演劇習慣続けよう・水曜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 4.9万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 09/28〜10/04

●本文

 企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは5月に(遊びに)来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間(平日)を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
 ヘラルトが帰国した後も円井は密に連絡をとり、演劇習慣の第2弾を計画していた。ヘラルトは『向こう』での演劇習慣開催のための準備に追われているということで今回は日本に来ず、円井単独での開催となる。

 前回の演劇習慣では各曜日にそれぞれテーマとしてひとつの単語を与え、その単語に基づいた、或いは単語から連想される舞台を公演したのだが、今回の演劇習慣では少しテイストが違う。今回各曜日に与えられるのは、ひとつの『問いかけ』。舞台で観客にその問いを投げかけても良し。舞台でその問いに悩んでも良し。舞台でその問いにひとつの回答を出しても良し。
 円井的には難問を用意したつもりだということだが、果たして‥‥

●演劇習慣続けよう・水曜
『人には必ず居るべき居場所がある』‥‥是か非か。

ストーリー例:
 自分には居場所なんて無いと思っていた。子供の頃からそう思っていた。
 友達はいなかった。彼氏と呼べるような相手もいなかった。成績優秀者としての席も、運動万能者としての席も、優しい・面白い人といった席も無かった。関わっちゃいけない人という席すらも。
 自分には居場所なんて無いと思っていた。つい最近までそう思っていた。
 友達が出来た。とても明るくて楽しくて賢くて、自分にはとても勿体無いと思うような友達だった。初めての友達と一緒にレストランに食事に行ったり、テーマパークに遊びに行ったり、映画を見に行ったり、旅行をしてみたり。
 とても楽しかった。一時は何か悪い方向に勧誘するための優しさではないかと身構えもしたが、何年経ってもそんなことは無かった。その友達を通じて、何人か新しい友達も増えた。
 彼女は恩人だった。居場所のなかった自分に、『彼女の友達』という居場所を与えてくれた恩人。
 でも、何だろう。彼女と一緒にいることが嫌だとか疲れるとかそんなことは全く無いのだけれど。
 何故か、息苦しい。

●今回の参加者

 fa0807 桜 美鈴(22歳・♀・一角獣)
 fa1785 蘇我・町子(22歳・♀・パンダ)
 fa2340 河田 柾也(28歳・♂・熊)
 fa2341 桐尾 人志(25歳・♂・トカゲ)
 fa2617 リチャード高成(22歳・♂・猫)
 fa4350 苅部・愛純(13歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

 何度目の作業になるだろうか。大きな3本の柱が舞台上に立てられ、固定される。
 本番まであと8時間。この作業もこれで最後になるのだと、裏方仕事の統括をしてきた苅部・愛純(fa4350)は感慨深くそれを見上げた。
 今回の舞台はSFである。その世界を頻繁な暗転や装置転換無しに表現するため、徹底的な抽象舞台を作り上げた。
 舞台上に置かれた幾つかの箱は、椅子であり机でありベッドであり、観客から見えない位置に引き出しの付けられた小道具入れでもある。それらを適宜移動、組み立てることで世界は幾通りにも変化する。象徴的な3本の柱については、もう公演を見てくれとしか言えない。ネタバレは非常に惜しい。
 必要な衣装が揃っていることは確認した。現実世界用と、架空世界用。現実世界用はこのあと楽屋に届け、架空世界用は出演者に置き場所を再度確認してもらわなければ。
 場面の転換には照明を用いる。暗転は極力使用せず、通常の明かりに、各場面・世界に合わせた明かりを展開し場所・時間の変化を客に見せる。
「‥‥うち、何か忘れてることとかないよな?」
 自身の忘れっぽい性格を思い出し、何度もスタッフたちに確認する苅部。大丈夫、準備は万端。あとは開幕を待ち、全てが終わった後皆と祝杯を挙げるだけだ。
 お酒はもう何年か待たなければ、だが。

●パンフレット
蘇我町子‥‥蘇我・町子(fa1785)
ディック‥‥リチャード高成(fa2617)
東野伊月【ITSUKI】‥‥桜 美鈴(fa0807)
立花衛【TATIBANA】‥‥河田 柾也(fa2340)
桜庭等【SAKURA】‥‥桐尾 人志(fa2341)

