ミュージカル作ろ。裏方南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/10〜09/16
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●本文
●題名は未定
脚本家の女性は悩んでいた。任されたミュージカルの脚本の締切がどんどん近づいてくるというのに、一行に筆が進まないのだ。
仕事ばかりで家のことなど全く手をつけられず、スランプのせいで気が滅入っていて子供と接する時間の無い彼女。父親もいない彼女の子供は反発を覚える。
とある日、女性は知り合いを自宅に呼び、ストーリーの案になりそうなものを色々と出し合ってもらうことにする。
集まったメンバー、始まる話し合い。各人が自分の案などを披露していく。
・ ・ ・
ストーリーの大筋が決まり執筆を始める女性。だが、家のことは相変わらず放りっぱなし。これではいけないと彼女は家政夫を雇う。字の通り家事万能の男性である。
仕事部屋にこもり脚本の製作を急ぐ女性と、そんな彼女の健康を心配しつつ家事などをこなす家政夫。はじめは意見がかみ合わず交流も少なかったが、次第に打ち解けていく家政夫と子供の姿を見、家政夫のさりげない優しさに触れることで、仕事だけが拠り所だった自分を少し変えてみようかと思うようになる。
・ ・ ・
というミュージカル台本が完成する。何とか締切に間に合い脚本を渡し終えた女性はほっと胸を撫で下ろす。
その傍には彼女の子供と、家政夫の姿。
これからの彼女らの行く末は、どうなっていくのか。
・ ・ ・
というミュージカルのあらすじが、完成した。
●そして相変わらず
「何ですか、コレ?」
「台本よ。またも丁寧に用意してあげたんだから、ありがたく受け取りなさい」
エメリンが自分のプロダクションの所員に渡した分厚い紙束。紙面は文字でびっしりと埋められ。
「その台本の通りに、各所に電話をかけまくりなさい。ミュージカルの裏方仕事の準備に扱き使うのよ。うふふのふ〜」
笑いながら去っていくエメリンを見送ってから、所員が紙束を再び見る。想定される質問への回答や、断られた場合の食い下がり方などが事細かに書いてある。
「‥‥でも、幾つか単語が違うだけでほとんど内容同じじゃないか」
各プロダクションへ案内の電話が入ったのは2日後のことだった。
●リプレイ本文
「アニーさん、衣装の貸し出しのお願い終わりました!」
マネージャー志望の山田夏侯惇(fa1780)が携帯電話片手に報告する。
「ありがとう。これでしばらくメイクの方に専念できますね」
今回の召集に応じたメンバーの中で、A&D(fa4517)は衣装やメイクなどを担当するスタイリストだ。彼女は初めは衣装のレンタルなどの交渉も自分で行うつもりでいたが、見た目や年齢以上に上手く仕事をこなす山田のおかげで、自分の専門分野に集中して作業することが出来た。
アニーへの報告を終えると自作の進行スケジュール帳に『済』の印をつけ、すぐさま今度はエメリンと打ち合わせに走っていく。仕事場の最年少マスコット的少女はただのマスコットの数億倍役に立っていた。
エメリンと照明プランの打ち合わせを終えた七氏(fa3916)は、次は色の種類や強さの度合いを詰めるため舞台美術担当の黒澤鉄平(fa0833)と衣装担当のアニーとの相談に入る。
照明は舞台演劇において非常に強い表現手法である。舞台全体、或いは一部を照らす明かりは言わば舞台の『表情』。暗くすれば観客に『夜・暗闇』の印象を、赤く照らせば『夕日』や『火事』といった印象を問答無用で与える。そのため照明の強さやスピードに関しては非常に繊細な作業が必要になるのだが‥‥ここではもうひとつの『強さ』についての相談だ。
