演劇習慣北米編第四週南北アメリカ

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 12.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/27〜12/03

●本文

 企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは5月に(遊びに)来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間(平日)を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。
 この演劇習慣の第2弾がつい先日円井の指揮で日本にて行われた。その第2弾からあまり間をおかず開催が決定した第3弾は、ヘラルトが複数の協力者と共に行う世界同時開催であった。

 初回の演劇習慣はひとつの単語が、前回の演劇習慣ではひとつの問いかけがテーマとして提示され、それに基づいた、或いはそれから連想される舞台を作り上げてきたが、今回の世界規模演劇習慣で提示されるのは『色』である。それも『空の色』。
 提示された色に含まれた意味、連想される物、情景。あなたにとってこの空の色は、何の色?

●演劇習慣北米編第四週
『ストーム・ブルー』‥‥嵐の青。暗く沈んだ黒に近い青い空。

・舞台など
 舞台はバー。
 下手(客席から見て左側)舞台奥にカウンターが置かれ、上手(客席から見て右側)寄りにはホール。ホールにはウッドのアップライトピアノ。落ち着いた雰囲気を醸し出す色合いのテーブルや椅子が並ぶ、ジャズ・バー。店内を優しいオレンジの明かりが薄く照らす。
 舞台の手前側は一段下がって、バーの前の『通り』。舞台中央の扉が中と外を分ける。

 前半部と後半部、時間の経過は衣装とメイクの変更で表す。主要キャストである歌姫、青年実業家、絵描きにはそれぞれ2種ずつの衣装とメイクプランが用意されている。

・物語
 しっとりとしたジャズの似合うバー。バーには一人の美しい歌姫がいた。
 ある嵐の日、仕事でそのバーのある街を訪れた青年実業家は歌姫に一目で心を奪われ、毎日のようにバーを訪れるようになった。誠実な性格の青年に、歌姫もまた次第に惹かれていき、二人が結ばれるのは時間の問題と思われていた。
 だが。青年実業家は長くはこの街にいられない。仕事の都合ですぐに別の街へと旅立つ。
「今の仕事が片付いたら、結婚しよう」
 そう言い残して。歌姫は待っていると答え、二人は別れた。
 バーのマスターや二人の仲を知る常連などは、どうして信じたのかと言った。本当に君のことを愛しているのなら、一緒に来てとでも言いそうなものじゃないか? きっと遊ばれたんだよ、と。それでも、歌姫は信じ続けていた。
 ある日、バーに舞い込んだ情報。あの青年が事故に遭い、生死を彷徨っていると。そしてそれっきり、青年の情報は途絶えた。大きなショックを受けた歌姫。

 一方で。バーの近くに住む貧しい絵描きも、何年も前から歌姫に恋をしていた。歌姫と青年実業家の恋を遠くから見ているだけ、彼女が幸せになれるのならと心の中で祝福していた彼だったが、悲しみに暮れる毎日を過ごす歌姫を見ていられなくなり、優しく慰め、励まし、元気づけようとする。絵描きはその最中で、自分が秘めていた想いを告げる。歌姫は、次第に絵描きの想いに応え始めるようになった。

 数年後、青年実業家は怪我を治し、かつての約束通りに歌姫を迎えに来た。
 その日、夕方から曇り、夜には嵐となりゆく。
 二人の再会場所は初めて出会ったバー。歌姫はその時もそこで歌っていた。
 外から聞こえてくる嵐の音をBGMに、三人は対面する。

 恋の決着がついた時。嵐は過ぎ去り、空は綺麗に晴れていた。

●今回の参加者

 fa0914 キャンベル・公星(21歳・♀・ハムスター)
 fa1443 門屋・嬢(19歳・♀・狼)
 fa2605 結城丈治(36歳・♂・蛇)
 fa2903 鬼道 幻妖斎(28歳・♂・亀)
 fa3172 浪井シーラ(26歳・♀・兎)
 fa3623 蒼流 凪(19歳・♀・蝙蝠)
 fa3983 キラ・イシュタル(17歳・♂・竜)
 fa5040 Uranus(26歳・♂・竜)

●リプレイ本文

「スタンバイの合図も出そうと思ったけど、あたしほとんど出っ放しじゃないか」
 今回が舞台初出演の門屋・嬢(fa1443)、自作のピアノ曲をどういう風にしようか脚本を読み返していて気付く。彼女は今回、バーのマスターとピアニストの二役。それぞれが出る場面は少しずつだが、出たり入ったり、衣装のチェンジなどがなかなかに忙しい。
 だが問題は無い。本番中の舞台袖にはプロンプターの蒼流 凪(fa3623)をはじめ結構な人数のスタッフがいる。舞台上へ出陣する仲間へ直接声をかけられないのは残念だが、合図や各種チェックは彼らが行ってくれる。
 大丈夫。安心して舞台に臨んでくれ。