舞台監督‥‥苅部・愛純
ストーリー原案&演出原案‥‥桐尾 人志

●圧迫感と失礼な客
 今の感覚は一体何だったのだろう。
 周囲を見回してみてもおかしなところは無い。ついさっきまで親友たちとお喋りしていたバーガー屋。道路端に植えられた樹。街並み。
 気のせいだろう。そう思い直して、町子は自宅への帰り道を歩き出す。
 蘇我町子は普通の大学生である。他人が見ても、自分で自分を評してもやはり普通の大学生である。普通に生活し、普通に大学で学び、普通に親友とお喋りする。伊月も衛も等もやはり普通の親友。
 普通‥‥か?
 東野伊月は物心ついたときからずっと傍にいてくれた友達。笑顔が優しく綺麗で、私が苦しいときはいつも助けてくれる。
 立花衛と桜庭等も、決して短い付き合いでは無い。のんびりした衛とお調子者の等は正反対のようで漫才コンビのように息がピッタリで、いつも皆での会話を盛り上げてくれる。決して町子や伊月の彼氏達には見えないところも親友しているのにポイントが高かった。ちょっとひどい判断基準かもしれないけど。
 違和感の正体を探りながらも家に着く。結局原因も何も分からなかった。が、今はとりあえずそれを保留にしなければ。玄関で靴を脱いですぐ目に入る位置にある電話機に向かう。着信音と共にボタンが光っていた。受話器を取ると、すかさずコンピュータ音声のアナウンス。
『この電話はテレビ電話です。モニターをオンにしてください』
 指示通りスイッチを入れる。常にオンにしたままにしておいてもいいのだが電気代が少しかかる。多少面倒でも町子はいちいちオンオフの作業をしていた。
 一瞬のノイズが中空に走った後、光で構成された映像が映し出される。そこに映った通話相手を見て、眉根を寄せる町子。見知らぬ人間だった。
『やあ、はじめまして。君、悪いけどその服あまり似合ってないよ』
 外人。白人のようだが国籍まで見ただけで分かるほど町子は詳しくはない。その外人が流暢な日本語で話しかけてきたのだ。だがそんなことよりもまず。
「なっ‥‥いきなり失礼ね! 何なのあなた」
 画面に指を突きつけ尋ねる町子。だが相手は気にした様子も無く。
『大体何を言っているかは分かるけど‥‥電話の時には受話器に話しかけないと声は届かないよ』
 と、突きつけた指の方の手に握られた受話器を示して言う男。だが受話器から届けられる男の声はほとんど町子の耳には届かず。

 ・ ・ ・

「っていう電話があったのよ。ワケ分からなくて」
 あの後ディックと名乗ったその男との通話について、翌日に町子は伊月たちに大学の学食で話した。
「町子ちゃん、それ気をつけたほうがいいんじゃない? 新手の勧誘の電話かもしれないし、もっと危ないのかもしれないし」
「学生課に相談しておいた方がいいと思うよ。似たような事が他にもあったかもしれない」
 伊月と衛の言葉に、そうだねと同意する町子。いつも的確な助言をくれる彼女たちだ。特に今回のような本当にワケの分からないことについては従って間違いないだろう。
「ホントに気ぃつけてな? 何かあったら相談してや」
 学食を出て次の講義に出るための別れ際、等が言った。うん、ありがとう。そう言って町子は講義室よりまず学生課へ向かった。

「‥‥」
 違和感があった。
 世界から自分だけが乖離してしまって、何の頼りもなく空に浮いているような気分。
 地に足が着かない。手を伸ばしても届かない。学生課で勧められた椅子に座っても、講義を受けていても、手に持ったペン一本さえも遥か遠くにあるような気がする。

 私は一体どこにいるの?

