ブランコ、父の手ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
10.2万円
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参加人数 |
6人
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サポート |
0人
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期間 |
08/30〜09/05
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●本文
●ただ真白い闇
ひらひら、ひらひらと雪が舞う。‥‥いや、舞っているのは雪ではない。
白く、細かい灰。
真夏にもかかわらず暗い雲が空を覆い、薄暗い世界は季節がひとつ分早まってやって来たかのように肌寒い。
人類は前世紀よりのエネルギー危機への打開策として、地球の核の熱エネルギーを利用する方法を考案した。地球という星の、人間にとって見ればまるで無尽蔵のエネルギー。その利用は発案時の技術力では到底成しえなかったが、人間の代が数世代替わるほどの時を経て、その力を手にした。
化石燃料が完全に枯渇する直前の時期に登場した星のエネルギー。その莫大な量は燃料資源の節約を強いられていた人類に初めての(21世紀の栄華を生きた人類はもう既に亡く)豊かな生活をもたらした。
自動車が街を埋め、海上を大型船が行き交い、航空機が世界を狭める。人類は生き延びることを目的としていた過去の『生活』から、より高みを目指す、自由を生きる『生活』へとその生き方をシフトしていった。
しかし。人類の新たな『楽園』は永くは続かなかった。
地球の内側へ掘り進み、核より熱エネルギーを採取する機械。その機械が一時のシステムエラーによって規定位置より内部へと掘削を進め、エネルギー採取装置が地球の核へと突入してしまったのだ。
当然エネルギー採取装置は溶解し、世界のエネルギー供給は一瞬にして過去へと逆戻りした。昔よりも圧倒的に多くのエネルギーを必要とする世界はそれまで通りに回るはずもなく。
それだけではなかった。エネルギー採取装置があった場所に大きな地割れが発生したのだ。その原因は解明されず定かではないが、装置が核へと到達してしまったことと関係がありそうだということだけは何と無しに通説となった。その地割れからは、火山灰のような白い灰が空へと終始噴き出し続けられ。
吹き上げられた灰は空を覆い、太陽の光を遮断した。頼りにしていた膨大なエネルギーは無く、太陽の恵みである温かさと作物が姿を消し、動物達も次第にその数を減らしていった。
だんだんと下がっていく気温。氷の天体への道。
延々と降り続け積もる白い灰。灰の天体への道。
次第に拡大していく地割れ。砕け消え行く天体への道。
どの道を辿るにしても、地球という星が、人類という種が終わることだけは明確な事として霞む未来に見えていた。
ひらひら、ひらひらと舞い、積もっていく白い灰。
世界は今、ゆっくりと終わりに向かっていた。
●ブランコ、父の手
「すいません、貴重な燃料なのに‥‥」
「なぁに、別にいいさ。どうせもうすぐ、使い道なんて無くなるんだ」
ガタガタと、長らく整備のされていないアスファルトの道を走る車。運転手のおじさんは延々と歩き続けていた私を見つけ、乗せてくれた。運ぶ荷物が重くなるほど、燃料の消費は多くなるのに。
行き先は同じだった。都会からは遠く離れた、100人いたら100人全員が田舎と言うだろう海岸沿いの小さな村。私の故郷。
「でも、あんなところに何の用があるんだい?」
「私は‥‥」
高校を出、大学へ進学を希望した時、父は大反対した。女は結婚して子ども産んで、家を守っていればそれでいいのだと。
私は村を出た。都会と田舎の中間くらいの街に出て、大学に通いながらバイトをし、自分で学費と家賃だけでも払えるよう頑張った。食事は、バイト先で出る『まかない』と、母が送ってくれる野菜や米。
