奏デ歌ウ想イ ―即興曲アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/25〜01/29

●本文

●奏デ歌ウ想イ
 奏歌楽士と呼ばれる者たちがいることを、おそらくあなたは知らないだろう。
 世界は調和の下に成り立っている。世界各地で大なり小なり争いは起きているが、それも調和の中の一部分。
 『歪』。それは世界に生じた歪みとも、もともと存在していたが気づかれなかった歪な部分とも。『歪』が世界に生まれた瞬間、調和は乱される。

 世界の調和のため、日夜人知れず『歪』と戦う奏歌楽士たち。
 この『奏デ歌ウ想イ』は、彼ら奏歌楽士たちの戦いの記録を記す特撮番組である。

●『奏デ歌ウ想イ』の世界
 奏歌楽士とは、『奏(ソウ)』『歌(カ)』と呼ばれる特殊な能力を使用して『歪(イビツ)』と戦う者たちのことである。『奏』を使用する者を『奏士(カナデシ)』、『歌』を使用する者を『歌士(ウタシ)』という。
 『歪』とは、特定の形を持たず宙に浮く影のような存在である。これが人や物に取り付くことによって、『歪』として本来の力を行使し世界の調和を乱しはじめる。
 楽士たちは世界各国にある楽士協会に所属し、そこから下される指令によって『歪』退治を行う。楽士協会は、楽師(マイスター)と呼ばれる強力な力を持つ数人の奏歌楽士によってその上層を構成され、『歪』の調査と退治、奏歌楽士の訓練、新たな楽士の育成を行っている。

 『奏』『歌』とは、楽士たちが行使する特殊な能力で、専用の特別な楽器を弾く、または歌を歌うことで発動する。
 楽器という増幅装置がある分『奏』は強力な力を行使できるが、楽器の形状や大きさにより取り回しの利きにくい状況があるという弱点をもつ。また一般人には奏歌楽士たちや『歪』の存在を知られてはならないため、楽器が無ければ力を発揮できない奏士は時にただの人間でしかない。
 対して『歌』は歌士が歌える状態であればいつでも発動可能だが、白兵戦用の武器を生成することを苦手とし、また増幅装置が無いぶん一部の強大な楽師を除き行使する能力の威力では『奏』に見劣りしてしまう。

●出演に当たって
 出演者にはこれらと以下注意点各種を踏まえてテンプレートを埋め、番組の登場人物を設定、毎回提示される目的の達成を目指してほしい。

【能力】「奏」もしくは「歌」を選択。
【ジャンル】能力の種類を設定。いずれか一つ。
 奏‥‥白兵(+5)、単体射撃(+3)、複数射撃(+2)、散弾/扇状/放射(+1)、回復(+3)、補助(+3)
 歌‥‥単体射撃(+4)、複数射撃(+3)、散弾/扇状/放射(+3)、回復(+3)、補助(+4)、修復(+5)
【射程】能力の射程を選択。いずれか一つ。
 奏‥‥短(+5)、中(+3)、長(+1) ※短:0〜1m 中:1〜12m 長:12〜100m
 歌‥‥短(+4)、中(+4)、長(+2)
【効果】4つのパラメータに合計20ポイントを1〜15の範囲で振り分けてください。
 威力/効果:破壊力、回復力など。
 速度:演奏・歌唱から発動までの速度。射撃であればその弾速。
 持続:その能力が発動してからどれだけの時間効果を持って存在し続けるか。
 安定:発動確率、効力の安定、妨害に対する抵抗。
【回数】能力を一日に使用できる回数。
 ジャンルと射程を決定後、()内の数値を足した数。
 パラメータポイントを2点消費することで使用回数+1することも可。
【その他】能力についての注意点
 『奏士』と『歌士』の掛け持ちは不可。しかし、『奏士』なら『奏』、『歌士』なら『歌』の複数習得は可能。

<キャラクターテンプレート>
キャラ名:
能力:能力・ジャンル・射程/効果:威力・速度・持続・安定・回数
備考:

