演劇習慣続けよう・火曜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 4.9万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 09/27〜10/03

●本文

 企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは5月に(遊びに)来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間(平日)を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
 ヘラルトが帰国した後も円井は密に連絡をとり、演劇習慣の第2弾を計画していた。ヘラルトは『向こう』での演劇習慣開催のための準備に追われているということで今回は日本に来ず、円井単独での開催となる。

 前回の演劇習慣では各曜日にそれぞれテーマとしてひとつの単語を与え、その単語に基づいた、或いは単語から連想される舞台を公演したのだが、今回の演劇習慣では少しテイストが違う。今回各曜日に与えられるのは、ひとつの『問いかけ』。舞台で観客にその問いを投げかけても良し。舞台でその問いに悩んでも良し。舞台でその問いにひとつの回答を出しても良し。
 円井的には難問を用意したつもりだということだが、果たして‥‥

●演劇習慣続けよう・火曜
『他人を『解る』ことは出来る』‥‥是か非か。

ストーリー例:
 青年には、生まれた瞬間から一緒にいる親友がいる。同じ病院の同じ病室に互いの母親がいて、同じ日の殆ど同じ時間に生まれて、家が近く、よく遊び、幼稚園も小学校も中学校も高校も大学の学部さえも一緒で。青年は相手のことを良く知っていた。相手が大学でどの講義を選択しそうか予測して自分の時間割を組むと、完全に一致するほどに。この季節・この曜日・この時間帯・この天気だとその瞬間どこで何をしているか、大抵は言い当てられるほどに。
 ある時、その親友から相談を受けた。話を聞いていくうち、きっとコイツはこういう理由で悩んでいるんだろう、こういう救いを求めているんだろうと思った青年は、その確信に従って話をした。だがその親友は見る見るうちに悲しい表情になって。
「お前には俺のことは解らないよ」
 青年はそれから自分が他人について知っていること、思っていること、感じていることにも疑問を持つようになり、疑心暗鬼に陥っていく。そして‥‥

●今回の参加者

 fa0182 青田ぱとす(32歳・♀・豚)
 fa1126 MIDOH(21歳・♀・小鳥)
 fa2662 ベルタ・ハート(32歳・♀・猫)
 fa3269 稲川 華織(12歳・♀・狐)
 fa3983 キラ・イシュタル(17歳・♂・竜)
 fa4339 ジュディス・アドゥーベ(16歳・♀・牛)

●リプレイ本文

「テーマ自体はシンプルですんで、あまり道具が煩く語らないセットがええんやないかと思うんですわ」
「じゃあ、いっそセットを抽象的なもので揃えるのも手かもしれないね。例えばこの椅子を並べ直すとベッドになるようにしたり‥‥」
 演劇習慣火曜の舞台監督を申し出た青田ぱとす(fa0182)は、たった今話題に上った椅子の原型となる木箱に腰掛け、円井とセット案について詰めていた。
「うーん、舞台上の限られたスペース、学校と主人公の家とで二分割するよりは、数が多くなければ転換した方が良さそうやね」
 何を幾つ用意してどのように活用するか、それを頭の中で再計算し始める青田。話している最中前に移動していた体重が思案突入で全て木箱に戻り、ギシリと軋む。
 大体のあたりがついたのか、青田は自分の脚本に何やら書き込み始める。キャストの名字に多少の齟齬があったのを修正したそれは、青田が持つ分だけで3部あった。ひとつが舞台監督として全体の状況を書くもの、ひとつがセットや道具関連とその工程表を兼ねたもの、ひとつが照明プランと音響もちょっと書き込むもの。正確に迅速に物事を進行していくにはこうした配慮は必要だ。その辺、ベテランの域に入ろうとしている青田はしっかりしている。
 大きな声と大きな体で強い存在感を放つ青田と比較すると、いかにも頼りなさげな円井。単独で見た外見年齢だけでは円井の方が年上に見えるが、二人並ぶとどうにも青田が見合い相手を紹介しに来る叔母さんに見えてしょうがない。
「よっしゃ、じゃプランはこんなところで行きましょか。あたしの本番は役者より1日早いんやから、あんたらには間に合うようにビシビシ働いてもらうで!」
 円井のとこのスタッフに檄を飛ばす青田。だがやはり物事は予定通りに進まないもので、後半には自身も地響きと共に走り回ることとなった。

●パンフレット
海神芹香‥‥キラ・イシュタル(fa3983)
ジュリア‥‥ジュディス・アドゥーベ(fa4339)
海神牧子‥‥ベルタ・ハート(fa2662)
海神和美‥‥稲川 華織(fa3269)
田中麻理子‥‥MIDOH(fa1126)