舞台演劇で使用する照明は布などに当たると、観客に見える色を違う色に変色させてしまう。例えば白い生地は舞台照明下では黄ばんで見え、青白い生地を使えば光を中和し白い服に見えるようになる。そのため、舞台で主に使う照明の色と強さを事前に確認して、衣装の色と舞台装置の色を調整しなければならないのだ。
使用するゼラ(照明燈体に差し込む色フィルターのこと)と照らす出力。それを確認すると、各々自分の持ち場へ戻って作業を再開する。色自体はそれを確認するための色見本というものがあるから問題無いが、強さについてだけは事前の確認が難しい場合も多いため、プロとしての腕前が試される場面である。果たして。
もう一方では、音響のパトリシア・クレズマー(fa4521)と舞台の平面図を持ったダミアン・カルマ(fa2544)が打ち合わせ中。内容は装置・大道具類の設置場所と音響スピーカー配置位置の調整。スピーカーから出た音が舞台装置にぶつかることで篭ったり拙い反響をし、観客に違和感を与える可能性があるからだ。本当に小さな舞台ならばあまり気にならないが、それなり以上に大きな劇場になるとこの違いは大きい。
ちなみにパトリシアは音響担当として名乗りをあげたが、ミュージカル音楽には経験がなく作曲となると自信がない、と少し身構えてやって来た。だが、実際は作曲は出来なくても音響仕事は務まるものである。音いじりは場面の長さに合うように既成曲を切ったり延ばしたりといった編集、或いはベストマッチの曲が無い時に作曲をする程度で、音を入れるタイミングを演出者などに提案したり、雰囲気に合う曲を選曲したりするのがメインの仕事である。音響機器の実際の操作も音響の仕事であるが、今回の召集では必要のないところなので問題はない。
あとはパトリシアの懸案事項は生演奏の有無だが‥‥生演奏と言えば。
本人が気に入っているのかどうかは今のところ不明なハイシー、高見澤一郎(fa4497)。装置関連に携わる彼は、オーケストラピット等の楽団が入る席などを安全に設営するにはどうしたらいいかと悩んでいた。
オーケストラピットは、大きな劇場になると予め備え付けられているため安全性を考慮する隙間は無いのだが、何しろエメリンが目指すのはオフブロードウェイナンバー1。あまり豪勢な設備がゴテゴテついた劇場では行わない。そういったところから考えれば一考の必要性のある問題だった。まずは生演奏の有無について、エメリンの決定待ちだろうか。
「ジャンクのノートパソコンですね。分かりました!」
買い物リストに注文をメモする山田。劇中に出てくる脚本家の仕事道具としての小道具、ノートパソコンを頼んだのは宮尾千夏(fa1861)。少し時代が前であれば紙とペンだったのだろうが、そこはOA化の進んだ現代。劇中の脚本家の『家事しないぶり』から、一文字一文字紙に書いていくよりはパソコンを使っていそうだという結論からパソコンと相成った。ちなみに複数の場所を移動し公演する団体の場合団員の私物パソコンを流用してもいいが、盗難や忘れ物の危険性を考えると金はかかるがジャンクを買ってくる、もしくはパソコンもどきを作る方が安全だろう。書斎の端に置かれた机の上に、暫らくの代用品小さな段ボール箱。この位置ならダンスでも邪魔にならないだろう。
日本の演劇畑出身、この仕事で米国進出を果たした黒澤の仕事は力が入っていた。エメリンや他担当者との打ち合わせの結果一階をリビング、二階を書斎とした自宅のセットは、舞台転換を使用せずに自宅と仕事場という異なる雰囲気を表す空間を表すことが出来る。メインのステージであるリビングで芝居をしている際は薄いスクリーンを降ろすことで書斎を隠すことも出来るようにされているが、これは一階に視線を集中させることよりも、寧ろシルエットでの演技を見せることで映える工夫だろう。