<テンプレート見本>
キャラ名:香月
能力:奏・白兵・短/効果:6・7・3・4・10
備考:楽器はヴァイオリン。弓が光の剣になる。

※皆さんが演じるのは原則として楽士協会日本支部所属の奏歌楽士です。一般人、フリーの楽士、マイスターは現在選択できません。

●即興曲
 楽士協会日本支部内で囁かれている噂。日本協会は他の協会に極秘で、何かしらヤバいものを作っている。そして、それを察知したどこかの国の楽士協会が特殊部隊を送り込んできた。そのために先の事件は起こったのだ、という。しかし、先の楽士と『歪』ダミーによる襲撃について、楽師たちからの公式見解は出てこない。募る不安、不信。
 そんな中、奏歌楽士たちに下された指令。最近の度重なる事件により行われていなかった『歪』の退治。管轄である日本国内を大きく3つのブロックに分けて管理している日本楽士協会、今回の混乱による被害は関東を中心にしたブロックだけなのだが、他の二つのブロックでは過去に無いほどの『歪』の大量発生が起きており、関東ブロックの機能の鈍化を補うことが出来ていない。そのため、関東ブロックには現在多くの『歪』が調律されずに徘徊している。
「今回、君達に処理してもらう『歪』はこれだ」
 日本協会楽士、桐原 藤次がスクリーンを指して言う。映っているのは‥‥人間。
「改めて説明する必要も無いとは思うが‥‥『歪』はそれ単体でも行動できるが、大抵は生物や機械に憑依して行動を行う。動くことが出来るものなら憑依対象になりうる。人間も例外ではない」
 スクリーンの少年は年の頃15ほどだろうか。部屋の隅に座ったまま、まったく身動きをしない。
「まだ『歪』がこの体に慣れていないのだろう。だがその内に活動を開始する。一般人への被害が拡大しないうちに、この『歪』を処理してもらう」
 この少年がいる部屋は、どこかの学校の寮のようだった。一人部屋らしく、ベッドは一つ、机も一つ。
「過去に同様の事例もあったが、それに携わった者も今は少ない。正確な対処法は伝わっていないが、方法としては大まかに二つ」
 一つは、『歪』にとりつかれた人間を身動きできなくなるまでボコボコにし、近くに代わりの憑依対象をおいてそちらへ『歪』を移動させ、撃破すること。
 そしてもう一つは、憑依されている人間ごと処理すること。

「世界の調和のために。歪みを、調律せよ!」

●今回の参加者

 fa2837 明石 丹(26歳・♂・狼)
 fa2847 柊ラキア(25歳・♂・鴉)
 fa3319 カナン 澪野(12歳・♂・ハムスター)
 fa4131 渦深 晨(17歳・♂・兎)
 fa4133 玖條 奏(17歳・♂・兎)
 fa4371 雅楽川 陽向(15歳・♀・犬)
 fa4579 (22歳・♀・豹)
 fa4717 金緑石(21歳・♂・狐)

●リプレイ本文

●OPキャストロール
カナン・藤堂‥‥カナン 澪野(fa3319)
ジルベルト・パーラ‥‥渦深 晨(fa4131)
迅雷‥‥玖條 奏(fa4133)
朝香 凛‥‥雅楽川 陽向(fa4371)
黒崎 蛍雪‥‥明石 丹(fa2837)
美樹 秋緒‥‥檀(fa4579)
旭 貴朔‥‥柊ラキア(fa2847)
城崎 香佑‥‥金緑石(fa4717)

