夏、降り積もる雪の中でヨーロッパ

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 12.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/01〜09/07

●本文

●ただ真白い闇
 ひらひら、ひらひらと雪が舞う。‥‥いや、舞っているのは雪ではない。
 白く、細かい灰。
 真夏にもかかわらず暗い雲が空を覆い、薄暗い世界は季節がひとつ分早まってやって来たかのように肌寒い。

 人類は前世紀よりのエネルギー危機への打開策として、地球の核の熱エネルギーを利用する方法を考案した。地球という星の、人間にとって見ればまるで無尽蔵のエネルギー。その利用は発案時の技術力では到底成しえなかったが、人間の代が数世代替わるほどの時を経て、その力を手にした。
 化石燃料が完全に枯渇する直前の時期に登場した星のエネルギー。その莫大な量は燃料資源の節約を強いられていた人類に初めての(21世紀の栄華を生きた人類はもう既に亡く)豊かな生活をもたらした。
 自動車が街を埋め、海上を大型船が行き交い、航空機が世界を狭める。人類は生き延びることを目的としていた過去の『生活』から、より高みを目指す、自由を生きる『生活』へとその生き方をシフトしていった。

 しかし。人類の新たな『楽園』は永くは続かなかった。
 地球の内側へ掘り進み、核より熱エネルギーを採取する機械。その機械が一時のシステムエラーによって規定位置より内部へと掘削を進め、エネルギー採取装置が地球の核へと突入してしまったのだ。
 当然エネルギー採取装置は溶解し、世界のエネルギー供給は一瞬にして過去へと逆戻りした。昔よりも圧倒的に多くのエネルギーを必要とする世界はそれまで通りに回るはずもなく。
 それだけではなかった。エネルギー採取装置があった場所に大きな地割れが発生したのだ。その原因は解明されず定かではないが、装置が核へと到達してしまったことと関係がありそうだということだけは何と無しに通説となった。その地割れからは、火山灰のような白い灰が空へと終始噴き出し続けられ。
 吹き上げられた灰は空を覆い、太陽の光を遮断した。頼りにしていた膨大なエネルギーは無く、太陽の恵みである温かさと作物が姿を消し、動物達も次第にその数を減らしていった。
 だんだんと下がっていく気温。氷の天体への道。
 延々と降り続け積もる白い灰。灰の天体への道。
 次第に拡大していく地割れ。砕け消え行く天体への道。
 どの道を辿るにしても、地球という星が、人類という種が終わることだけは明確な事として霞む未来に見えていた。

 ひらひら、ひらひらと舞い、積もっていく白い灰。
 世界は今、ゆっくりと終わりに向かっていた。

●夏、降り積もる雪の中で
「燃料なんて、もう無かったんじゃ‥‥」
 化石燃料の一切が枯渇直前となった、『星』のエネルギーが使われ始めた時期。全てのエネルギー供給を必要とする装置や設備はエネルギーの安定供給を受けるため、使用するエネルギーを全て『星』に換えた。その使われなくなった、しかし全人類を数年は養えた莫大な量の燃料。
「そんな、身勝手な!」
「輸送できる水や食糧だって限られている。目標の物が見つからない可能性も非常に高い。決して、保身のためなどではない」
 超大型宇宙輸送船『ノア』。『星』のエネルギーによる繁栄以上の繁栄、人類の全盛期と言えた過去の遺物。建造、完成しながらも打ち上げられることの無かった箱舟。
 民間人には知らされていない極秘の計画がある。それに携わっている者でも、最上層部でなければその全容を知らない計画。
 プロジェクト・ノア。死の兆候見えた地球を捨て、人類が生存可能な新たな星を探す計画。
「もし住める星が見つかったとして、戻って来るための燃料なんてあるのか? 住める星を見つけるまでに何年かかる? どうやって燃料を補給する? 何年かけて戻って来る? それまで、地球が残っている保証なんて‥‥」
「ないな。だが、人類が生き残るためには、他に手段が残されていない」
「っ‥‥! そのエネルギーを、この地球の治療に使おうという考えは出来ないのか!?」
「時間の無駄だ。帰って荷造りでもしていろ」
 歩いて去っていく、スーツの男。その男を追おうとして、別の男達に止められる青年。
「待てっ! おい、俺と話をしろっ! 待てよ、オヤジっ!!」