 舞台照明をメインに、自身の観察眼を生かして仕事をする結城丈治(fa2605)。その観察眼は『何かしら特別なポイントを見つける』ということではない別の方向で役に立っていた。
 舞台照明は、基本的に舞台上にいる役者や舞台上にある物を観客に見せるために存在する。演出効果はその次である。何よりまず、観客に見せたいものを見えるようにするのが仕事。
 逆に、舞台では観客に見せたくないものも存在する。それは人だったり表情だったり物だったり様々だが、見せたくないものは舞台上から撤去するか、もしくは照明を当てないことで存在を消す。
 結城の観察眼は、そういった『見せたくないもの』が見えてしまっているところを発見するのに大いに寄与した。観客には意地悪く本当に細かい所まで観察して指摘してくる人もたまにいるのだ。そういった指摘・追及の芽を、結城は彼をサポートする鬼道 幻妖斎(fa2903)や、舞台装置・道具類を統括するUranus(fa5040)らと協力して片っ端から摘んでいった。

「役者に関しては大丈夫よ。親子だからって選んだわけじゃないけど、そこそこ頑張ってくれるはずだから」
 今回の演劇習慣は欧州のヘラルトが主宰であるが、彼一人では北米・中東も同時に面倒を見ることは出来ない。日本の円井も今回は欠場している。その代わり、北米と中東には、ヘラルトの協力者がついている。ここ北米の協力者は、ミュージカルを主戦場にしているエメリン・シゼット。
「絵描きのディーン役は安心して。公演が無事成功するよう頑張りましょ」

●パンフレット
アシュレイ・オーキッド‥‥浪井シーラ(fa3172)
リード・フレックス‥‥キラ・イシュタル(fa3983)
ディーン・プライス‥‥ロス・シゼット
アリア・ガーランド‥‥キャンベル・公星(fa0914)
マスター/ピアニスト‥‥門屋・嬢

●出会いの歌
『 私は一人になったの 慰めてくれるのは煌く月と星 優しい光へのお礼に私は歌うわ 』

 穏やかで温かい明かりに包まれたそのジャズ・バーでは、その日もゆったりとしたジャズが流れていた。録音でなく、生演奏というのが粋だった。
 カウンターの向かい、ホールでは、輝くドレスを身に纏った女性が歌を歌っていた。
 歌い終えると、バーに来ていた数人の客から優しい拍手が送られる。バーの歌姫は拍手に微笑みを返すと、最近よく見かけるようになったスーツの男を見つけた。
「また来てくれたのね。嬉しいわ」
 カウンター席に座っていたベージュのスーツの男、その隣の席に腰掛けると、歌姫アシュレイ・オーキッドは笑顔で言った。
「何度でも通うさ。あなたに会うためなら、仕事だって放り出してしまえる」
「そうしたら飲み代も払えなくなるわよ、リード」
 リード・フレックスは若き実業家である。どんな仕事をしているのかはアシュレイは聞いていなかったが、リード本人はそれなりの若い企業だと言っていた。
「それにしても、こんなところにこんな素敵なバーがあるとは知らなかった」
「何度も聞いたわ、その話」
「そうか、すまない。‥‥今日のドレスも綺麗だ。とても美しいよ、アシュレイ」
「それも。私はしっかり覚えてるわ。あなたのした話は全部」
 ふふ、と小さく笑うアシュレイ。その笑みにリードも笑い返して。
 二人が出会ったのは、この日と同じ嵐の夜だった。雨宿り同然にバーへやって来たリードは、ちょうどその時も同じように歌っていたアシュレイと出会い、彼女に一目惚れしたのだった。
 それから何度か。こうしてリードは自分の仕事の合間を見てはバーへ通い、アシュレイにアプローチをかけているのだ。
「さて、そろそろ戻らなくてはいけないな。飛行機に乗り遅れてしまう」
 しかし。リードはこの街へは仕事でやって来ただけ。その仕事が済めば、元いた街へと帰らなければならない。
「外はまだ嵐ね。飛行機は飛ぶかしら?」
「飛ぶさ。飛んでもらわないと困る」
「向こうでの仕事のために?」
「いや。こっちに戻って来る時に、このくらいの嵐で止まってしまっては困るからさ。アシュレイ、私が今抱えている仕事を終えたら、君を迎えに来る。その時、結婚しよう」
 リードの突然の告白。最初は全く気にしていなかった、しかし話をしているうちにどんどん惹かれた、誠実な男性の。
「待ってるわ、リード‥‥」
 頬を涙が伝う。嬉しかった。早くに親兄弟を亡くし、バーの皆が家族のようとはいえ独りだった彼女に告げられた愛の言葉。
 望んでいた返答を得られたリードもまた微笑み、空港へ向かおうとコートを羽織り、サングラスをかけ。二人が最後に交わした視線、サングラス越しにも通じた想い。

