演劇習慣続けよう・月曜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
4.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/26〜10/02
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●本文
企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは5月に(遊びに)来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間(平日)を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
ヘラルトが帰国した後も円井は密に連絡をとり、演劇習慣の第2弾を計画していた。ヘラルトは『向こう』での演劇習慣開催のための準備に追われているということで今回は日本に来ず、円井単独での開催となる。
前回の演劇習慣では各曜日にそれぞれテーマとしてひとつの単語を与え、その単語に基づいた、或いは単語から連想される舞台を公演したのだが、今回の演劇習慣では少しテイストが違う。今回各曜日に与えられるのは、ひとつの『問いかけ』。舞台で観客にその問いを投げかけても良し。舞台でその問いに悩んでも良し。舞台でその問いにひとつの回答を出しても良し。
円井的には難問を用意したつもりだということだが、果たして‥‥
●演劇習慣続けよう・月曜
『個人にとって自分の命より価値のあるものは存在し得る』‥‥是か非か。
ストーリー例:
男には愛する女性がいた。何か事件があれば自分の命を捨ててでも守りたいと思うほどに。その女性を亡くしてしまったならば、もう自分の人生に意味など無いと。だが他方で思う。自分の命を捨ててその女性を守ったとして、男は二度とその女性と言葉を交わすことは出来ない。
ある日、事件が起こった。自分の命と女性の命を天秤にかけた結果、男は。
●リプレイ本文
「『個人にとって自分の命より価値のあるものは存在し得る』‥‥是か非か、難しいところですね」
今回の脚本を担当した志羽・武流(fa0669)が、円井と細かい内容の確認をしつつ。表題が『神の島』とされた今回の舞台は、演劇習慣全体のテーマとしての『問いかけ』を一番初めに観客に提示するに相応しい内容となった。
「是と応えられる個人でありたい、と俺自身は思っているかな。いざとなったらどうなるのかは分からないけど、絶対安くなんかない命を賭けられるくらいの何かを見つけられたら、もっと生きていることを幸せに感じるのかもしれない」
今回の参加者は志羽に意見やアイデアを伝えそれらがまとめられて脚本になったのだが、諫早 清見(fa1478)の意見は自分の命を賭けられるものを見つけたい、或いはもう見つけた者の意見と言えそうだった。恋人でもいれば冷やかしの対象になったのだが、今の彼にとってはグループの仲間あたりが該当するだろうか。
「長い、長いよ円井さん!」
タブラ・ラサ(fa3802)が今回の衣装である麻の服を着て、余っているズボンの裾を振り回してみせる。小日向 環生(fa3028)の服はそこそこピッタリ合っているのに。
「あぁ、ごめんごめん。まだその衣装は完成してないんだ。サイズを測って、これから裾上げだよ」
長いと言えば他にも二人。春雨サラダ(fa3516)は芸能活動開始から約半年ほどだが、その間に円井と3度仕事を共にしている。活動歴を母数とするならば付き合いは長い方と言えなくもない。
そしてもう一人の『長い』は虎真(fa0862)。舞台に上がるにあたってサングラスを取りたくないと悩みぬいた結果長い前髪で目を隠すところに行き着いた。彼は暗いところが苦手というわりにサングラスで視界を暗くしているのは多少謎なところである。それともサングラスをしているから暗がりが暗黒になるのか。
「お〜い、円井の。火口のシーンなんだが赤い照明とスモークで雰囲気を出したいんだが‥‥」
今回は役者として出演もするが、裏方仕事を本職としている犬神 一子(fa4044)が、脚本の第1版の束を手にやって来る。
「そうですね。じゃあ志羽さん、後でどんな感じにすれば場面に合うかチェックしましょう。覚えててくださいね」
