演劇習慣欧州編第三週ヨーロッパ

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 12.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/20〜11/26

●本文

 企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは5月に(遊びに)来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間(平日)を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
 この演劇習慣の第2弾がつい先日円井の指揮で日本にて行われた。その第2弾からあまり間をおかず開催が決定した第3弾は、ヘラルトが複数の協力者と共に行う世界同時開催であった。

 初回の演劇習慣はひとつの単語が、前回の演劇習慣ではひとつの問いかけがテーマとして提示され、それに基づいた、或いはそれから連想される舞台を作り上げてきたが、今回の世界規模演劇習慣で提示されるのは『色』である。それも『空の色』。
 提示された色に含まれた意味、連想される物、情景。あなたにとってこの空の色は、何の色?
 ちなみにこの第三週のみ、一部決定された脚本が存在する。それを物語の『どこか』に配し、舞台を作り上げてほしい。

●演劇習慣欧州編第三週
『月白色』‥‥ユエパイスー・月光の薄い青

決定部分:
 今夜この時しか会えぬと、男は森の中にいた。会うことを世界から許されない二人は、こうして人目を忍んで会うことしか出来なかった。
 月が辺りを照らしていた。女はまだ来ないかと男が視線を巡らしたその瞬間。

●今回の参加者

 fa0964 Laura(18歳・♀・小鳥)
 fa1773 海斗(14歳・♂・小鳥)
 fa2150 エレーヌ・桜井(19歳・♀・兎)
 fa2661 ユリウス・ハート(14歳・♂・猫)
 fa2662 ベルタ・ハート(32歳・♀・猫)
 fa3351 鶤.(25歳・♂・鴉)
 fa3764 エマ・ゴールドウィン(56歳・♀・ハムスター)
 fa3960 ジェイムズ・クランプ(22歳・♂・犬)

●リプレイ本文

 ギリシャ神話、大熊座と小熊座の逸話を引用し、創り上げた物語。決して全能ではない神々と、しばしばその犠牲となる人間を描く。意図を正確に受け手に伝えるには難しい面もある。時にこの手の物語は、引き裂かれた恋人達の、単なる悲劇としか受け取られない。

「戦闘シーンは混成コーラスが欲しいな。こう、相手を弾劾するような、うねるような歌声で」
「ラストはこの曲で大丈夫ですか? 決まりのようなら、早めに録音してしまいますね」
 BGMの選曲から録音を、協力して行うジェイムズ・クランプ(fa3960)とLaura(fa0964)。でも、全体イメージに関わることだから早めに考えて皆と相談しよう。
 というか、全く別のところで。特にLaura嬢、交友は大丈夫なのかい? くれぐれも、悲喜劇を演じぬよう‥‥火の用心、火の用心。

●パンフレット
アトン/アトラス‥‥ユリウス・ハート(fa2661)/ジェイムズ・クランプ
テミス‥‥ベルタ・ハート(fa2662)
ユープシル‥‥エレーヌ・桜井(fa2150)
ティア‥‥Laura
ティティス‥‥海斗(fa1773)
イオータ‥‥エマ・ゴールドウィン(fa3764)
ヘス‥‥鶤.(fa3351)

