演劇習慣欧州編第四週ヨーロッパ
| 種類 | ショート |
|---|---|
| 担当 | 香月ショウコ |
| 芸能 | 3Lv以上 |
| 獣人 | 1Lv以上 |
| 難度 | やや難 |
| 報酬 | 12.9万円 |
| 参加人数 | 6人 |
| サポート | 0人 |
| 期間 | 11/27〜12/03 |
●本文
企画『演劇習慣始めよう・劇を忘れた古い日本人よ』略して『演劇習慣』。それは５月に（遊びに）来日したドイツの劇作家で演出家のヘラルト・リヒタが日本の劇団主宰円井 晋とタッグを組んで行った、一週間（平日）を通し連続してそれぞれ別テーマで公演を行い、人々に芝居を見る習慣をつけてもらおうという企画である。ちなみに、週間と習慣がかけられている。この演劇習慣の第２弾がつい先日円井の指揮で日本にて行われた。その第２弾からあまり間をおかず開催が決定した第３弾は、ヘラルトが複数の協力者と共に行う世界同時開催であった。
初回の演劇習慣はひとつの単語が、前回の演劇習慣ではひとつの問いかけがテーマとして提示され、それに基づいた、或いはそれから連想される舞台を作り上げてきたが、今回の世界規模演劇習慣で提示されるのは『色』である。それも『空の色』。
提示された色に含まれた意味、連想される物、情景。あなたにとってこの空の色は、何の色？
●演劇習慣欧州編第四週
『ニュイ・ブランシェ』‥‥白い夜という意味の言葉、白く明るく染まる空。
・舞台など
森の中。広場。開けていて空が見える。
舞台中央に切り株が一つ。
・物語
消えぬ明かり、降りぬ夜の帳。一晩中、空が白く染まる夜。ニュイ・ブランシェ。
森の中ではこの時期に、近くに住んでいる者たちが集まって行う儀式がある。
切り株を中心にして集まった人々。彼らがこれから行う儀式とは、『蘇生の儀式』。
森は恵みの源。切り株は人間が恵みを受け取った跡。その命の残滓を、さらに源として受け取る儀式。
始まる、集まった人たちの談話。それが儀式なのだ。人々は順に、自分がこれまで成したこと、これから成していこうと思うことを話す。
全員が一通り話し終えると、ゆっくりとあたりが暗くなっていく。白い夜の終末である。
漆黒の闇に包まれる森。しかしすぐに朝はやってきて、辺りに光が満ちる。
人々の中から、一人が消えていた。彼が『儀式』において認められたのだ。
『蘇生の儀式』。集まった幽霊達が、もう一度この世に生を受けるための儀式に。
●リプレイ本文
シナリオライターの久遠・望月（fa0094）は、劇場からあまり離れていない森の中に入って、ノートパソコンを開いていた。白い夜。白み始めた空。北欧ならではの、白夜だろうか。思い浮かぶ言葉を、ひとつひとつ打ち込んでいく。
北欧。転生・蘇生。森の中。白。
古城に住む一人の娘。患った病の苦しさの中、見つめる視線の先には白いドレス。
ウェディングドレス。果たせぬ誓い。
「‥‥やべ、バッテリー」
●パンフレット
アダムス‥‥ジェイムズ・クランプ（fa3960）
ピート‥‥ジャック・ピアス（fa4741）
エバ‥‥Ｌａｕｒａ（fa0964）
アレックス‥‥田中 雪舟（fa1257）
ジョージア‥‥ベルタ・ハート（fa2662）
●蘇生の儀式
「どうも、またお会いしましたね」
「お互い、なかなか選ばれませんな」
切り株を挟んで、現れたのは二人の男。一人はアレックス。もう一人は、ピートという。
「もうこの儀式も何度目か知れません。いつが終わりになるのやら」
「僕も、早く選ばれたいです。そうしないと、彼女に置いて行かれるかもしれませんから」
誰も時計を持ってはいないが、時は真夜中である。にも拘らず森が白く照らされているのは、夜中になっても空に夜の帳が下りない『白い夜』の日であるからだ。
この森の中では、この『白い夜』の日にある儀式が行われる。森の中心、いつ切られたか知れず、いつからずっとそのままであるのかも分からない『源の切り株』。この切り株を囲んで、恵みの源たる森の、命のエネルギーを受け取るための儀式。『蘇生の儀式』。
「あなたは、確かに早く選ばれたいわよね。まだ長い間相手を待たせてるわけではないし。そっちのオッサンの方は、もう待ちくたびれて逃げられたんじゃないかしら？」
ジョージアという、長い銀の髪を黒いドレスに靡かせる女がやって来る。切り株のまわりをぐるり見渡すと、これで全部かしら？ とアレックスに問う。
「いえ、もう二人。すぐに来ますから、待ちましょう」
「時間ギリギリ。新入りかしら？」
この儀式に参加し始めてまだ経験が浅いことからピートには詳しいことは分かっていないが、どうやらアレックスがこの場では仕切り役のような立場らしい。彼はジョージアと共に、相当な古参なのだそうだ。