一般的な家庭の一室を表したリビングの下手(観客から見て左側)端のシステムキッチンのセットには、ダミアンが実際に家事をしながら必要そうな物を揃えた調理器具などが置かれ、電化製品などは全て新品だと不自然だという宮尾の指摘により多少古めに見えるように色を塗るなどの加工が施された。
家政夫が部屋の模様替えをするときなどに持ってくるテーブルクロスやカーテンなどは、普段からセンスのよい着こなしをしているアニーの意見も取り入れながらチョイスされた。また、子役の代役として山田に用意した衣装を着せて舞台上に立たせ、舞台の色合いとの比較なども様々な作業と同時進行で行われた。ちなみに他の役者の衣装プランについては、脚本家は対照的な余所行きスーツと仕事用ヨレヨレ服、通常の私服と用意され、家政夫にはアットホームな雰囲気の服装と可愛いエプロンが用意され、エメリンのチェックを通過している。
衣装の映え方をチェックするため、幾つか照明を切り替える七氏。一階部分の明かりを照らしてチェックした後、今度は二階部分を照らしてみる。二階が一階と比べて暗くならないように注意した照明の配置は成功し、しっかりと役者の表情や挙動の見える明かりとなった。加えて、念入りに確認されたのは階段である。独白シーンなどは役者以外への明かりを大きく落とすため足元が暗くなり危険だが、階段は特にである。
「あれ?」
と首を傾げるのは高見澤。一体どうしたのか各人が見ている中舞台に駆けていくと、舞台上から斜め上を見上げる。
「やっぱり。フロントライト(客席側面上部のライト)の2段目左から3番目、切れてますね」
その言葉で皆が見上げると、確かに階段を照らすはずの6つのライトの内ひとつが欠けていた。そのことを踏まえて舞台を見てみると、確かに微妙に薄暗いポイントがある。
「劇場の人に伝えてきますね」
と言って子役衣装のまま走っていこうとする山田をダミアンが止め、代わりに一時手の空いていたパトリシアが向かう。
「山田の仕事を奪われました‥‥」
「ほら、イメージ合わせのためにマネキンやるのも立派な仕事よ」
ガックリ肩を落とす山田を宮尾がそう励ます。
・ ・ ・
劇場内は舞台上・観客席を問わず飲食喫煙は厳禁である。そのため、ダミアンが用意したイスのうちまだ配置していない幾つかを傍の通路に展開し、そこに陣取って休憩となった。
ちょうど小腹の空いていた一同に、ダミアンが調理器具を用意する時に作った軽食が振舞われる。飲み物は劇場の人にライト切れを伝えに行ったパトリシアが帰り道で買ってきた紙コップのコーヒー。
「山田の仕事を奪われました‥‥」
「そこはほら、休むのも仕事だってことで‥‥な?」
黒澤がそう励ますが、説得力はあまり無かった。
「いいものを‥‥作るのに‥‥手を惜しんではいけないな‥‥」
七氏が搬入口に詰まれた幾つかの袋を見ながら呟く。その中には部屋に散らかされた脚本家のメモ書きという設定の紙くずやリビングに置く雑誌、子供の遊び道具などが入っている。休憩が終わったらそれらを配置し、そして今日が終わったら片付け、明日になったらまた散らすのだ。
大掛かりな舞台装置などの設置はだいたい終わったが、装置・大道具チームの仕事は終わらない。これからは音響や照明のタイミングとスピードをチェックしていく作業が入っていく。これにあたって、またセットの位置をずらしたり、大道具のリテイクが入ったりするのだ。
舞台では紙くずひとつについてさえも大事な演出効果。手抜きの許されない彼らの仕事は、コーヒーを飲み終えたらまた始まる。そして明日も、明後日も。
・ ・ ・
ところで。
「山田はミュージカルを見たことがないので、お勉強のために舞台が始まったらぜひ観に行きたいです。でも、チケットが高かったりするのでしょうか? おこづかいで足りるか、ちょっとだけ心配です」
そう話す山田に、招待券をあげるわと言ったエメリン。彼女は知らない。山田の『おこづかい』は日本円で7ケタ近いことを。