●完成された世界
『【TATIBANA】、報告を』
『侵入物の解析、80%完了しています。現段階で脅威レベルはE。敵意は感じられません』
『【SAKURA】?』
『外部からの輸入物に、該当するものはありません。現在、問い合わせを行っています』
 存在しない世界の中に存在するその世界。3つの存在が『会話』を続ける。
『侵入物は『本体』に接触した形跡が見えます』
『出所、つかめました。NEWYORKです』
『攻撃態勢は整っておりますが如何致しましょう』
『NEWYORKが派遣した訳では無いようですが、脅威レベルCまでは様子見が妥当と考えます』
 【TATIBANA】、【SAKURA】と呼ばれた存在が順々に言葉を重ねる。少しの沈黙を挟んで、残りの一つの存在が答えを出す。
『しばらく様子を見ます』
『『了解しました、【ITSUKI】』』

 ・ ・ ・

 町子は、ディックからの通信を度々受けていた。始めの数回は相手がディックでいつも通りの調子だと判った瞬間に通話を切っていたが、このところ通話は比較的長続きするようになっていた。いつの間にか会話を楽しむようになっている自分。その自分の状態を町子は不思議に思っていた。
 最近分かった、町子とディックの共通点。それは、この世界に何かしらの違和感を覚えたということ。乖離・浮遊感。自分だけが他と差別された存在であるような、そんな空気。それをディックも町子と同じように感じていた。それで。
『それで、僕は自分の回線から国の回線へ、国の回線からちょっと得体の知れない入り口を見つけてそこへ割り込み。そうしていたらここにたどり着いたってわけさ』
 ディックが言った。得体の知れない入り口。それの正体はもちろん町子にはわからなかったしディックも把握できていないということだったが。何だか自分の知らない世界の秘密がそこにあるような気がして、しかもそれを通して自分とディックが出会ったことに、何かを感じていた。

 ・ ・ ・

『【ITSUKI】、NEWYORKからメールです。対処保留となっていた意識体の身元が判明しました。NEWYORKで保存されている人間、ディックです。仮想世界のネットワークから何らかの方法でリアルネットワークにアクセスし、TOKYOへたどり着いたようです。謝罪と共に、肉体年齢が同じ異性という事で彼等を“番わせたい”との申し出がありました』
 何かを考えるように流れる沈黙。そこに【SAKURA】が続けた。
『エンゲージ希望しないならば、凍結精子輸送のみ希望しますか? それならばTOKYOは第一級都市認定を維持できます。将来的には特級都市認定を申請することも可能になります』
『防衛・セキュリティ面から計算しますと、第一級都市認定を取り消されることはTOKYOには痛手です。NEWYORKに該当者をこちらへ送るよう求めることを提言します』
 【TATIBANA】の言葉に、【ITSUKI】が結論を出した。
『NEWYORKへ申し出ても許可が下りるとは考えられません。町子はTOKYOの最後の人間。決断は、彼女に任せようと思います』
『【ITSUKI】、それは』
『彼女を起こします。決定によっては、再び眠ってもらい記憶を多少操作することになりますが』