「薄気味悪い森だな‥‥」
「でも、空は見えるよ。天井と同じ、真っ白だけど」
アレックスとジョージアの会話が終わったのとほぼ時を同じくして、現れたのは二人の男女だった。
「さあ、それでは始めましょうか。儀式を」
アレックスの言葉。困惑する、やって来たばかりの二人を無視して、まずはピートが語り始める。
「僕は、愛する女性の元へ行きたいと思います。僕は間抜けにも、親父の新しい奥さん‥‥義理の母親に恋をしてしまったんです。でも彼女は、それまで付き合った女友達とは違っていて‥‥僕と義理の母の関係を知った親父は、周囲の目を気にして、義理の母を虐待しました。僕はそれに耐え切れなかった。僕は、親父を花瓶で殴ってしまったんです。倒れて動かなくなって、たくさんの血が出て‥‥殺してしまったと思ったんです。そして、僕は、義理の母と共に毒を飲んで、心中しようと‥‥そう思ったんです。本当は、親父は酷い怪我ではなくて‥‥彼女も、すぐ人に発見されたことで、息を吹き返したんですが‥‥僕は見ての通り、また間抜けにも、一人死んでしまったんですよ。もし僕が選ばれたら、僕は彼女を守りに行きたい。そう思ってる」
「‥‥何の話だ？」
新入りの男は、不審げな目でピートを見た。はじめの方だけ聞けば、まだドラマチックな恋だなぁと言える。だが『僕は死んでしまった』だって？
「もしかして」
もう一人、新入りの女が呟いた。男の視線だけでなく、皆の視線が彼女へと向く。
「ここにいる皆さんは、もう死んでいるんですか？」
「そういうことです、お嬢さん」
エバです、と自分の名を名乗った女に、アレックスが答えた。
「この儀式は、もう一度世に生を受けるためのもの。転生したら何を為したいかここで話し、どこにいるとも知れぬ判定者に選ばれれば、転生できる」
「俺が、死んだ人間？ そんな馬鹿な、俺はこうしてここにいるじゃないか」
「ゆっくり、思い出してみるといいですよ。そのうち、分かります」
アレックスはそう言うと、男が自分のことを思い出すのを待たずに自分の話を始める。
「私は日本人なんですが、丁度戦争が始まった年に留学していた関係で、ちょっと英語やらドイツ語ができましてね。収容所の通訳って事でヨーロッパでそのまま召兵されたんですよ。アレックス・タジマと名乗っていましたが、日本名は田嶋 茂といいましてね」
●繰り返される昔話
（「そうか、思い出したぞ‥‥俺は、殺されたんだ！ あの男に！」）
アレックスの話の最中、アダムスは自分が置かれている状況、そして置かれて『いた』状況を思い出した。
（「ずっと友達だと思っていたのに‥‥絶対復讐してやる‥‥この儀式は、選ばれれば生き返れるんだったな‥‥まさに今の俺にうってつけじゃないか！」）
「楽しそうね」
知らず笑みのこぼれていたアダムスに声をかけてきたのは、ジョージアだった。まだ、アレックスの話は続いている。
「でも、楽しいのは初めだけよ。古参にとってはつまらなくてしょうがないわ。今喋っているあの男。あの男は私が来る前からずっといるわよ。壊れたレコードみたいに繰り返し同じ話をするわ。あの人の奥さんや子供も、私が生きていた頃に既にいい歳をしたお婆ちゃんだっていうのに」
「よく飽きないな」
「飽きたわよ。私だって、楽しくってやっている訳じゃないわよ。選ばれるのは何時も１人だけ、選ばれる為には自分がしてきた事、したい事をどこかにいる判定者に永遠に話すだけ。それしか出来ないんだから」
「転生を諦めたら、どうなるんだ？」
「さぁ？ 転生を諦めたようなことを口走った人間は、それ以降儀式じゃ見かけなくなったわ」
「まあ色々とありまして知らないうちに恨まれていたんでしょうね。捕虜虐待容疑で逮捕されて略式裁判に掛けられ、銃殺されたんですがね。色々見てきましたし、喋られると不味いと思われたんでしょうね。本土に残してきた妻や子供には、ついぞ会うことは叶いませんでした。だから私は、転生したら家族に会いに行く。そう決めているんです」
アレックスの話がようやく終わると、次はジョージアの番となった。何となくで順番が決まっているようで、何かしらの決まりによって順番が決められているらしい。
「私は、酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたのよ。ホームから突き落とされたの。やっとのことで手に入れた、小さな劇場の主役。そこへ辿り着くために、私は出来ることは何でもやったわ。主役を決めるための一票を持ってると聞けば、どんな男にも媚びを売って。一緒に稽古をしてきた友も蹴落として。そうしてやっと手に入れた。なのに、私は死んだ。それも初演の前日によ？ つまらない、喧嘩のせいで‥‥もしかしたら酔っぱらいじゃなく、私が蹴落とした女優の誰かかも知れないし、ディレクターの奥さんかもしれないけど」
