演劇習慣続けよう・木曜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
4.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/29〜10/05
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●本文
企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは5月に(遊びに)来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間(平日)を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
ヘラルトが帰国した後も円井は密に連絡をとり、演劇習慣の第2弾を計画していた。ヘラルトは『向こう』での演劇習慣開催のための準備に追われているということで今回は日本に来ず、円井単独での開催となる。
前回の演劇習慣では各曜日にそれぞれテーマとしてひとつの単語を与え、その単語に基づいた、或いは単語から連想される舞台を公演したのだが、今回の演劇習慣では少しテイストが違う。今回各曜日に与えられるのは、ひとつの『問いかけ』。舞台で観客にその問いを投げかけても良し。舞台でその問いに悩んでも良し。舞台でその問いにひとつの回答を出しても良し。
円井的には難問を用意したつもりだということだが、果たして‥‥
●演劇習慣続けよう・木曜
『見返りを考えない純然たる優しさは存在し得る』‥‥是か非か。
ストーリー例:
彼は微笑みの絶えない優しい人だった。
誰かが手を貸してほしいと頼めば二つ返事で快諾し、誰もが嫌がる仕事があれば率先してそれに取り組み、誰でも怪我をすれば手当てをし、誰かの落し物を見つければ警察などに届ける一方持ち主探しもする。
でも、多くの人達は彼のことを疑った。裏の無い優しさなんて存在しない。だから信用できない。他人に優しさを与えることで、何かを無言で要求しているのだと。手を貸した見返りに手伝わせたいのかもしれない。嫌な仕事を先んじてやっておいて後でそれを理由に押し付けるのかもしれない。手当ても落し物届けも、謝礼が欲しいだけなのかもしれない。
彼は言った。そんな見返りなど求めていないと。皆が困らず過ごしていられるのを見ることが僕の幸せなのだと。
優しさへの見返りとはなんなのだろう。そして、彼は本当に見返りを求めない『優しい』だけの人なのだろうか?
●リプレイ本文
「最近になって、少しは演じる方の苦労もわかってきましたよ」
そう話す巻 長治(fa2021)に、円井は笑って答えた。
「大変ですよ、他人のイメージを実現するのは。たまに脚本家や演出家は人間の限界を超えてるんじゃないかという動きを要求することもありますからね。そこは、役者も練習あるのみですが」
元々は役者をしていた円井と少しずつではあるが役者の仕事もするようになってきたという巻は互いの苦労の記憶を思い出して苦笑いや溜め息。だがそれでも巻の主義主張はきっと簡単には曲がらないだろうし、円井も役者を扱き使うことを止めないだろう。酷いのではなく、それもプロとして大事な姿勢の一つだ。
見返りを考えない純然たる優しさは存在し得る‥‥是か非か。舞台の出演者では答えが分かれた。
稲川 茨織(fa3268)はあると思った方が心が温かくなれる気がすると答え、池田屋つきみ(fa0184)は存在し得ないと思うと答えた。相手が喜ぶことが嬉しい人にとっては、その笑顔が見返りになっているのだと。
何を見返りと見なすか、その人は見返りを求めているのか、など、人の見方によって解釈のしようは幾らでもありそうな問いかけだ。それはつまり、何か一つこれが答えだと限定する必要も無いということだろう。
この舞台は、その答えの内のひとつの形である。
●パンフレット
都村ユミ‥‥稲川 茨織
都村ユキ‥‥クッキー(fa0472)
雪原啓明‥‥海斗(fa1773)
新部咲‥‥雅楽川 陽向(fa4371)
森崎のぞみ‥‥ミレル・マクスウェル(fa4622)
冬木シン‥‥グリモア(fa4713)
都村総一‥‥巻 長治
都村つきみ‥‥池田屋つきみ
脚本・演出‥‥巻 長治
●純然たる優しさ?
