夏、降り積もる灰の下でヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
12.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/09〜10/15
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●本文
●暗闇のソラへ
この任務のために特別の訓練を受けた者たちが、一人ずつ乗り込んでいく。30階建てのビルを横にして幾つも連ねたような巨大なそれは、超大型の宇宙船だった。
大型宇宙遠征船『エデン』。その船は元は『ノア』と呼ばれ、その名の冠されたこの惑星に地球を追われた人類を運んだ過去を持つ。
水の惑星から灰の惑星へ。地球はその歴史と比較すればほんの一瞬の内にその姿を大きく変えた。地球には大きな亀裂が入り、その亀裂からは火山灰のような白く細かい灰が地球上全てに降り注いだ。空に巻き上げられた灰は日光を遮り気温を下げ、弱った植物を降った灰が埋め尽くし、地球上の人間を含めたありとあらゆる動植物はその数を大幅に減らした。
何故そのような事件が起きたのか。
人類は前世紀よりのエネルギー危機への打開策として、地球の核の熱エネルギーを利用する方法を考案、可能とした。燃料資源の節約を徹底しなければ最低限の生活すら維持できなかったそれまでとは打って変わり人類は豊かな生活を手にする。
しかし。地球の内側へ掘り進み熱エネルギーを採取する機械がシステムエラーにより核へと突入、溶解し、世界のエネルギー供給が停止。さらにその地点から大きな地割れが発生、灰が噴き出した。
それからどのような道を辿るにしても、地球という星が終わることだけは明確な事として霞む未来に見えたのだった。
その時、人類が生き残るため、人類が生存可能な新たな惑星を探す計画『プロジェクト・ノア』が発動。世界のエネルギーが『星』のエネルギーに切り替わった際に残っていた、全ての化石燃料をかき集めその動力とした超大型宇宙輸送船『ノア』は、水や動植物、食料、そして一握りの人類を乗せ、さながら神話の『ノアの箱舟』のように地球を飛び立った。
そして、地球を飛び立って67年。ノアは新たな星を発見した。
ノアの乗組員(中にはノアで生まれ育った2世、3世もおり)はその惑星に自分たちを守り運んでくれた船の名をつけ、始めは着陸した地点からノアを基点に、次第に船内の資源や資材を利用し船外に街を作り出した。
ひとつの集落が完成し、全人員が船外に出られるようになるまで12年。同時に進めていた動植物を星に馴染ませるのには加えて3年、計15年が費やされた。
星で地球のと同じような燃料が見つけられ、その採掘と貯蔵、活用がなされるまでに23年。豊富な燃料や鉱物資源を元手に、巻き戻された文明レベルを過去1世乗組員に聞かされたレベルと同じくらいに引き上げるのに60年。
それからさらに200年の月日が過ぎ、人類はその星の全土を掌握。ようやく人類は、このノアという星で過去と同じ栄華を手に入れることが出来たのだ。
話を戻そう。
大型宇宙遠征船『エデン』。その目的は、母星地球へと赴きそこに残る人類をノアへと救助してくること。あの灰降る星では満足な、幸せな生活など出来ていないだろう。待たせてしまったが、今迎えに行く。それが政府の発表した内容。しかし、それは表向きの話。
宇宙船『ノア』が地球を発ってから既に300年以上が過ぎている。地球上の人類など絶滅しているだろうし、拡大の続いていた亀裂により地球はもう存在していないかもしれない。だから表向きには尤もらしい理由をつけておき、政府は本当の『エデン』の目的を隠していた。