●今回の参加者

 fa1478 諫早 清見(20歳・♂・狼)
 fa2766 劉 葵(27歳・♂・獅子)
 fa2767 藍川・紗弓(25歳・♀・狐)
 fa3672 美笑(16歳・♀・竜)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3846 Rickey(20歳・♂・犬)
 fa4374 逢月・遥(8歳・♀・ハムスター)
 fa4478 加羅(23歳・♂・猫)

●リプレイ本文

●パンフレット
セラ‥‥加羅(fa4478)
ディビッド‥‥水沢 鷹弘(fa3831)
ハルカ‥‥逢月・遥(fa4374)
葉‥‥劉 葵(fa2766)
由‥‥藍川・紗弓(fa2767)
エリノア‥‥美笑(fa3672)
ディーン‥‥Rickey(fa3846)
イサヤ‥‥諫早 清見(fa1478)

●信念と想い
「新しい星が見つかる可能性は非常に低いです。ですが地球が元通りになる可能性はほぼ0%ですから、これ以外に方法が無いのです」
「じゃあ、地球はあとどれだけの間大丈夫なんですか?」
「分かりません。明日砕けるかもしれませんし、このまま何千年も残っていることもあり得ます。調査するための機材や道具がもう残っていませんから、正確に後どれくらいということは出来ないのです」
 学者といえば何でも分かるのだというのは錯覚で、学者たちにだって専門分野以外のことは一般人程度にしか分からない。セラは一流の天文学者ではあるが地質学者ではないし生物学者ではないし物理学者ではない。滅びの道を進むこの星についてよく尋ねられるが、彼に答えられるのはせいぜいその程度だ。
 ハルカという女性を帰した後、一人研究所の廊下を歩きながら自問する。本当にこの星を、この星に住む人々を救うことは出来ないのか。もちろん人々を救うために宇宙へ飛び立つのだが、より確実に、願わくば地球ごと救う方法は無いのか。
(「あったらとっくに実行してるよな」)
 結局行き着くのはその答え。人類という種の生命を救うためにはノア・プロジェクトしかない。
「セラ」
 考え事に没頭していたセラを現実に引き戻した言葉の主は、セラと同じく研究者であるディビッド。プロジェクトを疑わず推進する彼は地球を諦め新天地を探し、一刻も早くそこへ地球に残った者を連れてくることを掲げていた。
「もう、荷物のまとめは済んだか」
「ええ。もともとあまり持っていく荷物はありませんから。ディビッドさんは?」
「妻がやってる。個人的な荷物が少なくて済むのなら、許された重量ギリギリまで本やらデータディスクやら詰め込んでおけ。向こうでの教育に使うことが出来る」
「向こう、ですか‥‥この星は、もう本当に駄目なんでしょうか」
「そう思うからこそ、お前もノアに乗ることを決めたんじゃないのか?」
 ディビッドの言葉に、セラは少し悔しそうな表情を浮かべて。
「一つでも多く、救いたいからですよ。生命を。‥‥地球を、諦めたわけじゃない」
 それぞれの次の仕事のため、別れる二人。セラの後ろ姿を見送りながらディビッドは思う。
(「だが、地球に残る人間を救うことは出来ないだろう。確かに、少しでも多くの人間を救うためのノア・プロジェクトだ。全人類が滅びるよりは、僅かな人間だけでも生き残れる方が良い」)
 プロジェクトは既に最終段階に入っている。止まることは無い。

●二人の証
 由はちょうど本部からの帰りにその男に出会った。植物学者の葉は植物の芽の生えた鉢を大事そうに両手で持って、本部へ向かう途中だった。
「その鉢には、何が?」
 興味から由が尋ねると、あまり急ぎではないのか葉は立ち止まって教えてくれた。彼の手にあった植物は生育にあまり水を必要とせず、しかも短期間で大きく育つ新種の植物なのだという。通常必要な量の10分の1の水と紫外線が糧となり、生育途上では輸送船内の酸素供給に一役買い、育ちきってからは食用としても使用可能な植物。
「灰が降り積もる前の映像を見て、衝撃を受けたんです。あんな野原を、俺の手で作り出すことが出来たら」
「そうね。星が一面の緑で満たされたら素敵ね」
「ああ。きっと、次の星でそれも叶う」
 と、沈黙する由。葉がどうしたのかと問うと、私は地球に残ると。驚く葉。
「最後、ほんの僅かでいい。地球に縁を残したいの」
 今さら芽吹かせても、どうせ全て灰に埋もれて消えていく。意味など無いと決め込んでいた葉にはその言葉は衝撃的だった。
「証を、遺したいんだ」
 死んだ母親に少しでも綺麗なものを見せたい。何時か縁一面の星に戻ってほしい。滅びるなら生まれ育った場所がいい。自分に遺せる物があるとすれば、それは脈々と続く縁でないだろうか。そう、由は思っていたのだ。
「此処に花と縁が残る事が、かつて自分達がこの星に居た証になる」