●ゴーン三日合わされば刮目して見よ
「みんな〜、久しぶり〜!」
「りーーーん!!」
 一直線に駆けて来て両手を広げ、朝香 凛は待ち構える懐かしい旭 貴朔の元へダイブ!
 着弾位置が横に少しずれているのはお約束。
「久しぶっ!!」
 凛の細い腕が貴朔の鼻より少し上のあたりに直撃。しかし貴朔は後ろに大きく仰け反りながらも凛をしっかり受け止める。
「‥‥ゴーンに比べたらこのくらいの衝撃‥‥」
 ゴーン。
「何で? 何で!?」
「あらごめんなさいね貴朔。ちょうど倒れこむ先に竪琴置いてあったわ」
「トラップとは新パターンやな‥‥何や皆パワーアップしとる」
「凛も、暫らく会わない間に大きくなったわね〜」
 貴朔を下敷きに正座している凛の頭を美樹 秋緒が撫で。身長とかそういう話題ではなく、内面的に成長したねと。
 最近の歪大量発生を理由に、凛は本家である関西ブロックに借り出されていた。同じような理由で幾らかの楽士がいなかった関東の日本協会本部は、そのために先の襲撃事件の際ジルベルト・パーラのような他国からの研修生も戦力として数えなければならなかったのであった。
 ちなみにそのジルは、日本協会から当てられた研修担当の黒埼 蛍雪と共に、順序は違ってしまったが対歪戦闘の訓練としてここへ来ている。本来なら、対歪の後に対楽士訓練のはずだったのだが。
 対楽士といえば。新人同士で仲の良い(知らない人が見ると誤解する)城崎 香佑と一緒に寮の見取り図を見ているカナン・藤堂は対歪よりは対楽士向きの能力を持った奏士だ。実際にそれを人間や生物に向けて放つことを好むわけではないが。
「歪を対象から離し対処する方向で進める。それで良いかな?」
 蛍雪の確認に、皆が頷く。
 作戦は、10代組が生徒のフリをし寮内へ潜入、対象を捕縛して連れ出し、近くの山中にて歪を別の器に誘導して撃破するというもの。
「頑張って行ってこいよ」
 迅雷の一言に、サッと誰かが何かを構える気配。
「冗談だ。ああ冗談さ。頑張ろうか」
 だがしかし、潜入組にあまり頑張ってほしくないと思う者も一人いて。
「カナン、あまりを無茶するなよ。ヤバくなったら外の俺達を呼ぶなり誰か囮にして逃げるなりしろよ」
「大丈夫だよ。ジルも雷も凛も優しいし。平気だよ、頑張ってくる」
「『動かざる 岩になろう この想い』」
 凛の『磐石』の歌の効果を受けて、ジルがサンバホイッスルを杖に変化させ、能力を発動させる。
「それじゃ、頑張ってきますね!」
 蛍雪にそう言って、ジルは『透過』の中へ入っていく。そこへ他の3人も入っていき、消える。

●世の中そんなに甘くない‥‥一部にはツボ。
 発見から楽士派遣までの間に時間的余裕があまり無かったことから、残念ながら潜入メンバー全員分の制服は用意できなかった。ジルと凛に合うサイズの制服はあったが、残りは別の物で妥協するしかない。
「‥‥でもこれって、逆に目立つよね‥‥?」
 言うカナンは体操服。暖冬とはいえ結構寒い。ちなみに天の声サイドの好みが混じったわけではない。断じて。ええ勿論。当然です。信じて。
「で、俺はコレなのか。動き易いから文句は無いが」
 違和感ゼロの迅雷は濃緑色のジャージ上下セット。確かに制服よりは動き易いし唯一の前衛としてありがたくもあるのだが、きっと貴朔あたりが見たら笑って呼吸困難になる。


「‥‥‥‥」
 幾ら凛の能力で効果時間が延長されているとはいえ、それでも何十分もとはいかない。ゆえに寮内で何回も『透過』をかけ直す必要があるかと思われたが、平日であるお陰で寮内に生徒の姿は無く、入り口の守衛をやり過ごした後は突然現れた食堂のおばちゃんらしき人と一度すれ違った以外特に問題は無く。体調不良で学校を休んだり、恋人同士で語らうためにサボって寮を抜け出していったりする生徒がよくいるからかは分からないが、制服組は怪しまれなかった。さすがにカナンは潜入に向かな過ぎる外見で見咎められかけたが、タイミングよく迅雷が夕食のメニューを尋ね注意が逸れた。夕食は麦ご飯とけんちん汁、ほうれん草のお浸しに豚肉のピカタ。