本当の『エデン』の目的とは、惑星ノアの各国家に増え過ぎた罪人の処分。何もかもが限られた宇宙船『ノア』船内での生活と、惑星ノア開拓途上での資源不足を経て人間たちに習得された、徹底した節約志向。罪人を捕らえておく施設に割く資材など無駄。罪人が少ない食料を消費するとは何事か。即刻処分せよという意見と、同時に起こった人権論。両方の顔を立てた計画が『プロジェクト・エデン』だった。
罪人たちに特殊な訓練を受けさせ、エデンで地球に向かわせる。着陸地点にそのままの形で残っていた『ノア』を改良・修理し、必要な燃料や水や食料を積み込み、罪人たちとほんの一部の志願者を乗せ。計画の開始から10年の月日を経て、『エデン』はノアの陸地から375年ぶりに飛び立った。
●白い星
『ノア』が地球から惑星ノアにたどり着くのにかかった67年。それと全く同じ時間をかけて、『エデン』は地球へとたどり着いた。船内での乗組員の予想は、既に地球という星は無いというものだったが、真白い球状の惑星は今もなおそこに在った。大きく口を開けた亀裂が痛々しい。
『エデン』は地球の周囲を円軌道を描きながら空から調査を開始、着陸可能な地点を割り出し、乗組員たちは人類の故郷へと帰ってきた。
風が強かった。
吹雪の雪山のように視界を流れる灰が埋め、殆ど何も見えない。十人前後で一組の、幾つかの調査隊が出発し、遭難したのか一つの隊が帰って来なかった。調査隊本部は、より一層の注意をしながら調査を進めるようメンバーに指示をし、それからも何度も調査が行われた。
・ ・ ・
「ここは‥‥どこだ?」
行方不明になった調査隊。彼らが目を覚ました時、あたりには灰の吹雪は無かった。見渡すと、多少薄暗い洞窟の中のようだった。
『‥‥‥‥』
不意にかけられた言葉。それは調査隊の彼らの使用する言語ではなく、しかし『エデン』一世乗組員たちが教え込まれた地球の主な言語の一つに似ている雰囲気から、おそらく生き残った地球の人類なのだろうと推測された。
地球人に連れられた先、そこは地中の集落だった。地中に畑があり、農場があり、街があった。見慣れない服装でやって来たよそ者に、人々は奇異の目を向けた。
誘導された家は他の家より少し大きく、どうやら集落の長が住む家らしかった。そこで長と会談した調査隊は、迎えに来たのだと、向こうに伝わるだろう言語を選んで話した。調査隊の面々は最低限の会話と自分たちの立場を伝えるための言葉しか習得していなかったが、船に戻れば全ての言語においてプロフェッショナルが待機している。
しかし。ゆっくりと話の内容を飲み込んだ長と有力者らしい人間たちは、その申し出を断った。自分たちはここでの生活に満足している。過去の星の姿は残されている書物によって少しばかり知っているが、その世界へ向かいたいとは思わないと。
しかし、調査隊としては出来れば彼らを連れ戻したかった。出来るだけ早く、叶うなら自分の命があるうちに母星へ。地球が未だ残っていることは惑星ノアへ伝えてしまった。よってエデン乗組員には調査する義務があった。地球上を全て探索しつくすか、生き残った人類を全てエデンに収容すれば帰還が許される。今目の前にいる人間たちをエデンに乗せれば、全ての地球人類では無いが言い訳は立つ。「彼ら曰く、彼ら以外に地球に人間は残っていないそうです」と報告すればいい。
彼らを連れて行きたい。だが彼らは行かないという。調査隊は‥‥
●リプレイ本文
●パンフレット
アドルフ:レナード・濡野(fa4809)
エル:MIDOH(fa1126)
カイリ:壬 タクト(fa2121)
シシリー:美笑(fa3672)
リア:小日向 環生(fa3028)
ピネ:田中 雪舟(fa1257)
パル:伝ノ助(fa0430)
ガーデニア:Laura(fa0964)
●故郷の記憶
エデン船内は真っ二つに割れていた。