ふふふ、と笑うジョージア。
「私は転生して、また女優をするのよ。そして、主役を演じる。トップに立つ。そのためには、私は手段は選ばないわ」
・ ・ ・
「私は、転生したら真っ白いウェディングドレスを着るの。愛していた人との結婚を前に、私は病気で死んでしまったから‥‥」
幾人もの幽霊の、昔語りが続く。
「式のずっと前から準備していた、綺麗な純白のドレス。それを着て、あの人との誓いを果たしたかった。どうか、私が転生する一人に選ばれるよう、いつも祈っているわ」
純白のドレスを着たいと願う、純白のドレスを着た少女。どうやらここに現れる者は、自分のイメージした自分の姿で現れているようだが‥‥少女にとっての『ドレスを着る』ということは、そういうことではないのだろう。
「次はエバ、あなたですよ」
アレックスに促されると、エバはどう話そうか少し迷って、そしてゆっくりと話し出す。
「私も、病気で死んだの。病院で、ずっと白い天井だけ眺めて、たまにご本やテレビでお花や動物や、お外のことを見るの。本物を見たり触ったりするのはダメだって、先生は言ってた。うん、あたしも分かってた。お外には行けないって。だって、あたしの体には、いっぱい管とかチューブがついてたから。引っかかって動けなくなっちゃうよね」
時折、思い出したように冗談のような言葉を言って笑うエバ。だが、話している内容は一緒に笑えるようなものではなく。今の彼女の外見は二十歳前ほど。おそらくこの姿が、エバがイメージした自身の姿。本当は、もっと幼い頃に死んでしまったのだろう。残酷さを残酷と感じないくらいの。
「苦しかったよ。胸がヒューヒュー言って、息が出来なかったの。そして指の先がね、段々冷たくなっていくの。でもね、反対に胸とか熱く苦しくなるの。頭だけ沸騰しているの。あたしが最後に見たのは、ガラスの向こうで泣いてたママとパパ。『今度生まれ変わるんだったら』って、言うの。ママとパパが泣いているのは、あたしのせいなの。だからあたしは、生まれ変わってママとパパに会いに行くの」
やってきたのは沈黙。静寂。それ以上エバは語ろうとせず、そこで彼女のお話は終わりなのだと分かった。
「次は、アダムス、あなたですね」
「生き返りたい理由か？ そんなの決まっているじゃないか、生き返ってアイツに復讐してやるんだよ！」
アダムスは、生前、というか死の直前、銀行強盗をしていた。幼馴染みを相棒に金の山を抱えて逃げ果せ、大金持ちだと喜んだ瞬間の死だった。
アダムスに死を運んできた者。それは他ならぬ相棒、幼馴染みだった。
「アイツは、二人で盗んだ金を自分だけで独り占めしようとしやがったんだ。絶対許せない。俺は転生したら、アイツを殺し返すんだ」
・ ・ ・
白く染められていた空に、少しずつ青の絵の具が染みていく。話し終えた霊たちに、ゆっくりと朝が訪れる。
「あなた、今から転生して、家族に会えると思ってる？」
ふと、ジョージアがアレックスに尋ねた。アレックスが死んだのは第二次大戦の時代。それからもう何十年もの月日が経っている。
「ええ、もしかしたらとっくに死んでいるかも知れません。でもここで会えないという事は生きているか、こことは別の天国にいるのかも知れません。だとしたら私は一人です。少なくともここにいる限り誰かとお喋りできますから」
苦笑するアレックス。呆れるジョージア。
「そんなこと言って、この儀式から追い出されても知らないわよ」
「そうですな。しっかり口を閉じておかなければ。‥‥おや」
「どうしました？」
アレックスの声に、ピートが反応した。辺りを見回すアレックスにつられて、自分でも周囲を見てみる。
「新入りさんがいませんね」
「ええ‥‥彼は上手く選ばれたんですね」
一人の男が消えていた。
「また、選ばれなかったわね。それにしても、判定基準がよく分からないわね。一体話のどこを判定されているのかしら」
三々五々、帰っていく霊たち。
転生する者を選ぶ、その判定基準。それは。語っていた内容を実行した時、どれだけ現代世界に影響を与えられるか。
とすると、アレックスは転生は不可能だろう。ピートやエバも、想いの内容から考えると難しい。唯一、ジョージアはまだ微かに望みがあるだろうか？
●転生したモノ
十何回か、儀式は繰り返された。
アレックスは、まだそこにいた。ジョージアは消えていた。ピートも姿を消していた。エバはまだ来ていた。白いドレスの少女も、まだいる。
その日の儀式には、新入りがやって来た。
「くそ、俺を殺しやがったあの男、転生したら殺し返してやる！ せっかく、人が幼馴染みを殺してまで手に入れた金で、楽しく暮らしてたってのに！」
儀式は続く。
永遠に。