 一度由と別れた葉は、研究所本部内の自分にあてがわれた部屋の中で思いを巡らす。
 終わる世界に新しい命が生まれることは、本当に意味のないことだろうか。
 はじめは、次の星に希望を託すつもりでいた。だが、由の言葉を聞いた今は、揺らぐ。

 翌日、葉は由がいる研究室を探し当てると、彼女を連れ出して言った。自分もノアには乗らないと。
「ただ野原が見たかった訳じゃない。ここで、緑の野原が見たかったんだ」
 乗船は他の学者に代わって貰った。残る日々は地球に緑を蘇らせるための研究に費やすと話す葉に、由は驚いた。が、同時に心強かった。
 地球にはもう太陽の光は降り注いでいない。自然の中に安全な水など残っていない。積もる灰には植物を育てる栄養分など含まれていない。それでも、例え少しでも、たった一箇所でも、この星に緑を残したい。
 ノアが新天地を見つける可能性よりも、地球が無事なうちにノアが帰ってくる可能性よりも、難しい願いだった。

●絶望への抗い
 カタカタと、キーボードが叩かれる音だけが静かな病室に響く。若きガイア理論研究者エリノアは移住先の星における各種調査・分析のためプロジェクトに招聘されていた(若い=暫らくは死なないという理由もあったらしい)が、心臓に疾患を抱えたためノアへの搭乗員から外され、自身のプロジェクトでの業務の引継ぎなどのためにデータをまとめていた。
 ゴンゴン、とやや荒めのノックの音。エリノアの返事を待って入ってきたのは彼女の友人のディーンだ。ノア・プロジェクトの事は知らないがエリノアが研究者であることは知っており、この地球を救う方法は何かないだろうかと時々やって来る。
 このまま何もせず、地球が滅びるまで待つのは嫌だ。そう言ってディーンは図書館で文献を探したり住んでいる場所の灰を取り除いたりしているが、図書館で見つかる程度の文献に手がかりがあればとっくに実行されているし、灰は地球の亀裂から延々と降り続けるため効果が無い。それでも、彼は諦めない。
「ガイア理論の見地からでは、地球に活力を与える方法は幾つかあります。でも、それらが世界中で行われ大きな効果を挙げたとしても、星の崩壊を止める手助けにはなりません」
 それが結論である。やはり地球は滅ぶ。だが、やらないよりは一応マシではある。誰でも実行可能なものから多少の専門知識を要する方法まで幾つかをエリノアはディーンに伝え、ディーンはそれを実行し続けた。
「例えこの世界が滅びるのが運命だとしても‥‥俺は絶対に諦めない。最後まで運命に抗ってみせる」
 とある日。エリノアの病室で彼女とディーンが話をしている、部屋へ2人の男が入ってきた。ディーンは驚くが、エリノアは事前に知っており。鍵のかかる引き出しから数枚のディスクを取り出す。適合する星で調査するべき項目や目標予測値などを取りまとめたデータ。
「新しい場所では‥‥星と共存して星を傷つけない道を選んでくださいね」
 戸惑うディーンをよそにエリノアはディスクを渡すと、男たちが退室するのを待ってプロジェクトについて話した。憤るディーン。だがエリノアは。
「さて、それでは今までの方法より少し本格的なものに入りましょうか。仕事は済みましたから、これから運命に抗うメンバーは2人です」
 ニッコリと微笑んで。
「エリノア‥‥ああ、俺は大切な人達がたくさんいるこの地球を守りたい。キミの力を貸してくれ!」