全ての発端は、行方不明だった調査隊から生き残りの地球人を発見したという連絡を受けた事だった。その情報を知ると、エデン航空機パイロットの一人リア・ラプラムは救助隊を編成すべきとエデン艦長へと進言した。だが。
エデン艦内では出発した当時のノアと同じ教育が行われている。それゆえ、艦内では惑星ノアに無闇に人を増やすべきではないという資源保護派と可能な限りの人類を救出して帰還すべきという人類救済派の二つに分かれた。
(「アンタ達のケンカを待ってたら十億年経っても何も決まらないってば!」)
リアは誰もいない格納庫前で小さく呟くと、何度かシミュレータで訓練した小型機をカタパルトへ移動させる。
「ハッチ開けなさい! ブチ抜くわよ!」
一方的に言って無理矢理ハッチを開けさせると、リアは一人吹雪のように灰の舞う白い世界へと飛び出していった。
・ ・ ・
導火線に火をつけたのに音沙汰の無い噴出型花火を覗き込もうとするように、多少の不安を含んだ足取りで近づく青年。その青年は確か自分達が村で目を覚ました時にも同じような目で僕らを見ていたなと、調査隊の隊員カイリ・アスターは思った。
「あのー、宇宙の人っすよね?」
「正しくは惑星ノアから宇宙船でやって来た人、だね。略称としては間違ってはいないけど」
変わらぬ表情でカイリが答える。
「あっしはパルっていいやす。宇宙の人は、なんていう名前なんっすか?」
「カイリだけど。君のその言葉使いは‥‥」
「ああ、昔の『ざっし』とか『ぶんこ』っていうのを読んでたら見つけたんで、それを真似して使ってるんすよ」
長い時を経て、徐々に変質していく言葉。若者の使う流行り言葉が普通の言語になり、大人たちの言葉は古き言語となっていく。そんな事とは全く関係無かった回答。
「ノアって凄い所なんすよね。村にある、大昔の事が書いてある本の世界よりももっと凄い所だって、ピネさんの家でエルって人が言ってやした。一年に何度も『けーたい』の『しんきしゅ』が出て‥‥」
と、そこで言葉を切るパル。何事かとカイリが思った瞬間、パルはバッと詰め寄って口を開く。
「そう、ずっと聞きたかったんす! 『けーたい』って何っすか!? 『しんきしゅ』って強いっすか!?」
返答に困るカイリ。
そして。
「へぇー、『けーたい』って便利っすね。あっしはまた、一発で壁ぶち抜いて家を建てられる所増やしてくれる武器だと思ってやした」
昔の雑誌を見ていてどうしたらそんな誤解が出来るのか問い詰めたい気分に駆られつつも、カイリは知っている限りでノアの事や昔の地球の事を話した。
「ノアって凄い所なんすねぇ‥‥でもここも遠い昔はそうだったんすよね? そう考えるとなんだか不思議な気分っす」
「来てみるかい。君位の若さなら死ぬ前にノアに立てるかもしれない。それが無理でも、擬似ノアとも言えるエデン船内での生活は知的好奇心を満たすものだと思う」
そう話すのが彼の任務。地球の生き残りをエデンへ乗せ、ノアへ向かう事。
「それでも、あっしにとってはここが『世界』で『故郷』なんすよ。今のままで十分幸せですし‥‥何より、ここが好きっすから。‥‥あの、皆さんもここで一緒に生活しやせんか?」
思わぬ一言。エデン乗組員はノアへ帰る。一度別れたが最後今生の別れとなるその事をパルは悲しみ、言ってきたのだが。
「す、すいやせん、皆さんにとってはあちらが故郷なんすよね」
地球が自分の故郷、だから離れたくない。そう言っておきながら相手に故郷へ帰るなという意味を含んだ誘いをしてしまった事を詫びるパル。しかしカイリは。
「いや‥‥いいよ」
カイリには、ノア自体には特に思い入れも何もない。ノアが素晴らしいから彼らを呼ぶわけではない。
カイリは辺りを見渡す。薄く白い光と灰が差し込む広い洞窟内を。
「あなた方をエデンに乗せ、帰還する事が我々の使命です。ノアでは地球より豊かで安全な生活を送ることが出来ます」