●台風の目
 アシュレイがリードと別れて、数ヶ月が経った。アシュレイはリードがやって来ることを心待ちにしながら、相変わらず毎夜バーで歌っていた。
 バーのマスターには、なぜあんな約束を信じたのかと言われた。仕事でちょっと訪れただけのバーの歌手に、そこまで本気になるだろうか。そして、もし本気なら「一緒に来て」とでも言いそうなものじゃないのか。
 現に、数ヶ月経ってリードは現れない。バーの常連で企業や経営者のゴシップに多少詳しい男から聞く噂では、リードには婚約者もいるという。
「きっと遊ばれたんだよ。早く諦めた方が、信じていて裏切られるより楽に済むよ」
 マスターは度々アシュレイにそう言い聞かせた。だがアシュレイはいつも微笑んで首を振り、私は彼を信じる、とだけ。
「マスター! 大変だ!」
 ある日。開店前にも拘らず飛び込んできた客。客はマスターへ何事か話そうとして、アシュレイを見て止めた。そしてマスターへ近寄ると、耳元で小さく告げる。マスターの表情には、抑え切れない驚愕が広がっていく。
「どうしたの? 一体何の話?」
 問うアシュレイに、マスターは客と一度目を合わせ、そしてさらに少し考えてから、抑えの利かなくなった悲痛な面持ちで告げた。
「あの青年が事故に遭って、生死を彷徨う怪我をしたんだそうだ。そしてそれっきり、彼の情報を聞かなくなったと‥‥」
 世界が遠くなった。耳に入ってきているはずの声はどこか遠くなり、目の前がぐらぐらと揺れた。
「そんな‥‥」
 崩れ落ちるアシュレイを、咄嗟にマスターが支える。
「そんな、嘘‥‥リード‥‥!」

 ・ ・ ・

「そろそろ、退院できるそうですよ」
「そうか‥‥随分と長く手間をかけさせて、すまなかった」
「いえ‥‥私は貴方を愛していますから」
 時々手を貸してもらいながら、ゆっくりと。それでもちゃんと一人で。リードは院内を歩いていた。その傍らにはいつも付き添う一人の女性の姿。
 アリア・ガーランド。親同士の決めた、リードの婚約者である。
「退院しても、暫らくお仕事はお控えになってくださいね」
「いや‥‥私を待っている人がいる。退院したら、すぐその人のところへ私は行くよ」
「あの、バーの歌姫ですか‥‥? 私は貴方のことをこんなにも愛しているというのに」
「すまない‥‥私は君を愛せない、妹のような存在だからね‥‥」

●嵐過ぎ行く先には
 嵐が来そう。バーの開店前空を見上げて呟いたアシュレイの言葉は、開店と共に現実になった。
 強い雨足、吹きつける風の音。こんな天候では飲みに来る客も少なく、バーのカウンターやテーブルには、数人の常連客がいるだけ。それでも、アシュレイはいつものように歌っていた。

『 あなたが消えてしまった 私の心もどこかへ消えた けれど時が経つと戻ってきたわ 』

 リードの事故の話を聞いてから、アシュレイは毎日悲しみに暮れた。仕事である歌は、彼女自身が歌を歌うことが好きだったこともあって中断することは無かったが、しかし、歌には以前のようには強い感情は篭らなかった。
 そんな彼女の元に現れた、ひとりの青年がいた。名をディーン・プライスという、貧しい絵描きである。彼はアシュレイがバーで歌い始めた頃から彼女のことを知っており、ひそかに恋心を抱いていた。しかし、彼女には数ヶ月前リードという想い人が出来た。ディーンは数日の間悲しみ、悩み苦しんだが、それがアシュレイにとって至上の幸せならと、ひそかに応援する側へ回っていたのだった。
 ある日ディーンが見たのは、悲しみ涙を流すアシュレイの姿。リードが事故に遭い、行方が知れぬと。
 ディーンは悲しむ彼女を見ていられなかった。初めは優しく慰め、励まし、元気づけようとした。アシュレイは少しずつ、彼に心を開き、少しずつ、元気を取り戻していった。
 誰も責めることの出来ない必然。ディーンはアシュレイへ、秘めていた、抑えていた想いを告げた。貴女を愛している。
 アシュレイは戸惑った。だが、彼女は次第にディーンの想いに応え始めるようになった。