就職してからは仕送りもこちらから断り、一人でずっとやって来た。連絡を取らなくなって随分になる。白い灰が降り始め、灰が世界を埋め尽くすほどの時間。
「ま、いいや。話したくなけりゃそれもいい」
「すいません‥‥」
灰が降る世界、この田舎の村で暮らす両親のことが心配になって戻って来たと言えば聞こえがいい。だが、そうじゃない。
向こうで結婚もした。だが、夫は少し前自殺した。子どもはいなかった。私は一人になった。ただ寂しかった。
両親から、父からなんと言われても構わない。私はここで死ぬまで、この星が終わるまで生きていこうと思う。
車の窓から海岸が見えてくる。何となく知っているようで、でも知らない風景。灰の積もった白い海岸。うっすらと見える東屋。公園。ブランコ。
白い雪のような灰に包まれた懐かしい故郷。ひとつひとつ、灰に埋もれた記憶を掘り出していこう。
●リプレイ本文
●パンフレット
メアリー‥‥グレイス・キャメロン(fa3627)
ダグ‥‥田中 雪舟(fa1257)
コール‥‥佑闇キオ(fa4332)
デビット‥‥ダグラス・ファング(fa4480)
メアリー(回想)‥‥ロゼッタ・テルプシコレ(fa4020)
レイム(回想)‥‥レイム・ティルズ(fa4456)
●白く降り積もった時間
「変わってないわね。この風景も、海の匂いも」
実家から少し離れたところで車から降ろしてもらい運転手に重ねて礼を言って見送ると、メアリーはゆっくりと歩き出す。長く続く広い道に積もった灰はまるで雪のようだが、踏み締めると雪のように踏み固められたりすること無くずぶりと足が沈む。街中のように幾らかでも灰が取り払われたりはしていないこの田舎の道路は、灰の道を歩きなれているつもりでいたメアリーでも何度か転びそうになり。少しずつ村の中心(それでも田舎なのに変わりは無く)に近づくに連れて灰かきをした跡や車や台車が通った跡が増え、それを伝いながら歩く。
父さんはどんな顔をして、どんな言葉で私を迎えるのだろう。メアリーは歩きながらそんなことを考える。よく帰ってきたな、と涙を流しながら。それは無い。スポーツの熱血コーチのように突然パンチが飛んでくる。これも無い。フンと鼻を鳴らして奥へ戻っていく、入れとばかりに。‥‥らしいかもしれない。
メアリーの父であるダグ・ジョーンズはひたすら頑固で意地っ張りな男である。自分の生きてきた時間で得た価値観に絶対の信頼を置き、職人気質とでも言うのだろうか、考えを変えず手法を曲げず、一本の道をただただ歩き続ける。例え他人に自分が間違っていると指摘されても態度を変えない。
そんな父の性格を自分も少なからず受け継いでいると、メアリーは自覚していた。大学へ行きたいのだという自分の意見に反対した父。その父もただ頭ごなしに自分の価値観を押し付けたわけではなく、父の言葉は年長者としての経験や知識によってしっかり裏付けられたひとつの正しい意見だった。だが、メアリーは自身の意志を貫いて家を出た。自分の定義した自分にとって最大の幸せの形、それを手に入れるために。自分の幸せの形を、親とはいえ他人が分かるはずも無いし決めることなど出来やしない。そんな意地を持って頑張ってきた。その反面、父に感謝もしている。向こうで頑張りきれた、挫けなかったのは父の反対があるからこそだったから。自分の、一人の人間としての決断を、父に分かって認めてもらうには、何よりも幸せを手に入れて自分が言った言葉を証明して見せるしかないと思っていたから。
とはいえ、メアリーは村へ戻ってきた。望みの大学に進学できた。辛く苦しかったが一人で生きた。夢への手がかりとして仕事にも就いたし、上司から見れば使える部下だった自負もある。長く付き合った男と結ばれもした。細部に多少のズレが見えたりすることもあったが、思い描いた理想の通りに生きてこられたと思う。ブリムの広い帽子に絶えず降り注いでくる灰が世界を覆うまでは。
顔を上げると、そこにはもう記憶の中にあるのと殆ど違わぬ実家の扉があった。違いといえば過ぎた年月による古ぼけ加減と雪の代わりに庭を埋めた白い灰だけ。
どう切り出せばいいだろう? 何と言ってドアを叩けばいい? 何故帰ってきたと問われたら? 結婚したという連絡だけはしていたが、既にいない夫のことはなんと話そう?