●往く箱舟、残る命
 突然、それまで聞こえるのが日常だった機械音が止まる。それにいち早く気づいた作業服の男がパネルの一箇所を開けて中を覗きこむ。
「よしよしどうした? あー、ここ凍結しちゃってら。‥‥大丈夫、お前はちゃんとお日様見えるとこまで連れてってやるよ」
 自分の知人に、兄弟姉妹に、親に、子供に話しかけるような柔らかい口調で、ノアの整備士であるイサヤは工具を手元に引き寄せる。プロジェクト成功の望みがどれだけ薄いか、よく分かっている。ノアが一日にどれだけの燃料を消費するのか。どれだけの燃料・食料・物資・人員を搭載できるのか。航行速度は。耐熱性能は。耐衝撃性能は。ノアの性能を知り尽くした彼にはプロジェクトは無謀なものであると分かっている。それでも希望を繋ぐためには、打ち上げへ向けて全力を注ぐのが自分の仕事だと、イサヤは理解していた。
 出発まであと一週間ほど。その前に燃料注入や稼働試験などがあるため、整備陣の忙しさは半端ではなかった。それでも、やらなければならない。

 残された日々はあっという間に過ぎ去っていき、ノアに最後の電源を入れるときがやって来た。これ以降、二度とノアに電源が入れられることは無い。今電源が入ったら、ノアは新天地が見つかるまで電源が落とされることは無い。新天地が見つかったら、そこでの開拓や開発、生活の為に、ノアに詰まれた資源は使われる。ノア本体も含めて。新天地に着いたが最後、ノアは二度と飛ばない。
 出発までの20時間、この時点からノアの暖気のために全電源が入れられる。
「資源が限られてるのは承知の上だ! だが飛ばないことにはしょうがないだろう! とにかく電源よこせよ、いいな!」
 イサヤの声が響く。ノアの宇宙での活動のためと新天地で使用する資源保持のため、打ち上げ直前までは地球に残された資源でノアは稼働する。反対の声を上げる者たちも多かったが、もしもここでノア自体の燃料を使用したことで新天地に辿りつけなかったとなった場合、彼らの仕事の全てが無駄だった事になりかつ人類が滅亡することとなってしまう。
「‥‥また冷えてきたな〜。今日もよく降る。掃除するやついなくなったらすぐ埋もれそうだ。‥‥でっかい旗でも立てとくべきか? 戻ってきたときすぐここがわかるようにって、さ。いや、ノアだからオリーブの樹か」
 灰掃除の為にノアの上部に出たイサヤが一人呟く。
「いや、いや、洪水で全て流される前に戻ってやるさ‥‥そうだよな」
 夜は更けていく。

 ・ ・ ・

 そして。ノアに火が灯った。

 ・ ・ ・

「由、やったぞ! 咲いた!」
 由が開発した紫外線の放射装置と葉が育てた白い花の種。それは少しの水と少しのエネルギーで見事に開花した。
「灰の白を花の白に変えよう。きっと、花が落ちた後は一面の緑になる」
 祈るように空を見上げ紡がれた言葉。

 ・ ・ ・

「この振り止まない雪は‥‥きっとガイアの怒りと哀しみだよね。‥‥だから、私たちは、この星と一緒に終わるべきだよね。それがきっと、私達にできる唯一の償いだと思うから‥‥」
 小さく呟いて、静かに息を引き取ったエリノア。
「エリノア‥‥俺、最期まで出来るだけのこと、やっていくから。今まで、力を貸してくれて、ありがとう」

 ・ ・ ・

「あの青く美しかった水の惑星が‥‥こんな姿に」
 ノアの窓から次第に離れていく大地を見て、セラが呟く。地球が育てた命を一つでも多く救いたいという想いを新たにして。眼下には一面に真っ白で大地と海の区別もつかず、大きな亀裂の入った星。
「皆、すまない‥‥。だが、全員を救う事が出来ないなら、せめて僅かでも助かった方が良い。もし住める星が見付かって、その時まで地球が残っていたなら、その時は――」
 ディビッドの視界の中、地球が占める割合はどんどん小さくなって、そして。

●プロジェクト・ノア
 夏、降り積もる雪の中で、

 消えそうな緑の為に旅する少年少女や、
 最期を覚悟しながらも祭で笑う者達や、

 思い出に浸り涙を流す家族、
 全てを懸け歌い続ける仲間、

 何も知らず星に残る人々、
 知りながら星に残る人々、

 全てを置いて『ノア』は、
 地球という灰降る白い惑星を、
 飛び立った。

 その日、欧州では天に昇る光の欠片が空に。
 『ノア』が厚い雲を振り払って進んだその跡には、

 一晩だけ、月が見えた。