(「見返りを求めない純然たる優しさは存在し得るか否か‥‥かぁ」)
新部咲は、何日か前に授業で先生の言った問いかけを思い起こした。そして、視線だけスライドし教室内の談笑の輪のひとつに止める。都村ユミ。同じく数日前に時期外れの転校をしてきた女の子。初めて会ったのは先生が転校生の紹介をする時の恒例の自己紹介。規定どおりの制服に校則違反のない髪型、多少の緊張を持って背筋をピンと伸ばし丁寧な自己紹介をした姿は、クラス中に彼女が優等生だという印象を与えた。
その優等生は転校してきてから今日までで随分とクラスに馴染んだ。それは話をする時に見せる笑顔に加え、掃除当番のような面倒な仕事なども率先して引き受けることも原因の一つだろう。
この前は、クラスメイトの森崎のぞみが誤って花瓶を壊した時その片付けを手伝った。クラス中からは非難の声しか出なかったのに。つい先ほどは、誰も手を挙げなかった先生の手伝い、教材片付けを一人請け負った(約一名後を追いかけて手伝っていたが)。
「そんなの、あると思う?」
新部が聞いたのは、他の談笑の輪と同じく彼女の周りに出来ていた輪の仲間たち。
「うーん、よく分からないかな。都村さんは優しくていい人だけど」
「とりあえず、僕は彼女とお近づきになりたいね。だから優しくもするのさ、という訳で行ってくる」
のぞみの答えに続いてそう話し椅子を立った雪原啓明の首根っこを掴むと、椅子に座り直らせる咲。啓明はついさっきも似たようなことをのたまった後ユミを追いかけていって教材運びを手伝っていた。
「ヒロのような優しさが、裏のある信用できない優しさなのよね」
「何言ってるんだよ、一番信用できるじゃないか」
「全然。‥‥話戻すけど、手伝いをするのって、物の見返りに限らなくても言葉とか感謝を求めてるっていうところで、見返りを求めてるって言えるんじゃないかと思うの」
「つまり、見返りを求めない優しさは存在しないってこと?」
「言葉は悪いけど、下心があるって言えそう」
のぞみの言葉に、咲がそう答えた。
「だからヒロ、ヒロの優しさは下心全開なのよ。恋っていう字は下心、よ」
一瞬何のことは分からなかったヒロは、字を書いてみて納得する。
「あ、チャイム」
教室内に鳴り響くチャイム。今日の授業はこれで最後、掃除をして下校となる。
急いで机や椅子を元の位置に戻し、教科書などを準備する。眠くてたまらない授業もこれで最後と思えば気合も入るというものだ。
・ ・ ・
下校時間。啓明は咲と共に帰り道を歩いていた。ユミは掃除の終わっていない友達を手伝っていたため啓明の毒牙(?)を逃れ、咲がユミを待っていようとした啓明を強制連行したのだった。
「都村ってさ、よく先生の頼みとか友達の頼みとかよく聞いてるよね。嫌なら断ったら、って言ったんだけど、「都合の悪い時は断るから、大丈夫よ」ってさ。優しいな〜、都村」
「ヒロと違って」
「何言ってるんだよ、僕すごく優しいじゃないか」
「ヒロの優しさは下心以下略。そんなことより、今何か聞こえなかった?」
咲の言葉に啓明も黙って耳を澄ますと、ふと、小さく鳴き声が聞こえた。猫のようだが。
「こっちだ!」
啓明が声の方向へ走っていく。立ち止まった茂みに咲が追いつくと、そこには段ボール箱に入れられた子猫がいた。
「‥‥無人販売所」
「捨て猫でしょ!」
啓明は咲のツッコミを無視してしゃがみ込むと、子猫を掲げて話しかける。
「どうしたー? 捨てられちゃったのか? お腹空いてる? スルメならあるぞ」
「食うか!」
その前に何故持っている。
「どうしたの、二人とも」
少しの間猫と戯れていると、背にかけられる声。
「あ! 都村〜」
「私もいるんだけど」
「〜に森崎も。掃除終わったんだ?」
「うん。それでヒロは‥‥あ、子猫? 可愛い」
猫の箱の周りに集まる4人。いつからここに捨てられていたのかは分からないが、ダンボールはそれほどボロボロにはなっていないので最近だろう。だが季節は秋。夜間はだいぶ冷える。小さい子猫だ、寒さにすぐに衰弱して死んでしまうだろう。お腹も減っているかもしれない。しかし。
「俺の家はマンションでペット駄目なんだよね」
「うちにはもうたくさん犬飼ってるから、きっと許してもらえない」
などなど。家へ連れ帰って世話をしてあげるのがこの時点ではベストではあったが、それは出来なかった。だからといって、このまま見捨てることも出来るはずがない。