そんなことが延々と頭の中を駆け巡り、ドアをノックしようと出した手が中空で静止したまま。服の袖に灰が少しずつ纏わり付く。
突然、自分の意志とは無関係に開けられるドア。聞こえる声。蘇る記憶。
「じゃ、デビットさんのとこ行って来るから。‥‥っと‥‥」
「あ、えっと‥‥」
「‥‥心臓止まるかと思った。連絡ぐらい寄越してよ、姉さん」
大層な言葉を言っている割りにはあまり驚いているように感じられない、落ち着いた言葉。記憶にあるのとは少し違ったでも聞き覚えのある、聞くとほっとする様な、家族の声。
「お帰り」
「‥‥ただいま」
コールの笑顔の言葉に、メアリーの顔にもつられて微笑みが浮かんだ。
●瓶詰めのAll over the World
視界の隅に映ったもの。それは昔実家にいた頃、見飽きるほどに見慣れていたブランコ。確か大工である父が私の生まれた時に作ったのだと聞いたことがあると、メアリーは遠い記憶を辿った。
実家に帰って来て一晩が明けた。「なんで帰って来たんだ」というつれない一言と態度を放ったきりメアリーと言葉を交わさないばかりか目も合わさないダグはただ新聞を広げて眺めているだけ。何か言いたそうだったが諦めたようにため息をついた弟は、気にしちゃダメだよと苦笑していた。
「ねえ、新聞まだ生きてるの? 街でももう止まってるのに」
「とっくに終わったよ。だからあれはずっと昔のやつ。暇潰しじゃないかな」
メアリーの問いにコールが小声で答えた。実際は暇潰しではなく照れ隠し、娘が帰ってきて嬉しいという表情や態度を隠すための小細工だろうとコールは看破していたが、彼はあえて父親に加担した。
メアリーが家を出てからもずっと父と共に過ごしていたコールには、父が姉に対して抱いている気持ちは分かっていた。父は姉を責めていないし、邪魔だとも思っていない。父の素っ気無い態度はただ意地を張っているだけなのだ。何年も前のちょっとした諍いの。
先ほど一瞬だけ意識の向いたブランコに、また視線を向けてみる。ブランコはメアリーの誕生祝として作られ送られたものだが、父は私に何か他に与えてくれただろうか。
・ ・ ・
天井まで届くような棚全てにずらりと並べられた外国製の雑貨。豪華な装飾のなされたオルゴールや、簡素ながらもセンスのよい陶器皿。角の生えた白くて怖い顔のお面から何に使うのか分からない変な色のバナナみたいな置物。日用品も取り扱ってはいるデビットの(厳密には彼の父親の)雑貨屋には世界が詰まっていた。
田舎での生活は退屈だった。ブランコで遊ぶという年頃からは既に卒業しゲームセンターや喫茶店なども無い村で、若い頃のメアリーはこの雑貨屋に入り浸っていた。日がな一日雑貨を見、そこから村の外に広がっている世界を想像するのだ。何もない田舎での、メアリーの数少ない楽しみ。ただし父に見つかると怒られるのでばれないように、ひっそりと。
自分の行動を限定する父は大嫌いだった。雑貨屋に行くのもばれると怒られた。商品にイタズラして壊したり汚したりする歳ではもうないというのに。世界中を知りたい、旅をしたいという夢のため勉強したいというメアリーを、父はそんなものは必要ないと村に閉じ込めておこうとする。
父は親の言うことをよく聞き良い子である弟にたくさんのものを与えた。だけど、私にと与えられた物は誰も乗らなくなったブランコだけ。たまに欲しい物があってねだってみても、何でも却下されてばかりだった。洋服とか、裁縫道具とか。私が本当に望むものは与えられなかった。
「私は学びたいの。私は知りたいの。父さんの願いはコールが叶えてくれる。だから私には構わないで!」
そう言い放って家を出た私。大学に入学してから知り合った、サークルに誘ってくれた先輩と恋に落ち、バイトと勉強の両立が苦しかったが楽しい時間を過ごした。後に夫となるレイムは自分にも他人にも厳しい人物だったが実直誠実で、お互いに正直な気持ちだけをつき合わせても不思議と険悪になる事は無く、喧嘩の後には気持ちは前以上に強く結びつき、結婚の後も幸せな結婚生活を送った。就職した先では念願の外国での仕事もぽつぽつと入りだし、まさに公私とも順風満帆だった。
だが、灰は夢を白く塗りつぶした。外国での仕事はあっという間に危機に直面したエネルギー問題により泡と消え、会社は潰れた。夫は災厄の後、白く埋め尽くされていく世界と白く埋め尽くされていく人生に絶望し見切りをつけ、自宅のあるマンションの屋上から飛び立った。メアリーを残し飛んだ自分勝手な彼は暫らく経ったのち灰の中から掘り出された。