「私達がノアへ行ったとして、ノアが私達を受け入れる保障はあるのかね?」
村のまとめ役の一人ピネの自宅での議論は平行線を辿っていた。調査隊のリーダーであるアドルフは何度も船に乗るよう説得するが、ピネは一向に首を縦に振らず。
「ノアは崩れかけの地球よりずっといい星だ。あんた達がこの星に残り続けるメリットなんか無いだろう?」
「私達はノアの事を知らないが、君だってノアを知らんだろう。人間の一生分にも近い年月をかけてエデンはここへやってきたと聞いた。君は見た事の無い星に夢を見ているだけなのではないかね?」
確かに、調査隊員のエル・アンガスはエデンの3世だ。彼女自身のみならず彼女の両親もエデンで生まれノア本星を知らない。だからこそ、彼女は自分のルーツであるノアへ行きたいと強く思っているのだが。
「確かに我々は君達に比べて貧しいかもしれないし、文明も退行しているかもしれない。だが、私も村を纏める者の一人として結果の不明瞭な旅で村人を危険な目に遭わせる訳にはいかない。それに、私はこの生まれ育った村を愛している。離れたいと思わない。この気持ちは、君にも理解できるんじゃないかね?」
ピネは最後の言葉だけエルに向けて言った。立場や境遇は違えど、同じく故郷を思う者同士。
「分かりました。今はこれで失礼させて頂きますが、お考えが変わるまで何度かお伺いします」
アドルフが席を立ち、エルが後を追う。会談に通訳として同席していた言語学専攻の学生シシリー・メルフィムも、会議録兼地球とノアの語彙文法の違いメモを急いで書き上げまとめて片付けると、一礼して駆け足でピネの家を出る。
「‥‥あれ?」
一足遅かった。辺りを見回すも既にアドルフとエルの姿は見えない。非常に困った。エデン艦内の研究室から研究室への移動でも迷子になる極度の方向音痴の彼女。
「やっぱり‥‥」
全然知らない場所。歩くうち家も疎らになってきたし人も殆ど見かけなくなった。火口の近くらしい特有の臭いが少し強くて。
「あなた‥‥エデンの人?」
人気の無い洞窟を歩いていると、不意に声をかけられた。声の主はと振り返ると、一人の女性が立っていた。どこか頼りなさげな雰囲気に青白い顔色。失礼だが過去に亡くなった女性の幽霊だと言われれば信じてしまいそうな容貌。一瞬呆気にとられたが、女性がその両手に抱える小さな赤子の声で我に返る。
「頼みが、ある」
女性はそう言った。洞窟の入り口の方で、積もった灰が派手に落ちる。何か大きな物が入り口近くに落ちた、或いは降りたようだ。
●降り積もった灰の下で
村の家々を歩き回るアドルフとエルにくっついて、つい先程やって来たリアは寂れた小さな村の様子を見て回った。植物も無く、ただ白く、また暗く黒い空間。
とりあえずエデンに来てほしい。そうすれば全部片付く。リアはそう言いたくて仕方なかった。だが言えない。艦内の事態を伝えれば、きっと地球人達はそれ見ろと居残りを決める。ノアは助けてくれないと。
村の現状を知る調査隊員か、もしくは地球の生き残りがエデンに戻れば、それを無闇に放り出すわけにもいかずエデン艦内での議論は収まる。実際はそれほど簡単なものではないが、リアはそう思っていた。
エルも似た考えのようだがこんな閉じられた空間で生きていく事より何倍もノアで生きる方が幸せだと思う。直接にはノアを自分たちは知らないが、閉鎖空間の息苦しさは知っているつもりだ。エデンという巨大な宙飛ぶ監獄。囚人護送船。
「失礼します」
アドルフを先頭にピネの家を訪問する。と、どうやら別の客が来ているらしい。奥から話し声が聞こえる。
「エデンの人間を村で受け入れるだと? 本気で考えているのか? 我々の何処にそんな余裕がある?」
「で、でも働き手が増えれば、食料ももっと一杯取れる‥‥かもしれやせんし!」
聞き捨てならない会話だった。エデンの人間を村に?