「ここで、皆で世話をするっていうのはどうかな? 私、家すぐ近くだから、夜凍えないように毛布とか持ってくる」
提案したのはユミだった。確かに、それが今出来る最良のこと。雨が降っても濡れないよう近くの神社の境内の下にダンボールを移動し、ユミが持ってきた毛布を敷いてやり。
「あとはスルメ」
「要らん!」
・ ・ ・
猫の発見から1週間が経った。毎日、朝はユミが猫の様子を見に行き、足の速いのぞみが皆で少しずつ残した給食を休み時間中に届け、夕方には咲が何事も無いことを確認する。啓明はいつかスルメを食べさせることを夢見ながら朝夕にあげるエサを頑張って用意していた。
と同時に、子猫の里親探しにも駆け回った。子猫の里親募集の張り紙は街中に張られ、校内では生徒用の掲示板を埋め尽くすくらいに張っておいた。
そして、さらに3日後。
「皆、里親見つかった!」
「ホントに!?」
下校時にいなかった啓明が後ろから走ってやってくると、すぐさまその吉報を伝えた。喜ぶユミとのぞみ。咲は一足先に猫のところにいる。
「それで、どんな人なの? 猫に優しくしてくれそうな人?」
のぞみが尋ねる。
「えーと‥‥冬樹先生」
「先生が!?」
一瞬流れた沈黙。頼りなさそうな先生の顔が浮かぶ。
「子猫のうちはともかく、大きくなったら家主が逆転しそうだよね」
「うん」
そんな会話がなされていることなど猫の救世主冬木先生は露ほども知らず。
咲と合流してその旨を伝え、じゃあ早速学校に連れて行こうという話になったその時。突然に携帯電話の着信が鳴った。ユミの携帯だった。
「え? ユキが? 分かった、すぐに帰るから!」
携帯をポケットにしまうと、ごめん、家の用事が入ったから、と急いで走っていくユミ。啓明たち3人は突然のことに、その後ろ姿をただ見送るしか出来なかった。
●優しさの裏側
「じゃあ、私はユキの着替えとか取ってきますから」
そう言って、都村の母親は自宅へと帰っていった。ベッドの中で額に汗を浮かべ少し呼吸が速いのはユミの弟、ユキ。
「あんまり無理しちゃダメだって言われてたでしょ?」
額の汗をタオルで拭ってやりながらユミが言う。
「ごめんねお姉ちゃん、僕のせいで色々迷惑かけて」
「何言ってるのよユキ、迷惑だなんて思ってないわ。とにかく、早く元気になってね」
そんな姉弟を見守りながら、都村の父親は口元に小さく笑みを浮かべていた。息子が病気なのは悲しいことだ。親だけで面倒を見きれず娘の自由をも束縛してしまっているのは心苦しい。だが。
娘が優しい子に育ってくれた事を嬉しく思っている。
総一は時計を見る。もうそろそろ、仕事場に戻らなくてはいけない。
・ ・ ・
翌日学校へ登校したユミは、少し疲れた顔をしていた。啓明たちは休み時間にユミにどうしたのかと尋ねると、あまり寝ていないということ、昨日急いで帰った理由を3人へ話した。
ユミの弟、ユキは、先天性の心臓疾患を患っていた。その治療のための手術が行われ、彼の療養のために環境の良いこの街へと家族で引っ越してきたのだ。
ユキの手術は成功していた。だがそれとは別に病弱なユキはちょっとしたことで熱を出してしまい、自宅療養と入院を繰り返している。
「だから家族は仕事とか看病とか忙しくて、私も学校だけじゃなくて家事を手伝ったりとか‥‥」
ユミが誰にでも優しいと言われる理由。それは彼女の家庭環境が一つの理由だったのだ。皆忙しい。だから、皆が自分の出来る範囲で皆の手助けをする。そうやって助け合ってユミたちはやってきたのだ。もちろん、家庭環境だけでなくもともとのユミの優しい性格も大きな理由となっているが。
「だから、都村は優しいんだね」
「雪原君も優しいよ」
啓明の言葉にユミが返した。
「俺のこと、ヒロでいいよ。都村のこと、ユミって呼んでもいい?」
うん、いいよと答えをもらって、啓明はニッコリ満面の笑顔で。
「僕がユミに優しいのは、ユミの事が好きだからだよ」
などと。
見返りを求めない優しさはある。咲はそう思うようになった。今まで咲自身も含めて猫のためにしてきたこと、それが見返りを求めない優しさだったのだということ。猫に幸せになってほしい。それが全てだった。やっとユミの気持ちが分かった気がする。そう咲は思った。
でも。
「でもやっぱりヒロのあれは下心」
優しさには色々なものがあるものだ。