と自分が忘れっぽいことを自覚してか志羽に記憶を頼み。あとはドライアイスでスモークを焚くために消防署などへの申請も考え始めなければならない。ドライアイスでも申請が必要なんですね、と凜音(fa0769)。そう、舞台上ではドライアイスの他ライターや花火など火を使用する場合、事前に日にちや場所、時間、規模などを申請し許可を得なければならないのだ。ちょっと面倒臭い。
そんなこんなで稽古は進み、演劇習慣第2弾1発目は本番を迎えた。
●パンフレット
ハルサ‥‥春雨サラダ
コマ‥‥虎真
レイン‥‥小日向 環生
シン‥‥諫早 清見
シャーマン‥‥タブラ・ラサ
神官‥‥犬神 一子
ナレーション‥‥凜音
脚本‥‥志羽・武流
●神の島の儀式
ぼうと浮かび上がる世界。薄暗く、赤黒く、不気味に、神秘的に。世界には二人の人物だけがあった。
その片一方、小柄な人物が、祭壇での祈りを終え立ち上がる。振り返ったその顔には表情が無く。その挙動を見守っていたもう一人の大柄な男も、何も言わず、告げられた言葉にただ深く一礼するのみ。
「約束の刻限が近づいています‥‥儀式の準備をお願いします」
・ ・ ・
「昔、とある場所に、小さな島がありました。争いの無い楽園のようなその島には神様が住むと言われたことから、『神の島』と呼ばれていました」
島民は外へ出て行くことを望まなかった。外の者が島へやって来ることを快く思わなかった。神がいるから幸せに一生を終えられる。外から災いを持ち込まれなければ。神の島を領土の一部とする国の本土とは、そういったことで交流は極めて希薄だった。
もうひとつ、他に島へ訪れようと考える者を少なくさせている原因があった。それは、島で日常的に行われている風習とは違った、たったひとつの悲しい風習。
「島では百年に一度、神へ供物を上納する儀式が行われます。島の中心にある火山の供物を火口へと投げ入れるこの儀式。以後百年の平和と繁栄を約束し、行わなければ島が沈むというこの儀式。‥‥捧げる物は、二人の少女」
生贄。人柱。現代ならば迷信と一蹴される風習。しかし、神の『居る』島ではその伝えは守られ続け。
「百年に一度のこの年、生贄に選ばれた二人の少女。彼女たちの想いなど構わず、儀式はこの日、執り行われました」
●生贄たち
「そんな‥‥」
それが、時も場所も違えど別れを告げられた二人の男のはじめの言葉だった。
生贄に選ばれた少女の一人‥‥レインは、狼狽するシンを優しく抱きしめる。島を守ることが出来るんだから凄い事なんだ、この島とひとつになるんだと強気な言葉を愛するシンに並べるが、内心でどう思っているかなど。悲しんでいないはずは無い。
もう一人の少女ハルサも、愛する彼に別れを告げた。彼女を心から愛するコマは懸命に引き止めたが、私が逃げることは島民全員の命を奪うことになってしまうと、想いを断った。自分のことを慕ってくれている恋人だからこそ、気持ちを理解してくれるだろうとハルサは願った。
二人の少女は、日を象った仮面をつけた神官によって連れて行かれた。
「追いかけよう! 二人を連れて島を出るんだ!」
少女達が去って一時間ほど経った頃。ハルサを喪うことに沈んでいたコマの元に、大きな背負い袋を持ったシンがやって来た。その荷物の中にはかき集めたお金に多少の衣服、日持ちする食料、そして一本の金属製のモノが入っていた。
「でも‥‥二人を連れて行ったら、島が沈む」
「嫌じゃないのか? 彼女達がハルサさんが死ぬのが。俺は、島の信仰は大事だと思う。けど、それに背くこと以上にレインを喪うことの方が怖い。だから‥‥」
だから、二人を連れて。四人で逃げよう。
「分かった。行こう。僕も、彼女に死んでほしくない」
生贄の儀式が行われるのは、翌日の早朝だ。日の出の1時間ほど前から儀式が始まって、東の空が赤みを帯びる頃に終えられる。それに間に合うようにコマも荷物をまとめ、準備を始める。
島から逃げるには、港に小さな船が幾つかあるからそれを使う。今日の夕日を見た分には翌朝はよく晴れる。高波の心配は少ないだろう。
一番の問題は儀式から連れ出した後、港までの道程だ。火口での儀式自体は神の声を聞くことが出来るシャーマンの少年と一人の神官だけで執り行われるため、逃げ切るのは容易だ。だが、儀式の時間中は島民は皆起き出して、家の外で火口の方を向き祈っている。そのど真ん中を突っ切るのは難しいかもしれない。
「それでも、助けるんだ。彼女を守るんだ」
・ ・ ・
まだ、山頂は暗かった。生贄を捧げる儀式を行うために造られた祭壇は周りを囲む篝火に照らされ、少女達の影は時折吹く強い風に揺れていた。