無礼とは思いつつもピネの部屋へと入るアドルフ達。そこにはピネに妙な語尾の青年、そしてカイリがいた。
「カイリ、お前か?」
「隊長。もしこの村に認めて貰えたなら、ここに残ることを許して貰えませんか。僕はここで、彼らのように生きたい」
「任務を忘れたのか!?」
「忘れていません。エデンへ乗るよう、説得はします。ですが、それでもこの地球に残るという人達がいます。僕は彼らと共に生きたい」
なあ、とアドルフとカイリの話に割って入る声。エル。
「カイリ。マジか?」
「本気で言っているよ。勢いじゃなく、ちゃんと考えた結果だ」
「なら、別にこっちとしちゃ止める必要は無いと思うよ、隊長。ノアに行きたいあたしも、地球に残りたい人達も、全部自分の意志で決めるべきだし、決めたんだ」
「任務を完遂することこそが大事だ」
「地球で生き残っている人達をエデンに収容する。任務なら、もう果たしたよ。ねえ、シシリー」
エルが促すと、部屋に二人‥‥いや、三人が入ってきた。赤子を抱えたシシリーと、彼女に子供を託したガーデニアという女性。
「ガーデニア? あれほど安静にしていろと‥‥」
今度はピネが慌てる番だった。彼の息子の嫁であるガーデニアは、重い病気を患っていた。そしてその子供がエデンの乗組員に抱かれているという事は。
「お義夫さん‥‥皆、生きたい‥‥魂だけは自由、空を飛べる。皆の希望‥‥摘まないで‥‥もう私、飛べない‥‥だから、お願い‥‥皆の願い、叶えて‥‥」
「この村は、外の寒さから逃れるために火口に作られています。過酷な環境です、大人ですら耐えられず死んでいくこの村で、子供が無事に生きられる可能性はとても低い。この子のお父さんは、食料を取りに火口に行って、落ちて亡くなったそうです。ガーデニアさんも、もう‥‥だから、私がこの子を預かって、エデンで育てたいと思います」
ガーデニアの願いに、シシリーの言葉に、沈黙が流れた。ピネの決断を待って。
「‥‥いいだろう、認めよう」
ピネが折れた。表情の和らぐガーデニアとシシリー。
「カイリさんはどうするっすか?」
「村の者に、エデンに乗りたいと思っている者もいるだろう。私の縁者だけを特別に乗せるなどという事は出来んからな。人手が足りなくなるだろうこの村に、若い働き手は有難い」
となると、既に大勢は決したようなものだった。結局アドルフも皆の熱意と説得に折れることになる。
「‥‥皆がそう言うなら仕方ない。上には『多大な犠牲を払ったが綿密な調査の結果、最後の地球生き残りと判明、保護』と報告する」
「じゃ、私は先に戻って輸送機を持ってくるわ。それまでにエデンに行く人を集めて、荷物の整理もさせておいて下さい。ああ、それと。調査隊の皆さんはエデンに着いたら即座に降りて5分以内に燃料でも食料でも何でもいいから出来るだけくすねて輸送機に放り込んで下さい。それ持って私こっちに戻りますから」
リアのその言葉に皆の頭上に『?』マークが浮かぶ。その表情に満足したのか笑顔で続ける。
「管理されることのない、小さなことを素直に喜べる生活。それを私も送ってみたいのよ。この星で。だから私もここに残る。でも慣れるまでは色々大変だろうから、エデンの便利グッズ、多めによろしくね?」
言うだけ言って、無線機を取り出しエデンと繋ぐリア。
「最後の地球人、調査隊員と共にエデンへ帰還します。ついては中型の輸送機を一機、スタンバイ願います。燃料満タン、予備タンクも付けといて下さい」
向こうが何か言っていたが無視。さらに無線を切ってからも、もう一声。
「それと、アンタの下で働くのはこっちからお断り!」
・ ・ ・
飛び去っていくリアの輸送機を見送りながら、パルはカイリに尋ねた。
「どうして、ここに残る気になったんすか?」
カイリは輸送機が灰の中に見えなくなるのを見送りながら答える。
「僕は今まで、自分が幸せかどうかとか、そんな事考えたこともなかった。でも君達は‥‥こんな灰の中の暮らしでもとても幸せそうに見えた。今まではそんな事どうでもよかったはずなのに、何故か、君達がとても羨ましく思えたんだ」
「生まれた所を離れるって、寂しくないっすか?」
自分で誘っておきながら言うパル。だが、自分が誘ったことでカイリが地球に残り、それで不幸になったら申し訳ないという心配が彼にそう尋ねさせていた。
「そのうち、少し寂しいと感じるのかもしれない。でも後悔はしてない。これからもしないと思う」
カイリが口元に浮かべた小さな微笑みは、彼が暫らくしたことの無い本物の感情表現だった。
●故郷の記録、母の記憶
「というのが、人間がノアにやって来る前住んでいた星についての最後のお話。その後地球がどうなったのかは、ノアの誰も知らないわ」
齢70を過ぎようかという老婆が本を閉じると、子供達から次々に質問が飛ぶ。それに分かる限りで答え、そして子供達が帰っていくと、老婆は家具の引き出しの奥から小さな箱を取り出した。
箱の中には、丁寧に折りたたまれた、しかし長い年月を経て落ちない汚れの付いてしまった元は白い産着。施された赤い花の刺繍は彼女の名前と同じ花、デージー。
老婆と、彼女の育ての母と、産着に刺繍をしてくれた産みの母と。3人を繋ぐ大事な思い出の品だった。