待ち人は来ず・企画編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/09〜04/13

●本文

「ん〜‥‥ダメだ、浮かばない」
 劇作家の円井 晋(30歳・独身・男性)はノートパソコンを片手でパタンと閉めると、椅子の背もたれに思い切り寄りかかり伸びをする。
「進まない、進まない、進まない、進まない‥‥‥‥」
 いっぱいに反り返ったその瞬間、突然円井の携帯が大音量で鳴った。
「おわっ、わっ、わっ‥‥」
 後ろに倒れそうになるのを必死にバランスをとり免れようとする円井。ぶつかった手は携帯を床に叩き落し、そうこうしているうちにかかってきた電話は留守電モードに。
『夜分すいません、円井さん。小関です。明日の打ち合わせについて、確認のためにお電話いたしました。明日は午後2時から3F西側の第1会議室で‥‥』
「そーだっ!!」
 ズダン! バキャッ! と大きな音が立つのもお構い無しに体勢を立て直すと、円井はパソコンを開く。そして、ネット上の自身のHPに文章を打ち込み始める。


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 現在、私丸井 晋は新作執筆に向けて構想を練っております。この作品を世間一般的によく見かけるような内容のものにしないため、自分の考えのみでなく、広く演劇を愛する皆様の意見をお聞きし、取り入れたいと考えております。そのため、意見交換会を開催したいと思います。
 今回の意見交換会の結果素晴らしい作品が出来上がった場合、その作品を私の主催する劇団『gathering star』のバックアップのもと上演します。
 参加資格はただ一つ、演劇をこよなく愛していることが条件です。
 詳細についてはロゴをクリック、リンク先をご覧下さい。皆様のご参加、お待ちしております。


「これでよし、っと。どんな人がどんな意見を持って来てくれるのか。楽しみだな〜♪」
 鼻歌混じりにネットサーフィンを始める円井。椅子の下では無残に踏み砕かれた携帯電話が哀愁を漂わせていた。

●今回の参加者

 fa0388 有珠・円(34歳・♂・牛)
 fa0538 金城匠(24歳・♂・虎)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa1463 姫乃 唯(15歳・♀・小鳥)
 fa1628 谷渡 初音(31歳・♀・小鳥)
 fa1769 新月ルイ(29歳・♂・トカゲ)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa2903 鬼道 幻妖斎(28歳・♂・亀)

●リプレイ本文

●『導入』
「オフでやるよりもパスワード制のチャットでやるほうがログも取れるしいいと思うけれど」
「それも考えたんですけどね、やっぱり直に会ってのほうが楽しいかなと思いまして。ログに関しては、コレがありますし。‥‥あ、問題だったら言ってくださいね」
 谷渡 初音(fa1628)にICレコーダーを見せながら、円井が言う。
「出会いがネット、メールっていうのは、今の時代共感が得やすいかもしれませんね。若い世代をひとつの空想の日常に引きずり込むのには強い武器に為り得ます。ただ、舞台演劇で場面を換え過ぎると見ているお客さんの気持ちが切れてしまいますから、あまりお勧めは出来ませんよね」

――シナリオに悩む男。彼の職はシナリオライター。
――全くと言っていいほど案の浮かばない彼は「幽霊が見える」という女性とネットの掲示板で知り合う。
――掲示板やメールでのやりとりはオトメ趣味全開、シナリオのネタを得ることとは別の思惑も持ちながら、
――男は取材を申し込む。


●『事故』
「事故で死んだのは女性。僕はついこう思い込んでいたんだが‥‥事故で死んだのは実は男性の方、とするのも面白いかもしれないね」
 伊達 斎(fa1414)の言葉を円井はニコニコした表情で聞く。
「僕も最初は女性が幽霊だったって方向で考えたんですけど、でも男性の方でも面白いモノが書けそうだったんで悩んでいたんです」
「演出の方法を工夫して、観客に『女性が幽霊』だとミスディレクションを誘う形式もまた一興かなと思うんだがどうだろう?」
「ふむふむ‥‥それで、バーにかかってきた電話で、実は亡くなっていた人はその男の方だった、と」
「そう、幽霊を見ることができる女性は、その時まさに『見ていた』というわけだね」