舞台監督‥‥青田ぱとす

 ・ ・ ・

 リーン、と劇場内に響くハンドベルの音。降りたままの緞帳の前に、うっすらと少女の姿が浮かび上がってくる。
「皆様、本日はご来場頂き誠にありがとうございます。皆様にはこれより我が家で起こった小さな騒動にお付き合い頂く事になるのですが‥‥その前に、当家の家訓をご説明させて頂きます」
 ひとつ。飲食や喫煙はこの場では禁止となっております。所定の場所にて行われるようお願いします。
 ふたつ。当家の屋敷内では携帯電話やPHS、アラーム付時計などの音は鳴らすべからずと伝えられております。音の鳴らない処置を、今のうちにお願いいたします。
 みっつ。カメラなどでのフラッシュ撮影は、演出効果の妨げとなりますのでご遠慮ください。
「それでは、開演までもう少々お待ちください」

●古き束縛、歪められた生
 海神家は由緒正しき富豪の家である。その系図を辿れば政治家あり、企業家あり、古くは華族あり。
 その海神家には、二人の子供がいる。芹香と和美。誰もが目を奪われる二人の娘は、しかし、姉妹ではなかった。
 海神家の家長、牧子は、家に残る古い風習に囚われた女性だった。その風習とは『家の直系である男子を成人するまでは女子として育てること』というもの。そしてこの風習を守らなければその代の家長に早くに死が訪れるというもの。

「えー、何マジ?」
「麻理子さん、言葉遣いに気をつけないと、また注意されますよ」
「大丈夫よ、わざわざ休み時間に教室を覗きに来る教師はいないわ」
 そこはとある女子高。とある、というような表現で表しては失礼に当たるようないわゆる名門私立の女子高校だ。海神家の長女芹香は、いつものようにクラスメイトたちと談笑していた。芹香の机を中心に、海外からの留学生で彼女の親友であるジュリアと、サーフィンが趣味のスポーツ少女麻理子。

 一体何年、何十年前の呪いだというのか。海神家長子である芹香は、男性として生まれながら女性として育てられ、家の発言力によりこの女子高へと入学した。女性の声域も持つ芹香は文武両道才色兼備に育てられ、校内では生徒たちの憧れの的となっていた。優しい人柄から多くの友人を持つ芹香、しかし心から頼れる親友と呼べる人間はいなかった。
 そんな時に出会ったのが、今芹香の前の座席に座っているジュリアという女子生徒だった。
 ジュリアも学校の他の生徒の例に漏れず育ちの良いお嬢様であるが、一つの点で違っていた。それは、芹香へ接する態度。憧れの対象の近くへ、近くへ入り込もうとする他の生徒たちに対し、ジュリアはおっとりした性格もあってか純粋に友達の位置で留まっていた。それは芹香にとって非常に心地よいものだった。芹香にとっては話していてとても居心地の良い相手、ジュリアにとっては自分に無い素晴らしさを多く持った芹香への憧れ、二人の関係はすぐに友達から親友へ、そして、女子高という環境も手伝ったか、互いに恋慕の情を持つようになっていった。
 しかし。

 ・ ・ ・

「私と『姉』の性が違う、ということは、幼き日に母から強く聞かされておりましたが、そう知っていてしかも妹である私でさえも時折忘れてしまうほど、兄は『女性』でありました」
 そう一人語るのは芹香の妹、和美。海神家のしきたりや風習などをひとつひとつ、来客に語り聞かせる。
「ですが、ある日母は兄へ告げたのです。お前は本当は男性であると。古き風習ゆえにそのように育ててきたのだと。そして成人するまでのあと2年と少し、女として生きていかなければならないと。成人するまで黙っているものだと思っていましたが、母は兄が18のその時に明かしました。それは、高校を出た後の生活についてまで性別を誤魔化し続けることは出来ないからと、そう思ったのか、それとも呪いという鎖から解き放たれ兄を自由にしようというつもりになったのか‥‥それは、分かりません」