神の声を聞くことが出来るシャーマンとして、儀式を進める少年。手振りで何かを捧げるような仕草をしたり、時に何か呪文のようなものを唱えたり。ゆっくりと、彼女たちにとっては不気味に恐ろしく、島民や傍にいる神官にとっては厳かに神秘的に、準備は進められていく。
「祭壇に進みなさい」
神官がゆったりとした口調で言う。生贄とされる者の気持ちを慮る様子も、生贄を捧げるこの儀式への疑問も微塵も感じさせない。
互いに手を取り合い、祭壇へと足を踏み出す少女達。自分たちが死ぬまでの距離が目に見えて分かることは恐怖だ。視線を逸らす。足が震える。ここから逃げ出したい。
「待て!!」
一歩先にはもう地面は無く鼻先を熱気が抜ける祭壇上。最後の一歩を踏み出そうとした二人の少女の足を止めさせたのは、もう二度と聞くことは無いと思っていた声で。
「どうして? 何でここに来たの、シン!?」
「君に死んでほしくない。だから連れ戻しに‥‥いや、島から連れ去りに来た!」
「ハルサ‥‥一緒に行こう」
少女達にとって魅力的な誘い。死にたくない。愛する彼と共に生きたい。だが。逃げることは即ち。
「島が沈んで、恨まれても呪われても構わない。それは全部俺が受けてやる。神様の天罰だってくそくらえだ。俺は君と生きる世界のためなら、全ての障害に抗い続ける。信じて。守るから、絶対に」
歩み寄るシンに祭壇を降りるレイン。しかしその間に神官が立ち塞がった。
「彼女たちは死ぬのではない。神に最も近き場所へ赴くだけだ」
「神に近い場所なんてありがたくない。彼女には俺に近い場所にいてもらう。そこをどいてくれ」
持ってきた荷物の中から取り出す大きな包丁。それを突きつけながら、シンはレインの元へたどり着き、その手を引いた。
東の水平線がゆっくりと明るみ始めている。急がなければ、島の沈没に巻き込まれる。
「コマ、すまないが先に行って準備をしてる。待ってるからな」
シンはコマとのすれ違いざまに持っていた武器を手渡すと、レインを連れて先へ走る。コマは多少腰が引けながらも、神官を牽制しつつ祭壇へ向かう。
「レイン、ごめん」
「‥‥何が?」
「勝手にこうして連れ出した。迷惑だったかな」
「ううん。嬉しいよ。嬉しいに決まってるじゃない」
時折振り返り、後の二人が追いついてくるのを願いながら。二人はフードで顔を隠しつつ港まで走った。
「ハルサ、一緒に逃げよう。外に行っても、きっと二人で生きていける」
「‥‥ダメだよ、コマ。嬉しいけど、でも私が逃げたら島の皆の命がなくなってしまう。お願い、分かって」
祭壇の上と下。ほんの数段の階段を挟んで流れる火口からの熱気。もう日の出は目前だ。
「ごめんなさい。この命は大切な島民皆の物。だから私は行きます」
一際強く吹いた山頂の風の中、ハルサは静かに優しく微笑んだ。島民を、愛するコマを守るため。次の瞬間、ハルサは祭壇上から姿を消した。
一気に階段を駆け上がり、火口を覗き込むコマ。しかし、既にどこにもハルサの姿を見つけることは出来なかった。
「生贄は受け取った‥‥が、まだ足りぬ、と」
コマたち二人が飛び込んできても特に反応を示さなかったシャーマンが、そうポツリと言う。
「‥‥‥‥」
焦点の合わぬ目で火口を、中空を見るコマ。手に持った包丁は人を切ることは出来ても、ハルサを島の呪いから断ち切ることは出来なかった。
一時の沈黙と硬直の後。ふらりとコマは火口へ身を投げた。
その姿を静かに見ていたシャーマンは、再び口を開いた。
「満たされた‥‥との事です。儀式は成功です」
・ ・ ・
「コマ‥‥もう間に合わない、出るぞ!」
港で船に乗り込み残る二人を待っていたシンは、意を決してロープを放し、港の石垣を蹴った。次第に島から離れ行く小船。二人を取り押さえようと集っていた島民達がゆっくりと小さくなっていく。
日の出。
「何で? あたし、逃げ出したのに」
朝日に照らされる島。沈むことは無かった。それは、もう一人の生贄の少女が、その身を捨てて島を守ったということ。
小さな波に揺られる船は、次第に明るくなっていく、しかし未だ黒い海を、ゆっくり、ゆっくりと島から離れていく。
●語り部
「この出来事から百年の後、再び同じ儀式は行われることでしょう。あなたの生きる時代には、この島は地図に残っていますか? それとも、もう海の底でしょうか?」
風習に囚われ命の価値を見失うのは哀れ。しかし、自分に最も高い価値を見るのもまた、悲しいことであるかもしれない。