――幽霊を見るという女性。
――彼女との待ち合わせ場所であるバーへ向かう途中、男は事故に巻き込まれて死亡した。
――しかし彼は自分が死んだことに気付かず、待ち合わせの時間が迫っているとバーへ急ぐ。


●『会話』
 舞台美術全般にこだわりの強い円井は、デザイナーである新月ルイ(fa1769)との会話には一際熱がこもった。
「あたしとしては、やっぱり最後のオチで「あっ!」と観客を驚かせる舞台が好き♪」
「僕も、始めのほうでさりげなく伏線を配しておいて、最後にそれを全部放出することでお客さんの目が一気に覚めてしまうような舞台、大好きですね」

――女性から指定されたバー、男はその前に立って自分のメモと見比べる。
――待ち合わせの時間より少し早く到着した男は、店内でマスターと軽い世間話を交わす。
――数分後、時間通りに来た女性は男と互いに簡単な紹介をし、自身の様々な霊体験を話し始める。
――取材を終えると、女性は用事があるとすぐ帰ってしまう。
――それまで話していた不思議で信じられない話について、男とマスターは話した。


●『幽霊』
「一部分の案を出すだけでも良い、んだよね‥‥?」
「ええ、もちろん問題無いですよ。結構いきなりなお願いでしたし、来て意見をもらえるだけでありがたいですよ」
 参加者の中で唯一の十代である姫乃 唯(fa1463)は、どこか緊張したような声で話し始める。

――女性は男に、自分の能力について語った。
――彼女は幽霊が『見える』のではなく、見た対象が幽霊であると『気付く』のだと言う。
――幽霊には自分が死んだ事を理解できず普通の人と変わらない生活をしている者もおり、
――そういった者が普通の生きている人間たちに混じって『この世』に存在しているというのだ。
――まさか、と女性の話を信じられない男。女性はそういった幽霊の物語を話し始める。


●『謎掛』
「クイズ?」
「そう、出題者に対し回答者がイエス・ノーで答えられる質問を重ねて真相を暴き出すクイズ。あらすじを見て思い出したんだ」
 有珠・円(fa0388)の話す案を、円井は上体を乗り出して興味深そうに聞く。
「ここまでの話の流れから、出題者と回答者を代えてみると‥‥こんな感じかね」

――事故に遭って死亡したことに気付かず、自分の仕事をしていた男の幽霊の話を、女性は語り始める。
――その話に、男は質問を重ねていく。

――男は何故死んでからも仕事を続けていた? ‥‥生活が掛かっていた。
――男の死因は? ‥‥交通事故。即死だった。
――そのとき男は何をしようとしていた? ‥‥人に会うため急いでいた。
――男はいつ自分が死んでいることに気付いた? ‥‥まだ気付いていない。

――マスターと話を終えると、男は帰途に着いた。
――バーの電話が鳴り響く。


●『昇天』
「死んでからまだ間がない幽霊であるから、マスターにも男が見えてしまう。だから女性が男と話していても違和感が無かったし、電話で聞くまで男が幽霊だと気付かなかった」
 円井と同じ脚本家である巻 長治(fa2021)は、詳細で面白い案を運んできた。
「なるほど、これで『待ち人は来ず』は二重の意味を持てるわけですね」

――電話で男の死を知ったマスターは、その事を予期していたかのように店の前に残っていた女性と
――共に男を捜すことになった。
――女性との話から着想を得た男はシナリオを書く。その完成直前に、女性とマスターは男を発見した。
――シナリオのラストを書きながら、原稿を取りに来るはずの担当者を待つ男。
――しかし男は既に死んでいる。担当は来ない。
――シナリオをとうとう書き上げた男。と、男は女性とマスターの目の前で消えてゆく。