 ・ ・ ・

「ねえ、ジュリア」
 立ち入り禁止の学校の屋上というものは、いつどの時代でも隠れ家になるものだ。共学だろうと男子高、女子高だろうと関係なく。芹香は互いに想いあい、互いの気持ちを知る大事な相手ジュリアを屋上へと呼んだ。それは、数日の間悩みぬいた末の決断を、彼女に伝えるためだった。
「私、貴女に伝えなければいけないことがあるの」
「‥‥何?」
 いつもと全く違う空気を漂わせる芹香の口調と表情に、ただ事では無いのだろうと気を引き締めるジュリア。だがその前準備など何の役にも立たず吹き飛ばされて。
「実は、私は男なの」
 周囲を占める沈黙。本来なら有り得ないカミングアウト。芹香は女子高の生徒として、ジュリアの前にいる。高校に入る段階から何か裏の動きがあったのだとしても、しかし芹香はあまりに『女性』だった。
 不審がられること、信じてもらえないだろうことは芹香も予測していた。だがだからといってここで服を脱ぐわけにもいかない。芹香は海神家の古い風習や、それに従って育てられた自分、これまで自分も知らされていなかった事実を全て話した。
「始めから騙すつもりでいたわけじゃないの。私もつい数日前に知らされて‥‥ジュリア!」
 ジュリアは走って屋上から姿を消した。芹香は急いで後を追ったが、階下への階段には既にジュリアの姿は無く、身を乗り出して下を覗き込んでみても、次第に遠ざかっていく足音しか聞こえなかった。
 その日、ジュリアは学校を早退した。
 次の日、ジュリアは学校に現れなかった。
 さらに次の日、ジュリアが休学届けを出したことを、芹香は知った。

●歪まぬ想い、新たな日常
 数日の間、芹香は学校を欠席した。表向き病欠となっているが、真実は違う。
「お姉様、最近なんだか悩んでいらっしゃる様子。私にはどうする事も出来ません」
 和美が母の牧子に話す。そう、芹香は家にいるここ数日、携帯電話を見つめていたりアルバムを引っ張り出してみたり、全くといっていいほど覇気が無かった。その悩んでいるらしい兄に和美は何もすることが出来ず。何について悩んでいるのかをまず掴まなければならなかった。だがしかし、母もその原因を知ることは無く。

 芹香は、ジュリアを失ったことで疑心暗鬼に陥っていた。彼女ならきっと分かってくれると思っていた。それなのに。ジュリアすら許してくれなかった自分を、一体他の誰が許してくれるというのだろう。
 何故ジュリアは分かってくれなかったのか。いや、その議論は今は意味は無い。自分が知っていたかどうかは別として、芹香は確かにジュリアに自分を偽っていたのだ。まず自分の過失を心から謝らなくてはいけない。
 すっと立ち上がると、芹香は家中の人間を呼び集めた。使用人たち各々へ任務を、さらに母の情報網や人的資源も全て動員させ。それほど多くはないだろう和美の交友関係まで全て巻き込んで。
「ジュリアを探して」

 ・ ・ ・

 ジュリアは学校へ休学届けを提出した後、母親の実家に転がり込み沈んでいた。ジュリアが、芹香の告白を非難し去った理由。それはジュリア自身もその時気付いてはいなかった芹香への想いゆえだった。
 芹香は女性として非の打ち所が無かった。本当のところはどうとして、ジュリアはそう思っていた。芹香は女性としてのジュリアの理想そのものだった。だから、芹香の告白は自分の想いの前提を根底から崩すものだったのだ。
 ジュリアが心から愛してやまなかった理想。その理想が芹香自身によって打ち砕かれた。裏切られた。彼女はそう思ったのだった。
 と、にわかに外が騒がしくなった。家族の声も時折聞こえるが、大半は聞き覚えの無い声だ。
「え?」
 見知らぬ人達によって、家が囲まれていた。その中には良く見知った、出会ってから一度も心の中から抜け出たことの無い人影があって。
「ジュリア、聞いてほしいの! 今まで騙していた事は謝るわ。でも、やっぱり私はジュリア、あなたが好き。どうしようもないくらい好きなの!」
 芹香の言葉。だが、芹香は自分の理想を打ち砕いた‥‥いや。
 芹香はジュリアの理想そのもの。それを砕いた芹香は自分を裏切ったのだと思った。だが、芹香は未だ自分の胸の内にいる。砕かれたと思った自分の理想は、しかしそのままの形で強く心の中に。芹香が男であろうと女であろうと、芹香は芹香だった。自分が心から愛した、理想の人。
 ジュリアは窓を勢いよく開け放った。そして、大きな声で。
「芹香!」

 ・ ・ ・

「マジで言ってんの? 絶対有り得ないよそれ」
「麻理子さんもそう思うわよね?」
「だから仮定の話です。もしも私が本当は男の人だったら‥‥」
 そこはとある女子高。とある、というような表現で表しては失礼に当たるようないわゆる名門私立の女子高校。
 周囲への多少の嘘と、二人だけの多少の秘密もありながら、時は過ぎていく。いつものように。