●二つの禁忌
 月の処女神、ユープシルに仕える者は全て未婚の乙女であるべし。ユープシルの定めし法。
 しかし、その定めに背いた一人のニンフがいた。名をテミスと言い、ユープシルの一番のお気に入りの娘であった。テミスはある時出逢った人間の男と愛し合い、子を儲けた。それは許されぬ禁忌である。
 ユープシルは、気性の激しい義母神の怒りを恐れ、テミスとその子をどうにかしなければならなかった。非常に恋多き父神、実はその父神が人となりテミスとの子を儲けたのだ。結婚を司る義母神イオータが、テミスはユープシルのお気に入りだからとそれを許すはずもなく。ユープシル自身も父神とテミスの間に生まれた子と同じような立場であった故に、イオータはユープシルに非好意的であった。
 ユープシルは月を象徴する杖をもって、力を振るった。テミスの記憶を消し去った。父神のこと、禁忌の恋のこと、子のこと。子、アトンの記憶を消し去った。母のこと、自分のこと、受け継がれてしまった神の力のこと。
 アトンは深い森へと捨てられた。一人泣き叫ぶ幼きアトンは、ユープシルの導きにより連れて来られた人間の老狩人に拾われる。
 どうして自分は森に一人いるのか。思い出せないアトン。そも、自分は一体何者なのか。名も分からない。
 名を忘れたアトンに、老狩人はアトラスと名を与えた。アトラスは、消えた自分の記憶の向こうから唯一持ってきた弓を持って、人間の狩人として育っていく。
 彼は覚えていないが。その弓は、テミスがユープシルより賜った物。ただ一つ、母と子を繋ぐ物。

 ・ ・ ・

 人の世界で戦が起きた。卓越した弓の腕を持つアトラスも無論召集され、彼は一人旅立つこととなる。育ての老狩人は既に亡く、彼は孤独と戦いながら旅支度を進める。
 それを、哀れむ目で見つめる者が一人。
「テミス、いますか?」
「はい、ユープシル様」
「あの森になっている、木の実を収穫してきてほしいのです。いえ、特に急ぐことはありません。ゆっくりと」
 森へ降りていくテミスの姿に、ユープシルには後悔の念が再び生まれた。あの時、救ってやれなかったものか。だが、後悔先に立たず。今は少しでも、彼女の慰めになることを。そしてかの若者の孤独を薄れさせられることを。
「では、お願いしますね。あのアトラスという若者をどうか森へと導いてあげてください」
「任せてください、優しき月の女神様☆ 御心のままに♪」
「間違いなく、引き合わせましょう」
 シャン、と精霊ティティスが舞う度鳴り響く涼やかな音。礼儀正しく礼をするヘス。二人の精霊はユープシルの使者として、アトラスの元へと降りていった。


 不思議な音だった。どこから聞こえてくるのか分からず、その音のする方へ近づくとまた逃げるように遠ざかっていく。シャン、シャンという音に導かれるようにして、アトラスは森の中へと入っていった。
 一方でテミスは、ユープシルに頼まれたまま木の実を集めていた。これくらいあれば良いだろう、帰ろうと思ったその時。近づいてくる足音と涼やかな音に、テミスは足を止め振り返った。
 視線が合った。母と子は、何年もの月日を挟んで、そこで再会した。
 互いに、記憶を持ち合わせていないが。
「名前は‥‥?」
「‥‥テミスよ。貴方は?」

 ・ ・ ・

「夫オメガスを誘惑し、今度は自ら産んだ息子と通じる女。汚らわしや」
 イオータの見つめる先にはアトラスとテミス。孤独な母子を引き合わせようとユープシルの仕組んだ善意は、結果、互いを知らぬ二人を結びつけることとなってしまった。アトラスは、美しく常若の、自分の心の中を何かかき回す精霊の女を愛し、テミスは記憶は消えどかつて愛した男の面影残す若者を愛した。
 それは、始めはユープシルと彼女に仕えるニンフ達の一部しか知らぬことだった。だがこの事を知ったニンフの一人ティアが、アトラスに恋心を抱いてしまったのだ。ティアはテミスと言わば同僚のような関係であったが、恋は盲目、二人の仲を引き裂きアトラスを自分のものに出来ないかと、彼女は全能神の妻イオータへ告げ口したのだ。
「いっそ獣になれば良い」
 神の言葉は魔力を帯びる。怨嗟の言葉は呪いとなってテミスを襲った。テミスは突然に変わりゆく自らの体と精神に戸惑うが、為す術も無く。
 戸惑ったのは呪いの言葉を吐いたイオータも同様であった。苦しみ徐々に変容していくテミスの姿に狼狽したイオータは、テミスとアトラスのことを知る精霊、ティティスとヘスを呼ぶと、獣への変容を止める術をテミスに伝えるよう命じた。
 母と子としての、男と女としての、その関係を消し去るように。
 二人の精霊は了解し森へ降りた。