 ・ ・ ・

 歪処理のための場所の確保と準備を終え、秋緒が運転するバンが寮の近くへと戻ってきた。助手席には蛍雪、後部座席には(秋緒乙女カスタムにとって)邪魔者の香佑と貴朔。
 作戦の成功を願い、また万一の時の対処法を頭の中で巡らす蛍雪と彼を見つめつつ10代組の心配もする忙しい秋緒は無言で沈黙。そして背後も静かなのだが。
「‥‥‥‥」
 何か蠢いてる貴朔。何か挙動不審の香佑。
(「もし入れ替えがうまくいかなかったら、その少年ごと処理するしか‥‥いやでもその時はもう歪なんだから、でも元々は人間なんだけど歪になってるけど少年で‥‥」)
 貴朔超モジモジ。そこに突如、彼の肩を掴む手が!
「うへい!?」
「何だ!?」
 掴んだ香佑もびっくり。
「‥‥なあ、俺達は兄弟なんだよな? だったら、手を貸してくれ」
「‥‥フムフム‥‥ふんふん‥‥『コッソリ潜入大作戦』?」
 説明しよう! 『コッソリ潜入大作戦』とは、心配性の香佑がカナンとその他数名を見守るために寮へコッソリ潜入してやろうと計画した、壮大なる作戦なのである! ‥‥そのまんまじゃん。
「‥‥よーし、僕も男だ、弟のために人肌脱ぐ!」
 貴朔、人体模型宣言。
「それ誤変換だよな。‥‥ん? 何コレ」
「忍び込むっていったら、やっぱりこれでしょ!」
 唐草模様の手ぬぐい。そしてそれを既にかぶり終えた不審人物約一名。さすがにこれは無い。これは潜入用ではなく泥棒用装備だ。
「でも泥棒だって今時それは‥‥」
「え、しないの? これってお決まりじゃないの? え、僕だけ!?」
「今はバラクーダかぶってるだろ」
 バラクーダ=目出し帽。覆面レスラーっぽいアレ。
「とにかく、行くんなら行こう。‥‥手ぬぐいやっぱり持ってくのか」
「涙を拭うために‥‥若さゆえの過ちを知った溢れる涙を」
 えぐえぐと泣きながらドアに手をかける貴朔。その瞬間。
 ガコッ。
 ドアロック。
「あれ?」
「どうしたんだ?」
「鍵が」
「鍵? 手動で開けられるだろ」
 ガコッ。‥‥ガコッ。
「またかかった」
「よくこういうイタズラがあるよな。鍵は運転席でもかけられ‥‥運転席?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥‥

「ごめんなさい、イタズラに行こうと思ってたの僕らでした」
「未遂で終わるからこの先はカットにしてくれ」
 無理。

 ・ ・ ・

 対象のいる部屋は、ちょうど通路の角の傍にあった。その角に迅雷が立って両側の廊下を見張り、他の3人がドアを開けた。まずは対象の捕縛。既に歪が少年の体に馴染んでいないことを祈りつつ。
 果たして、部屋の隅には協会のスクリーンで見た時と同じように蹲っている少年の姿。ドアの開いた音に気付いて視線だけは向けてくるが、しかし暴れたり襲ってきたりする様子は無い。
「これが‥‥歪なのか?」
 思わずジルが口にした感想は、皆も同じく感じていた。『転送弦』という強力な歪レーダーを持つ日本協会は、殆どの歪を発生直後に調律してきた。それゆえにあまり戦闘力の無い『影』の状態の歪や、憑依しても強大化する前の歪との戦いばかり。市街地に現れた歪はその市街に住居を持つ楽士が瞬殺し、山中に現れた歪は楽士が向かうのに時間がかかるのと同じく歪が人間の元へ降りてくるのにも時間がかかった。日本協会の若い楽士達で、人間に憑依した歪と遭遇したことのある者は非常に少ない。究極的に言ってしまえば猿や犬に憑依した歪と同じなのだが、しかし彼らが戸惑うのも当然と言えた。
「本格的に暴れ出したら、中身引っ張り出すなんてこと言ってられなくなるかもしれん。今のうちに眠らせたろ」
 凛が促し、カナンが『奏』の準備を行う。
「『ほほ笑みは 全てを包み 安らぎを』『現に戻りて 汝忘れたる』」
 凛の『歌』がカナンの『奏』をBGMに紡がれる。共音『氷の戒め』は対象の動きを縛ると共に、その意識をも眠りの中へと引き込んでいく。凛が『玉響』に加えた言葉の効果で、この少年は眠りから覚めるとこの事件の一切を忘れる。もしも歪に憑かれている間の記憶が彼の中に残ってしまった場合への備えである。
 落ちる瞼が向けられていた視線を遮り、少年は力無くそこに崩れる。
「‥‥死んでないよね」
 直接的なダメージを与えないカナンの能力だが、それでも心配なものは心配だった。だが、その心配は処理完了後にとっておこう。
 引き続きカナンが少年を縛ったまま、凛の時間延長を受けたジルの透過をかける。これによって内側の見えない簡易結界『盲天網』が完成する。あとは急いでここから脱出するだけだ。
「雷っ」
「問題無い。生徒の姿は無い。‥‥明日の朝食は黒糖パンにスクランブルエッグ、コーンポタージュだ」
 『盲天網』内の歪が暴れて出てきた時のためにいつでも再捕縛出来るよう雷を指に絡ませながら、迅雷が言った。