●『結末』
――『交通事故で、即死だったようです』
――電話越しに聞いた、男の話。
――その様は、バーのカウンターで男が女性と交わしていた問いかけの答えのまま。
――その事に今、マスターは気付いた。

――「私の霊体験、また一つ増えたようね」
――消えた男。女性はそれだけ言って去っていく。待ち人は(待ち人の肉体は)、来なかった。

――男が自分が死んだ事にさえも気付かないほど力を注ぎ書き上げたシナリオが、世に出ることはない。
――男と男のシナリオが待っている待ち人は、来なかった。


●『可能性』
「舞台演劇で重視しなきゃいけないことに、分かりやすさってものがあると思うんだ。舞台は一過性、テレビドラマみたいに繰り返して見ることは出来ないし、舞台で情景が100%表現できるわけじゃないからね」
 円井は聞きながらメモを取っていた紙を見て、何点かを指しつつ話し始めた。
「例えば、舞台を見ている間中お客さんが考え続けなきゃいけない芝居だと、お客さんは疲れて見てくれなくなってしまう」
 円井はテーブルの上にメモを公開し、その中から鬼道 幻妖斎(fa2903)の出した案を赤ペンで丸く囲った。
「鬼道さんの案は面白いと思うけど、舞台でやるにはかなり捻ったり、お客さんが息を抜ける場面を作らなきゃ難しいと思うんだ」
 鬼道は、マンネリ化する舞台に一石を投じたいと、人体改造実験を繰り返す秘密結社との戦いを描く真面目なSF活劇を提案していた。

 死んだはずの知人を見た女性。その知人は結社によって蘇らされた改造人間だった。
 その後結社の犯行を目撃したシナリオライターは命を狙われるが、真相を突き止めようと結社の支部である病院に乗り込む。
 男は証拠を掴むも発見される。その危機を救ったのはマスターだった。マスターは人知れず結社と戦う組織のリーダーだったのだ。
 結社の支部を壊滅させた二人。その戦いは続く。

 円井は次に、金城匠(fa0538)の案の数箇所を赤ペンで囲むと、鬼道の案の中の数文と結んでいく。
「金城さんの案は、序盤から中盤にかけては問題無いと思うんだ。ただ、ライターの存在意義が少し足りない。なぜ男は女性と共に組織に立ち向かうのか。その辺りが不明確だからなのかもしれないね」

 女性は、数年前ある男の心臓を移植されてから幽霊を見るようになったという。
 シナリオライターの男が話を聞いていると、バーにかかってくる電話。男性が殺される事件があったと。
 その人物の名を聞くと、そいつに会わなければ、と女性は男性口調で別人のようになり、立ち去ろうとする。
 女性は、移植された心臓の男と人格が入れ替わったのだ。
 殺された男と彼(幽霊を見る女性)はある組織から抜けた者同士であり、電話のあったバーで待ち合わせるはずだった。
 組織に殺された同僚を、彼は女性の中で待っていたのだ。
 シナリオライターと女性は組織に対抗するため、動き出す。

「どちらかと言うと特撮モノに向いたストーリーだと思うんだ。鬼道さんと金城さんの案を組み合わせてみると、面白い物ができるかもしれないね。ベクトルも近いし」
 円井は、知り合いに特撮を作ろうと考えてる奴がいるから、そいつに話を持っていってみるよ、と話した。


●『総評』
「今回は、本当に有意義な話が出来たと個人的には思っているよ。脚本についても良いものが出来上がりそうだし、今回のこの舞台だけに限らない、色々な方向の未来が見えてきた」
 円井は一度全員を見回すと、満面の笑顔で言った。
「僕は早速これをまとめて完成させて、公演をするために準備に取り掛かるよ。その公演でとか、あるいは別の機会にまた一緒に話が出来る機会があったら、そのときはよろしくお願いしますね」
 そうして、劇作意見交換会は終了した。帰り道円井が終始鼻歌を口ずさんでいたことからも、結果は大成功だったといえるだろう。