●天に浮かぶ魂
 今夜この時しか会えぬと、男は森の中にいた。会うことを世界から許されない二人は、こうして人目を忍んで会うことしか出来なかった。
 月が辺りを照らしていた。女はまだ来ないかと男が視線を巡らしたその瞬間。
 魔物が、いた。

 ・ ・ ・

 それは突然に知らされた事実だった。ほぼ全身が獣と化したテミスの心に止めを刺したのは、イオータの命でやって来た精霊達だった。
「その姿から元に戻る方法。それは、貴方の愛する恋人を自らの手で闇へと送ることだ」
 告げるヘス。違う。消し去るのは関係である。だが。
 それは恣意的に。
「どうして、アトラスを‥‥?」
「どうしてって、だってアトラスはテミスの子供だもの♪」
 テミスの問いに、楽しそうにティティスが答える。
 全てを聞かされた。自分は消された記憶、過去の中でユープシルの定めた法を破り、アトン‥‥アトラスを生んだ。そして今。
「アトラスを消すんだ! その手で! 殺さなきゃ、それで全て元通り♪」
 羽をはためかせ、テミスの周りを踊るように舞いながら。
「あの人を‥‥あの子ヲ‥‥コロセバ‥‥元ノ姿ニ戻ル」

 ・ ・ ・

 テミスの使者と名乗る男から、ここで待てと言われた。今夜この時しか会えぬと。しかしアトラスの前に現れたのは、醜い魔物であった。
 襲い掛かる魔物に、アトラスは常に肌身離さず持ち歩いていた弓を構え、矢を放つ。二本、三本では魔物は倒せず、何度か追い詰められる。
「デキナイ‥‥ワタシニハ」
 がしかし、その度生まれる隙を突いて逃げ出す。
 長い時間が流れ。アトラスが放った手持ちの最後の矢が魔物を地に落とした。魔物の体は月の光のような薄い青の光に包まれ、変容していく。
「‥‥テ、テミス? ‥‥テミス!」
 倒れているテミスの身体を抱き上げると、アトラスは泣いた。魔物の正体が愛するテミスであったことに。その愛する者を自らの手で傷つけてしまったことに。そして。
「これでいいの‥‥私が望んだ事、これは私の罪なの‥‥」
 彼女を死なせてしまったことに。ここに至るまで気づけなかったことに。
 アトラスはテミスの身体に刺さった矢を一本引き抜いた。そしてその先端を首筋に当て。
 運命と、自分達を翻弄した神々を呪って。アトラスは自ら命を絶った。


 父神オメガスは娘ユープシルの願いを聞き届けた。ユープシルが良かれと思い引き起こしてしまった悲劇。しかし全ての発端は父神の性癖にあり、またユープシルに仕えていたティアというニンフを結果として魔物バンシーに変えてしまったこともあって、願いを捨て置くことは出来なかったのだった。義母神イオータも、テミスを魔物へ変えてしまったことの罪悪感があったか、反対しなかった。
「哀れなこの母子を、侵さざる領域へ」
 ユープシルは悲しみの涙を拭ったその手で二人の亡骸を抱き、天へと向かった。天空へ迎えられた二つの魂は星となり、永遠となった。
 月は毎晩、今夜も、優しく、しかし悲しげに、星となった二人を見守っている。

 ・ ・ ・

「ま、お星様になって一緒になれたんだから、幸せなんだよね♪」
「この世界では決して許されない、禁忌だったからな」
 空を見上げる二人の精霊、いや魔物。表情は満足そうに、ニコニコと満面の笑みで。