 ・ ・ ・

 無事に出てきた潜入組を見て、バンでの待機組全員が安堵の溜め息をついた。蛍雪と秋緒は無事な作戦成功を、香佑はカナンの無事を、貴朔はこれでさっきまでのインビジブルゴーンの嵐がやっと終わると。
 一直線にカナンが香佑に抱きつくその背後で。
「よく頑張った」
 相手は退治するべきバケモノではない。同じ人間。そのことのプレッシャーに潰されそうなジルを、蛍雪は慰めることなくただ労った。奏歌楽士という仕事をするにあたって、今回のようなプレッシャーとは何度も戦わなければならない。いざという時支えられる自分がいるうちに、それに慣れさせておくべきという配慮だった。
「あの人‥‥助かりますよね?」
「ああ。助けるんだ。‥‥しかし‥‥これ誘拐犯だね」
 今さら気付いたか。

●お茶汲みウサギとエクソシストの十字架
 未だ睡眠状態の対象に、迅雷が軽く電撃を放って仮死状態にする。眠っているだけでは動けないが普通に生きているからか、歪は周囲に散らした入れ替えの器に移動はしなかった。
 憑依対象の候補として蛍雪が用意してきたのは、ウサギの人形と携帯電話、ラジオだった。歪が取り付くとすればどれだろうか。何かを好む傾向があるのか、手当たり次第なのか。
 数分して、少年の口から黒い煙のような影のような物体が現れる。歪の本体である。近くのものに取り付かずに逃げたり襲い掛かってきたりすることも考えられる。身構える一同。
 しかし、歪は近くにあるものへの移動を行い始めた。これなら容赦無く処理できる。秋緒が急ぎ少年を遠くへ連れて行き、能力での仮死状態からの回復を試みる。
 歪が転移を完了した。これからいつ襲い掛かってくるか分からない。

 ‥‥むくり。とてとてとて。ポテッ。

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 起き上がったウサギの人形。それが立ち上がって数歩歩いたかと思うと、足がもつれて転ぶ。‥‥何かラブリー。
 そんなラブリーウサギに絡み付いて最大出力で流れる雷。普段は10本の雷を2本に絞り、威力を上昇させた迅雷の強烈な一撃だ。
「‥‥な、何だよ」
 何故か視線が痛い気がした。
「そうだね、ちゃんと調律しないと」
 蛍雪が歌を紡ぎ始める。そこに貴朔の歌も重なり、二人での『共声』、『グランドクロス』を発動させる。凛の『光輝』で基本能力の底上げが行われているそれは、明らかに行動のままならない歪にはオーバーキルのダメージを叩き込む一撃だった。胴体のど真ん中に中心点を置いた十字架は、歪を一瞬で4分割。歪は誰かが止めを刺しに向かう必要性も感じないほど木っ端微塵になっていた。

 本部には、人間に憑依した歪についての目ぼしいデータは無かった。蛍雪は今回の作戦について、細かに記録をとる。以降似たような事件が起きた時に、対処法を知らず初めから人間ごと処理を行うことが無いように。
 今回は、無事に人間から歪を引き離して処理することが出来た。だが、歪が少年の体を使って暴れ始めていたら? 引き剥がすことが出来なかったら? 目の前に散らばっている人形の残骸は、そのまま人間の残骸になっていただろう。
 可能な限り早い対処を。そして、可能な限り最終手段の行使など行わないように。一人でも多くの人を助けたい。ジルは強く思った。
 そして、最終手段の行使へ恐怖感を持っていたもう一人。香佑に抱きつきながら、カナンは小さく言った。
「こういう時のために‥‥僕のような楽士がいるんだよ‥‥きっと‥‥」

 あとは少年を寮に戻し支部へと帰るだけ。今なら奏歌楽士としての自分達も、歪の存在も見られることはない。もし移動の途中で意識を取り戻されても、事件の記憶の無い少年には「通学路で倒れてたのを見つけて、寮へ送る途中」とでも言っておけばまあ何とかなるだろう。
 と、言っていたら目を覚ます少年。秋緒の回復がしっかりと効いたようで、頭痛や後遺症などは無いように見えた。
 しかし。
「僕は‥‥あの‥‥貴方達は何者なんですか? 僕は何をされていたんですか?」
 記憶の消えていない少年。
 凛の『玉響・零』は確かに対象の記憶を消した。それは間違いない。
 対象の、『少年に憑依していた歪』の記憶を。