 嵐のこの日も、歌姫はバーで歌っていた。カウンターにはいつかの青年実業家の代わりに、絵描きの青年が座っていて。
 バーはピアノの音と歌声で満ちていた。外の嵐の音など別の世界の話。
 バーの扉が開けられた。入ってきた二人の男女。
 歌声が止まった。何事かと、ピアノを弾く手も止まる。
「生きてた‥‥」
 開けられた扉は別世界の音をバーへ呼び込み、無音となったバーには扉が閉められてなお外の嵐の音が小さく響く。
「やあ‥‥遅くなったけど、君を迎えに来たんだ」
「リード‥‥」
「あんたは‥‥!」
 リードの姿を認めたディーンは、カウンター席から立ち上がるとリードに詰め寄った。
「あんたは、どうして今頃‥‥アシュレイがどれだけ悲しんだと思ってるんだ」
「君は‥‥?」
「俺は、彼女を守る者だ。俺は、あんたのように彼女を置いて消えたりなんかしない」
 その言葉に、リードは今を把握した。彼がいない間に、何があったのか。
「仕方ないな。数年も連絡が出来ず、死んでしまったと思われれば、絵描きの君に惹かれるもの無理なことではない」
 それが現実である。リードはそれを知っているし、受け止める。
 しかし、それでも。リードはアシュレイのことを愛する。
「リード‥‥その、女の人は?」
「私は、リードの婚約者です」
 アリアは隠すことなく告げる。アシュレイの顔色が変わり、ディーンの視線が強くなる。
「ですが、私は‥‥妹、のような存在だと告げられました。私を愛することは出来ない、一日でも早く怪我を治して、貴女に会いに行くのだと‥‥ずっと、彼はそう言っていました」
 少し俯いて、目を伏せ。しかし、また顔を上げた時には強い意志の光が瞳に宿っていて。
「リード、私は‥‥貴方を愛しています。あの歌姫のように、他の男性に心変わりなどしません!」
 それは、何度も退けられた想い。それでも、アリアは諦めることができなかった。婚約は両親が決めたこと、しかしアリアは自分の意思で、リードのことを心から愛していた。
「すまない、私は、君の想いには応えられない。‥‥アシュレイ、私は君が好きだ。どうか、私と共に歩んでほしい」
 差し伸べられた手。アシュレイはリードの顔と、その手を見て、そっと、その手を取った。
「リード‥‥あなたを愛してる。一生を賭けて」
 アシュレイの答えに、リードの表情が一瞬にして明るくなる。そのままアシュレイの方へ歩み寄ると、彼女の体を強く抱きしめる。アシュレイもまた、リードの背に手を回し抱きしめ返す。


 バーには再びピアノの音が流れていた。いつものジャズではなく、バラード調の楽曲。開店と同時にやって来た常連たちと、ついさっきから少しずつ増えてきた客達で、バーは賑わいを見せ始めている。
 カウンターでは、リードとアシュレイが並んで座り。そこへ、アリアが手紙の束を見せていた。
「これは、彼が貴女に宛てた手紙よ‥‥。私が、ずっと隠していたの」
 リードが事故に遭った後、アシュレイへの連絡は途絶えていた。それは、リードが死んだからでも、アシュレイを遊び相手としか見ていなかったわけでもなく。アリアが、託された手紙をずっと手元に保管していたためだった。
「私は、リードを失うのが‥‥彼の心が貴女に向けられているのが、羨ましかった」
 リードは、アシュレイのことを忘れてなどいなかった。彼はずっと、常に、アシュレイのことを想い続けていたのだ。
「お二人の幸せを祈っていますわ。それでは」
 そう告げると、アリアはバーを後にした。未練が無いわけではなかった。それでも、どうにか振り返らずに。
「貴方は‥‥彼女のことは、いいのですか?」
「アシュレイがそう決断したのなら‥‥それを尊重したい。俺は、俺自身のことより、アシュレイの幸せを願ってる」
 外の通りには、いつの間にか姿を消していたディーンがいた。彼の言葉は負け惜しみのような無理のある言葉でなく、本心からそう思っているようにアリアには聞こえた。
 吹き荒れていた嵐は過ぎ去り、見上げた空は綺麗に晴れていた。