われる歌を聴きながら、ソフィは街の隅でしゃがみ込んでいた。
 どうせ世界は終わる。不幸になる。
 それでも、だからこそ、悲しみに包まれて終末を迎えるより、楽しい気持ちで愛情に包まれて天に旅立ちたい。もう何年も前、ハンスから聞かされた彼の大好きな言葉。大昔の神学者の言葉。その言葉があったから、ソフィは世界の崩壊が目の前にあっても明るく元気に毎日を過ごそうとしてきたのだ。
 でも、ハンスは。
「ソフィ!」
 突然かけられた声に顔を上げると、そこには息を切らせたハンスの姿があった。ソフィを泣かせてしまったことにショックを受けたハンスは、そのショックの大きさからソフィへの想いを思い知ったのだった。
 ハンスはソフィに歩み寄り、彼女を立ち上がらせると強く抱きしめた。
「さっきは、ごめん。俺も、ソフィのことが好きだ。‥‥結婚しよう」

●滅亡記念祭、それから。
 日が暮れてから、祭は雰囲気が一転する。広場には大きなかがり火が焚かれ、娘たちは住人の見守る中で土地の女神に踊りを奉納し、かがり火から火を分けて持ち帰る。
 広場には大きくは無いが火が焚かれ、踊りの準備の代わりに簡素な式の用意がなされ。新郎と新婦は幸せそうな笑みで時を待つ。
 その、陰で。
「‥‥っ‥‥ゲホッ‥‥」
 人の波から離れて、ただ一人。牧師は血を吐いていた。世界に白い灰が降り始めてから、ダグの命の火は急激に弱々しくなっていた。
「牧師様、どうしたの?」
 クマのぬいぐるみを抱えた少年が心配そうに覗き込んでいた。少年の両親は半年ほど前に死にその葬儀をダグが取り仕切ったので、少年のことをダグは覚えていた。
「大丈夫じゃ。ほら、皆と一緒に結婚する人達を迎えてあげなさい」
 少年を人の輪に戻すと、口の中に溜まった血を隅に掃き捨てて立ち上がる。
「死んだ者の魂は導かれ主の下へ‥‥行かんよな。そんな保証があるなら誰も死を嘆かん。保証など無いから、行き先など無いから、人は死を恐れる‥‥だから、ワシみたいなのでも、牧師は食っていけるんじゃな」

 ・ ・ ・

「その結婚式、ちょっと待った!」
 今にも始まろうとしていた結婚式にざわめきが起こる。ラシェルの一声に驚くハンス、戸惑うソフィ。ラシェルは走って一度姿を消すと、程なく戻ってきた。その手に手製のブーケを持って。
「花嫁さんの必需品、忘れちゃダメよ♪」
 ブーケをソフィに手渡すと、ラシェルはウインクしてみせる。突然の嬉しいハプニングに満面の笑みを浮かべるソフィ。
 式は滞りなく進み。式の準備が進められている間に街で手に入れてきた指輪を、ハンスがソフィの指にはめる。
「色々なところを回り、悲惨な事や憤りを覚えることにも多く出会いました。けれど、こんな時世でも二人を祝福する方々のような人達を見る度に、旅をしていて良かったと思うんです」
 式を微笑みで見つめながら稲森が言う。
「これから2人でたっくさん、毎日『楽しい』を見つけようね。それで終わりを迎えるのなら‥‥きっと後悔は無いはずだよね」
 ソフィの言葉に、ハンスも笑顔で頷き返し。ソフィの額に、ハンスは誓いの口づけをする。二人を祝福する、参列者の精一杯の拍手。
「遠くない日に世界は終わるかも知れない。でも、その時まで2人幸せに生きる事を誓います」
 ハンスが宣言する。
 たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私は幸せな時をいつもの通りに過ごす。悲しみにくれるでなく、最後まで笑顔で、幸せに生きていけるよう。
 二人で。

●終わりを前に始まるもの

 タッ タ タッ

 サラ祭で娘たちが踊る踊りのステップ。式が終わり皆家々に帰った後の静かな通り。
「‥‥今からダンス始めるかな」
 白髪の男は首を傾げ、独り言を呟いて自分の店へと帰る。彼が灰で滑って盛大に転倒するのをブルワーが目撃するのは、2日後のことである。