●星の真実、居場所の在り処
「伊月‥‥どうしたの? 突然呼び出して」
「町子ちゃん。ディックから電話が来てるわ。出てあげて」
 どうしてそんなことが、と疑問を口にしようとしたその瞬間、町子の目の前に彼女の自宅のと同じテレビ電話が現れた。驚く町子。電話は受話器を取ってもいないのに勝手に通話を開始する。浮かび上がるディックの姿。
「【TATIBANA】、仮想世界のグラフィックをオフに。【SAKURA】、町子のスリープ解除の準備を」
『『了解、【ITSUKI】』』
 どこからとも無く聞こえたのは衛と等の声。同時に、今まで自分がいたはずの世界がディックの映像を残し消えていく。見えたのは赤い大地、建築物も植物も見えないただ遠く広がる荒野。
 そして。
『東野伊月は東の樹。東の世界を支える樹‥‥このシェルターのマザーコンピュータ【ITSUKI】です。シェルター管理と主人公の生命維持を行っています』
『【TATIBANA】、都市防衛及びセキュリティ統括を担当しています』
『【SAKURA】、他都市との連絡、都市維持のための物資輸出入を担当しています』
 外の光景から視線を戻した町子の隣には、もう既に伊月の姿は無かった。ただあったのは聳え立つ3本の柱。そのそれぞれから伊月、衛、等の声がする。
 かつて、大規模な核戦争があった。町子とディックが今見ている世界は、赤く汚染された空気の満ちる現実世界。コンソールタワーの強化ガラス越しの風景には生き物の陰は一つも見えない。二人がついさっきまで見ていた世界はコンピュータによって作り出された仮想世界のTOKYO、そしてNEWYORK。町子もディックも、たった今自分だと思っている存在は彼女らの夢の中における彼女たち。‥‥核戦争後に生き残った数少ない人間は皆カプセルに入れられスリープモードとなっており、行動は仮想世界のみに限定されているのだ。
『この世界で、私たちは貴女を保護してきました。ですが、今その必要性を私たちでは判断出来ない出来事が起きています。町子、貴女に決断を委ねます』
 【ITSUKI】は語った。TOKYOに生き残っている人間は町子だけだと。そしてNEWYORKからディックと番わせたいという要請が来ているということ。TOKYOに残るか、NEWYORKへ行くか、あるいは。その選択を町子は任せられたのだ。
『その申し出を君が受け、君がNEWYORKに来たとしても。君は居場所の無さを、感じつづけるだろう。僕と同じく』
 ただ黙って話を聞いていたディックが言う。その表情にはいつもの笑みは無く、彼自身にも予想外の話だったことを物語っている。
 長く、長い沈黙の後。少し落としていた視線を上げ、町子は言った。
「私、外に行く」
 架空の世界。それが町子の記憶の全てを占める現実の世界だった。だが、その世界は既に彼女の目の前で崩壊した。自分が全ての選択と決断をし責任を持ってきたと思っていた世界が全て、管理され誘導されていた世界だったこと。それを知ったことは大きな痛みだった。
『分かりました。いってらっしゃい。‥‥私は、貴女の居場所を用意することは出来ませんでした』
 町子の決定をすぐさま受け入れる【ITSUKI】。だがその声は少し寂しげで。
『彼と会う場所が、貴女の本当の居場所なのですね?』
 その問いかけに町子は首を振って。
「居場所は、何処かに『ここ』って決められて存在するものじゃないと思う。だから、誰かに与えることも与えられることも無いもの。ディックと会ってそこで生きていくことになっても、上手くいかない事とか苦しい事哀しい事沢山あると思う。それでも私は上手くやれるように頑張っていく。自分の居るべき居場所っていうのは、そうやってずっと探し続けていくものだと思う」
 いつしかコンピュータの前には大事な親友たちの姿。伊月、衛、等。皆それぞれの表情で、優しく、にっこりと笑って。
『外のことには干渉できないから、気をつけて』
『気が向いたら、たまに顔出ししてや』
『町子。町子の幸せを心から祈ってるからね』
「ありがとう、皆。私、必ず戻ってくる。私の大切な親友たちのために」

 ・ ・ ・

 伊月、衛、等の3人は町子の去った方向をいつまでもいつまでも見つめていた。ディックも町子の旅立ちとほぼ時を同じくしてNEWYORKを去るということだった。二人が出会うのはいつになるか分からないが、きっと出会うだろう。そして幸せな居場所を探し続けるのだろう。
 ブン、と衛の姿にノイズが入る。消えるインターフェース。残る暗闇。続いて等の姿が闇に消える。
 機械達に課せられた使命。人類を含めた生物の保護と種族保存。TOKYOに居たたった一人の人間はついさっきTOKYOを去った。TOKYOは第一級都市から第二級都市へと変更がなされた。
 第二級都市では軍事・セキュリティに関する仕事は殆ど無い。【TATIBANA】は消えた。
 第二級都市では外交・物資輸出入に関する仕事は殆ど無い。【SAKURA】は消えた。
 第二級都市では仮想世界で人間と交流するという業務は無い。【ITSUKI】インターフェース、東野伊月は消えた。
 TOKYOのマザーコンピュータ、【ITSUKI】はこれからも都市管理を継続する。この機械は、そのためだけの機械だ。