・ ・ ・
何年も経った今でも、デビットの(店は彼が継いだ)雑貨屋の外国雑貨は変わらなかった。記憶に無い綺麗なカップから店の主とも言えそうな変な色のバナナみたいな置物までずらりと棚に陳列されていて。天井まで届くようだった棚は目線の高さまでしかなく、しかし変わったのではなくただ自分の背が伸びただけなのだと理解する。
どこか懐かしい気持ちで手にとって雑貨を見ていると、たった一人だけの店員兼店長に声をかけられた。
「物好きだな」
「こういうのが好きなのよ」
「そうじゃなく。都会の方が色々便利だろう。こっちには配給は来ないし、除灰も自分らでやらなきゃならない。もう村には故郷万歳の年寄りと家族万歳の物好きしか残ってない」
「そう言うデビットは年寄り? 物好き?」
「俺は物好きの方さ。ただ、家族万歳じゃなくな。俺はここが性に合っているのさ。メアリー、君もだろう?」
少し笑って聞き返してくる幼馴染みに、メアリーは一瞬顔を曇らせ。その様子にデビットは。
「‥‥元気になるとっておきの物をあげよう。確か、好きだっただろう?」
そう言って奥から林檎を取り出した。メアリーは投げ渡されたそれを受け取って、感触が何かおかしいことに気付く。
「これ‥‥作り物?」
「インテリア。雑貨だな」
「確かに好きね。過去形じゃなく、現在進行形よ」
笑って言葉を返すメアリー。何度もこの店に助けられている。店に、店員に、商品に。ぐるりと見渡して、世界はまだこの店の中に詰め込まれているままで。
「この店にある国を廻ってみたかった。半分も廻れなかったけど」
壁にかかっていた扇子を手にとり。
「君はもう、殆ど世界中を旅しただろう?」
「え?」
「この店の中に世界はある。君は昔ここで世界中を旅したし、これからも好きな時に旅に出られる」
「そうね」
今はもう、世界のどこに行っても変わらないのだろうけど。どこも、ただ真っ白で。それでも、在りし過去の国へ旅する事だって。この店は色んな世界、色んな時間へ旅することの出来るプラットフォームだ。
そういえば、まだブランコが新しかった頃。家族には笑顔が溢れていた気がする。その中には私の笑顔も混じっていて。あのブランコは、この店の雑貨のように私を連れて行ってくれるだろうか。父がまだ私に笑顔を向けてくれていたあの頃に。
●ブランコ、記憶の中、押してくれる父の手
夕方、メアリーが雑貨屋から家に戻ると庭にダグの姿があった。髪や服に灰がかかるのも気にしたふう無く庭を眺めていた。
父の方へ歩いていくメアリー。ふと外よりも歩きやすい地面に気付いて見ると、ブランコの周りだけ多少雑ではあるが灰が除けられていた。手の入っていない外の地面の様子を考えると、一日やそこらで片付けられたものではない。
「父さん‥‥」
声の主が誰なのか理解したダグは驚き、気まずいような表情を浮かべたが、やがてまた元の表情に戻って視線を庭へ戻した。
庭のブランコの前まで歩を進めると、きっちり灰が払われたブランコに腰掛ける。子供用の小さなブランコだが、何とか普通に座っていられる。ブランコを少しだけ揺らしながら、メアリーが口を開く。
「父さん、ごめんなさい。心配してくれてるの、ずっと解ってたのに、きっと私は最後までこんな生き方しかできない。父さんの望むような娘にはなれない」
やっとそこまで声に出して言うと、今度はダグの方が口を開いた。何をどういう風に何といえばいいか迷いながらも、一言ずつゆっくりと。
「お前が勝手に家を出て、大学に通っていると言うのを聞いて‥‥お前は、俺の娘だが俺ではない、一人の独立した人間だと思い出させられた。お前の人生だ。お前の好きなように生きればいい、メアリー」
父の口から自分の名前が出るのはいつ以来だろうか。記憶にあるのはまだメアリーが幼い時。ブランコに揺られて無邪気にはしゃぐ頃の、背中を押してくれる父。
父の心配に反発し、父という壁を乗り越え、メアリーはメアリーとなった。父はメアリーに何を与えてくれたのか。
「私、父さんの娘に生まれてきて、育ててもらって、幸せだと思ってる‥‥大好きよ、父さん」
・ ・ ・
「姉さんも父さんも‥‥本当に意地っ張りなんだから」
外の光景を見ながら柔らかく微笑むコール。素直じゃなく頑固な二人にちょっと呆れていたが、大方予想通りに二人は本当の親子に戻った。
音を立てぬよう静かにカーテンを閉めるコール。メアリーとダグが本当の親子に戻ったその次の段階として、ジョーンズ家が本当の家族に戻るためには、今度は冷静を装った無自覚な頑固者をどうにかしなければならない。